終にナザリックへと挑む暴君のお話   作:柴田豊丸

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蛮王進軍

 アゼルリシア山脈からの精鋭軍が到着したフィーネたちは、とうとう人間社会への侵攻──リ・エスティーゼ王国への攻撃準備に入った。

 

 各種族の戦士や魔法詠唱者たちが戦の準備を整え、各々の族長や集団の頭の下に集結し、幹部に準備完了を報告する。此処で言う幹部とは、フィーネから細かい事を丸投げされた宰相リュラリュースや今や軍団を率いる立場となったクアゴアの氏族王ペ・リユロ、竜の代表ヘジンマールなど数少ない頭脳派たちだ。

 

 同じ幹部級であってもグやハムスケなどの統率力に難がある者、フィーネなどの頭がパーな者は純戦闘要員として勘定されており、彼ら彼女らの下へ報告に行く者などいない。

 

 フィーネ軍の大半を占めるのは元々トブの大森林に住んでいて、弱い故に数も多いゴブリン等の亜人種だ。そしてオーガやトロールなど、人間の世界でも有名でモンスターと呼称される面々が続く。

 

 瓢箪湖に居住していたリザードマンやトードマンなどの種族からは族長たちの下に一握りの選ばれし戦士らが集う。その数は二種族合わせて百程である。陸地は種族的に不向きである事から、彼らは大人数の挙兵は無用とされていた。新婚のザリュースとクルシュは揃ってお留守番であり、残った部族の者らは二人に従う事になっている。

 

 総数は──そもそも統制が適当で、部族もしくは集落単位で纏まっている大小無数の集団の寄り合い所帯なので確たる事は言えない上、常に微増減しているけども──数万というところだ。

 フィーネ流に言うと『いっぱい』もしくは『たくさん』。もっと具体的に言うと『多分二万よりは多いと思うし、残る者も多いので五万には遥かに足らないであろう』というくらいである。適当極まる。

 

 細々とした準備は既に押し付けられた可哀想な頭脳派たちが四苦八苦してやり遂げ、遂に進軍開始と相成った。

 数千を数えるゴブリンから数体しか戦士が従軍しない希少種族まで、騎獣や使役獣を含めれば百を優に超える種族で成る大混成軍の遠征が、今始まったのだ。

 

 と言っても、しばらくは自軍の領域である大森林の中を進む訳で、実に平穏な行軍だった。今更フィーネに歯向かう者など皆無であるし、空にはドラゴンが、地には巨人が存在するのだ。喧嘩を売ってくる者など世界中探しても見つけるのは難しいだろう。

 

 まともな知能を持つ生命体ならば地平線の果てまで体力の続く限り逃げる事間違いなしの馬鹿げた軍勢であった。

 

「リューよ。つまらないぞ。みんな遅いし。歩く位の速度でしか進んでないじゃないか」

 

 そんな順調な道行きに文句を付ける者が一人。恐らく世界最強の一角と言える超暴力と、力に反比例したお粗末なオツムの持ち主、フィーネ・ロート・アルプトラオムであった。

 

 場所は未だトブの大森林の只中、位置的には軍勢の最先端である。

 

 ハムスケの背中で仰向けに寝っ転がった彼の紅蓮の長髪が扇の様に広がり、人間離れした美貌の顔は勾玉型の眉根が寄せられていて不機嫌そうだ。じっとしていられない様子で、両手両足をぱたぱたと動かしている。

 

「これだけ数が多くなれば、自然歩みは遅くなるものです。フィーネ様は子供たちとでも遊んでいればいいのではないですか?」

 

 対するリュラリュースの返事もかなり適当だ。それなりの期間部下と上司をやってきただけあって、『甘い相手には徹底して甘い』フィーネの性質をより正確に見抜き、へりくだらずとも最低限の礼儀だけ守っておけば割とどうとでもなると悟った結果だった。

 

 近頃のリュラリュースはなんとフィーネを叱る事すらする様になった。そしてその変化はフィーネ本人にも歓迎されており、隔絶した実力差の割に、二人は意外と仲が良くなっているのだ。主にフィーネが適当で余りにも馬鹿なのが原因である。

 『こいつ実はちょろいぞ』と見抜かれたのだ。

 

 近頃のフィーネ軍内では『言うだけ言ってみれば結構こっちの意見も通る事が多い。言っても無理ならその時こそ諦めて覚悟を決めろ』という経験則が成り立ち、互いの力量差の割にはざっくばらんな関係が構築されつつあった。

 

「この遠征にまで付いてきているのは、部族や種族のしょーらいを担う選ばれたエリートたちなのだぞ。学ぶ事もやる事も沢山あるんだそーだ。子供たち本人から私と遊んでる暇は無いと言われてしまったのだ。ちぇ」

 

 気の抜けた口調で言うと、魔剣──小柄な本人より長大なクレイモア型──を抱き枕の様に抱き締め、ごろんと寝返りを打つ。

 

 よく抜き身の剣を抱き締めていて怪我をしないな、等と言う常識的な感想をリュラリュースは今更抱かない。馬鹿が馬鹿みたいな事をするのは当たり前だから気にするだけ無駄だともう骨身に染みているのだ。

 

「殿、それがしの背中で危ない事をしないでほしいでござる。怖いでござるよ」

「気を付けているから大丈夫だ、ハムスケに怪我はさせないからな気にするな」

「むう。約束でござるよ?」

「ああ、約束だ──暇だぞーリュー。どうにかしてくれ」

「……グと訓練でもなさっては?」

「最近グはバゼーアと仲が良くてな、近しい実力の者同士で稽古した方が効果的だと言って私を混ぜてくれないんだ」

 

 リュラリュースは一瞬考え、確かあのオーガ・バーサーカーの名だったかと見当を付けた。狂戦士と言う割には、戦闘時以外はオーガとして規格外なほど理知的な喋り方をする者だったという記憶がある。

 

「森の外にまで出れば進軍速度も上がると思いますが……それでも軍としてまとまって行動するのなら、大した速度は出ないでしょうな」

「人間じゃないんだからもっと個々の足を生かして進軍できないか? ドラゴンとか飛んでるんだぞ、速いだろ」

「……最初は無難に纏まって行動しようと、何時になくまともな発言をしたのはフィーネ様では?」

「私そんな事言ったっけ? というかリューよ、軍事の知識なんかあるんだな。誰に学んだのだ?」

 

 ──まともな知能さえあればやった事が無いなりに常識の範疇で一定の知識は持っているから、こうして曲がりなりにも軍勢を纏められるんじゃい。今と比べれば小規模とは言え、森の三大と呼ばれた支配者だったんじゃぞ。

 

 とは流石に言わなかったが。リュラリュースなんでこんな馬鹿が神みたいな力をもっておるのかと嘆きたくなった。勿論リュラリュースには万の大軍を率いるちゃんとした知識も経験も無いのだ。そもそもこんな多様な種族が寄り集まって集団を成す事など自然な環境下では考えられない。

 

 フィーネ・ロート・アルプトラオムという降って湧いた災厄がその圧倒的な暴力で縛っているから、一応は成立しているのがこの集団であった。人間の指揮官が率いる人間の軍と比べれば圧倒的に適当だが、これはこれで歴史上あり得なかった凄い軍隊だとも言える。

 

 単に、過去フィーネほど強くて馬鹿で考え無しの王が存在しなかったからこその史上初ではあったが。

 リュラリュースは『あー頭が痛い』と言わんばかりに顔を顰めた。

 そんな魔蛇を見て、フィーネは心配そうに小首を傾げる。

 

「リュー、調子悪いのか? 治癒魔法いる?」

「いりませぬわい!」

「殿とリュー殿は仲が良いでござるなぁ」

「ったく。ハムスケ殿も、威風溢れる見た目と同じ位知能も優れておればまだマシじゃったものを」

「それはどういう意味でござるかぁー!」

「わ、ハムスケ! 背中に私が乗っているのだぞ! 暴れるな!」

 

 フィーネに釣られてリュラリュースの知能まで鈍化している様に感じられる今日この頃である。急報は、そんな三人の下に届いた。

 

「リュラリュース様、リュラリュース様! 大変でございます!」

 

 前方より木々の間をすり抜けてやって来たのは、狼に騎乗したゴブリンだ。フィーネはその小さな亜人種に見覚えがあった。グを配下に収めた時、フィーネに布と水を持って来てくれたゴブリンである。

 本人に聞いた所によるとホブゴブリンではなく、ただ単に他の個体より頭がいいだけの普通のゴブリンらしい。心なしか顔立ちも理知的に見え、人間目線では似たり寄ったりの怪物面だが、ゴブリンの中では美少年の部類かもしれない。

 

 俊英のゴブリン少年はハムスケに並び立って進むリュラリュースの横に付くと、疲労に喘ぎながらも見たものを伝えんとする。

 

「どうしたのじゃ?」

「人間です、リュラリュース様! わが軍の進路の先、森の外縁部分に人間の集団がおります!」

「おいおい、そういうのって普通私に報告するんじゃないのか? まあ良いけど……人間ってどれ位だ? 強そう?」

 

 むくりと体を起こしたフィーネがたった一つ関心に値する事柄について問うた。

 

 因みにこの者はリュラリュースが放った斥候であり、フィーネから命令を受けた訳ではない。フィーネではなく真っ先にリュラリュースに駆け寄ったのはそういう理由からだ。森の三大で唯一高い知能を持ち合わせる彼は、順調にフィーネの下で己が権力を増大させていた。

 

 ゴブリンは一瞬リュラリュースを窺うが、魔蛇が渋面を作りながらも頷いたのでフィーネに向き直って報告を上げる。

 

「元々森林の外には小さな人間の村が幾つもあるのですが──」

「それは知ってるぞ。小さい上に戦士も碌にいない村々だろ?」

 

 トブの大森林はモンスターの世界であり人間の力の及ぶ土地では無いが、近隣に住まう人間や冒険者なる職業の連中が薬草や獣肉、果実、木材などの恵みを求めて外周部分に足を踏み入れる事は度々あり、そしてそういった人間たちがモンスターの餌食になる事も往々にしてあったのだと言う。

 

 このゴブリンは襲う側として、若くして幾度か人間と戦った経験があったのだそうだが、

 

「その通りでございます。しかし、先程発見した二つの集団は明らかに桁が違います」

 

 これ以上近づけばバレると確信し、遥か遠く距離を取って森の中から様子を窺ったのみで撤収してきたという。

 

「何分距離が離れていたので確実な事は言えませんが、二つの集団を構成する人数はそれぞれ数十人ほど。なにやら互いに争っている様子でしたが、その力は恐ろしいものでした」

「ふーん? 例えば、お前くらいの強さのものがどれ程いればその二つの集団に勝てる? 適当に答えてみよ」

 

 焦っているゴブリンには悪いが、フィーネはもう『この世界の強い奴』に大して期待していなかった。フィーネ軍の配下の中にも長らくその存在が伝承されていたり周辺で逆らう者などいなかったという触れ込みを持つ強者は存在するが、そのどれもこれもがフィーネの斬撃一発で即死する程度の連中だ。

 

 人間から恐れられるモンスターの中でもとりわけ強者として知られる者たちでもそれくらいなのだ。

 

 『国の五つや六つは滅ぼしてやってから、生き残りの人族が団結して向かってくるのに期待しよう』という覚悟すら決めていたフィーネにとって、今更『ド田舎のド辺境で相争っているゴブリンから見てすごく強い程度の人間の集団』には大した期待が持てなかったから、こんな質問をしたのだった。

 

 一対一でオーガを倒せる位の戦士は人間の中にもままいるらしいし、それでもゴブリンよりは強いだろうからそんな連中の集まりなのではないかと思ったのだ。だが、目の前の斥候の推測はそんなフィーネの考えを良い意味で上回るものだった。

 

 真面目な年若い斥候は、ゴブリンの中では天才的とさえ表現できるだろう頭を捻って、フィーネの問いに答えを返した。

 

「我々相手ならば二集団は協調して我々と戦うと仮定して……遠目にもそれぞれの集団を率いる頭の力量は飛び抜けていましたし、部下と思しき者共も猛者揃い。私程度の力量でしたらば、千や二千では到底足りません。何十倍何百倍の圧倒的な数を揃えて包囲し、屍の山を積み上げてでも戦い続け、敵が疲労した所を討ち取るしかないかと」

 

 余談だが、この言葉を聞いてリュラリュースは『こやつ本当にゴブリンか』と感心していたとか。

 

「え、結構強いな、それ。……リュラリュースやグを当てるとしたらどうだ? 森の三大のうち二つを同時に相手にして、その人間たちに勝ち目はあるか?」

「……恐れながら、お二方だけでは勝ち目は無いかと。個々の力量でグ様やリュラリュース様が負けるとは思いませんが、多勢に無勢です。もし一人や二人であの二集団に勝てる可能性のある者がいるとしたら──」

 

 ゴブリンは一瞬、木々の枝葉に覆われた頭上を見上げた。

 

「クアゴア種族の王であるペ・リユロ様、上空から有利に事を運べる霜の竜王様か、フィーネ様しかいないかと……」

「ふむ……わしやグの奴でも敵わん人間たちというと確かに相当じゃの。しかしこちらはこれだけの数と質を揃えておるし、ましてやその二集団は互いに相争っているという。フィーネ様、此処は──」

「ほー! じゃあ本当に結構強いじゃないか! やるなぁ人間! こんな田舎にすらそんな強いのがいるなんて、人族を侮っていたかな?」

「──どちらかが勝利を収めた所で突っ込めば被害を最小限した上で容易に撃破でき──聞いてねぇ」

 

 思えば人伝に聞いただけの、全体から言えばごく一部であろう情報だけで敵を判断するのは間違っていたかもしれない。そう考えながら、フィーネはハムスケの背中の上で立ち上がり、紅蓮の翼を広げた。

 

 その顔には深い笑み。敵は、人族は自分が思っていたよりずっと強いかも知れないぞ、という期待の笑みだった。過度な期待は禁物だと分かってはいるのだが。

 

 互いに争っているという点は疑問だが、森の三大ですら打倒し得るだけの戦力など、普通であればこんな人外領域すれすれの地域にいる筈も無い人間側の大戦力と言っていい筈だ。

 

 人族がトブの大森林の開拓に乗り出す気にでもなったのか、もしくはフィーネが戦力を集め人間世界を攻撃しようとしている動きを察知して対応に乗り出したのか?

 

 フィーネ的には後者である事が望ましい。何故ならその場合、人族には自分たちの領域から遥か離れた所で起きたモンスターの大集合を察知する能力があり、そして送られた戦力は集合したモンスターたちを滅ぼす、もしくは森に追い返すのに十分なものであろうという推測が成り立つからだ。

 

 敵は強大であるほど、フィーネには嬉しい。下がっていたこの世界の人間社会に対する期待は、此処に来てぐぐっと持ち直しの兆しを見せていた。

 

 互いに争っているとしても、自分たち蛮族は人族の天敵であり相容れないものなのだから──蛮族であるという意識があるのはフィーネだけだけれども──一度此方が姿を現せば、一致団結して戦ってくれるに違いない。それでも不足ならば、一旦人族のルールに則って宣戦布告し、生かして返すのも悪くない。

 

 前述の行動が出来るだけの判断力と情報収集能力を人族社会が持っているのなら、国を五つも六つも滅ぼされるまでも無く、団結し立ち向かってくる可能性があるからだ。

 

「リュー! 私は先行して人族共にご挨拶してくるぞ! お前たちは後から来るがよい!」

「ご武運をお祈りしております」

 

 あーはいはいとでも言いたげに取って付けた様に返答するリュラリュースを尻目に、フィーネは飛び出した。下にいたハムスケがむぎゃと悲鳴を上げた。

 

 所詮はゴブリンを乗せた狼の足で行って帰って来られる程度の近距離である。空を行き、本気になって飛べば音速を超える速力を発揮するフィーネの紅蓮の翼の前にはあっという間の距離であった。

 

 雲を引き裂き風を追い越して飛ぶフィーネの眼下に、戦い合う人間の集団が見え始めた。

 

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