狩人、あるいはケモノハンター   作:溶けない氷

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第47話

貴方方は重傷を負ったゴブリンスレイヤーと女神官を護衛しながら地上への帰途についた。

…貴方は自分のマントをひん剥かれて悲惨な妖精弓手に貸してやった。

「あ、ありがと…血腥い」

いくら金床とはいえ女性なのだからその格好はあまりだろう。

だが相変わらず文句の多い妖精だ。

 

地上へと戻った貴方方は瀕死の重傷を負ったゴブリンスレイヤーにリザレクション:処女同衾の奇跡をかけてもらうことができた。

どうやら回復系の奇跡の中でも最大級の物らしく簡単に出来る代物ではないらしい。

彼は血まみれだが貴方も彼以上に血まみれだ。

敵と自分の血が混じってどちらがどちらかわからない、それで良い。

貴方は狩人だ、相手の血を己が力とするのだから何も問題はない。

「!ご、ゴブリンスレイヤーさん!」

女神官は 神殿で目覚めると自分が剣の乙女の行うリザレクションの奇跡の媒体になると言って聞かなかった。

この場で最も信仰篤さゆえに成功率が高いのが彼女だろう。

 

…剣の乙女と女神官が瀕死の重傷を負った彼と共に同衾し回復するまでの間、

貴方方も休息をとることにした。

 

貴方は月光の大剣を再び手に取ると一人地下迷宮に赴こうとした。

「狩人殿、どうなさる気ですかな?」

しれたこと。獣を狩る、刈り尽くす。

「んな!何言ってんのよ!オルクボルグもあの子もいない状況であんた一人で行くっての!?」

貴方はいつもそうだった、常に一人でヤーナムを狩り尽くす。

今まで6人もぞろぞろと集団でうろつきまわったのがむしろ異常なのだ。

貴方は一人でダンジョンに挑むだろう。

貴方の精神テンションは今!

ヤーナム時代にもどっているッ!

リボンの少女が獣に殺されたあの当時にだッ!

冷酷!残忍!無慈悲!狂気!

血に酔った狩人だ!その貴方が小鬼どもを狩り尽くす!

 

「か…狩人…」

使命感が貴方を駆り立てるだろう、貴方は立ち上がり彼らに別れを告げて神殿から出て行こうとした。

今から戻って追撃すれば弱ったチャンプに動揺した小鬼どもを殺すのはさして難事ではない。

「それを聞いたんじゃぁ、尚更一人で行かせるわけにはいかんのぉ」

貴方を導師が押しとどめる。

「お前さんの過去に何があったのかぁ、知らん。

じゃが都合が悪くなったから、はいさよならじゃ道理が通らんじゃろう。

もうパーティーの依頼として受けた以上、リーダーの指示なしの独断専行はご法度じゃろ?」

 

「そうですな、それにこれは我ら一同が受けた依頼。

もはや狩人殿一人の狩だから、で済ませるわけには参りません。

小鬼どもを殺すのみならず、小鬼どもが湧いた原因の調査と解明、可能なら再発の防止。

それらを狩人殿一人で成し遂げられるという確信がありますかな?」

 

さて、何もかもぶっ殺して回るだけの貴方にそんな器用なことができるだろうか?

誰かが操っているのなら誰かがなんであろうと殺せばいいだけの話だ。

だが自然現象だったりした場合にはどうするのだろうか?

目につくものを片っ端から壊して燃やすだけではこの世界の問題を解決することはできないと貴方は金の力を通じて思い知った。

ならばここはひとまず彼の回復を待って再び反撃の機会を窺うべきだと説得されてしまった。

貴方はゴブリンスレイヤーの装備を見た。

鎧と銃はひしゃげ、剣は失われている。

特に銃身の曲がりはひどいものだ、だがこいつがひしゃげなかったら衝撃をモロに食らっていただろうことが伺える。

もしかしたら即死だったかもしれない。

本当に運の良いゴブリンスレイヤーだ…

そもそも運が本当に良かったらゴブリンスレイヤーになっていない気がするが。

貴方方4人は神殿にゴブリンスレイヤーと女神官を預けて宿に戻り休憩をとることにした。

神殿から帰る貴方方の足取りは重く疲れている。

…水の都の地下水道に入った時は朝だったが、既に日は暮れて夜になっている。

「あ、お帰りなさい!」

女武闘家は疲労し、服も擦り切れたりほつれたりしている貴方方4人の姿を見て驚いていた。

怪我は魔法で治る、だが服はそうはいかないものだ。

「あ、あははは…ちょっと失敗しちゃったかもね・・」

「だ!大丈夫なんですか!?ほら、早く部屋に…」

妖精弓手は武闘家に付き添われて部屋に入っていき服を交換するようだ。

神殿で換えの服を借りたが、好みには合わなかったらしい。

 

…貴方方も無言で寝床につき休息を取る。

重傷なのはゴブリンスレイヤーと女神官だが、陰鬱な雰囲気の地下に潜って快活でいられるなど頭のおかしい狩人くらいなものである。

地底人の結晶石マラソンはやはり頭おかしい。

一方でその頃の地下

そこには多くの寝台、薬品棚、輸血袋に医療道具が置かれ一見すると病院のようだった。

だがそこかしこに散らばった手足や夥しい血、ホルマリン漬けの様々な種族のパーツなどを見れば病院よりは屠殺場と呼ぶべきだろう。

彼女は地下水道に設置したここを『野外診療所』と呼んでいたが…

「ふむ、トゥメル人と同じ施術を施してもやはり完全に同じとは行かないか…

そこいらが四方世界の『静物』と『生物』の違いか…

駒として作られた故に瞳持たぬ。

進化の輪を外された存在…哀れで滑稽で、それだからこそ患者として治療のしがいがあるわねぇ…」

既にこの街やその外で誘拐され行方不明になった多数のヒュームやエルフ、ドワーフにレーアといった種族の多くが彼女の手によって誘拐され患者となっていた。

きっとこの女医はダッハウやアウシュヴィッツで勤務してたんじゃないだろうか?

混沌の勢力、彼女は今は彼らに協力しているのだろう。

だがそんな彼女に魔神王への忠誠心などカケラもない。

現に幾人もの吸血鬼やダークエルフといった混沌の軍勢の指揮官級も治療されている。

結局のところ、彼女は神々の駒を解体して再組み立てして遊ぶ子供のようなものだ。

残酷で冷酷で無邪気、一切の悪意がない邪悪さ。

ヤーナムでは別に珍しくもないが。

「狩人の治験も得難いものだけど…まぁいいわ、練習なら小鬼ちゃんたちで充分だし」

既に数百体のゴブリンが彼女の手によって治療されていた。

例の守り人はどこかの人間の成れの果てだったのかもしれない…

 

「まぁいいわ、ここでの収穫は鏡のシステム解析さえ済めばそれで十分。

治験データも全部ここにある…もうそろそろ潮時みたいだし…

ふふっ、あとは彼らに適当に処分してもらいましょう」

少なく見積もっても数百の治験データを自らの頭脳の内に納めた彼女に持ち運びの不便となる紙のカルテなど不要。

ある種の人は記憶の宮殿と呼ばれる手法により記憶力を極限まで高める事が出来るのだという。

混沌の軍勢との契約においては生贄を攫う見返りに彼らに強力なモンスターの製造法を提供するという目的で一致している。

実にくだらない、どんな強力なモンスターも所詮は上位者の玩具でしかないではないか。

「ああ、瞳を…彼らに瞳を与え給え。

獣の愚かを克服させ給え…」

彼女の治療は続く、ヒューム・エルフ・ドワーフetcetcetc。

全ての獣がその愚かさを克服するまで。

彼女の治療は善意である、地獄への道は善意で舗装されているのだから。


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