最近洛陽に新しくできた菓子屋の話でもしようかと想いを走らせていた。
主とのお茶はさぞ楽しいものになるだろうと願って。
「飲めますよね?私が作ったお茶……ご主人様にも好評なんですよ?」
謎の圧力が自分を縛り、拘束する。
だが男には反論があった。少女がご主人様と言っている「彼」の時はこんな煮えたぎった茶が入った茶瓶では無いはず。
「んまいですぞ~///」と目の前の少女と呑気に茶を飲んでいる所を見たことあるが、あれは確かに湯呑みだった。
こんな赤くやけた鉄製の茶瓶ではない
何故このような事になっているのか男は振り返る。
男は洛陽に勤務している古参の文官であり、書の整理や指定された木簡を持ってくるなどの……
有り体に言えば駒使いであった。毎日のほとんどが同じ作業、魑魅魍魎していた頃の宮中では息が詰まる感覚もあった、しかし今に思えば適当に仕事が出来て楽ではあったのも確かだ。
最近【御遣い】なる者が洛陽に来て、様々な政策を主や軍師達と試行錯誤しながら行っているという。
男を始めとする古参の文官などは面白くもない話だ。今まで自分達も参加出来ていた朝の会議なども、一部の武官と文官しか参加出来なくなってきている。
我々は、後から木簡や人伝から見聞きし、分からなければ軍師殿に訊くしかないのだ。
そしてその会議の中心は、例の【御遣い】である。
ーーーーーー本当に面白くないと男は思っていた
そんなある日、何時ものように政務をしている【御遣い】に頼まれた書を持っていき、書き終わった木簡を仕舞うため書庫に持っていこうと机を見ると……
字が間違っているのだ。誰もが間違ってしまうような些細なことだが、鬱憤が爆発したのだろう。政務をしている「彼」にネチネチと苦言をていした。「彼」が必死に謝るのを尻目に政務室を出たが、気分が少しばかりスッキリとしていた。言い過ぎたかと思う反面、ざまぁみろと思う所もあった。
ーーーーーーその部屋に少女が居たことも気にせずに
その夕方、男が自宅に帰ろうとした矢先に侍女が部屋を訪ねて来た。
曰く「董卓様が普段頑張っている貴方に、お茶を振る舞い労いたいと。夜、厨房に来るようにとの事です」
何故夜なんだと思いつつも、男は喜んだ。
董卓様は儚げな雰囲気がありながら、引き込まれるような美しさがあるお方だ。
その董卓様が労いたいと、お茶を振る舞いたいということに男の気分は高揚した。
約束の日時、厨房に足を運ぶと董卓様が、政務室にいた少女が満面の笑みで出迎えた。
普段の男なら「この茶瓶はどういうことでしょうか」などと言い、反論するだろう。
ーーーーしかし反論できない、できないのだ。
目の前少女の声を、言葉を、その黒い眼で見つめられ命令されると、その通りにしてしまう自分が居る……
怖い……あんなに顔を綻ばせながらも「彼」に侍女の如く奉仕していた少女が、堪らなく恐ろしいのだ。
あの優しげな笑みを少しだけでも今は向けてほしい、少なからず男は思っていた。
「ご主人様も言ってましたよ?お茶は熱いのがちょうどいいと。だからーー」
飲めますよね?
言葉がなくとも、そう言っているのがわかる。わかってしまう。
そして男は、震えながらも目の前の茶瓶に手を伸ばす
(ジュゥ……ジジジジ)
厨房に響く肉の焼ける音
当たり前だ。鉄製の物なんぞ本来は布か何かで持つものだ。断じて素手で持つ物では無い
熱い熱い熱い熱いアツイアツイアツイ
頭で理解しても、心が、魂だろうか、それが手を離してくれない
「さぁ、どうぞ。"いっぱい"飲んでください」
その言葉を聞いた自分が取った行動なぞ、簡単なものであった。自分の主たる少女の"ご好意"を飲む、それだけだ。
茶瓶を傾けると熱いお茶が口の中に注がれ、飲みきれないお茶が口の周りに流れ、床に染みを作る。
あぁ……コレが本来の"熱さ"ならさぞ旨い、それこそ「彼」が笑みを浮かべて飲むように、自分も満面の笑みを浮かべて、少女に感謝の言葉を伝えていただろう。
ーーーーそれを伝える言葉は男には残っていない
男の口、舌、喉に至るまで全てが焼け爛れているのだから
しかし最後の気力が男にあったのだろうか、椅子から倒れるように床に転げ落ち、倒れこむ。
手の平は指先まで爛れ、自分が床に手をついてるのかさえ判断がつかなかった。
「…………なんですか。その姿勢は」
少女の目線の先には平伏、土下座のような体制で許しを乞う男の姿があった。
「■■■■■ッ!■■■ッ!」
まるで蛙の鳴き声か、獣の声か。
男が必死に
何処か田舎に左遷されてもいい、それこそ不敬で手や耳などを切られても構わない。そんな感じが見てとれた
もう主達には関わらない、ちょっかいも出さない、許してほしい。それほどまでに必死に乞うた。
「……そんなに嫌ですか?」
少女がため息をしながらも言う
「っ!っ!」
男は大袈裟に、されど必死に首を縦に振る。火傷で喉の外側も血がにじみ出ているがお構い無く
「そんなに嫌なんですか……せっかくご主人様と同じ茶葉で淹れたのに」
へぅ……と意気消沈する少女
あぁ、許されるのか……
許していただけるのか……!
「ダメです♥️」
それは
「貴方は、ご主人様を困らせます。……私の大切な人を」
「あの人は自分は未熟者だからと言って気にしていませんが、私が……
「最近、新しい人材を取り入れようかと皆と模索していた所なんです」
「本当に……ちょうどいい機会です」
ーーーー次の瞬間屈強な兵士が厨房に入ってきた
「あとは宜しくお願いしますね」
そう言って少女は湯を沸かし始めた
兵士が男の腕を捕まえ連れて行こうとする。
男は暴れた。顔から涙や鼻水、血を撒きながら許しを乞うた。
厨房の扉が閉められる瞬間、男が最後に見たのは……
満面の笑みを浮かべた、口が三日月を描く魔王であった
「お待たせしました、ご主人様。え?遅かったね……ですか?」
「その、茶葉が見つからなくて。倉庫まで取りに行っていたんです」
「ご主人様に美味しいお茶を淹れてあげたくて、遅くなっちゃいました」
「月殿が淹れてくれたお茶ならなんでも旨い、ですか?……もぅ!ご主人様ったら!」
「さぁ、あともう少し頑張りましょうね!」
ーーーーーー数日後の話だが
街外れの路地裏で遺体が見つかったが、ただの追い剥ぎか何かを受けた者として巡回兵は処理をし
これ以降、男が宮中に出ることは無かった。
少女は「彼」に永劫奉仕するだろう
出会ってすぐに自分を1人の主と認めてくれた「彼」を
それゆえ献身的に尽くすだろう
「彼」の想いに報いるために
「彼」の喜び、怒り、哀しみ、楽しみ
それら全てが少女の欲するもの
もしも「彼」が少女を欲すれば
少女は悦んで受け入れるだろう
だから「彼」に仇なす者いたのなら
ーーーー少女は魔王となるだろう