東京喰種:ヴァルキリー   作:シャミナミュ

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1話

「お腹空いた」

 

 ある喰種の、その一言から物語は始まった

 

 ーーー

 

 9区にて、3人の捜査官で編成された部隊が調査対象の喰種を追っていた。喰種の名前はムササビ。その喰種が持つ特徴的な羽赫がムササビのようだという理由で命名されている。この喰種は最近頻繁に捕食被害を繰り返し目立ってきた喰種で、何度か二等捜査官と交戦しそれを殺害しているため、凶悪な喰種としてこうして討伐隊が組まれたわけだが

 その喰種はすでに目の前にクインケで腹を貫かれた状態で絶命していた。そう、すでに件の喰種は駆逐が終わったのである

 

「いやぁ、なかなか手こずりましたね」

 

 かいた汗を拭いながら獲物を肩に担ぎ話すこの捜査官は宇垣喜一(うがき きいち)。甲赫から作られた剣型のクインケを扱う若き二等捜査官。Bレートの喰種を単独で駆逐したこともある実力者で上等への昇格ももうすぐではと噂されている

 

「動きが変則的だったからな、だがそれも予測できれば問題無い」

 

 ムササビに刺さったクインケを回収しながら宇垣に返事をしたのはこの隊の隊長である大原仁(おおはら じん)。鱗赫の槍型クインケを使用する上等捜査官。今年で30歳になる隊長は、これまでに堅実な成果を上げ上等になったこれまた実力者で、今回の戦いも大原上等のおかげが大きい

 

「回収班を要請しました、お疲れ様です」

 

「おう、雅紀は怪我無いか?」

 

「大丈夫です、強いて言うならクインケを吹き飛ばされたときに少し手を痛めたぐらいです」

 

「そうか、それはよかった。そのクインケの初陣なのに大怪我なんてされちゃ申し訳ないからな」

 

 大原上等に心配されているのは、俺こと椎名雅紀(しいな まさき)。最近捜査官デビューをしたばかりの新米三等捜査官だ。大原上等とは上司部下との関係にあたりこうして任務を遂行しているのだが今回はおさがりのクインケの初陣だったのだ。譲ってもらったのは尾赫のナイフ型のクインケが二本のもの。戦闘中に片方吹き飛ばされてしまうアクシデントはあったものの無事回収も済んでいる

 お互い労りの挨拶を交わしながら帰還の準備をするとき、異変が起きた。見た目からして中学三年生ぐらいの少女がムササビの死体の前に突如として現れたのだ。いや、現れたというよりもいつの間にかそこにいたというのが正しいかもしれない、それぐらい違和感無くその場にいたのだ。そしてこの少女は喰種だ、そう確信したのは顔を隠すマスク、個の場では不自然な程存在感のある西洋騎士のような面を着けていたからだ

 

「戦闘準備!!」

 

 大原上等が声を上げる前に俺たちはその喰種から距離を取りクインケを構えていた

 

「やっと見つけた、おじさんたち食べていい?」

 

「いいわけあるかっての!」

 

 大原上等が槍で突きを繰り出すがそれを身を翻しながら飛んで避ける。着地時に呼吸を合わせて宇垣二等とともに攻撃をするがそれも避けられる。相手は高く飛んで赫子を出して攻撃をする、赫子の種類は羽赫。飛んでくる射撃を躱しながら再度着地時に合わせて宇垣が剣で仕掛ける。

 

「羽赫なら近接が弱いから楽勝だな」

 

 そういいながらクインケを薙ぐと、決まったと思われたその攻撃は喰種を切ることなく、その腕が吹き飛んだ。

 

「は・・・?」

 

 いつの間にか相手の背中からはブレードのような赫子が出ており、それで宇垣の腕を切り飛ばしたのだろう。問題なのは・・・

 

「二種持ち!?」

 

 相手が羽赫とは別に甲赫を持っていたことだ。この二種持ちというのは存在が多く確認されていないためデータが少ないのだが、総じて特徴的なのは厄介なこと。下手したらワンランクレートが上がるくらいには戦いたくない相手である。こんな場面で出会いたくない種である。

 

「雅紀逃げろ!!」

 

「俺も戦います!」

 

「馬鹿野郎撤退しろ!こいつは俺達には無理な喰種だ、撤退して情報を持ち帰れ!」

 

 

 腕を切り飛ばされた宇垣は既にトドメを刺されて残りは俺と大原上等だけ。あの宇垣が一瞬でやられたのなら今の俺には・・・何もできない。それを理解し、残りたい気持ちも抑え込み、その場から俺は必死に逃げた

 

 その後、増援とともに駆けつけたその場には、無残にも食い殺されていた大原上等と宇垣二等の死体が残っていた

 

 これが俺の罪、この日逃げだした臆病者の俺は復讐者となることを誓った

 

 ーーー

 

 三年後、俺は危険な戦い方をしながらもようやく上等捜査官にまで登り詰めた。今日は昇進に伴う祝いの場が設けられ、昇任式で昇進した捜査官たちが食事をしている。会場の壁際に寄りかかり昇任式の緊張で乾いた喉を潤していると、こちらに近付いてくる人物がいた

 

「やあ雅紀、昇任おめでとさん」

 

「篠原さん」

 

 気さくに声を掛けてくれたのは篠原特等。喰種捜査官として最強格として位置付けられている特等階級の人で、妻と子供が居るようで毎回家族サービスのために死ねないと言って、それを有言実行するような人である。何度か仕事上一緒になった事があるから分かるが、この人は特等だけあってとても強い、初めて間近でその戦いぶりを見た時は憧れを抱くほどだった

 

 「雅紀も遂に上等か、二等だった頃が懐かしく感じるね」

 

 

 「初めて組んだのが二年前でしたもんね、あの時から篠原さんにはお世話になりっぱなしで頭が上がりませんよ」

 

 「なに、君のおかげで助かってる事もあるからお互い様さ」

 

 「そういえば新しいクインケが特等方に配備されると聞きましたが、確かアーマー型のクインケでしたか」

 

 「試作型だがね、また雅紀に試運転を頼むかもしれないね」

 

 「構いませんよ、おかげでクインケの操術も上達してますし」

 

 「ははっ、お前さんがやる多くのクインケを使い捨てるような戦い方は梟戦の有馬を思い出すよ」

 

 いつの間にか手に持っていたグラスを傾けながら篠原さんと他愛ない話や情報交換をしばらくした。その内部下と思われる人が現れ、篠原さんが面倒を見てるパートナーが何かやらかしたらしく頭を抱えながらこの場を去っていった

 

 「雅紀」

 

 「有馬さん、それに平子さんも」

 

 篠原さんと入れ替わる形でやってきたのは有馬貴将、平子丈。有馬さんは篠原さんと同じ特等に位置する捜査官だが、CCGの生きる伝説とも呼ばれる最強の喰種捜査官だ。零番隊という部隊を率いて24区の調査をしているのが多く忙しい彼がこの場にいるのは珍しい。そして有馬さんの隣にいるのは平子上等、俺と同じ階級の捜査官だ。この人に関しては特筆すべき事が無いというか、とにかく普通の人だ。しかし、普通の人でありながら実力に関しては確かなものであり、准特等にも成れる人にも思えるのだが。未だに昇進の話を聞かない不思議な人でもある。

 

 「有馬さんがこんな所にいるのは珍しいですね、モグラ叩きは一段落着いたんですか?」

 

 「あぁ、モグラ叩きはようやく落ち着いた所だよ。今日は雅紀に用があって来たんだ」

 

 「俺に、ですか?」

 

 有馬さんとは一度同じ任務に就いたことがあり、零番隊と共にとある喰種の駆逐をしたのだが、それ以降特に音沙汰も無かったので有馬さんが俺に用事があるのが意外だった

 

 「クインケの改良に関しての相談をしたら知行博士に雅紀の事を紹介されてね。聞いた所によると研究所から試作型のクインケを数多く支給され、そのレポートを提出してるみたいじゃないか」

 

 「まぁ、俺が無理言ってクインケを貰う代わりにテストやデータ収集を対価に行ってる感じですね」

 

 「そうみたいだね、知行博士が支給する試作クインケがほとんど壊れて返ってくるから耐久性のテストが捗るとボヤいていたよ。だが、君のレポートを見させてもらったが中々興味深かったよ」

 

 そういえばいつもクインケ壊してたから何度か注意されたっけ、いつも壊すから未だに専用のクインケが決まらないのだけは難儀なんだよなぁ・・・

 

 「雅紀、君にクインケのテストを頼みたいんだ」

 

 「有馬さんのクインケを、ですか?」

 

 「あぁ、正確に言えば俺の駆逐した喰種から作られるクインケ、だ。」

 

 その有馬さんの提案に思わず体が固まる。何故だって? だってこの人が駆逐した喰種なんてそれこそ高レートの物ばかりでそんなクインケは性能からしたらほぼ一級品のに決まっている

 

 「有馬さんご自身で使う、という訳では無さそうですね」

 

 「察しがいいね。雅紀の言う通り俺が使う訳では無いよ。俺以外の上位捜査官へ充てられるのが理想だな」

 

 「なるほど、つまり戦力の増強をしたいと」

 

 「正解。最近の喰種から奇妙な推測が出てるから出来れば今のうちにやっておきたくてね」

 

 奇妙な推測? 最近他の部署の資料を読んでいないから分からないな、後日調べてみるか

 

 「実は既にクインケの試作は出来てるんだ。これが一覧表になる。一応クインケのデータも載ってるけど、詳しく知りたい時は知行博士に聞くといい。レポートに関しては俺と研究所の両方に頼む」

 

 「有馬さんにもレポートですか、不在の場合はどうすれば?」

 

 レポートの提出先が有馬さん本人という事は都合を合わせないと直接の提出は難しそうなのだが

 

 「その時は誰か局員に頼むか、そうだな・・・丈に渡すといい」

 

 「了解しました、後で資料拝見させていただきます」

 

 「うん、よろしく。それじゃあ」

 

 軽く手を振りながらこの場を去っていく彼を見送り、この場に残っている平子さんが口を開いた

 

 「昇進おめでとう、雅紀も俺と同じ上等か」

 

 「部下を持ちたくは無いんですけどね」

 

 「お前らしいな。戦乙女の件は最近どうだ?」

 

 「全く進展が無いですね、既にご存知だと思いますが3ヶ月前の捕食事件が直近の出来事でそれからからっきしです」

 

 参った参った、とそんな手振りをする俺に平子さんはただ、そうか、と頷いただけだった

 

 「あまり無茶はするなよ、大原上等が悲しむ」

 

 「分かってますよ。けどアイツだけは俺がケリを付けなきゃいけないんです」

 

 アイツ、平子さんの口から出た戦乙女(ヴァルキリー)と呼ばれる喰種は、俺の因縁の相手、三年前の罪の象徴。当時はレーティングもされなかったが、今ではようやく情報が揃ってきた

 

 戦乙女(ヴァルキリー)

 S+レート

 性別 女

 赫子type 羽赫+甲赫

 被害状況は特等捜査官1名、准特等捜査官8名、上等捜査官46名、それ以下の捜査官50名以上。捕食被害から対象の好みなどの判別は不能。行動範囲も不明なためどこの区に腰を据えてるのかも不明

 

 これぐらいだが、着実に情報が増えていっている。あの時の喰種の少女。戦乙女だけを三年間追い続けて来た、過去の因縁、罪を精算するためにそれまでは死ねないんだ

 

 「何か困ったことがあれば言え、出来るだけ手伝う」

 

 「ありがとうございます。だけどしばらくは大丈夫だとは思います。今はやるべき事をやるつもりなので、有馬さんから仕事も頂きましたしね」

 

 「あまり知行博士を困らせるなよ」

 

 「善処します」

 

 平子さんもこの後仕事があるようでまたもや1人になってしまった。このままここに居続けても何かある訳でもないので俺も帰ることにした

 


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