不死殺し 作:ユルト
「あれは巣穴というよりも何かしらの遺跡が利用されたみたいだな」
私は遠眼鏡で目的地を見ている。入り口は地面に半ば埋もれて、白石造りであることから人工の物だと分かる。
「見える奴以外にゴブリンはいる?」
「いや、ゴブリン2体、狼一匹だ」
「了解…」
伏兵がいないことを確認すると妖精弓手は弓を構えて矢を番えた。ギリリと弦が音を立てて引き絞られた。
「本当に手伝わなくて大丈夫なのか?」
「ええ、
風が吹いているため、鉄を使わない彼女の矢は距離が離れると厳しそうだ。
矢を放つとそれは大きく右へ逸れる。その軌道を見た
大きく逸れた矢はまるで誘導されるように向きを変え、右端のゴブリンの頸椎を破壊し、そのまま突き抜けその先のゴブリンの眼窩を貫く。
何が起こったか理解できない狼が吠えようとするが大きく口を開いた瞬間、間髪入れず喉奥を矢が射ぬく。
「素晴らしいな、魔法の類いにしかみえない」
「すごいです!」
「ふっふーん!でしょ!充分に熟達した技術は魔法と見分けがつかないものよ」
「それをわしの前でいうかね…」
「な、何するの?」
「ゴブリンは臭いに敏感だ、特に『
「ね、ねぇ、オルクボルグ…まさかと思うけどそれを私に…」
「そうだ」
間髪入れない返答と手に持った血に塗れた手拭いが答えだった。
「い、嫌よ!貴女も何か…」
「直ぐ慣れますよ…」
女神官にも問いかけるが彼女は死んだ目をしながら、これから起こることを観念している様子だ。
「い、嫌ァァ!!」
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入り口から入るとそこは見事な造りの通路が続く壁には年代を思い浮かべさせる絵が描かれている。
「ふむ、見たところ…かなり前の時代の神殿か何かですかな?」
「ここは神代の頃に大きな戦争があったそうなので、ここはその時の砦かもしれませんね」
「兵は去り、代わりに小鬼共が棲まう。残酷なものだ」
「残酷と言えば…大丈夫かの、耳長娘」
「うぇぇ……気持ち悪いよぉ……うぅ…」
皆の目が先頭で罠を警戒しながらも、泣き言を言う妖精弓手に向く。
「うちの
「私も最初は慣れませんでしたから…」
「こんなのに慣れたくない!」
「慣れろ」
妖精弓手は不満を言いながらも罠を見逃すまいとしっかりと警戒している。
「皆、待って」
「ん?…鳴子か」
「ええ、新しいものだから気付いたけど」
彼女の指差す床は確かに僅かに浮き上がっている。
「懐かしいタイプの罠だ。私の所では矢が飛んでくるのと棘が出るのが主流だった」
「いやな罠ね…殺す気満々」
私たちの会話を余所に
「妙だな…トーテムは見なかった」
「トーテム?」
「トーテムはないのに罠はある。これは面倒そうだ」
「ねぇねぇ、二人で会話せずに説明して!」
「えっと…ですね?罠があるということは、ゴブリンの上位種がいるはずなんです。でも、ここまでゴブリン・シャーマンの置くトーテムを見ませんでした。それが妙なんです」
「なるほど、上位種以外に知恵の足らんゴブリンに知恵を与えた存在がいるかもしれんと」
「俺の知らない上位種の可能性もある。注意して進むぞ」
更に歩くとそれまで一本道だったのが左右に別れた道に辿り着いた。
「どちらに行くのが正解か」
「ごめんなさい、石の床では私には分からないわ」
「どれどれ…」
「なるほど、床の磨り減り具合を見ているのか」
「ゴブリンが野うさぎのように
「先に右に行くぞ」
「聞いておったか?」
「ああ、だが先に行かねば手遅れになる」
「今は
通路を右に曲がる。歩いていると徐々に悪臭がキツくなり、扉の前まで来ると鼻を塞がずにはいられない程になる。
「なんなのよ、此処…」
「奴等の汚物溜めだろう」
「おぶっ!」
「意識して鼻で呼吸しろ、直に慣れる!」
部屋のなかは薄暗く
松明で照らしてみるとそれは右半身がぐちゃぐちゃにされながらも生き延びている
「うっ!うぇ…おぇぇ……えぇぇ……ッ」
妖精弓手は同胞が悪意で弄ばれたその姿に胃の内容物を吐き出してしまう。
私は彼女の背を擦る。冒険者として活動していたとしても同胞のあのような姿は純粋な彼女には厳しいだろう。
「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい…でも、こんなのって…あんまりよ…」
「
「ああ…」
「グギャ!」
小さい悲鳴が上がるとゴブリンが這い出てくるが、間髪入れずに頭部への投擲で絶命した。
「取り敢えず、そこの
「わかりました!
「彼女を送り届ける役目は拙僧が…」
その後は蜥蜴僧侶の
「これで口を濯ぐといい」
「…ありがとう…ごめんなさい…迷惑かけるわね」
妖精弓手も先程の光景にかなり参っているようだ。弱気な発言が目立つ。
「これはお前に渡しておく」
「それは地図か」
「さっきの
「信じておらんかったのか?」
「いや、信憑性が増して確実となっただけだ」
「その地図…、私が持っておくわ…」
「そうか、無理はするな。駄目そうなら帰れ」
あんまりな言い方に妖精弓手の
そんな
「「
「ああ……無理する必要はない。罠の警戒は俺や
「ふふふ……オルクボルグって勘違いされやすい質?」
「……らしい、言葉が少ない、足らないとはよく言われる」
先程の発言も
「ありがとう、大丈夫よ。ここで引いたら
「そうか…進むぞ」
「ええ」
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「この先が回廊ね」
妖精弓手の言葉で
「全員、呪文はいくつ残っている」
「えっと、私は先程
「拙僧は
「あと四回は確実じゃの」
「
「今回は搦め手ばかりでな、決定打になるようなものはないぞ」
「そうか…」
「
妖精弓手は意外そうに私に問いかける。そういえば、彼女達の前では使っている様子は見せてなかった。
「私の魔術や呪術は女神官たちとは異なるものだ。私が使えるのは搦め手が大半故に火力には期待するなよ」
「呪術というのは…なんじゃ?」
「……私の故郷に伝わる炎を操る術だ、魔術の才がないものでも学ぶことはできる」
「ほぉ、それはまた凄まじい術ですな」
「『炎を畏れろ。その畏れを忘れた者は、炎に飲まれ、全てを失う』」
「なんですか、それ?」
自然と口から出たそれに女神官が反応した。
「私が術を学んだ師の教えだ。呪術は力だ、力を制御出来ず溺れる輩はその身を焼かれるだろう」
「簡単には学べるものではないということじゃな」
実際、身を焼かれる程度ならばマシだろう。イザリスの末路を見るに、呪術師の行き着く先は……
「
「ええ」
回廊は地図の通り吹き抜けとなっている。音を立てずに下の階を覗いてみると、そこには50を越えるゴブリンがいた。
遺跡の最奥だというのもあるのだろうが、大半のゴブリンは危機感なく眠りについている。残りもウトウトしているような状態だ。
「かなりの数がいるみたいだけど…」
「問題ないだろう。
「前に使ったのだな。ただ今のままだと騒ぎ立てられるぞ」
「
「はい」
「おう、使えるぞ」
「なら、作戦はこうだ」
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『呑めや歌えや
酒壺を片手に
『いと慈悲深き地母神よ、我らに遍く受け入れられる、静謐をお与えください』
それは女神官の唱えた
その様子を確認すると私は『呪術の火』を取り出す。私がここで唱えるのは…
『猛毒の霧』
上階から『猛毒の霧』が降りていき、広い範囲で降り注ぐ。ゴブリン達は眠りながら猛毒に侵され、そのまま永遠の眠りに就くのだった。
「ねぇ…あれ…私たちが降りても大丈夫なの?」
「問題ない、あと数秒で霧が晴れ毒の感染力もなくなる」
「それならいいけど…」
「それにしてもかみきり丸、よくこんな作戦を思い付くものだ」
「俺は大したことが出来ん。それ故に
「もう下に降りても問題ないだろう」
「これで終わりとは思えん。気を引き締めろ」
回廊を降りていく。壁には神代の戦争や神々の争いが壁画として残されている。
こんな状況でなければ、一つ一つじっくりと眺めてみたいものだった。
最下層に降りると更に奥へ続く道があるのがわかる。この先に今回の騒動の親玉がいるのだろう。
「さてさて、どのような者が現れるか…」
「一体、どんな奴だろうと私たちでッ!」
突如、大きな音と共に地面が揺れる。それは徐々に大きくなり、原因となるものが近づいてくるのが分かる。
「ゴブリンどもがやけに静かだと思えば…やはり雑兵では役に立たんか」
姿を現したのは蜥蜴僧侶よりも一回り姿が大きく、頭には二本の角が生えている
片手で振るう巨大な戦鎚は強固な楯を持つ冒険者を楯ごと叩き潰し、扱う魔法は数多の術を修めた魔術師を上回る火力にて焼き殺すという。
「オー…ガ…」
その姿を見た妖精弓手、
「なんだ、ゴブリンではないのか」
「ちょっ、オルクボルグ!
「知識としては知っている。だが、興味がない」
「貴様ァ!!」
「この我を。魔神将より軍を預かるこの我を侮っているのかぁ!!」
戦鎚の振るわれた白石の床が粉々に砕け散る。その光景を見れば
「貴様や魔神将も興味がない」
「ならば、その身を以て我が威力を知るがよい!『
「『
「あれって!」
「
赤々と燃える炎は大きく成長し、その色はやがて橙、次いで白く、最後には蒼く…
「皆さん!私の後ろへ!」
女神官が
「『いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください』、
「__________
燃え猛る火玉は不可視の壁によって宙空で阻まれるが、その勢いが落ちる様子はなく我々を焼き尽くしにかかる。
「貧弱な
「くぅ…!このままじゃあ…」
女神官の様子からあまり状況は芳しくないようだ。だが、それで『十分』だ。
「よくやった」
「え?…」
「ちょっ!?」
私は
『だが、それは先程までと同じ装備ならという話だ』
ジリジリと身を焦がす様な暑さというが実際に身が焦がされているのだろう。それでも私の体は
体力が予想以上に削れたが死ぬことはなかったので問題はない。『エスト瓶』をグイッと呷ると私の体は元に戻る。
「
「ああ、そうだ」
「アンタ、いつの間に着替えたのよ!」
皆が困惑するのも無理はない。今の私は先程までの全身鎧ではなく、その身は黒き鎧で包まれている。
かつて、グウィン王が火継ぎを行う際に彼に付き従った騎士達。その騎士達は再び熾った火に焼かれ、銀色であった鎧は黒く焼け焦げたとも言われている。
その為か『黒騎士装備』は高い耐火性を保有している。呪術や火炎を使う者が多い場合は重宝した。
「小癪なァ!貴様ら、楽に死ねるとは思うなよ!」
「やれるものなら、やってみなさいよ!」
「竜牙兵を出せ、手が足りん」
「承知、『禽竜の祖たる角にして爪よ、四足、二足、地に立ち駆けよ』、
蜥蜴僧侶が合掌し、牙をばら撒く。すると牙が沸騰し、骨の兵士が現れる。
「『伶盗龍の鈎たる翼よ。斬り裂き、空飛び、狩りを為せ』」
続けざまに
「
「なんじゃ?」
「なんだ」
戦っていると
「__________________。こういう作戦で行く、可能か?」
「俺は大丈夫だ」
「ワシもだ」
「では、行くぞ!」
「ちょっと、
「黙っとれ、耳長娘!『仕事だ仕事、土精ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる』、『
砂粒ではなく粘土を使用した
「この程度!」
「今だ」
「おうよ!『土精、水精、素敵な褥をこさえてくんろ』」
「何ィ!これは!?」
本来ならもっと水分を含んだ土がなければまともに効果を発揮しないが
そこへ私が『呪術』を発動する。呪術は
「ちょっと!それってさっきの毒!?」
「ふん!ゴブリンどもに効いたからと……我に毒など効かんわァ!?」
片足を沼に取られたまま、私へ向かって力任せに戦鎚を振り下ろす
戦鎚が地面を粉々に砕く『はずだった』。しかし、目の前で起こっているのは無惨にも半ば折れた戦鎚。
私が発動したのは…
「残念だったな、先程のは毒ではない。酸だ」
「酸だとォ!?」
呪術『酸の噴出』は対象の『武具や装備』を著しく劣化させる呪術だ。そんな呪術をまともに食らい続けた戦鎚を力任せに叩きつければ折れるのも道理だろう。
「くっくっくっ…先程から随分と虚仮にしてくれたな!お前は
そう言うと火球《ファイア・ボール》の呪文を唱え始める。
「どうする!
「問題ない、手はある」
蜥蜴僧侶がどうにか呪文を止めようと
「ふん!見れば、先程から何も出来ていない
「お前こそどうした?俺たちに命乞いでもするのか?」
売り言葉に買い言葉、そんなやり取りに沸点の低い
「
「ごちゃごちゃ言わずに早くしたらどうだ?」
「ならば望み通り貴様は焼き尽くし、消し炭も残さん!!『
「
「オルクボルグ!!」
だが、当の本人は冷静に雑嚢を漁り、目的の物を取り出す。
「馬鹿め」
___________________________________________
閃光と轟音が収まり、辺りに静寂が戻る。彼らが目を開けるとそこには……
「が、ぼぉ……ッ!?どういうことだぁ?!」
海水に浸かり腰から下が胴体と切り離された
「『
「『
まさかの回答に妖精弓手は呆ける。正気の冒険者ならそのような使い方はしないだろう。
そんな冒険者たちでも手放したがらない
これさえあれば戦闘地帯から安全域まで一瞬であり、
そんな
勿論、それは
「がふぅ……ごぼぉ……」
「命乞いでもするのか?」
そんな
「お前は強いのだろう。だが、ゴブリンの方がよほど手強い」
最期に言おうとしていたのは命乞いか罵りの言葉か。結局、言葉を発することなく
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遺跡の入り口まで戻ってきた私たちを待っていたのは
「お疲れさまでした!中の様子やゴブリンは……」
「今は皆疲れてるのよ……」
次々と無言で馬車に乗る皆をフォローするため私と妖精弓手が説明する。
「後にギルドへ正式な報告書を提出するが、ゴブリンどもは全滅した。今回の騒動は
「オ、
「既に討伐した。今回の依頼料は後に改めさせてもらう」
「お、お疲れさまでした。それでは我々は遺跡の探索に移ります。街までごゆっくり……」
馬車はガタガタと揺れながら走り、中では各々楽な姿勢をして休んでいる。
「ねぇ、貴女たちっていつもこうなの?」
「ええ、
「彼は?」
「
私は寝ているフリで彼女たちの会話に耳を傾ける。
「見てらんないわ。……なんかモヤモヤするの」
彼女は冒険とは楽しいものだと語る。そう言う意味では私や
「だから、私が『冒険』させてやるわ」
次第に彼女らも疲れから来る眠気には耐えられず、馬車の中で起きているのは私だけになる。
こうして、私たち六人の初めての
オーなんとかさん討伐、最初は牛頭でもいいかなと思ったけど
それだとおーなんとかさん出番なくて可哀想なので…
次回は間章、ドラマCDを聞いてて思いついたネタがあったので
それを実際に卓で回してみようを思います
事故らない限りは大丈夫、大丈夫
私にはダイスの女神様が付いているからね