あの書類を受け取ったあと、メフィストがレイヴェルを見て、偽物の『フェニックスの涙』の入った小瓶を見せてきた。
メフィストが言うには、闇マーケットで『フェニックス家』産でない涙が売買されているようだ。
その効果は純正の涙と等しいものだとメフィストは言う。さらに、その涙が流通しているのに呼応するように、はぐれの術者たちがフェニックスの関係者に接触しているという…。
俺とアザゼル――グリゴリでそのあたりを探る…情報はヤミに取ってきてもらうつもりだが。
その日は魔術師の契約の話で明朝まで話していたが、涙のことはアザゼルを含め、ルリエルたちと話し合うこととなった。
そのようなわけで、メフィストとの会議から数日後の深夜。俺は自室のベッドの上で二組の書類に目を通していた。
…まさか、あの冥界での騒動のときに出現した穢土転生ども…それが、この女の術だったとは。しかも、『真』と付いているあたり、いままでとは違う効果があるのだろう。
そんなことを考えながら目を通していると、不意に携帯電話が振動する。
俺は携帯電話を取って…応答した。
「もしもし?」
こんな深夜遅く電話をかけてくる非常識な奴は…と思ったが、ディスプレイを見て確信した。
『もしもし、お久しぶりですね。龍介さん』
「久しぶりだな、深雪」
そう、電話をかけてきたのは『
半年前に起きた冴子たちの父親がフリードに殺された事件。手を貸してもらったのは、何を言おうとこの女性――深雪だ。
『すみません、緊急の用ができたので…出頭してほしいのですが』
「緊急…俺じゃないといけないのか?」
『はい、かなり大きなヤマでして…龍介さんの手を貸していただきたいと』
俺は二つ返事で了解し、電話を切る。
「…さて、面倒な依頼が入ったか」
俺は机に先まで見ていた書類を置き、急いで戦闘用の装備を用意する。
クナイとグラムカリバーンを神威で取り込み、急いで部屋を出る。
玄関に着いたとき、「起き手紙でもすればよかったかなぁ…」なんて思う。だが、その必要がなかったことはすぐにわかる。
「――どこに行くのですかぁ?」
のんびりとした声が問うてきたからだ。タイミングがいいのは、俺の気配を察知したからだろう。
「悪いな、いまから野暮用で出かけてくる」
「そうですかぁ。気をつけてくださいねぇ、皆さんには伝えておきますので~」
リエがそう言う。俺は「早く終わらせて戻る」とだけ言い残し、家を出た。
俺は待ち合わせの駅の前にあるコンビニのなかで、雑誌を立ち読みしている。
外は少し冷えるため、若干暖房が入っているコンビニのなかに入っている。
それから少しして、携帯が鳴る。
俺は携帯を取ると、深雪が『駐車したよ~』と言うので…コンビニの駐車場を見ると、真ん前に一台の車が停めてあり、運転席で電話をしながらこちらに向けて手を振っている女性がいた。
俺はコンビニを出て、その車の助手席に乗り込む。
運転をする彼女に話しかけた。
「半年ぶりだな、今回のヤマの内容は?」
「そうね、そのことを話さないとね…」
東京へ向かうために高速道路に乗り、深雪が無線を取る。
「
すると、無線から応答が返ってきた。
『…はい、聞こえてますよ、深雪先輩』
「OK。彼を乗せて高速を移動後、本部に向かうわ。準備をお願いね」
『…了解です。深雪先輩……
それを聞いた深雪は…顔を真っ赤にして、「誰が、『
……聞かなかったことにしておこう。
俺は窓の外を見ながら、寝たふりをしていた。それを寝ていると思っているのだろう、深雪は「聞かれてないよね…ふぅ」と小さく溜め息を吐きながら、運転をしている。
………。
……。
…。
訊けなくなってしまった…。
俺は仕方なく薄く開けていた眼を閉じて、ゆっくりと意識を落としていった。
D×D
――目を覚まして周囲を見回すと、どこかの地下駐車場にいるのがわかる。
「降りるよ、龍介さん」
そう言って下車する深雪。
俺も寝ていた頭を起こし、急いで車から降りる。
駐車場から中に入ると、エレベーターへ乗って上へ昇っていく。
エレベーターが止まり降りると、広い廊下に出る。そこを進んでいくと…。
ある一室の前で立ち止まる。そこのプレートに書かれている名は、『異能・奇怪課』。
ドアを開けてなかに入ると、眼前に受け付けがある。その横を通って奥に行くと、ソファや四角いテーブルなどが置いてあり、本棚にはびっしりと資料などが置かれている。
「おかえり、深雪先輩」
奥からパーティ用の白いドレスに身を包んだ姿の女性が出てきて、深雪と一言二言話す。
深雪はその女性を紹介する。
「さっき無線で話していた、
「
微笑みながら一礼する宇佐美。
「こちらこそよろしく。…そうだな、俺のことは『龍介』でいい。深雪もそう呼んでいるから、その方が落ち着く」
「はい、龍介さん。私のことは『真宵』と呼んでください」
俺は微笑みながら「わかった」とうなずく。
「それでは、お二人は急いで着替えてください。向こうでの正装は『これ』ですので」
真宵はどこから出してきたのか、赤いドレスとタキシードを手渡してくる。
俺は言われるがままに更衣室でタキシードに着替えを済ませ、『
オッドアイの目には特殊なカラコンを入れて褐色にする。
武装はせずに部屋を出ると、俺を待っていたようにソファの近くに深雪と真宵が話していた。
深雪は赤いドレスに身を包んでいて、赤い小さなバックを手に提げている。
俺が二人の前に立つと、深雪が手帳を手渡してくる。
「これが必要でしょ。更新は済ませておいたから」
開くと、俺の写真と警視庁のバッジ、『0課』の文字が入っている警察手帳。
0課なのは、ここの部課は警視庁内での機密扱いになっている。よって、存在しない0課という部課の名で表を歩いているということだ。
…ふと、真宵を見ると、俺の髪に視線が釘付けになっていた。そりゃそうか、この短時間で髪を染められるはずもないからな…普通。
「気になるか?」
俺が訊くと、真宵は「い、いえ、お気になさらず」と顔を逸らした。…ちらちらと見ているが。
「さて…龍介さんに話を通しそびれたので、内容の確認と共に作戦を立てますね」
深雪がそう言ってどこかの建物の絵図をテーブルの上に広げ、説明に入る。
「この絵図は某デパートの地下にある会場の図です。ここが入り口となっていて、廊下の突きあたりに男女別の『W.C.』。会場内はコンサートホールのようになっていて、観客席から壇上を見ることになります」
そこまで説明をされ、俺は口を開く」
「このヤマってのは、ミージカルの護衛…じゃなさそうだな。ということは、『闇オークション』系統なんだな?」
俺の問いに深雪はうなずく。
「そう、これは世界から密輸した秘宝などや未成年の少女たちを拉致し、人身売買を目的とした違法なオークションです」
「その『闇オークション』を潰すのが私たちの仕事ですよ、龍介さん」
深雪に続くように言う真宵。
「潰すね…。わかった、俺に作戦がある。それに合わせてくれないか?」
すると、真宵が「えっ?」という表情になる。対して深雪は「そのほうが確実でしょうね」と肯定の反応をしてくれた。
「まず、俺たちは武器や防具などの装備は一切せずに入場する」
それに意見したのは…真宵だ。
「ぶ、武装なしでどうやって潰すつもりなんですかっ!?」
「まあまあ、落ち着け。誰も『武装なしで戦う』なんて言ってない。…これを見ろ」
俺は手元に光を集め、一丁の拳銃を創りだす。
「ウソ…」
「嘘じゃないさ。俺の能力の一部を使って創りだした拳銃だ。こうやって、入場後にわからないよう武装を創りだす。二人にはそれぞれの武装を渡すから、安心しておいていい。それに、発砲しても始末書は書かなくていいからな。実在しないものは、書き起こすことはできない」
過去に『
「真宵、ここに配属されるってことは、異能と関係を持つということよ。私も龍介といくつかの事件を解決してきたけど、ほとんど龍介の力を借りていたの」
ショックを受けているのか、固まっている真宵。
「真宵…俺はこの他にも複数の異能を持っている。超常現象などを取り扱っているのは、ここの部課だけだ」
そう言うと、硬直から解ける真宵。その表情には不安があるが。
「まぁ、作戦は任せておけばいい」
俺はそう言って、作戦の内容を二人に伝えた。
D×D
作戦後、警視庁から車で出た俺たちは――その『闇オークション』の行われる某デパートの地下駐車場に車を停め、その上の階にある会場前で行われていた『身体検査』を受ける。
身体検査で男の俺は、手持ちのものをすべて提出する。そして、サングラスをかけたタキシード服姿の『おにいさん』に簡単に服の上から体を触られる。終わると『おにいさんたち』はうなずきながら、手持ちのものをすべて返却してくれる。…まぁ、財布とポケットティッシュ、ハンカチ、入場券だけしか持ってきていないが。
同じくして深雪と真宵の身体検査も終わったようだ。向こうは手持ちのものを確認されるだけで、結構簡易なものだった。
廊下を突きあたりまで進み、男性用のトイレに入る。二人はそこの外に待ってもらう。
トイレのドアをすべて開け、誰もいないことを確認すると…壁を上って天井にある通気用のアルミ板を外す。
神威で天井の裏に砂、砂鉄、砂金のヒョウタンをいくつか設置して、アルミ板を元に戻した。
手を洗った素振りでハンカチをポケットに入れながらトイレを出て、二人と腕を組んで会場前まで歩く。
三人で入場すると、入り口にいる『おにいさん』に券を渡して席の番号札と舞踏会用の仮面を受け取る。
仮面をつけ、指定席に座る。俺の両サイドに深雪と真宵が座る。
周囲を見回してみると、広い会場に対して客は
会場内がうす暗くなり、出入り口の扉が閉められる……どうやら、俺たちが最後の入場者だったらしい。
『ご来場の皆さま、大変お待たせ致しました。これよりオークションを開始致します』
司会の宣言で軽くざわつく会場。
少し訛りの入っている日本語を話す司会。
「…カマね」
深雪がボソリとつぶやく。
カマ――『中華』と『マフィア』を略した隠語で、中国人マフィアのことを指す。
俺は手を椅子の陰に忍ばせ、黒い光を集めて…二丁の拳銃を創りだす。
「…こいつを握っておけ。俺の合図で仕掛ける」
目だけで合図を送る二人。俺は怪しまれないように二人に拳銃を手渡す。
ステージでは密輸されてきた宝石などが展示され、司会が次々と手を挙げる客たちに値をつけていく…。
出てくる宝石などには高額の値がつけられていき、ステージの隅へ避けられていく。
『続きまして、二部を行います!』
司会の合図とともに、カーテンの向こうから…粗末な服を着せられた少女たちが連れ出された。
女の子たちは前に手を握らされ、手枷をされている。
司会が一人の女の子をステージの中央に立たせ、開始する。
手を挙げていく客たち。
俺はここで作戦を決行する!
俺は立ち上がると席を離れ、歩いてステージのほうへ歩いていく。
その行動に怪訝な表情をし出す客たち。そんなことは構わずに進む。
ステージ前に立つと女の子をなめるようにみると、司会がステージから降りて止めに入る。
「お客さん、席へお引きください」
「すみません……目が良くなくて、近くじゃないとよく見えないんですよ」
俺は視力が悪い人を演じる。すると、司会が胸元にさしてある眼鏡を手渡してくる。
「目が悪いんでしたら、この眼鏡を使ってください。迷惑をかけてはいけないですよ」
「すみません、お借りしますね」
そう言って眼鏡を手に取った刹那――、
パリッ!!
俺は眼鏡を床に落とし、司会の右腕をねじり上げる。
「……警察だ、大人しく投稿しろ」
俺の声が会場に響き渡る。一瞬の静寂の直後――、
パァン!
銃声が響きわたる。
後方十数メートルから、俺の背――心臓を狙った狙撃だ。
俺はその狙撃を創りだした
割れた照明のガラス破片がパラパラと落ちてくる。
その
急いで駆け付けてきた深雪と真宵に司会の男の身柄を預けて、少女たちのもとへ駆け寄る。
客たちはすでに会場内から逃走しているが、廊下には仕掛けておいた砂、砂金、砂鉄が逃走を邪魔しているだろう……警官の姿形をして。
すぐに仲間が駆けつける前に少女たちの手枷を外していく。手枷を外された少女たちは、お互いに抱きしめ合って泣いていた。
最後の一人の手枷を外そうとしたとき、不意に悲鳴が上がった。
俺は手枷を外しながら、その悲鳴が上がったほうを向く。
そこには、深雪と真宵から解放された司会の男の姿と、手に
「その二人を離してもらおうか?」
「それはできない。おまえを殺したあと、この女どもにはたっぷりと楽しませてもらう」
司会の男が深雪の握っていた銃を深雪のこめかみに当ててそう言う。
俺は少女の手枷を外すと、無動作で仙術を練り上げる。
「もう一度言う。その二人を離してもらおうか?離さないのなら…」
「離さないのなら、どうするつもりだ?」
司会の男が下衆な笑みを浮かべ、俺のほうへ銃口を向ける。
「……こうする」
俺は万華鏡写輪眼で
カランッ。
その直後、その男が
「うがぁぁ、がぁぁぁぁっ!!」
声にならない悲鳴を上げ、泡を吹きながら倒れ込む。
白目をむいたまま、全身を痙攣させる…気を失ったようだ。
何が起きたのか理解が追いついていない男は、その状況に困惑しだす。
「次は…おまえの番だ」
俺がそう言うと男は叫びながら、フルバーストで俺へ射撃する。
しかし、その銃弾は俺に届く前に黒炎によって消滅する。
弾切れの拳銃を投げ、逃げようとする男。それを逃さず、服をつかんだ深雪は…。
「どりゃぁぁぁああっ!!」
女性が出しそうにない掛け声とともに、男を一本背負いで叩きつける!
男は声にもならない悲鳴を上げ、気を失った。
すぐに俺は深雪と真宵のそばに駆け寄り、二人に「女の子たちに目を瞑って、耳を塞ぐように言ってくれ」と指示を出す。二人は指示通りに言葉が伝わらない少女たちに目と耳を塞がせた…ジェスチャーで。
俺は手を組み、一番使い慣れた術を使う。
――
ステージや客席…と、会場内が樹海に包まれる。
樹木から伝わる…中国マフィアの残党を縛り上げているのが。
俺は印を解いて、少女たちへ言う。
『もう、目を開けていい。耳を塞がなくていい』
直接、脳へ話しかけた。少女たちには、祖国の言葉で聞き取れるようにして。
目を開け、耳から手を退ける少女たち。周囲を見回して、驚きの表情をする。
「さて、任務完遂…帰るか」
D×D
その後の処理は警視庁に任せ、少女たちを空港まで見送ったあと、車で駅まで送ってもらっていた。
行きと違うのは、後部座席に真宵が乗っていること。
…会ったときとあまり変わらない態度だが、若干柔らかくなっていた。
駅に着くと、二人は車から降りて見送ってくれる。
「また、大きなヤマのときは…よろしくね」
「まぁ、俺も忙しい身だからな…。タイミングさえよければ、何でも手伝うぞ」
「こ、今度は、もっと大きなヤマに協力してもらいます」
真宵が上ずった声音でそう言う。
…俺と深雪は、そんな真宵の態度に、軽く笑った。
「じゃ、俺はそろそろ帰るな。暇があったら、メールぐらいなら…いいぞ」
手を振る二人にそう告げながら、俺は帰路へつく。
闇が白んだ早朝だった――。