西の辺境の親愛なる隣人   作:158532

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朝が来る(オープニング・デイズ)

 四方世界において、ゴブリンは最弱の魔物だ。十歳の子供でも知ってる通りの事実である。

 

 膂力とおつむは只人(ヒューム)の子供ほど。自分たちの手で新しいものを作ろうという発想は持たず、他者から奪ったもののみを用いて生きる。貧弱な種族だ。

 

 とはいえ、あらゆる能力においてゴブリンが他の種族に遅れをとるわけではない。

 

 例えば暗視。光が無くとも連中は不自由しない。五年前、手痛い授業料を払うことになった。

 

 他には残虐性。同族に対してでも同情することはなく、誰かを嬲り殺すためならば、創造的にすらなれる。これも五年前に知った。

 

 あとは繁殖力。母体さえあれば数日で増える。それらは早熟で生まれつきのゴブリンだ。これを知ったのは五年前ではない。俺に甥はいない。

 

 だから俺の、ゴブリンスレイヤーの朝は早い。ゴブリンと暗所で戦う以上、訓練をするなら夜明け前だ。連中は夜行性だから早朝の見回りも必須だ。連中はすぐに増える。どこに湧いて出るか不思議ではない。特にここは危険だ。群れを形成するために家畜や女を攫う。

 

 幼馴染に用意された自室から、足音を殺して抜け出る。先日の農村での戦いから学んだ、小鬼斥候(ゴブリンスカウト)の痕跡が無いか綿密にチェックしながら歩き、納屋で装備を整えて外れの森に入る。

 

 只人(ヒューム)が持つ最大の武器の1つは投擲であるという。頑強な肉体を持つ鉱人(ドワーフ)や弓を引けば右に出る者なき森人(エルフ)、生まれながらに足音立てぬ圃人(レーア)よりも、物を投げることについては只人が抜きん出る。らしい。圃人のニンジャである師は凄まじく正確な投擲技術を幾度も自分に向けて放っていた。ゴブリンにも個体差があるのだ。例外などいくらでもいるだろう。他の種族については伝聞に過ぎず、直接知っているわけではない。

 

「いや、鉱人は知っている」

 

 ゴブリンを殺す為の装備を鉱人から買っている。その事実*1を思い浮かべるのと全く同時に、口から言葉が漏れていた。迂闊なことだ。殺したゴブリンの数を数える時のような、意識的な発音とは全く別のもの。

 

「油断してはならない。すぐそこにゴブリンが隠れているかもしれない」

 

 口にすることで事物への集中力を高め、意識と記憶により強く刻み込むことができる。それを自分に教えたのは姉だった。知識神の寺院では、物事を学ぶための技術と機会が与えられるのだという。冒険者たちが互いの装備品を指差し確認してから出発するところを少し前に見た。

 

 ふと気づくと目的地に到着していた。少し前に蟲人の侍祭(アコライト)から、自分の周りの人間をよく見ろと言われた。視野を広げて情報を集めよという意味であろう。*2 最も重要な知識は無知を自覚すること、学ぶ必要があると知ることであると言う。姉から教わり、先日は見知らぬ侍祭に忠告された。知識の使い道を常に考えることも、師から叩き込まれた。俺は恵まれている。

 

 だが、周囲に目を向けたつもりで注意力を散漫にするのは馬鹿のすることだ。野外で思い巡らせて、気がついたら到着していた?間抜けが過ぎる。

 

「目の前に集中しろ」

 

 今すべきことのみ、考えろ。

 

 ゴブリンの頭の高さに印を付けた木に向けて、武器を投げる。刀身をすり減らした元長剣を、手斧(ハンドアクス)を、手槍(ジャベリン)を、短剣(ダガー)を投げる。ゴブリンは弱いのだから、ほどほどの一撃で行動不能にできる。数では常に不利なのだから、囲まれる前に頭数を減らすべきだ。敵は暗闇に潜むのだから、光源に頼らず当てる必要がある。

 

 故に練習あるのみだ。ゴブリンの体格は田舎者(ホブ)を除けば共通している。だからゴブリンの首の高さに武器を投げる。走りながら投げる。振り向きざまに投げる。盾を構えて投げる。自分にどんな動きができるか、どの程度の距離なら適当な威力と精度を出せるのか。確かめて、向上させる。知恵も才能も持たずに生まれた以上、研鑽だけは怠れない。

 

 生まれや育ちは骰子(ダイス)の出目次第だとしても、自分の心と体は自分だけのものだ。思い通りに扱えるよう研ぎ澄まし、どこまでやれるか見極める。

 

 どれだけ投げたか、どれだけ時間が経ったかはわからないが、多少の疲労が出たのだろう。粗末な手斧があらぬ方向へ飛んだ。そろそろ潮時か。そう思っていた時のことだ。

 

「うひゃあ‼︎」

 

 ゴブリンか?

 

 森の中での偶発的遭遇(ランダムエンカウント)。数は不明。手には円盾のみ。音を殺して右へ5歩、足元の剣を引き抜く。多少土が付いているが、問題はない。近くの木の裏に身を隠す。森ゴブリンという名は聞いたことがある。この程度の木なら登れるだろう。草陰に身を潜めているやもしれん。緑の肌は保護色となる。なるほど、森のゴブリンは厄介だな。

 

 ゴブリンはともかく、俺はどう動くべきかと考えていると声が続いた。

 

「これ手斧じゃん怖っ!ハッ、この粗末な手斧はゴブリンか!?」

 

 ゴブリンではなかった。

 

「蟲人生初の戦闘はある日森の中でゴブリンとぉ!物騒だなぁ四方世界!初めての冒険といえばゴブリンと聖騎士も言ってたがボカァまだ冒険じゃないぞ!心も技も装備も準備できてないよ初手人型生物を素手で殺すのは流石にハードモードですよ神さま!おっとこんなところに手斧生えてんじゃん引っこ抜こうとしたら折れたわ!」

 

「俺はゴブリンではない」

 

 今後は事故のないよう、開けた場所で訓練しようと誓った。

 

 

 

 

 

 

 

「お見苦しいものを見せました」

「いや」

 

 遭遇者はゴブリンではなかったが、緑色の肌をしていた。体表と言うべきかもしれない。身長は6フィート(2メートル)ほど、頭部に8つの単眼と2つの顎。2本の腕は只人とおなじ形だが、体の真横から生えている脚は蜘蛛のそれに近いようだ。強引に〈彼〉のかたちに合わせたらしい、つぎはぎだらけの法衣の長い裾から覗かせる、関節の多いつやつやした脚には鋭い3本爪が備わっている。

 

 街の神殿で俺を介抱した、蟲人侍祭であった。

 

「朝から訓練ですか。精が出ますね」

「ああ」

「しっかり休んでいますか」

「•••問題ない」

「戦い続けるには、たたかうだけではいけませんよ。ご自愛ください」

 

 初めて対面したときもそうだったが、自分を見透かされているような感覚がする。格の高い聖職者は物の価値を見抜くことができるという。彼もさぞ高位の神官なのだろうと思っていれば、幼い少女──10歳ほどだろうか──を姉と慕ってみせた。蟲人というものは身心の成熟が早いのだろうか。

 

「聞いていますかゴブリンスレイヤーさん」

「ああ」

「食事はきちんととっていますか」

「ああ」

「では昨日は何を食べましたか」

「シチューだ」

「それは自分で作りましたか」

「いや」

「ならば作ってくれた方にしっかりお礼を言って、ちゃんと会話をしてくださいね」

「••••••」

「人はみな大なり小なり、誰かの世話を受け、誰かの世話をして生きるのですから、互いに礼を尽くすのは大切です」

「そうか」

「まあ私なんかはどうでもよいですが、身近な人とはちゃんと言葉を交わしてください。ああ、とかそうか、だけでは駄目ですよ」

「む」

 

 身近な人、と言われるとそれは大切なことだと思う。思わなければならない。どうすればいいかはわからないが、すべきことだとは思う。

 

「貴方の周りにどんな方が居ますか?」

「••••••俺の帰りを待っていてくれる人がいる。それから、家に置いてくれている人も」

 

 特におじさんとはもっと話すべき事があるのだろう。つい最近、三叉(フォーク)を突きつけられることになった。どうしてそうなったのかわかっていないが、俺がそうされるだけの事をしたのだろうから。

 

「んー、その2人だけですか?もうちょっと他に、よくお世話になっている方とか居ませんか?」

「そうだな••••••ギルドに1人いる」

「おお!」

「装備を整えてもらっている。彼に勧められた兜には、何度も助けられた。水薬(ポーション)にもだ」

「惜しい」

 

 なにか間違えたらしい。少し考えると、心当たりが1つ。

 

「お前に言われた通り、槍使いの冒険者に礼を言った。倒れた俺を神殿まで運んだことについてな」

「これも惜しいけど、それは良かったです」

「だが、奴は否定した。人違いだったらしい」

「それは多分照れ隠しですね」

「そうなのか」

 

 人と話すのは難しい。

 

「貴方を冒険に送り出し、帰りを待ってくれる方がもう1人いますね?」

「••••••受付嬢か」

 

 蟲人侍祭と彼女は関わりの無い筈だが、想像力豊かなものだ。確かに彼女には、いつも世話になっている。彼女の仕事があってこそ、俺はゴブリンどもを殺すことができる。色々と指南や注意を受けることもあったか。そう考えると多くの恩があるのだろう。

 

 彼女の顔を思い浮かべて、1つ閃いた。俺が牧場主にすべきことを1つ。ギルドは冒険者の宿でもある。今はあまり余裕がないが、出来る限り早いうちにまとまった額の家賃を払うべきだ。金銭は誠意の形の1つとして通用する。

 

「受付嬢には世話になっている」

「そうでしょうね」

「色々と忠告も聞かされた。俺は未熟だからな」

「有り難いことですから大事にしましょうね」

「お前もそうだ」

「エッ」

 

 思えば彼は、初めて会った時にも何かと手を尽くしてくれた。とても世話焼きな人なのだろう。神官気質とでも言うのだろうか。今も投擲練習に使った武器を、半分近く運んでいる。辺りに散乱するそれらを、あまりに素早く拾って有無を言わせる暇も与えられなかった。主導権(イニシアチブ)を完全に握られた結果だ。

 

「見ず知らずの仲なのに、お前はよく面倒を見る」

「初対面から既に超訳知り顔で説教してすみませんでした今は反省しています」

 

 とても早口だった。よくも舌が回るものだ。いや、見る限り人間のような舌は持ち合わせていないようだが。どのようにして発音しているのだろうか?

 

「お前はお節介なのだろう」

「お恥ずかしい限りです」

「だが、助かっている」

 

 彼に礼を言うと距離を取られた。何故だろうか。

*1
(注1)誤認。親方は鉱人ではなく、鉱人に激似の只人である。

*2
本人はそういう意味で言ってない。




蟲人転生者
不利な特徴:自制心の欠如でBPを稼いでるので、緊張すると要らんことを喋りがち。初対面の冒険者にあれこれ説教する様は率直に言って不審者。相手がゴブスレさんじゃなかったらかなり警戒されていただろう。

小鬼殺し
もっと不審者。この人は自分のことをよく分かってるんだなーぐらいに思っている。
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