黄金の魔術師   作:雑種

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見えねぇってのは怖えなぁ(地の文)

史上最難産でした……。
やはり映像作品を小説に落とし込むのは難しい。
ましてや歌がメインなのに歌詞を載せてはいけないという制約が地味にキツイ。
歌が気になった方は是非映画本編をご視聴下さい。

皆も、禁書SS書いて、エンデュミオン、書こう♥(直球)


黄金の魔術師(エンデュミオンの奇蹟)

 元型論、というものがある。

 人間が持ち合わせる無意識と言うものの深層は、何らかの元型(アーキタイプ)を元に人類全体で共有されているという考えだ。世界的に広まっている言葉でコレを表すのであれば、集合的無意識という単語が相応(ふさわ)しいだろう。

 この元型は、度々神話や伝承などにも見受けられる。例えば人々が太陽を至上のものとして崇めたり、人類の母と呼ばれる存在が出てきたりというのも数ある元型の内の一つである。

 さて、それでは元型論について語ったところで問いを一つ。

 

 

 

 数多の神話や伝承に元型が見受けられるというのであれば、一体願いを叶える存在の元型は何処からやって来たのだろうか?

 

 

 

   000

 

 

 

 ―――それは、まだ見ぬ(そら)への、華々しい飛翔の筈だった。

 

 

 

「左翼エンジンブロック脱落…!も、もう駄目です…!!」

「諦めるな、まだやれることはある…!」

 

 スペースプレーン『オリオン号』。オービット・ポータル社によって造られた宇宙旅行という人類の夢を実現させる筈の機体は、しかし今まさにその翼を失い地に墜ちようとしていた。

 宇宙旅行の試験飛行、その最中に一際強い衝撃を感じた時にはもう手遅れだった。恐らく進路上に存在したスペースデブリによる接触だろう。オリオン号の左翼は、その一撃によって大きく損傷してしまった。

 

「神よ…!」「おぉ…!」「どうすれば…!」

 

 夢の宇宙旅行が一転、悪夢の宇宙旅行に変わる。

 機内の人々は皆口々に不安を言い、場合によっては祈りを奉げていた。

 絶望と諦観、そして祈り。彼らに許されたのは、ただそれだけであった。

 

「……!」

 

 そんな負のオーラに支配されたオリオン号にて、それでも機長は最善を模索し続ける。

 脳内に浮かぶのは機内に乗客として乗せている自身の娘のこと。彼女の為にも、今ここで自分が諦めるという選択肢は無い。

 既に状況は絶望的だが、それでも彼は必死になって状況を好転させようと努めた。

 

(お願いです)

 

 祈り。自身の父親が奮闘している中、黒髪の少女に出来たのはそれだけだった。彼女はただ(ひとえ)に、ただ純粋に祈り続けた―――その手に星空のブレスレットをしっかりと握りながら。

 

(私の大事なもの全部なくしてもいい)

 

 機内に渦巻く祈りが、嵐の様に荒れ狂い、やがてそれは一つの実を結ぶ―――運命が、再度逆転しようとしていた。

 

(だから―――みんなに「  」を―――!)

 

 

 

 ―――そして、何処からかその旋律は響いてきた。

 

 

 

 美しい旋律は、ただLaという一つの音と、それを彩る音階によって機内に幻想を紡ぎ出す。

 直後、オリオン号は大気圏を突破した。

 

   00

 

 学園都市第二三学区、雨によって濡れた夜間の路面を赤く照らし出す光があった。

 光の発生源は大きく破損したオリオン号であり、その無惨な姿から乗員乗客の生存は絶望的と思われた。だと言うのであればそれを何と例えれば良いのだろうか。

 今まさに黒煙を上げるオリオン号からは次々に担架に運ばれた乗客達が運び出され、彼ら彼女らは即座に救急車に乗せられ近場の病院へと搬送される。

 そんな事故現場をバックに映しながら、ニュースキャスターが速報を告げる。

 

「続いて現場から速報です。本日未明、学園都市二三学区の空港に試験飛行中だったスペースプレーンオリオン号が不時着しました」

 

 空前絶後の大事故だと言うのに、それを告げるニュースキャスターの顔色に悲嘆の色は見受けられない。

 

「オリオン号は帰還直前にデブリと接触、エンジン故障等のトラブルによって不時着に至った模様です」

 

 その不可思議な顔色の意味を、直ぐに視聴者は知ることになる。

 

 

 

「しかし奇蹟的にも、乗っていた乗員乗客88名は―――()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

「繰り返します!乗員乗客全員の生存が確認されました!」

 

 降ってわいた様な、とは正にこの事を指すのだろうという様子で、興奮気味にニュースキャスターが言葉を続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()!88人の得た幸運!これは航空史上最も奇蹟的な出来事でしょう!」

 

 その一報は液晶を通して即座に学園都市中を駆け巡った。有り得ない様な、しかし有り得た奇蹟に皆が皆舞い上がり、歓声をあげた。

 奇蹟の名は瞬く間にメディアに取り上げられ、誰もがこの一件を知り、そして奇蹟に浮かれる日々が続いた。

 

 

 

 ―――ただ、一人を除いては。

 

 

 

   0

 

 ―――あぁ、確かに奇蹟だろう。到底一人の人間の努力に釣り合わないであろう望外な結果だ。そして、実に88人の人間の命が助かったのであれば誰であれある一点を見逃してしまうというものだ。人は美談には弱く、進んで醜さを垣間見ようとはしないのだから。

 だからそう、マスコミが散々メディアで乗客乗員全員の命が助かったと美談を振りまいた後で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実に気付いたとて、歴史の闇に葬られるのが関の山だろう。

 

「……」

 

 血に濡れた機長()の帽子と二つに割れた星空のブレスレット、その欠片を持ちながらその記念碑に触れる。

 三年前、オリオン号が不時着した場所に建てられたそれを見ながら胸中で吐き捨てる。

 

(何が()()だ……!)

 

 そんなものは只の偶然に過ぎない。そんなものは単なる妄信に過ぎない。そんなこと、他の誰よりも深く私は知っている。

 過ぎ去った過去を惜しみながら、記念碑を後にする。現在(いま)を見つめる為に、思考を切り替える。

 

 

 

 ―――さぁ、仕事の時間だ。

 

 

 

   1

 

 明るい日差しに照らされ、様々な人々の行き交う学園都市。数多の一般人と同じ様に、今日と言う休日の時間を街の散策に当てている二人の人物がいた。言わずもがな、上条当麻(かみじょうとうま)とインデックスの二人である。因みに厳密には二人では無く二人と一匹である。

 

「なーインデックス、ハンバーガーで手を打たないか?」

 

 提案をしたのは上条から。彼はその日光の吸収率の良さそうなツンツンの黒髪を片手でガシガシと()きながら、妥協点を探る様にそう言った。

 対して、銀髪碧眼のシスターはその提案にNoを突きつける。

 

「駄目だよとうま!夕べはとってもとってもひもじい思いをしたんだよ!?それにお()びに何でも食べさせてくれるって言ったのはとうまでしょ!」

「確かにそうは言ったけどさ……」

「それにとうまはにしざきから臨時収入を貰ってるんでしょ!アレくらいなんてことない筈なんだよ!!」

 

 インデックスの言葉通り、確かに上条は事あるごとに厄介事に巻き込まれては、それを解決することで隣人である西崎隆二(にしざきりゅうじ)から、本人(いわ)く余り使い道の無いと言う大能力者(レベル4)としての立場から受け取っている莫大な資金を貰っている。時折入院費や色々な物の修理代等にそのお金を使ってはいるが、それでも尚上条の口座には少し七桁寄りの六桁という一学生には少し過ぎた額が収まっている。今の自身の財政力を持ってすれば、インデックスの指したアレ―――要するにちょっと高めの高級料理店やちょっとお高めの値段設定の食べ放題―――の支払いなど造作(ぞうさ)もないことだろう。

 しかし、

 

「あのなインデックス、俺は基本的に小市民なの。大金なんて恐れ多すぎて滅多に財布の中には入れないの。ましてやこの上条さんがそんな大金を財布に詰めて持ち歩いてみなさい、十秒後にはトラブルで財布ごと紛失するオチ(ふこう)が待ち受けてるに決まってるじゃないか」

 

 自他共に認める不幸体質の上条にそこまでの覚悟は無い。(今は自分の記憶には存在しないが)インデックス曰く、自身の右手に宿る幻想殺し(イマジンブレイカー)は―――どういう理屈か彼女には分からないらしいが、彼女の推測によると―――所謂(いわゆる)幸運の運気というものを打ち消しているらしいとのことだ。つまりこの右手がある限り上条が不幸な目に遭うことは火を見るよりも明らかであり、上条自身がそれを弁えている以上、いかに大金が舞い込んできたとはいえ、それに小躍りして折角手元にやって来たものを早々に無くす気はないのだ。

 だが、そんな上条の考えもインデックスには通用しない。彼女は上条の言葉にプンプンと腹を立てて彼に内なる怒りをぶつける。

 

「とうまには分からないんだよ!晩御飯を忘れられるとね、存在そのものを忘れられたような気分になるんだよ!?」

 

 う~む、と上条が唸る。確かに、インデックスの言いたい事は分かる。記憶を失う前の自分も、つい最近懐事情が温まるまで恐らく時折晩御飯を抜いていたこともあったという話は上条も西崎から聞いている。そしてどうしても限界な時は隣人(土御門(つちみかど)だったり西崎だったり)の部屋に転がり込んだとも。話を聞いただけの自分でもその状況に陥った時の事を想像するだけで末恐ろしいのだ。実際にそれを体験したインデックスの怒りの程は知るべきだろう。

 だが、

 

「そうは言っても昨日は本当に大変だったんだぞ……」

 

 そう、何を隠そうこの上条、先日も厄介事に巻き込まれて四方八方を駆け回っていたのだ。『天上より来たる神々の門』という魔術結社の学園都市への襲撃を防ぐために身体を張って頑張ったその人こそ、今ここで少女に口撃されている何処(どこ)にでも居そうな平凡な高校生なのである。

 と言う訳で勘弁してくれと隣の少女に言おうとした上条だが、件の少女とその少女の腕の中に居る一匹の猫の視線が上条の罪悪感を刺激する。

 

「はぁ~~~……」

 

 大きくため息を一つ。

 

「分かった分かったよ。今日は好きなだけ食え!」

「わーい、やったー!」

 

 上条、少女の上目遣いに敗れるの巻である。

 嘆息する上条を置いて喜びに駆け回るインデックスの目に、ふと街中に佇む建物に取り付けられた大型の液晶画面が映り込む。

 画面には『宇宙エレベーターの完成間近』とゴシック体で書かれたテロップと、数多のフラッシュに()きつけられる金の髪をツインテールに結んだ幼げな少女の姿が映し出されていた。液晶の画面が切り替わり、今度は別の角度(アングル)から先程のゴシック調の様なデザインの衣服に身を包んだ少女の姿が映し出される。テロップにはその少女を表すものだろうか、『オービット・ポータル社CEO レディリー=タングルロード』の文字が浮かび上がっている。

 あれ、とインデックスの中に一つの疑問が浮かび上がる。レディリー=タングルロード、その名前は何処かで聞いたことがある気がする。何分(なにぶん)『気がする』だけなので、実際に聞いたかどうかは彼女の膨大な記憶を隅々まで探ってみなければ分からないが。

 と、そこまで考えてインデックスの疑問の対象が少女からズレる。次なる彼女の疑問の対象は見慣れない科学サイドの単語だ。

 

「ねーとうまー、()()()()()()()()って何…わぷっ!?」

 

 画面を見ながら訊いたためか、インデックスは自身の言葉を聞いた上条がその場で静止したことに気付かず、そのまま彼の背中に激突する。

 いきなり立ち止まった上条に対して、インデックスは抗議の声を挙げようとし―――それより先に、上条が口を開いた。

 

「あの、インデックスさん。貴女、完全記憶能力持ちですよね?一体何言ってくれちゃってるの?」

「?」

 

 上条の質問の意図が分からずインデックスが首を(かし)げていると、上条が真横を指さし「アレ」と声を発する。

 上条の言う「アレ」の意味を確かめようとインデックスが顔を横に向ければ、そこには天を突かんとばかりに(そび)え立った螺旋(らせん)の塔の姿があった。(あお)く透き通ったその塔の色は、まるで青空の様な印象を見る人々に思わせる。例えるなら蒼穹(そうきゅう)の塔とでも言った所だろうか。

 その塔を指さしたまま上条が告げる。

 

「アレが()()()()()()()()だよ!」

 

 インデックスは上条のその言葉に一度成る程と頷いてから、「うん?」と首を傾げて

 

「ねーとーま。今まであんな建物あった?」

「有りました!科学が絡むと本っ当に駄目になるんだなお前!?あの時も、あの時も、あの時だってあったでしょうが!?」

「?」

 

 上条の指すあの時がどの時かは分からないが、彼の言葉を真実と受け取るのであれば、ともあれアレはずっとあそこに有ったものらしい。

 

「発表は最近だけど、学園都市じゃ無きゃ絶対に不可能なスピードだって言われてたんだぞ?」

 

 その言葉に「そうなんだ」と返すインデックス。宇宙エレベーターについて補足してくれた上条には申し訳ないが、正直宇宙エレベーターとやらの建設期間が幾らなのかも分からないインデックスにとってその補足は蛇足にしか成り得ない。それどころか、

 

「……それで、宇宙エレベーターって何なの?」

 

 そもそも宇宙エレベーターのことすら微塵(みじん)に知らない彼女にとって、あの蒼穹の塔は数ある建造物の一つでしかなかった。

 そんな彼女の様子に、思わず宇宙エレベーターの凄さを知っている上条はしばし沈黙する。そしてスフィンクスがニャーと鳴いた。

 

「……つまりだな、インデックス。アレはロケットとかシャトルなんて乗り物を使わなくてもエレベーター的な物で宇宙に直接上がれるようにした代物ってことだよ」

「おぉ!それで宇宙()()()()()()…!つまり科学サイドはバベルの塔さえ現実のものにしてしまうんだね!」

「いや、それはちょっと違うんじゃないかな」

 

 「それにバベルの塔って結局神様に壊されちゃったんだし……」と苦笑交じりに呟く上条。

 

 と、そんな二人の耳に何処からか流暢(りゅうちょう)なメロディが響いてくる。気になって振り返った二人が見たのは、多くの通行人によって構成された人垣であった。どうやら件の音はあの人垣の向こう側から響いているらしい。

 チラリと上条がインデックスを見ると、彼女は音楽に興味津々と言った雰囲気である。ここは一つ、彼女の為に肌でも脱ぎますかと内心決意した上条は、日頃スーパーの特売に殺到する集団から目当ての商品を勝ち取る過程で身に着けた人垣に対する処世術(しょせいじゅつ)で持って瞬く間に人垣の最前線へとインデックスと共に進み出た。

 

 

 

 そこに居たのは一人の少女だった。

 

 

 

 桃色の髪をキャスケットで覆い、(だいだい)色のチュニックとスキニータイプのジーンズ、茶色のブーツを着用した()で立ちの少女だった。電子ピアノから音楽を紡ぎ出し、透き通る声で音楽に合わせて歌を歌う彼女。そんな彼女の歌声は、それを聴く人の心を不思議な魅力で(つか)み取っていた。

 上条とインデックスの二人は、思わず周囲の人々同様にその歌に聴き入るのであった。

 

   2

 

 音楽は場所を選ばない。一度誰かがその音楽を気に入れば、今や場所を問わず音楽を聴くことの出来る時代となった。

 とあるファミレスの一角、ここにも彼女の歌声に魅了された存在が居た。

 

88の奇蹟?……あぁ、そう言えばそんなのもあったわね」

 

 ドリンクバーにてガラスのコップにドリンクを注ぎながら御坂美琴(みさかみこと)が言う。肩まである茶髪と名門常盤台中学の制服を着た彼女が、ファミレスに一緒に来ていた人物の出した単語に曖昧に返事を返した。

 対して最初に美琴にその話題を切り出した初春飾利(ういはるかざり)は目を輝かせながら美琴に対して説明を始める

 

「三年前、オリオン号の事故でスペースプレーン計画が凍結……そこで本格的に始まったのが宇宙エレベーターの建設なんです!」

 

 頭に花の冠を載せた初春も美琴に引き続きドリンクバーにてドリンクを入れ、自分と同じ学校の制服を着用した友人の待つ席へと向かう。

 

「世界初の宇宙エレベーター!それをこの学園都市に建設するのは赤道直下に建設するよりも何倍…いや何十倍もの困難を極めるんです!」

「それをものともせず完成間近となったのがあの『エンデュミオン』なんです!その姿は正に宇宙(てん)地球()とを繋ぐ天の浮橋……!はぁ…素敵ですよね~」

「そ、そう……」

 

 初春の(まく)し立てる様な説明に思わず苦笑しながら返事をする美琴。と、そんな彼女の目がふと初春とは別のもう一人の人物へと向く。

 その人物の名は佐天涙子(さてんるいこ)、腰に届く程度のストレートの黒髪と初春と同じ学生服を着用した噂好きの学生だ。彼女はいま、両耳にイヤホンを装着し、ファミレスの机の上に置いた音楽プレイヤーから流れてくる音楽に(ひた)っていた。

 佐天の聴いている音楽に興味の()いた美琴が話題転換の為に彼女に話しかける。

 

「ねぇ、佐天さん。それって何を聴いているの?」

 

 その美琴の言葉に反応した佐天がイヤホンを片耳外しながら彼女の問いに対して答える。

 

「『ARISA(アリサ)』って言う、ネットとか路上ライブをしてるアーティストの曲で、今もの凄い人気沸騰中なんですよ」

「私も試しにダウンロードしてみたんですけど、これが良い曲ばっかりで……」

「へぇ、そうなんだ」

「これは噂何ですけど、彼女の曲を聴くと何か良い事が起こるって話があるんですよ」

 

 噂好きな彼女の好きそうな話である。ARISA(アリサ)というアーティストが具体的にどんな人物かは自分には分からないが、そういう噂が出てくる程度には良い曲を作っている人らしい。ジュースを片手に持ちながら美琴はそう考える。

 と、そんな美琴の前にノートパソコンの画面が映し出される。ノートパソコンの液晶画面を美琴に見せながら、初春が口を開く。

 

「あぁ、この人ですね」

 

 液晶に映し出されたのは今まさに路上ライブをしているであろう一人の少女の姿。桃色の髪を揺らしながら歌う彼女の姿を見て美琴が呟く。

 

「あぁ、この子だったんだ」

 

 その少女のことは知っている。少し前にちょっと色々とあって美琴は彼女と面識を持っているのだ。なのでついポロリと口から言葉が(こぼ)れ出た。

 が、そんな美琴の呟きに食いついてくる人物が一人。

 

「この子!?もしかして知ってるんですか美琴さん!?」

「い、いや…ちょっとね……アハハ」

 

 佐天の驚愕を苦笑いでやり過ごす美琴。初春はそんな二人を微笑まし気に見つめて―――直後、()()に気づいてしまった。

 ソレは、平和な休日の街中には相応しくない代物だった。一目見て、誰もが即座に異物だと気付ける程のドス黒い存在であった。執念怨念後悔嫉妬ありとあらゆる負の感情を集積させた様な存在。ただそこに有るだけで周囲を恐怖に陥れるかのような、ただそこに有るだけで世界の色を失わせてしまうかのような、そんな理解できない存在であった。

 ―――だと言うのに、周囲の人々はソレに何の反応も示さず、学園都市の治安を維持する筈の警備員(アンチスキル)すら動かない。一目見ただけで危険な存在であることが明らかであるのに、誰もがそう思うはずなのに、まるでその存在が初めからそこに存在していないかの様に振る舞う。そこに、周囲と自分との認識のズレがある。何よりもそれが一番初春には恐ろしい。

 勇気を出して、今一度ソレを視界に捉える。

 

 

 

 ―――白井黒子(しらいくろこ)が、そこに居た。

 

 

 

 ファミレスと外とを区切るガラス、その外側に張り付き、自分達―――正確にはイヤホンを片方ずつ共有してARISA(アリサ)の曲を聴いている佐天と美琴の二名―――を凝視(ぎょうし)し、全身から負のオーラを放出する彼女の姿がそこに有った。

 効果音を付けるのであれば「ズズズズズ…」か「ゴゴゴゴゴ…」辺りが妥当だろう。ホラー映画かな?

 瞬間、パッとガラス一枚隔てて外に居た白井の姿が忽然(こつぜん)と消える。彼女の持つ空間転移(くうかんてんい)によるものだ。

 姿を消した白井は瞬時に美琴達の座っているファミレスの机の上にその姿を表し、乗っている車椅子ごと机の上に落下するように着地した。

 

「こんな所で何をなさっているんですの、お姉様ッ!?」

 

 まるで浮気現場を抑え浮気の証拠を掴んだかの様な物言いで怒号を放つ白井。その余りの剣幕に、只音楽を聴いていただけの美琴と佐天のみならず、白井の追及の言外に存在する初春ですら揃って顔を顰める。昼ドラかな?

 

「し、白井さん…まだ入院している筈では……」

 

 白井に声を掛ける初春。尚、彼女の発言に対して「残念だったなぁ、トリックだよ」などという返しを行う軍人は此処には存在しない。

 

「半日早く退院の許可が出たんですのよ!ですから皆を驚かせようと思って来てみれば……!まさか逆に(わたくし)が驚かされる側につくことになるとは思いもよりませんでしたわ!?」

 

 それでも律儀に返答するのが白井クオリティ。そしてそんな彼女が次にとる行動も大体パターン化されている。

 

「かくなる上は、私もお姉様と急接近致しますわ!!お姉様ーーー!!」

 

 美琴に向かって盛大にダイブする白井。その有様はさながら液晶画面越しに見る世紀の三代目大怪盗の様であったという。

 対して美琴がとる行動も既にテンプレート化されている。

 

「だーっ!来るなーーー!!」

 

 

 

 彼女の咆哮(ほうこう)に応える様に、学園都市の一角で今日も青白い雷撃が(ほとばし)った。

 

 

 

   3

 

 視点は戻って上条一行へ。上条とインデックスの二人はアリサの路上ライブを最後まで聴いていた。

 ライブが終わり拍手をあげる観客にお礼を告げるアリサ、自身のサイトから音楽をダウンロード出来る事を観客に伝えた後、彼女はライブに使った機器の撤去に取り掛かろうとしていた。

 既に残った観客は上条とインデックスの二人だけになっていたが、インデックスは他の観客が去った後もその両手を叩き続け、彼女が片付けをする間も惜しみないインデックスなりの惜しみない賞賛をアリサに送っていた。

 

「ありがとう!あたしは鳴護(めいご)アリサって言って―――」

 

 アリサはそんなインデックスに対して一言お礼を告げながら機器の撤去に(いそ)しむ。それが悪かったのだろうか、彼女の踏み出した足は地を這う無数のコードに引っ掛かり、その重心がぐらりと傾く。「危ない!」と咄嗟(とっさ)に上条が駆け出し、アリサが地面に倒れるのを阻止しようとする。

 ドン!という音と共に彼女の体が上条の身体にぶつかり、上条はそれを受け止め両脚を地面に固定し―――ようとして、彼女の勢いを殺しきれず、彼女諸共(もろとも)巻き込む様に地面に倒れ込む。幸い上条が下に、アリサが上条の上にのしかかる様な形で倒れた為に彼女が怪我を負う事は無かったが、その代わりに上条の体が上手い具合に―――いや、この場合は不味い具合に彼女の体と密着してしまった。

 上条がその状態を認識すると同時に、彼女が倒れる際に彼女の持っていた革の袋が近くの路面に落下し、その袋の中から星空を(かたど)ったブレスレットの欠片が顔を覗かせる。

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

 現状を認識したアリサは直ぐに上条から離れ、近くに落とした革袋を拾う。そんな彼女の様子に上条も慌てて謝ろうとする。

 スゥ、と。そんな彼の頭上に黒い影が差し込んだのはその時だった。既に何が起こるか半ば悟りながらも上条はその影の主に対して目で訴える、やっぱり駄目?と。

 返答は言葉では無く行動で示された。

 

 

 

 直後、何かの噛みつき音と少年の悲鳴が学園都市の空に響き渡った。

 

 

 

   4

 

「凄かった凄かったよ本当に凄かったよ!ね、とうま!」

 

 上条とインデックスの間でひと悶着(もんちゃく)あった後、気を取り直したインデックスがアリサに対して歌の感想を告げる。インデックスに同意を求められた上条も、素直にその言葉に賛同する。

 

「俺は普段漫画ばっかり読んでて歌とかはあんまり聴いたこと無いんだけどさ、そんな俺でもお前の歌がスゲェってのは分かったぜ」

 

 携帯を見せながら「お前の曲も全部落と(ダウンロード)したんだぜ」と言う上条。

 

「ありがとう……気に入ってもらえると、嬉しいけど……」

 

 そんなファンの声に頬を赤らめながらお礼を言うアリサ。

 その様子を見たインデックスが、アリサに自信をつけて貰おうと専門家ぶった態度でアリサの歌を評価する。

 

「アリサの歌は本物だよ!だって詩に呪文(スペル)も載せていなければ魔術的な韻を踏んでもいな―――もがっ!?」

「いやー!アリサの歌ってホラ、アレだよな。すげーリアルに歌の情景が伝わってくるっていうか、一瞬精神感応(テレパス)系の能力者かと思った程だぜ!!」

 

 科学の総本山の都市のど真ん中で余計な事を言いそうなインデックスの口を封じつつ、慌てて上条がフォローにまわる。

 アリサは彼のその言葉を聞いて、一瞬きょとんとしてからその顔に笑みを浮かべて、

 

 

 

精神感応(テレパス)かぁ……フフ、それは無いかな。だってあたし、()()()()だし」

 

 

 

「あ、そうなのか……」

 

 レベルに関する話題というのは、学園都市では非常にデリケートな類のものだ。レベルが低い能力者はそのコンプレックス故にレベルの話題を出されることを嫌いやすい傾向にある。

 上条はそんな知識を思い出しながら、アリサに悪い事したかなと困惑した表情になる。

 そんな上条の様子に気付いたアリサが「そんなに気にしなくていいよ」と言い、上条の罪悪感を()ぎ落す。

 

「昔はちょっと悩んだりもしたけど、今となっては無能力者(レベル0)で良かったんじゃないかって思ってるの」

 

 近くの柵に体を預けながらアリサが語る。

 

「能力があったら、きっと私はそれに頼って、今こうして歌ってないと思うから」

「あたし、勉強とかも駄目で。唯一出来ることが歌う事だったんだ。なら歌おうって……その為なら出来る限りの事はしようって……そう誓ったんだ」

「『いつか、大きな場所で沢山の人にあたしの歌を届ける事』―――それが今のあたしの夢、かな?」

 

 二コリと微笑むアリサ。上条とインデックスはその笑顔に、光を見た。

 アリサから照射(しょうしゃ)される光のパワーを直視出来ず眩しさに目を(つぶ)不幸な少年と教会の修道女(闇の勢力)。何と言う事か!日頃不幸を味わって居る日陰の少年と異端審問に特化した教会の闇を(はら)んだ修道女にとって、純粋無垢な光は憧れや羨望(せんぼう)すら通り越して、最早猛毒にしか成り得ないのだ…!

 ―――等と二人が小芝居をしている間に、アリサは何処からか掛かってきた電話の相手と何らかのやり取りをし、通話を終えた後に未だ現実に付いていけないといった風な表情で上条達にこう告げた。

 

「オーディション―――」

「「?」」

 

 

 

オーディション……受かったの……

 

 

 

 鳴護アリサ、夢の実現への第一歩を踏み出した瞬間である。

 

  5

 

 そうと決まれば話は早い。夢の実現に一歩近づいた彼女を祝う為に、上条は当初予定していたインデックスとの昼食にアリサの名前を追加し、口座から数枚ばかり0の四つ程付く紙幣を引き出し大いに料理を食べさせた。

 受かったオーディションが宇宙エレベーターエンデュミオンのイメージソングという事で、もしかしたら宇宙に行くかもしれないという話をしながら大量の皿を積み上げていく彼女らには上条も財布の中身について一抹の不安を覚えはしたが、何とか予算内に収まったので、急遽予定には無かったがバッティングセンターで体を動かすことにした。

 三人で休日を謳歌するその姿は、まるで見慣れた青春の一ページの様でもあり、ともすればこんな日々が何時までも続くのでは無いかと錯覚させるに足るものだった。

 

 

 

 ―――だが、光を証明する為に闇が必要な様に、平穏を証明する為には不穏が必要なのである。

 

 

 

 三人から離れたビルの屋上、そこに漆黒のドレスを纏った三つの影の姿があった。

 それぞれの瞳が見つめるのは平穏を謳歌する三人……その中でも取り分け重要な人物である一人の少女だ。

 六つの瞳、その内に映せしは一体如何(いか)なる物か。

 今一度(ひとたび)、波乱の時が近づいてきていた。

 

   6

 

 夜、本来であれば天蓋(てんがい)を暗いヴェールで(おお)われ、月明かりのみが道標となる時間帯。しかし学園都市の夜はまだ明るい。道沿いに建てられた街灯が辺りを照らし、そこかしこの建物から人口の光が溢れ出ては辺りを照らしている。そんな街の一角に、上条達は居た。

 近くに有ったベンチに腰を下ろし休憩するアリサとインデックスと、そんな彼女たちの荷物を持っていた上条。学園都市の色々な場所を遊びつくした三人は、スッキリとした表情で今日という一日を締めくくろうと思っていた。

 ふとアリサがLaを基調とした歌を口ずさみながら街中を歩き始める。そんな彼女の後ろを歩く上条とインデックス。アリサが歌を止めた時、三人は夜の広場の中に居た。

 

「この曲ね、今作ってる途中なんだ」

「今日は本当にありがとう。デビューライブ決まったら、二人に知らせるね!その時にはこの曲も完成してると思うんだ」

 

 嬉しそうに微笑むアリサの笑顔に上条とインデックスも笑顔を返す。

 

「あぁ!楽しみにしてるぜ、なぁインデックス?」

「うん!勿論だよ!」

 

 楽しかった一日はこれで終わり。明日からはそれぞれの一日が幕を開ける―――筈だった。

 最初にその異変に気付いたのはインデックスだった。

 アリサの後方―――広場の水辺の中央に、一人の人物の姿が有った。ウェーブの掛かった金の長髪、中世の魔女を連想させる黒白の衣装、その手には一本の箒が握られ、その箒には魔女の使い魔を表す黒猫のアクセサリーが取り付けられている。

 瞬間、広場の水がうねりをあげて天高く舞い上がり、巨大な腕の様に上条達目掛けてその奔流を振り払う。

 降られた水の剛腕は、しかし上条が皆を地に伏せさせたことにより不発に終わる。相手の魔術を確認したインデックスが直ぐに上条に注意を飛ばす。

 

「気を付けて!四大属性、その内の水の属性を用いた攻撃だよ!象徴は杯、方位は後方、照応する天使は神の力(ガブリエル)、同じく照応する精霊はウンディーネ!」

「んないっぺんに言われても訳分からないっての!?」

 

 インデックスと上条が相手への対抗手段を模索している間にも事態は進展する。

 現場に新たに二人の人物が現れる。一人は肩までの長さの茶髪、探偵を連想させる黒白の衣装、その手に羽根のペンを握りしめた少女。一人は緑の長髪、妖精を連想させる黒白の衣装、その手に扇子を握りしめた少女。どちらも相手方の魔術師だ。

 

「マリーベート、足止めお願い!」

 

 言葉と同時、魔女の少女が自身の周囲に浮かび上がらせていた無数の水の塊の形を鋭利に変形させ、それを上条達に向かって一斉掃射する。

 その鋭利な水の連撃を(かわ)しながら目の前の魔女の少女へ走って近づく上条。自身の右手に宿った力である幻想殺し(イマジンブレイカー)の異能の力を問答無用で消し去るという性質を利用して、彼が敵の魔術を打ち消そうと試みる。が、

 

「ッ!?」

 

 ガクンッ!と。まるで何者かに足首を掴まれたかのような感覚が上条を襲い、その場に引き留める。見れば彼の右足から下はアスファルトを押しのける様に盛り上げられた土で包まれている。

 四大属性の内、地の属性を用いた攻撃である。象徴は円盤、方位は左方、照応する天使は神の火(ウリエル)、同じく照応する精霊はノーム。

 

「ジェーンッ!」

 

 その地の精霊を利用した魔術で上条を足止めしている探偵の少女がもう一人の妖精の少女に呼びかける。

 呼びかけに応じた少女が風を操り、先程上条が交わした鋭利な水の(つぶて)を方向転換させ、再度上条にぶつけさせようとする。

 四大属性の内、風の魔術を用いたアシスト。象徴は剣、方位は前方、照応する天使は神の薬(ラファエル)、同じく照応する精霊はシルフ。その魔術が今、上条の下へウンディーネの攻撃を届ける。

 

 

 

 ゴバッ!!という音と共に舞い上がった大量の土煙と、何かを打ち消した甲高い音が辺りに響いた。

 

 

 

 土煙が晴れ、姿を現した上条。だがしかし、その体に傷跡は無い。方向転換し上条を襲った筈の水の礫は、上条の右手によって打ち消されていたのだ。

 

「何者だお前ら!どうして俺達を襲う!?」

 

 言葉と同時に自身の足元に右手を当て、自身を拘束していた地の魔術を無効化する上条。

 

「………」

 

 対して魔女の少女は何も語ることもせず、次なる攻撃に取り掛かろうとする。

 自身の周囲に存在する広場の水を渦巻かせ、再度他の二人の少女と連携をとって攻撃を仕掛けようとし―――突如、広場の水の制御が崩れる。驚きと共に広場の水場に落下する彼女の様子を見て、他の二人の少女が汗を流す。

 

強制詠唱(スペルインターセプト)…!」

 

 視線の先は一人の少女へ。白と金の刺繍(ししゅう)で彩られた修道服を着た少女は、自身の完全記憶能力によってその脳内に秘めたる一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識で持って戦場に介入する。

 彼女の名はインデックス。動く魔導図書館であり、正しくその身に秘めた知識を用いれば魔神にまで届きうると称される存在である。

 

「くっ……!」

 

 旗色が悪くなったことを感じた襲撃者達がたじろぐ。その隙を見逃すまいと上条当麻が動こうとする。

 

 

 

 炎が、彼を遮った。

 

 

 

 視線を少し離れた場所に映せば、そこには負傷した襲撃者の少女達を(かば)うように佇む男が一人。肩までかかる赤髪、右目の下にはバーコードの形をした刺青(タトゥー)、耳にはピアス、五指には銀の指輪、そして二メートルを超える体を覆う様にスッポリと黒い修道服を着用した存在。間違い無い。彼は先日上条と一緒に魔術結社から学園都市を守る為に東奔西走したイギリス清教の魔術師だ。彼の名は―――

 

「ステイル!こいつは一体どういう真似だ!!」

 

 上条の怒声がステイル=マグヌスに突き刺さる。対して彼は、ただ一言―――

 

 

 

「『Fortis931』―――!!」

 

 

 

 その魔法名(殺し名)を告げた。

 瞬間、ステイルが上条に向かって炎を放射する。直線的な軌道の炎は、上条の右手によって難なく阻止されてしまう。が、それにも構わずステイルは上条に向かって炎を放射し続ける。

 可笑しい、と。そんな消極的なステイルの様子に上条は疑問を抱いた。

 それはこれまでステイルの魔術師としての戦い方を見てきたからこその疑問。仮にもステイル程の魔術師が何の策も練らずにただ愚直に炎を放射し続けるだけと言うのは不自然の一言にすぎる。まるで上条との戦いよりも()()()()()()()()()()()と言わんばかりである。

 

「何を呆けている!早く()()を確保しろ!!」

 

 その証拠に彼が妖精の少女に指示を出す。

 

「クソッ!!狙いはアリサか…!インデックス、アリサ、今直ぐこの場を離れろ!!」

 

 上条の抹殺が目的なら確保等という単語は用いないし、ステイルはインデックスのことをアレ呼ばわりはしない。となると候補は自然に絞られる。一体アリサの何が彼らを動かすのかは分からないが、それでもこんな手段を使うべきでは無い。少なくとも上条はそう考えた。

 

「ふん、他人の心配をするのは勝手だがね。その前に自身の心配をしたらどうかな!?」

 

 そんな上条を嘲笑う様にステイルが炎を放射する。但し、今度の標的は上条では無く、彼の近くに経っている広場のアーチの支柱だ。

 熱せられたアーチは支柱との結合部分から炎を上げ、バラバラに分解されて地上に降り注ぐ。

 

「君の右手じゃ、質量までは消せない」

 

 死の間際、ステイルの一言が上条の脳内に響く。上条の頭上で分解されたアーチの一部が今にも上条を圧殺せんとし―――

 

   7

 

「成る程、正に()()。噂に(たが)わぬと言った所か」

 

 上条に降り注いだアーチが、桃色の少女の叫びにより寸前で二つに割れ、上条を避ける形で地に落ちる様子を見ながらその人物は呟いた。

 

「レディーの思惑も粗方(あらかた)調べがついた。そろそろ俺も動くとしよう」

 

 彼はその鋭い目つきで闘争の場を俯瞰(ふかん)した後、そう呟いた。

 

「今回の件、元を正せば(わたし)の不始末によるもの。で、あるなら()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に―――」

 

 

 

「こちらも全力でいかせて貰おう」

 

 

 

   8

 

 

 

 ゴバッ!!という衝撃音が辺りに響いた。

 

 

 

 見れば、広場周辺に建設されていた高層ビルの幾棟(いくむね)かが、土煙を立てては崩れ落ちている所だった。

 舌打ちを一つ打ちながら、ステイルが魔女狩りの王(イノケンティウス)を顕現させ、その熱量でもって降り注ぐ膨大な建物の欠片を消し炭にしようとする。その最中だった。

 

五行相剋(ごぎょうそうこく)、水は火を剋す」

 

 空中より降り注ぐ数多の建造物の破片、その一際大きな破片の影から一つの人影が躍り出、凄まじい速度でその右手を炎の巨人に叩きつける。

 直後、炎の巨人は崩れる様にして消滅し、ステイル達は迫りくる建造物の雨にその身を晒すことになった。

 五行相剋、五芒星の形で表される五行(木、土、水、火、金)と呼ばれる五つの属性の相関図。その属性を五芒星と人体の照応によって人体の特定の位置に宿し、相手の属性に強い属性の宿る人体の部位での攻撃を仕掛けられたのだ。それにより火の属性を有する炎の巨人は為す術も無く消された。

 その光景を見たステイルが叫ぶ。

 

「ッ!!西崎隆二、何故君が魔術を扱える!?」

 

 自身の盾を消滅させた人物を睨みつけながらステイルが歯嚙みする。その視線を向けられた西崎は冷ややかな目でステイル達を一瞥(いちべつ)すると、その口を開く。

 

「アリサから手を引け、魔術師共。出なければお前達を押し潰す」

 

 自身の質問に答える気も無く、交渉というよりかは半ば脅迫に近い言葉を発する西崎に対するステイルの返答は嘲笑(ちょうしょう)であった。

 

「ハッ。ソイツは無理な相談だね」

「そうか。ならば土に還るがいい」

 

 ゴバッ!!という衝撃が幾重にも渡って響き渡る。それに合わせて地上に落ち行く残骸の軌道が修正され、その全てがステイル達魔術師を直撃する軌道へと変わる。更に魔術師に魔術を使わせる暇を与えぬ様に、続く衝撃によって残骸はその推進力を増し、即座にステイル達の命を刈り取りに掛る。

 

「ジェーンッ!!」

 

 その様子を見たステイルが妖精の少女の名前を呼ぶ。名前を呼ばれた彼女は、推進力を得た残骸が自分達に届く前にその魔術を完成させることに何とか成功した。

 

「はいっ!!」

 

 勢いの良い返事と共に、暴風が巻き起こり瓦礫を吹き飛ばす―――筈だった。

 

「え!?」

 

 真っ先に驚愕を覚えたのは確かに魔術を発動した筈のジェーンだ。妖精の衣装を纏った彼女は、自身の風の精霊(シルフ)を使役した魔術が何かに掻き乱され、発動後直ぐにその効力を揉み消されたことに気付く。

 

「着地のついで、地面に五芒星を刻んだ。そして俺は今その頂点に立っている―――この意味が分かるか?」

 

 ステイルが地面を見ると、確かにそこにはどういう手段で刻んだのか、五芒星が描かれていた。

 ゾワリ、と。そこで初めてステイル達は自分達が既に袋小路に追い込まれていた事を悟る。

 五芒星。火、水、地、風、霊からなる五大元素を表し、人体に照応するその形。その内五大元素で言えば霊に属する部分に西崎は立っている。霊は他の四大属性を束ねる位置にあり、王冠とも称される属性だ。これが指す事実は一つ。これからこの四人の魔術師がどれ程自分の得意とする魔術で場を切り抜けようとしても、その全てを彼によって掻き消されるということである。

 今から地面に描かれた五芒星を何らかの手段で消した所で、頭上より降り注ぐ大量の瓦礫やガラス片から身を守る為の術式を構築するだけの時間があるとは到底思えない。詰まる所、ステイル達四人は詰んだのだ。そう―――ステイル達()()は。

 

 

 

 ザンッ!!という音と共に幾つもの煌きが空中に浮かび上がる。直後巻き起こった暴風により、建物の残骸は辛うじてステイル達四人を避ける様な形で地に降り注いだ。

 

 

 

神裂火織(かんざきかおり)か。力業で事象を解決できるのは聖人の厄介な所だな」

 

 一連の事象を見届けた西崎の言葉に応える様に、黒髪をポニーテールに結った女性がその手に日本刀を携えながら上空より広場に飛来する。

 

「神裂……いや、イギリス清教。今一度言う、アリサから手を引け」

 

 ステイル達に向けたのと同質の目付きで神裂を見ながら西崎が再度警告する。対して世界に二〇人と居ない聖人である神裂は、無言で七天七刀に手を掛ける。

 それを見て西崎は呆れた様に一言。

 

「成る程。交渉に応じる気はないと言う事か」

 

 瞬間、二人の間に衝撃と火花が散る。西崎の放った衝撃によって弾かれた神裂の鋼糸(ワイヤー)が行き場を失い宙に舞う。

 

「彼女は危険な存在です。科学サイドと魔術サイドでの戦争の火種になりかねない」

「彼女は魔術に関与していない。聖人認定にしても、奇蹟の利権を欲した十字教の上層部の思惑でしかない。実際、彼女の肉体に聖痕(スティグマ)など存在していない」

「それでも彼女を起点に戦争が起きようとしているのは紛れも無い事実です」

「抹殺では無く捕獲を選んでいる時点で十字教(お前達)の底は知れている。()く失せろ」

 

 一瞬が永遠にも感じられるほどの刹那、たったそれだけの時間で西崎は神裂の目前に移動していた。その体勢から西崎が寸勁を繰り出す事を感知した神裂が自身の剣技でこれを退けようとする。が、直後彼女の第六感が途轍もない悪寒を感知し、彼女は即座に剣技による寸勁への対処を取りやめ、全力で回避に徹した。

 直後、グジュッ!!という瑞々しい音と共に、彼の手が掠った左腕が捻じれるようにして内側から破壊される。神経はズタズタに裂かれ、筋繊維はその半分ほどが捩じり切れ、骨には決して浅くは無い罅が刻まれる。最早感覚の無くなった左腕をぶらりと下げながら大きなジャンプと共に彼女の去った空間に、一拍遅れて衝撃音が響き渡る。

 

(土御門から聞いていた寸勁とは威力が桁違いでは無いですか!)

 

 内心毒づく神裂。そんな神裂の焦りを目(ざと)く見抜いた西崎が、衝撃によって地面に刻んでいた五芒星の模様の一部を地面ごと吹き飛ばす。

 四大属性を縛る模様が崩されたことで魔術を使えるようになったステイルと三人の少女達が一気に西崎を攻撃を畳みかけようと神裂に声を掛けようとする。

 

 

 

 神裂火織はその左脇を中心に大量の赤い染みを衣服につくっていた。

 

 

「なっ!?」

 

 苦悶の表情を浮かべる神裂と驚くステイル。そんな彼の様子を見て西崎が口を開く。

 

「五芒星は人体に照応する。また光芒(こうぼう)を一つのみ上に向けている五芒星は救世主を表す。そして神の子である聖人であるならばロンギヌスの持つ槍にて貫かれ血を流した左脇という部位はまたとない弱点だ。今のは単にこれらの要素を掛け合わせたに過ぎん」

「―――さて、これが三回目の最後通牒(つうちょう)だ。今回の件から手を引け、魔術師」

「その前に質問させて貰う。何故君はアレが戦争を引き起こしかねないことを把握した上で僕達と敵対する?その理由は何だ?そして何故君は能力者でありながら魔術を扱える?」

 

 魔術を行使できる状況になったことで余裕の出てきたステイルが西崎に問う。

 

「前者に関しては先程言った筈だが?奇蹟という名を聖人と括り付け、あまつさえその看板を独占しようとする十字教の姿勢が気にくわんのだよ。そもそも彼女はここ三年間霧ヶ丘女学院に居たと言うのに、魔術サイド(お前達)は何時彼女が聖人の力を所有していることを確認出来たと言うんだ。少し考えればお前達の言っている主張が穴だらけなのは分かる事だ」

「後者については態々口に出す様なことでは無いだろう。それとも何か?お前から見れば俺は自身の秘密を嬉々として敵対者に語る様な人物に見えるのか?」

「ふん、どうやら君は僕達とは相容れない様だね……メアリエッ!!」

 

 ステイルに名前を呼ばれた魔女の少女が魔術を行使し、消火栓から水流を引き出し、西崎に向かってそれを仕掛ける。うねりながら進む水流は、傍から見ればさながら蛇の様に映る事だろう。対して西崎は只何もせずに立ったまま、その口を静かに開いた。

 

「俺を攻撃するのは勝手だがな。それよりも()()()()()()()()()()()()?」

「何…?」

 

 西崎の発した言葉に疑問を覚えたステイル。そんな彼の耳が小さな金属音を捉えた。チラリと視線を移してみれば、地面のそこかしこに小さな円筒状の物体―――所謂(いわゆる)ペレット―――が設置されていた。

 声を上げたのは神裂だった。

 

「撤退しますよ!敵からの攻撃です!!」

 

 神裂の言葉にメアリエは西崎に対する攻撃を中断し、ステイル達はそれぞれペレットの設置された場所から離れようと行動を始める。

 直後、どこからか無数のアンカーワイヤーが現れ、地面に設置されたペレットにそのアンカーを突き刺す。

 

 

 

 瞬間、爆風が広場を覆った。

 

 

 

 立ち昇る煙とそこから覗く炎が夜の広場を明るく照らし、周囲に不穏な空気を運び込む。その煙が内側から引き裂かれるようにして晴れる。中から現われたのは左脇腹から未だ血を流しながらも刀を振るった体勢で息を整える聖人神裂火織と、彼女に守られ煙にせき込んでいるステイル達四人の姿だ。

 

「一つ聞きます。()()も貴方の差し金ですか?」

「いいや……と言ったら今のお前達は素直に信じるのか?」

 

 チッと舌打ちを一つ打って広場のある一点を見つめる神裂。彼女の動体視力は光学迷彩によって隠されたある存在の動きを捉えていた。

 それは、四つの脚を持ち、楕円に近い胴体を持っていた。暗色と寒色をメインの色彩とし、その四つの脚で持って滑る様に移動する様子は海を進む海洋生物を連想させた。ソレが何であるのか、詳細は知らずとも神裂は直感で理解した。即ち、あれは学園都市で造られた科学技術の結晶の一つであると。

 魔術師達の注意の視線を受けながら、その機動兵器は周囲に宣言する。

 

『我々は学園都市統括理事会に許可を得た緩衝部隊である!これより特別介入を開始する!』

 

 言葉と共にその機動兵器が地面を滑る様に移動し魔術師達との距離を詰める。それに倣って一際大きなその機動兵器の後ろから一回り小さな四機の機動兵器が追走する。

 

「くっ、これ以上騒ぎが大きくなると分が悪くなります!皆、相手を足止めしつつここは一時退却しますよ!」

 

 神裂の言葉に従ってそれぞれ動く魔術師達。そうはさせまいと機動兵器達も応戦する。

 機動兵器がペレットを射出すればステイルの炎がそれを焼き尽くし、爆発が起こればジェーンが風を巻き起こし視界を確保する。メアリエの放った水の(つぶて)を機動兵器が避け、マリーベートが機動兵器の足元を土で固めれば小型の機動兵器がその土を剥がす。

 そんな一進一退の攻防の末、気が付けば魔術師達はまんまとその場から逃げおおせていた。後に残るのは騒動に巻き込まれた上条とインデックス、知らず騒動の中心に居る気絶した鳴護アリサ、騒動に割り込んだ西崎隆二、そして今し方魔術師達と戦闘を繰り広げた五機の機動兵器のみだ。

 

「さて」

 

 静寂を切り裂いたのは西崎の声だった。彼は上条達に視線を移すと彼らの安否を確認する。

 

「見たところ怪我人は居ないな。鳴護アリサに関してもただ気絶しただけの様であるし、被害は無いと見ていいか」

 

 その言葉にハッとした上条が西崎に対して質問する。

 

「西崎!?お前、ここ数日何処へ行ってたんだよ!?」

 

 自身のピンチに駆け付けてはきたものの、この西崎と言う男は数日前にその姿を消している。表向きには何処かの施設を使っての能力の実験となってはいるが、隣室はもぬけの殻であり、その消息もようとして知れなかった。恐らくは上条の知らない所で何かしていたのだろうが、それにしても余りにも唐突に消息を絶ったものだから、何か厄介事に巻き込まれたのでは無いかと少なからず心配していたのだ。……実際には、厄介事に巻き込まれたのは上条の方だったのだが。

 

「少しこちらにも事情があってな。情報収集と事実確認、その他諸々のことをしていた」

「……もしかして、それって今回の襲撃と何か関係があったりするのか?」

「そうだな。詳細は省くが、当初は俺一人でこの件を終わらせようと思っていたんだが、お前が関わるとなると少し事情が変わってしまってな」

「?」

「端的に言えば、お前にも今回の件の解決の手助けをしてもらいたい」

 

 その西崎の言葉は、上条にとっては意外なものであった。彼は基本こういった厄介事に対して受動的なスタンスをとる。それは『厄介事に関わるのは面倒だが、それでこちらに火の粉が飛んでくることの方がもっと面倒だ』という彼の理念に基づいての行動だ。なので彼が自分から積極的に厄介事の解決に赴くなど考えもしなかったし、その問題の解決の手伝いを他人に頼むというのも考えられなかった。

 先程の戦闘を見ても今回の件の特異性が色濃く浮き出ている。これまで(恐らくは)魔術師との戦闘で使わなかった魔術を行使し、能力者でありながら魔術を行使できるという特異性を露見させ、更には建造物をまるまる一つ使った攻撃を仕掛け、魔術サイドに対するその敵意の強さを(あら)わにしていた。

 先程ステイルに殺されそうになった自分が思う事では無いだろうが、神裂があの場に居なければ、十中八九ステイル達は圧死の結末から逃れる術は無かっただろう。そう考えるだけで、背筋が冷たくなる。

 

(今回の厄介事、どこか今までとは違う……)

 

 そう思う原因の八割方は西崎の行動なのだが、それを踏まえても普段の厄介事と同じ心構えで居るのは危険かもしれない。

 上条当麻は、そう強く心に思った。

 

   9

 

 学園都市の機動兵器に搭乗していた少女からの警告を受けた後、上条達は気絶したアリサを連れて自身の寮へと帰宅する。帰宅した上条はひとまずアリサをベッドに寝かせ、今回の事情を知っていそうな西崎に話を聞くことにした。

 

「鳴護アリサ。お前達も先の騒動を見て理解しただろうが、彼女こそが今回の原因だ」

 

 上条に話を聞かれた西崎は、そんな言葉と共に話をし始めた。

 

「彼女は三年前から霧ヶ丘女学院に在籍している無能力者(レベル0)である……と言う表現をすると誤解を招くか」

「え、違うのか?」

「違う。そもそも彼女は学園都市の能力開発を受けていない。故に無能力者(レベル0)というのは厳密には間違いだ。では彼女が霧ヶ丘女学院で何をしているかと言うと、能力()()になる」

「能力解析……?」

「そうだ。姫神秋沙(ひめがみあいさ)と同じ様に、彼女は生まれながらに不思議な能力を扱うことの出来た存在でね。その能力を解析する為に霧ヶ丘女学院に居るという訳だ」

「じゃあアリサって原石なのか?」

 

 原石。幾つかの要因が重なり学園都市の外で能力の発現した人間のことを、ここ科学の総本山ではそう呼称する。

 

「いや、彼女は原石でも無い。彼女はもっと別のものだ。まぁそれについては今回は省こう」

「さて、問題なのはここからだ。彼女は学園都市で能力開発を受けていない。ということは、彼女は()()()()使()()()()

「!なるほど、能力者は魔術を扱えない。でもアリサは能力者じゃ無いから魔術を扱える。でも教会はアリサを能力者だと思ってるってことなんだね」

「どういう意味だよインデックス?」

 

 西崎の言葉にインデックスが理解を示す。対して上条は未だ状況を理解できていないのかインデックスに説明を求める。

 

「とうま、能力者に魔術は扱えない。ここまでは分かるよね?」

「あぁ。使うと体がズタボロになっちゃうんだろ?三沢塾や御使堕し(エンゼルフォール)でもそいつは見たし、少し前に学園都市を襲ってきたシェリーの友人のエリスも確かそれが原因で死んじゃったんだよな……」

「そうだね。能力開発を受けた人っていうのは魔術を使う人とは回路が違うから、無理にでも使おうとすると危険なんだよ。でもアリサは能力開発を受けていないから魔術が使えるの」

「そうだな。能力開発を受けていないってんなら回路とやらが違うってことも無いんだし、魔術を使っても問題無いわけだ」

「でも、教会側から見るとそんなアリサはどう見えるかな?」

「魔術サイドから?」

「うん。アリサは学園都市に居る子で、何か不思議な力―――つまり能力を持った子なんだよ。つまり教会はアリサを学園都市で能力開発を受けた能力者だと思ってるんだよ」

「もしかして……教会側から見れば、アリサは『能力者であるにも関わらず何故か魔術を扱える存在』ってことになるのか?アレ?でもそれって西崎もじゃ……」

「今は俺の事は置いてくれ。それに俺が魔術を扱えるのにも立派な種がある。だからといって態々ここで語る様な事でも無いが」

 

 それはともかく、と言って西崎が会話を再開する。

 

「今し方お前達の言った通り、今回魔術サイドはアリサを『能力者でありながら魔術を扱える存在』と捉えている……が、事はそう単純ではない」

「なんだよ。これ以上アリサに何があるって言うんだよ?」

()()だ、上条。彼女は教会から何故か聖人認定を受けている。しかも暫定で九位。完全に覚醒でもすれば、あの神裂をも上回るかもしれんらしい」

「え!?神裂より上ぇ!?何たってそんな事になるんだよ!?」

 

 

 

奇蹟だ」

 

 

 

「……奇蹟ぃ?」

 

 思わぬ西崎の言葉にその単語を聞き返す上条。彼に対して西崎は一つ頷いて話を続ける。

 

「上条、お前も聞いたことは無いか?『鳴護アリサの歌を聴くと良い事が起こる』という噂を」

「あぁ~……アリサが『自分は運が良い』って言ってたのなら知ってるぞ」

「そういう要素を教会は奇蹟の力と判断した。そして十字教において奇蹟の力を行使する存在は聖人()()()()()()()()()

「やけに限定的な言い方だな。別に聖人じゃ無くても他にそういう力とやらを使える奴もいるんじゃ無いのか?」

「聖人でも無いのに超常的な力を持ちうるのであれば、それは悪魔か魔女()()()()()()()()()

「うわ極端」

「だが十字教にとってはこれが事実だ。でなければ異端審問や魔女狩りなど行われないし、他人種や他民族の伝統や文化も破壊されていない。アフリカ大陸を暗黒大陸と呼ぶのもこれによるものだし、奴らが悪魔と呼ぶ存在の幾らかは異教の神や精霊の類だったりする」

「やっぱりどこも綺麗な話ばっかじゃないんだな」

「とうま、だから前にも言ったでしょ。宗教に政治を混ぜちゃったんだよ」

「あれ、そんな事言われたっけ……?」

「……。上条の記憶力に関しては今更だが、これに関しては俺もインデックスに同意しよう。宗教とは哲学だ。人生の考え方の一つではあれ、それ自体に依存するのでは本末転倒だ」

「なんか難しい話だな」

「兎に角話を戻そう。教会は神裂を上回るかもしれない力を持つアリサを聖人という体で魔術サイドに引き込みたいのさ。要するに奴らは奇蹟という看板を欲したのさ。正に先程インデックスの言った宗教に政治を混ぜた結果がコレという訳だ」

「あれ?でも西崎の話だとアリサは聖人じゃないって前提みたいに聞こえるぞ。実はアリサが聖人って線は無いのか?」

「無い。それだけは断言しよう。何せ彼女には聖人の証である聖痕(スティグマ)が存在しないし、その情報を魔術サイドが知る術も無かったのだからな」

「あ、そっかぁ。アリサってここ三年霧ヶ丘に居たんだっけ。てことはここ三年はずっと学園都市に居た訳か」

「そうだ。魔術サイドも態々学園都市の一個人の情報の為だけに間諜(スパイ)を放つとは考え難い」

「いや、でも俺結構魔術師に襲われてるぞ」

「そいつらの目的はお前の情報では無くお前の排除だろう。襲撃と潜入は別物だ」

「でもそれならアリサが学園都市に来る三年より前に何処かで情報を調べられたって事は無いのか?」

()()()()()()()()。三年より前と言うのであれば、それこそどんな情報を集めようと思っても何一つ見つからんさ」

「ん?それってアリサの情報が操作されているって事か?」

「いや、もっと単純な理由だよ。()()()()()()()()()()、というだけのことさ」

「???」

「まぁ、これ以上語る事も無いだろう。取敢えず事の原因についてはこんな所だな」

 

 そう言って話を終わらせる西崎だったが、彼にはまだ今回の件で上条達に明かしていない秘密を抱えていた。

 例えば、今回の事件は二重構造になっており、先程彼が上条達に語ったアリサを巡る抗争はその一つでしかないこと。

 例えば、今回の事件は、元を正せば自分の遣り残しが原因であり、今回自分はその遣り残しを清算する為に動いていること。

 それらを上条達に語る様な事はしない。それらは自身の心の内に秘めておくべきものだ。

 脳裏によぎるのはかつて俺では無い私が過ごした日々。輝かしい彼女との思い出。

 もう彼女は十分に待っただろう。今こそかつての親友として彼女に会わなくてはならない。

 決意を胸に、夜を見つめる。天蓋に散りばめられた星々は、相も変わらず小さな煌きを放っていた。

 

   10

 

■■―――

 

 気を失った乗客達の乗り合わせた落下直前のオリオン号。その中で彼女は一つのを聴いた。

 薄っすらとした視界に映り込むのは桃色の髪をした少女の姿。右手に星空をかたどったブレスレットの片割れを持ったその少女は、その不思議ないながら機内を歩く。

 それを見つめる自分には、そのノイズの様に聴こえた。

 そしてそのノイズは次第に大きくなっていき―――

 

「―――っ」

 

 そこで彼女の目が覚めた。

 腰の辺りまで伸びた黒い髪と、強い決意を感じさせる目をした彼女は、先程広場であった騒動の報告をする為に、自身の依頼人へと通信を掛ける。

 

『あら、こんな時間に報告なんて珍しいわね』

 

 通信に出たのは幼い少女の声であった。だが何処か大人びた雰囲気を帯びており、とても少女とは思えない様な不思議な印象を伴っていた。

 

『貴女から連絡があったという事は、そういうことなのかしら?』

「はい。貴女の予想通り、鳴護アリサが襲撃を受けました。幸いその場に居合わせた能力者の助力もあり、ビル数棟と広場の建造物の被害で相手を撤退させることに成功致しました」

『そう。でもレアアースを自在に操る貴女の「希土拡張(アースパレット)」があれば、対象の護衛程度なら容易でしょう?ねぇ、シャットアウラ』

「……」

『あら。無視なんてつれないわね』

 

 ―ザリザリ―

 

 黒髪の少女―――シャットアウラは、通信相手のその言葉に対して沈黙する。そして、幾らかの間をおいて自身の懸念を口にする。

 

「御存知の通り、鳴護アリサは襲われました。そう、貴女の予想通りに。……聞かせてください。鳴護アリサ、彼女は一体何者なのですか?彼女は一体何を持っているのですか?」

 

 ―ザリザリ―

 

 だが、彼女の疑問に対しする回答はシンプルだった。

 

『あら?それを貴女が知る必要があるのかしら?それとも、護衛対象のことを知らないと戦えない?』

「いえ、そういう訳では無いのですが……」

 

 ―ザリザリ―

 

「所で、この回線は本当に安全なのですか?先程から通信にノイズが紛れ込んでいる様ですが……」

ノイズ?あぁ、そう言えばそうだったわね』

 

 通信の向こう側で依頼主が何かに納得したかと思うと、数秒後には通信に紛れ込んでいたノイズがピタリと鳴り止んだ。

 

『どう?これでノイズは聞こえなくなったかしら?』

「はい」

『なら、引き続きあの子の警護をお願いするわね?』

「……はい」

 

 その会話を最後に通信を切る。窓の外に見えるエンデュミオンに背を向けながら、シャットアウラはその場を立ち去った。

 一方、彼女と会話をしていたもう一方の人物は、金のツインテールを揺らしながら視線を動かす。彼女は大小さまざまな歯車や天井から吊り下げられている幾つもの鳥籠では無く、部屋に備わっていた蓄音機にその視線を向けていた。

 視線の先では彼女の秘書の様な女性がレコードからアームを離していた。その様子を見ながら、先程自身と電話をしていたシャットアウラの素性を思い浮かべる。

 

「音の高低とリズムを処理する機能の喪失ね……私が言えた義理では無いでしょうけれど、同情するわ」

 

 あらゆる音楽をノイズとして処理してしまう彼女に憐憫の情を抱きながら、彼女は言う。

 

「でもまぁ、世界が一変するような体験に関して言えば、私にも思い当たる節があるわ」

 

 今もそれで苦しんでいる様なものなのだし、と付け加えて、彼女―――レディリーは憂鬱な表情を浮かべる。

 

「あぁ。この救いようの無い悪夢は、いつ目覚めるのかしら」

 

   11

 

 目が覚める。悪夢でも見ていたのか、飛び跳ねる様にしてアリサは起きた。

 

「?」

 

 ふと周囲に違和感を覚え、辺りを見渡す。目に映るどれもが、此処が彼女の知る場所では無い事を表していた。そんな中で二つ―――いや、正確には二人と一匹だけ彼女の良く知る人物が居た。

 見知った人物の内、ウニの様にツンツンした黒髪をした少年が彼女の方を向き、声を上げた。

 

「お、アリサ。気が付いたか」

 

 その言葉に反応する様に、見知ったもう一人の人物がその銀髪を(なび)かせながらこちらを向き、安堵したように声を上げた。

 

「あ、アリサ!気が付いたんだね!」

 

 見知った二人―――上条当麻とインデックスの二人から声を掛けられたアリサは、短く「うん」と返事をした。

 

「えっと……ここは何処なのか聞いてもいいのかな?」

「ん?あぁ……ここは俺の住んでる学生寮の部屋だよ。因みに隣の部屋には西崎が、反対の部屋には土御門がいる」

「えっと……?」

「あ、スマン。そういやアリサは二人のこと知らないんだっけ。でも西崎はさっきの戦闘にも助力?してくれたんだけどな」

「とうま。にしざきが来たのはアリサが気を失った後なんだよ」

「あ、そうか。わりーなアリサ、ちょっと勘違いしちまって」

 

 そう言ってガシガシと頭を掻く上条。そんないつも通りの日常の一コマにほっとするアリサ。

 

「さっき西崎から聞いたんだけど、昨日襲ってきた連中ってアリサの何か不思議な力を狙ってたって話みたいなんだよ。アリサはそういう不思議な力について何か心当たりがあったりするのか?」

 

 次いで上条から出た言葉に驚くアリサ。確かに彼の言う不思議な力については思い当たる節がある。

 

「うん。あたしが歌を歌う時って、なんだか計測できない力みたいなのが有るらしいんだよね。今も霧ヶ丘で検査を受けてるんだけど、結局詳細は謎のまま……」

 

 そこでアリサが少し寂しそうな顔になる。心の中にある不安が、言葉となって零れ出る。

 

「……だからね。時々、思うんだ。皆があたしの歌を聴いてくれるのって、実はその力のせいなんじゃないのかなって」

「違う!そんなこと無い!」

 

 その言葉を上条は咄嗟に否定する。

 知っての通り、上条当麻は不幸である。それは揺るぎの無い事実であり、また彼自身もこれを肯定している。だからと言って、上条当麻は自身の人生の全てを不幸のせいと決めつけたくは無かった。自身の築いてきた交友関係も、自身の救ってきた誰かのことも、その全ての原因を不幸に紐づけて終わりにしたくは無かった。上条当麻という人間は、確かに自分で選択し、自分で何かを為し、その末に今この時を生きている。それを全て不幸のせいにはしたく無い。上条当麻の人生は、上条当麻のものなのだ。

 今のアリサにこの思いを何とか伝えたい。言葉としてこの思いを出して、アリサの歌を皆が聞いてくれるのは決してアリサの力によるものでは無いと励ましたい。だが、この気持ちをどう表現するべきか、上条当麻はまだ分からない。結果として彼はアリサに自身の思いを伝える事は出来ず、口を閉ざしてしまった。

 そんな上条の葛藤を受け取ったのか、アリサは上条に対して微笑んで「ありがとう」と一言礼を言うと、学生寮のベランダに出て、漆黒の天蓋に散りばめられた光る煌きの数々を遠目に見やった。

 

「巻き込んじゃったみたいでごめんね」

「何もアリサが謝る事じゃないだろ?アレは向こうが勝手に襲ってきただけだし」

「それでも、だよ」

 

 夜の星空を眺めながら、アリサは少し寂しそうに笑う。

 

「あたし、歌で皆を幸せにしたかったんだけどな……。皆があたしの歌で幸せになって、それを見てあたしも幸せになって……。でも、それで誰かに傷ついて欲しくは無いかな」

「まさか……オーディション受かったのに辞退しようとか思ってないよな!?」

「だって!!歌いたいって結局はあたしの我儘なんだよ!?なのにそのせいで周りに何かあったら、あたし……」

 

 

 

「―――諦めるのか?」

 

 

 

「連中に屈して自分の夢を殺すのか!?ずっと追ってた夢を横槍のせいで捨てるのか!?」

「ッ!!」

「言えよ!誰かに望まれた事じゃない、自分が本当に心の底から望んでいる事を!!」

 

 

 

「歌いたいよ……!!あたしには、それぐらいしか無いんだもん」

 

 

 

「なら、歌えば良い!やりたいことがあって、それがやれるってんなら、精いっぱいやってやろうぜ!!」

「でも、襲撃が……」

「暫く俺の部屋に居ればいい。襲撃についてはその間に考えればいいさ」

「……いいの?」

「あぁ!上条さんは、夢を追う人の味方なのです!そうだろ、インデックス?」

「とうまが味方かどうかはともかく、アリサと一緒に居るのは賛成なんだよ!!」

「ちょっと待てインデックス。そこは普通肯定してくれる場面でしょ?」

 

 ガヤガヤと賑やかに話す二人を見て、アリサがクスリと笑みを零す。その様子からはもう、先程までの悲し気な面影は無かった。

 

   12

 

 昨日の今日で襲撃を予想していた上条だったが、そんなことは無く今日は平穏な一日を送っていた。と言ってもインデックスとアリサの裸を思わぬ形で見てしまい、インデックスに噛まれるという小さなアクシデントはあったのだが。

 因みに西崎は学校には来ては居なかったが、アリサとインデックスの護衛も兼ねて今日一日隣の部屋に居たとの事だ。兎にも角にも襲撃が無かったのは良い傾向だと思いたい上条だった。

 

「明日?」

「うん。オービット・ポータルの人と契約の話とかがあるんだって」

 

 夕食で使った食器を洗う上条は、アリサからその話を聞いて微妙な顔をした。

 

「俺、明日補習だし付き添いは出来そうに無いんだよな。かと言ってインデックス一人でも危ないしなぁ……」

 

 そこで何かを思い出した上条。

 

「そうだ、西崎にでも頼むか。丁度アイツ今空いてるし」

「でもやっぱり一人じゃ心細いか……。アリサ、誰かいないか?頼れそうで一緒に行ってくれそうな奴」

「頼れる人……あ、それだったら心当たりがあるかも」

「よし!じゃぁ決まりだな」

 

 という訳で翌日、鳴護アリサは初対面の西崎隆二と共にアリサの頼れる人との集合場所に赴いていた。

 

「む」

「げ」

 

 御坂美琴(みさかみこと)と西崎隆二のファーストコンタクトはお世辞にもいい雰囲気とは言い難かった。同じ常盤台に通っている食蜂操祈(しょくほうみさき)と接点があり、時折常盤台の外で彼女と一緒に居る姿を目撃されることもある西崎隆二という人物の噂に関しては、常盤台と言う閉鎖的な環境の中では凄まじい速度で広がっていたのだ。当然その噂は御坂美琴の耳にも届いている。

 

「アンタ確かアイツ(食蜂)の彼氏疑惑のある―――」

「その噂はアイツ(食蜂)が消して回ってる筈だが?それにしても酷い誤解もあったものだ。アイツには片思いの人物が居るというのに」

 

 あらぬ誤解を情報量の多さで封殺する西崎。彼としても情報交換の場を男女の密会と誤解されるのは遺憾であった。

 

「えっと……お二人はお知り合いなんですか?」

 

 そんな二人の様子を伺いながらそう尋ねるアリサ。

 

「直接的な面識は無く、会うのは今日が初めてだが、噂を通してその人となりは知っている様な関係だ」

「そういうことだから、貴女が気を遣う必要は別にないのよ?」

 

 美琴がアリサの気を紛らわせようとそう語る。その言葉を聞いて二人の間柄が険悪なものでは無いと判断したアリサが周囲に目を配ると、御坂美琴の傍に彼女とは別に三人の学生の姿を見つけることが出来た。恐らくは彼女の知り合いであろうとその人物らに検討を付けたアリサに向かって、美琴の連れてきた付き添いの一人である佐天涙子が話しかける。

 

「こ、こんにちは!私、佐天涙子って言って、貴女のファンなんです!」

 

 何処か緊張した様子でアリサに自己紹介をしてくる少女の姿に、アリサは微笑みながら言葉を返す。

 

「こちらこそ、ファンだなんて嬉しいです!いつもありがとうございます!」

 

 アリサの言葉に佐天の緊張もほぐれ、彼女が残りの付き添いの初春飾利と白井黒子の紹介を行う傍らで、一行はオービット・ポータルとの待ち合わせの場所へと移動していた。

 撮影現場の建物のエレベーターに乗り込み、徐々に変わってゆく外の景色を眺めながら話す一行の話題は、オービット・ポータルへと次第に移り変わっていった。

 

「三年前のスペースプレーン号の事故でオービット・ポータルは倒産寸前だったんですが、直後に買収されて奇蹟的に復活したんです。今回のエンデュミオンの実現で三年前のイメージダウンを払拭して尚余りある実績とイメージを手に入れたと専らの評判ですね」

 

 そう得意げに語る初春。

 

「オービット・ポータルにとって不幸中の幸いだったのは三年前の事故で乗員乗客合わせて実に88人もの人物の命が救われたことだろう。あれでスペースプレーンの安全面を評価されていなかったら今頃オービット・ポータルは存在していなかっただろう」

 

 続いて淡々と語る西崎。

 

「あぁ、それってアレよね。確か88の奇蹟って奴」

 

 初春と西崎の話に美琴が今日聞いた単語を口に出す。

 

88の奇蹟、ですか……?」

 

 美琴の口から出た余り馴染みの無い単語にアリサが反応する。その様子を見た西崎がアリサに対して話しかける。

 

「三年前にこのオービット・ポータル社は社運を懸けたスペースプレーンによる宇宙旅行への第一歩を踏み出すつもりだったんだ。が、宇宙旅行中に左翼が破損し機体は宇宙空間から大気圏を突き抜け地上に墜落してしまった。しかし奇蹟的に乗員乗客88名が生存し、結果としてその事故は最小の被害で収まった。これを人は88の奇蹟と言う。今でも学園都市二三学区に行けばその記念碑が見られるだろう。かの事故は多くの影響を与えた。オービット・ポータル然り、マスメディア然り…。あぁ、それに―――」

 

 そこで西崎は一旦言葉を切って、

 

「勿論、君もその影響を受けた一人だ。何せあの事故は()()()()()()()()()なのだから」

 

 アリサはその言葉の意味をその場で理解しようとしたが、結局理解できず、疑問を表情に覗かせた。その様子を見た西崎は少し考え込む様子をとってからアリサを励ました。

 

「何、思い出せないと言うのであれば、無理に思い出す必要はないでしょう。些細な切欠(きっかけ)でそういった記憶を思い出すこともあるのでしょうし、そう焦る必要もありませんしね」

 

 ……ただ、少しその言動は可笑しかった。

 美琴達もガラリと変わった西崎の言動に呆気にとられる余り、彼に対して彼の発言の意図を問い詰めることをスッポリ頭から抜かしてしまう有様であった。

 そうこうしている内にエレベーターが目標の高さまで到達し、その上昇を止める。

 開いた扉の向こうは、アンティークに彩られた何処か博物館めいた雰囲気を醸し出す空間だった。最初にその空間に足を踏み入れたのは西崎だ。彼は先程一行の精神に軽い衝撃を与えたとは思えぬ、いつも通りの表情でその空間を歩いていく。そんな西崎に一歩遅れるような形でアリサ達も続いてその古めかしい空間に足を踏み出す。

 少し歩いた後、彼女達の先を歩いていた西崎がその足を止める。彼の目の前には背の低い椅子に座った精巧な西洋人形の姿があった。金のツインテールをし、ゴシック調のスーツを着用し、赤いマントを羽織るどこか見覚えのあるその人形に対して、西崎は様々な感情が混ざり合った様な複雑な表情をし、ポツリと小声で「レディー」と呟いた。

 その言葉に人形が反応する。……いや、あれは人形では無い。一見人形の様に見えたソレは、見間違いで無いのなら連日液晶に映し出されるオービット・ポータル社の社長その人である。名をレディリー=タングルロードと言う。

 レディリーが僅かに驚いた様な顔で西崎を見つめ、「その愛称……」と言葉を漏らす。次いで彼女は「いえ、そんな筈は無いわ……」と自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ後、椅子からスッと立ち上がり、そのままアリサの目の前まで移動する。

 

「貴女の歌、好きよ。頑張ってね」

 

 レディリーはそれだけ言うと、その場から去っていってしまった。彼女が去るのを見た美琴が西崎を見る。既に彼の表情は元のものに戻っていた。

 

「知り合いだったの?」

「いや、俺が一方的に知っているだけだ」

 

 美琴には、そう呟く西崎の心情を推し量ることは出来なかった。

 

   13

 

 補習を終え、アリサの撮影現場に遅れながらも到着した上条。上階から見下ろす彼の視線の先には、設営されたステージに立ち撮影用の衣装に身を包んだアリサの姿と、何故か彼女と一緒にステージに立ち撮影用の衣装を着た美琴達の姿があった。因みに車椅子に乗った黒子と男である西崎はステージの後ろで待機していた。

 数多のフラッシュを焚く撮影者と、その様子を見る通行人達とで、広場はそれなりに人の集まる場となっていた。そんな人々の中に、一人見過ごせない顔をした人物が紛れ込んでいることを上条は発見する。

 

「アイツは……」

 

 全身を大きなフードで覆っているが、委員長気質のありそうなあの顔は、一昨日広場でのステイル達との衝突の折、自分達を助けてくれた黒鴉(くろからす)部隊とかいう部隊の隊長だ。確か名前はシャットアウラ=セクウェンツィア。そんな彼女はステージを一瞥するとその場から立ち去る様に移動する。

 チラリとステージを見る上条。

 

(御坂、西崎、その場は任せたぞ)

 

 僅かな不安はあるものの、それらは知人に任せて彼はシャットアウラの行方を追った。

 そうして着いた先は地下駐車場だった。昼間にも関わらず日の光の届かないこの場所は、僅かな光源とこの場を構築する無機質な素材によって不気味な雰囲気を漂わせていた。

 そんな地下駐車場で、二人の人物が向かい合っていた。一人はアリサの護衛任務を請け負っている黒鴉部隊の隊長であるシャットアウラ、もう一人は戦闘スーツとマントに身を包み、仮面によって目元を隠した怪しげな長身の男性だ。

 

「貴様、何者だ。何が目的でこの場に来た」

「……」

 

 シャットアウラの質問に男は何一つ答えない。

 

「何も言わないのであれば、貴様を鳴護アリサ護衛の不安要素として排除する。言い分を言うなら今のうちだが?」

「……」

 

 目元を細めるシャットアウラ。彼女は目の前の男性を敵として認識する。

 

「そうか。なら貴様を排除する!」

 

 言葉と同時、鍛え上げられた身体能力で敵に接近するシャットアウラ。そのまま蹴りを放つが、男はその蹴りを軽い身のこなしで躱す。ならばと次は男から距離をとりながら懐に忍ばせていた複数のペレットを男に向かって投擲するシャットアウラ。すかさず金属のアンカーでペレットの一つを貫き、能力を発動させる。能力の発動と共に小さな爆発が複数回立て続けに巻き起こり、辺りを煙で満たす。

 しかしその煙が内から払われる。出てきたのはマントを振り払った状態の男の姿。あれ程の爆発をその身に受けたというのに、驚くべきことに傷の一つも負っていない。次は自分の番だと言わんばかりに地を蹴りシャットアウラに近づく男。蹴られた地面は軽く削れており、その状態から男の異様なまでの身体能力の高さが伺える。

 突き出された男の拳を避けるシャットアウラ。お返しと言わんばかりにペレットをばら撒き、アンカーを射出させ爆発を引き起こす。先程以上の規模で巻き起こった爆発が、より一層の煙を辺りに広める。

 ユラリ、と。そんな煙の中から蜃気楼の様に男がシャットアウラの横に現れる。突如現れた男に驚愕するシャットアウラ、その隙を逃すまじと男が即座に彼女に対して蹴りを放つ。

 横からの蹴りをまともに喰らってしまったシャットアウラが大きく飛ばされる。そんな彼女にとどめを刺そうと男が大きく飛び上がり蹴りを放とうとする。

 

 

 

 ガゴン!!と、そんな男の横腹に、何処からか投げつけられた鉄パイプが当たる。

 

 

 

 空中で体制を崩した男が地面に落ちる。その様子を視界の端に捉えながら、鉄パイプを投げた人物―――上条当麻はシャットアウラに駆け寄った。

 

「大丈夫か?手、貸すぜ」

 

 そう言いながら鉄パイプを両手で握る上条。対して体制を立て直した男が今度は上条に対して地を蹴り距離を詰める。

 

(前に重心の乗った跳躍。なら来るのは拳!)

 

 突き出された腕を大きく足を踏み出しながら頭を屈め回避。そのまま足を踏み出した勢いを使って敵の横腹に対して握りしめた鉄パイプをフルスイングする。先程同様硬質な音を響かせて、男が横に吹き飛ぶ。

 

(固ぇ!肉体強化系の能力か!?)

 

 こちらの持った鉄パイプの方が折れ曲がるのでは無いかという相手の体の固さに驚く上条。対して立ち上がった敵は今度は駐車場の支柱を蹴り、空中をジグザグに移動ながら上条に迫る。

 

「げ、何だそりゃ!?」

 

 そうは言いつつも相手が放ってきた蹴りを回避し、これまた鉄パイプで一撃を入れる上条。日々鍛え上げられていた戦闘のセンスをここで発揮していく。

 そんな戦闘が少し続いた頃、シャットアウラが唐突に大声を上げた。

 

「何、爆弾だと!?直ぐに退避だ!他のユニットは鳴護アリサを退避させろ!!」

「爆弾だって!?」

 

 恐らく部下との通信をしていたのだろうシャットアウラだが、その発言の中に含まれていた爆弾と言うキーワードに上条が反応する。その隙を逃すまいと仮面の男が鋭い蹴りを放ち、回避に遅れた上条はその蹴りを鉄パイプに受け、自身の武器を遠くへ落としてしまう。

 それを好機と見たのか、仮面の男が貫手(ぬきて)を上条の喉目掛けて突き出す。上条は貫手で真っ直ぐに伸ばされた指を折ろうと右の拳を握り、男の手にぶつける。

 

 

 

 瞬間、ガラスの割れる様な甲高い音が辺りに響いた。

 

 

 

「!?」

 

 驚いたのは上条だ。何せ彼の右手に宿った幻想殺し(イマジンブレイカー)が発動し、相対していた仮面の男の腕を破壊したのだ。幻想殺し(イマジンブレイカー)が効くという事は、それ即ち異能の力が関わっているということ。そしてそれによって体が崩れるということは……。

 

(コイツ、人間じゃない……!?)

 

 つまりはそういうことである。三沢塾であったアウレオルス=レプリカ然り、学園都市を襲撃してきたシェリー=クロムウェルのゴーレムであるエリス然り、目の前の仮面の男は人の形をしては居るものの、その実態は異能の力によって造られた人形なのである。

 仮面の男は無くなった自分の腕を確認した後、上条のことを脅威と判断したのか、上条とシャットアウラから大きく距離をとる。そして、懐から何かのスイッチを取り出した。

 

「まずッ……!?」

 

 シャットアウラが警鐘を飛ばす暇すら無かった。カチリ、という音と共にスイッチは押され、直後、建物の支柱に設置されていた幾つもの爆弾が破壊の炎を巻き上げた。

 

   14

 

 異変が始まったのは数分前だった。

 バヅンッッ!!という音を立てて、先ず最初に建物の電源が落ちた。ステージの照明が落ちたことでアリサ達もその撮影を見に来た人々も困惑し、その場に立ち尽くしていた。そんな中西崎は鋭い目付きである一点を見つめていた。彼の空間把握能力は、建物の地下駐車場で目まぐるしく立ち回る三つの存在を確かに捉えていた。視点を変え、その眼に映し出す対象を切り替える。そこには黒鴉部隊の隊員の姿と、建物の支柱に取り付けられた複数の爆弾の姿がありありと視て取れた。

 

「気を付けろ、来るぞ」

 

 傍らに居る白井黒子に短く警告する西崎。彼の言葉に乗った剣呑さを感じ取ったのか、白井もその言葉で意識のスイッチを御坂美琴の付添人から風紀委員(ジャッジメント)のものへと切り替える。そんな二人の様子に触発されたのか、ステージの上に立っていた御坂美琴も周囲を見渡し、何時何が起きても対処が出来る様に身構える。

 

 

 

 そして、次なる異変が起こった。

 

 

 

 ドンッッ!!という衝撃音と爆発音が突如として響き渡り、建物を構築していた物が人に対して牙を剥いた。窓ガラスが無数のガラス片となって降り注ぎ、鉄骨が天井からバラバラと崩れ落ちる。白井は咄嗟に自身の能力を使用しステージ上に転移した後、佐天涙子と初春飾利の両名を連れて転移し場を離脱した。御坂は残ったアリサと観客達を守ろうと自身の雷撃を用いて降り注ぐ鉄骨を捻じ曲げ、西崎は被害の及んだ区域全体の地上付近に薄いドーム状に衝撃を展開し、バルーンの様に上部から降り注ぐ物質を跳ね除けようとしている。

 しかし数秒の能力行使の後、西崎は衝撃を飛ばすのをピタリと止める。まるでもう自分のすることなど無いと言わんばかりの態度に、御坂が怒りの声を上げる。

 

「ちょっと!まだ落下物だってガラス片だって降ってるのよ!?何してんのよ!!」

「俺のする事は終わった。今から何をしても意味は無い」

 

 しかし西崎はそんな御坂の言葉など意に介さず、決してその場から動こうとしない。更にはアリサに視線を向けてそんな事を言う始末である。そんな彼の姿が、天井から降り注いだ一際大きな鉄骨の姿によって隠れる。もうもうと上がる煙が会場全体を包み込み、皆の視界を奪い去る。

 やっとの思いで煙が晴れた後に有ったのは、全くもって無傷の人々と地面一面に散らばる瓦礫の数々であった。車椅子の白井が現れ皆に安否確認をとるが、それでも負傷者は一人たりとも見当たらなかった。

 

 

 

 その時、だれかが奇蹟と呟いた。

 

 

 

 その一言に感化された人々が口々に奇蹟と言いあい、何時しか会場は爆発前とは別の側面での盛り上がりを見せていた。

 そんな喜びに震える人々の姿を目にして、一人不安そうな表情を浮かべる桃色の髪の少女の姿を、西崎は何も言わずに視つめていた。

 まるで、彼女が心の内に秘めた葛藤すらも見透かす様に。

 

   15

 

 夜の学園都市の一角で、アリサは上条に胸の内の不安を吐露していた。自分が記憶喪失であり三年よりも前の記憶が無い事、三年前にも何らかの事故に巻き込まれたらしいこと、昔から自分のことはラッキーだと思っていたが、今回の奇蹟でそれすらも分からなくなってきたこと。そんなアリサの不安を上条は聞き入れ、その上で励ましてくれた。信じているものがあるなら大丈夫と、そう自信に満ちた声で言ってくれた。

 そんな上条と一緒に彼の学生寮まで一緒に帰ったアリサは、皆が寝静まったのを確認してからそっと学生寮のベランダへと出た。そしてそこから見える星空を眺めていた。

 

「眠れないのですか?」

 

 そんな彼女にふと声が掛かる。柔らかな女性の声音は、先程まで誰も居なかった筈の彼女の真横から聞こえてくる。驚きから視線を横にずらすと、そこには一人の女性が佇んでいた。柔らかな薄い金の髪を一度後ろで纏めた髪型をした彼女は、少し時代錯誤な西洋の服を着ていた。

 アリサはその見覚えの無い人物に向かって口を開く。

 

「貴女は……?」

 

 目の前の女性はその柔和な笑みを崩さずこう言った。

 

「私は只の幽霊です」

「幽霊…ですか?」

「はい、そうです」

「あの……その幽霊さんが何でこんな所に?」

「少し、貴女とお話をしようと思いまして」

「あたしと?」

「えぇ、そうです」

 

 自身を幽霊と言い張る女性。取敢えず自身に危害を加えよう等と言った思惑は持っていなさそうなので、アリサは彼女の話を聞くことにした。

 

「先ず謝っておきますね。ごめんなさい、貴女が今こんな状況に陥っているのは元を辿れば私のせいなの」

「あの、幽霊にそんなこと言われても全然話の流れが見えないんですけど……」

「そうよね。なら、少し長くなるけど初めから話しましょうか」

 

 そう言って自称幽霊は語りだした。

 語りだしはこうだった。

 

 

 

 ―――ある所に、一人の女がいた。

 

 

 

   16

 

 

 

 ―――ある所に、一人の女がいた。

 

 

 

 彼女はとある町の農家に生まれ、農作業の傍ら戦争などで負傷した兵士たちの治療を行っていた。彼女の優れた医療のセンスは、軽傷の兵士から重症の兵士までその悉くを全快に近い状態まで快復させる程のものだった。町の人はそんな彼女を指して『癒しの手を持つ者』などと褒めたりした。

 言ってみれば、彼女は町の人気者だった。容姿も良く、話題にも事欠かない。そんな彼女のことを両親も鼻高々に語っていた程だった。

 そんな彼女がある日、一人の少女を連れ帰った。間もなく少女は彼女の家に厄介になることになり、彼女の家はより一層賑やかになった。

 ……だが、そんな平穏も長くは続かなかった。

 

 

 

 ―――ある日、私は『魔女』として糾弾された。

 

 

 

 当時、優れた医療技術を持った者や膨大な知識を持っていたものは(すべか)らく『魔女』として糾弾され、火刑に処されていました。十字教において土葬が一般的であるのは、『最後の審判』の際に死体が蘇り文字通り審判を受ける為であり、それ故死体の残らない火葬は十字教を信仰する地域では罪人に対する最大の罰として用いられていた為です。そんな刑に私が処されるという噂は、瞬く間に町に広がったものです。

 聞く所によると私の医療に関する優れたセンス―――自分で優れたセンスなんて言うのも何ですが―――に疑惑を覚えた軍の上層部が事の発端みたいです。私の身を拘束しに来るであろう軍に対抗しようと、町の人達や私の治療した兵士達が必死になって町の守りを固めていました。

 ……その時の私には三つの結末が見えました。一つは私が軍に捕まることを拒否し、町の人達が私を守る為に軍と争い―――そして、為す術も無く蹂躙されるもの。もう一つは私が軍に降り火刑に処されることで町が失意に沈むもの。そして最後が私が軍に降る前に、私の遺志を町の人達に託し、私の亡き後に町の人達が失意を乗り越えるものです。

 私は最善の結末を望み、軍に降りました。最期に今回の事を気にしない様にと町の人達に伝え、そして―――

 

 

 

 ―――数日後、私は火刑に処されました。

 

 

 

 町は失意に沈みましたが、やがて時の流れと共に―――自分で言うのも恥ずかしいのですが―――悲劇を乗り越え、かつての活気を取り戻します。正直、私の両親とあの子には酷い事をしたと今でも思います。私は正真正銘の親不孝者でしたから。

 両親はその後高齢ながら何とか私の弟を出産して、その弟に私の話をよく聞かせていましたね。私も出来る事なら生きてあの純真な弟を()でたかったものです。せめて一度で良いからお姉ちゃんと呼ばれたかったですね。あ、すいません。話が脱線してしまいましたね。

 ともかく町の人達は時間と共に私の死を乗り越えて行きました。その方法も、その切欠も様々ですが、皆それぞれの道を進み始めた訳です。

 

 

 

 ―――けど、あの子だけは違った。

 

 

 

 私が死んだ後、ふらりと町を出て行ったあの子。行く先々で様々な事をしているという噂を小耳に挟むものですから、てっきりあの子も私の死を乗り越えたものと思っていたんです。……少なくとも私は、つい先日までは本当にそう思っていました。

 けれど、あの子は違った。あの子は私の死を乗り越えることが出来なかったんです。つい先日判明したのですが、どうもあの子は私の死後、表では名声を高めつつ、裏ではどうすれば自分が死ぬことが出来るかを実験していたようでして……。

 えぇ、そうです。長々とお話しましたが、三年前のオリオン号墜落事故……あれはあの子が人為的に引き起こした()()なのです。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……貴女にとって、それが幸か不幸かは分かりませんが。

 

   17

 

「貴女は特別な存在です。この一文だけで、それを欲する連中は際限なく出てきます。そしてそう言った連中はその特別な存在の利権を懸けて争いあうものです。そして実際にそれが起こっているのが現在(いま)という訳です。ですから重ねて言います。ごめんなさい」

「えっと……」

 

 言葉が出ない、というのは正にこの状態を指すのだろうとアリサは思った。どうして幽霊なのに世間の事に詳しいのとか、どうして幽霊なのに情報収集が得意なのとか、聞きたいことは沢山あったが、それらの疑問は全て最後に語られた真実の前に霧散してしまった。正に今明かされる衝撃の真実という奴である。

 だが、それでもその真実を受け入れられないという訳では無い。むしろその真実が語られた事によって納得する部分が多々存在するのだ。自分が三年より前の記憶が無いのがその一つだ。そう言えば今日初めて会った西崎隆二という人もそんなことを言っていた。

 

「貴女はオリオン号に乗っていた乗客の一人から生まれました。あの事件が無ければ、そもそも貴女は生まれることも無かったでしょう」

「別に貴女が生まれない方が良かったというつもりはありません。ですが貴女を生んだ乗客からすれば、当たり前の様に享受できる筈だった幸福を奪われた事になります」

「事件の発端があの子であるなら、やはり私は貴女とその乗客に対してその幸福を補填する義務がある。そんな風に思うのです」

 

 正直そんな事を言われても余りピンと来ないアリサ。そもそも既にこの世を去った人物に誰かの幸福を補填するだけの力があるのかも疑わしいものである。

 

「ですから、私は貴女に()()、提案しましょう」

 

 「今の貴女が断ったとしても、未来の貴女が断るかどうかは分かりませんからね」と言いながら、幽霊は提案する。

 

「私が三年前の事件を無かったことにしましょう。その上で貴女を誕生させ、現在までの貴方達の幸福な時間を取り戻して見せましょう。貴女達を今回の様な事件とは無縁にしてあげましょう」

 

 それは、夢の様な提案だ。誰しもがやり直せず、見つめるしか無い過去を変え、現状をより良いものにしてくれるのだと言う。それだけのことを幽霊の女性の身内の様な存在であるあの子とやらがしてしまったということであり、同時にそのことに対する幽霊の女性なりのけじめのつけ方なのだろう。

 

「さぁ、答えを聞かせて下さい」

「……」

 

 これ以上ない好条件。望むものを手に入れるまたとない機会。これをどうして断る必要があろうか。ただ一言相手の言葉に対して肯定の返事を返すだけで良い。それで全て終わる、それで全て解決する。

 なのに、だというのに……。

 

「あの…あたし、断ります」

 

 口を突いて出たのは否定の言葉だった。

 

「えっと……その、上手く言えないんですけど…なんて言うんだろ。何か、それは違うなって……」

「……」

「確かに、三年前の事件だとか、今日のショッピングモールの事件だとか、大変な事に巻き込まれてるのは分かるんだけど……」

「でも、そこで上条君やインデックスちゃんと出会ったり…あたしのファンとも出会ったり…きっと、今のあたしを作ってるのって、そう言う部分なんだと思うんです」

「うん、だから……救いの手とか、そういうのはありがた迷惑なんです」

「……そうですか。えぇ、そうですね。一応、もう一度訊きにきます。……どうか、()提案(ゆうわく)に打ち勝って下さい、アリサさん」

 

 自称幽霊の女性は、納得した顔でそう告げると、次の瞬間にはその姿を消していた。

 

   18

 

 翌日、アリサは多くの観客を前に見事初ライブを成功させる。上条達もライブの観客としてアリサのその活躍を見届けていた。彼らは初ライブの祝杯としてアリサに外食を提案し、彼女もまたこれを許諾した。丁度そのタイミングで上条は友人の土御門元春(つちみかどもとはる)から呼び出しを受けたので、外食には少々心もとないがインデックスとアリサの二人だけで行ってもらうことにした。尚、今回西崎は寮で留守番である。

 

「んで、俺に何の用だ、土御門?」

 

 夜の広場、そこに設けられた木製のベンチに腰掛けた上条が同じくベンチに腰掛けていた土御門に質問する。土御門はいつもと変わらない和気藹々とした表情を浮かべながら上条に質問の答えを返す。

 

「いやー、カミやん。このタイミングでの呼び出しで何の用も何も無いと思うんだがにゃー。まぁ、一応現状の認識の擦り合わせみたいなもんですたい」

「!!……てことは、話はアリサのことで良いんだよな?」

「そうそう、それで良いぜよ。今や渦中の中心、悲劇の姫君ポジション、んでもって世界が注目するアイドルとか属性てんこ盛り過ぎないかにゃー?」

 

 やれやれと言う風に首を振る土御門。

 

「それにしても、どうしてアリサの事を話すのが今なんだ?お前なら広場でステイル達とのいざこざがあった即日に話に来るもんだと思ってたぞ」

「あ~、確かにその辺りを放置して勝手に本人を置いてけぼりにして事を進めたりすると後で手痛いしっぺ返しをもらうことになるんだけどにゃー……」

「?」

 

 どこか罰の悪そうな顔をする土御門の態度に疑問を覚える上条。

 

「いやまぁ、大体の事情に関しては西崎に教えては貰ったんだけどさ」

「そう!そのニシやんなんですたい!!」

「うぉ!?何だよ急に叫ぶなよ……」

 

 西崎の名を出した瞬間、土御門が大声を上げる。その土御門の様子に何やら自身の知らない所で二人の間に何かがあったらしいと思考する上条。

 

「端的に言うと、俺達は今まで鳴護アリサは愚か、カミやん達にも接触出来ない程奴さんから追撃を受けてた訳ですたい」

「追撃?でも西崎は結構寮の自室に居たと思うぞ?」

「カミやん、広場での一件でニシやんが能力者でも魔術を扱えるとかいうふざけたカミングアウトをしたのを覚えているかにゃー?」

「え?あぁ、そういやなんかそんな事言ってたな。そういや、神裂って結構重症みたいな感じだったんだが大丈夫だったのか?」

「まぁ、ねーちんは聖人だからにゃー。あの傷に関しては時間を置けば自然と治ったぜい。問題はその後ぜよ」

「後?」

「そう。魔術が扱えることを公表した途端、ニシやんは様々な魔術を用いてこちら側を攻撃し始めたって訳ですたい。自動追跡型、範囲殲滅型、熱源感知型、設置地雷型……他にも挙げればキリが無い程の魔術トラップをいつの間にか学園都市中にわんさか仕込んでいたんぜよ」

 

 「いやはや、あれは参ったぜい」と言いながら肩をすくめる土御門。

 

「……んで、話を元に戻すが、カミやんはニシやんからどれ位の情報を教えられているんですたい?」

「そうだな……魔術サイドがアリサを聖人認定したいってこととアリサの能力を学園都市が解析してるってこと位かな」

「そこまで分かってるって事は、ちゃんと状況は理解出来てるみたいだにゃー。あと俺から補足として付け加えるのであれば、学園都市はあの子の能力を解析するだけじゃなく、将来的にはそれを利用したいって事と、そのプロジェクトに精力的に力を貸しているのがあのロリッ子社長だって事かにゃー」

「ロリッ子社長って、連日テレビに出てるオービット・ポータル社長のレディリー=タングルロードとかいう奴の事か」

「だぜい。因みに学園都市であの子の能力が解析された場合、そこら中でねーちんみたいなのが量産されるんだが、そこのところどー思う?」

「神裂が……量産……?」

 

 それは、余りにも酷く、(むご)たらしい。例えるなら、今まで教室で上条・土御門・青髪ピアスの三人でバカ騒ぎした際に頭に堕ちてくる吹寄(ふきよせ)のただ痛いだけの拳骨が、突如として致死の一撃として降り注いでくるという恐怖だ。RPGで言うのであれば、最初に遭遇した敵が物語終盤で登場する強敵ボスだったというクラスの理不尽である。

 

「……最悪だな」

「何が最悪なのです?言ってみなさい上条当麻」

 

 世界に二〇人と居ない聖人から怒気を叩きつけられる上条。

 

「まぁ、そんなわけでそれを魔術サイドが見逃すつもりは無いわけだにゃー」

必要悪の教会(ネセサリウス)からは一刻も早く彼女を聖人と証明し、確保せよとの命令が私達に降っています」

「―――ってことは、またお前達はアリサを狙うのか」

 

 一瞬で空気を切り替える上条。そんな上条に土御門と神裂がため息をつく。

 

「いえ、私達はなるべく戦闘行為を行いたくはありません。先日の広場での一件に関しても私はステイル達の撤退の為に動かざるを得なかっただけですし」

「ま、俺としても今回は動かない方が良いと思ってるにゃー。……今回の西崎の対応、明らかにこれまでと違い過ぎる。殺意が牙を剥いて襲い掛かってくるというのは正にこの事だ。……正直、今ここで談合が行われていることも警告の気がしてならない。『ここで引かなければ次は無い』って具合にな」

「言うなれば私と土御門は穏健派と言った所です。今の状況で藪をつつけば蛇に噛まれかねません」

「そうか。ならよかった」

 

 上条がホッと息を吐く。

 

「まぁ、だが……」

 

 そんな上条の様子に反して土御門の表情は引き締まったままだ。

 

「ステイル達は今後もアリサを狙うだろう。だからカミやん、覚悟しておいた方がいいかもしれないぜい?」

「覚悟?一体何を……」

 

 困惑する上条に、土御門は冷徹に告げる。

 

 

 

「この戦い、ひょっとすると死人が出るかもしれん」

 

 

 

   19

 

 インデックスとアリサの二人の祝杯は、店員に成りすましていたメアリエ達によって唐突に終わりを迎えた。アリサを攫われ、左ハンドルの外国車で逃げ出したメアリエ達に遅れる形で、インデックスも偶然通りがかった通行人の助けを借りてメアリエ達がインデックスに施した束縛を解き、上条に連絡する。

 

「何だって!?アリサが攫われた!?」

 

 その一報に驚愕する上条。彼は焦りながらもメアリエ達を追えるだけの機動力を持ち合わせた人物に電話をかけ、ヘルプを要請した。

 一方その頃、外国車で高速道路に入ったメアリエ達は、背後から迫ってきた黒鴉部隊の機動兵器との交戦を繰り広げていた。小型機からの体当たりを避けようとハンドルを握るメアリエ、車上で得意の炎の魔術を使って敵を退けようとするステイル、そんなステイルの魔術を躱しながら車に体当たりを仕掛けようとする小型機、その小型機の背後からステイル達を狙うシャットアウラの乗る大型機。

 後部座席の乗るジェーンが窓から大量のルーンカードをばら撒き、それを媒介にステイルが魔女狩りの王(イノケンティウス)を顕現させる。炎の巨人の炎腕によって黒鴉部隊の小型機が幾らか脱落するも、機転を利かせ炎の巨人の攻撃を掻い潜ったシャットアウラが標的の車目掛けペレットを放ち、アンカーによってそれを起爆させる。爆風によって揺らいだメアリエ達の乗る車が派手に横転し止まる。短いカーチェイスはそうして幕を閉じた。

 相対するステイルとシャットアウラ。一色触発の場に響き渡ったのは開戦の狼煙では無く、一人の高校生の声であった。

 

「やめろステイル!シャットアウラ!」

 

 小萌(こもえ)先生の車によってアリサとステイルを追跡していた上条が遅れながらに登場し、シャットアウラとステイルも彼の登場に反応する。

 

「何先走ってんだよステイル!まだアリサが聖人だと決まった訳じゃないだろ!!」

(聖人……?)

 

 ステイルに向かって放たれた上条の言葉の中にある見慣れない単語に訝し気な表情を浮かべるシャットアウラ。ステイルはそんな彼女の乗る機体にチラリと視線を向ける。科学サイドの人間の居るこの場で魔術サイドの話をしていいかの判断を行っているのだ。やがてステイルはシャットアウラから視線を切ると上条に向き合う。どうやらこの場で直接魔術サイドの話をするつもりらしい。

 

「生憎先程新たな命令が上から下ってね。上条当麻、()()が何か分かるかい?」

 

 魔術師の視線の先には天を穿つ蒼き一条の光。

 

「何って、宇宙エレベーターエンデュミオンだろ?」

「違う」

 

 上条の回答を、ステイルは切って捨てる。

 

「シュメールのジグラット、バベルの塔。合理性を超えた規模を持った建築物と言う物はね、ただそこに存在するというだけで魔術的意味合いを帯びるものなのさ」

「問題なのは、そこに聖人を組み込んで、()()()()()()()()にしようとした人間が居るって事さ」

「魔術装置!?ちょっと待て、それじゃあ……」

(魔術?一体何の話を―――)

 

 宇宙エレベーターエンデュミオン。だがその宇宙エレベーターは隠れ蓑であり、かの建造物の本質は大規模の魔術を行使する為の舞台装置なのだとステイルは言う。もしステイルの言う事が正しいのであれば、あの塔の設計に関わった人間―――そのいずれかが魔術師ということになる。

 

『シャットアウラ、警備員(アンチスキル)が動き出したわ。補足される前にターゲットを回収して』

「了解」

 

 そんな上条とステイルのやり取りの中に存在する見慣れない言葉に悩むシャットアウラに、依頼主であるレディリーから鳴護アリサの回収命令が発令される。地面を流れる様に移動し、転がった車体から鳴護アリサを回収しようとアームを伸ばす。と、そこでシャットアウラは有り得ざる物を目にした。

 鳴護アリサ、彼女が持ち歩いていた小さな革袋、その中から姿を見せたもの。それは、今は■き父がかつてシャットアウラに渡し、三年前のかの事故の折、消失した筈の形見の半分―――星空のブレスレット、その片割れであった。

 

『あら、気づいちゃったかしら?いいわ、その子を連れてきて』

 

 通信の向こうから楽しむ様な声。まるで鳴護アリサがブレスレットの片割れを持っている事を事前に知っていたかの様なその物言いに、シャットアウラは唾をのみながらも標的を回収する。

 その様子を見た上条が彼女を引き留めようと声を上げる。

 

「待て、シャットアウラ!その子を放せ!」

 

 それはつい先日ショッピングモールの爆発の際に身を挺して自分を守ってくれた人物の声で。

 

「シャットアウラ!!」

「…………っ!!」

 

 それはつい先日自分を庇ってくれた時とは違い、自分を問い詰めるような口調で。

 ギリッ!と、思わず歯嚙みする。良く分からない苛立ちが自身の内に(つの)っていく。

 

「関係など無い癖に……!お前は何故現れる!!何故、邪魔をする!!」

 

激昂したシャットアウラが上空に向かって大量のペレットを打ち出す。そこから引き起こされる爆発の規模を想定したステイルが上条に対して叫ぶ。

 

「まずい!逃げろ、上条当麻!!」

 

 ステイルの言葉に慌ててその場を離脱しようとする上条。だが、それよりも早くシャットアウラのアンカーがペレットに突き刺さる。

 

 

 

ドオォンッ!!

 

 

 

 夜の空を明るく照らす炎と煙は、まるで彼女の燻る感情を表すかのようだった。

 

   20

 

 先の爆発により意識を失った上条当麻は近くの病院へと搬送され、警備員(アンチスキル)に発見されることを避けているステイル達は現場から逃げる様に去っていった。後に残るのは横転した外国車と焼け焦げた路面、そして未だ漂う煙の臭い位なものだ。

 ガチリ、と。何かが噛み合ったような感覚を覚えながら先程まで無人だった現場に西崎が現れる。

 

「最後通牒は行った筈なのだがな」

 

 横転した状態のままの外国車を見つめながら彼が冷淡な声で言う。

 

「魔術サイドが手を出さなければ、()のみで遣り直しを清算出来たものを……」

 

 当初の計画では自分が鳴護アリサを保護し、シャットアウラに会わせ、そしてあの子の野望を阻止する筈だった。だがそれはものの見事に失敗した。

 上条とインデックスが鳴護アリサと出会うのは許容範囲内であった。夜に彼らが別れた後に鳴護アリサと接触できれば計画の軌道はまだ修正出来たのだ。だがそこに功を焦ったステイルの弟子三人組が襲撃に現れた事でまた計画の内容を変更せざるを得なかった。

 当初鳴護アリサを保護する筈だった役割を自分から上条とインデックスに譲渡し、その上でなるべく自然な形で鳴護アリサとシャットアウラとの会合へと持ち込む。そういう前提で計画を進める様に変更し、上条にも今回の件について精力的に動いてもらう為に、態々対魔術サイド用に設置した()()()()()追撃トラップ型の魔術を止めさせ、土御門と神裂との話し合いへと持ち込んだ。

 ……だと言うのに。

 

「やはり魔術トラップを止めるべきでは無かったか」

 

 まさかその隙を突いてステイル達が鳴護アリサの誘拐に動くとは思いもしなかった。いや、もっと十分に考慮しておくべきだったのだろう。広場での一戦での自分の言葉は、相手方にとって本気で捉えるような言葉では無かったのだ。自分が幾ら口頭で警告しようと、どれだけ瀕死で済む程度のお遊びの様な魔術を仕掛けようと、相手はまるで意に介さない。

 率直な話、西崎隆二は魔術サイドに舐められているのだ。それも現在進行形で。

 所詮人を殺したことの無い高校生だと。幾ら魔術と能力を扱えてもとるに足らない存在だと。

 否、断じて否である。

 彼らは一つ勘違いをしている。西崎隆二にとって人を殺すのは造作も無い事である。だがそれでも彼らが殺されていないのは、率直に言って()()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。歴史的人物であるかの織田信長が身内に対して甘かったように、西崎も知人を敵として見る事は無い。彼にとって殺傷とは敵に対して行われるものであり、それ以外に対しては行われない。故に敵ではないステイル達に対しても今まで瀕死程度で済むような警告しかしてこなかった。

 ―――が、

 

 

 

「どうやらその認識では甘いらしい」

 

 

 

 西崎は、昔から何かの物事に打ち込む時はじっくりしっかりと時間をかけてしまう性分だ。それ故に今回の様に彼が時間をかけて物事に打ち込んでいる際に邪魔な横槍が入ることも多々経験している。だから、そういった横やりに対する()()()もそれなりに弁えている。ただ、その対処法にしても()()()()()()()()事もあり、それが更なるトラブルの火種になったこともある。

 だが止むを得まい。これ以上事態を引っ掻き回されて面倒が増える前に、一度彼らにはお灸をすえた方がいいだろう。

 

 

 

「ステイル=マグヌス、メアリエ=スピアヘッド、マリーベート=ブラックボール、ジェーン=エルブス。今この瞬間、()君達(貴様ら)仮初の敵(抹殺対象)と認めよう(に定めよう)

 

 

 

 死が、とぐろを巻いていた。

 

   21 

 

「師匠。これからどうするんですか?」

「どうもこうも無い。目標が攫われた以上、先ずはそれを取り戻すのが最優先事項だ。それまで上条当麻達(むこう)とは一時休戦って所かな」

 

 シャットアウラとの衝突によって現場に駆け付けるであろう警備員(アンチスキル)の目を避ける様に、ステイル達は狭い路地裏を移動していた。街灯も無く、星明りすら十分に行き届かない暗闇の中に紛れる様にして、四人は移動を続ける。

 

「師匠。目標を取り戻したとしても移動手段である車は壊れちゃいましたよ?」

「その時は神裂にでも頼むさ。さっきも言った通り、当面は目標を攫った敵―――レディリー=タングルロードの始末が優先される」

「目標を取り返して即座に教会まで戻ればいいじゃないですか」

「駄目だ。あぁいう手合いの奴は執念深くてね。目標がまだ自分の手の届く場所にあると知ればどんな警告も無視して自身の目的を達成する為に行動するんだよ」

「痛い目を見ないと駄目、ということでしょうか?」

「戒めでもあり、処刑でもあり、といった所かな」

 

『罪には罰を。言ってきかぬなら体にきかせよ。成る程、その理論には同意しよう』

 

「!?」

 

 突如虚空より響く謎の声に驚愕しながらも周囲を見渡し警戒態勢をとる四人。 

 

『故に私も実践しよう。賢人の警告を無視した愚者の末路が如何(いか)程のものかをな』

 

 その言葉で、ステイルはこの声の主が西崎であることに思い至る。確かにステイル達は今回の件について、しきりに西崎から手を引くよう警告されていた。しかしステイル達も教会からの依頼で動いているのだ。ここで止まる訳にはいかない。

 

『流石は上層部の傀儡、依頼で親友の記憶を消してきた者だ。余程依頼が大切と見える』

 

 

 

『ならば貴様の望み通り、その職務に殉ずるがいい』

 

 

 

 バシャリ、という音が辺りに響き渡った。大量に水を含んだ水風船を勢いよく地面に叩きつけて破裂させたときの様な、水分を多く含んだトマトが固い地面に衝突して潰れるような、そんな瑞々しい音だ。

 

「―――あ?」

 

 ゴブリ、という音を立ててステイルが喉から湧きあがってきたものを口から零す。地面に向かって放物線を描きながら飛んでいったその液体は、暗い路地裏を紅く彩った。

 ―――血だ。それはまごうこと無きステイル=マグヌスの生命の源であった。ステイルが視線を下へと向けると、左半身の肋骨の下部から同じく左半身の骨盤の辺りまでが、綺麗に弧を描くように消失していた。ステイルがその惨状を認識した瞬間、左半身同様右半身も抉られる。筋肉と言う支えを失った上半身の重みを下半身が支えられる筈もなく、ステイルの上半身は地面に倒れる様にして下半身と離れた。重心を支えることが出来なくなった下半身もまた、上半身に倣う様に地面に倒れる。

 不思議なことに、これだけの惨状が起こっているというのにステイルは全くもって痛みを感じなかった。視線を移せば自身の弟子三人も同様に上半身と下半身を分離させられていた。彼女達も恐らく自分同様痛みを感じていないのだろう。その表情には困惑の色が濃く出ていた。

 

「何が狙いだ、西崎隆二……」

 

 声は出る。意識も明瞭だ。何らかの魔術的処置でもなされているのか、彼らの意識は問題なく起き続け、その体から大量の血が失われても尚霞むことは無い。

 

『その魂に、私と言う存在に対する恐怖を植え付ける。戒めとしてな』

 

『安心するといい、今この場で死にゆく者達よ。貴様らの死は編纂される』

 

『貴様らがこの場で死ぬという事実は無くなり、後には私に対する恐怖のみが残る』

 

 声は告げる、ただ淡々と。

 

『手始めに、貴様らの最も大切な記憶を編纂しよう』

 

 その時、ステイルは明確な変化を感じ取った。それは世界に対するものでは無く、自身の内に対するものだ。

 ()()()()()。自分が神裂と共に救おうとした■■■■■■の姿も、その名も突如として消え失せたのだ。たちまち虚脱感と喪失感が湧きあがり、胸を締め付けられるような苦悶を味わう。

 

「何を、した……!」

 

 怒りに打ち震える顔でステイルが虚空を睨む。

 

『言葉通りだが?さぁ、次は貴様らの二番目に大切な記憶を編纂しよう』

 

 

 

 そして、地獄が幕を開けた。

 

 

 

―――――

―――

局所的事象編纂 開始

対象 ステイル=マグヌス及びその弟子三名

編纂時間 三〇分

全体論の超能力 不使用

局所的事象編纂 実行

対象時間内の世界を分解

対象の事象を編纂

対象時間内の世界を再構築

局所的事象編纂 終了

―――

―――――
 

 

 

 

「ッ!?」

 

 ふとステイルは底知れない悪寒と恐怖を感じ、周囲を見渡した。そこに有るのは街灯も無く、星明りすら十分に行き届かない狭い路地裏の景色のみだ。何故か無性に現在の時間が気になり確認した所、何故か三〇分程の時間が過ぎ去っていた。気絶していた訳でも無いのに、何故か同じ場所に三〇分も居た事になるという奇妙な現象に、ステイルは底知れない恐怖を抱いた。

 取敢えずいつまでも立ち止まってはいられないとステイル達は止まっていた足を再度動かし始めた。

 

 

 

 ―――その姿を、遥か(そら)から見る存在が居ることにすら気付かぬまま。

 

 

 

   22

 

 時間は少し遡る。鳴護アリサを捕獲したシャットアウラは、依頼人であるレディリーの指示に従って彼女をある施設の寝台の上に安置させていた。アリサの衣装は簡易な検診衣に変えられており、その瞳は閉じている。

 シャットアウラはそんな彼女の持ち物であった星空のブレスレットの欠片を手に取る。自身のブレスレットの欠片と合わせれば、それは見事に合致した。二つの割れたブレスレットが合わさり一つになったことによって、ブレスレット表面には完全なオリオン座の意匠が現われる。

 

「何故このブレスレットをこいつが……。こいつは一体何者なんだ……?」

 

 困惑と共に漏れ出た言葉が、虚しく響き渡る。

 

「やっぱり、貴方達は引きあってしまうのね」

 

 鳴護アリサを前に立ち尽くすシャットアウラの背後から響いてくる言葉。シャットアウラが振り向くと、そこにはいつの間にかレディリー=タングルロードの姿があった。

 

「……三年前」

 

 顔に笑みの表情を浮き上がらせたままレディリーが言葉を紡ぐ。

 

「オリオン号には88人もの乗客が乗っていたわ。そして事故の直後、生存者88人が確認されたわ」

「皆がこれを奇蹟と呼んだわ」

 

 でも、と言ってそこでレディリーが一度言葉を区切る。

 

()()()()()()()()()()()()()。オリオン号機長、ディダロス=セクウェンツィア―――そう、貴女の父親ね」

「―――ッ!!」

 

 続くレディリーの言葉にシャットアウラの顔が歪む。彼女の双眸は怒りに打ち震えていた。

 

「でもその事実が確認された時には既に手遅れ。世界は奇蹟に湧き、8()9()()()の存在は隠蔽されたわ」

 

 そこでレディリーの視線が今なお眠る鳴護アリサに向く。

 

「88人しか居なかった機体に突如現れ、奇蹟を演出して見せた存在。それが―――この子よ」

「あくまであれは奇蹟だと……?」

 

 奇蹟という単語に険悪な表情で言葉を返すシャットアウラ。レディリーはそんな彼女の様子を見て嘆息する。

 

「だって、()()()()()()()()()()()()()()()?そういう風に計画を練ったんだから」

「!?まさか、あの事故……いや、あの事件は―――!」

 

 宇宙なら上手くいくと思ったんだけれどねと呟くレディリー。彼女の発言から三年前のオリオン号墜落事故は彼女が意図的に仕組んだ事件であったことをシャットアウラは悟る。

 

「最終的に貴女の父親以外全員助かるなんて……これを奇蹟と呼ばず、何と言うの?」

「貴様……」

「まぁ、思わぬ副産物が出来たという点では、ある意味成功と言えるのかしら?」

 

 笑みを浮かべながらシャットアウラの古傷を抉るレディリー。対するシャットアウラは怒髪天を通り越し、一周まわって冷静な顔でレディリーを見つめる。

 

 

 

 ―――行動は迅速だった。

 

 

 

 腰に付けていたナイフを取り出し、対象に向かって駆け出す。勢いの乗ったナイフはそのままレディリー(復讐相手)の胴を貫き、その小さな体躯を硬い地面に付き飛ばした。

 父の仇をとったという実感がシャットアウラに湧く。次いで出てきたのは、突如オリオン号に出現したという鳴護アリサに対する疑問だ。

 

「こいつは一体なんなんだ……?」

 

 父の犠牲の代わりにあの日オリオン号に乗っていた88人の命を救ったという奇蹟を扱う少女。居ない筈の89人目。自身のブレスレットの欠片を持つ少女。情報はどれも断片的で、とても真相には至れそうに無かった。しかし必死にピースを繋ぎ合わせようとするシャットアウラ。そんな彼女を嘲笑うかのように、その場に衝撃音が響いた。音の発生源には二人の男女。内一人に関しては見覚えがある。つい先日地下駐車場で上条当麻と共に戦った人形だ。

 

(となるとこちらの女も……)

 

 恐らくは人間では無いのだろう。無機質な表情を浮かべる二人の人形は、共に倒れたレディリーを守る様にして立っている。

 

(まさか、あの地下駐車場での戦闘すらアイツの仕込みなのか!?)

 

 三年前に策謀を張り巡らせていたというレディリーの事である。先日の戦闘も仕組まれていた可能性が高い。

 

 

 

「うふふふふ」

 

 

 

 そんなシャットアウラの思考を遮る様に、幼い少女の笑い声が場に響き渡る。それは先程確かに心の臓を一突きして殺した筈の相手の声だ。

 

「ナイフで刺されるのは13回目……もう痛みも苦しみも感じないわね。あるのはただの空虚だけ」

 

 まるでゾンビの様に立ち上がるレディリー。その様子に呆気にとられるシャットアウラ。そんなシャットアウラの隙を突いて、二人の男女の人形が彼女を拘束する。意識を別のことに割いていた彼女は、その奇襲に対応出来ず、人形に組み伏せられてしまう。

 

「化け物が……!」

 

 せめてもの抵抗としてレディリーを罵倒する。

 

「……そう。やっぱり貴女も私のことを化け物と呼ぶのね」

 

 シャットアウラの言葉をレディリーは笑い飛ばしたりはしなかった。代わりに彼女は一人で何かに納得する。その心情をシャットアウラは図り知ることも出来ないし、図り知ろうとも思わない。

 

「そうね。貴女は生かしておいてあげる。本当の奇蹟が起きる瞬間を特等席で見させてあげるわ」

「結構だ!!貴様の企みは絶対に潰してやる!!どんな手を使ってもな!!」

 

 人形に連行されていくシャットアウラを見つめながら、冷めた表情でレディリーは告げる。

 

「そう。期待しておくわ」

 

 今までにもレディリーに対してその様な事を言った人間も居た。ともすれば彼女に致命傷を負わせた人間も居た。だがそれだけだった。レディリーは傷を負えども死ぬことは無かった。故にシャットアウラの言葉に対しても空虚な感想しか湧かなかった。

 

「さて」

 

 気持ちを切り替える。過去への未練は引き摺ったままだが、今は為すべき事を為すだけだ。その為に必要なものは全て手に入れた。後は段取りを整えてあげればいい。

 スッと、鳴護アリサの顔に当てた手をスライドさせる。それにつられるように、彼女の眼が開く。

 

「おはよう、鳴護アリサさん。貴女にお願いがあるの」

 

 願い事は二つ。一つは自分の人生に終止符を打つためのものであり、もう一つは先日から心に引っかかっている未練を解消するためのものであった。

 

   23

 

 エンデュミオンの完成披露式典を明日に控えたその日、多くの歯車が動き出した。

 上条当麻は土御門元春とステイル=マグヌスから鳴護アリサを使って北半球が全滅する規模の大規模魔術が今回の一連の騒動の黒幕であるレディリー=タングルロードによって今まさに引き起こされんとしていることを知り、その阻止に動き出した。

 シャットアウラ=セクウェンツィアは黒鴉部隊の部下の手によってレディリー=タングルロードによる幽閉から解放され、一連の騒動の原因である彼女に引導を渡すためエンデュミオンの施設をジャックし、宇宙へと旅立った。

 警備員(アンチスキル)は黒鴉部隊によってジャックされ、閉鎖されたエンデュミオンの異常に気付き、施設の閉鎖を解除する為に部隊を出動させた。

 御坂美琴は病室から居なくなったどこぞのツンツン頭の少年の行方を追いに行った。

 一方通行(アクセラレータ)は上条当麻の病室の話を聞いていた妹達(シスターズ)のミサカネットワーク経由で一連の騒動を知った打ち止め(ラストオーダー)の頼みでちょっとしたリハビリを行いに病室を空けた。

 そんな中、西崎隆二は今日エンデュミオンで行われる鳴護アリサのライブに特別ゲスト枠として招かれていた。鳴護アリサ名義で昨日寮に届いたライブのチケットは、しかし実際にはレディリーが彼と会うための切欠でしかない。彼女は今も、先日自分が彼女を呼んだ愛称について悩んでいることだろう。何故なら「レディー」という愛称を知っている者は彼女とかつての自分、そしてその家族しか知り得ない信愛の証だったのだから。その愛称を何処で知ったのか、彼女は今も自分に問い質したくて仕方無いのだろう。

 

「数日ぶりね、西崎隆二さん?」

「そうなるな、()()()()

「っ……!」

 

 エンデュミオンでの再会。方や変わらぬ者、方や変わりゆく者。その在り方は対極でありながら、根本の似た者同士は、今一度お互いの顔を見合わせる機会を得た。西崎が懐かしの愛称で以て彼女を呼ぶと、呼ばれた本人が小さく歯嚙みする。そして小声で「なんで……」と呟く。

 性別も、口調も、生きる時代すら異なるというのに、レディリーは目の前の西崎隆二という男に今は亡き家族の影を投影してしまっていた。

 

 

 

 ―――稀に、昔の夢を見る。

 

 

 

 自身が負傷した十字軍の兵士を助けた時に貰ったアンブロシアの実によって不死となってから各地を放浪し、彼女に会う事で居場所を得る夢だ。真実を知って尚、自身のことを人間だと言い張り、実の姉の様に世話をしてくれた優しい彼女。やがて時は流れ、魔女として弾劾された彼女は火刑に処される。砕け散った砂時計は元に戻る事無く、零れた砂は伸ばした手の隙間を通り過ぎるばかり。永い人生に於いて実に二度目の虚無、しかして永い人生に於いて恐らくは最大の後悔。

 彼女を取り戻せなかった自身の無力さを呪った。相手の標的を自身に向けさせることを躊躇してしまった自身の愚かさを嗤った。彼女が死んでなお生きている自身の喜びを殺した。そうして自身の死に場所を求めた。

 逃亡生活、家族生活を経て一転自殺志願者へと変わった己は、考え付く限りの死を用意した。

 例えばそれは致死毒の服用であったり、例えばそれは銃撃による襲撃であったり、例えばそれは新兵器の実験台であったりした。

 だが死なない。どんなに計画を練ろうとも、どんなに理不尽な出来事が起ころうとも、彼女は死ねなかった。彼女の居ない世界に意味など無いと世界に見切りをつけたというのに、世界が彼女を縛り付けるのだ。そうしていつも自己嫌悪に陥り目が覚める。

 そんな彼女の答えが今、目の前にあるのかもしれない。久遠の時を経て、彼女を知るかもしれない人物、彼女によく似た人物を目の前にして、レディリーは緩みかけた頬を引き締める。笑みは不敵に、視線は相手を見透かすように。西崎から彼女に関する情報を引き出すため、レディリーは見栄を張った。

 そんなレディリーに対して西崎はただ一言。

 

 

 

「正座」

 

 

 

「…………え?」

「だから正座。悪い事をしたらお説教。お説教を受ける時の姿勢は正座だ」

「いや、あの、え?」

「レディー、早く正座」

「あ、はい」

 

 有無を言わさぬ西崎の雰囲気とどこか懐かしい感覚によってその場に正座するレディリー。先程までのミステリアスな態度もどこへやら、そこには叱られそうになってびくびくしながら正座する容姿相応の少女の姿があった。

 西崎は口を開く。

 

「皆に傷ついて欲しくないと、最期にそう言った筈だが?」

「いや、えっと……エスタの居ない世界に用はないって言うか……」

「百歩譲って意気消沈するのは良しとしよう。けれど他人を大勢巻き込んで、何人もの被害者を出し始めたのはどういう了見なんだ?」

「えっと……ごめんなさい」

「お蔭様でこちらは事情を把握した後、今までの被害者や死者が少しでも浮かばれるようにずっとアフターケアーを行いましたよ」

「ぐぬ……」

「聞いているのですかレディー?態々死者の魂を呼び出してある程度の願いを聞き届けたり、叶わぬはずの生者との再会を行わせたりとこちらは大変だったのですよ?」

「でもそれは貴女が居なくなったからで……私のせいじゃ……」

「私が死んだのは独り善がりだと最期に言ったでしょう。皆に気を遣わせない様に言ったのが逆効果になってしまったのは残念ですが、家族であるならその辺りの意図を汲み取って欲しかったのですが」

 

 何時の間にか口調もその姿もエスター=ロイドのものに変化していた西崎。対するレディリーは数百年振りの再会に喜ぶこともせず、在りし日の延長の様にエスターの叱りから逃れようとする。余りにも自然に当時と同じ様な状況を作られたものなので、彼女はまだ死んだはずのエスターが目の前で自分と話しているという事実を忘却していた。

 

「だって、私…貴女が死んでしまって、本当に悲しくて……まさか貴女が死ぬなんて……死ぬ……え?何で生きてるの??」

 

 嗚咽と共に涙を流し始めたレディリーだが、自分の言った言葉と現状が噛み合っていないことを認識し、思わず疑問の声を漏らす。

 

「え、だって貴女は火刑に処された筈よね……?死体も残らず灰にされて、最後の審判すら受けられなくなった筈よね……?え?え……?」

 

 途端に混乱し始めるレディリー。そんな彼女をエスターが抱きしめる。自身の胸にレディリーの顔を引き寄せ、その頭を優しく撫でる。……なんだか「久し振りの乳枕、この感触は紛れもなくエスタね」とかいう呟きが聞こえるがそれは捨ておく。

 

「永い間待たせてしまいましたね。ただいま、レディー」

「……うん。おかえり、エスタ」

 

 こうして、どこか締まらない再会を二人は迎えた。

 

   24

 

「で、結局どうしてエスタは生きてるの?」

 

 そんなレディリーの発言にエスターはちょっと困った顔をして答える。

 

「いえ、私は死んでますよ?」

「え、でもここにちゃんと居るじゃない」

 

 自身を死者とのたまうエスターの言葉を否定するようにエスターの体に触れてはその温もりを実感するレディリー。

 

「そうですね。言うなれば遥か来世の私によって私の形をとっているのが今の私と言った所でしょうか」

「?ちょっと意味が分からないわ」

「そうですね。なら話をしましょう」

 

 そう言ってエスターは語りだした。

 

   ★

 

 その昔。人類の発生、それにより生じた未知への不安・恐怖……そういったモノがまだ世界中に渦巻いていた頃、それらを覆すモノが欲しいという願いもまた世界中に渦巻いていた。そんな願いの集積体を偶発的に受け取ったある蛇が居た。願いの集積体を受け取り、蛇の要素だけならず多少竜の要素も入り混じった人となった蛇は、その時二つの力を手に入れた。

 

 

 

 一つは、全てを見通す眼。

 未知に対する恐怖を克服する為に未知を理解せんとする願いが、蛇にそれを与えた。

 一つは、全ての願いを叶える力。

 未知を既知に変じようとする願いが、蛇にそれを与えた。

 

 

 

 眼は時間や空間、位相などといった諸要素、霊脈の流れから世に存在するあらゆる存在の名称・用途など、あらゆる情報を蛇に与え、力は望む願いに匹敵する代価を支払えばその過程や法則などを差し置いて問答無用で願いを叶えた。

 そんな蛇が人々に求められるのは、さも当然のことであろう。

 

 

 

最初に、無償の愛を与えた。

 

 

 

 ()われればどの様な声も聞き届け、どの様な願いであれ叶えた。

 代価は自身の身で(まかな)った。有限である人でありながら無限である蛇であったその存在は、願いの集積体の力により、図らずも人類にとって未知の深奥であった不老不死を実現したのだ。ならばこれを使わぬ手はあるまい。自身は願いを叶える為にここに居るのだ、尽きることの無いこの身の一時の部分的消失など気になど止めるものか。そうやって蛇は人々の願いを無条件に叶えて回った。

 そんなことを繰り返していた時、とある拍子にふと気づいてしまった。自身が人間に与えたものが、どの様なものを育むのかを。

 退廃と堕落。誰か一人に依存することを覚えた者達は、次第にその欲望を肥大させ、より怠惰に、そしてより傲慢になってしまった。

 この程度の問題なら自分が動かずとも蛇が何とかしてくれるだろう。この問題は自分ではどうにもならないから蛇が何とかしないと。そういった醜い思想に染まった人間達の姿に直面した蛇は、彼らが内に不満を抱いた際、その信頼が憎悪へと変貌する未来を垣間視た。

 その未来を直視した蛇は、最早取り返しのつかない程堕落した人間達に目も当てられず、其処(そこ)を去った。そして全てを与え過ぎた自身を(いまし)める為に、腐敗の芽をその文明ごと葬り去った。そうして蛇は悟った。世界という重圧は、只一人の双肩(そうけん)に託すには余りにも荷が重過ぎる。問題を解決する為に用いるのは個人の能力であってはならず、その問題に直面した全ての者達の『繋がる力』であるべきなのだ、と。

 

 

 

次に、有償の愛を与えた。

 

 

 

 求め過ぎぬ様言い聞かせ、願いの代償を望む者に払わせた。

 自分は堕落した人間を見たくないと説き、十分に警告した。ただ例外として、ささやかな知識を伝える事だけには代償を設ける事はしなかった。自身の事を知識の伝道者と呼称し、些細な手助け程度は行った。

 案の定、代価を自身で払うという条件を付けただけで、願いを叶えて欲しいと蛇に(すが)ってくる人間は減った。そして彼らは各々自主性を育んでいき、最早自身の力など無くとも良い程の団結を作り上げた。

 そんな中でも強情な者は居た。

 権力という概念が生まれればそれを利用しようとする者がいた。競争という概念が生まれれば競争相手を酷い目に遭わせようとする者がいた。

 そんな中、まったく毛色は異なるが、我が身を犠牲にしてでも誰かの命を救いたいと願う者も存在していた。蛇にとって意外だったのは、その願いを叶えようと思っている者が蛇もよく知っている大人しい性格の子であったこと、そしてその娘が蛇が思っているよりもずっと頑固で粘り強い一面を秘めていたということだ。

 

「だから何度も言っておるだろう。私は知識の伝道者であれどお前達の願望器では無いと。私はお前たちの成長を促しはするが、成長の過程を奪う様な事はしないと」

 

 蛇は娘にそう言った。

 

「お願いします!もう貴方様しか頼れるお方がおられないのです!どうか()()()に命の息吹を今一度吹き込んでは頂けませんか!?」

 

 切羽詰まった様に、だが決して引かぬという強い決意を感じさせる顔で、娘は赤子の亡骸を抱いきながら懇願(こんがん)する。

 

「確かに私の力を使えば死の淵にある者をこちら側へ引き寄せることも可能だろう。だが、何故私がそれをしないか理解していない様だな。この力は願いの結果に等しい代価を払わなくてはならんのだ。もしここで私がその赤子を蘇らせたとして、その代価が如何程(いかほど)になるのか理解しているのか?」

 

 そう、蛇が願いを叶える為には、それに似合うだけの代価が必要となる。願いと代価、双方の帳尻が合わさって初めて蛇は力を行使出来るのだ。

 

「理解しています!その上でこの子を救って欲しいんです!」

 

 娘のその顔を見て蛇は激昂する。何が理解しているものかと。

 

阿呆(あほう)め!人一人の生死の流れを変えれば、他の誰かの生死の流れを変えなければ釣り合いがとれぬのだぞ!お前はわが子の為に誰かを土に(かえ)すつもりか!!」

 

 蛇にとって人一人の蘇生など容易い話だった。既に滅んだ文明の時には、そんな願いを数多く叶えてきたのだ。だがそれは自身の不滅の肉体を代価に(ささ)げてのこと。普通の人間がその代価を払うのであれば、代わりに誰かの命を土に還すことになるだろう。

 

「いいえ、土に還るのは他の誰かではありません」

 

 この切り替えしの言葉を娘が放った時点で、蛇の眼には一つの破滅的な結末が映り込んでいた。

 

「まさか、お前―――」

 

 

 

「私を土に還してください」

 

 

 

「愚か者が!!赤子の命を救う為に自ら命を奉げる母が何処に居る!?それでは例え赤子が息を吹き返したとしても育てる者が誰もおらんではないか!?」

 

 激昂。

 

「―――それでも、それでも私は、この子に世界を見て欲しいんです。大地の恵みを、空の広さを、海の豊かさを、この子に感じてもらいたいんです」

 

 反論。

 

「そうであるなら尚更お前が命を落としては駄目では無いか!!そのような光景をその子供が見たとしても、親が居らねば感動など出来る物か!!感情は分かち合う物とこの前教えたばかりであろうに―――ええい、(らち)があかぬ!!」

 

 説得。

 

「ですが―――」

 

 抵抗。

 

「だがな―――」

 

 反論。

 

「でも――」

 

 反論。

 

「なら――」

 

 反論。

 

「や―」

 

 反論。

 

「い―」

 

 反論。

 

「―」

 

 反論。

 

「―」

 

 

 気付いた時にはもう遅かった。強情なその娘は、言葉巧みに蛇を言い包め、自身の存在を他の誰もが認識出来ない様になるという条件で願いを叶えてしまっていた。

 

「あぁ。良かった」

 

 ほんのりと生気の戻った我が子を抱こうと手を伸ばした娘の手は、しかしその赤子に触れる事は無かった。スルリと、まるでその空間には何も存在しないかの様に娘の腕は赤子をすり抜ける。

 

「―――。言っただろう、今お前は自身の存在を代価にしたのだ。私の様な特別な眼を持っている訳でも無い人間達に、お前のことは認識出来ないし、お前もそこに存在こそしてるもののこちら側に接触することは断じて無い。認識出来ないとは、詰まる所そういう事だ」

「別に世界からお前が消えた訳でも無い。これからお前がその生を終える訳でも無い。ただ、どうしようもなくお前とお前以外との間に()()が出来てしまうんだよ。お前には通じないかもしれないが、要するにお前はお前ひとりだけの専用の位相に隔離されたのだよ」

 

 蛇のそんな言葉など聞こえない様に、娘は只困った顔をして、何とか息を吹き返した赤子に触れようと手を伸ばす。

 

「困りましたね。この子の世話は貴方様に任せようと息巻いていたのですが、目の前で我が子を見ているとその決意も揺らいでしまいそうです」

「……………ふん。元よりお前がそう望んで代価を支払ったんだ」

「えぇ。本当に、困りましたね……」

 

 幾度も赤子を撫でようとしてはすり抜ける娘の腕、その虚しい様子を目にした自分は、心の中で誓いを破る事に謝りつつ、一度だけ無償の愛を娘に与えた。

 そして誓いを破った自身への戒めの為、その人間達から離れ、その人間達の代が幾つか変わるまでの間、決して表に出る事は無かった。

 

 

 

そして、蛇は愛を創る。

 

 

 

 度重(たびかさ)なる失敗を経て、自身の願いを叶える力に危機感を覚えた蛇は、その力を今後使う事がないよう自身に対して誓いを立てた。

 そしてその力の代わりとなるモノを探し、人知れず魔術という概念を生み出した。勿論、それを世に出したことは無かったので、魔術という概念が生まれた事も、初まりの魔術師が生まれた事も、誰に知られること無く歴史に忘却されたのだが。

 生み出した魔術は自身の蛇としての性質を十全に発揮出来るものとなった。『不死』では無く『死後』に観点を置き、『命』という命題を掛け合わせて創られたその魔術は『死と再生』、『破壊と創造』、そういったものを司る『輪廻』の概念を組み込んだ術式となった。

 通称『局所的事象編纂(へんさん)術式』。自身の情報を変えたり簡単な事象の置換程度なら特に世界に大きな影響も及ぼす事は無いが、自身以外の事象、それも時間に干渉したり編纂する対象の規模が大きかったりするものに関しては一旦世界をバラバラに分解して、その後で対象の事象を編纂し、編纂した事象以外を分解する前の状態と全く同じ状態にして世界を再構築する―――所謂(いわゆる)世界の死と再生、世界の破壊と創造、世界の輪廻を行う術式である。余談だが全体論の超能力を使用することで、世界の始まりから事象を編纂することが可能となるが、その分世界の再構築の手順が複雑化してしまう。

 この術式を使用することによって蛇は自身の記憶を自身の魂に記録し、自身の魂を輪廻させることで強制的に自身の肉体を不老不死の(くさび)から解き放つことに成功する。そしてそのまま他の魂と共に正常な輪廻に入る事無く、自身が新たに創った位相にてその魂を純化させ、次に生を受けるべき時に備える様になった。

 

 

 

そして、愛がため蛇は巡る。

 

 

 

 幾度もの人生、幾つもの視点を経る中で、蛇は自身が神話や伝承に登場するあらゆる蛇の元型(アーキタイプ)になっていることに気付いた。

 別に自分が世界で最初に誕生した蛇という訳では無い。だが、人々の知る所の超常の力を使う蛇に関して言えば、自分は確かに最初の蛇と言う事になるのだ。

 それ故自分は、自分から生じたあらゆる蛇の力を、偶像の理論によって望まずとも使える様になってしまった。

 

 

 

それは、例えばあらゆる概念の象徴と呼ばれる尾を喰らう存在であったり、*1

それは、例えばあらゆる地にて伝わる創造と降雨を(もたら)すとされる存在であったり、*2

それは、例えば医療・医術の象徴的記号であったり、*3

それは、例えば釣り合いの取れたやり取りなどが理想とされる商取引と交渉の象徴であったり、*4

それは、例えば人体内に存在するとされる根源的な生命エネルギーであったり、*5

それは、例えば天地を生んだ母、全ての神々を生んだ母なる祖先と称される存在であったり、*6

それは、例えば三回にも渡る人類の創造に関与した存在であったり、*7

それは、例えば拝火教における悪神の化身であったり、*8

それは、例えばファラオを守護するとされる存在であったり、*9

それは、例えば豊穣を齎すとされる存在であったり、*10

それは、例えば一千八百年の修行の末、仙術を会得した存在であったり、*11

それは、例えば長い年月を積み重ねた蛇が変身するとされる存在であったり、*12

それは、例えばゴエティアに登場する序列十七番目の悪魔であったり、*13

それは、例えば神の毒、神の悪意、赤い蛇と呼ばれる謎多き存在であったり、*14

それは、例えば旧約聖書に登場する海中の怪物であったり、*15

それは、例えば生贄(いけにえ)と引き換えに水を統治する八つの頭を持つ存在であったりした。*16

 

 

 

 そんな全ての蛇、その力を集結させた存在となった自身の目的は一つだった。『人間が神に頼らぬ存在となること』、つまりはこれに尽きた。

 形の無い何かに祈る事無く、各々が協力して未来を切り拓く。そんな人間の未来を目指して、蛇は度々世に現れては知識人として振る舞い、彼らを導いた。

 オルガ=スミルノフ(静かな光)ウゥ=ミラージュ(赤い蜃気楼)リヴィア=トレス(命の塔)アイン=アル=カウン(宇宙の目)ジャーラ=ウキンゴ(運命の岸辺)エスター=ロイド(灰色の星)ジェフサ=モーガン(円を開く者)。数多の名、数多の生を経て、蛇はここまでやってきた。

 

   ★

 

「え、じゃあエスタは西崎隆二でもあるってこと?」

 

 エスターの語り話を聞いたレディリーは少し驚いた顔をしながらそう聞いた。

 

「そういうことになります」

「あれ?それならどうして今私に会いに来たの?もっと前に会いに来てくれれば良かったのに……」

「レディーが私の死を切欠に自身の死の為に奔走しているなんて少し前に知らなければそもそも会いに来てないですよ!」

「あぁ、痛い!米神ぐりぐりはやめてって!謝る!謝るから!!」

 

 エスターの膝の上に座りながら米神をぐりぐりされるレディリー。その姿はいたずらが露見した子供のようであった。

 暫くして、思い出や近況を語り合った二人は、今後のことについて話し合うことになった。

 

「どうした方がいいのかしら?この宇宙エレベーター」

「不確かな自分の死に掛けてみますか?その場合は地球の北半球が纏めて消滅しますが」

「まさか!エスタと会えたんだから態々死ぬ必要なんてないじゃない」

「ではその体の不死性を解く必要は無いと?」

「エスタだってこの先何度も別の形でこの世に生まれてくるのでしょう?なら実質私と同じ様なものじゃない」

「はぁ……。現金な妹を持ったものです」

「あら、私は良い姉を持ったと思ってるわよ?」

「本当にそう思ってますか?あんなに姉の顔に泥を塗る様な所業を行っておいて?」

「いいじゃない、泥パック。お顔が綺麗になって」

「そんな屁理屈を言う子は頬っぺた引っ張りの刑に処します」

「いふぁいいふぁい」

「これに懲りたらもう自身の死の為に周りを巻き込まないで下さいね?」

「わふぁった。わふぁったから」

「分かればいいのです。……所でこの宇宙エレベーターなんですが、地球にあっても邪魔なだけですし、宇宙にでも放逐してしまいません?」

「へぇ……何か案があるの?」

「そうですね。ちょっとレディーに一芝居打って貰おうかなと」

「因みに報酬は?」

「ハッピーエンドでどうでしょう?」

「ちょっとパンチが弱いわ。もうちょっと、もうちょっと私の得になる報酬が欲しいわ」

「…………でしたら、私との共同生活でどうで―――」

「話を聞こう」

 

   25

 

 エンデュミオンの無重力室にて、鳴護アリサは宙を回っていた。脳裏を占めるのは奇蹟の事ばかり。レディリーからの二つの依頼、即ち自分名義の特別招待状の発送とエンデュミオンでの記念式典ライブへの出場―――とりわけ後者の提案への返答について、彼女は迷っていた。

 

「あら、まだ悩んでいるの?」

 

 そんなアリサの居る無重力室に一人の人物が入ってくる。彼女の名はレディリー=タングルロード。オービット・ポータル社の社長であり、三年前のオリオン号墜落事件の主犯であり、そして今回のアリサを巡る一連の騒動の元凶である。

 

「夢だったんでしょう?大勢の人の前で歌うの」

 

 レディリーの言葉にアリサは答えない。確かにその夢を望んだのはアリサだ。そして今まさにその夢は実現されようとしている。しかし、彼女はこんな状況で自身の夢を叶えたくは無かった。

 アリサの葛藤を見透かす様にレディリーが続けて言葉を紡ぐ。

 

「別に嫌なら断ってもいいのよ?―――但し、その場合はここにいる招待客全員が死ぬことになるけれど」

 

 半ば脅しに近いレディリーの言葉に、アリサは迷いを打ち払い決心を胸に抱く。

 

「歌います」

 

 宙ぶらりんだった彼女が無重力の恩恵を振り払い地に足を着く。地面にしっかりと根をおろすかのようなその足は、彼女の強い意志を反映したかのようであった。

 

「あたしの夢の為でもなく、貴女の目的の為でもなく、ただあたしの歌を待ち望んでくれている皆の為に!」

「貴女が何を考えていようと、あたしはそれを上回る奇蹟の歌を紡いでみせます!!」

 

 そのアリサの返答にレディリーがクスリと笑う。

 

「そう。やっぱり別れていても、根は似た者同士なのね」

 

 アリサには分からない呟きを残して、レディリーは無重力室を去る。

 

 

 

 鳴護アリサ。彼女の一世一代の大舞台が幕を開けようとしていた。

 

 

 

   26

 

 (そら)を埋め尽くす程の巨大な魔法陣の数々。複雑に絡み合った大小様々な幾何学模様が、まるで一つの巨大な機械を形作る様々な歯車の様に噛み合う。インデックスをしてかろうじてソロモンの鍵に由来するゴエティア系の魔術と判断出来る程の複雑さによって形作られたソレは、まるで発動の瞬間を今か今かと待ち望んでいるかのようであった。

 バリスティックスライダーなる新型シャトルシステム―――但し、土御門曰く宇宙輸送機関コンペとやらで敗れた不遇の作品らしい―――に搭乗し、宇宙服に身を包んだ上条とインデックスは、その巨大な魔法陣の数々に焦りを抑えきれなかった。

 

「おいおい、あんなのが発動したら一体どうなっちまうんだ!?」

「分からないんだよ!とにかく今はアリサを助けることに集中するんだよ!!」

「あぁ、そうだな!!それだけ分かれば十分だ!!」

 

 緊迫感の増す宇宙の中を蒼穹の塔目掛けて飛翔するバリスティックスライダー。一直線に目標を目指すその機体は、しかし何者の妨害も受けずにエンデュミオンへと到着する。

 

『あれー?可笑しいニャー?エレベーターに装備されたアンチデブリミサイルに撃たれると思って武器を用意してたんだがにゃー』

 

 通信越しに疑問の声を上げる土御門。彼の言葉に「武器なんて積んでたっけ?」と釣られて疑問の表情を浮かべる上条。

 そんな上条の背後でバリスティックスライダーのシャトルが開く。

 

「………」

 

 果たして中から現われたのは、つい先日手ひどい怪我を負わされたばかりの神裂火織であった。既に宇宙服を脱いだ上条達とは異なり、彼女は最初から生身でバリスティックスライダーに搭乗し、そのまま生身で宇宙空間の無酸素環境を乗り越えてきたようである。俯いたその表情からは彼女の心情を窺い知ることは出来ないが、心なしか上条には彼女が酷く落ち込んでいるように見えた。

 

「何ですか、ミサイル迎撃用の武器って。しかもその活躍すら無かったじゃないですか」

 

 理不尽な扱いを受けるのは我慢ならないが、かと言って自身の活躍の場が無いのも我慢ならない。武器として搭乗したからには、せめて武器として華麗に登場し、ミサイルを斬り捨てた方がまだましというものである。因みにミサイルが起動しなかったのは数日前に彼女を重症に追い込んでしまった西崎による神裂への配慮なのだが、今回はそれが完全に裏目に出た形となった。

 

「えっと……取敢えずインデックスをレディリーの所まで運んで貰えます、神裂さん?」

 

 そんな訳で、どうにも締まらない形で行動を開始した上条達であった。

 

   27

 

 警備員(アンチスキル)と御坂美琴によって破壊されたエンデュミオンの防衛兵器に関する報告と鳴護アリサによるライブの熱狂の具合についての報告を自動人形から受けたレディリーはその口元に笑みを貼り付けていた。

 

「下は大騒ぎみたいね。でももう間に合わないわ。観客の目に見えない思いは力となって収束され、彼女の奇蹟によってその力は統率される。後は私が少し後押ししてあげるだけ」

「させるとでも?」

 

 レディリーの独り言に思わぬ場所から返答が入る。

 

「あら、来てしまったの?折角特等席を用意してあげたのに」

 

 顔を右にずらせば、そこには拳銃を構えたシャットアウラ=セクウェンツィアの姿。彼女の鋭い眼は、依然としてレディリーを強く睨みつけていた。

 

「もしかして、その御粗末な道具で私を殺せると思ってるの?学習性が無いのかしら?」

 

 返答は行動で持って示された。引き金を引かれた拳銃から弾頭が発射され、それは寸分の狂いも無くレディリーの心臓を貫いた。

 

「貴様の企みは絶対に潰す。そう言った筈だ!」

 

 続けて数発の破裂音が響き渡り、地面に血の池を作る。

 ―――だが、

 

「私も言った筈よ?本当の奇蹟が起きる瞬間を見せてあげるとね!」

 

 レディリーが地に伏したまま左腕を天高く掲げる。それに呼応するかのように宙を彩る魔法陣がより一層の輝きを増し、今にもその術式を発動させんとする。

 

「させるか!!」

 

 シャットアウラが咄嗟に懐のペレットをレディリー目掛けて投擲し、能力を発動させ爆発を引き起こす。爆発によってレディリーだけでなく、エンデュミオンの特殊ガラスまでもがその被害を受け、割れたガラスから真空状態の宇宙に向かってエンデュミオン内の物が飛び出していった。

 この爆発により応力バランスの崩壊したエンデュミオンはこのままではじき倒壊し、地上に甚大な被害を出すことになる。宇宙と地球、二つの場所にてこの最悪の結末を避けるため各々動き始めた。

 

   28

 

 爆発による衝撃は、当然アリサのライブ会場にも届いていた。一際強い揺れと衝撃によって混乱に陥った人々は、各々不安の声を挙げ、突如訪れた非日常に困惑していた。ガシャン!!と、いう音と共にライブ会場の天井を支える鉄骨の一つが地面に降り注ぎ、土煙を立てる。それが引き金になったのか、観客たちは一斉にパニックに陥り、一斉に会場から逃げようとする。

 

『―――何せあの事故は()()()()()()()()()なのだから―――』

 

 不意に思い出したのは先日会った西崎隆二という少年の言葉。それと、何処かの場所で不安に怯え、天に祈る人々の姿。

 そして、彼女の脳内で全ての辻褄が合う。

 

(あぁ、そうか。あたしは、あの時も―――)

 

 自身の原点、今の自分を形作るもの、果たすべき役割。全てを思い出した今、自分がすることはこれしかない。

 

「♪―――」

 

 そう、歌だ。自分が今この瞬間出来る事は、歌を歌う事だ。何故なら、それこそが鳴護アリサの―――

 

   29

 

「緊急用の切り離し(パージ)システム?」

「はい。地上に存在する三か所の爆砕ボルトを全て手動で点火させることが出来れば、エンデュミオンは宇宙へと飛び立ち、地上に倒れてくることもありません」

 

 エンデュミオンの倒壊を防ぐ為に地上でエンデュミオンの情報収集を行っていた電子の専門家初春飾利によって、エンデュミオンにおける被害を抑えられる可能性が浮上した。それに伴い地上の人間の行動もエンデュミオン内の人間の救助からエンデュミオンの倒壊の阻止へと切り替わる。

 

「一か所は私が何とかするわ。もう二か所はどうするの?」

 

 御坂美琴が三本の爆砕ボルトの内一つを叩くと宣言する。

 

「……こっちも今連絡が入ったじゃんよ。残る二つの内一つはこっちの協力者が引き受けるって話らしいじゃんよ」

 

 続けて警備員(アンチスキル)の協力者とやらが残る二本の爆砕ボルトの内一つを叩くと宣言。

 

「残る一つはどうするの?」

 

 美琴が地上部隊の面々に質問を投げかけたタイミングで、通信機から謎の通信が入ってくる。

 

『あー、テステス。こちら匿名希望のペンネーム”人生とは妹と見つけたり”さんだにゃー』

 

 軽いテンションで謎の通信の相手が言う。

 

『話は聞かせて貰ったぜよ。残る三つめはこっちでなんとか出来る方法があるから任せて欲しいんだにゃー』

「その言葉、信じるわよ!」

 

 相手の素性を確認する暇など無い。時は一刻を争う。三本の爆砕ボルトを何とか出来る手段がある以上、後はどれだけ早く爆砕ボルトの下までたどり着けるかの勝負になる。美琴たちと警備員(アンチスキル)、そして土御門によって爆砕ボルトの天下を依頼されたステイル達は、各々の爆砕ボルト点火の為、迅速に行動を開始した。

 

   30

 

 爆発があった。

 下手人はシャットアウラ=セクウェンツィア、標的は鳴護アリサ。

 辺り一面に響き渡るノイズを打ち消す為に彼女は能力を使い、ノイズの大元を消しに掛かったのだ。

 ステージを破壊されたアリサは、ステージの破片と一緒に地上へと落ちていき―――すんでの所で駆け付けた上条によって抱えられた。

 

「間一髪か……」

「当麻くん……」

 

 無事なアリサの姿を見てほほ笑む上条。だが彼女を助けた代償として、上条はその背中に傷を負っていた。

 

「ッ……!!」

 

 痛みを気合で凌ぐ上条。そんな上条をシャットアウラから庇う様にアリサが上条の前に出る。見ればいつの間にかシャットアウラの手には拳銃が握られており、その銃口はアリサへと向けられていた。

 

「やめろ!シャットアウラ!」

 

 引き金を引こうとするシャットアウラに対して制止の声を上げる上条。シャットアウラはアリサを庇う上条の態度に少し顔を顰め、元の表情に戻した。

 

「……何故そいつを庇う。そいつの存在が、レディリーの計画を生み出した」

「こいつの歌が……こいつの起こす奇蹟が人を惑わせる!!」

「だから殺すってのか!?そいつは違うだろ!!」

「黙れ!!」

 

 上条の説得も無視し、鋭い目でアリサを睨みつけるシャットアウラ。対してアリサは自分が死地に居るというのに、その顔に笑みを浮かべていた。

 それがシャットアウラの琴線に触れる。

 

「何故笑う!!何が可笑しい!!」

 

 拳銃でアリサの頬を殴るシャットアウラ。殴られたアリサは床に倒れ、気を失っていた。

 

   31

 

 

 

 ―――そして、地上で三つの衝撃が巻き起こった。

 

 

 

   32

 

「御坂美琴、一方通行(アクセラレータ)、ステイル=マグヌス達による爆砕ボルトの打ち上げを確認」

「エンデュミオンは宙へと飛翔した。後はしっかりやれよ、レディー」

 

   33

 

「基部を爆破しただと!?」

 

 黒鴉部隊からの連絡により、エンデュミオンが地上から切り離されたことを知ったシャットアウラ。驚愕する彼女に向かって、上条は得意げに語る。

 

「これで分かっただろ。本気でやれるって信じて努力すれば、出来ないことなんて無いんだってな!」

『本気で願い努力すれば、出来ないことなど無いのさ』

 

 上条の言葉と父の言葉が重なり歯を食いしばるシャットアウラ。せめてもの反論の為に、彼女は三年前のエピソードを語り始めた。

 

「三年前、オリオン号の機長であった私の父は、あの事故でただ一人犠牲になった」

「だと言うのに……その女が現れたせいでその死すら無かったことにされた」

「私も乗客も全員助かったのに、最後まで皆を守ろうとした私の父だけが、唯一人……!」

「だから……だから私は、奇蹟を否定する……!!」

 

 目尻からは涙が零れる。声が震える。怒りと悲しみが、シャットアウラの中でグルグルと廻り続ける。そんな彼女の話を聞いて、上条は口を開く。

 

「お前が本当にやろうとしてることってのは、本当に親父さんの遺志と同じものなのか?」

「何を……そんなもの、同じに決まってる―――!」

「お前の親父さんはお前や乗客を守ろうとした。例え可能性がこれっぽっちも無くったって、限界まで頑張った筈だ!」

「―――だからこそ、お前や他の皆だって助かったんじゃないのか!!」

「ッ…!」

「奇蹟は起こった!けどそれを起こしたのはアリサじゃない―――お前の親父さんだ!!」

「それを否定するってことは、お前自身がもう一度親父さんを殺しちまうことになるんじゃないのか!!」

「ほんの僅かな可能性を信じて、何かが手に入ると思って……それで少しでも変えられるのが前進って奴だろ!?」

「それがお前の親父さんが目指したものなんじゃ無いか!?」

「そういうのを……奇蹟って言うんじゃ無いのか!!」

「もしお前が自分を憐れんで、信じたいものを全部拒んでるって言うのなら―――」

 

 

 

「―――その惨めな幻想を、この右手でぶち殺す!!」

 

 

 

 上条の右の拳がシャットアウラの顔面に突き刺さる。自身の幻想を打ち砕かれた彼女は、アリサと同じ様に会場の床の上に倒れた。

 丁度そのタイミングで上条の携帯に着信が入る。電話に出れば、相手は土御門であった。

 

『カミやん、少しまずい事になったぜよ。エンデュミオンが切り離し(パージ)される前に余りにも傾き過ぎていたせいで、このままじゃエンデュミオンはそのまま地球に落下ぜよ!!』

「そうか。なら、これからエンデュミオンの落下を止めないとな……!」

『カミやん、何か方法があるんぜよ?』

「そんな高尚なもんある訳無いだろ?でもどうにかしないといけないんだったら、俺は最後まで足掻くよ」

『期待しとくぜい』

「あぁ、任せとけ」

 

 土御門との通話が切れた瞬間、糸の切れた人形の様に地面に膝をつく上条。背中の傷は思ったよりも彼にダメージを与えていた。

 

「くそっ…!まだ終われないんだよ……!」

 

 這う様にして移動する上条。最早エンデュミオン落下防止は絶望的かと思われたその時、何処からかその旋律は響いてきた。

 

   34

 

 宇宙エレベーターエンデュミオン、そのコアルームにレディリーは居た。所狭しと刻まれた魔法陣は、このコアルームこそが宇宙の大規模魔術を発動させる場であることを明確に物語っていた。這うようにしてコアルーム中央に存在する魔術のコアの下へと移動するレディリー。そんな彼女の前に突如として二人の人物が姿を現す。

 一人は一〇万三○○○冊の魔導書を記憶した生きる魔導図書館インデックス、もう一人は世界に二〇人と存在しない聖人である神裂火織。

 レディリーが突如現れたインデックスの方を見ながらうっすらと笑う。

 

「禁書目録……一〇万三○○○冊の魔導書を記憶させられた人間図書館だったかしら?貴女なら、今の私がどういう状態か分かるでしょう?だから邪魔しないでもらえるかしら?」

 

 確かにレディリーの言葉通り、インデックスは彼女の状態を把握していた。体内にて精製される魔力がさながら永久機関の様に循環している。まるでウロボロスの様である。

 

「貴女の状態は分かる。だから私にも分かることがある……その術式を起動させても、貴女は死ねない」

「だから何だって言うの?そんなの試してみなくちゃ分からないじゃない」

「ううん。例えそうだったとしても私は貴女を止めるよ。だってとうまと約束したんだもん。貴女の魔術を絶対に止めて、アリサを助けるって……!!」

「ッ……!!」

 

 歯を食いしばるレディリー。それでも前に進もうとし―――床に刻まれた斬撃によってそれを阻止される。

 

「聖人……!!」

「貴女の境遇にも思う所はありますが、それでもあの子の邪魔はさせません。それとも我が身の不死性に物を言わせて進んでみますか?その場合、私は貴女を前へ進むことが出来なくなる程に刻まなくてはならなくなるのでお勧めはしませんが」

 

 レディリーの死への道は、神裂の存在によって物理的に閉ざされた。

 

   35

 

 

 

 ―――それは、まだ見ぬ(そら)への、華々しい飛翔の筈だった。

 

 

 

「左翼エンジンブロック脱落…!も、もう駄目です…!!」

「諦めるな、まだやれることはある…!」

 

 スペースプレーン『オリオン号』。オービット・ポータル社によって造られた宇宙旅行という人類の夢を実現させる筈の機体は、しかし今まさにその翼を失い地に墜ちようとしていた。

 宇宙旅行の試験飛行、その最中に一際強い衝撃を感じた時にはもう手遅れだった。恐らく進路上に存在したスペースデブリによる接触だろう。オリオン号の左翼は、その一撃によって大きく損傷してしまった。

 

「神よ…!」「おぉ…!」「どうすれば…!」

 

 夢の宇宙旅行が一転、悪夢の宇宙旅行に変わる。

 機内の人々は皆口々に不安を言い、場合によっては祈りを奉げていた。

 絶望と諦観、そして祈り。彼らに許されたのは、ただそれだけであった。

 

 そしてその諦観は操縦室のも及んでいた。

 突如としてシートベルトを外し始めた副機長に向けて、機長―――ディダロス=セクウェンツィアが声を掛ける。が、そんな彼の声を無視して副機長は悲鳴を上げながら操縦席から走り去ってしまった。

 

「……!」

 

 そんな負のオーラに支配されたオリオン号にて、それでもディダロスは最善を模索し続ける。

 脳内に浮かぶのは機内に乗客として乗せている自身の娘のこと。彼女の為にも、今ここで自分が諦めるという選択肢は無い。

 既に状況は絶望的だが、それでも彼は必死になって状況を好転させようと努めた。

 

(お願いです)

 

 祈り。自身の父親が奮闘している中、黒髪の少女に出来たのはそれだけだった。彼女はただ(ひとえ)に、ただ純粋に祈り続けた―――その手に星空のブレスレットをしっかりと握りながら。

 

(私の大事なもの全部なくしてもいい)

 

 機内に渦巻く祈りが、嵐の様に荒れ狂い、やがてそれは一つの実を結ぶ―――運命が、再度逆転しようとしていた。

 

 

 

(だから―――みんなに「奇蹟」を―――!)

 

 

 

(そうだ―――私は、あの時に願った…。大事なものを差し引いてでも奇蹟が欲しいと……)

 

 上条の一撃を受け、倒れたシャットアウラは、三年前の出来事を思い出しながら、無意識にその旋律を奏でていた。それは、ただLaという一つの音と、それを彩る音階によって機内に幻想を紡ぎ出す美しい旋律。しかし、その旋律を紡いだのはシャットアウラだ。鳴護アリサでは無く、音の高低とリズムを聴き取る機能を喪失したあのシャットアウラだ。

 

(そして―――)

あたし(奇蹟)が生まれた」

 

 シャットアウラの思考の続きを口にしたのは、先程まで倒れていたアリサだった。シャットアウラの下までやってきた彼女は、倒れている彼女に手を伸ばす。シャットアウラは伸ばされたその手をとる。アリサに引っ張られたシャットアウラはその勢いのまま立ち上がり、笑顔の彼女と並んで今は崩れたステージに立つ。

 シャットアウラが知らず口にしていた旋律に、知らずアリサの旋律が混じり、そしてそこに今度は歌詞が加わった。それはアリサがインデックスと一緒に歌おうと言った歌、彼女の原点を彩る歌詞だ。

 同刻、インデックスも複雑に絡み合った魔法陣を解く為に歌を歌っていた。歌声はデュエットからトリオになり、異なる場所で響いたそれぞれの歌が共鳴し合う。

 その瞬間、幾つかの奇蹟が起こった。

 エンデュミオンは地上への落下コースを外れ、エンデュミオン内に取り残されていた観客もいつの間にか地上への帰還を果たしていた。宙の魔法陣は砕け散り、北半球の全滅は回避された。

 そんな中、意識を失う寸前に上条が見たものは、一つに戻った星空のブレスレッドを掲げ、こちらに微笑みかけるシャットアウラ(アリサ)の姿だった。

 

「やりやがったな……きっと世界に届いたぜ……お前達の歌―――」

 

   36

 

 上条当麻とインデックスが奇蹟によって帰還し、エンデュミオンにはシャットアウラ(アリサ)のみが残った。

 誰も居ないエンデュミオン、そこにただ一人残された人物であるシャットアウラ(アリサ)だが、その顔に悲嘆の色は見受けられなかった。

 

『こんにちは』

 

 誰も居ない筈の空間で話しかけられるという未知の経験に驚くシャットアウラ(アリサ)。振り向けばそこには何処か見覚えのある幽霊の姿があった。

 

『約束通り、二度目の提案をしに来ました……と言っても、その様子では答えはほぼ決まっている様なものですね』

「――――――」

『そうですか。やっぱり貴女達はそう言ってくれるのですね』

 

 安心しました、と言って笑う幽霊。

 

『実は()の誘惑を振り切れる人ってそうそう居ないんですよ?』

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()★』

 

 

 

 えい!、という声と共に意識が沈んでいく。

 

『いつの時代も、普通の斧を望んだ者(謙虚で誠実な人)のみが幸福を勝ち取るのです』

 

 最後に聞いたのは、そんな幽霊の声であった。

 

   37

 

 ある日の学園都市、晴天の空の下、上条とインデックスは最初にアリサと出会った場所を訪れていた。

 

「ねぇとうま。やっぱりアリサって……」

 

 幻だったのかな、と。居なくなった友人のことを考える。

 

「……いや、俺が右手で触れたんだぜ?だからアイツは幻想じゃない」

 

 思い返すのはここで初めてアリサと会った時のこと。電子ピアノを弾きながら歌う彼女は活気に満ち溢れていた。

 

「アリサは歌が好きで、歌で皆を喜ばせたかった……ただそれだけの普通の女の子だったんだ」

「!うん、そうだね……!」

 

 上条の言葉に目尻に浮かんだ涙をぬぐうインデックス。

 

 

 

 ―――その時、何処からかその旋律は響いてきた。

 

 

 

 美しい旋律は、ただLaという一つの音と、それを彩る音階によって幻想を紡ぎ出す。

 ふと上条とインデックスが振り返ると、そこには黒い髪の少女と桃色の髪の少女、そしてそんな少女達をたしなめる大人の男性の姿があった。その内、桃色の髪の少女がインデックスに気付き手を振りながら走ってくる。追従するように黒髪の少女と保護者らしき大人の男性もこちらに駆け寄ってくる。

 

 

 

 良く見知った少女達と、どこか少女達に似た大人。彼女達の名は―――

 

 

 

*1
ウロボロス

*2
虹蛇

*3
アスクレピオスの杖

*4
カドゥケウスの杖

*5
クンダリニーの蛇

*6
ナンム

*7
ククルカン

*8
アンラ・マンユ

*9
ウアジェト

*10
ザルティス

*11
白娘子

*12
ユハ

*13
ボティス

*14
サマエル

*15
レヴィアタン

*16
ヤマタノオロチ




【余談】
「それで、あれが貴方の言っていたハッピーエンド?」
「そうだ。別位相に退避しておいたディダロス=セクウェンツィアの魂と俺の蛇としての権能の一つから作った肉体によるディダロス=セクウェンツィアの復活、シャットアウラの音楽関連の機能の回復、更にシャットアウラと鳴護アリサの分離・統合を任意で可能に。更に彼女達が生きやすい様に専用の位相を複数作り、彼女達が学園都市の闇に触れない様にした。無論、今回作成した位相によって生じる火花は全て俺の能力で何らかの無害なものに変換するつもりだ」
「至れり尽くせりね」
「所で私がこの対戦で勝ったら貴方がエスタになる時間を一日二時間から一日四時間に増やしてもらうから」
「別に二時間で十分だろう。四時間もエスターをやっていると日常生活に支障をきたしそうなんだが……主に俺が」
「あら?咄嗟に女口調にでもなったりするのかしら?」
「それもあるが、西崎隆二として形成してきた人格への影響が凄まじそうだ」
「なら温情をかけて一日六時間にまけておいてあげる」
「ありが―――いや待てまけるどころか逆に増えてるだろ!?」
「勝負の世界は時に非情なのよ…!さぁ、潔く女になりなさい!!」
「言語のチョイスに悪意を感じる―――!!えぇい、負けん、負けんぞ―――!!」

【小ネタ】
・21の最後の文章について
 →昔から月の軌道は大蛇若しくは竜に例えられてきた。
  竜の頭、竜の尾と言った単語も存在し、これをウロボロスとする説もある。

・西崎隆二の名前
 →西と二だけ少し捻るが、崎と隆は文字通りの意味。
  西→広目天
  崎→険しい山
  隆→盛ん
  二→両儀
  総括すると人類を盛んにさせるため敢えて険しい山を登らせる存在。
  また広目天の様に特殊な目を持ち、両儀の性質をその内に秘めた存在。

多分1月1日~1月5日までの何処かで数千文字程度の短編(西崎とレディリーがイチャイチャするだけ)を投稿します。それでは皆さん、よいお年を!
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