2重の言霊使いは最強ランク1位を目指す~驚く程の好待遇と女性に困らない人生を送りたい~ 作:イリーム
「よーし、完成です!」
「こっちも完了したで!」
ファリスとシルビアは見事に1匹のマグロのような魚を捌いて見せた。彼女たちの前には理路整然と盛り付けられた刺身が置かれている。
「ほう、これは旨そうだな。普通は筋肉質な漁師がこなしそうなイメージだが……」
アズールは二人の姿を見て、あまりにも違うギャップに笑っていた。実際に戦闘を行う上での彼女たちの激しさは屈強な男達をはるかに凌駕する程だが、見た目は10代のスタイルの良い少女だ。
「でもでも、予想よりおいしそうです……って、信也先輩は?」
「向こうでラングートと話してたけど……あれ、なにしてんのかな?」
信也たちの姿が見えないことに疑問を持ったファリスとシルビアはあたりを見渡した。少し離れた場所にて二人は模擬刀を構えていたのだ。
「まさか、いきなり戦えるとか思いませんでしたよ」
「なかなか戦闘狂だな、君は。私としてもそちらの方が嬉しいが」
信也は両手で模擬刀を持ち、剣道の中段の構えをしてみせた。ラングートも同じく中段に剣を構えている。どのように攻めるかを彼は考える。相手は元王国最強の戦士だ。
現在もアンジェリカ以上の強さではないかと考えている者もいるくらいの人物。
そんな相手に対して小細工は無用と考えた信也は、バラハムと戦った時以上の緊張感に襲われていた。命のやり取りとは程遠い、模擬訓練だ。周囲の兵士たちもテントの隅で行っている者は居る。
「はあっ!」
先手として動いたのは信也だ。ラングートに向かい真っ向から剣を構えて突撃する。 こちらの攻撃を当てる前に、ラングートも動き出した。
「先手はもらうぞ」
ラングートの高速の振りは信也の攻撃を速度で追い越し、彼に迫った。先に動いた信也だが、カウンターでの攻撃が先に飛んできたことになる。
「くっ!」
彼は素早く上体をかがめて、その一撃を回避した。そして、今度こそ信也の攻撃だ。ラングートの攻撃後の態勢を戻すまでの間に、その一撃はラングートを襲った。
「おっと、あぶないあぶないっ」
「なにっ!?」
攻撃後の完璧なタイミングでの一撃。しかしその振り上げ攻撃をラングートは難なく回避したのだ。その余裕の回避行動には信也も驚きの表情を隠せなかった。
「ラングートと明瀬信也のバトルか……なかなか、興味深いぜ」
「模擬実戦やんな? なんか、思いっきり戦ってる感じするけど」
「……ラングート様も多分ほとんど加減してないでしょうね……あれは」
ファリスとシルビアの二人は食事の用意を止めて、二人の剣の打ち合いを見ている。自らでは決して行えないことから相当に驚いているようだ。反対にアズールは二人の戦いを楽しく観戦していた。
アズールの視線の先の信也とラングートは、最初の打ち合いでお互い回避をしてからは、互角に剣を交えている。アズールの見立てでは剣の技術ではラングートが勝っているが、加減をしている雰囲気はない。信也も剣捌きでなんとかついて行っているのだ。
「明瀬信也……こりゃ、相当な逸材だな」
アズールは信也の動きを見ながら、彼に対する評価をさらに上げていた。
互角の打ち合いはなおも続いている。信也としても、あのラングート・シュタインとここまで打ち合えていることに驚きを覚えていると同時に自らの能力が頂点に達していることも実感していた。
現在は自らの体技の能力を全開にしている……だからこそ、ラングート・シュタインとも打ち合えているのだ。まだ、瞬間的にトップ状態には持って来れないとも理解した為、その点に関して改善の余地が残っている。信也の自信はさらに上がっていた。
いつの間にか、周囲の兵士たちも二人の戦闘に魅入られている。各々手を止めて、信也とラングートを凝視し始めた。それは、ファリスとシルビアも同じだ。
あのラングート・シュタインとここまで打ち合えている者が居る……そんな声がちらほらと信也の耳にも届いていた。
「……大したものだ。私と近接戦闘でここまで打ち合えるとは」
「そう言ってもらえて光栄ですよ」
二人の打ち合いは一旦終了し、ある程度の距離を取った。息1つ切れていないラングートと肩で息を始めている信也。この段階で、単純な近接戦闘では不利ということが伺えた。
「でも、あなたが本気じゃないとも取れるんですが」
「いや、勘違いしては困るが私は加減などしていないぞ? 打ち合えたのは君の実力だ。こんな場面でお世辞など言わないさ」
ラングートの視線はどこまでも真っすぐだ。アズールと同じく、決して嘘などを付かない人物というのは嫌でもわかってしまう。そうなると、自分は最高潮の時は彼とやり合うことができるのだ……信也の中でこれほどの自信に繋がることはない。後は、自由自在に最高潮になれるように訓練し、さらにその上限を上げるようにしていけば良い。
信也の心の中を読み取ったかのようにラングートは笑みをこぼした。
「どうやら進む先が見えたようだな。少しは参考になったかな?」
「……もしかして、俺にそれを教える為にここまで来たんですか?」
「それもある。君という人物の会ってみたかったんだ。予想以上で楽しみだよ、今後がね」
ラングートからのこれ以上ない誉め言葉に信也も高揚感に満たされていた。この模擬戦闘は今後に必ず役に立つ。彼の中でそんな確信が芽生えていた。
「最後に、私の全力の攻撃をお見せしよう。今の君ならば捌けるかどうか……試してみるといい」
「………!!」
一気に周囲の雰囲気が硬直する。ラングートの目つきは変化し、剣を上段に構える動作は一切の隙がなかった。信也にも恐ろしいほどの緊張感が伝わってくる……。
模擬刀での一撃とはいえ、まともに受ければ命さえ持って行かれかねない……そんな確信が信也の中をよぎった。彼はトップギアになっている神経を研ぎ澄ませ、ラングートの一撃に無言で備えた。
「行くぞっ」
無慈悲な一撃は彼の前に一瞬で詰め寄ったラングートの表情にあった。相手を本気で殺すかのような視線……呑まれてはおしまいだ。
信也は彼から振り下ろされた一撃を自らの模擬刀でガードした。左腕を剣の後ろに添えて。強烈な轟音と共に信也は背後に大きく引吹き飛ばされた。だが、彼はその一撃に倒れることはなかったのだ。そんな彼の姿を見てラングートはいつもの笑顔に戻っていた。
「凄いな……私の本気の一撃だったが……骨が折れている気配もない」
彼は顔から一筋の汗を流しながら、信也を改めて称賛した。信也は剣の後ろに添えてがーど力を向上させた左腕を辛うじて上に上げて見せる。
「いやいや……左腕は打撲レベルではないんですけど……」
「ははは、大きく後方へ退いたが。倒れることもなかった。それだけでも、私は自信を打ち砕かれたよ」
信也の左腕は明らかに折れていた。ガードした模擬刀にもひびが入っている。彼の渾身の一撃を捌いたとは言えない状況ではあるが、相手がラングートであることを鑑みると、非常に優秀な功績と言えるだろう。信也は緊張感から一気に解き放たれたのか、その場で座りこんだ。
「信也先輩! 平気ですか!?」
信也に寄り添うように、ファリスは真っ先に駆け付けてきた。とても心配そうに怪我の具合を見ている。
「ラングート様、これから私たち仕事なんですけど……!」
「すまない。だが、彼も望んでいたことだからね。これで君の中の曇り空は解消されたかな?」
見透かされている。今日初めてあった人物に自らの悩みを見透かされる……これはある意味では屈辱だ。だが、信也も悪い気分にはならなかった。ラングートの強さが実感できたからだ。
「アンジェリカの強さ……まあ、肩書き通りなんだとはわかりました」
「それがわかってくれれば十分だ」
ラングートの表情からも信也は確信した。これで彼の中の曇り空は晴れたも同然だ。
どういった意味合いがあるのかはわからないが、この前の闘技大会は考えなくても問題ない。信也は改めて思い出した……ここに飛ばされてきた初日に見た、アンジェリカの圧倒的な強さを……スケイルビーストとプライマルビーストの群れを余裕で打倒する彼女の美しさを……。
「あと、現在の2位がラングートさんより強いとか聞きましたけど……」
これは以前にシルビアから聞いた情報だ。この際、確認をしておこうと思った信也であった。
「それも正しい情報だ。アンジェリカと現在の2位以外には負けているとは考えていないが、私はその二人には及ばない」
「……」
ラングートからの真っすぐな視線と言葉……信也は超えるべき壁はアンジェリカだけではないと改めて感じていた。しかし、それを超える楽しみ、圧倒的強者を超える楽しみを彼は感じ始めていたのだ。
「怪我自体はそこまで重くはなさそうですけど、無茶しないでくださいよ!」
「ごめん、心配かけたな」
一途に自らを心配してくれるファリスに信也は心から感謝していた。思わず彼女の頭を撫でていた。ファリスも戸惑っていたが、特になにもすることはなく流れに任せている。
「この辺りで模擬戦は終わろうか。なかなか有意義だったよ、感謝する信也」
「いえ、こちらも有意義でしたよ。ありがとうございます」
二人は笑顔になっていた。最低限の言葉以外は必要がないといった表情でもある。お互いの健闘を称える形で戦闘は終了し、ラングートもその場から去って行った。