「で、お前ら。他の強者や集団は何処にいるのだ? そいつらも殴り倒して配下に加えるぞ──グよ、この剣はどうだ?」
「重くて持て──ません」
「あはは、無理して敬語など使わなくともよい。苦手なんだろう? こっちはどうだ?」
「持てま……持て……何とか持てる」
「そうそうそれで良い。その剣はお前にやろう。私がぶった斬ってしまったお前の剣の代わりだ、次は鎧だな──で、お前ら何か心当たりは無いか?」
平然と人前でアイテムボックスを漁りながらフィーネは問うた。現在は会議場──と言っても切り株を椅子代わりにした露天──で主だった面々と会議中であった。
フィーネはよっぽど専業戦士であるグが気に入ったらしく、未だに肩車の状態から降りていない。
「心当たりと仰られても……」
そもそも自分たちこそが森の三大と恐れられた三匹の支配者なのだが、といった様子のリュラリュースである。
フィーネから目線を下げると、内心『もし肉体相応の頭を持っていれば森を支配した事だろう』と高評価していた東の巨人、グが謎の空間から次々取り出される鎧を押し付けられている。
開かれた空間には雑多に武器や防具、装飾品が押し込められていて全貌が見渡せない。ただ、魔法など用いずとも強力で希少なマジックアイテムである事が理解できてしまう様な一品ばかりだ。
恐ろしい剣技、神話に匹敵する魔法に加えて、目も眩む様な財まで保有している。一体この化け物は何者なのかとリュラリュースは思わずにはいられなかった。
「お前ら三匹で全てという事も無いだろう? これだけ広い森なのだ、他にもっといる筈であろうが。そいつらをぶん殴りに行くのだ」
「……その、リザードマンやトードマンが住まう湖を知っております。ゴブリンが巣食う洞窟も。それを──」
「リザードマン、ゴブリン、トードマン? ぱっとしないなあ。そいつらはお前たちより強いのか? それとも数万数十万もの数がいるのか?」
「……いえ、私どもよりは弱いかと……正確に把握している訳ではありませんが、数を多めに見ても数千、行っても一万程度かと思われます」
弱いし少ないなぁとフィーネは零し、グの肩から降りた。グは慣れない様子でぎこちなくお辞儀し、新しい剣と鎧を使いこなすべく素振りに行った。
少しすると、木々の向こう側から風切り音や擦過音が響いてくる。
仮にも幹部会議の筈だったのだが、与えられた果実に夢中で会話に参加してすらいない森の賢王に続き、今行ってしまった東の巨人が会話から抜けた。まともに話す気があるのはリュラリュースだけらしく、フィーネは二者に最初から知恵を期待していないらしい。
その分このお方の相手をわしがしなければならんのか、とリュラリュースは内心で嘆息した。短い付き合いの内で分かったのだが、フィーネは一度身内認定──『こいつは私のもの』認定でもある──をすると、意外なほど寛容であった。
言葉づかいも気にしないし、ミスや無知も咎めない。自分に逆らわない限りは殆ど何も拘束しないし、仮に逆らっても激高しない。謝れば大抵の事は許してくれる。特に各種族の幼体、子供には優しい。
其処だけ考えると良い主人なのかもしれないが、基本的に言動が幼稚であり考えが浅く、その場の気分と思い付きで行動している節が多々見受けられる。怒りのツボが何処にあるのか分からないが、たとえ普段は寛容でも其処に踏み込まれれば激怒するタイプであると察せられた。
逆に言うとその所在不明の怒りのツボさえ刺激しなければ、あまり神経質にならずに済む。ただ、こうした余りに高い目線からの無茶振りは少し堪える。
トブの大森林は人間の支配が及ばぬモンスターの領域だが、その三大支配者と呼ばれる者共を瞬く間に配下に加えておいて、言う事は『おかわりは何処だ』である。挙句こちらが精一杯のメニューを提示すると『美味しくなさそうだし量も少ないぞ』と。
リュラリュースは確かに森において三大の一角を占めるが、広大な森林の全てを知り得ている訳でも無く、増してや目の前のフィーネが満足できるような規格外の怪物など知らなかった。知っていたら逃げている。
森の中に不毛の地が広がりつつあるなど異常な現象はあるが、フィーネが求めているのは強い敵である。黒くなった地面など見せても敵は何処だと問われて終わりだろう。
「その、森では無く、アゼルリシア山脈にはフロストドラゴンの王が棲むと伝え聞いてはいますが」
決して口には出さないが、如何にフィーネ・ロート・アルプトラオムが桁外れていても、ドラゴンに適うだろうかと云う疑問もあった。
なにせドラゴンはドラゴンなのである。言うまでも無く最強の生命体であり、欠点らしい欠点など無い。全身長所の塊で、如何にか短所をあげつらっても傲慢と強欲くらいしか出てこない。
伝え聞くまでも無く強いが、強過ぎる。フィーネも恐ろしく強いが、その体躯は小柄でオツムは幼稚だ。恐ろしく強い者同士の戦いならば、矢張り巨体を誇る長寿の竜が勝るのではないかと思ったのだが──
「ドラゴンの! 王!」
「ひえ!」
余りに声が馬鹿でかいのでリュラリュースは怯えた。ハムスケはひっくり返っている。
「なんだ、いるではないか強者! ドラゴンでしかも王と言うならば、当然強いのであろう?」
「そ、それはもう、当然強いだろうとは思いますが──」
なにせドラゴンでしかも王なのである。種族として比類ない強者であり、そのまた王ならば弱い筈が無い。ゴブリンの赤ん坊だってそれ位は想像が付く。
「──戦いに行くぞ! その山は何処にあるのだ、あのデカい奴か!?」
まるで王子様の元へ押し掛ける夢見る乙女の如く、興奮も露わにフィーネは言った。言うんじゃなかったと心の底からリュラリュースは後悔した。
「い、今から直ぐに行くのですか? その、侮辱する気は全くありませぬが、如何にフィーネ様とは言えドラゴン相手に楽勝とは行きますまい。今少し準備をしてから──」
一人で突っ込む分にはどうでもいいしむしろ死んでくれれば清々するのだが、自分たちを率いて行く等冗談ではない。戦いに巻き込まれて死んでしまうであろう。
リュラリュースは自身が強者であると知っているが、それでもドラゴンに勝てるとは思わない。世の中上には上がいるもので、ドラゴンは明らかに格上だ。空からブレス攻撃を受けるだけで一方的に殺されてしまうだろう事は容易に判断が付く。
「うむ、リューの言うとおりである。私とてドラゴン相手に楽勝とはいくまい。なにせ相手は最強の生物。苦戦は必至、ましてや竜王相手ともなれば死に臨む覚悟が必要であろう」
やはりそうなのか、とリュラリュースは歯を噛みしめた。
竜は無敵ではないにしろ、まず最強の生命体。それが世の共通認識である。森の支配者たちを悉く組み伏したこの竜魔人をもってしてなお、苦戦は必至。死に臨む覚悟が必要なのか。
フィーネの暴力は長らく君臨していた森の三大巨頭の全てを蹂躙する理不尽なものであったが、最強の称号を戴く竜に挑むには尚足りないと。
尚更ついて等行けない。死を覚悟した挑戦なんか一人で行ってほしいものだ。リュラリュースはさも忠臣面でフィーネを諫めようとした。
「ならば──」
「ならばこそ挑むのだ。雑魚を蹴散らした所でそれは戦いでは無く、弱い者いじめに過ぎない。弱き者を従えるのは強者の必然だが、私が本来望むのは難敵、強敵なのだ」
晴れ晴れしい笑顔で、同時に幼子の様に純真な喜の感情の発露だった。人間的な美的感覚を持ち合わせた者がいれば魅了されたであろう程の。
楽しくて嬉しくて、これから行く先に幸せと充足が待っているに違いないと確信している顔だった。
強き者を打倒してこそ己の強さを証明できる。
逆境を踏破してこそより強くなれる。
この滾る闘争心、バルバロスの本能を余すところなく受け止め、そして更なる強大な力で攻め立ててくる敵対者──竜王なら不足無し。
ドラゴンはユグドラシル最強の種族。運営製作からの優遇と贔屓を多大に受けた存在。公式ボスの一角を占める種族。
ドラゴンは強大である。その王ならばより強大であるのは道理。敵は強ければ強いほど良い。強者との鎬の削り合いで死ぬなら、全力を出し尽くした末に死ぬならそれはそれで名誉ある死だ。
悔いは無い。自身を上回った相手を讃え、その牙に掛かって死ぬことを誉れとして黄泉路を行こう。
バルバロスにとって死は恐れるものでは無いのである。敢えて何が怖いかと言うなら、薄氷の様な平和の上で漠然と生を全うするだけの生が最も怖く、嫌悪に値する。フィーネになる以前のフィーネ──篠田伊代の人生の様な生き方が。
リュラリュースを尻目に、フィーネはもう紅蓮の翼を広げて飛翔する気満々である。文字通り一っ飛びして突撃する気なのだろう。しかし、地面からほんの数十センチ浮いた所でホバリング。
「とと、私だけ飛んで行ったらお前たちが追い付けないな。待ってろ、今飛ぶためのアイテムを──」
ちくしょう、とリュラリュースは思った。そのまま一人で飛んでいけとのリュラリュースの願いも空しく、やはり竜王へのカチコミに自分たちを連れまわす気である。それも嬉々として、『お前たちだって戦いたいものな! 大丈夫大丈夫、一緒に行こうぞ!』といった百パーセントの誤解込みで。
リュラリュースの事など忘れて、そのまま飛んで行ってくれれば、更には死んで戻って来なければ良かったものを。自ら進んで死に突っ込むような思想を、リュラリュースは持っていない。
リュラリュースはこの瞬間必死で頭を働かせ、そして口を開いた。
「フィーネ様、誠に申し訳ございませんが、私は同道いたしかねます」
ぐにっとフィーネの勾玉みたいな形の眉が顰められた。そして湯気の如く立ち上る──様な気がする──怒気の圧迫感。一瞬にして『私は不機嫌だぞ!』と主張する子供が出来上がる。
「それはどういう意味だリュラ──」
「このリュラリュース! 臣下となったのはハムスケ殿に次いで二番目ではありますが、フィーネ様第一の忠臣、そして知恵袋であると自負しております! 恐れながら、王には王の責務がある様に、臣には臣の役目があると愚考する次第であります!」
「むむ?」
──兎に角勢いでそれらしい理屈を並べればええんじゃ。そうすればこのグに毛が生えた様な頭のガキは丸め込めるわ。
大音声の口上に、一転して興味深げな表情を浮かべるフィーネ・ロート・アルプトラオム。一度自分のものとして認識すると一気に甘くなる、リュラリュースが見抜いた通りの性質だった。
王という単語にも喰い付いている様に見える、琴線は其処かと魔蛇は睨んだ。
「認めたくはありませぬが、私の戦闘力はフィーネ様には遥か及ばず、グやハムスケ殿と比べても尚劣りましょう。しかし! このリュラリュースには知恵が、そして以前より集団を統率していた経験がございます」
嘘ではない。直接の殴り合いならリュラリュースは三大の中で最も非力である。
単身で広大な縄張りを維持し、外部からの侵入者全てを抹殺してきた孤高の王者森の賢王。お粗末な頭にも関わらずリュラリュースと並んで支配者として君臨した東の巨人。
そうした二体と比べて、西の魔蛇たるリュラリュースは直接の戦闘力に優れない。透明化を始めとする搦め手を駆使し、文字通り知恵を使って並び立てる位だろう。
リュラリュースは『あれ、何か始まったでござるなぁ』ときょろきょろしている強大な魔獣を横目で見る。リュラリュースやグがフィーネから臣下、幹部格の戦闘員として見られているのに対し、この魔獣は臣下かつペットとしてしか扱われていない為、明らかに待遇が違った。
フィーネ手ずからブラッシングし背に乗り撫で餌を与え──完全に愛玩動物の扱い。竜魔人の少年はこの強大極まりない魔獣を、威風溢れる獣を『言葉が通じる素敵なペット』としか思っていない。
リュラリュースには理解できぬ感性。フィーネの方も、素直に可愛がられている森の賢王の方も。無論、強き者に従うというのは野生の原則から考えれば絶対的に正しい考えだ。ある意味森の賢王の方が他の誰よりも賢いとすら言えるが。
戦闘員として勘定さえされておらず、そして最も溺愛されている存在故にその立場は盤石も盤石。多分フィーネの寝込みを焼き討ちしようと殺されない。それ程気に入られている。
「──戦場にハムスケ殿は連れて行けますまい」
「うん? まあ確かに、ハムスケはな……」
フィーネにとってハムスケはペット。自身の命すら危うい戦場に連れて行こうとは到底思えない。思わない。何故なら愛玩動物だからだ。多少強くとも戦力として数えられていない。
「このリュラリュースがハムスケ殿と共にフィーネ様の後背を、支配地であるこの森を守りまする。貴方様には及びませぬが、ハムスケ殿も私もこの森では知られた強者です。脅威足りえる存在はおりませぬ。共回りにはグをお連れ下され。我らは留守を預かる間──」
グの名前は出さない。奴は連れて行ってもらう。グはフィーネより武具を授かっている。例えフィーネが死のうと、フィーネから強大な武具を授かったグが生きているのは不味い。今度こそ力だけで大森林の支配者足りえてしまう存在は、死地に連れ去って貰わねば。
ハムスケの方はフィーネから『リュラリュースと共にいる様に』との言質を貰えればそれで制御下に置ける。強大な駒として残してもらう。
「フィーネ様にとって取るに足らない些事、我らが代って果たします。この森の全てをフィーネ様の配下に。リザードマン、トードマン、ゴブリン、他の少数の勢力全てを。貴方様の支配を確固たるものと致します。どうか後顧の憂いなく、戦場にお向かい下さい。我ら一同帰りを待っております」
戦いに行きたくないから残るのでは無く、臣下としての責任故に、残った群れを統率し、フィーネの支配地を守り、より勢力を広げるべくあえて居残るのだと。
それが知恵者たる自分の役目だと。
そうする事でフィーネ本人は集団の長たる責任から一時外れ、只一人の戦士として心置きなく戦いに赴けるのだ。その為には誰かが残らねばならない、その能力を持つのは自分だけだ、とリュラリュースは主張した。
そしてその主張はまんまと、歓喜をもってフィーネに受け入れられた。
今、リュラリュースはハムスケと共に、アゼルリシア山脈に向けて飛んでいくフィーネ・ロート・アルプトラオムとグを見送っている。
老いに老いたリュラリュースの顔には満面の笑み。己の策が何もかも上手くいった事に内心で快哉を叫ぶ。
フィーネは消えた。グも消えた。後に残ったのは『全権をリューに任せる。こいつに従え』と言い含められたモンスターの大集団、世話を任せられたハムスケだけ。しかも忠臣に褒美を与えるとして幾つかの装飾品──無論強力なマジックアイテムだ──を下賜された。
今まさに、リュラリュースは森の支配者であった。三大では無い、圧倒的な一大勢力の主だ。森の全てを手中とするだろう王である。
リュラリュースは早速事に取り抱える。元々自分の配下であった面々の中でも頭の良い連中を直轄の部下とし、そうでない者とグの部下だった者らを戦闘員として指揮させる。新しく組み伏せた勢力の者たちも前線に立たせる。
心から自分に従う者だけを生かし、そうでない者らはこれより他の勢力を組み伏せる中での戦いにおいて倒れさせるのだ。
勿論無為に使い潰す様な真似はしない。あくまで戦いの中で否応なく死んでいくに任せるし、助けられる者らは助ける。そうすれば自分に恩を感じて忠実な手駒となるかもしれないのだから。
フィーネが死なずに戻ってきた場合、配下が死に過ぎている様では責任を取らされるやも知れない。あくまで真面目に征服活動を進める必要がある。
もしフィーネが戻って来なければ、リュラリュースは森の唯一絶対の王。亡きフィーネの威光を用いて口八丁手八丁を駆使すれば群れにも支配にも執着の無い森の賢王はどうとでもなる。自由や縄張りを望むならそれを与えても良いのだ。
フィーネが竜王に勝って戻ってきたとしても、自分は言いつけを守り群れを率いて支配地を広げ、それを維持していただけ。さぞや褒められ、フィーネの支配下における地位は盤石のものとなるだろう。
頭の足りないフィーネではリュラリュースの派閥を危険視して取り崩そうなどと言う知恵が回る筈も無い。フィーネに次ぐ二番目の支配者の地位は揺るがぬものとなる。
どう転ぼうとリュラリュースに損は無い。
万が一グだけが戻ってきた場合はまた三大の時代に逆戻りだが、その可能性は低いし対処は簡単。主を置いて自分だけが戻って来たとか、こ奴がフィーネ様を裏切ったに違いない等と難癖をつけて袋叩きにすればよい。フィーネ並みに馬鹿なグなど幾らでも言い負かせる。
南の大魔獣を擁し、群れを従え、フィーネから賜った装備で身を固める今のリュラリュースならばグ一人程度は倒せる敵であった。
その頃には元々グの配下だった者らは幾らも残っていまいし、大集団に歯向かってまで忠義を尽くそうとするような連中では元々ない。グもフィーネも暴君である。徳で治める王では絶対に無いのだから。
どう転ぼうと──リュラリュースに負けは無い。
「さあ行こうぞ! フィーネ様の為に!」
己の明るい未来の為に、リュラリュースは全軍に号令を発した。もうウキウキである。
ちょっと都合があるのでリュラリュースさんが魔樹の事を良く知らない感じに設定改変しました。