終にナザリックへと挑む暴君のお話   作:柴田豊丸

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蛮王傲慢

 今日がわしの生が終わる日になるやもしれんな、とリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンは思う。

 

 リュラリュースは西の魔蛇とも呼ばれる強大なモンスターである。その異名が表す通りトブの大森林において西の森を支配しており、痩せ細った老人の上半身と大蛇の下半身という姿を持つ、ナーガと呼ばれる種族である。

 

 数多くの配下を従えているし、知能は人間並みかそれ以上だ。特殊能力の類も多く保有する。相手の感情を感じ取る事も出来る。

 

 三大と称される強大なモンスターの一角。南の大魔獣、東の巨人と並ぶ大森林の支配者である。

 

 そのリュラリュースをして、目の前の光景を前に恐怖を抑えきれない。

 

 森が斬られた。数十メートルの範囲でだ。

 元々はリュラリュースの根拠地近くであり、外敵に対する備えも考慮された──モンスターなりに、だが──場所だったが、光の軌跡としか捉えられない一瞬の斬撃によって切断され、吹っ飛んでいった。

 斬撃があと少し低く放たれていたら、リュラリュースも含めた全員が真っ二つになっていただろう。

 

 それを成した張本人は、片手で気軽に構えたクレイモアを揺らしながら言う。

 

「ハムスケとどっこい程度の強さ、といった所か。配下も多いな」

「良く分からないでござるが、それがしと同じ位ならかなり強い方だと思うでござるよ?」

「まあこの辺りではそうなのだろうな。元より数を集める前提だ、この際個々の強さは問うまい」

 

 西の森の支配者たる自身を、卵から孵ったばかりの子蛇でも見るかの如く品定めする謎の種族。

 

 大雑把に言えば人間の少女と似た容姿だが、一目でそうと分かる強大な武装に身を包んでおり、紅蓮の翼と巨大な角を生やしている。明らかに人間では──否、尋常な者ではない。

 

 リュラリュースは人間の美醜など興味も無いし区別も殆ど付かないが、目の前の存在からは怖気が立つ様な凄みのある美貌を感じる。髪色と同じく真紅の瞳孔など縦に割れていて、まるで爬虫類──それもドラゴンに近い様な趣だ。

 

 直接の面識がある訳ではないが、その者を乗せているのは自分と比肩もしくは上回る程の強大な魔獣。称してずばり、南の大魔獣、森の賢王であろう。自身の縄張りの外に興味を示さず、配下も従えない孤高の王者。三大の中でも異端と言って良い存在が、謎の種族の騎獣として服従していた。

 

 それだけでもう恐ろしい。

目の前には推定自分と同等の強者と、それを従える更なる強者がいるのだ。戦わずして勝てないと確信できてしまうほどの力の差を感じた。

 

「──お前、名はなんと言う」

「りゅ、リュラリュースです。リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンと──申します」

 

 視線を投げかけられただけで気が遠くなる。本能の警鐘か、口からは自然と敬語が、へりくだった口調で滑り出た。

 背後の配下たちなどはざわめいているが、今すぐ静かにしろと怒鳴り付けてやりたかった。もし五月蠅い等と機嫌を損ねられたらどうするのだ、と。

 

「ハムスケは名を持たなかった故私が名付けたのだが、お前はもう自分の名を持っているのだな」

 

 僅かに不満げな言葉。リュラリュースの皮膚が恐怖で粟立った。

 南の大魔獣は圧倒的強者であり、群れない個の存在だった。自他を区別する必要が無いため名を持っていなかったのだろう。

 

 他の者もそうだと思い込んで、自分で名付ける事を期待していたのかもしれない。

 

「お、お望みならば今の名前は捨てます。貴方様の望むがままにいたします!」

 

 だから殺さないで下さい、助けて下さい。そんな思いが滴るほどに滲んだ懇願だった。しかし、眼前の存在は首を横に振った。一瞬リュラリュースの心が絶望で染め上げられる。

 

「いや、いい。中々カッコいい名前だな。ただ少し長いな。リューと呼んでやろう。リューよ、身も心も私に捧げ、私の為に尽くせ」

 

 否と言うならぶっ殺すぞ。温度の無い視線が暗黙にそう語っていた。

 

 当然の様に告げられる服従の要求。弱者たる存在──リュラリュースが自身に従うべきだという事を自然の摂理であるかの様に思っている。強者たる自分が弱者を従えるのは当然だと思っている。会ったばかりで戦ってもいないリュラリュースが自分に服従する事を当たり前に受け止めている。

 そんな遥か高みから投げかけられる命令だった。

 

「ははぁ! 身命に誓って貴方様の為に尽くします! 絶対の忠誠を捧げまする!」

 

 必死である。断れば殺されるので比喩表現でなく必死だ。リュラリュースは死にたくなかった。

 

「良し。覚えておけ、私の名はフィーネ。フィーネ・ロート・アルプトラオムだ。所でリューよ、この辺りに強者はいないか? 大きな集団でも良いが」

 

 

 

 

「ぎゃああぁあ! あああ! いぃ、ああああ!」

「うむうむ、ハムスケとリューも素直で好ましかったが、矢張りお前のような跳ねっかえりは良い! その我の強さはお前の才能だ。敗北の悔しさを知り、より高みへとお前を導くだろう!」

 

 ふはははと至極明るく楽しそうに笑うフィーネの後ろでハムスケとリュラリュース、そしてその他配下の総勢は凍り付いていた。

 

 目の前では三大最後の一角、東の巨人ことグが四肢を失って転げ回っている。あれ程の頑強さと自信を漲らせた姿は既に無い。其処には痛みに呻く芋虫だけがいた。

 

「な、何故じゃ……再生能力を持つ筈のトロールが……何故傷が治らん……」

 

 事の次第は余りに単純だった。

 リュラリュースの案内の元フィーネは強者であり集団を従えるグの根城に訪れ、今までと同じような上から目線で恭順を要求。

 当然グはそれを拒絶し、反発した。フィーネは配下にする者たちが生き埋めになっては困るからとあの広範囲を切り裂く斬撃を使わなかったので、実力差が分からなかったのだろう。

 

『このちっぽけなチビめ!』

 

 そんな罵倒を皮切りに、グは剣を振り上げ言葉の限りを尽くしてフィーネを嘲った。

 長き名前の臆病者、小さく細い弱弱しき者、一口で食ってやる──概ねそう言った事を。

 

 新たな主人の癇癪が爆発するのではないかと恐れを抱いたハムスケとリュラリュースが思わず首をすくめた所、フィーネは全く予想外の反応を示した。

 

『その反骨、気に入った! 見た目も良い! 私の側に仕えよ!』

 

 そして次の瞬間にはああだ。

 

 今度の斬撃──四連のそれはリュラリュースにもハムスケにも見えた。勿論グにだって見えただろう。手首から先だけの力で大剣であるクレイモアを振るう、大いに手加減された攻撃だったのだ。

 見えていたのにも関わらずグが防げなかったのは単純だ。フィーネは攻防一体に構えられたグの巨剣ごと四肢を叩き切ったのだ。仮にも魔化された武器である筈の一品を。

 

 〈痛恨撃〉というスキルがある。このスキルを発動して相手を攻撃した場合、肉体的な抵抗力を基準とした何段階かに分れた抵抗判定を行い、成功した場合に、最大で与えたダメージの半分だけ生命力の最大値を削る。このスキルを強化せず単発で使用した場合、百レベルならば運さえ悪くなければ魔法職でも大体は抵抗に成功するが、レベル差が二倍も三倍も離れていてはまず最大の効果が通る。

 

 この攻撃によって削られた最大値は一旦死亡して蘇生するか、解呪の魔法を使用し、なおかつ判定値を上回らねば回復しない。

 

 グの手足が再生しない理由はこれだ。そもそも生命力の根源が削られている為、傷付いた状態が既にマックスであり、単なる再生ではそれ以上に治らないのだ。

 蛮王に至ったフィーネは直接の魔法・物理戦闘に長け、特に局所・広範囲、個人・集団を問わず『破壊』を得意としている。故にこういった強力かつ悪質な攻撃手段を豊富に持っているのだ。

 

「どうだグよ。そのまま這いずって死ぬか、私に仕えるか。どちらが良いか決まったのではないか?」

「ああ、あああ──」

 

 当然話せる様な状態ではないので、グは返答をすることが出来なかった。無理もない。四肢を断たれる経験などそうそうある事でもないし、普段ならば治る筈の傷が治らないのだ。長く続く絶大な痛苦でとても言葉など喋れまい。声を聴きとれるかも怪しい。

 当たり前に考えれば分かる事で、事実この場にいる殆どの者はそう思っていた。ただ一人を除いて。

 

「私の言葉を無視するな!」

 

 子供そのものの癇癪が今度こそ爆発し、殆ど残っていなかったグの四肢が更に斬り飛ばされた。聞くに堪えない絶叫が洞窟内に木霊し、グの配下などは一人として動くことが出来ない。それどころか次は自分の番では無いかと、地位の高い者ほど恐怖心で震えていた。

 

「私の気はそう長くないぞグよ、さあ答えを──」

「なりまず! 配下に、あなたざまの言う事を聞きまずぅ!」

 

 地に這い蹲り、顔面をあらゆる液体でぐしゃぐしゃにして行われる懇願を、惨めだと思う者はこの場に一人もいなかった。誰が逆らえると言うのかという話だ。

 

「よしよし、それで良いのだ」

 

 ぱあっと怒り顔から一転、フィーネが花咲くような笑顔になる。魅力的と評するに十二分な笑顔だったが、残念ながら残虐行為の直後であり、人間的な美醜の価値観を持つ者がこの場にいなかったため、ただ総勢の背筋に寒気を走らせるだけだった。

 

 出血で意識が朦朧としてきたらしいグの傍にフィーネが跪くと、何事かを唱えた。すると直後に膨大な力を感じさせる緑光が周囲を照らし、グの四肢が一瞬で生えそろう。

 

 一瞬で消えた痛みと明瞭さを取り戻した意識に、グは訳も分からず硬直した。生粋の戦士──なにせ種族からしてウォー・トロールだ──であるグは魔法の知識を殆ど持っていなかったのだ。

 多少なりとも魔法の知識を持つリュラリュース、ゴブリン・シャーマン、オーガ・ソーサラーなどは失神寸前の衝撃を味わっていた。明らかに未知の治癒魔法──それも効果からすれば第三位階を超えたものだと推測できたからだ。

 

 無双の戦士で同時に第三位階以上を使いこなす魔法詠唱者。あまりに常識を踏み躙った存在だった。

 

 だが、それも当たり前と言えば当たり前の事だ。なにせフィーネは種族レベル的にも職業レベル的にも、百レベル中の大半を魔法戦士として積み上げているのだから。ユグドラシル基準でも超一流の戦士であり、魔法詠唱者としてもMPが少なめである点以外はスペック上は一流である。

 

 霊魂を操り精神に影響を及ぼし、陰惨な魔法を多く習得した操霊魔法の使い手である。ドレイク【竜魔人】は蛮族の支配階級であり、生まれながらの上位者。種族的に魔法戦士なのだ。

 操霊魔法は酸の雲を発生させ、死者の魂を蘇らせ、物質に仮初の命を与える魔力系魔法職である。中でもフィーネは操霊魔法と同時に戦士職を習得する事で到達可能な最上位職の一つ、魂を支配する騎士であるナイト・オブ・ソウルルーラーだ。

 

 命を絶やすも生かすも自由自在、信仰系魔法職に準ずる治癒と復活の術を併せ持つ、呪いと堕落の王である。

 

「痛かったか、グよ? もう大丈夫だろう? ──おい、誰か布と水を持て」

 

 目端の効くゴブリンの一人、恐らくはホブゴブリンが──多分に震えてはいたが──素早く瓢箪に詰まった水と、拾った衣服を裂いて作った様な粗末な布を差し出す。本人としては鷹揚に、外から見えれば勿体ぶってそれを受け取ったフィーネは、

 

「グよ、少しの間じっとしていろ」

 

 瓢箪の水をグの頭にぶっ掛け、布で拭き出した。グも周りの皆も、訳も分からずそれを見守っている。一体何を思いついたのだろう、そんな気持ちで。

 

「グよ。ゴロンしろ、ゴロン」

「ご、ごろん?」

「仰向けになれという事だ」

 

 地面に這ったままの体勢でグはゴロンした。デカく大造りで醜悪な顔が天井を向く。フィーネは眼を瞑る様に言うと、顔にも水を掛け、布で拭う。

 

「良し、立て」

 

 使い終わった瓢箪と布をホブゴブリンに手渡しながらフィーネは再度命令。グが恐る恐る直立すると、

 

「動くなよー……」

 

 その身体をよじ登り始めた。

 

 何やってんだこの人、といった周囲からの視線を独り占めしながらグの肩に到達したフィーネは満足げに其処へ腰かけると、

 

「うむ、良い眺めだ! グよ、思った通り、お前この中で一番大きいな!」

 

 強大なモンスターであるグは、同族異種であるマウンテン・トロールなどには劣るものの、平均的な体つきのトロールと比べてかなり大きい。背丈も体の厚みも二回りは大きいだろう。

 

「矢張り気に入ったぞ。お前はもう私のものだ」

「は、はぁ」

 

 ニコニコ笑顔でぺしんぺしんとグの頭皮がむき出しの頭を叩きながら言う。対してグは殆ど反応出来ない。雰囲気や扱いの急変と、長らく圧倒的強者として在り続けた為に、『自分より上位の存在』に対してどの様に振舞ったらいいか良く分からなかったのだ。

 

 不慣れなのである。もっと言うとグは脳筋の部類であり、臨機応変に自身の振る舞いを変えられるような賢しさを持っていなかった。

 

「当然貴様らも私のものだ! 異論のある者は挑みかかってくるが良い! 真っ二つにしてやろうぞ!」

 

 大音声でグの配下だった者共に問う。殆ど固まっていた彼らは慌てて跪き、態度で恭順を示した。フィーネは当然だと満足げである。

 

 三大とその配下を丸々従えた事で、フィーネはトブの大森林において前代未聞の一大勢力を築き上げた事になる。他にも様々な種族が大小の集団、勢力を持っているだろうが、これ程の大勢力を前に抵抗できる者はほぼ皆無だろう。

 

 竜魔人の少年は森に現れたその日のうちに、過半の勢力を組み伏してしまったのである。

 

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