至高の夢は終わらない   作:ゲオザーグ

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年明けてから大分経っちまいましたが、皆さまあけましておめでとうございます
皆様どうお過ごしでしょうか
自分は引き続き頭痛と目の奥の重みに苦しんでます


暁の空に果てる願い星()

 いつの頃からだろうか。とうに朽ち果て、栄華も未来も失われたこの世界で、それを受け入れない者達が施す、ハリボテ同然の無意味に等しい延命を(あざわら)うようになったのは。そして針で突けば安易に破裂してしまう、風船のようなその貧弱な世界で、生きる意味を持たない自分が、大河に流れる落ち葉の如く、漠然と理由もなく生きることを自覚したのは。

 そんな消極的な生き方を変えたのは、偶々見つけた古いゲームのPV(プロモーションビデオ)を締めた、『彼』の放った一言。

 

『好きに生き、理不尽に死ぬ。それが私だ』

 

 それを聞いた途端、自分は大河に流れる落ち葉から、その流れに刃向かって泳ぐ魚になった。この世界で『生きる者』も『生かされる者』も、どうせ最期は『理不尽に死ぬ』。ならば自分も、『彼』のように『好きに生き』てやろうじゃないかと発起し、その過程で糧となる財を得るために多くの罪を成し、『死にたくない』と喚く数多の人間を『理不尽に』殺してきた。隠蔽(いんぺい)は面倒だと感じたこともあったが、発覚して追い回される方がもっと面倒だったから、しっかりこなす。

 そうして破滅を待って過ごすある日、『彼女』との出会いでまた人生が一変する。

 

『確かに人類は金の奴隷と成り果て、狭い完全環境都市(アーコロジー)でどんどん生存圏を削っていることにさえ気付かず、惰性を謳歌しながら最早破滅を待つばかり。そんな世界でアンタが理不尽な死を求めてるんならさぁ、私と一緒に死んでくれない?』

 

 『彼女』が提示した金額は、それまで自分が『好きに生き』て稼いできた額など、たやすく埋もれてしまう程に圧倒的だった。そして差し出す条件は、「共にあるDMMO-RPG――『ユグドラシル』をプレイし続け、その終焉と共に心中すること」。『彼女』に縛られる程度を『理不尽』と感じなくなってしまったのは、果たしてその程度をそう感じないほど『理不尽』に生きてきたからか、あるいはそこまで麻痺してしまったのか。それは最早、自分でさえも分からない。

 

 

 

 

 

 

 『タワー』最上層にして、原則メンバー以外立ち入り禁止の『私情領域(プライベートエリア)』。そこに備えられた円卓に集まるメンバーの中で、漆黒の人型が席を立つ。

 

「まさか客寄せ感覚で疑似餌(ルアー)にしたら、本物が食いついてくるとは思わなかったけど、さすがは『アインズ・ウール・ゴウン』ってとこね。もうそろそろあなたの出番よ?」

 

「だから『自然領域』で『レクシィ』か『インドミナス』、『イビルジョー』には遇わせとくべきだったんですよ。配分弄ってムシ達とばっか遭遇しやすくしたのは失敗だ・・・」

 

「まあ、どうせ1番割を食らわない貴女には関係ないことでしょ?この分だと次の妖魔、超人軍団も、原作の『メタルエンパイア』よろしく大した見せ場もなく親玉やられて退場しそうだけど」

 

 対角線上の席――空白を含め数は幾つか多いが、先に立った者の席を時計の『6』とすれば『12』に位置し、周囲に蛇のようにも見える触手を無数に這わせる、一際巨体の存在が声をかけると、斜め左にいる右肩にキャノン砲らしき長物を備えた仲間が、触手の巨体が下した采配を「なめ過ぎた行為だった」と(たしな)める。それに触手の巨体と逆隣に1人挟んだ席に座る仲間が便乗すると、反対側から話題に挙げられた仲間が「勘弁してくれ」と座っていた椅子の背もたれから体を起こす。

 

「確かにAC(アーマード・コア)が比較対象じゃ、ほとんどが生身で碌な飛び道具も持たない妖魔(こっち)の分が悪過ぎるのは事実だ。でも配分の時俺を押し退けて『先に相手する』って言い出したのは向こうだぞ?」

 

「そこは理解してるけど……ねえ、やっぱり譲れなかったのは、この中で最初に『姫』と会ったからなの?」

 

 便乗したメンバーの隣に座る仲間が、その配備を疑問視する声が上がる。本来なら指摘通り『自然領域』の次に相手する予定だったのは、『魔法の存在しないダークファンタジー』な作品がベースの『妖魔領域』で、領域の名にもなった『妖魔』と呼ばれるモンスターを中心とした妖怪や悪魔の軍団と、そこに間借りすることになった異形の闘士(レスラー)、『超人』だった。しかしそこに割り込んできたのが席を立った『傭兵領域』の担当者で、『自分こそが先陣を切る』と頑なに譲ろうとしなかったがために、折れた前者が譲る形となる。

 

『それもあるっちゃあるんですが、やっぱり真っ先に登場して、かっこよく決めたいのも強いですね。仮にもストーリーでラスボス務めた身ですし、ある意味現実(リアル)に存在しててもおかしくないですし。それにちょっとしたヒッカケみたいな感じで、「次はどんなSF感満載の領域なんだ」って思わせといて、急に中世ファンタジーなフィールドで拍子抜けさせたいってのもありますし』

 

「おいおい、俺の領域はハズレ扱いかよ……」

 

「いくら『ゆで理論』がぶっ飛び過ぎて万能だからって、ただのかつて存在した世界の名所巡りじゃ面白くなさそうなんて考えて一括させちゃもらいましたけど、『お嬢』の信頼厚いからってそりゃないですよ、『黒』さん」

 

 地声ではなく、ボイスパッチで機械じみた雑音(ノイズ)混じりの音声で「クックッ」と笑いながら答える『黒』と呼ばれた『傭兵領域』の担当者に、体を起こした『妖魔領域』の担当者はウンザリした様子で俯き、そこに間借りすることになった者――『妖魔領域』の担当者の隣に座り、左手の甲に頬を付け、椅子の肘置きにその名前通り肘を置いた人物も、ぞんざいな処遇に抗議の声をあげる。しかし『姫』や『お嬢』と呼ばれたリーダー――『黒』の対面に位置する触手の巨体は、両者の嘆きなど興味ないとばかりに激励を送る。

 

「あなたの活躍、期待してるわ。せいぜい私達(うち)が課金とNPC任せなニワカの寄せ集めじゃないってこと、しっかり見せつけてきてね、『黒い鳥』」

 

『フッ、了解した。「薔薇園の姫」』

 

 直後『黒い鳥』が転移(テレポーテーション)で部屋を後にすると、『薔薇園の姫』は無言の仲間達に対し、手の如く周囲の蔦を伸ばして演説する。

 

「さあ、見せてもらいましょう。『アインズ・ウール・ゴウン』の猛者達。私達の望んているような余興に相応しい人物かどうか……あなた達の強さを確かめさせてもらうわ」

 

 

 

 

 

 

『まだよ、私はまだ戦える!!』

 

 EXUSIA撃破後に休息をはさみ、誘導ラインに沿って移動した『アインズ・ウール・ゴウン』の攻略組面々が辿り着いたのは、水が干上がり、無数の大型船が放棄された港跡。再ログインからのボーナスで全快し、さらなるボーナスボスとして現れた、赤く発光する大きな単眼の側面から2本の脚が生えた不気味な機械軍団――『To-605』シリーズを相手に1戦したものの、事前に警戒していたために、然程消耗なく武装の異なる3体を片付けると、総員が回復されると同時に、『能力(ステータス)上限追加+500』が付与された。

 あまりの厚遇ぶりに気味悪ささえ感じてきたが、ここで撤退したことを虚仮にされるだけでなく、それのせいで1500人大侵攻を退けたことを始め、過去の栄光に傷をつけるような真似はできないと奮起し、進んだ先の巨大な要塞らしき施設の外壁で待ち構えていた相手――左肩にハートを(かたど)った木蓮の紋章(エンブレム)を持つ、鋭利(シャープ)なデザインの青いACを各所が炎上し左腕を失うまでに追い込むも、こちらもこちらで満身創痍の身ながら闘志を失わず、先程の『主任』よろしくボロボロでありながらもなお挑みかかる様子を見せてくる。

 

『ここが!この戦場が!!私の魂の場所よ!!!』

 

「(『この戦場が魂の場所』……か。だとしたら俺の魂の場所は、それこそあのクソッタレな現実(リアル)の自宅や職場じゃなくて、もうすぐ終わるこの『ユグドラシル』。ひいては『アインズ・ウール・ゴウン』の思い出を築き上げてきた、『ナザリック地下大墳墓』なんだろうな……)」

 

 限界を無視してなお挑み来る相手――マグノリア・カーチスの放った一言を聞き、モモンガはやられないよう注意しつつも、思わずその叫びに共感していた。幼くして両親を失い、小卒の身で世に出てから大分経ったものの、そうした経歴自体は貧困層の住人には珍しくないし、似たような境遇のウルベルトに至っては、「遺体の回収すら困難」と言われるほど劣悪な仕事場で両親を揃って亡くし、実際遺骨さえも返ってこず、見舞金も極僅かだったのだから、彼に比べれば、死に目に会えた分まだマシだったのだろう。そうした下手をすれば生きることすら苦痛となりかねないような現実(リアル)では、『アインズ・ウール・ゴウン』の仲間達のような親しい恋人も友人もおらず、正直に言ってしまえば、職場にも割り当てられる仕事に責任感はあれど、上司、同僚と言った属する者を含め、愛着はない。

 対して『ユグドラシル』において、彼等と共に成してきた栄光は輝かしく、その舞台が間もなく失われることは未練がましく、できるなら今からでも同志を集めて覆してやりたくさえある。

 その一方残った仲間と共に、自身を含めても僅か5人で7倍近い主なき空席を眺めることは苦痛であったのも事実だが、こうして半分以上の仲間が帰ってきたことに「今更のこのこ帰ってきたところで」と恨むどころか、「わざわざ自分のために動いてくれた、仲間からの最後のサプライズ」と歓喜してしまった辺り、「何と自分は単純か」と呆れ、同時に「やはり自分はこの世界(ゲーム)が楽しかったのだ」と実感した。

 

「たっちさん!合わせて!」

 

「今度こそこれで!」

 

 マグノリアが狙いを定め、残った右腕に構えたレーザーライフルをチャージしながら接近したのは、後方で控えていた回復役(ヒーラー)のやまいこ。しかし放たれたビームを寸前でぶくぶく茶釜が反射魔法の付与された盾で明後日の方向に受け流し、ミサイルを避けて飛び回っていたブルー・インパルスが頭目掛けて放った蹴りと共に、たっち・みーが繰り出した突きが機体の胸部に突き刺さり、ついにマグノリアが戦闘不能となる。同時に開戦時と同様に、『ファットマン』なる人物とマグノリアの会話へとイベントムービーよろしく場面が変わり、しばらく『アインズ・ウール・ゴウン』の面々は、挑戦者から観客となる。

 

『好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰のためでもなく。それが、俺らのやり方だったな』

 

『ありがとう、ファットマン……あなたは、優しいわね…私は、選ばれなかった。でも……さよなら、これで、よかったのよ……』

 

 限界を迎えたマグノリアの機体が沈黙、崩壊するとともに、割り込むようにして『令嬢(フロイライン)』が通信を入れる。突破する者の存在は彼女達の希望にはあったが、それが誰だったかまでは予想外だったらしい。

 

『ちょっと虎の威を借るつもりで名指ししたら、まさか当人達がここまで攻め込んできたのは正直予想外だったわ。今この段階で、乗り込んできた1200人中、400人近くが攻略から脱落(リタイア)してるけど、その中でも1番活躍したのは、あなた達「アインズ・ウール・ゴウン」よ。まったくもって驚異的な攻略ぶり。折角だし、なんでこんな真似ができたか教えてあげる。極端な話、サービス終了に話を持ってってた運営から、半年くらい前に色々と権限を買い取ったの。ムカつくことに、1番欲しかった運営、継続させるための権利は、「時代の移ろい」だのなんだのって理由付けてきて、買い取らせてくれなかったけど。だから最後にこの大決戦で、やりたい放題することにしたって訳。さて、無駄話もこれくらいにして、いい加減階層支配者(フロアボス)への案内状を出してあげないとね。この先に担当者がいるわ。ソイツを倒せば晴れて次の階層(フロア)だから。改めて宣告させてもらうけど、これは私達からの挑戦状よ、あなた達「アインズ・ウール・ゴウン」の強さ、力尽きるまで十分に見せつけてね?』

 

 そうして『令嬢(フロイライン)』からの通信が切れると同時に、新たな誘導ラインが表示される。ようやっと階層支配者(フロアボス)のお出ましとあって、『アインズ・ウール・ゴウン』の面々も、気合を入れ直す。

 

「いやー長かったもんだぜ。あんまりにも出番なかったもんだから、ちょいちょい道中で発散してやろうかと何度思ったことか……」

 

「ウルベルトさん、さっきの挑発もあって結構鬱憤溜まってきた感じ?でもやっとここまできた、って感じがするわねー」

 

「権利を買い取るなんて、おそらく噂通りアーコロジーの支配層か、或いは極めて近い立場の者なんだろうなぁ。しかし、攻略が半分も進んでいないのに3分の1が脱落するとは、そこまでして最後を飾るイベントをやりたかっただけあって、彼らはちょっと凝り過ぎたみたいだね」

 

「だとしたら連中がこんな真似したのも、それこそナザリック(うち)に1500人殴り込んできた時の再現なんじゃないかって思っちまいますね。あれ結構動画があちこちで反響あったらしいし」

 

 対階層支配者(フロアボス)のために温存され過ぎたせいで、ウンザリした様子のウルベルトが背伸びと共に毒を吐けば、シャドウ・ウィドゥが便乗しつつ宥め、その傍らでは先程やけにあっさりと『令嬢(フロイライン)』が言い放った裏話に食いつく死獣天朱雀に、ウィッシュⅢも推測を述べる。そうした緩い空気と会話を締めるように、武人建御雷が待ち構える相手に気を向けさせる。

 

「まぁ何はともあれ、1人だけではあるもののやっと階層支配者(フロアボス)役のプレイヤーのお出ましだ。さっきの能力(ステータス)上限追加はあるが、それこそあっちがどんなチートかましてくるかわからねえ以上、改めて気を引き締めて行こうぜ。なぁ、モモンガさん」

 

「え?あ、まさかここで俺に振りますか。と……、そうですね。武人建御雷さんが弐式炎雷さんとグランディス・ブラックさんと共に呼び掛けてくれたおかげで、ここまで集まったメンバーで進めてこれましたけど、下手したらもっと少人数で相手しなきゃならなかったどころか、そもそも挑むこともできなかったでしょうから、そこは感謝してますよ。では、行きましょうか!」

 

 直後話を振られるとは思わず、思わず何か言わねばと焦りながらも即座にモモンガが激励を放ち、各員がそれぞれに時の声を挙げて進む。

 

 

 

 

 

 

 向かった先はマグノリアが守っていた要塞の深部ではなく、そこから比較的離れた広い砂漠地帯。遠方に目立つ複数の甲板らしきプレート状の装飾が残る、巨大な要塞らしき残骸を『アインズ・ウール・ゴウン』の面々が眺めていると、EXUSIAなどを相手していた時までと一転して、不気味な程に雲1つなく晴れ渡る空に、突如空気を切り裂くジェット音が響き渡る。

 

『J、調子はどう?』

 

『良好だ』

 

 直後『令嬢(フロイライン)』の質問と共に現れたのは、後方に4つのジェットエンジンを備えた、前後に長い機首と相まって首長竜のヒレを思わせる、2対4枚の翼を持つ航空機。頭上を通り過ぎていくその機体に、『アインズ・ウール・ゴウン』の面々は思わず呆然とする。

 

「あれが階層支配者(フロアボス)か?向こうの要塞で待ち構えてるのかと思ったが、まさかわざわざ出向いてきてくれるとは、予想外の遭遇だな」

 

「どうやらまた茶番(イベントムービー)入るようですね。『アインズ・ウール・ゴウン(ウチ)』にも好きな人がいますからロールプレイにこだわる分には構わないんですけど、そうしたことに時間割いて、こっちを挑発してるんじゃないかなんて勘繰るのは、深読みしすぎでしょうか?」

 

「巌流島で宮本武蔵が遅刻したみたいな感じか、それもありそうだね。ひとまず始まるまで余裕がありそうだから、今のうちに支援(バフ)かけておくよ」

 

「あ、じゃあお願いしますね朱雀さん」

 

 登場演出を素直に評するタブラの後方では、先の会話から、おそらく戦闘準備前にもうしばらく『令嬢(フロイライン)』と階層支配者(フロアボス)の会話が続くだろうと予想した死獣天朱雀が、ぷにっと萌えの推測に乗りながら仲間達に戦闘前の支援(バフ)追加をこなしていく。場合によっては彼も戦闘に参加せざるを得ない事態も有り得るため、こうして隙を見つけては効果が切れた支援(バフ)を付与しておくことは、ある意味当然のことだろう。

 

『NPCの戦闘データを統合し、作り上げたオペレーション。無数の修羅場を渡り歩いたあなたの技術(スキル)。そしてその機体(アバター)。これが負けるとは思えないわね』

 

『貴様が欲するのは、この世界(ユグドラシル)有終の美の演出、そして未来(あす)なき現実世界との決別。その意味では、我々の思惑は巡り会ったあの時から一致している。アーコロジー支配者達が謳歌するための秩序など、我々の生きる世界ではない』

 

 そうして戦闘準備を進める中、面倒になってきたのか「……なぁ、あれ撃ち落としてクリアとかできるんじゃね?」と言い出したペロロンチーノの冗談に、モモンガが「いや、ここは素直に聞いててあげましょうよ」と宥める様を無視し、予想通り2人のやり取りが続く。

 やがてジェットエンジンがパージされ、機体が前後に分離すると、そこから何かが落下する。未だ続く会話から察するに、それこそが本体たる階層支配者(フロアボス)なのだろう。

 

『その恩恵をもらえなかったがために、凶行に走っていたと?』

 

『腐敗したぬるま湯を詰め込んだが如き、あの狭くおぞましい世界の中に、我々の生きる場は存在しない。好きに生き、理不尽に死ぬ。それが私だ、地位や後ろ盾の有無ではない。戦いはいい、我等にはそれが必要なんだ……』

 

 『令嬢(フロイライン)』との会話を終え、戦闘態勢に入ったらしき相手――マグノリアのACよりも鋭利なデザインに、突き出た両肩からは何本ものチューブが伸び、背中には尻尾とも脊椎ともとれるようなパーツを靡かせる『N-WGIX/v』が不気味な音を立てて浮遊すると同時に、周囲に緑色の粒子を放出しながら『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー達へと向かって行く。

 

「ようやっと開始か、ってもそっちが長話してる間に、こっちはもう準備万端なんだよ……『朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)』!!」

 

 迫り来る相手に向け、真っ先に攻撃を仕掛けたのは、これまで温存されてきた『アインズ・ウール・ゴウン』の最終兵器こと、ウルベルト。『ワールド・ディザスター』は対階層支配者(フロアボス)には必須とも言える程の大火力を発動できるのだが、それと引き換えにしてもデメリットとなるほどMP燃費が悪い。それ故これまでの戦闘では先への温存を優先し、戦闘は専ら仲間任せだった。今回も『令嬢(フロイライン)』を始めまだ先があると考え、あまり最高位クラスの大技は使えないと判断したが、それでも炎系の対個人攻撃魔法としては最高位に位置する第9位階魔法の『朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)』を真正面から受けたなら、対策の有無を問わず大なり小なりダメージは入るはず。仮に失敗しても、何かしら対策があることを見破れれば御の字にしてはコストをかけ過ぎたかもしれないが、炎に包まれる直前、放出する粒子で球状のシールドを形成すると、その外側から炎に包まれ、内部の『N-WGIX/v』本体へのダメージを遮る。

 

「やはり何かしら対策済みでしたか。しかも散布してるあれ、ペロロンさんのと違って、ダメージ付与効果も有してるみたいですよ」

 

 ペロロンチーノも外見上は似たような、金色の粒子を放出する課金エフェクトをアバターに取り入れていたが、ぷにっと萌えが所有スキルで見破ったように、相手から放出される『コジマ粒子』は、自身へのダメージ遮断だけでなく、周囲への妨害や牽制にも使える、攻防自在の装備となっている。

 

「となると有効打を当てるには、まずあれを剥がす必要があるか。試しに殴ってみたら、どうにかならないかな?」

 

「久々にそれ聞きましたが、変わってない様で何となく安心しますわ。ただそれだったらやまいこさんは回復役(ヒーラー)として必須ですから、代わりに私が1撃決めてきますよ。ダメだったらより破壊力(パワー)のあるメコンさんや、支援(バフ)も担当できるウィッシュさんとかタブラさんにも協力してもらえば何とかなるか、と!」

 

 かつても攻略が難航すると、やまいこは「取り敢えず殴ってみよう」と語っていた。とはいえ、回復役(ヒーラー)たる彼女を未知の相手にぶつけるのは、不安要素やデメリットが多すぎる。一方「ならば自分が」と名乗り出て挑みかかった紅白鰐合戦は、ダメージに直接つながる能力(ステータス)はそこまで高くないし、かといって防御役(タンク)のぶくぶく茶釜のように防御力もないものの、ベルリバーと並んで器用貧乏になりがちな魔法剣士ながら高いプレイスキルを持ち、フェイントを混ぜた立ち回りで敵の錯乱を担当し、また役割の違いもあってぶくぶく茶釜には幾段か劣るものの、あえて身を危険に晒すことで敵の憎悪値(ヘイト)を稼ぎ、その隙を仲間に活用させることも得意とする。

 実際彼がダメージ覚悟で球状のシールド――プライマルアーマーに飛び込み、風切り音と共に突き出したレイピアが右の肘に刺さると、『N-WGIX/v』は動きを止める。しかし直後プライマルアーマーを形成する『コジマ粒子』の濃度が段々と上昇していき、見る間に変化する色を警戒して紅白鰐合戦が一気に距離を取ると同時に爆発、霧散する。同時に周囲は高濃度の『コジマ粒子』に汚染され、一時的なダメージ領域(エリア)となったが、放出した『N-WGIX/v』は棒立ちのまま動く様子を見せない。

 

「なるほど、プライマルアーマー(アレ)を取っ払われると再生させるまで動けないみたいですね。今のうちにぶっ叩いてやりましょうか!」

 

「よっしゃー!フルボッコじゃー!」

 

「『アインズ・ウール・ゴウン』の名を勝手に使ったこと思い知れー!」

 

「恨みはないどころか、最後にこうした粋な(もよお)しを開いてくれたことには感謝しているが、折角だし便乗させてもらおうかねっと!」

 

「ここまで大規模なワンサイドだとついつい躊躇しちゃいそうになるけど、それで手ぇ抜いたって思われるのも心外だしなぁ……」

 

 確認と共に紅白鰐合戦が再度切りかかると、それに便乗するかの如く、弐式炎雷、武人建御雷、獣王メコン川等近接系アタッカー達が雪崩込む様に『N-WGIX/v』へと襲い掛かり、タブラやモモンガ、ウィッシュⅢ等後方支援担当のメンバーも、遠方から集中攻撃を仕掛けていく。やがてしばらくすると、再度プライマルアーマーを生成、浮遊した『N-WGIX/v』が動き出し、両手に備えたショートライフルをランダムに狙いを変えながら発砲しつつ、不規則に移動を繰り返す。

 

「うおっとぉ!?こりゃあやっかいだなぁ、狙いが不特定多数じゃ茶釜さんも防げないだろうに」

 

「種族のせいで取り回しも大分前と違うから、結構キツイよぉ!だから前衛の人達は悪いけど、自力で何とかしてね!」

 

 より高い素の能力値(ステータス)と、ブルー・インパルスの提出した外観でアバターを竜人(ドラゴニュート)に変更したぶくぶく茶釜だが、以前彼女が使っていたスライム種のアバターならば、離れた仲間が攻撃を受けたとしても、ある程度腕を伸ばして庇うすることができた。とはいっても仲間達とて決して彼女1人に頼りきりではなく、防御を捨て、火力と機動力(スピード)に特化した弐式炎雷が、逆に機動力(スピード)より防御を重視した獣王メコン川の陰に隠れて身を守るなど、即座に互いのフォローをこなしつつ、再度プライマルアーマーを排除すべく行動する。

 

「どっひょいやぁ!」

 

 何度目かの攻撃で、シャドウ・ウィドゥが手首から放出する粘着糸を『N-WGIX/v』の機体に付着させ、それをメジャーや掃除機のコードを巻き取るかのように回収することで急接近し、勢いのまま体当たりを放つ。そして放出の体勢になると、今度はその射程外にいた武人建御雷の鎧に放ち、同様に回収して離脱する。

 

「建御雷さん受け止めてぇ!!」

 

「悪いが余裕ない!このチャンスを逃すわけにはいかないんでね!」

 

「うっそおおおおお!」

 

 そのまま抱き留めてもらいたかったのだろうが、願われた武人建御雷の方も動きを止める『N-WGIX/v』へと駆け出してしまい、結果シャドウ・ウィドゥはすれ違った途端、切り離すタイミングを失い、引きずられながら戻る羽目になった。

 

(((((アっ、アホだ……アホがおる……)))))

 

 まさかの緊迫の場で見せたシャドウ・ウィドゥ(仲間)の醜態に、思わず何人かは呆れながらもそれどころではないためスルーしてしまうが、この場ではむしろ無理して助けようとする方が危なくなるため、皮肉にもそれが正解と言えた。実際彼女がワタワタしてる間に、攻撃を受けていた『N-WGIX/v』は、動き出そうとしたところで大きく後退し停止するが、それを見て「やっと終わりか」と安堵するのは、まだ早かったらしい。

 

『嘘、こんなことが……なぁんて、言うと思った?これくらい、想定の範囲内よ』

 

『ジェネレータ出力再上昇。オペレーション、パターン2。見せてみろ、貴様等の力を……』

 

 『令嬢(フロイライン)』の挑発に同調するかの如く、脚部側面や両腕の制御装置(セーフティ)らしき部分を展開した『N-WGIX/v』は、制御装置(セーフティ)の周辺を始め、各所を赤く発行させると、停止するまで自身の周囲にまとうかのごとく展開していた『コジマ粒子』を、逆に周囲を汚染するかの如く拡散させる。

 

「おぉ!?あの野郎『コジマ粒子(エフェクト)』まき散らしてきやがったぞ!」

 

「さっきみたく濃度は高くない感じですから、後方系の人は先程より距離を取って援護射撃を!近接系は引き続き一撃離脱(ヒット&アウェイ)でお願いします!」

 

 接近を封じるかの如くダメージフィールドを生成してきた『N-WGIX/v』に対し、悪態を吐く弐式炎雷に続き、ぷにっと萌えがとっさに指示を出す。しかし『N-WGIX/v』のパターン変更はこればかりではなく、時折手にした武器をショートライフルからレーザーブレードに持ち替え、急接近から薙ぎ払ってくるかと思いきやライフルでの乱れ撃ちを放ったり、逆に遠方からライフルを構えた先の敵にレーザーでの刺突を放ったりと、よりタイミングの把握が複雑な機動を繰り返す。

 

「この野郎、好き勝手動き回りやがって……!」

 

「コイツある意味弐式炎雷さん以上の機動力(スピード)なのに、制御性(コントロール)標的選択(ターゲティング)も上手……ってこら!!どこ行ってんだ!!」

 

 小刻みかつ自在に動き回り、暴れるように手当たり次第攻撃を放つ『N-WGIX/v』に対し、武人建御雷が『五大明王コンボ』を発動させようにも、その動きを予測しなくては、到底当てられるような状況ではない。しかもグランディス・ブラックへと急接近したと思いきや、目の前で曲芸的(アクロバティック)に攻撃の届かない上空へと飛び上がり、ペロロンチーノとブルー・インパルスと共に罵声を浴びせながら後を追う彼のことなど気にせず、しばらく浮遊していたところからの急降下と、ダメージを受けながらそれ以上に翻弄してみせている。

 

「まさかサービス最終日でこんな逸材に会うとは……装備やビルド次第では、『ワールドチャンピオン』に君臨できたかもしれませんよコイツ」

 

「そこまでの才能持ちだったんですか!?だとしたら何で今まで無名だったんだか……」

 

 かつて『ワールドチャンピオン』の職業(クラス)を保持していたたっち・みーから、同様の素質を保持する相手と聞いて驚愕するモモンガだが、実際公式大会の優勝で取得できる『ワールドチャンピオン』は、その「公式チート」と称されるだけの強さと、取得を求めて多数の挑戦者が集う大会の規模から、取得できずとも活躍次第でその存在を多数のプレイヤーに認知されるため、かつての取得者に「なり得たかもしれない」と仮定されるだけでも、そのプレイヤースキルや戦闘能力が十分驚愕や警戒に値する人物と言える。

 とは言えそのたっち・みーを始め、やはり数だけでなく個々が猛者にして、なおかつ各員の連携にも優れた『アインズ・ウール・ゴウン』をたった1人で相手し続けるのは難しかった様で、段々と動きにキレがなくなっていき、機体の各所からは、煙や火花も上がっているのが見える。

 

「もうそろそろ限界のようだな。ここまでくればコイツで終わるはず!『厄災の暴風(カタストロフ・ストーム)』!」

 

 最後に決めたのは、元より消耗の少なさに加え、死獣天朱雀からの支援(バフ)で、威力強化と共にMPの時間経過回復を早め、万全の状態で待ち構えていたウルベルト。正面のベルリバーから距離を取ろうと後退したところに、その後方から禍々しさを感じさせる闇の呪詛が放たれた『N-WGIX/v』は、成す術なくそれを浴び、一際大きな爆発をあげてウルベルトの左を回転(スピン)しながら滑走(スリップ)し、左手から離れたレーザーブレードが地面に弾んで爆散する。

 

『……認めたくないものね、「ユグドラシル(この世界)」がまた、終わりに近づくみたいで。全てを破壊し尽くされた、絞り粕とさえも言えないようなあの汚れ果てた世界なんて見捨てて、未来永劫この世界で夢に溺れていたいのに……』

 

 倒された『N-WGIX/v』の代わりとばかりに、『令嬢(フロイライン)』がどこか演技染みた言い回しの軽さに反し、『アインズ・ウール・ゴウン』の面々ではなく、全く違う相手に向けて込められた怨嗟を滲ませる様な恨み言を吐き捨てる。

 

『本当はもっとまとめて呼び寄せて、さっきまでみたいなランダムレイド式で再度選別するつもりだったけど、もういいわ。この先からは、特別に私達が直々に相手してあげる。まぁ、配下のNPCを引き連れてくるのはいるみたいだけど。引き続き活躍を期待しているわ。かつて「ユグドラシル(この世界)」名を馳せた「アインズ・ウール・ゴウン(貴方達)」には、その権利と義務があるんだから』

 

 『令嬢(フロイライン)』の宣告と共に限界を迎え、閃光と共に『コジマ粒子』を飛散させて爆発した『N-WGIX/v』が姿を消すと、そこには次の階層(フロア)へと通じる転移門(ゲート)が出現する。

 

「権利と義務ね……勝手なこと言ってくれるよ。まあ、せっかくここまで来て、『令嬢(親玉)』が直々に対峙を宣告してくれたんだ。いっちょハデにぶつかってやろうぜ。なぁ、モモンガさん?」

 

「そりゃあ元々ネタに名前使われたことにこっちがマジになっただけっても、こうして活躍して、折角名指しされたんですし、ここは進んでいくのが礼儀ってもんでしょうに」

 

 身勝手極まりない相手方の宣告に、理不尽と(いきどお)るウルベルトだが、彼に限らずだからと言ってここで棄権(リタイア)して帰還することは選択肢にない様で、リーダーたるモモンガに同意を(うなが)す。もちろんモモンガ自身も、『アインズ・ウール・ゴウン』の名を、挑発の材料にされた怒りより、そのおかげで、こうしてかつての仲間が終結したことへの喜びが上回ってはいるものの、このまま先へと進むつもりに変わりはない。だからこそ軽く咳払いしてから仲間達へと向き直ると、口調を魔王演技(ロール)に切り替え、改めて宣言する。

 

「諸君!恐れ多くも我等『アインズ・ウール・ゴウン』の名を宣伝に使った、愚か者の1人を仕留めることに成功した!これより先は奴等も本格的な手を打ってくるだろう。しかし私は信じている。必ずや『暁の君臨者(エオ・ラグナンテス・クリプター)』の連中を根絶やしにし、我等『アインズ・ウール・ゴウン』は『ユグドラシル』最後の時まで健在せしと、他のプレイヤー達に知らしめると!」

 

「「「「「おぉ~~~!!」」」」」

 

「では向かわん!いざ次の階層(フロア)へ!!」

 

 号令へのときの声に満足しつつ、足を進めるモモンガを先頭に、転移門(ゲート)へと足を進めていく『アインズ・ウール・ゴウン』の面々。彼らが姿を消した直後、遥か彼方で設置物(オブジェクト)と化していた巨大要塞――『スピリット・オブ・マザーウィル』の残骸が、息を吹き返すかのように修復されていき、ついに全盛期の姿を取り戻すと、各所に設置された砲台から、目覚めの咆哮とばかりにミサイルを乱射する。

 それに呼応するかの如く、上空に現れた召喚魔法陣から、ゆっくりと地上に降ろされ、着地と同時に階層(フロア)内に残されたプレイヤー達に存在を知らせるかの如く吠えたのは、怪獣を思わせるマザーウィルに負けず劣らずの、漆黒の巨体。

 『破滅の魔獣(デスザウラー)』と恐れられたその機械龍は、自身を召喚した魔法陣へと頭を持ち上げ、そこに向けて、余裕で街1つを地図から消し去れる最強の武装『荷電粒子砲』を発射すると、魔法陣から分散しながら、階層(フロア)ごとプレイヤーを殲滅せんと各所に降り注いでいく。

 ログアウトを強要するかのようなこの仕様に耐えられたプレイヤーはごく僅かで、後の世に悪い意味で『暁の君臨者(エオ・ラグナンテス・クリプター)』の名を刻むこととなった。




後半戦のイメージBGMはMechanized Memoriesで
意外と苦労したのがどうやって倒させるかや、戦闘中の『アインズ・ウール・ゴウン』の面々のやり取りでした
おかげでだいぶ長引くとともに難航で時間かかりましたが、一応月内に何とか次に進ませることができました

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