不死殺し   作:ユルト

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襲撃の夜(クライマックスフェイズ)、物語の一区切り

 二人の冒険者と多数のゴブリン。普通に考えれば、村を守る冒険者が不利だ。

 

 更に冒険者はゴブリンと聞くと雑魚だからと侮る。だが、この場にゴブリンを侮る者はいない。

 

 この三日間は監視しているだろうゴブリンの目を掻い潜り、村周辺に柵を立て罠を仕掛けた。四方から囲まれるように来られては村の人間を守り切れない。

 

 その為、ゴブリン共の来る方向を制限する。わざと柵の一部を壊れやすくし、入って来るように誘導した。

 

 奴らは自分達が罠を仕掛けることはあるのに、罠を仕掛けられるとは考えもしない。

 

 さあ、準備は整った。後は獲物が掛かるのを待つだけだ。

 

 夜の暗さに慣れた目が遠方から来るゴブリンの群れを捕捉する。数は約40、一番後ろにはゴブリン・シャーマンらしき姿も見える。

 

 ゴブリン達は村へ着くと群れを半分に分けて、もう半分は裏手へ回った。

 

 「来たみたいだ」

 

 「ああ、反対側からもだ」

 

 「…あちらは任せた」

 

 「任された。貴公、死ぬなよ?」

 

 「……善処する」

 

 新人は松明に火を着けるとゴブリンの元へ走り出し、柵を壊して村へ入り込むゴブリンへ斬りかかる。柵は上手く機能しているようで早々には突破されないだろう。

 

 「私も行くか…」

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 彼に村の反対方向を任せ、村へ侵入するゴブリンに集中する。柵によって侵入する道は狭く、一気に村へ侵入する事を防いでいる。

 

 「一」

 

 先頭を歩いているゴブリンの頭へ棍棒を振り下ろす。グシャッという音と共に脳漿が弾け飛ぶ。

 

 二体目が自分へ剣を振り下ろす。それを盾で受け止め、剣が革盾に食い込んでいる隙にゴブリンの死体から剣を奪い取り斬りつける。

 

 「二」

 

 ゴブリン共の後ろで弓を引くゴブリン共を発見した。放置するのは厄介だ。彼から貰った『黒い火炎壺』を投擲。

 

 綺麗な軌道を描いたそれは弓ゴブリン達の中心に落ち、砕け散った壺からは大量の油が飛び出した。

 

 その油に火が着くとたちまち燃え広がり、周囲のゴブリンもまとめて燃える。

 

 この雨の中でも炎の勢いが衰えない。そんな炎で焼かれるのは生き地獄だろう。

 

 「七」

 

 ゴブリンは仲間が減ったから不利とは考えていない。むしろ、自身の分け前が目の前の只人のおかけで増えたとすら考えているだろう。

 

 所詮は自分の事しか脳にない畜生だ。奴等には慈悲など必要はない。

 

 例え、善良なゴブリンが居たとしてもこの場にいるのは一体残らず『醜悪な化け物』なのだから。

 

 「十一…」

 

 流石のゴブリンも自分達が不利だと気づき始めたのか、数体は逃げ始める。

 

 「無駄だ」

 

 逃げるゴブリンは足元の何かに引っ掛かり躓く。それはスリッパのように編み込まれた草だった。

 

 これは入るときには引っ掛からないが、村から出ようとして『逃げると引っ掛かる罠』。

 

 「ゴブリンは皆殺しだ」

 

 最初から逃がすつもりはない。一体残らず殺し尽くす。この村に設置された罠は迎撃するためだけでなく、村に来たゴブリンを『逃がさない』ためでもある。

 

 連携の取れないゴブリンを一体ずつ処理していく、気付けば残り一体となっていた。

 

 「二十一…これで最後か」

 

 怪我はないが、ここ数日気を張っていたからか疲労が酷い。少しふらつくが体勢を立て直して歩く。

 

 もう、彼の方も終わっているだろう。

 

 

 

 

 

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 ゴブリン・シャーマンが率いる群れ20匹が、村を襲っている群れとは別に行動している。

 

 物見のゴブリンからの報告では、冒険者らしき人間は『ひとり』。別々の方向から攻めいれば、冒険者は一方に気をとられて背後をとれるだろう。

 

 ゴブリン・シャーマンはそう考えていた。所詮は人間一人が守る村、今回も女と食料を大量に奪えると既に勝った気でいるようだ。

 

 僕のゴブリン達へ命令を出すとゴブリンたちは我先にと村へ駆け出す。

 

 反対側の柵とは違い、『ギリギリ乗り越えられそうな柵』を越えようと数体のゴブリンが登る。すると…

 

 『ガァ!』

 

 そのゴブリンの頭部へ矢が刺さる。何故?柵の先には何もない。

 

 『人間の姿が見えない』のに矢が飛んでくる。どうして?どうして?と考えている内に次々とゴブリンの頭部へ矢が突き刺さる。

 

 後続のゴブリンは死んだゴブリンを盾にしながら、乗り越えようとする。しかし、不可視の襲撃者は角度を変えてゴブリンたちを射ぬいていく。

 

 そんなゴブリンたちの様子に痺れを切らしたゴブリン・シャーマンが魔法で柵を破壊する。

 

 残りのゴブリンたちはその破壊された場所から続々と侵入。

 

 矢が何匹かに刺さるが死んだ奴を盾にして、結果シャーマンを含めた9匹が村へ侵入した。

 

 やった!やってやったぞ!と喜ぶゴブリンたち。しかし、彼らが最期に見たのは仲間の首元で輝く金色だった。

 

 

 

 

 

 ゴブリン・シャーマンは恐怖した。やっとの思いで柵を突破したと思ったら、暗闇の中で何かが金色に光ると共にゴブリンたちが首から血を噴き出して死んでいく。

 

 何が起きているのか理解できない。どのような方法で殺されているのかもわからない。

 

 恐怖したゴブリン・シャーマンは逃げ出す。今ならまだ逃げることができるかもしれない。

 

 他のゴブリンを置き去りにして逃げ出したが、暗闇からあるものが飛んでくる。

 

 『グァ!』

 

 ナイフだ、ナイフが肩へ突き刺さる。だが、最弱の魔物ゴブリンといえどその上位種のシャーマン。

 

 その程度の攻撃では致命傷にはならない。シャーマンは気にせず走り出そうとする。

 

 だが、足に力が入らず倒れ伏す。前へ進もうとするが上手く力が入らない。

 

 シャーマンの肩に刺さっているのは『毒投げナイフ』だ。毒で力が入らず地面で無様にもがいていると、残りのゴブリンの断末魔が聞こえた。

 

 襲撃者の位置はわからないが残りのゴブリンの断末魔が近づいてくることから、確かに自分にも死が迫っているのだと感じた。

 

 その恐怖の存在から逃げようと必死に地面を這いずる。生き残れれば次がある。今までもそうだった、次こそは上手くやる。

 

 そんなシャーマンの前に絶望が立ち塞がった。半透明の全身鎧の人間だ。

 

 『お前のような化け物に次はない』

 

 シャーマンが最期に目にしたのは黄金の残像が己に振り下ろされる光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「これで終わりか」

 

 ゴブリン・シャーマンの死亡と周囲の安全を確認してから指輪を付け替える。

 

 先程まで付けていたのは『静かに眠る竜印の指輪』と『霧の指輪』。

 

 『霧の指輪』に関しては、ここ数日は村の中でも屋外では付けていた。

 

 かなり近くまで近づかないと存在に気づきも出来なくするこの指輪は、暗殺や偵察に向いている。ゴブリン共は私がこの村に居ることも知らなかっただろう。

 

 その指輪と併用してよく使うのが『静かに眠る竜印の指輪』。指輪をつけているものの出す音を消すという効果を持つ。

 

 武器は『黄金の残光』。高い出血効果と振り回しやすい武器であることからロードランでも猛威を振るっていた。

 

 ゴブリン程度ならば一度でも斬りつければ、そこから止めどなく血が溢れだして死に至る。

 

 「しかし、ゴブリン・シャーマンか…」

 

 足元で転げている死体を見る。最弱にして低俗な生物。しかし、そんな魔物ですら魔法を使える。才がないと言われた私としては複雑な気持ちだった。

 

 「余裕ができたら、魔術について学んでみるか?…」

 

 神に祈る必要(信仰)のある奇跡は学ぶつもりはないが、数年かければ『ソウルの矢』くらいは撃てるようになるかもしれない。

 

 「手札は多いに越したことはないからな」

 

 魔術を学んでみようという決心をしていると、前方から新人が歩いてくる。怪我をして血を流している様子はない。無事だったのだろう。

 

 「大丈夫だったか?」

 

 「問題ない」

 

 「そうか、これから寺院へ依頼達成の報告をしに行く。一緒に来るか?それとも先に帰るか?」

 

 「帰る?」

 

 新人は帰るという言葉に反応し、少しばかり思案するとこちらを向き直す。

 

 「ああ…帰る。待ってる…人がいる」

 

 「そうか。なら帰って安心させてやれ。私はもう少しここに滞在する」

 

 「わかった」

 

 新人は少しふらつく足取りで帰っていく。雨なのだから止んでから行けばいいと思うが『待っている人』というのが大切なんだろう。

 

 「『大切な人』か……ん?」

 

 足元に短剣が落ちている。それは鷲の頭を模した柄頭の短刀だった。

 

 ゴブリンが使っていたのだろうか?気になった私はそれをソウルへ仕舞い込み、報告をするため寺院へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

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 ドンドンドン、ドンドンドンと寺院の扉を叩く音で目が覚めた。

 

 「ん、ん?」

 

 その音に一人の少女が目覚める。他の子供達は眠っているか、ゴブリンが来たという恐怖で毛布を深く被っている。

 

 院長は音に気付いていないのか眠っている。少女は扉の前へ行き、尋ねた。

 

 「誰ですか?」

 

 「私だ、ゴブリン共はいなくなった」

 

 その声は数日前から滞在している騎士様の声だった。時間のある昼間などには英雄譚を聞かせてくれる彼の声はよく覚えている。

 

 「いま、開ける!」

 

 内側の施錠を外し、中へ入れる。騎士様は外の雨で濡れていた。

 

 「お疲れさま。もう一人の冒険者さんは?」

 

 タオルを渡すと騎士様は兜を脱ぎタオルで拭く。その顔は明かりのない夜でははっきりとは見えなかった。

 

 「すまないな、これ以上濡れていては風邪を引いてしまう。彼は先に帰ってしまった。どうやら待ち人がいるらしい」

 

 「そっか…それならしかたないね」

 

 本当はもう一人の冒険者さんともお話したかった。彼は滞在している間はずっと忙しそうにしていたから、それほど話す機会はなかった。

 

 「騎士様はどうするの?」

 

 「あと一日くらいはここにいるよ」

 

 「お話もしてくれる?」

 

 「ああ、そういえばどこまで話した?」

 

 「えっとね…『竜狩りの騎士と処刑人』の二人を倒したところ!」

 

 「そうか…じゃあ明日はその続きから話そう。だが今はまだ夜だ。もう眠りなさい」

 

 「はーい」

 

 少女は、明日聞かされる話はどんな冒険譚なんだろうと楽しみにしながら眠りについた。

 

 この出会いは偶然かもしれない。だが、この出会いは彼女に影響を与えた。

 

 彼女の中の英雄『名も無き不死人』の冒険は後に『勇者』と呼ばれる彼女の胸のなかにしっかりと刻み込まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

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▼ある侍祭の奇跡

 

 「ごめんなさい、薬草を持ってきてくれる?」

 

 「はっ!はい!」

 

 先輩にお願いされて薬草を取りに行くのははまだ10歳にも満たない少女だった。

 

 今日、鉱山の岩喰怪虫を討伐した冒険者達が帰り、その多くが負傷していたためにこの教会へ運び込まれた。

 

 その冒険者たちを治療するのに教会は大忙しだった。

 

 「薬草もってきました!」

 

 「ありがとう、ここは大丈夫だから他を手伝って」

 

 「わかりました!」

 

 他の場所へ移動していると不意に声をかけられる。

 

 「オーイ!嬢ちゃん!」

 

 「えっ!あっ!わ、私ですか?」

 

 声を掛けてきたのは槍を持った冒険者。革鎧の冒険者に肩を貸すようにして立っている。

 

 「ああ、こいつを寝転がす所を教えてくれ」

 

 「はい!こちらです!」

 

 礼拝堂の椅子へ先導していく。槍を持った冒険者はその椅子へ革鎧の冒険者を寝かした。

 

 「この方も鉱山で?」

 

 「いんや?ゴブリンだろ。怪我とかじゃなくて過労だろうな。特に怪我をしてる様子もないし、毒を食らってるわけでもなかった。最近、働きすぎなんだよコイツは」

 

 槍を持った冒険者は呆れ顔でそう言うと少女に後は任せたと教会を出ていった。

 

 先輩に革鎧の冒険者をどうすればいいのかと訊くと

 

 「うーん、重傷でもないなら後回しだね。ごめんだけど、この包帯を洗ってきてくれる」

 

 「わかりました…」

 

 その後、任された包帯洗いをしているがどうにもあの冒険者の事が頭から離れない。

 

 「何かしてあげられないでしょうか?」

 

 そんな彼女の脳内にある言葉が思い浮かぶ。

 

 『守り、癒し、救え』

 

 地母神の教え、その根幹だった。すると、少女は自然にある文言を唱える。

 

 「──いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、 御手 をお触れください。」

 

 それは奇跡を為す言葉。少女は今日初めて奇跡を起こした。

 

 「っ!?っは!…い、今のは…」

 

 包帯を洗っていた洗濯桶へ汗が滴り落ちる。奇跡を行使する初めての感覚に驚いたのだろう。

 

 少女は桶へ手を突く、石鹸と水に血の混じった匂いがツンと鼻に刺さる。

 

 少女の奇跡は確かに彼に届いた。直接喋ったわけではないがこれがゴブリンスレイヤーと後に女神官と呼ばれる少女の初めての出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

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▼彼の名は…

 

 村からギルドへ戻ると見慣れた人物たちがギルドの一角を占領してる。

 

 女戦士、女神官、女魔術師、闇人に狼人の五人だった。こちらに気が付くと手を振ってこちらだと誘導する。

 

 「お疲れー!」

 

 「騎士殿、報告ご苦労である」

 

 「いいや、二人もデーモンの件は世話になった」

 

 「聞いたよ、帰りにゴブリン退治してきたんだって?」

 

 「それも今、噂のゴブリンスレイヤーと」

 

 「ゴブリンスレイヤー?」

 

 誰だそれはと聞き返すと

 

 「ほら、貴方が初日に武具屋で助言してた彼よ」

 

 「彼、白磁から黒曜になるみたい」

 

 「その時についた彼の呼び名が小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)だよ」

 

 「ゴブリン退治の依頼しか受けてないからね」

 

 「成る程な、確かに彼だと分かりやすい名だ」

 

 「貴方もだよ!」

 

 「何がだ?」

 

 「昇級ですぞ、今回の報告で貴殿の実力が確かなものだと証明されましたからな」

 

 「取り敢えずは白磁から黒曜ね。ほら、受付に行ってきなよ」

 

 「わかった、少し待っていてくれ」

 

 私は新たな等級のプレートを受け取りに行く。彼らは私が去った後も話に華を咲かせていた。

 

 「彼、気づいてるのかな?」

 

 「気づいてないでしょ」

 

 「割りと鈍感なところありますからね」

 

 「ゴブリンスレイヤーよりも先に有名になってたのにね♪」

 

 「然かり、ですがそう呼ばれるのも納得ですな」

 

 後に聞いた話だが私にも呼び名が付いていたそうだ。

 

 『悪魔を殺す者(デーモンスレイヤー)

 

 この呼び名のせいで厄介な依頼が次々と舞い込むことになるのだが、それはまた別の話。




『ある野伏の短刀』

ある村で家族と共に暮らしていた野伏の男の短刀。
彼の死後も大切に保管されていたこの短刀は、
ある事件を期に彼の子供たちの持ち物でなくなった。

対となる翼の模様のある鞘は遠く、辛い思い出の中…









イヤー・ワン編、一応完結!
次からは本編を進めます。
ただ、時々過去編を挟むかもしれません。
ゆっくりと更新を頑張るので応援よろしくお願いします。

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