「一対一の戦いだったら生き返らせはしない。互いに死ぬことも了解済みの戦いだったら、敗者の名誉と言う奴がある。だがまあ、今回は防衛戦争だ。生きたくて戦ったのであろう? なのに死んでしまった。ならば生き返らせてやろう」
まあ正直に言うと私が欲しいんだ、と総員の注目を集めながらフィーネが言う。
「強さの面ではあれらに勝る者は多いが、気持ちのいい奴らだからな」
そもそもフィーネが侵略を指示しなければ戦いは起こらず、死者が出る事も無かったはずなのだが。フィーネは自分が死のうが殺されようが、他者が死のうが他者を殺そうが気にしない。自立した大人なら猶更だ。
だが自分が欲しいと思った者に関しては違った。
フィーネは心底羨ましいのだ。尊敬しているのだ。自ら鍛えあげ、自ら獲得した強さの持ち主たちが。その不屈、そのひたむき、その熱血が。既に篠田伊代ではなくフィーネ・ロート・アルプトラオムとなってしまった彼の心に憧れを抱かせるのだ。
過程をすっ飛ばして強く成り果ててしまった彼には出来ない事だからだ。
その魅力が、外見のカッコ良さや可愛さとはかけ離れた所で彼を捉えて離さない。
だから自分のものにしたい。手元に置いてその輝きを愛したい。それはそれで楽しいからだ。
残念なことに、未だ敵としてフィーネを蹂躙するに足る強者とは出会えていない。
フィーネの持っているスキルの中に【神罰(近似)】というものがある。神格を持たぬまでも、神に比肩するまでに上り詰めた高位蛮族が持つ疑似的な神の権能──という設定のスキルだ。
その効果はフィーネが選択した三十レベル以下の存在を抵抗の余地なく一掃するというユグドラシルでは良くある類の死にスキルだ。三十レベル以下の敵などわざわざスキルを使わなくても一瞬で倒せるし、このスキルを使ってしまうと対象を文字通り『一掃』してしまうので金もデータクリスタルも得られないという微妙系なスキルである。
その他にも耐性のある相手には効かず、魔法での対策が容易である代わりに四十レベル以下までの相手に最大の効果を発揮する【フレイム・オーラ】などがあり、有り体に言ってこれらのスキルの存在ゆえに、低レベルの存在は何千何万集まろうと全力の戦闘態勢に移行したフィーネの敵足りえない。
フィーネに近寄っただけで、もしくはフィーネが『邪魔だ、失せろ』と思うだけで死ぬからだ。ユグドラシルにはカンストプレイヤーやカンストプレイヤーが冒険するに相応しい難易度のフィールド、モンスターが山ほどいたのだが。
敵としてフィーネと殺し合うことが出来ないなら、せめてフィーネのものとなれ。フィーネより遥かに弱く、しかしフィーネよりずっと本物である強者たちよ。
フィーネが望むのは闘争である。手足が千切れ飛び、魂が摩耗し、幾度もの死線を超えた末に訪れる本当の激戦だ。忘我の末に行われる彼我の全存在を賭けたぶつかり合い。そしてその果てに敵を踏みしめて立つか、敵に踏み躙られて屍になるか。
全てを尽くして至る栄冠の勝利か、栄誉ある敗北か。その瞬間に焦がれてやまない。
だが、少し過ごす内にどうやらそれが難しそうだと言う事が分かってきた。最初はこのトブの大森林がユグドラシルで言う低レベル帯のフィールドに相当する場所で、特別に弱いモンスターが群れているのかと思っていた。
だが、ドラゴンやドワーフと言った高い知能と文明を持つ相手に接触するうちに、少しずつ世界全体の事が見えてきたのだ。フィーネが今まで思うがままに組み伏せてきた者たちは、世界的に見ても──比較的広く知られている範囲では──強者として名高い者達なのだった。
言い方は悪いが、『稀有な強者』でその程度の強さなのだ。一体これではどれだけの広範囲に戦争を吹っ掛ければ満足な戦場が得られるのか分かったものではない。
一国や二国では駄目なのだ。聞いた話が本当だとすると、その程度はフィーネ一人で首都一帯を焼き滅ぼせばそれだけで霧散しまうやもしれない。そんなのは詰まらない。
世界全てを相手どらねばならぬ。世界全ての脅威となって、世界の全種族が敵と見做し、世界全ての強者が雲霞の如く群がって明日を掴む為に討伐に駆られる程の巨大な脅威でなければならぬ。
フィーネは蛮王だ。蛮族の皮をかぶった人族で人族の皮をかぶった蛮族であろうとも、野蛮なるものどもの王だ。世界が諍いを捨て、種族間の不和を乗り越え、一心同体となって滅ぼすに足るだけの大勢力を築き上げねばならない。そうでなければ満たされる戦場は永遠に巡ってこないのだ。
──その為に。
「強い者は幾らいても足りないのだからな。勇敢なる戦士たちを復活させるぞ。遺体の下に案内せよ」
●
バシャバシャと水を蹴散らしながらフィーネは歩んでいく。その前方を進むのは案内のザリュースとその他のリザードマンで、後ろをついて歩くのがグやリュラリュース、ハムスケ、ヘジンマール、ヨオズだ。
その他の面々は随行を免除されている。ドラゴンは連れ歩くには巨大すぎるし、周囲への威圧感が強い。その他大勢のゴブリンやオーガは居ても意味が無い。
制圧し、支配下に治めたクアゴアや霜の巨人を始めとする様々な種族は基本的には本来の生息地であるアゼルリシア山脈を動かず、それぞれの長の下に種族内で選抜した精鋭軍がトブの大森林に移動中である。
ただ、竜で飛んできたフィーネ一行と比べ徒歩である為、会うことが出来るのは何か月か後になるだろう。そもそも森林での活動や、生息地外での長時間の行動に向かない種族も多いからだ。フィーネは数々のアイテム──自分のものだけではなく、ドワーフなどから献上された品物も多数含む──を与えていたが、それでも時間が掛かる。
そういう点で言えば、可哀想なのはヨオズである。日光下において、クアゴアは完全な盲目となる。その状態で生まれてこの方一度も歩いた事のない湿地帯を進むのだ。『だって私お前の事好きだもん。一緒に来いよ』という、一件可愛らしいようで完全なる暴君な言葉で有無を言わさず。
可哀想であった。事情を聞いたフィーネが聴覚系の知覚力を増大させるアイテムを与えているが、それでも可哀想である。
そのせいで、『兎の耳を生やした二足歩行のモグラっぽい生き物』という未確認生物が誕生してしまったのだから。可哀想である。
見かねたハムスケが背中に乗る様に進め、未確認生物は『ウサ耳二足歩行モグラハムスターライダー』に進化していた。珍妙極まると言った所だろう。
「此処か?」
「は、死亡した者はアンデッド化を防ぐために敵味方問わず葬っておりますが、族長たちの遺体は──」
フィーネはクルシュの解説を待たず、ひょいっと高床式の建物に入っていく。後の者も慌ててその後ろに続いた。あまり大きな建物では無いので、グやハムスケにリュラリュース、そして勿論ヘジンマールも屋外待機だ。ヨオズは待機姿勢を取り掛けたが、フィーネに呼ばれて慌てて入っていった。
ヘジンマールやリュラリュースは蘇生魔法に興味があるのか、でっかい身体や長い身体を伸ばして入り口から中を覗き込んでいる。
屋内には二つの遺体が横たわっている。全身に傷を負っているが、族長の遺体故か見栄えは──フィーネの価値観からすれば──悪くない。遺体を扱った者たちの族長への尊敬が見て取れるほど、傷だらけなのに、大きく損壊しているのに綺麗な遺体であった。
「戦士の身体だ。やはりこのまま死なすには惜しい」
フィーネが感嘆を込めて呟く。
そもそもリザードマンの肉体は人間やエルフ、ドワーフ等の人間種と比べて大柄で屈強だが、目の前の二人はタイプこそ違えど殊更に屈強、力強い。
鰐を思わせる皮に鱗、その下には鍛えに鍛え上げられた巨大かつ密度の高い筋肉。細く引き絞られた鋼の様な筋肉。死因に当たる新しい傷以外にも、古傷が多い。
リザードマンの基準でも大柄な者と、リザードマンにしては小柄な者。『緑爪』と『小さき牙』の族長だ。
大きい遺体も小さい遺体も、死化粧でも誤魔化しきれていない傷が一つある。
前者は胸部が完全に陥没し、尚且つ表皮が削り取られている。医学の知識など全く持っていないフィーネでも内側の臓腑が壊れ切っている事が容易に理解できた。ハムスケの尻尾の直撃を受けたのか。
クルシュの説明によると、魔法上昇による集団治癒を繰り返し、魔力が枯渇して動きが鈍った為に攻撃を防げなかったのだそうだ。
後者も傷は多いが、炎や冷気による焼け爛れた様な跡が身体各所にある。鋭い礫を放っていたこの者は、リザードマンの中で数少ない高精度高威力の遠距離攻撃手段を持つ厄介な存在と判断され魔法詠唱者による集中攻撃の的となったのであろう。
「──蛮族の王よ」
固い言葉を使うと『何を言っているんだか分からないぞ!』等と逆切れされるので、ザリュースはあえて敬称を付けず、言葉も平易に話すことを心掛けて言った。
「死後時間は経っていないが、損傷がある。これで生き返るのか?」
──そもそも戦士である貴方が死者の蘇生等と言う、竜王の血を引くとされる伝説のリザードマンの御業を実際に行えるのか。使えるとしても、それだけの大魔法を我々に対して実際に使うのか?
口には出さなかったが、その点も当然疑問だった。
旅人であるザリュースはリザードマンの中では見識が広く、またクルシュという多くの知識を内包した雌と共に在る為、死者復活の魔法が第五位階という超高位である事を知っていた。
『緑爪』の祭祀頭でも使えるのは第二位階までだ。他の部族の祭祀頭もそうである。クルシュはそれより能力が高く多種の魔法を使えるものの、到底第五位階等と言う高みには届かない。それに系統も違う。
無論、兄たちが本当に生き返るのならばザリュースは生き返ってほしい。二人は共に部族を纏める族長であり、これからのリザードマンにとって掛け替えのない人材だ。ザリュース個人にとっても血を分けた兄であり、共に戦場を駆けた朋輩である。
だが、ザリュースは──否、ザリュースだけではない。フィーネ・ロート・アルプトラオムに直接対面した四人のリザードマンは誰もが、この人物を知る事が出来ないでいた。
異常に強い事は分かる。空に浮かぶ雲を斬り、森の三大や竜を従える怪物だ。だが、強さ以外の全ての点は考えなしの子供そのもの。行動基準の最たるモノはその場の気分や流れ、幼児的な好悪の感情である様にしか見えない。
リザードマンは目の前の、小さな異種族の雄に従うしかない。そうでなければ滅ぼされる。故に逆らえない。だが、仕えるに値しない人物に仕え続けて結果先細る様に削られる様に滅びるならば──リザードマンという種族が服従以外の道を選ぶ事もあり得る。
その場にいる四人のリザードマンの眼が、フィーネに注がれていた。否定的な感情が混じらぬように気を付けてはいるが、その視線の圧力は相当なものだ。
「問題ない。私は超位魔法まで使えるし、蘇生魔法に限っても最上位一歩手前までなら使える。個人を特定できるのなら大抵は大丈夫だ。老衰で死んだのとかは多分無理だが」
「ちょうい……?」
この遺体の生前の姿をフィーネは見て知っているし、今目の前に損傷しているとはいえある程度形状を保った、死に立てほやほやの死体がある。TRPG的に考えても十分蘇生できる範囲の筈だ。
むしろ何らかの理由で蘇生を拒否される可能性が一番怖い。
ユグドラシルでは無限殺しが出来ない様に蘇生拒否、蘇生した場合の復活場所を選ぶ事も出来た。フィーネが篠田伊代だった頃に遊んでいたSWシリーズでも、通常の手段では魂が蘇生を拒否した場合は復活させられない。
「この二人が蘇生を嫌がればそれまでだ。死からの復活は魂に大きな負担を掛ける、筈だ」
まだ現実に死んだ事も蘇生された事も無いので、フィーネには真実は分からないが。個として肉体も悩みも消えた死の安寧に身を浸していた所に、フィーネの様な見知らぬ暴力的な者が手を差し伸べても、その手を取る気になれない事はまああり得るだろう。
「声を掛けてやれ。声が届けば生き返る。此方はザリュースの兄って事で良いとして、小柄な方のリザードマンの家族は居ないのか? お前らも戦友ではあるだろうが、可能性は少しでも高い方が良いぞ」
クルシュが家屋の外のリザードマン達に早く家族を連れてきてと叫んだ。この場にいる誰も、彼の家族とまでは面識が無いのだ。ザリュースは自らの足で兄シャースーリューの番、妻を呼びに走る。
そうした様子が家屋の外から見えて、何事かと更にリザードマン達が注目する。フィーネが何も言わないので、誰も集まってきた者たちを散らす事は無く──臣下たちだってこれから起きる物事に気を奪われていたのでそれどころでは無く──辺りには人だかりが出来ていた。
竜や精強なる大魔獣といった近寄りがたい面々が多いので、一定の距離を空けて遠巻きにだが。
「さあ、蘇らせねばならぬ戦士はこの二人に限った事ではない。きりきり行こうか」