女神官は戸惑っていた、どんな会話をすればいいのかと。
(こういう時、ゴブリンスレイヤー さんなら…)
女神官は彼と狩人が何気なくする会話を思い出した。
『ではゴブリンとは、学習するのか』
『そうだ、連中は悪辣で悪賢い。力も弱く、頭も子供並だが裏を返せば数を揃えれば成人以上の力が出るし子供並の罠を仕掛けることもできる。
そうやって経験を積んだゴブリンは渡りになり、他のゴブリン巣の用心棒やリーダーにもなる。ゴブリンどもの銀級冒険者といったところだ』
『成る程。渡りか、まるで薬物耐性菌だな…獣にはそういう所はなかったな…
連中は人間を遥かに凌ぐ速さと力を兼ね備えているが…いやだからこそ不要だったのか。
人間と同じだな、弱いから工夫する。弱いから適応し、進化する。
弱いからこそ、群れ武器を使い罠に嵌め強者を狩る』
『ゴブリンは人間ではない』
『ああ、そうだな。狩人の真似をしていても汚物は汚物だ。
臭い汚物は潰して焼くに限る、あんたもそう思うだろう?』
ゴブリンスレイヤーと狩人の会話は常に殺伐としている。世間話…
(違いますから!絶対に違いますから、これ世間話じゃありませんから!)
他にも思い出そうとする。
『その格好、大型のモンスターと夜間に対峙するのが目的か』
『ほう、そうだ。ここの連中は普段着に近い軽装といえばゴブリンやネズミといった雑魚狩り、ルーキーの装備だと軽視しているようだがな。
まぁ、いいところでせいぜい斥候や魔術師といったところか』
『布地の裏に急所守りの金属板。関節には細かく編んだチェインメイルが縫いこんである。
金属を布や革で挟んで音と匂いを消し、黒一色で闇に溶け込みやすくしている。
ある程度の防御力を確保しつつ機動力を重視した鎧。
…制作には相応の費用がかかるはずだ。
同じ値段なら簡易なプレートアーマーの方が防御力でも見栄えでも勝る…
プレートアーマーや盾が意味を持たない怪力のモンスターとの接近戦を重視した作りだと俺は思う』
『正解だよ、シャーロック。獣に鎧や盾はほとんど意味がないからな。
この銃が言ってみれば狩人の盾だ、銃声と衝撃で相手が怯んで動きを止めたところを確実に殺す』
『いい戦法だと思う。特に大型のホブと相対した時には有効そうだ。
だがゴブリンどもで警戒すべきは集団からの投石などの飛び道具と毒を塗った武器だ。
頭部への衝撃を抑えるためにゴブリン狩りには金属ヘルメットを使った方がいい。
それに銃の特性を考えれば飛び道具対策にはある程度の盾を装備するのも考えるべきだ』
『ああ、ヤハグルの連中はそういう物理防御を重視したのを使っていたな
ふむ、投石か…俺もよく多用したが確かに集団で投げ続ければある程度は怯むし有効な戦法になるな。
盾なんぞ拾った粗末な木の盾しかないが、確かに投石を防いで接近戦に持ち込むには有効だな…』
効率的なゴブリン狩り防具の選び方を勧めるゴブリンスレイヤーとそのアドバイスを受ける狩人の会話がまた浮かぶ…
自分ならどんなアドバイスを…駄目だ!何も思いつかない!
(だ…駄目!頑張って私!地母神様の神官がここでくじけちゃ駄目よ!自分が出来る事を話すのよ!)
「きょ、今日はいい天気ですね!」
「…そうか」
…会話は0.3秒でぶった切られた。
「あ、そういえば私新しい奇跡が使えるようになりましたよ!」
「ふむ?」
(や、やっと話が繋がった!)
「奇跡…か、そういえばここいらでは『神秘』の事をそう呼ぶのだったな…』
「神秘…はわかりませんけど私が使えるのは『小治癒』に加えて『聖壁』ですよ。
ほら、狩人さんも一人じゃなくてパーティーを組んだらいいと思いますよ」
「…『聖壁』はわからんが、『小治癒』に似た神秘なら私も使える」
ガタッ!
「う…嘘!?あっ、いえすみません…」
女神官は驚いたように身をテーブルの上に乗り出す。
狩人は『聖歌の鐘』をコトリとテーブルの上に置いた。
「失われた聖歌隊の秘儀『聖歌の鐘』次元に響く狩人の鐘の音を模倣し、しかし結局は再現できなかった。
音色は次元を跨がないが
すべての協力者に生きる力と、治癒の効果を及ぼす
鐘の音を響かせる者の近くにいる協力者全ての傷と毒などをある程度は癒す力がある。
」
「…す、凄い。これって凄い力ですよ!範囲回復に加えて毒の癒しなんて大神官級ですよ!
私なんて…」
女神官は自らの未熟さ故にゴブリンの毒程度で死なせてしまったあの女魔術師の事を思い出した。もしもあの時いてくれたのが自分でなく狩人だったのならば、あの三人はあんな目に遭わずに済んだのではないかと…
毒は女神官にとっての第一のトラウマであった。
「何か気にしているようだが…過ぎた力には代償がある、この鐘の音とて実戦ではさして役に立つとは言い切れん。
発動には大量の触媒を必要とする上に効果範囲も広くは無い。
回復自体もそこまで劇的なものでは無いし、毒も病もあくまで毒消しや薬で癒せるものに限る。
少女よ、自らの出来ないことを望んでも埒はあかない。
自らの出来る事をやれ、出来ないことは出来ないと認めることから良い狩人への道は拓ける」
狩人は白い丸薬をいくつかテーブルの上に差し出した。
「毒消しだ、味は毒消しポーション以下で最悪だが大抵の遅効毒・猛毒を癒せる。
今度毒消しが必要になったら使うといい」
「こ!こんな高価な物いただけませんよ!」
毒消しポーションは質や時期(原料の需給バランス)によって値段もまちまちだが金貨にして1から2枚が相場である。
一日ドブさらいして金貨1枚になるかどうかだから駆け出し冒険者にはなかなか手を出す事を躊躇われる金額だ。
もっとも銭を惜しんで命を惜しまずでは話にならない。
「なに…獣狩りの夜に足を踏み入れた者への先輩からの餞別だ。
狩人というのは存外面倒見の良い職業なのさ。
私としてもあれが必要だからね、君に死んでもらっては困る…」
女神官は例のアレの事を思い出して顔を真っ赤に染めた。
「そ!その事は人前では言わないでください!いいですね!絶対ですよ!」
人をからかうような狩人を女神官はぷぅと頰を膨らませて睨みつける。
狩人は含み笑いをしながらテーブルの上で紅茶を啜っていた。
女神官もギルドのテーブルの上で狩人の注文した紅茶を飲みながら相変わらず不思議な音を奏でるオルゴールの音色に癒されながらゴブリンスレイヤーが買い物を終えるまで待っている。
「これ…不思議ですね。オルゴールっていうんですか?
とても優しいのに、でもどこか物悲しい音色…」
女神官がそう伝えると、マスクの下で狩人は何かを思ったように目を細める。
「昔…愚かな狩人がいた…何も分からず何も知らず、ただ自分の事しか考えない。
ただ突き進んでただ狩を続け、その結果は酷いものだった。
誰も救えず、誰からも感謝されず。
世界とは悲劇だと最初から決まりきっていたのに無駄に足掻いて全て無駄にした。
何度繰り返しても結果は最初から決まりきっているのにな。
そういう残骸みたいな奴でも出来る事はある。
獣を憎み、狩りを全うする。
…この音色はそういう奴を責めて狩りに赴かせるために作られた曲なのかもな…」
女神官はそれまで狩人を他の冒険者たちが言っていたように頭がおかしいのでは?と思っていた。だがこうやって接してみるとなんだかとても悲しい人のように思えた。
まるで彼女の隣にいる男のように…
しばらくするとゴブリンスレイヤー が買い物と受付に新たに張り出されたゴブリン退治の依頼を受けて戻ってきた。
「すぐ出発する、ゴブリンだ」
女神官もその声にはい!と元気よく答える。
彼らはまた休息もそこそこにゴブリン討伐に出かけるのだろう。
狩人はオルゴールの音色と共に再び獣への憎しみを強くする。
なんでもいい、獣はどこだ?人に仇なす獣を狩る。
獣狩りの夜を始めよう。
『貴方も狩りを始める時だ』
狩人はパタンとオルゴールの蓋を閉じると、彼らに祝福の言葉を投げかけた。
『貴公のゆく道に暗い血の加護があらん事を…』
ちなみに大半の冒険者からは呪いの言葉だと思われていたらしい。