終にナザリックへと挑む暴君のお話   作:柴田豊丸

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蛮王講釈

「それは森の外に打って出るという事ですか、フィーネ様?」

 

 リュラリュースが総員の疑問を代表して問うと、フィーネは当たり前だろと返した。

 

「うん、そうだぞ。というか、そうに決まっているだろう。相手の居場所に出向かずしてどうやって相手をぶん殴るのだ」

「いや、それはそうですが……」

「えー? なんだリューよ、反対か?」

「反対と言う訳ではありませんが今少し考え──」

「リュラリュースぅ、貴様如きの弱者がこの私に逆らうのかぁー?」

「大賛成で御座いますフィーネ様ぁ! ヒャッハー戦争じゃー!」

 

 楽しそうな笑顔でフィーネが言う。『お? 謀反か? 反乱か? リュラリュースやっちゃうの? 受けて立つぞーう?』と何故だが分からないがワクワクしている様だ。対して、言われたリュラリュースの方はといえば、デコピンで頭部が消し飛ぶ戦力差でそんな冗談を言われても立場も実力も弱い側は当然笑えない。やけくそのガッツポーズを決める魔蛇をみんなが同情の目で見た。

 

 別に襲う相手が人間だろうと何だろうとリュラリュース的にはどうでも良いのだが、人間は平原にそれなりに大きな勢力を持っている。あまり詳しくは無いが、数千や数万などという数では収まらない筈だった。

 何度か森の中に入ってきた人間とやり合った事もあるが、強さは個体差があり、森の奥にまで踏み入ってくる者たちはかなり強い方だと記憶している。極稀にだが、リュラリュースの方が無駄な争いは危険と避けて通った程の強者も存在した。

 

「ドワーフの所で聞いた話だが、アゼルリシア山脈の近くに三つの人間の国があるそうだ。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の三つだ。この内ドワーフたちと商取引があったのは帝国だそうだが、他の国々に関してもある程度情報は持っていた」

 

 推測やドラゴンの意見なども入り混じった情報だが、と前置きして語られた所によると、人口はリ・エスティーゼ王国が数百万でバハルス帝国はそれと同じか多い位。スレイン法国は多分もっとずっと多い。

 

 ──リ・エスティーゼ王国は国として上手くいっていないらしい。土地は肥沃だが国力としては三国の中で最も低く、バハルス帝国と戦争をしていて負けそう。

 ──バハルス帝国は近年ずっと上り調子で、特に今の皇帝は優秀と聞く。軍は専業軍人で構成されていて兵科として魔法詠唱者や野伏を含む。大魔法詠唱者と称えられる凄腕がいる。

 ──スレイン法国は多分三国の中で一番強く、六色聖典なる特殊部隊を持つとの噂がある。六大神なる神々を崇拝している国家で、人間至上主義で他種族の権利を認めていないとか。

 

 フィーネの口からはこのような事が語られた。

 

 一国でも数百万という人間の数に、居並ぶ者からは驚愕の声が上がる。旅人であるザリュースやゼンベルは種族外の世界を多少知っていたが、殆どの者にとって自身の生まれた地が世界の全てであり、それより外の事は漠然としか知らなかったからだ。

 

 此処にいる者たちは、フィーネの軍勢の総数を大雑把にではあるが把握している。考える頭があれば、自身が属する勢力の事を知ろうと思うのは当たり前の事だ。『根こそぎ集めた。いっぱいいる』で認識が止まっているフィーネの様なアホはこの場には少ない。

 

 フィーネの軍勢は現在万を大きく超えている。各種族の雄たちや戦士と呼ばれる役割の者たちだけの数で、それぞれの生息域に残っている雌や子供、それらの守護の役割の者たちを含めると更に数は膨れ上がる。

 

 人間たちに『モンスター』と称される存在達で構成された幾万規模の軍勢だ。中にはドラゴンや森の三大など、単身で一騎当千に値する強者も多く含まれる。

 

 因みにこの軍団の総戦力を百とした場合、フィーネが九十九以上を占め、その他全員を合わせて一未満くらいだ。

 数は沢山いるのだが四捨五入で五十レベル程度であろう元白き竜王オラサーダルクがフィーネに次ぐ二番手とあって、レベル的にはさして強い者がいない。まあ人間は全般的にもっと貧弱だそうだから別に良いのだけれども。

 

 戦力的に言えば、国の一つは十分に落とせる戦力である。いや、フィーネの存在を加味すれば二つ三つは容易く落とせると言い換えても良い。しかし居並ぶ面々の顔、特にリザードマンとトードマンの二種族は難しそうな顔だ。

 

 フィーネは外見でそれを察知した。この少年、何故だが顔立ちも表情筋も仕草も文化風習も全く異なる異種族たちの表情の変化に敏感であった。表情の変化というより、それを生じさせる感情の動きに敏感なのかもしれない。

 

「ザリュースらもゲルグルも、言いたい事は察しが付くぞ」

 

 因みにゲルグルとは会議冒頭に発言したトードマンの名である。

 

「本来の生息域でない平原、平地で自分たちがどれ程の戦力になるか、という話だろう?」

「はっ……」

 

 もっと言うと、そうした不慣れで不向きな環境を戦場とした戦でどれだけの人数が命を落とすかという話なのだが、フィーネの懸念は僅かにずれている。フィーネは力を尽くした結果として死ぬのであれば、それは何ら悔いる事のない満足のいく死に様だと考えているからだ。

 

 ゴブリンはオーガ、トロールは亜人種だ。此処の特徴はそれぞれあるけども、体型や骨格としては人間のそれと近い。森の中が棲み処ではあるが、人間の住まう土地でも生存や戦闘にはほぼ支障が無い。彼らの生活圏は、ある程度食料さえあれば陸地全体と言って良いのだ。

 これはリュラリュースやハムスケも同じである。陸上の生き物だ。

 

 しかし、トードマンやリザードマンは違う。彼らの生息地は湖。その中でも生活圏は湿地だ。当然身体はそれに適した進化を遂げており、足には水掻きがあり幅が広いなど、陸上では動きづらい特徴を備えている。

 

 固い外皮を持つリザードマンはまだマシだが、トードマンなどその皮膚は水気で潤っていないと荒れてしまうし、それは免疫力や皮膚呼吸の効率を低下させる。当然だ。湿地の生き物を陸に上げる事は、陸の生き物を湿地に追いやるのと同じである。

 

 亜人種である彼らの平均的な身体能力は人間のそれを大きく上回るが、其処にいるだけで消耗する様な、いわば相手の土俵で戦えば実力など発揮できる筈も無い。多くの戦士が戦場に倒れるだろう。

 

「その点は心配はいらない。私も、お前らを無駄死にさせる気は無いからな。戦う場所は恐らく平原となるだろうから、そうした環境に向いていない種族は基本的に連れて行かないか、もし連れて行ったとしても後方支援に当たってもらう」

 

 一部の強者や魔法詠唱者は場合によっては出張って貰うかもしれないがな、とフィーネは腕を組んで言う。

 

「あ。でも、リザードマンとクアゴアは精鋭を出してもらうぞ。確実にな。ふふふ、私の近衛にするのだ。なぁに心配するな、地下空間も湖も、向こうで私が作ってやろう。我が魔剣を二三回振り回せば大地に大穴が空くからな、後は其処に水を流すか流さないかでもう出来上がりだぞ」

 

 蜥蜴人の代表団とヨオズが光栄に御座います、と頭を下げた。フィーネはにこにことした笑顔でそれに手を振って答える。

 するとゲルグルが悔しそうな顔をし、声を荒げて上申した。

 

「王よ、我らは確かに陸には不向きですが、我らの操る魔獣には陸棲のものもおります! どうか我が種族にも武功を立てる機会を!」

「ん? ああ、そうだな。どうせ湖は作るのだから、お前らも来たら良いな。魔獣使いの力、期待しているぞ」

「ははぁ! 私と我が種族の精鋭らが、必ずや王の覇道をお支えします!」

 

 トードマンは必死であった。絶対の圧政者に好かれていないという現状が既に種族の危機なのである。例えフィーネ本人にその気が無かろうとも、トードマンから見れば少年は、嫌いな奴を癇癪のままにぶっ殺しそうな人物に見えた。

 

 戦争をして、戦力を見せて、そして庇護者として戦死者を生き返らせてもらったリザードマンとトードマンでは、そもそも見たものが違うのだ。

 代々争っていたリザードマンはお気に入りで、自分たちは開口一番『ちょっと気持ち悪いな』と言われ、湖を斬裂して『従わねば斬る』と脅された。

 そしてリザードマンは各部族の族長とその関係者まで会議の席にいるのに、トードマンは全部族を代表して一人きり。トードマンの目線では、この状況は絶体絶命の危機だった。

 

 故に、例え危険を冒そうとも自分たちの価値を示し、リザードマンに伍する地位を勝ち取らねば『外見が気に入らない』『リザードマンたちがお前らは悪い奴だって言ってたぞ』なんて理由で滅ぼされかねない。そんな羽目になれば、この時代まで命脈を紡いできた祖先になんと詫びれば良いのか。

 

 トードマンは血を流してでも蛮王の寵愛を勝ち取り、安泰の地位を得ねばならなかった。その為には蛮王が最も重視する戦闘力を見せつけ、武功を上げるのが近道だ。

 全部族の、種族の未来が唯一会議に出席することを許された──体格が立派なのでたまたまフィーネの目に留まった──自分の双肩に掛かっているとゲルグルは意気込んでいる。いざ戦となれば、宣言通り自らも魔獣を操って敵陣に躍り込むつもりだった。

 ゲルグルは『会議から戻ったら直ぐにでも族長会に話を通し、各部族から選りすぐりの操り手を集めねば』と思考を巡らせていた。

 

 因みに、フィーネからの心証を良くするという目的自体は実は既に達成していたりする。気炎を上げるゲルグルを見たフィーネはその戦意の高さに感心しており、『最初は気持ち悪いなんて思ったが、よくよく見れば愛嬌があるな。結構いい奴らかも』なんて考えていた。

 

 トードマンはフィーネの性格をかなり正確に見抜いていた。確かにこの少年は、激怒すれば怒りのままに敵を殺す。しかし、一旦味方と判定した者には非常に甘い。如何にトードマンと言えど、フィーネのちょろさを見抜く事は出来なかった様である。

 

 フィーネが誰にともなく大きな湖にしたいから河川の位置を調べておけ、と命ずると、他の者と視線を合わせる為に身体を伏せていたヘジンマールが了解を返答した。フィーネに引きずり回される形で運動量が激増した彼だが、意識して食事量を増やす事でデブゴン体型を維持していた。

 むしろ、ヘジンマールの外見は以前より太くなっている。変わらぬ分厚さの脂肪層の下で、日頃の運動量に刺激された竜の筋肉は太く逞しくなっているのだ。

 

 デカさが増したせいか、ヘジンマールの以前の生活と性格を知っている同じ竜族以外の者からは大層貫禄がある様にも見えるらしかった。

 

 彼はすっかりドラゴンの代表になっている。圧倒的な力を持つフィーネに誰も逆らえないし、そのフィーネのお気に入りとなったヘジンマールに逆らう者もまたいなくなった。今では父親ですら──内心は兎も角──彼に敬意を払った態度で接する。ただ、ヘジンマールはその事を素直に喜べずにいたが。

 

「ふふ、楽しみだなぁ。一番最初に落とすのは王国にしよう。弱い割に土地は広く、更には肥沃だそうだ。ふふふ、ボッコボッコにしてやるぞぉ」

 

 お誕生日を心待ちにする子供のような顔で勾玉眉毛の少年は笑った。飛び抜けて整ったその容姿はただただ可憐で──人間目線ではだ、この場の面々にとっては良く分からない異種族面である──背中に生えた翼もパタパタと揺れて可愛らしい。

 

 だが心待ちにしているのは戦争と戦乱、それに勝利だ。やっと惰弱な人族どもに鉄槌を喰らわせてやれぞ、ともうウキウキである。

 

「惰弱で脆弱な人族共め、今にお前らの生存圏を破壊してやるぞ! 戦神ダルクレムに成り代わり、このフィーネ・ロート・アルプトラオムが! 絶対にだ!」

 

 拳を振り乱して天に咆哮。何がそんなに楽しいのか、とってもウキウキワクワクである。戦いに喜びを見出す生き物はこの世界でも多いが、此処まで来ると最早変態の類だ。顔が良くなければ、そして弱ければ一発で牢屋送りに違いない。

 

 正直言って負ける姿は想像できないものの、同時に『この人に付いていって大丈夫かな』なんて考えさせられてしまう衆目であった。今更な話である。そもそも力に屈服し付いていくしか無いのだから考える余地など無いというのに。

 

「殿はそんなに人間が嫌いなのでござるか?」

 

 そういう思慮とは無縁そうな大魔獣──ハムスケが問うと、フィーネは勢いよく応と返した。

 

「大っ嫌いだな。あの惰弱で脆弱で貧弱で薄弱な連中め、紛い物の安寧と歪な倫理を好んで力の真理から逃避する失格者め。弱者が言葉を操って定めた欺瞞の秩序など私が破壊してくれる」

 

 世界の全ては剥き出しの、そして偽らざる力の下でのみ差配されるべきだ。フィーネはそういって珍しく長広舌を振るう。フィーネはこの世界の人間等見た事も無いのだけれど。

 

「話し合いとか法律とか、あと本人の力に依らない世襲の権力とか。そういうの全部ぶっ壊したらあの頭でっかちな人族共も少しはまともになるであろうよ。人間の中にも強いのはいるのだ、その強い者達が弁論口舌に長けた連中の下にあるのが駄目なんだ」

 

 屁理屈が得意な連中より殴り合いが強い者の方が偉いに決まっているのに、と。間違いなく人間社会では野蛮人と称されるだろう理論を展開する。

 戦神ダルクレムにとって、そしてダルクレムが生み出した蛮族の頂点、ダルクレムそのものにすら肉薄する程の強者であるフィーネにとって、戦いとは神聖で崇高なものだ。

 

 努力を工夫を研鑽を尽くし、そして戦いに勝つ。勝ってこそ生きる事が出来る。死を掻い潜り生を謳歌する歓喜を味わう。それが何より尊い。

 

 故にこそ、強き者には弱き者を守る義務がどうこうとか、大きな力を持つ者には己を律する責務が云々とか。公の為に献身の精神でもってなんちゃらとか。そういった方便やお行儀のよい理屈を汚らわしい欺瞞と断ずる。

 

 魂の開放、力の真理、真なる自由。全ての生き物は強さの為に骨身を削り、その強さをもって己の望むところを成さんと戦い、そして栄光の勝利を掴むべしと。

 弱い者は弱いから自由を得られぬ、苦役を逃れ得ぬ。弱いくせに一丁前の口をきき、強き者を雁字搦めにしようとするなど万死に値する。調和や平和を、それを成す為の数多くの決まり事を正しき生を歪める偽りと断じるのだ。それら全ては不当で不要な束縛に過ぎぬ、と。

 

「弱いのにふんぞり返ってる輩は皆殺しとして──」

 

 多分きっと恐らく間違いなく、いるに決まっているのだ。無能な癖に態度だけ偉そうで生産性皆無な貴族とか王様とか。腕力も無ければ知力も無く、しかしプライドだけは人一倍で強い者に対して頭を下げる事も出来んアホの連中が。そういうのは見るだに不快なので魔剣と魔法でキレイキレイにしてやる。

 

 ──強くも無いのに支配者として他の者の上に立っている代償だ、弱肉強食の理の下にぶっ殺してやる。

 

「まあ私に平伏すなら、私がやりたくない役目を代わりにやってもらう位の役割を与え、生かしてやっても良いな。人族共も」

 

 強敵ならば兎も角、弱い一般人なんてどれだけ殺そうがなんの達成感も得られない。物言わぬ柱でも憂さ晴らしに蹴っ飛ばした様な空しい気分になるだけだ。だったらまだ食糧増産を始めとした各種労働などに使ってやった方が有意義という物だろう。

 沢山の食物があれば、より多くの軍勢を養える。後方の弱い人間を使って軍を強く大きくすることが出来ればこれ以上無い弱者の有効利用だ。

 

「奴ら頭は良いし手先も器用だから、細々とした事は我らより向いてるしな」

 

 フィーネの語る事は思い切り極端ではあったが、まあ、人間よりも遥かに力の比重が大きい弱肉強食な世界で生きる亜人種たちには、ある程度の理を感じさせるものではあった。

 とはいえ、どんな種族にも破ってはならない社会を成立させるための規律や掟は存在するわけで。強者なら何をやってもいい、それが魂の開放であり真なる自由だなんて言い切られると、流石について行けなかったが。

 

 人間種に対して特段の憎しみや侮蔑を滲ませる力の王を前に、居並ぶ多様な種族の面々は生まれて初めて、『人間に生まれなくて良かったな』という謎の感慨を抱いた。殆どの者にとって見た事も無い縁遠い平原の種族だが、この時ばかりは多少同情した。

 

「まあ私もつい最近まで人間だったから、同族嫌悪の面もあるかもな。いやはや、ほんの少し前までの自分を思うと怖気が走るなぁ」

 

 まあフィーネの場合、元人間であり記憶自体は完璧にあったりする為、純粋な蛮族とは少し違う。主眼が戦闘や戦争に向いている為か、軍事を滞りなく行う為には統制もある程度は必要位の知性はあるのであった。

 

「──……はぁ?」

「あ、じゃあ私、子供たちと遊ぶ約束があるから。後はお前たちに任せた。細かい事は決めておいてね」

 

 本日最大に意味が分からない言葉を残し、フィーネはパタパタと翼を広げて飛んで行った。

 

「リュラリュース殿……フィーネ様の発言はどういう訳だ? フィーネ様の種族であるドレイクとは人間から派生する生態の生き物なのか?」

「そんな訳は無いじゃろう……どうもフィーネ様の言う事は良く分からん」

「殿は冗談が好きでござるからなぁ。またその場のノリで適当言っただけではござらんか?」

 

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