不死殺し 作:ユルト
走る、走る、走る。
三人は走っていた。先に行っているであろう、四人一党へ追いつくために。
「上級騎士さん!広場の先にデーモンがいるというのは本当なんですね!?」
「俺の予想が正しければ。あそこには不死院のデーモンと呼ばれる、化け物がいる」
「デーモンって…私たちみたいな駆け出し冒険者じゃ、下級を相手するのも精一杯よ!」
「そうなのか、いや私もデーモンの相手は得意ではないが」
「…過去に相手をしたことが?何か対策はありますか?」
「ああ、あるにはある。デーモンに対して有効なのは黒騎士の武器だな」
「黒騎士の武器?」
「デーモンと対峙していた黒騎士と呼ばれる者たちがデーモンを狩るために使っていた武器の事だ。私も一応所持している」
「……私たちにお手伝い出来ることはありますか?」
女神官が真剣な声色で問いかけてくる。
「不死院のデーモンが私の予想通りのタイプなら。主な攻撃は手に持っている大槌などの近接攻撃だ。奴の攻撃を知らない奴が下手に近づけば、大槌でぺしゃんこだ」
「その話聞いて、前衛の私が何もできなくなったんだけど…」
女戦士に顔を引き攣らせる。馬鹿でもない限り、初めて相手する格上に突っ込む奴はいない。
少なくとも、『この一度死んでしまえば命が失われる世界』では。
もっとも不死人であれば、別の話だが。
「後で投擲武器を渡す。外すのはいいが、
「ちょっ!そこまで、下手くそじゃないわよ!」
「神官」
「はい、何でしょう」
「君は何ができる?」
「
「…すまない、奇跡にそこまで明るくなくてな。どのような奇跡か教えてくれ」
一日五回…少ないなと私は思った。私の知っている奇跡にも回数制限はあったが、それ以上の扱いの難しさだ。
「説明しますね、
「魔術師たちには効果的だな。呪文を唱えさせなければいいのだから」
「
「なるほど、使い道はいろいろとありそうだ」
「最後に
「それは他者にも行使できるのか?」
「はい、私は後衛ですので前衛の方の回復役です」
「なるほど、作戦はだいたい決まった。広場で作戦を確認しよう」
「わかったわ」 「はい」
その後も走り続けると広場に到着した。だが、そこは不死人ですら見たことのない光景だった。
「こんな場所に亡者の群れだと?…それにあの亡者共、扉を塞いでいるのか?」
「ここに来るまでにもちょくちょく見かけた奴よね?あれって
「まあ、似たようなものだ。そこまでの相手ではないが、この数で囲まれて叩かれるのは勘弁だろ?」
「ええ、そりゃ好き好んでボコボコにされに行くようなマゾじゃないわ」
「…こんな場所で時間を掛けてはいられないな。少しここで待っていてくれ」
「策はあるんですか?」
「ああ、集団を相手するための私なりの常套手段だ」
そういうと不死人は懐から『誘い頭蓋』を取り出す
「えぇっと…人の頭蓋骨ですか?」
「亡者どもはソウル…つまり魂あるものを襲う習性がある。これはソウルの匂いが染みついたもので投げて砕け散れば、そこへ亡者どもが集まる」
「悪趣味な見た目の割には優秀な道具ね」
「万能でないからよく存在を忘れる道具だがな」
「で、集めた後はどうするの?無視して突っ切る?」
「いや、これの効果はそれほど長く持たない。所詮は一時的な囮だ」
「では、あれほどの数をどうやって…」
「呪術を使う」
「呪術…ですか?」
女神官は目を丸くしてコテンと首を傾げた。恐らく、呪術を知らないのだろう。
「私には魔法の才能は無かったが、これは才能の有無とは無縁だからな」
「結局、そのじゅ、呪術?で何をするのよ?」
「ここで見ていればいい。巻き添えは食らいたくないだろう?」
私は亡者共が反応しないギリギリまで近づき、『誘い頭蓋』を奴らの中心へ投げ込む。
亡者共を誘導できるのは大体5秒。だが、それだけの時間でも十分だ。
頭蓋が囮となっている内に亡者の近くへ走る。出来るだけ『巻き込める』ようにと。
右手の呪術の火が燃え始める。発動するのは…
『混沌の嵐』
不死人を中心に周囲にいくつもの火柱が上がる。亡者たちはその炎に焼かれ、瞬く間に燃え尽きた。
だが、中には運良く炎に呑み込まれなかった亡者もいる。前から、よくあることだ。
素早く回避行動を取ろうとする闇霊などには効果的なのだがと、考えつつも次の行動へ移る。
残る亡者は三人。この程度ならば、対応できる。だが、人数不利なのは変わらない。油断しない事だ。
誘い頭蓋の効果が切れたのか自身目掛けて生き残りの亡者が走り出す。
『なぎ払う炎』
炎の鞭が亡者共を包み込む。実は炎を制御するという点においては、かなりの難度の高いこの呪術。
正直にいうと扱いが難しく、使い所がない。だが、こう真正面から近づいてくる相手には有効だ。
「これで終わりだ、もう大丈夫だ」
「さ、さっきのが呪術ですか…すごいですね!」
「呪術なんていうからさ、呪い殺すのかと思ってたら予想以上の迫力だったよ…」
「まあ、呪術は基本的に炎を操るための業だ。中には猛毒の霧や酸の霧を発生させるものもあるが」
「へぇ…使い勝手は良さそうね」
「……扱いにさえ気を付ければ、魔法の才能がない奴でも使えるからな」
そう『扱い方を気を付けていなければ』、私の事を『馬鹿弟子』と呼んでいた混沌の娘の家族達のように異形と化していくのだろう。
だが、後悔などしていない。これは私があの世界で生き抜くために必要だったものだ。
数々の困難を乗り越えられた要因の一つだ。この呪術の火は私の半身も同然、手放す気などさらさらない。
「お二人共先を急ぎましょう!」
「ああ」 「ええ!」
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扉を開けるとそこは凄惨な光景が広がっていた。
地面には恐らく盾ごと大槌で潰されたのであろう。『盾持ちの冒険者だった』であろう肉塊が。
壁には叩きつけられたのだろうか、女格闘家が身動き一つせず倒れている。人としての形は保っているが生きてはいないだろう。
残り二人だが私の予想を『裏切り』。まだデーモン相手に戦っていた。
正直、彼ら全員が既に死亡していると思っていたので予想外だ。
だが、状況は芳しくない。男戦士の盾を持つ腕は既に折れているのか、だらりと垂れ下がっている。
女魔術師も息を切らしながらデーモンの攻撃を避けている。
「二人共、私がデーモンの
「わ、わかったわ!私たちが戻るまでに死ぬんじゃないわよ!」
「お二人を安全な所に移動させたら、直ぐに戻ってきます!」
「ああ」
二人の言葉に短く答えると、不死院のデーモンへ向かって走り出す。
両手で握る武器は『黒騎士の剣』。一応、背中には『紋章の盾』を準備しておく。
「さあ、肩慣らしだ」
デーモンに向かって、『黒い火炎壺』を投げる。デーモンは鬱陶しそうに私の方へ視線を向けた。
デーモンは逃げていく四人ではなく、私に標的を絞ったようだ。私目掛けて横薙ぎに攻撃をしてくる。
それを前方へ転がる事で回避し、奴の懐へ潜り込み、起き上がりと同時にデーモンへ一撃を叩き込む。
「フッ!!」
慣れた光景だ。デーモンの攻撃は重く、盾で受け止め続けるようなものではない。
だが、奴の攻撃は大振りで大雑把、そして小回りが利かないのが弱点だ。
一度、張り付いてしまえば、後は背後にいることを常に意識して立ち回る。
その後もデーモンの尻を追いかけながら、隙をみて斬りつけて攻撃していると。
デーモンは急に飛び上がる。いつもの行動だ、こうして張り付いていると私を認識するために一時的に空を飛ぶ。
次の行動も分かっている。私を見つけたら、押しつぶそうとその巨体を自由落下させるのだ。
巨体が地面に衝突した衝撃で少し揺れるが、予測して事前に後方へ回避していれば問題はない。
懐へ潜り込むための隙を距離を取って伺うと、大槌が届く距離ではないのに横薙ぎに振るう。
警戒しておいて正解だったなと即座に『紋章の盾』を構える。
すると、前方から強い衝撃が盾越しに伝わってくる。ちゃんとガードしたというのに
あれは
奴の持つ大槌に警戒して、
だからこそ、私はこの
「これで中距離から様子を伺うのは悪手だと分かったな。ならば…」
「すみません!戻りました!」
「私たちはどうすればいいの?!」
どうやら、二人が戻ったようだ。このままいけば一人でも倒すことは出来そうだが…まあいい。
「あのデーモンは魔法攻撃も使用することを確認した。女神官、あと何度奇跡を行使できる?」
「先程、お二人に
「女戦士、火炎壺はしっかりと持っているな?」
「ええ、ちゃんとあるわ」
「なら、二人には時間稼ぎを頼みたい。数分でいい、その時間を用意出来るというのなら早めにデーモンを始末する方法はある」
「わかりました」 「わかったわ」
「出来るだけ奥の扉付近にアイツを誘導しながら戦ってくれ。近寄る必要はない、中距離は魔法攻撃が飛んでくるから注意しろ。女戦士、お前が遠距離から火炎瓶を投げて
「ええ」 「はい」
「では、頼んだぞ。だが、決して無理はするな。全て、命あっての物種だ」
私は二人に忠告し、目的地に向かい走る。
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私は走り去っていく騎士を一瞬見るが、直ぐに視線をデーモンへ戻す。
「ははは、本当に悪い冗談みたいね。簡単な探索任務の筈がデーモン退治に発展するなんて…」
「少なくとも鋼鉄等級の冒険者の仕事ではありませんよね」
女神官はクスリと笑ってみせる。彼女だって怖いはずなのに、私を不安にさせない為だろうか。
「でも、ここで弱音を吐くだけじゃあ生き残れない!防御は任せたわよ!」
「任されました!」
彼の忠告通り、遠距離から火炎壺を投擲しながらジリジリと後退する。今はこれで大丈夫だけど、彼は反対側の扉へ誘導して欲しいと言っていた。
つまり、あのデーモンを通り過ぎて反対へ向かわなければいけない。女神官の使える奇跡はあと三回。
通り過ぎる時に安全を考えて、
「そろそろ、反対側へ向かいましょうか?」
「そうね、じゃあお願い!」
「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》。
デーモンの横へ不可視の壁が生成された。私たちが通り過ぎようとしたとき、デーモンが大槌を振り下ろそうとしたが壁に阻まれた。
「よし!上手くいった!」
「ですが、これで本当に後ろには逃げ道はありませんね。彼を信じるしかありません」
「最初は疑ってた男の人に命を預ける展開って。それ、どんな英雄譚の一端よ」
今日は激動の一日だ。冒険者になってから、一番の難題にぶち当たっている。
「
女神官が私たちとデーモンの間へ
だが、引き付けるために私たちとデーモンの間の距離は近距離と中距離の間程度しかない。
今、この不可視の壁がなくなったら、私たち二人はあの大槌でひき肉になるだろう。
そう考えてしまうと足がすくみそうになるが、グっと恐怖を抑え込み。火炎壺を投擲し続けた。
すると、デーモンは大槌を両手に持ち地面へ垂直に叩きつける。
その瞬間、今までの魔法攻撃とは比べ物にならない程の音と共に
「きゃっ!?」
「大丈夫!?」
「す、直ぐに
恐らく、先程の魔法攻撃で壁に綻びが出来てしまったのだろう。だったら、あと何度の攻撃に耐えられるのか…
デーモンの方はこれが有効だと感じたのか、同じ魔法攻撃を放とうとする。だが、女神官の方が壁を張りなおし、間一髪生き延びる。
しかし、それも長くは続かない。攻撃が繰り返されれば、神官の
もう、私たちには祈るしか出来ることはない。一刻も早く彼が来てくれるということに賭けるしかない。
「お願い!早く来て!」
私がそう叫ぶと
「すまなかった、少々時間が掛かってしまってな」
その言葉に私たちが声をする方へ眼を向けると、そこにはデーモンの頭へ先程の剣よりも大きな黒い剣を突き刺している彼の姿があった。
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「お願い!早く来て!」
女戦士の叫び声が聞こえる。ここに来るのに時間がかかり過ぎたか、本当ならばもう少し早く着くはずだったが亡者共の数が多かったため梃子摺った。
だが、全ての条件は揃った。あとは…
落下しながらデーモンの頭目掛けて『黒騎士の大剣』を突き立てる。
大剣はデーモンの頭に深々と突き刺さる。
「すまなかった、少々時間が掛かってしまってな」
怯えながら祈る二人を安心させるために声をかける。
「あ、あ、あ…」
恐怖で声がうまく出ないのだろうか?
彼女たちの方向へデーモンが倒れ込まないように、後ろ側へ蹴って倒れさせる。
「大丈夫か?二人共」
「私は腰が抜けちゃいました…えへへ…」
「私もよ…今は立てない」
「そうか、だがここでは気も休まらないだろう」
私は女神官を背負い、女戦士は抱っこして運ぶ。
「あはは…ご迷惑を…」
「これ、恥ずかしいんだけど?」
「文句が言えるのなら上々だ。お前たちの腰が回復し次第、ギルドとやらへ帰還するとしよう」
背中から申し訳なさそうに謝る女神官、腕の中で顔を赤くしながらギァギャと喚く女戦士。
私はそんな二人の様子も見ながら、こんな旅もありなのかもしれないと。
この世界で初めて『微笑んだ』。
ああ、私は
彼女たちの旅路に太陽の導きがあらんことを…
今回の
特に女戦士の叫びと共に不死人がデーモンに
黒曜等級の四人一党の内。二人死んでしまったのは悲しいが、彼らの等級を考えればデーモン相手に二人生き残っただけでも大戦果だ。
まさか、急遽用意した
その後、今回の冒険を一通り話し終えると、今回も面白かったと神々が去っていく。
しかし、最後に残った神がこういう
『さて、次はどんなシナリオでやろうか』
神々の遊戯は終わらない。まだまだ、ダイスは振られ続ける。
だが、それは神の視点でのこと。
工夫、智恵、準備で神々にダイスを振らせないこともできるのだ。
そう、後にゴブリンスレイヤーと呼ばれる少年が現れるまでもう少し。
今日も何処かで世界は回り続ける。
完結です、続きを書くかは皆さんの反応次第。
この短時間で誤字報告、感想等してくださった皆様ありがとうございました。
貴公らに炎の導きがあらんことを…