アゼルリシア山脈からの軍が到着したのは、それから三日後の事であった。この軍団はアゼルリシア山脈を生息域とする全種族の中から抽出・選抜された精鋭軍であり、その実力水準は非常に高いものである。
後方支援役、もしくは戦闘以外での作業従事及び監督者として同道したドワーフなど一部の例外を除けば、軍団を構成する者はその末端に至るまでが歴戦の戦士、もしくは長き時を生きた強大なモンスターであった。
例えばアゼルリシア山脈における食物連鎖ピラミッドにおいて下から数えた方が早いクアゴア種族に限っても、一氏族一万の中から選び抜かれた百の戦士たちが、全八氏族より八百。そしてそれを束ねるのはクアゴア史上最大最強にして空前絶後の英傑たる氏族王ペ・リユロである。
計八百のクアゴアたちは全員が己が出身氏族、引いては種族の名誉を背負うという意気と誇りを持つ名うての戦士。幼き頃より優れた実力で希少な鉱石を食し、力を伸ばした上位個体。その毛並みは薄っすらと、そして綺麗に青と赤に染まっている。
クアゴアは種族的にはそれほど優れていない。雷の属性に弱く、日光下で完全な盲目となるなど明確な弱点も持っている。しかし、人間が主に用いる金属武器に対して種族的な耐性を保有している等、対人間戦において優位となる特性も備えている。地下に住まう種族なので、トンネルを掘るなど純粋な戦力以外にも活用できる。
なによりモグラ染みた毛皮ボディはフィーネのお気に入りだ。絶対的強者の贔屓によって、この軍においては妙にクアゴア種族の地位が高かった。フロストジャイアントなど実力で言えばクアゴアを遥かに上回る強者たちですら彼らを粗末には扱わない、扱えない。
「お久しぶりで御座います、フィーネ様。クアゴア王ペ・リユロ、御前に参上いたしました」
「うむ、くるしゅうない。道中難儀は無かったか?」
クアゴアたちに合わせて日が沈み夜の帳が降りた頃、リユロはフィーネの下に参上していた。精鋭揃いのクアゴア戦士八百の中でも彼の実力と知能、統治力は他を圧倒しており、種族的には比較的弱小な存在であるにも関わらず、一対一ならばフィーネ軍に属する大半の者より強い。対等な条件で戦った場合、彼に勝てる者は片手の指で数えられる程にもいないであろう。
強者にして知者にして統治者という優れた能力を持つが故、彼はアゼルリシア山脈から瓢箪湖のフィーネの元まで、幾多の種族で構成される混成軍を率いてきたのだった。
リユロはリザードマンの建築物である高床式家屋の床に跪き、奥で寝っ転がったフィーネに返答する。
「山脈に住まう全種族から精鋭を募った一万に迫るほどの大軍です。外敵など物ともしません。むしろ生態も形態も異なる多種族が一堂に集ったが故の軋轢の方が問題だった程ですが、それらはフィーネ様より権限を賜った私がなんとか致しました」
「そうか。慣れない道行き、大変だっただろう」
本当に大変だった。なにせ様々な種族がいるので──アゼルリシア山脈から出る事すら難しい様な種族は最初から従軍を免除されているが──人間だけで構成された軍の様には行動できない。
クアゴアなど昼間は目が見えないので、他の種族の者に負ぶってもらったり荷車の中で休んでいたりした。そうした種族間の差異を互いに補い合っての行軍だったのだ。如何にアイテム類を事前に授かっていたとしても、一万近い数にもなると腹を満たす食事とて大問題である。最上位指揮官であるリユロは本当に本当に苦労したのだ。
「苦労はしましたが、得難い経験でもありました。なによりフィーネ様の下へと馳せ参じる為の行軍でありますので、逸る心のままに駆け抜けましたとも」
史上最高にして最強の氏族王渾身のよいしょである。フィーネの胸三寸で生き死や待遇が決まる以上、種族の生存を勝ち取り種族の力を増す為、何をおいてもフィーネの好感情を勝ち取る事が大事なのだった。
例え内心『考え無しのクソ化け物め』としか思っていないにしても、逆らえない以上より良い明日の為にリユロは全力で機嫌を取る所存である。
「フィーネ様の下で敵を打倒し、勝利を捧げる日が待ち遠しくて仕方ありません」
なんともフィーネ好みの戦闘意欲溢れる言葉を聞き、勾玉眉毛の美貌の少年が嬉しそうに笑った。無論異種族であるクアゴアからしたら『しかし気味の悪い顔だな、なんで頭にしか毛が無いんだ? みすぼらしいだろう』といった感じだが。
「うむうむ、勇ましい言葉だ。嬉しいぞリユロよ。バルバロスの鑑だな。ヨオズも此方で日々訓練に励んでいた。クアゴアは何事にも熱心で好ましいぞ」
バルバロスって何だよ知らねーよという本音を完璧に押し隠し、リユロは低頭した。
「勿体なきお言葉に御座います」
「リユロは強いし、他者を率いる事に長じているからな。クアゴアだけでなく比較的性質の近しい他の種族も率いてくれ。私は統率とか指揮とか全く分からないから、お前がやってくれると助かる。詳しい事はリュラリュース──上半身が老いた人間で下半身が大蛇の姿をした者と相談せよ」
フィーネは頭が悪い上に気分屋で気が短く、敬語を好まない。何を言っているのか分からないからだ。だがリユロの様に強く賢い者が敬語で喋ると、実に決まっていてカッコいい。なのでフィーネはこのリユロの言葉遣いを許容していた。
「リユロよ、子供たちは元気か? 体毛など何か変化はあったかな?」
「今までにない未知の変化が起きております、フィーネ様。フィーネ様が下賜してくださったあの鉱石を与える様になってからです。お望みとあらば呼びますが」
「おお、そうか! 是非呼んできてくれ、久し振りに顔が見たいぞ──ああ、もう寝ていたら起こさないでいいぞ、その場合は明日だ」
行軍中、殆どのクアゴアは昼間に寝ていたので夜は起きている。子供たちは特別だが──予めこの展開をリユロが予想していたのもあって、フィーネお気に入りの子供たちは直ぐ集まった。
「おお! 久し振りだな、相変わらず可愛らしい! 少し大きくなったか?」
「はい。皆成長著しく、利発で元気ですとも」
「うんうん、お前たちには期待しているぞ。たくさん食べてたくさん勉強し、たくさん戦って大きくなるのだぞ」
居並ぶ子供たちが一斉に返事をした。
「はい! フィーネさま!」
クアゴアは成体でも平均身長は百四十センチメートルほどと、フィーネと殆ど変わらない位の身長である。そして今フィーネの目の前に並ぶ十六人の子供たち──各氏族から男女二人ずつ選ばれたのだ──は幼子と言って良い年齢の割に体格が良く、一メートルを下回る者はいない。
常日頃から大切に扱われ、清潔な環境で十分な食事を取っているのだろう。幼さ故の柔らかさと毛艶を持ち、よく手入れされた──白銀と黄金の毛並みだった。
「フィーネ様から賜った見たことも無い鉱石をふんだんに与え、我が種族における最高級の教育を与えました。既に力では平凡な大人の戦士を上回りつつあり、教育係が舌を巻くほどです。長じれば比類なき戦士となるでしょう」
クアゴアの種族的特徴──幼少期に食べた金属や鉱石によって大人になった時の能力に差が出て、食べた金属や鉱石の質と量、本人の才覚によっては、より高い能力と金属武器耐性を持った上位種族となる。
通常のクアゴアとは異なる赤や青の毛皮を持つ上位種族、ブルー・クアゴアとレッド・クアゴア。そして赤でも青でも無いクリーム色に橙が混じったペ・リユロ、言うなればクアゴア・ロード。
この種族特徴に目を付けたフィーネによって、ユグドラシル産の高レベル帯フィールドで産出する鉱石を与えられたこの子供たちの黄金と白銀の毛皮は、クアゴア史上例を見ないもの──強いて言うならハイ・クアゴアと表現すべき、更なる上位種族であった。
「今までの我が種族には無かった能力を備えています──王よ、この子らは日光下でも目が見えるのです。この子らは日光を克服しています。これから先本格的な訓練を行えば、更に新たなる能力を確認できるかもしれません」
通常レッド・クアゴアやブルー・クアゴアであっても、その赤や青の色は、『僅かに』『少し』毛皮が赤みがかっている青みがかっているという程度のものだ。しかし、この十六人の幼クアゴアたちはくすんだ色合いでこそあるが、全身の毛皮がはっきりと黄金、もしくは白銀。アリクイやアルマジロにも似た爪は幼さ故まだまだ短く丸いが、黒水晶で出来ているかのような美しい漆黒だ。
既に一部の大人のクアゴアを上回る能力を示している彼ら彼女らこそは、明らかに他を優越した能力、特質を持つ新世代のクアゴアなのだ。
「……他の種族の子供たちとも競わせ、より実戦的な教育を始めよ。次代の中核となるであろう戦士の卵たちだ、間違っても訓練中の事故などで失わぬように」
子供らを撫でながら言うフィーネの言葉に、リユロは確りと頭を下げた。ただ単に王の真似をしたのか、子供ながらに期待されているという事が分かったのか、子供たちもぺこりと追従する。
何も子供を連れてきたのはクアゴアばかりではない。他の種族もフィーネの命に従って、優れた素質を持つ選ばれし子供たちを同道させ、エリート教育を施していた。
「心得ております。この子らは我が種族の未来でありますので」
基本的にどの種族にとってもフィーネは圧倒的な暴力でのみ君臨する暴君であり、『力』以外の面では尊敬や尊崇など全く向けられていなかった。近頃になって食糧事情の改善事業でやや名声と呼べるものを手にしだした程度だ。勿論クアゴアも例外では無く、フィーネが何らかの理由で力を失えばその態度は一変するだろう。
しかし、今この瞬間のペ・リユロの低頭に限っては、ほんの僅かながら真なる感謝、敬意が籠っていた。
「願わくば、この子たちの中から私を上回るほどの強者が現れて欲しいものだ……」
『それは無理だろ、つか現れたら戦う気かよこの脳筋』等とリユロは思いつつも何も言わない。
フィーネが子供の庇護と教育に熱心なのは単に子供が好きだからだけでは無く、より強い次代の戦士や技術者の育成、引いては己の敵足りえる存在を作る為でもあった。
フィーネには千年の寿命があるのだ。一から強者の血統を創出し、種族の集大成として遥かなる未来に己の天敵足りえる強き蛮族を輩出させる事すら視野に入れてた。
ペ・リユロにとってフィーネの思い付きによって授かったこの十六人のハイ・クアゴアはクアゴア種族に生まれた新時代の強者の卵、嘘偽りなく種族の未来なのだ。卓越した個の武力が軍勢を打破し得るこの世界において、強い戦士は数の差も種族差も覆してくれる可能性を秘めている。
もし種族史上最高と呼ばれ、疲労などを考えなければ全クアゴアを相手にしても勝利するやもしれぬ自身──氏族王ペ・リユロに追随する程の強者に成長してくれれば、食物連鎖の下位に位置する種族の立場すら変えられるかもしれないのだ。
既に確認されている日光下でも目が見える能力は言うまでも無く役立つし──今の時点では高望みだが、雷属性という種族的な弱点の克服や、今までクアゴア種族には生まれなかった魔法を扱う能力などが芽生えれば最高だ。
「つきましてはフィーネ様、この子らが訓練を通してその能力を証明した暁には、是非とも例の鉱石を他の子供たちにも賜りたく存じます。優れたハイ・クアゴアの数が増せば、フィーネ様の軍は更に強大になりましょう」
支配下から脱する事も叶わず、暴君を打倒することも不可能な以上、なんとしてでもクアゴア種族の勢力を拡大させ、支配下での発言権や権力を求めるしかない。他の種族の支配者たちも辿り着いた当たり前の結論に、リユロもまた至っていた。
こういう時、クアゴアの種族的特徴は有利だ。それでも個人差はあるとは言え目に見えぬ才能や確実とは言えない血統では無く、幼少期に希少な鉱石・金属を食べさせればまず確実に能力が上昇するのだから。
もしリユロ程ではないにしろ、優れた力を持つ戦士の量産に成功したなら──クアゴア種族はかつての暴君オラサーダルク・ヘイリリアルすら恐れる必要はなくなるかも知れないのだ。
そして、自軍内での派閥競争や勢力争いに無関心──そうした競争はあって当たり前、むしろ積極的に争って切磋琢磨すべきとすら思っている──で注意を払わないフィーネは、氏族王ペ・リユロの望みをいとも容易く叶えた。
「あれは六十レベルくらいプレイヤーならば重宝もするが、私にとってはアイテムボックス内でダブついていて特に使い道も無いものだ。欲しいのならあげるぞ。そうだな──新たな子供が生まれたら与えるといい。細かい事は自分で考えろよ、私分かんないから」
フィーネはまたもやでかでかとアイテムボックスを開帳すると、中から鉱石や金属のインゴットを大量に床にぶちまけた。小山を成す程の鉱石や金属の重みに床が耐え切れず、破壊音を立てて床下の湿地に落っこちていく。落っこちた傍から更に鉱石やインゴットが雨霰の如く降り注ぎ、積み重なっていった。
フィーネは背中の翼をしょぼんとさせ、気まずそうに言う。
「あー……ごめん。拾っといて」
「ははぁ! 喜んで拾わせて頂きます! 誠にありがとうございますフィーネ様!」
考え無しの馬鹿もこの時ばかりは神か何かに見えた。ペ・リユロは、喜び勇んで自ら鉱石の回収に向かった。子供たちも歓声を上げてその後に付いていく。
この晩、フィーネの寝所の床下はクアゴアたちで賑わった。
妊娠も出産もしていないクアゴアの雌は、雄と同等に戦える。今回選び抜かれた八百の戦士たちの中にも少なくない数の雌クアゴアが存在した。氏族王ペ・リユロのこの後、率いる配下たちに『子孫繁栄に励み、優秀な者同士でより優秀な子を作る様に』との指示を出したという。