特別予定も無かった俺は、会場を後にして知行博士の研究所を訪れた
研究所に入ると、見知った顔の研究員達が書類やデータとにらめっこしながら各々の作業をしていた
その中から、キノコ頭が特徴の知行博士を探していると、見つける前に後ろから声を掛けられた
「やぁ雅紀くん。上等への昇進おめでとう」
「ありがとうございます。これも知行博士のおかげですよ」
「こっちも雅紀くんには助けられてるからお互い様だよ、それで今日は何の要件かな?前回支給したクインケでも壊れたかい?」
「いえ、今回は別件です。有馬特等からクインケの実験をして欲しいと頼まれたので」
有馬特等からの要件を言うと、あぁと納得した知行博士は、そのままついてきて、と言い別室へと移動する。そこには計5個のクインケケースが台の上に置かれていた
「これが件の?」
「うん、これがクインケの資料ね。いやぁ、有馬くんの持ってくる媒体はとても強力で優秀なものが多いんだけど、どうしても扱えそうな人材ってのが見つからなくてね。結局支給するにしても、その前にデータも取りたいのが僕らの本音なんだけど、データを取るのにも得手不得手もあるし、何より持たせて殉職されたらそれはそれで困る事もあるんだよね」
「まぁデータを取るのは慣れてますけど、壊さないで持ってこれるかは保証しませんよ」
「これはまだプロトタイプだから、全壊さえしなければ大丈夫さ。それに有馬特等の駆逐した喰種のクインケだ、耐久も含めた他の性能は今まで君の使ってきたクインケを軽く超えるものだ」
確かにその言葉通りで、資料に記載されてるクインケ性能を見ると、そのどれもが1級品のものだった
というか、こんなの扱いきれるかどうかの不安が出てきた
「とりあえず多少破損してもいいのは安心しました」
「出来れば壊して欲しくはないんだけどねぇ」
「善処はしますよ」
もう一度資料を見てクインケを確認する。
・SSレート喰種の羽赫から作った射撃型のカーバー。突撃銃のような見た目のミドルレンジで撃つようなクインケのようだ。ギミックとしては曲がる射撃か・・・
・SSレート喰種の甲赫から作った篭手の形をしたバークライ。篭手の形状を剣にして双剣のように戦えるようだ、他にもクインケの1部を分離させて巨大な盾を形成したり出来るらしい。分離してしばらく残るのなら地面に生やしたりと面白い使い方が出来そうだ
・SSレート喰種の鱗赫から作った刀型のクレセント。ギミックを起動する事で瞬間的にリーチを延長する赫子による斬撃が出来るようだ。これも万能性があって便利そうだ
・SSレート喰種の尾赫から作った短剣型のスコルピオン。このクインケのギミックは、刃が一時的に長く柔軟になり、鋭く鞭のような斬撃が出来るという。
・Sレート喰種の羽赫と鱗赫の射撃型のキメラクインケ、コメット。こちらも突撃銃のような見た目をしているが、速射・連射性のないもので、その代わり単発での威力が高い、グレネードのような射撃が出来るクインケらしい
これらが知行博士から支給されるクインケなのだが、やはりというかなんというか・・・。有馬特等の駆逐した喰種だから予想はしていたが、どれも性能が1級品のものばかりだ。このクインケがあるだけで戦術レベルがあがると思えるものしかない
「知行博士、これって上等が使っていいものなんですか?」
「正直准特等レベルの代物ではあるけどね、君なら使いこなせるさ」
「まぁやるだけやって見ますけどね。ちょうどこれを試すのに良さそうな相手がいますので、その調査班に頼んで実戦テストしてきますよ」
とりあえずクインケの運搬を頼み、早速件の調査班へと連絡を入れる。見知った仲の人物なので、要件を言うと快い返事を貰えたため、今夜早速その喰種の討伐任務に参加した
ーーー
SSレート喰種イリーテイター、2本のワニの口のように鋭い鱗赫を持った喰種。その性質は非情にして残虐、捕食する相手を食い散らかす暴食的な喰種で、これまで何人もの捕食犠牲者、そして殉職した捜査官が出ている。
今回の任務では、この喰種をたった3部隊で討伐しようという話だ。普通ならSSレートを3部隊で討伐なんて無理な話だが、今回は喰種相手のスペシャリストである篠原特等が参加するので大丈夫だろうという安心感がある。
特筆すべき班の人物は、篠原特等、平子上等ぐらいか
「篠原さん、すいません無茶言って参加させてもらって」
「何言ってんの、戦力はあるに越したことはないよ。それにSSレート討伐任務に嬉々として参加したいとか言うのは君ぐらいなもんよ」
「クインケの試運転がしたくて、ちょっと生半可な相手じゃ使い切れないなぁって思って」
「有馬からのクインケだっけ?一応頼りにはしてるからヘマはして死なないでくれよ。何かあったら引きなさいね」
「引き際は弁えますよ、ありがとうございます」
「篠原特等、班員の配置完了しました」
そこで、平子上等が班員の配置完了した旨を伝えに来る。平子さんに軽く会釈をして、ついにイリーテイターの駆逐任務が開始する。陣形を崩さず、イリーテイターが潜伏しているらしき廃墟のビルの前まで行くと、そいつは現れた
「また懲りずにやってきたのかよ、もう雑魚には飽きてきてイライラしてんだけど」
頭を掻きながら気だるげそうに出てきたのは、資料で見たのと同じマスクをした喰種。姿を確認したと同時に全員に緊張が走り出す
(こいつがイリーテイターか。赫子も出してないのにこの威圧感、伊達にSSレートじゃないということか)
「掃射!射撃が終わると共に丈と雅紀は私に追いてこい!」
「「了解」」
作戦は酷く簡単なもので、篠原さんと平子さんと俺の3人でイリーテイターに切り込むというもの。合間に射撃を挟み絶え間なく攻撃する事で駆逐しようという、よくある陣形である。
イリーテイターは射撃を赫子で防ぎ切るが、一斉射撃が終わると共にその間に距離を詰める。カーバーとコメットを構えて、篠原さんと平子さんが切り込めるようカーバーの射撃で牽制をする
「まぁ、防がれるよな。鱗赫でも羽赫のこれじゃ通らないか」
「いや、充分だ」
「だね!」
たった数秒の牽制で、篠原さん達にとっては充分で、既に彼らの間合いに入ったため剣撃が始める。イリーテイターは2本の赫子で捌いているが、その一撃が重いためか、思うように篠原さんと平子さんが攻めきれていない。俺も加わるべきか・・・
そう思った矢先、イリーテイターの赫子がクインケで防御した平子上等をそのまま吹き飛ばした
「っ・・・!バークライ起動!」
咄嗟にバークライを地面に触れさせギミックを発動し、着地した平子上等の手前に赫子の大盾を発生させる。おかげでイリーテイターの赫子の追撃を防ぐことが出来たが
「赫子の相性か、1発が限界みたいだな」
バークライの盾は既に崩壊をしており、この場では重い攻撃を防ぐのに使うのが良さそうだと判断し、カーバーを再度構える。篠原さんと平子さんも1度退いて体勢を立て直す。その間にリロードの完了した班員が射撃をしている
「平子さん大丈夫ですか」
「すまん、大丈夫だ」
「いやぁ、やはり赫子が重いね。私のオニヤマダでも押し切れんとは」
「当たり前ですけど、一撃でも貰えば致命傷ですよね」
「だが鱗赫だ、攻撃力はあってもやはり脆い」
この短い時間でお互いに情報共有をする。現場で実感した情報っていうのは勝敗を分ける一因にもなる。
「次は俺が前出ますので、援護お願いしていいですか?」
「好きにやんなさい」
「合わせる」
了承を得た所で早速、カーバーを様々な角度から当たるように乱射し距離を詰めていく。手に構えるのはスコルピオン。短剣のため、かなり近付く必要があるが、どうにかしてダメージを与えるぐらいはしたい
「切り込む人数が増えたところで!」
射撃が止んだため、それを防ぐ必要性が無くなり赫子の猛攻が迫る。それを一つ一つ躱しながら、徐々に詰める。ようやく間合いが入った所で、スコルピオンで赫子と斬り合っていく
(重いな・・・)
赫子とクインケを合わせる度に、こちらのクインケのパワー不足が目立ち始め、押されてきた。このままではやられるのも時間の問題だろう
ならば、奇策を交えて戦うのが有効だと判断し、赫子で打たれた際、クインケで防ぎながらも少し後ろに飛び距離を取る。着地と同時に片手を地面に置きバークライを起動する。俺とイリーテイターとの間に赫子の盾が現れ、一瞬の猶予が生まれる。そこでスコルピオンのギミックも起動させ、盾を回り込む形で相手の死角から奇襲をする。
「ちっ、小細工ばかりでウザイな」
「小細工しなきゃ、俺達はお前らに勝てないんだよ」
武器を刀型クインケ・クレセントに持ち替える
「ギミック発動、斬撃延長」
そのままバークライの盾ごと両断するようにギミックを発動させ一閃。相手からは盾から突然刃が出てきたように見えただろうこの一撃は、ようやくイリーテイターにそれらしいダメージ、致命傷では無いが腹部を切り裂いた
「今です」
「うおおおおおおお!」
「・・・・・・!」
有効打が与えられた今、こちらとしては極力押し切りたいため、篠原さんと平子さんが詰めに掛かる
「ちっ!!」
イリーテイターは赫子で応戦するが、体勢が崩れてからの2人からの猛攻は捌き切れないのか徐々にダメージを与えられている
「くそが、こんな所で死んでたまるかよ・・・!」
蓄積していくダメージに焦りが出始めたのかイリーテイターの中で逃走の選択肢が出てきたようだ。少しづつではあるが距離を大きく取ろうと立ち回り始めている
さすがに逃がしたくはないな、そう思いカーバーをわざと外すように狙いながら撃つ
「ナイスだね」
「良い援護だ」
篠原さんと平子さんがカーバーの弾道から目的を悟り、離されたイリーテイターとの距離を詰め直す。そう、俺が撃ったカーバーは相手の移動を制限するための射撃だったのだ
やがて、平子さんがイリーテイターの片足を切り落とした所で、ようやく戦闘が終わった、この隙を篠原さんが見落とす事無くトドメを刺すだろう、そう思っていた。その声が聞こえるまでは
「なーに鳩に良いようにやられてるのよワニ」
突如戦場に響いた声、その主は廃ビルの屋上から現れた。ほぼ一瞬、その間にイリーテイターの仲間らしき喰種は、イリーテイターの元まで走り、片足を無くした彼をそのまま蹴り飛ばした
「ぐっ・・・!」
「今のうち治しときなさい、ほら足。あんた鱗赫だからすぐ治せるでしょ」
その喰種は地面に落ちている片足までも、サッカーボールのように蹴り飛ばした
「お前・・・、いや・・・、すまねぇ」
「別にいいわよ、傍観する予定だったけど、さすがにあなたに目の前で死なれちゃ寝覚め悪いもの」
どうやらこの喰種とイリーテイターは仲間らしい、短い会話から知人という雰囲気が読み取れた。誰もが新手に警戒する中、この戦場で1人だけ、口に笑みを浮かべた者がいた。