黄金の魔術師   作:雑種

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これマジ?執筆期間に比べて本編が貧弱過ぎるだろ

過去最長の執筆期間に比べてこの本編ときたら……。
やっぱりモチベの維持って難しいですね。あんな次々とラノベを出すことの出来る鎌池先生は偉大ですよやっぱり。
話は別ですがお気に入り666件突破ありがとうございます!ありがたやありがたや…。


黄金の魔術師(旧約8巻)

 

 ―――最初に、無償の愛を与えた。

 

 

 

 ()われればどの様な願いも聞き届けたし、どの様な事でも叶えてあげた。その為の負担ならば喜んで自分で(こうむ)ったし、何より人間の笑顔や感謝というものは自分にとって心地よかった。望む者に望む物を、それがその時の自分だった。

 そんなことを繰り返していた時、とある拍子にふと気づいてしまった。自身が人間に与えたものが、どの様なものを育むのかを。

 気付いた時にはもう遅かった。望み過ぎた者達はその欲望を肥大させ、より怠惰に、そしてより傲慢になってしまっていた。

 その様子を見た自分は、最早取り返しのつかない程堕落した人間に目も当てられず、其処(そこ)を去った。そして全てを与え過ぎた自身を(いまし)めた。

 

 

 

 ―――次に、有償の愛を与えた。

 

 

 

 求め過ぎぬ様言い聞かせ、願いの代償を望む者に払わせた。自分は堕落した人間では無く活き活きした人間を見ていたいと説き、十分に警告した。ただ例外として、ささやかな知識を伝える事だけには代償を設ける事はしなかった。

 そんな中でも強情な者は居た。我が身を犠牲にしてでも誰かの命を救いたいと願う者も、その内の一人であった。

 気付いた時にはもう遅かった。強情なその女は、言葉巧みに自分を言い包め、自身の存在を他の誰もが認識出来ない様になるという条件で願いを叶えてしまっていた。

 その様子を見た自分は、その女の姿に目も当てられず、一度だけ無償の愛を女に与え、誓いを破った自身を戒めた。

 

 

 

 ―――そして、愛がため自分は巡る。

 

 

 

   1

 

『魔術』と一言に言えば堅苦しい印象を覚えるだろうが、実際にはそうでは無い。勿論短剣と地の五芒星(ごぼうせい)を使用した追儺(ついな)の儀式やら動物の生き血を利用した血の供犠(くぎ)などの複雑な工程を要する物は存在するが、根本はもっと単純(シンプル)なものだ。

 

 

 

 ―――即ち、『意志』『意志を達成できる環境の構築』『意志を達成する為の行動』の三つが魔術の根本だと、アレイスターは著書の中で語っている。

 

 

 

 意志とは言葉の通り、何かをしようという思いや何かをするという志しだ。目標、と言い換えた方が理解しやすいだろう。この目標を達成する為の試みが他の二つになる。忘れてはならないのは、『行動の結果として意志が達せられる』のでは無く、『意志の達成の為に行動がある』という事だ。ここを履き違えてはならない。何物にも先立つ物がある様に、行動にも意志という先立つ物が存在するのだ。

 さて、肝心の意志を達成する為に実際に様々な方法を考え、様々な行動をする訳だが、その前提として『行動するための環境』が必要になってくる。これは目標を達成するための行動が理に(かな)った方法かどうかを計るものだ。例えば意志として『肉が食べたい』という物があったとしよう。この場合意志を達成する方法は『肉を買う』『猟をして肉を得る』など複数存在する。だが、今の自分の現状を俯瞰(ふかん)してみて取れる方法や手段というのは限られていることが容易に分かるだろう。猟師で無い者は猟によって肉を得る事は出来ないし、金銭を持たぬ者は肉を買う事は出来ない。この様に、今の自分の状況と意志の達成に必要な行動の条件を照らし合わせ、その上で自分自身にとって適切な意志を達成する行動を選択すること、これが意志を達成できる環境の構築となる。

 意志を達成する為の行動については先程語った意志を達成できる環境の構築から導き出した適切な行動を適切に()り行うことだ。それ以上でもそれ以下でもあってはいけない。仮に適切にこの行為を執り行うことが叶わなかった場合、そこにはある種の『ズレ』が生じ、そのズレが一連の魔術を台無しにしてしまう。

 三つの内どれかが良いでは駄目なのだ。三つ全てが良くなければ魔術は達成されない、と言う事だ。

 

 

 

 そんな西崎隆二(にしざきりゅうじ)による魔術講義を上条当麻(かみじょうとうま)は学生寮の一室で受けていた。

 

 

 

 事の発端は上条の「魔術って結局何なんだろうな」という日常生活での素朴(そぼく)な疑問だったのだが、その言葉を拾い上げてしまった我らが隣人によってこうして有難迷惑(ありがためいわく)な説明が今現在行われているのである。何だか学校が終わっても授業を受けている気になって気乗りしない上条は、そろそろ講義が終わらないかなという気持ちを抱いていた。

 そんな学生寮の一室の扉を誰かがノックする。丁度いい所にといった具合に上条が訪問者の姿を見ようと扉を開ける。

 

 

 

 そこに居たのは―――

 

 

 

   2

 

 九月一四日、第七学区の一角にある『学び舎の園』の中にある常盤台(ときわだい)中学にて、燦燦(さんさん)と照り付ける日差しの中、白井黒子(しらいくろこ)は能力測定を行っていた。彼女の能力は空間転移(テレポート)、そのレベルは四である。彼女の空間転移(テレポート)は自身と自身の接触した物体を三次元的な制約を無視して移動させる類のものであり、今も手で触れた重さ一二〇キロに及ぶ布袋を指定された位置に正確に転移出来るかどうかテストを受けていた。

 瞬間的に彼女の手から消えた布袋が転移した先は指定距離から五四センチも離れた場所に姿を現した。白井黒子、絶賛大不調中である。

 はぁ、と白井がため息をつく。空間転移(テレポート)のレベル認定は、物体を飛ばす際の『質量』『距離』『正確さ』の三つの条件が観点となっているのだが、何分暑さが暑さなだけに能力の演算に意識を割くのが難しいのだ。今も額から流れ出た汗の雫が頬を伝い、顎から地面へと落下しては地面に小さな染みを作っているし、うなじや首から流れ出た汗の雫は鎖骨や肩甲骨を伝っては衣服を湿らせるものだから、思わず顔を(しか)めてしまう。けどそんなことでモチベーションを落とすのだからいつまで経っても大能力者(レベル4)止まりなんですのよーと自嘲気味に考えていた白井に、隣の砲丸サークルからやって来た人物が馬鹿笑いをしながら話しかける。

 

「あら白井さん、そんな数字に一喜一憂しているようでは己の器も知れるというものですわよ?もっと確固たる基準を自身の胸の内にお持ちくださいまし」

 

 うんざりした顔で声の主を見る白井。そこには枝毛の一つも無さそうなサラリとした長い黒髪をし、手に扇子を持った婚后光子(こんごうみつこ)が立っていた。白井と同じく大能力者(レベル4)である彼女は、うだる熱気を押しのける程の快活な笑顔をしながら白井に話を振ってくる。

 

「白井さん、私が思いますに貴女の能力のたるみは空間把握処理の範囲を必要の無い空間の分まで行っている事と思っておりますの。もう少し能力に必要な計算を効率的にした方がよろしいのでは無くて?」

「余計なお世話ですのよ。そもそも能力に使う空間把握の方法は三次元では無く十一次元ですので三次元の計算を思考の根本に据えた貴女の指摘は全くの見当違いですわよ」

「あ、あら?」

 

 白井の言葉にキョトンと間の抜けた顔をする婚后。確かに三次元に限った話であるならば彼女の言う通り必要な空間のみを把握した方が効率はいい。少々庶民的な話になるが、ゲームなどではそうした手法を用いてなるべく処理を軽くしようとしているという話も小耳に挟んだこともある。だがその方法は三次元では通用するが十一次元では通用しない。両者では根本的な部分で空間の把握の方法が異なっているのだ。

 

「コホン。とにかく白井さん、能力の伸びについて悩んでおられるのなら、今度私が作ります『派閥』に参加してみては如何かしら?温故知新、古きを重んじるのも重要ですが、他の能力者との会話から新しい風を自身の中に吹かせてみるのもよろしいかと思いますわよ?」

 

 ―――『派閥』。政界でもあるまいし、この様な中学生の少女達の集まる学び舎で造るグループというものなど程度が知れるというものだろう―――と、何も知らぬ者達は考えるだろう。だがここは学園都市の中でも言わずと知れた常盤台、『義務教育終了時までに、世界で通用する人材を育成する』という、まるでものを知らない子供の考えた様な馬鹿げた様な目標を掲げながら、堅実に着実にその目標を果たす人物を世に送り出しているこれまた馬鹿げたような実績を兼ね備えた場所である。故に、当然その様な場所で出来る『派閥(つながり)』は無視出来ないものとなる。

 チラリと婚后を見る白井。扇子を片手に高らかに笑うその姿からは、嫌味な性格を兼ね備えた女王気質な性格の片鱗さえ伺えない。となると必然的に彼女は快活で少々知識不足の否めない憎めないような人物ということになるだろう。この様な言い方をすると本人も怒るかもしれないが、要するに彼女は『明るくて頭のいい馬鹿』なのだろう。そんな彼女の魅力は自然と周囲に人を引き寄せ、そこそこ大きな派閥を築くことも出来るだろう。

 なので、

 

「やめておいた方が良いですわよ、婚后さん。貴女が『派閥』を作った所で二分と経たずに壊滅させられますわよ」

「な……」

 

 これは忠告であり、警鐘であり、彼女に対する助言だ。この暑い日差しの中、大きな声を間近で聞き続けた為に発生した苛つきに対する報復などではない……決してないのだ。

 驚愕に口を開く婚后に対して更に念を押す為に白井はある一角を指で指す。

 

「あそこ」

「校舎がどうか致しましたか?」

「そちらでは無く()()()()()()()()

「校舎の向こう側……プール場、でしたか?それが何か?」

 

 婚后の疑問への解は、白井の口からでは無く(くだん)のプール場から示された。

 

 

 

 ゴドンッ!!と。

 瞬間、余りの衝撃に、この場だけでなく世界までもが揺れた様な錯覚を婚后は覚えた。

 

 

 

 飛び散る水飛沫(しぶき)が霧状になって校庭に降り注ぎ、グラウンドの熱を奪っていく。そこで婚后は、その水が先程の衝撃によってプール場から()()()()()()此処までやって来たものであることに気付く。

 

(何て力……!?)

 

 その出鱈目(でたらめ)な現象を引き起こした衝撃の主の力に畏怖する婚后。そんな彼女を見て白井が「そう言えば……」と言葉を漏らす。

 

「貴女は二学期からの転入生ですからご存知無いかもしれませんが、あれが常盤台のエースですのよ」

 

 その白井の一言で、婚后は思い至る。この常盤台中学には、学園都市の能力の定義における事実上の最高序列が二人も居ることに。そして、自分達の様な大能力者(レベル4)を軽々と超える力を持った超能力者(レベル5)という存在が、先程の一撃を放ったという事実に。

 戦々恐々と言った様子で、婚后はその名を口に出す。

 

 

 

「あれが、常盤台中学に存在する超能力者(レベル5)の一人―――食蜂操祈(しょくほうみさき)の実力……!!」

「違いますわよ」

「……え!?」

「あそこに居られるのはもう一人の超能力者(レベル5)である御坂美琴(みさかみこと)お姉さまの方ですわよ」

「………」

 

 

 

 両者の間に気まずい沈黙が流れた。

 

   3

 

「動くぞ、状況が」

 

 学び舎の園、その一角にてその人物は口を開いた。勿論只の独り言では無い。その人物の対面には腰まで届く程の金の髪を持った人物が椅子に掛けている。一つのテーブルを挟んで座り合った二人の人物の様子は、一見すると優雅な昼下がりのティータイムにも見えた事だろう。―――ただし、それはあくまでも両者の会話の内容に目を(つむ)ればの話だが。

 

「ここ最近はずっと彼女達の小競り合いのままだったのだけれど、遂にかしらぁ?」

 

 対面の人物―――食蜂操祈が問いを投げる。その問いにもう一人の人物が答える。

 

「そうだな。必要なピースも直ぐに揃う、事件の終息は間近だろう」

 

 翡翠(ひすい)の瞳が手に持ったティーカップの中の液体を眺める。食蜂はそんな()()の様子を眺めてから、彼女が場に現れた当初から疑問に思っていたことを聞く。

 

「それで、どうして貴方は貴女になってるのかしらぁ?」

 

 恐らくは変装の為だろうことは十分に理解しているが、それでも聞かずにはいられなかった。

 食蜂の疑問に、件の人物は「あぁ」と頷いて、

 

「もしかしてこの体の事を指しているのか?安心しろ、如何(いか)に私とて他人の肉体を間借りしている訳では無い、お前と違ってな」

「口調も違わなぁい?」

「この体に元の口調を使いでもしてみろ。この体の基になった存在のイメージを壊しかねんだろう」

「ていうより、如何(どう)やって体を変えたのかしらぁ?」

未元物質(ダークマター)。それ以上の情報は自分で探すと良い。それと、今の私のことは便宜上オティヌスと呼ぶ様に」

 

 カチャリ、という音と共にティーカップをソーサーに置くオティヌス。その翡翠の瞳が楽し気に揺れる。

 

「それにしても…ククッ。彼女の思想は結社を通して聞かせて貰ったが、実に面白いものだったぞ?お前も聞くか?」

「……。えぇ、一応、聞いておこうかしらぁ」

 

 食蜂の経験からして、こういった雰囲気を彼女が出す時は決まって自分の知識をひけらかそうとする彼女の悪い癖もセットで付いてくる。本当は聞かないに越したことはないのだが、それでは後々何かあった時に困るかもしれないので、ここは素直に話を聞いておくことにする。

 

「『人間の代わりに超能力を扱える個体がいるかどうかを確かめる』だ。何でも彼女は自身の能力に恐れを抱いたらしい。憐れな事だ、そこまでならまだ一方通行(アクセラレータ)と同じだったものを……」

一方通行(アクセラレータ)と同じぃ……?」

「そうだ。尚も、彼が一方通行(カレ)足り得たのはその後の彼の選択や彼自身の気質によるものなので、既に彼女は彼とは別の道を歩んでいるのだがね」

「で、そんな彼女の思想を貴女はどう思ったわけぇ?」

態々(わざわざ)その可能性の演算に樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)を使うまでも無い。結果は()()()()だ」

()()、では無いのねぇ」

「断言してしまっては面白みも無いだろう。私の言葉をどう解釈するかはお前自身の主観に任せるとするよ」

「それは良いけれど、私は貴女がどうしてその考えに行き着いたのか、その過程が知りたいのよぉ」

「む、そうだな。では問おう、食蜂操祈よ。()()()()()()()()()()()?」

 

 オティヌスのその発言に、思わず食蜂は真面目に考え込む。

 ―――超能力。それは学園都市にて能力開発というプロセスを経て発現する力の総称。そして何らかの要因で学園都市外でこの超能力を発現した者は原石と呼称される。超能力にはそれぞれのレベルというものが存在し、その位階は無能力者(レベル0)超能力者(レベル5)までの六つ。理論上の最高到達点である絶対能力者(レベル6)も含めるとその位階の数は実に()()にも及ぶ。そして現状の最高位階となっている超能力者(レベル5)の人数も同じく()()

 ……偶然、なのだろうか?この奇妙な一致は偶然で済ませてしまっていいものなのだろうか?まるで誰かが操作したかの様な納まりの良さ、それがかえって不自然に思える。彼女(オティヌス)の発言も判断材料にするのであれば、人間以外にも超能力を扱える存在の可能性は有り得る。それは何を基準に?そんな存在が居た場合その存在の能力のレベルは幾つになるのだろうか?いや、レベルどころかその能力はどんなものになるだろうか?もしかして能力のレベルも発現する能力も最初から分かっている?能力の詳細については様々な研究機関が研究しているにも関わらず依然ブラックボックスのままだというのに?……そもそも、彼女は何を考えてあの発言をした。まさか、いや、ひょっとして……!?

 

 

 

「ほう、自力で辿り着くか。流石は『心理掌握(メンタルアウト)』、この手の話題はお手の物か?」

 

 

 

 クツクツと笑うオティヌス。食蜂がそんな彼女の様子に気圧されながらも口を開く。

 

「もしかして、少なくとも貴女と統括理事長は、超能力の()()()を知っている……?」

 

 そうとしか考えられない。いや、そうでなければ彼女の発言の意図が掴めない。これまで多くの教師や研究者が必死になって研究してきた超能力の根本的な仕組みを、少なくとも目の前の少女とこの学園都市というシステムを作った本人は知っている。能力開発によって超能力が使える様になるのは何故?という疑問から、AIM拡散力場の正体って何?という疑問まで、その絡繰りの全てを把握し、その上で()()()()()()()()()様に振舞っている。いや、少なくともそう振舞っているのは統括理事長のみだろう。何せ目の前の彼女は軽々しく知識を披露する悪癖をもっているし、現に今もその仕組みに関する話を披露しているのだから。

 

「何、超能力の仕組みなど()()()()()()()で大抵説明がつく。自身の小宇宙(ミクロコスモス)と世界という大宇宙(マクロコスモス)の照応の応用の様な物だ」

「マクロ…えっと、ミクロ…コスモスぅ……?」

「む、能力者のお前にこの手の話は難しかったか。ざっくり言うと小宇宙(ミクロコスモス)は『人間は神秘に満ちていて、それ自体が一種の小さな宇宙である』という考えで、この小宇宙(ミクロコスモス)は我々の()う所の世界―――即ち大宇宙(マクロコスモス)と連動しているということだ」

「えっとぉ?どうしてそれが超能力と関係あるのかしらぁ?」

「分からないか?小宇宙(ミクロコスモス)大宇宙(マクロコスモス)が照応しているということは、小宇宙(自身の内側)で火を起こせれば、大宇宙(自身の外側)でも火を起こすことが可能ということだ」

「薬物の投与、催眠術の暗示、電気刺激、それら脳の開発を行う事で得られる()()()()()()()……まさか……!」

「クク、言わぬが花という奴だ。まあ、そういう訳だ。詰まりその土壌を自力で整えられるのであれば、例え人で無くとも超能力は扱えるだろうという話だ」

 

 こうして当初の予定と路線のズレた話し合いは進んでいくのであった。

 

   4

 

 シャワールームでひと悶着あった白井は学園都市に七人存在する超能力者(レベル5)の第三位である御坂美琴と一緒に学び舎の園にあるランジェリーショップを訪れていた。ズラリと並んだ色とりどりの女性下着を眺めながら、美琴は口を開いた。

 

「やっぱりこういうとこって知り合いと来るところじゃないんじゃないって思うんだよね。ほら、普段から自分が何穿()いてるか見せびらかすようなもんだし」

「何を今更なことをおっしゃってますのお姉様。(わたくし)達の間にその様な気遣いは無用ですわよ。黒子は知っていますのよ、実はお姉さまはパステル調色彩の下着を偏愛(へんあい)しているのだと痛たたっ!唐突に耳を引っ張らないで下さいですのお姉様!」

「本当に毎日何処で私の下着を把握してるのかしらね~?……ほら、とっとと吐け」

「こ、これはそういうものなんですのよ!何をせずともお姉様の下着を把握してしまうという運命の収束点に黒子がいたというだけの話ですのよ!!」

「……そう。なら、そんなふざけた運命とやらは、この私が直々(じきじき)に破壊してあげるわ」

「やだ……凄んでるお姉様、素敵……!」

 

 そんなやり取りをしながら下着を見ていた白井は、ふと美琴が夕焼けに染まったオレンジの空を真剣な表情で見つめていることに気付き、その視線を追う。そこには学園都市の上空をゆっくりとした速度で飛行する白い飛行船の姿が有った。飛行船のお腹には大きな画面が付いており、そこからは今日の学園都市ニュースが流されていた。

 ニュースの内容は米国のスペースシャトルが打ち上げに成功したというものであり、どうしてそんなものを美琴が真剣に見ているのか分からなかった白井は、それとなくニュースの話題を口に出して美琴の反応を伺うことにした。

 

「最近多いですわよね。先週はフランスとロシア、スペインも打ち上げましたし、今月はまだ中国とパキスタンも予定に入っているみたいですし」

「まぁ、それを言うなら学園都市も先月末に打ち上げてるけどね。ロケットやスペースシャトルの打ち上げも、昔に比べて垣根が低くなった関係でどこもかしこもバンバン上げまくってる」

「宇宙進出、でしょうか。学園都市にも宇宙エレベーターなんてものが建つらしいですし、どこもかしこも大忙しですわよね」

「そうね」

 

 チラリと美琴の顔を見る白井。彼女の顔には物憂げな顔をする美琴を心配する表情が浮かんで―――

 

(あぁ、お姉様!(うれ)いを帯びた表情も素敵ですわ!)

 

 そんなことは無かった。

 

   5

 

「どうやら風紀委員(ジャッジメント)に情報が行ったらしい。想定よりも速きに事を運ぶことが出来たということは、どうやら向こうには電子に長けた人物がいるようだな」

「あらぁ、貴女、守護神(ゴールキーパー)を知らないのぉ?」

「私が重要視していたのはそちらでは無かったからな。だが、守護神(ゴールキーパー)か。ふむ、観察対象に加えておくとしよう」

「と言うとぉ、貴女が重要視していたのは空間転移(テレポート)の能力者の方かしらぁ?」

「あぁ、そうだな。彼女は貴重な人材だ。アイツに(なび)かないという点でも、第三位を(いさ)められるという点でもな」

「?」

「道は万人に示されている。どの道を選ぶのか、その選択も人はある程度選ぶ事が出来る。だが、それは当人が見えている道にしか適用されない。もし当人の見えていないその人の異なる可能性を観測できる第三者がいれば、選択も大きくなるだろうし、当人の誤ちを正すことも、当人を支えることも出来るだろう」

「多様性の重視って訳ねぇ?」

「そうだ。その役目を、彼女は担ってくれている。第三位が暴走列車なら、彼女は線路の切り替えや列車のブレーキをある程度制御出来る存在だ」

「成る程、彼女のアキレス腱に成り得る貴重な存在という事ねぇ」

「もしお前が彼女に関わる事になったら、彼女を狙うと良いだろう。ああ見えて第三位も彼女の存在に支えられている。精神的なダメージは大きかろう」

「そんな時が来るのかしらぁ?」

「来るだろうな、恐らくは。だからこその忠告であり、助言だ」

「一応、お礼を言っておいた方が良いのかしらぁ?それよりも私は貴女の語った『異なる体系』の方が気になるのだけれどぉ?」

「それはお前が知っても意味ない事だと思うがな。まあいい、一度しか言わないから覚えておけ―――『ヘルメス学』或いは『ヘルメス・メルクリウス・トリスメギストス(三重に偉大なヘルメス)』という単語だ。興味が湧いたのならこの単語を調べてみると良い。……門は常に開かれている、後は君がその足を踏み出すか否か、だ」

「……」

「ではな、私もそろそろ帰るとしよう。余り遅いと隣人に変に勘繰られるかもしれないからな」

 

 足取り軽やかに隻眼の少女が茶会から去り、帰路につく。彼女の姿が完全に視えなくなったのを確認した後、食蜂は大きく椅子の背もたれに身体を預け、ぐでりとしながらポツリと言葉を漏らす。

 

「何でこうも彼―――いえ、今は彼女だから彼女と呼ぶべきかしらぁ?彼女との会話は疲れるのかしら」

 

 取敢えず後でネットサーフィンでもしてみようと思う彼女なのであった。

 

   6

 

風紀委員活動第一七七支部、学び舎の園の外部にあるそこを訪れた先に、彼女は居た。初春飾利(ういはるかざり)、短めの黒髪と、何よりも目を引く花の冠を頭に乗せたその人物は、白井の姿を確認すると何時ものほわほわとした何処か緊張感の無い表情を浮かべながら口を開いた。

 

「あ、白井さん。お疲れ様です~」

「こちらはお疲れ様どころの問題では無いですのよ。折角お姉様と二人でショッピングを楽しんでいましたのに……!」

「え、そうなんですか?いや~、いい仕事しましたね」

「勝手に呼び出しておいてそのリアクションは頂けませんわね……!」

 

 瞬時に初春の元に転移した白井が彼女の頭を両の拳でぐりぐりと痛めつける。

 それにしても、と白井は思う。初春から連絡を受け取った時は状況が加速度的に変化しているという話だったのだが、一体全体この言葉の意味はどういうことなのだろう。それは、態々学び舎の園から大能力者(レベル4)の能力者である自分を呼び寄せなければならない程の意味合いを持つものだったのだろうか。パッと初春の頭を抑えていた両手を離し、白井は今回の風紀委員(ジャッジメント)の依頼内容について、目の前の彼女に尋ねることにした。

 

「それで、今回は一体何の揉め事ですの?」

 

 尋ねた声に多少の呆れを乗せる白井に、初春は相変わらずの笑顔でコンピュータの画面を指しながら説明する。

 

「そうですね。先ずは実際の映像を見てもらうのが良いでしょうか」

 

 そう言いながら初春がコンピュータの画面にとある監視カメラの映像を映し出す。映像の内容は簡潔に言えば強盗であった。スーツを着用し、キャリーケースを片手に持った男に十人程度の集団が襲い掛かり、被害者のスーツの男からキャリーケースをひったくって何処かへ行ってしまう。それを見た被害者の男は、無線機で何処かと連絡を取ったのち、加害者の集団を追いかけるといったものだ。

 その映像を見終えた白井に向かって初春が今回の事件の疑問点を述べる。

 

「何回見ても不思議ですよね。加害者は十人がかりで被害者のキャリーケースを奪っています。その時点で組織的な犯行の可能性がかなり高いんですが、盗んだ物も物で不可解なんですよねぇ。それに加害者側が何の目的でそれを盗んだのかも不明と来ました。被害者に関しても、強盗の後の通信相手は取引相手か、はたまた上司か何かでしょうか?とにかくこちらも何らかの事情を抱えているようですし……。最悪、組織間の抗争問題に発展するのかなーなんて考えてましたけど」

「それくらいは映像を見れば分かります。私が知りたいのは、その映像から貴女が見つけた新たな情報の方ですわ」

 

 そうですかー、と言いながらも初春がひったくりにあったキャリーケースの画像を拡大する。特に拡大されたのはキャリーケースの荷札である。そこには荷札の番号と荷主と送り先が書かれていた。

 

「常盤台中学付属演算補助施設?聞いたことのない送り先ですわね」

「あ、そうなんですか?となるとここに書かれている送り先は架空のもので、実際は別の場所に届ける可能性が大っていう事ですよね。う~ん、何やら闇の深そうな案件に首を突っ込んじゃいましたかね?」

「例えそれが何であれ、学園都市の治安を守り、風紀を正すのが私達風紀委員(ジャッジメント)ですの。むしろこんな些細な事件でも、発見できた貴女の手腕を褒めるのが妥当な所ですのよ?」

「えへへ、有り難うございます。……で、話を戻すんですけど、この荷札の番号も照会してみたんですけど、物が少し可笑しいんですよ」

 

 少し困った顔をする初春。

 

「並列演算機器を束ねるホストコンピュータの熱暴走を防ぐための大規模冷却装置みたいなんです。明らかにそんな物、キャリーケースに入る様な質量では無いと思うんですよね。増してくる余りの胡散(うさん)臭さに今から警備員(アンチスキル)にどう報告しようかと悩むほどですよ」

「そもそも学び舎の園では金属部品を扱いはしますが、機材そのものの搬入する事例なんて聞いたこと無いですわよ」

「となるとやっぱり送り先か荷物の正体のどちらかは虚偽のものって言う事になるんですよね。ハァ……」

 

 「それに、それだけじゃないんです」と前置きして初春が映像を変える。場面は被害者がキャリーケースを奪われた後、被害者が無線機で何処かと連絡を取っている場面だ。……但し、そのスーツには無数の矢印が指されていた。初春の操作により、スーツの細かい凹凸が検出されているのだ。その矢印の形により、ある可能性が浮かび上がる。

 

「やっぱり、どう見ても拳銃…ですよねぇ……」

「まだそうと決まった訳では無いですが、まぁ、そうですわね」

「やだなぁ…。一体私は何時(いつ)からヤクザ間の抗争映画のキャラクターになったんでしょう?」

「知りませんわよそんなこと。それにしても、今回も厄介なことになりそうですわね」

 

   7

 

 ヒュン、ヒュンと風切り音を立てながら、白井は学園都市の街中をその能力で持って駆け抜ける。あらゆる高低差や障害物を無視して一定の距離毎に転移を繰り返す彼女の姿に、待ちゆく人々は初めこそ驚愕しはするものの、彼女の腕に風紀委員(ジャッジメント)の腕章が付けられていることを確認すると、各々自分の生活へと意識を切り替えていた。

 白井が今向かっているのはとある地下街の出口の一つだ。例のひったくり集団は、人目を避ける様に地下街へと逃げ込んだとの事なので、監視の目の少なそうな出口から地上に出るだろうとの初春の言葉に従って彼女は現場に急行している。

 白井の目が周囲の些細な変化を感じ取り、そちらに焦点を当てる。丁度お尋ね者の集団が肩身狭そうに路地裏の小道へと足を踏み入れていく様子が彼女の視界に映り込む。

 

(見つけましたわよ)

 

 ヒュン、という風切り音を立てて、白井の体が先程まで居た座標から消失する。

 

 

 

 瞬間、彼女は十人のスーツ姿の集団の真ん中に姿を現した。

 

 

 

「!?」

 

 突如現れた中学生の少女に驚愕するスーツ姿の人物の反応を注意深く伺いながら、白井が盗まれた白いキャリーケースに手を触れる。

 次の瞬間、キャリーケースは白井の手元に移動していた。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの。何故私がこの様な場所に居るのか、理由は勿論お分かりですね?」

 

 スーツ姿の男達は意識の一瞬の空白の後、迅速に行動を開始した。ジャキッという音と共に彼らは一斉にその懐から拳銃を取り出し、白井に向けてその銃口を向ける。その様子に辟易(へきえき)したのは白井だ。

 

(チッ、やはり只のひったくりではありませんでしたわね!)

 

 速さには速さを持って対抗する。白井は直ぐにその小柄な体をキャリーケースの陰に隠し、男達を牽制(けんせい)する。今ここで自分を撃てば、お前達の望みの品に銃弾が撃ち込まれることになるぞと。

 対して男達は余程自分の銃の扱いに自身があるのか、一人たりとてその凶器を下げるような真似はせず、むしろキャリーケースに隠れ切らなかった白井の体を狙い打とうと銃口の向く先を微調整する。

 

 パアンッ!!という炸裂音が一斉に響き渡り、十の硝煙が小道に昇る。カツンと甲高い音を立てて床に転がった銃の薬莢が円を描くようにして床を転がる。

 

 銃撃を放った男たちの顔に浮かぶのは標的を仕留めた安堵(あんど)感―――などでは無い。その顔に浮かんでいるのは不可解な現象を見たような困惑の表情だ。

 視線の先、先程まで二十の眼に凝視されていたツインテールの少女の姿は、どこにも居なかった。同時に、自分達の狙っていたキャリーケースも忽然(こつぜん)と姿を消していた。今その場にあるのは、先程男達が殺意を乗せて飛ばした銃弾の弾頭と、幾つもの弾痕(だんこん)のみである。

 

 

 

 そんな男達の意識の隙間を縫うように、白井は男達の背後から奇襲を仕掛ける。

 

 

 

 勝敗が決したのは、それから僅か数分後の事であった。

 

   8

 

 

 

 ドスッ!!という音。白井黒子がその音を認識した時には全てが手遅れだった。

 その日、白井黒子は決定的な敗走をする事になる。

 

 

 

   9

 

 チカチカと、意識が明滅する。最早歩いているのか引き摺っているのかすら定かでない足を何とか動かして白井は自身の学生寮まで来ていた。その体には無数の鋭利な金属片が突き刺さっており、彼女の痛々しさを物語る様に衣服には血の染みがジワリとあふれ出ている。

 それでもどうにかここまで来ることが出来たと先ずは安堵―――しようとして、その身を襲う激痛に思考を遮られる。全身を襲う痛みは既に白井の肉体的な限界を超えかけており、意識すら既に霞んでいる。それでもここまでやってこれたのは、(ひとえ)に彼女の精神力の賜物(たまもの)だろう。

 だが、その精神力も既に枯渇寸前。ぐらりと傾いた彼女の体が冷たい地面に叩きつけるように倒れようとする。

 と、そんな彼女の体が誰かに抱きとめられる。

 

「ふむ、かなり手傷を負っているようだな。思っていたよりも中々に酷い。こちらも少しヒヤッとしたぞ」

「あ、―――」

 

 貴女は誰かと問おうとして、そんな言葉すら口に出来ない。疲弊した肉体では辛うじて最初の言葉をかすれ声の様に発するのが限界だった。

 

「少し待っていろ。今治療してやる。幸い私は医療には詳しい。お前は眼を閉じ、意識を休めておけ」

 

 意識が暗転する直前に彼女が視たのは、長い金髪と翡翠の瞳、そして片目を覆う眼帯が特徴的な見知らぬ少女の姿だった。

 

   10

 

 体を巻く包帯、体より取り出された幾つもの鋭い金属片、肉体の回復速度を極度に高めるジェルの影響で冷える患部。

 何故この様な惨状になってしまったのか。それを知るには、少々時の流れを遡る必要があるだろう。

 事の発端は彼女が黒服の集団を倒した時にまで巻き戻る。

 

「で、これは結局何なんですの?」

 

 今回の騒動の中心となった白いキャリーケース、それを見つめながら白井が疑問の声を挙げる。その疑問に答えるのは通信機器を通した向こう側に居る初春だ。

 

『うーん、どうやらそれは高気密性と各種宇宙線対策を施された学園都市製の特殊ケースみたいですね』

「宇宙線対策?ということはこの中に入っている物は宇宙で使用される類の物ということかしら」

『荷札のICチップも読み取ってみたんですが、送り主が航空・宇宙開発で知られる第二三学区になってますので恐らくそうですね』

「第二三学区……確か一般生徒は立ち入り禁止ですのよね?」

『そうですね。うわぁ……これはいよいよ危険が香りがしてきましたよ。取敢えず白井さんはこちらにそのキャリーケースを持って戻ってきてください。後はそのキャリーケースごと警備員(アンチスキル)に預けて今回の件は終わりという事にしましょう』

 

 そこで通信を切る白井。その視線は傍らのキャリーケースへと向けられている。一瞬、自身の能力を使ってキャリーケースのみを転移させてその中身を拝見しようとも思ったが、止めた。二三学区などという機密の塊の様な学区からの荷物だ。下手に扱って壊しでもしたら大変なことになるのは目に見えている。まぁだが、せめて今回の事件を引き起こした元凶なので、腰掛けること位は容赦してもらいたい。

 そこで、白井の携帯が不意に鳴る。相手を確認すると、そこには敬愛する御坂美琴の四文字が表示されていた。白井は周囲で気を失っている良くない人達を見渡してから、通話ボタンに手を掛けた。

 

『あー黒子、アンタ今何処にいんの?なんか電波の状態悪そうだけど』

「ちょっと守秘義務の場所に居まして。あぁでも、もう直ぐ任務も終わりですの」

『そっか。なら丁度いいかな。さっき後輩から聞いたんだけど、なんか寮監(りょうかん)が抜き打ちチェックする可能性が出てきたらしいのよ。だから出来ればアンタに私物を隠して欲しいのよ』

「?その言い方ですとお姉様は今寮には居りませんの?」

『えぇと、ちょっと用事でね。じゃあね黒子、頼んだわよ!』

「ちょ、ちょっとお待ちになって下さいお姉様!寮監のチェックより優先される用事など早々有る筈がございません!もしかしたらお姉様の言う用事とはあの殿方との逢瀬なので―――」

 

 ブツリ、という音と共に通話が切れる。呆然と携帯を見つめる白井だが、カコンという硬質な音によってその意識を現実に戻される。

 

(そう言えば立入禁止のテープ、張ってませんでしたわね)

 

 キャリーケースに腰掛けたまま、そうぼんやりと思考する。

 

 

 

 それが、まずかった。

 

 

 

 気付いた時には腰掛けていたキャリーケースは消失し、それに体重をかけていた白井は、空を見上げる形で仰向けに転倒していた。その一瞬の変化によって生じた思考の空白を逃さない様に、事態は更に進展する。

 

 

 

 ドスッ!!という音と共に、仰向けに倒れる白井の右肩に、何かが突き刺さった。

 

 

 

 呻き声を上げながらも咄嗟に立ち上がり、体勢を整える。肩に突き刺さった凶器に目を配る。そこにあったのは、ワインのコルク抜きであった。瞬時に消えたキャリーケースと瞬時に現れたコルク抜きから、相手が空間転移(テレポート)系の能力者であることに当たりを付けると、その襲撃者と思わしき人物に焦点を合わせる。

 そこに居たのは白井よりも少し背の高い少女だった。恐らくは高校生辺りだろうか、学校の指定の制服を着崩した様に身に纏い、胸にはピンクの包帯、腰にはベルトと軍用ライトという装備をしている。優越感に浸ってそうな笑みを浮かべる彼女は、白いキャリーケースに腰掛けており、脚を組みながら白井を見下している。

 

空間転移(テレポート)、にしては少し毛色が異なってそうですわね」

 

 確かめる様に口にした言葉に、敵の少女が反応する。

 

「あら、もうお気づき?そう、私の空間転移(テレポート)は普通のとは少し違っていてね。態々手で触れる必要性なんてないのよ。それで、ついた名前が座標移動(ムーブポイント)

 

 淡々とした声で自分の能力について説明する敵の少女。自身の能力を知られた程度で彼我の実力差は変わらない、そんな自身の現れだろうか。

 そんな彼女が白井の周囲で倒れている黒服たちに目を向ける。明らかに軽蔑するような目で彼らを見つめながら、少女は語る。

 

「それにしても使えないわね。キャリーケースの回収なんて雑用もこなせないなんて、とんだ予想外だわ。お陰で私が出向く羽目になったじゃない」

 

 状況から察するに、この黒服たちの上司かそれに該当する立場に居るのが彼女なのだろう。そんな人物を睨みながら白井が警告する。

 

風紀委員(ジャッジメント)―――私がそうであると知っての暴挙ですの?」

 

 その言葉に、少女は笑みを深めて答える。

 

「えぇ、そうよ。白井黒子さん」

 

 その言葉が、引き金になった。

 

 ザッと音を立てながら地に付けた両足を開き、その太股に装着したホルスターから覗く十数本の金属矢が僅かに降り注ぐ陽の光を反射して(きら)めく。その煌めきの内の幾つかに無造作に触れる。触れられた銀の凶器は白井黒子の力により、その力の矛先を襲撃者へと向ける。

 ―――変化は一瞬、転移と言う点と点とを結ぶ移動の軌跡に投擲の様な分かり易い攻撃の予兆は無い。一瞬の思考と一瞬の行動により放たれた不可視の軌道を辿る無数の敵意は、彼女の思いつく限り最速の演算によって襲撃者に傷を負わせるだろう。

 

 

 

 ―――但し、それは相手が自身と同じ系統の能力者で無ければ、という前提があればの話だが。

 

 

 

 光の軌道が揺れ動く。襲撃者の少女の手には、いつの間にか取りだされた腰の軍用ライトが握られている。そのライトの光が降り動いた瞬間、彼女の目の前に周囲に倒れていた黒服達の壁が出来る。ヒュカカカッ!!という音と共に白井黒子の放った金属矢が空を切る気配が肉壁越しに彼女の耳に届く。その情報から襲撃者が元の場から移動したことを理解し、自身も後ろに飛びのく事で自身の位置情報を変更し、敵の能力への対策をとる。

 ドサリ、という音と共に黒服たちが折り重なるように地面に落ちる。その向こうで、襲撃者は薄ら寒さを感じさせる笑みを崩すことなく佇んでいた―――その手に、自身に対して放たれた金属矢を携えて。

 彼女に対して追撃を図ろうとする黒子を嘲る様に、彼女はその手に持った凶器を投擲する。狙いは勿論黒子だ。一度は敵に対して牙を剥いたソレが、今度は持ち主に対して再度牙を剥く。

 

「ッ!」

 

 その矢を(かわ)すため、黒子は身を捻り、地を蹴る。彼女の能力は触れた物に対して発動する。それ故、投擲物への対処法は自身の転移による回避か、能力を用いない回避か、或いは手に触れた物を投擲物の射線に割り込ませるかに限定される。地を蹴った彼女は、その足が再度地面に付くまでの間に演算を終え、その姿を虚空へと隠す。

 それを見た襲撃者の少女がクイッと軍用ライトを振る。そんな少女の背後から、白井黒子は現れた。如何に転移を得意とする能力者であろうと、自身の死角に潜んでいる物を認識することは出来ない。例え認識出来たとしても、そこから能力の発動までには演算の為のラグが生じる。それを狙っての行動だった。

 

 

 

「―――っ!!」

 

 

 

 声を立てず襲撃者へ切迫する黒子。自身に無防備な背中を晒すその敵に一撃を叩きこむ為に力を脚へと籠める。狙うのは一撃、放つは渾身の蹴り。彼女の全身を使った捻りを集約した蹴りは、目の前の少女を地に伏せさせるだろう。

 

 

 

 ―――但し、それは相手が自身と完全に同じタイプの能力者であればの話だが。

 

 

 

 ドスッ!!という音と共に、金属矢が突き刺さる。

 

 

 

「ぁっ……!?」

 

 苦悶の声をあげる彼女に更に追いうちを掛ける様に、金属矢が更に二つ程突き刺さる。

 

「~~~~~~~~ッ!!??」

 

 絶叫を挙げる白井に対して向き直った襲撃者が、愉快気な顔を崩さずに告げる。

 

「言ったでしょう?私の座標移動(ムーブポイント)は、対象に触れずとも対象を転移させられるって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。勿論、貴女の矢も例外では無いわ。一度自分が使った武器は絶対相手に使われないとでも思ったの?ならご愁傷様ね、私にそんなルールは通用しないの」

 

 灼熱の炎が荒れ狂うが如くの痛みに顔を歪める白井を見て、何を思ったのか襲撃者は愉快に情報を喋り始める。

 

「そういえば貴女、このキャリーケースの中身が気になっていたわよね?貴女、事情も何も知らなさそうだし…良いわ、少し残酷な真実ってものを教えてあげる」

 

 パサッという音と共に白井の目の前に一枚の写真が転移される。その写真に写っていたのは、()()()()()()()()()人工衛星がバラバラに砕け散り、宇宙空間にばら撒かれている惨状を写した物だった。

 唖然。傷の痛みを事ここに至って驚愕が上回る。脳内で幾つもの何故が発生し、状況を正しく俯瞰(ふかん)出来なくなる。何故なら、その人工衛星は、その破壊されている人工衛星は、()()()()()()()()()()()()()―――

 

「―――樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)……?」

 

 ポツリと漏れ出た言葉、自身で呟いておいて嘘だと思いたい様な単語に、襲撃者の少女は反応する。

 

「そう。世界の科学技術の中でもトップを誇る学園都市、そんな学園都市の技術の中でも更に上を行く虚数学区・五行機関のオーバーテクノロジーの技術によって造られた科学の叡智、その結晶体。あれはね―――とっくに粉砕されているのよ」

 

 そう言って彼女は傍らの白いキャリーケースを指し、

 

「これはその残骸(レムナント)。破壊された叡智、その恩恵を受ける事は出来なくなったけど、そのお零れ位は貰おうって算段のわけ。けど、叡智には限りがある。だから皆欲してる、学園都市も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」

 

 その言葉で思い出す、最近妙に発射されているロケットについてのニュースを。まさか、あれは全て今目の前のキャリーケースの中にある残骸(レムナント)を狙う為に……?

 

「御坂美琴も大変でしょうね。樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の破壊で幕を閉じた実験なのに、その残骸を修復しようとする連中が現れるなんて思いもよらなかったでしょうね。そんなことになれば()()が再開されてしまうなんて、彼女も可哀想よね。まぁ、その残骸を回収しようとしている私が言えた事じゃないのだけど」

 

 御坂美琴、と。痛みの中で白井は確かに聞いた。自身の敬愛する名、自身の憧れの代名詞、それが何故ここで出てくるのか。

 

「―――八月二一日。蚊帳の外の貴女にもそれ位の情報は差し上げるわ。その日、周りで何があったのか、よくよく調べてみることね」

 

「それじゃ」と呟いて、少女が手首をクルリと回す。それを追う様に光の軌道が円を描く。

 

 

 

 直後、幾つもの金属矢が白井黒子の体に突き刺さった。

 

 

 

   11

 

目を覚ました白井黒子の視界に入り込んできたのは、見慣れた自室の天井であった。半ば気絶に近い形で意識を失い、前後の記憶が欠落していた彼女は、周囲を見渡し、自身の体にある治療の痕跡を見た後にようやく今の状況を把握する。恐らくはあの隻眼の少女がここまで運んで治療を施してくれたのだろう―――と、そこまで考えてふと一つの疑問を覚える。

 

(あの方とは初対面の筈でしたのに、何故あの方は私の部屋を知っていたのでしょうか?)

 

 疑問を覚えはしたが、仮にも命の恩人に対して考えることでは無いと思考を一新する。

 

(あら?)

 

 そんな白井の傍に、誰が置いたのか複数の資料が置かれていた。

 

(このような物を置いていたかしら―――!?)

 

 見覚えの無い資料に手を伸ばし、その内容を確認した白井の目が驚愕に開かれる。

 

絶対能力(レベル6)進化実験』『御坂美琴のDNAマップから製造される二万人の妹達(シスターズ)』『八月二一日、実験会場にて一方通行(アクセラレータ)敗北』『実験は凍結』『宇宙空間に存在する樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)残骸(レムナント)による実験の再開計画』『主導は科学結社に』

 

 そこに書かれていたのは、断片的ながらも要所要所の核心を突く断片的な資料の纏まり。一行読むごとに自身の前に詳らかになっていく学園都市の闇。残骸(レムナント)を巡る抗争、その秘匿された最奥をを理解するのに必要な鍵の欠片。そうした事実が像を結び、白井黒子の中に確信という形で現れる。自身の敬愛する少女と、その少女の思い人がひた隠しにしていた暗部のヴェールを今、この瞬間に剥ぎ取ることに成功したのだ。

 そして、知る。彼女の知己の少女が今まで辿ってきた過酷な道を。その道に敷き詰められた棘併せ持つ茨の絨毯(じゅうたん)を。そんな彼女に手を差し伸べる、特別な力など持たない有り触れた勇気を奮い立たせる少年の姿を。

 

(成る程。これは叶いませんわね)

 

 誰だって一度は思い浮かべる、自身の窮地(きゅうち)を救いに現れる主人公(ヒーロー)。彼女にとっては何処にでも居る高校生の彼がそれだったのだ。思い焦がれるのも無理はない事だろう。

 

(だからと言って、私の行動に変化がある訳ではないですが)

 

 自身の行動理念は常に不動。例えどれ程残酷な真実を見せつけられたとしても、彼女の芯は揺らがない。

 

(さて、では早々に決着をつけに行きますか)

 

 これ以上彼女の心を曇らせない様に、その心の霧を打ち払う。結局の所、只それだけの話だったのだ。

 

   12

 

『もしもし、白井さん。取敢えず貴方に深手を負わせた犯人の目星がつきました。いや~、座標移動(ムーブポイント)なんて自身の情報を易々と名乗ってくれたので検索は簡単でしたね』

「それで、結果はどうでしたの?」

『はい。霧ヶ丘(きりがおか)女学院二年、結標淡希(むすじめあわき)、この人ですね。二年前の時間割り(カリキュラム)の中で自分の力を暴走させて大怪我を負ってるっていう情報もありますよ。この人、その暴走の時にトラウマを患ったらしくて、自分の体を転移させることに極度の精神的疲労を伴うみたいです』

「それは有益な情報を手に入れましたわね」

 

 相手が自身の体を転移させることに極度の抵抗感を覚えるというのなら、こちらもそれを利用しない手は無い。情報面、戦術面でこちらが優位な立場に立てるという事は、それだけで戦局の流れを掴める可能性を著しく上げる事になるのだ。どんな些細な情報であれ、活用しない手は無い。

 星の瞬く夜に、闇夜に紛れる様にして移動する白井は、そこまで考えて思考を中断される。

 

 

 

 ゴガンッ!!と、夜の静寂を引き裂くようにして雷鳴が轟いた。

 

 

 

「お姉様!!」

 

 ある種の確信と共に轟音の現場に向かう白井。さりとて現場に直接姿を見せるような真似はせず、彼女はビルの陰からその現場を窺う様にして覗く。

 そこで、彼女は見てしまった。残骸(レムナント)を巡る、御坂美琴と結標淡希との闘いを。自身の後輩を事態に巻き込んでしまったと奮闘する気高き彼女の姿を。

 知ってしまったからには引き返せない。いや、引き返す気など元から無い。

 ただ、覚悟は決まった。

 

 

 

 ―――さぁ、このくだらない闘争を終わらせに行こう。自分には、それを行うだけの権利と義務がある。

 

 

 

   13

 

 

 

「ハイハイ今開けますから待って下さいねっと。ハイ、不運でドジっ子属性持ちの上条さんですよ~こんな時間にどなたですかって……アレ?なんだ、御坂妹じゃないか。こんな時間に一体どうしたんだ?」

 

 そして、彼女の与り知らぬ場で、舞台は進展する。

 

 

 

   14

 

 崩れ落ちる建設途中のビルの鉄骨、巻き込まれた一般市民と組織の黒服達、そしてそんな景色を作り出した超能力者(レベル5)である御坂美琴。それらを視界に捉えながら、結標淡希は自身に能力を使用したことによる不快感に襲われていた。彼女が居る場所は先程まで戦闘が行われていた場所からかなり近いビルの四階である。所謂高級レストランの様な店舗の窓ガラス越しに御坂美琴の動向を注意深く確認する彼女の様子は一見すると不審者のそれなのだが、能力者というものに慣れ過ぎたこの街の住民はそんな彼女の様子すら華麗にスルーして各々の料理に舌鼓(したつづみ)を打っている。

 辺りを警戒する御坂美琴の姿を見下ろし、彼女がその場を去ったことを確認する。たったそれだけの行為だと言うのに、心臓は早鐘を打つように鳴り響いている。

 

(取敢えず御坂美琴は去った。後は彼女と出くわさない様に上手い事ルートを考えてここから移動するだけ)

 

 安堵の息を吐きながら、そう考える。

 それが、まずかった。

 

 

 

 ドスッ!!という音と共に、自身の右肩に、見覚えのある金属片が突き刺さった。

 

 

 

 「うあっ……!?」

 

 突き刺さったそれは、確か数時間前にとある少女に突き刺したコルク抜きでは無かっただろうか。

 突き刺さった位置は、確か数時間前にとある少女にコルク抜きを刺した位置と同じでは無かっただろうか。

 その意味を考える彼女の耳に、これまた聞き覚えのある声が響く。

 

「お返ししますわ。余りにもセンスが無さすぎるので、持っている意味も無いですし。あぁ、後はこちらも」

 

 ドスズブグスッ!!という連続する鈍い音と共に、これまた心当たりのある場所に多くの金属片が突き刺さる。当然、その全てが見覚えのある物である。

 余りにも突然に押し寄せた痛みの濁流、それらが痛覚を刺激し、灼熱の痛みが体中を一瞬で駆け巡る。濃縮された痛みは、一度体を巡っただけでは飽き足らず、絶えず彼女の体を巡ってはその痛みを植え付ける。その痛みによって幾分か削げ落ちた思考能力を持ってして、彼女は下手人に目を見やる。

 

「慌てる必要はありませんわよ。急所は外しておりますもの。えぇ、貴女にやられたのと同じようにですが」

 

 店内に数多と並ぶ上品な白のクロスの掛けられたテーブル、その一つに彼女は腰掛けていた。

 風紀委員(ジャッジメント)の腕章こそ無いものの、茶色の髪をツインテールにした彼女の姿を見紛う筈も無い。

 

「腕章は置いてきましたの。ここから先は、風紀委員(ジャッジメント)としてではなく、白井黒子としての闘いになりますので」

 

 

 

 常盤台中学所属、白井黒子。彼女が其処にいた。

 

 

 

   15

 

 逃げ惑う客や店員、数多の靴の音が消え去った後に店に残ったのは、二人の少女であった。

 方や常盤台中学所属にして風紀委員(ジャッジメント)の白井黒子。

 方や霧ヶ丘女学院所属にして窓の無いビルの案内人の結標淡希。

 先に口を開いたのは白井の方だ。

 

「まずいですわよね」

 

 呟かれた一言は自身の窮地を思ってのものでは無い。それは相手の精神を揺さぶる為の武器としての一言だ。

 

「こんな騒ぎになってしまったら、聡明なお姉様は直ぐにでもここに駆け付けてしまうでしょう」

「!!」

 

 その言葉に酷く動揺する結標。白井の初撃は見事彼女の精神を揺さぶる事に成功した。

 

「もしお姉様がここに訪れた場合、ここにあるテーブルだけで一体貴女はどれだけ抵抗できるのかしら?」

 

 追い打ちをかける白井。先の建設途中のビルでは関係の無い一般人を肉盾にすることによって御坂美琴の一撃を掻い潜った結標だが、ここにその一般人は居ない。そう言って結標に圧を掛けていく。

 

(逃げるしか無いわね)

 

 額に汗を浮かべながら逃走を選択しようとする結標。そんな彼女の思考を呼んだように、

 

「あら、まさかお逃げになられる訳無いですわよね?こう見えても私は貴女と同系統の能力者。似通った心理状態の相手の行動を先読みすること何て、造作も無い事ですわよ」

 

 チィッ!と舌打ちする結標。逃走を封じられ、御坂美琴がこの騒ぎを聞きつけてここに来るまでにとれる手段は限られている。

 

「そう。貴女の勝利条件は一つ。お姉様が到着する前に、この私を排除すること」

 

 対して、と白井は続けて、

 

「こちらの勝利条件は二つ。貴女を倒すか、お姉様の到着を待つか。―――敢えて言わせてもらいましょう、チェックです」

 

 ドバっと大量の汗を出しながら、結標は自身の助かる道を考える。考えて考えて考えて考えて―――()()()()

 同じ転移能力(テレポート)系能力者なら、態々待ち人を待たずとも、自身の能力で直接場に連れてくればいい。それをしていないということは、目の前の風紀委員(ジャッジメント)は、この闘いに超電磁砲(レールガン)の介入を望んでいないということに。

 そう言えば、彼女はこう言っていた。「ここから先は風紀委員(ジャッジメント)としてではなく、白井黒子としての闘いになりますので」と。

 

(成程ね)

 

 無意識に口元に笑みが浮かぶ。

 

「まったく、素晴らしい愛縁奇縁ね。態々自分が勝つチャンスを二回も放棄するなんて」

 

 その言葉に、白井は何も返さない。

 

「一度目は、超電磁砲(レールガン)を此処に連れてこなかったこと。そして二度目は、今の奇襲で私を一思いに殺さなかったこと。本当に哀れね、貴女」

 

 見れば、白井の体は僅かに揺れている。それもそうだろう。如何に傷の治療をしたとはいえ、元の傷自体が大ダメージなのだ。そんな状態で長時間の無茶をしている最中なのだから、真に体力を消耗しているのは結標では無く白井の方なのだ。

 この立ち合いは、表面だけ見れば白井が有利なのかもしれないが、その表面を剥ぎ取って状況を見てみればあっという間に立場の逆転するものだったのだ。

 

「無様ね。素直に第二希望で妥協しておけば良かったものを、どうして無理に第一希望を狙うのかしら。そこまでして、自分の命を危険にさらす価値があるというの?」

 

   ★

 

「言われているぞ、ズッ友よ?」

「確かに御使堕し(エンゼルフォール)でオティヌスの力を引き出す為に奴の神生(じんせい)を誕生から先の先まで追体験したけど、厳密には俺自身じゃないからセーフ。っていうかオティヌスも最後には第二希望で妥協したから……」

 

   ★

 

 時間は少し飛ぶ。

 一〇メートルという距離を開けて対峙する二人の間には緊迫した空気が漂っていた。

 いつ破裂しても可笑しくない風船の様な空気は、窓の外から聞こえてきた甲高い金属音を切欠(きっかけ)に破裂する。

 

 先ず白井が手近なテーブルを素手で叩き割り、テーブルの破片で相手の視界を攪乱(かくらん)すると同時に適当なテーブルの破片を転移させる。テーブルを構成する一要素が致死の一撃となって空間を飛び越え結標の体に刺さろうとし、彼女の体が移動すると同時に虚しく空を切る。

 移動した結標はそのまま能力を使用する時に癖となっている軍用ライトの操作を行う。空より消えたのは銀色のトレイ。食器を載せる筈のそれが、白井の命を載せる為に転移される。

 

 

 

 ―――その一撃が、白井の顔を■■■■。

 

 

 

―――――

―――

局所的事象編纂 開始

対象 白井黒子

編纂時間 一〇秒

全体論の超能力 不使用

局所的事象編纂 実行

対象時間内の世界を分解

対象の事象を編纂

対象時間内の世界を再構築

局所的事象編纂 終了

―――

―――――

 

 

 

 先ず白井が手近なテーブルを素手で叩き割り、テーブルの破片で相手の視界を攪乱(かくらん)すると同時に適当なテーブルの破片を転移させる。テーブルを構成する一要素が致死の一撃となって空間を飛び越え結標の体に刺さろうとし、彼女の体が移動すると同時に虚しく空を切る。

 自身の攻撃が失敗したことを悟った白井は、瞬時に相手の能力の餌食にならない様に一歩分体を横に移動させる。一瞬の後、先程彼女の頭のあった場所に銀のトレイが現れる。もしあの場から移動していなければ、恐らくは自身の頭を抉り取られていた事だろう。

 何ともゾッとしない話ですことと心の中で呟いて、白井が次の行動に移る。

 ヒュン、という音を残して、彼女の体が虚空に消える。次いで彼女の現れた場所は、結標の目の前であった。遠距離が通じないなら近距離で叩くという、何ともシンプルな行動パターンだ。

 

 

 

 が、()()()()()()()()()()()()()()()()。ズルリという音と共に、白井の体がズレる。自身の体に目を向ければ、テーブルが一つ、自身の上半身と下半身を■■する様に空間にその身をねじ込ませていた。ズルリ、という音と共に白井の■■■がテーブルの上を■■■■■。

 

 

 

―――――

―――

局所的事象編纂 開始

対象 白井黒子及び結標淡希

編纂時間 一〇秒

全体論の超能力 不使用

局所的事象編纂 実行

対象時間内の世界を分解

対象の事象を編纂

対象時間内の世界を再構築

局所的事象編纂 終了

―――

―――――

 

 

 

 何ともゾッとしない話ですことと心の中で呟いて、白井が次の行動に移る。

 だが、それよりも早く結標が動き出す。彼女が軍用ライトを振るうと、周囲に存在していた複数のテーブルが彼女の目の前に転移され、彼女の前に簡易的なバリケードを形作る。これでは能力による攻撃を行えないと判断した白井が、意を決してテーブルの向こう側へ自分の体を転移させる。

 そこに、キャリーケースを振り回そうとする結標が待ち伏せしていた。結標の捻りを加えたキャリーケースが白井の頭を打つ。

 正にその寸前のタイミングで、白井は自身の体を咄嗟に転移させていた。転移場所は結標の背後、死角となるその場所に転移した白井が能力を行使しようとして、

 

 

 

 バグン!!と、その顔をキャリーケースに■■■■。

 思考の中心となる機能を失った白井の肢体が力を失い、そのまま地上に向かって倒れる。

 

 

 

―――――

―――

局所的事象編纂 開始

対象 結標淡希

編纂時間 一〇秒

全体論の超能力 不使用

局所的事象編纂 実行

対象時間内の世界を分解

対象の事象を編纂

対象時間内の世界を再構築

局所的事象編纂 終了

―――

―――――

 

 

 

 そこに、キャリーケースを振り回そうとする結標が待ち伏せしていた。結標の捻りを加えたキャリーケースが白井の頭を打つ。

 正にその寸前のタイミングで、白井は自身の体を咄嗟に転移させていた。転移場所は結標の背後、死角となるその場所に転移されたことを認識した結標がギョッとした表情を浮かべる。彼女が慌てて軍用ライトを振るう―――それよりも早く、白井の渾身の蹴りが、彼女の脇腹に突き刺さった。

 

   ★

 

「可笑しい。妙に失敗続きだ。お陰で余りしたくも無いのに世界の可能性を調整しなければならない」

「なんともご苦労なことだな」

「そのご苦労もお前の元主には通用しなかったんだがな。奴と会った事実を編纂する為に世界を分解したというのに平然と生身で追ってきたのには肝を冷やしたぞ」

「君程永く生きたペット候補などいなかったものだから、彼女も必ず首に巻くと息巻いていたぞ」

「そんな厄介な存在をやっとこさ撒いたのに、復活を企てているド畜生に対して何か思う所は?」

「素晴らしいじゃないか。元でも主の頼み事を真摯(しんし)に果たそうとするとは、聖守護天使の鑑の様な存在だな」

「うーんこの快楽主義者」

 

   ★

 

 またも時間は少し飛ぶ。

 結標淡希。白井黒子の説得に応じなかった彼女は、最終手段として懐にあった拳銃の引き金を引いた。その銃口から発射される弾頭が白井黒子の柔らかな腹を貫通し、彼女の背後にあったガラスを粉々に打ち砕く。幸い背骨を撃ち抜かれずに済んだものの、白井黒子はその体を地面に沈めることとなった。

 眼前に倒れる彼女を中心に広がっていく鉄の匂いと赤い命の源泉、それらを認識することで結標は無意識に自身の中のもう一つの引き金を引いてしまった。

 

 

 

 ―――能力の暴走。実に四五二〇キログラムにおける大質量が結標の制御下を離れ、眼前の少女を殺そうと胎動し始める。

 

 

 

 その様子を見て白井の運命を悟ったのか、結標はキャリーケースを引いてその場を後にした。

 後に残されたのは無力な少女のみ。最期の時、その少女は只ひたすらに祈った。

 自身の敬愛する少女に、こんな事に関わらないで下さいと。

 

   ★

 

「祈りは届く。その為にこちらが動いたのだからな」

「ただ、届いた祈りの内容については知らんがね」

 

意志/御坂美琴を救う

行動/結標淡希との対決

 

「三つの内、二つは揃った。後は必要な環境が揃えばいい」

 

 

 

「さあ出番だぞ、男の子(ヒーロー)

 

 

 

   ★

 

 その光景を、白井黒子は見つめていた。

 能力によって今にも押し潰されんとする自身のフロアに向かって放たれた一筋の閃光。彼女にとって希望の象徴であるそれが放たれ、階下のフロアと自身の居るフロアに直線の穴が穿(うが)たれる。

 そうして人為的に造られた道筋を、磁力で固められた瓦礫や家具といったこれまた人為的に造られた道を使ってこちらまで駆け上がってくる一人の少年の姿。

 何の能力も持っていなさそうな、どこにでもいる様な少年が右腕を振るい―――

 

 

 

 ゴドンッ!!と。

 瞬間、余りの衝撃に、この場だけでなく世界までもが揺れた様な錯覚を白井は覚えた。

 

 

 

 白馬の王子様とは言い難く、恋焦がれる姫とも言い難く。

 だからこれから交わされる言葉は、きっと二人以外の誰かに向けられるものになるだろう。

 それは大きな様で小さな、さりとてとても大切な、『約束』の話なのだろうから―――。

 

   16

 

「んで、結局どうして西崎は一緒に来てくれなかったんだよ?お前がいれば大分楽になったんじゃないか?」

 

 翌日、西崎は隣人から苦言を呈されていた。「結局約束は半分しか果たせなかったしなぁ…」とぼやくツンツン頭の少年を見やりながら、彼は言葉を選んでいく。

 

「いやいや、妹達(シスターズ)が助力を願ったのはお前一人だっただろ。お前一人で解決できる問題だと相手側に判断されてるのに、どうして俺までついていかなくちゃいけないんだよ」

「………本音は?」

「なんか事情が込み入ってそうで関わったら面倒くさそ―――何でもない」

「言った!今確実に面倒くさいって言ったよコイツ!?」

「あーあー聞こえなーい」

「コッテコテに古典的な回答ですねぇ!?」

 

 上条の言葉を聞き流しながら、西崎は思考に没入する。

 

残骸(レムナント)の件は確かに片付いた筈だ。一方通行(アクセラレータ)がそれを壊す瞬間も確認した。だと言うのに何だ、この胸騒ぎは…?)

 

 まるで誰も知らない場所で誰もが知っている大魔術が発動する予兆の様な、そんな感覚が彼の身を包んでいた。

 さり気なく視線を辺りに向けるが、目立つ物などエンデュミオン位しか存在しない。

 

(いや待て、エンデュミオンだと―――!?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――!?)

 

 それは考えてすらいなかった可能性。自分の中ではとうの昔に決着などついていた筈の物語(じんせい)―――その延長線。

 

(レディリー=タングルロード―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…?)

 

 自分のことなど当に忘れて幸せの道を歩んでいったと思っていた少女。

 自分の死など軽々と乗り越えていったと思っていた少女。

 

 

 

 ―――物語は、未だ終わっていなかった。

 

 

 

 さあ、永らく挟んだ栞を取ろう。一人の少女を救う為に、今再び物語を再開するとしよう。

 その終幕を彩る為に、エスター=ロイドは舞い戻る。




という訳で次回はエンデュミオンの奇蹟です。
でぇじょうぶだ、映画のBDは持ってる(尚映像作品を文章に落とし込むことの難解さ)
多分主人公の能力についても次回で明かされる…かな…?(プロット無し)

考察動画の続編が来てるぅ!?(驚愕)
 → https://www.nicovideo.jp/watch/sm35537301
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