黄金の魔術師   作:雑種

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そういう…関係だったのか(二巻構成)
ということで旧約9巻並びに10巻分です。
今回主人公があまり事件に関わらないので結構巻いてますがお兄さん許して!


黄金の魔術師(旧約9・10巻)

 その日、レディリー=タングルロードはいつもより遅い時間に目を覚ました。西崎隆二(にしざきりゅうじ)の学生寮の一室の同居人である彼女は、本来のこの部屋の主が居ないことを確認し、部屋の中に飾られている時計に目を向けた。

 

(あら、もうそんな時間なのね)

 

 彼女の視線の先にある時計は今が午前一〇時三〇分である事を如実に語っており、彼女はその時間を見て寝ぼけた思考を働かせ、とある事を思い出す。

 

(そう言えば今日は大覇星祭(だいはせいさい)だったかしら?)

 

 大覇星祭。それは九月一九日から二五日までの七日間に(わた)って学園都市で開催される行事である。行事の内容は学園都市の約八割を占める学生達による大規模な運動会であり、それ故にこの七日間は年に数回しか無い学園都市の一般公開の日となっている。

 超能力の飛び交う運動会というのはやはり世間の興味を引くようで、毎年この時期の学園都市はかなりの人混みとなる。

 

(それにしても大覇()()とは良く言ったものよね)

 

 木を隠すなら森の中、とはよく言ったものである。大覇星祭の”大”は行事の規模を表す言葉であるだろうし、”覇”は運動会という行事の本質である覇を競い合うという由来から来た文字であろう。となると大覇星祭の本来の祭儀としての意味も(おの)ずと見えてくる。

 

星祭(ほしまつり)、ね……)

 

 日本で言えば七夕(たなばた)が有名であろう。本来は中国の道教の祭儀であるそれは、日本の密教により取り入れられ、インドより伝わった仏教に似せて脚色された。

 その祭儀の意味は国家に起こる各種の災害や個人の災いを除くものである。その為、星供養(ほしくよう)、或いは星供(ほしく)とも称される。

 

(ギリシャ占星術を専門とする予言巫女(シビル)である私の後に来た()()()がまたもや星絡みなんて、学園都市(ここ)も大変よね)

 

 外は活気に満ちており、人の波と大覇星祭にかける熱意に(かげ)りは無い。何も知らない多くの人々は、自分たちの直ぐ間近に平穏の危機と言うものが存在している事にすら気付かないだろう。

 

(まぁでも、()()()()()()()()()()()()、私の気にする事では無いわね……)

 

 ()()は、彼がローマ正教よりこの学園都市へと呼び寄せた学びの機会の一つ。既に結果の定まった戦いに身を投じ、しかしその結果を知らぬ者達。

 

宿曜道(すくようどう)もギリシャ占星術もインド占星術も、元を辿れば一つのものに辿り着くんだし)

 

 即ち、古代シュメールのシュメール占星術。源流が特定できるのであれば、そこから逆算してある程度脅威への対策も練ることが可能である。

 

(特に、ここのトップに関しては尚更ね)

 

 赤い液体に満たされた生命維持装置の中で逆さまに浮かぶ人間の姿を想像するレディリー。

 

(まぁ、情報の精査が足りなかったというのが()()()()()()()()()

 

 同時に今回こちらの人員が苦戦するであろう原因でもある、とも彼は言っていたが。

 

(考え事してお腹も空いたことだし、取敢えず朝食でもとりましょうか)

 

 のっそりと起き上がるレディリー。彼女は今日もまた変わらぬ日常を謳歌(おうか)しようと行動を開始するのであった。

 

   1

 

 午前一〇時三〇分を少し過ぎた頃、西崎隆二は人気の少ない場所でとある人物と通話を行っていた。後数分で自身の所属する学校と私立のエリートスポーツ校との棒倒しが始まるが、西崎は棒倒しのメンバーでは無い為、こうして自由に行動出来ている。

 

「それで、首尾は?」

『問題はありませんよ。そちらの学生にも会話の内容は聞こえていた様なので、目論見は成功と言った所でしょう』

「そうか、感謝する」

 

 通話の相手はとあるエリートスポーツ校の教師を勤める男性だ。

 

『いえいえ。()()、つまり技を競い合う為のモチベーションの向上の為と言うのであれば、スポーツを(たしな)むものとして協力しない訳にはいきません』

切磋琢磨(せっさたくま)しあえる環境を作るというのも一苦労なことだな」

『そうですね。出来れば今回の競技で、うちの生徒たちの慢心が削がれれば良いのですが……』

「心配は要らないだろう」

『……と、言うと?』

「こちらの生徒達は、思っていたよりもずっと好戦的らしいということだ」

 

 競技が始まり、街の巨大スクリーンに棒倒しの選手たちの姿が映し出される。

 そこに映った上条当麻(かみじょうとうま)を筆頭とする集団は、それぞれの瞳の奥に熱く燃え(たぎ)る熱意を秘めていた。

 

   2

 

「何だろうこの疲労感……まだ午前中なのにまるで一日中街を走り回った様に思えるぞ……」

 

 大覇星祭の第一種目である棒倒しを終えたツンツン頭が特徴的な少年、上条当麻は紆余曲折(うよきょくせつ)ありながら学生応援席へと戻ってきた。その足取りはどこか重々しい。

 それもその筈、上条と上条のクラスメイトは、棒倒しの対戦校の教師による嫌味を受けた担任の月詠小萌(つくよみこもえ)先生の為に、持てる力の全てを出し切ったばかりなのだ。

 

「おーい、インデックスー。ったく、アイツ一体どこ行ったんだ?まさか屋台の匂いに釣られてゾンビみたいにその辺フラフラしてるんじゃないだろうな」

 

 上条は自分と一緒に大覇星祭に来ていた同居人のシスターを探して競技場の観戦席を歩いていた。お尋ね人は白い修道服という周囲から浮いた衣装を着用しているので、見つけるのはそう難しくない筈だ。

 

「お、いたいた。って、あいつは……」

 

 上条の読み通り、尋ね人は割と直ぐに見つかった。銀髪碧眼の彼女は、その隣に居る桃色の髪の少女と一緒に屋台の食べ物を物凄い勢いで食べていた。上条は二人に近づいて声を掛ける。

 

「インデックス、こんなとこに居たのか。アリサも久しぶりだな」

 

 上条の視線の先に居た二人の少女は、その声に反応して上条へと視線を向ける。

 片方はインデックス。銀髪碧眼、純白に金の刺繡(ししゅう)をあしらった修道服を身に纏った少女である。一見すると只の少女に見えるが、彼女は完全記憶能力を持ち、その脳内に一〇万三〇〇〇冊もの魔導書を納めた魔導図書館である。

 片方は鳴護アリサ。桃色の髪にキャスケット、(だいだい)色のチュニックとスキニータイプのジーンズ、茶色のブーツを着用した()で立ちの少女である。今は失われているが、少し前までは奇蹟(きせき)を起こす不思議な力を持っており、それを巡って科学サイドと魔術サイドの戦争が勃発(ぼっぱつ)しそうになったこともある。

 実は目の前の二人に限らず、上条も幻想殺し(イマジンブレイカー)という不思議な性質を持つ右手を宿している。有効範囲は右手首から先だけだが、その右手で触ればあらゆる異能を問答無用で無効化させることが出来る。だがどうやらこの右手には処理限界というものが存在するらしく、ステイル=マグヌスという魔術師の扱う魔女狩りの王(イノケンティウス)などを筆頭に幻想殺し(イマジンブレイカー)でも簡単には打ち消せない異能の力と言う物が一定数存在している。

 

「あ、とうまだ。おかえり」

「あ、当麻くん。久し振り」

 

 二人の返事を聴きながら上条が観戦席に腰を下ろす。何処か疲労感を伺わせる座り方をした上条の様子を見て、アリサが思い出した様に声を発した。

 

「そう言えば当麻くん、さっきの棒倒し凄かったね」

「あぁ。行き当たりばったりでちょっとな」

「とうまは計画性っていうのが無いんだね」

「そこ、口を挟まないの。っていうかアリサは大覇星祭に選手として出場しないのか?見た感じいつも通りの服装だけど」

「うん。あたしはアーティストとしてイベントをする予定になってるんだ」

「へぇ、そいつは凄いな!俺とインデックスも予定が合えば観に行くよ。なんせ、エンデュミオン以降の初舞台になる訳だし。な、インデックス?」

「そうだよアリサ!私ととうまも応援に行くんだよ!」

「当麻くん、インデックスちゃん……。二人ともありがとう」

 

 感極まったアリサに対して、上条は質問する。

 

「所でシャットアウラとそのお父さんとは一緒じゃ無いのか?二人とも姿が見えないけど」

「うん。お姉ちゃんの方は今回警備の仕事に就いていて、お父さんは私がお父さんに対して気を遣うだろうからって言って一人でお祭りを周ってるみたい」

「そうなのか。っていうか結局シャットアウラが姉になったんだな」

「まぁ、あたしが生まれたのって三年前だし、そもそもあたしが生まれたきっかけもお姉ちゃんによるものだからね」

「そういやそうなるのか。お父さんもオービット・ポータルに再就職したんだってな、おめでとう」

「ううん。あたしは結局何もしてないから、お礼はよして欲しいかな」

「……話に聞いていた幽霊さんって奴か」

「そうなの。何だかお父さんへの仕事の斡旋(あっせん)までアフターケアって言うのの内に入ってるらしいんだ」

「うぅむ。幽霊、幽霊ねぇ……」

 

 話には聞いていたアリサ達を助けたという女性の幽霊。羅列(られつ)するだけでも頭の痛くなるような行動の数々。正直幻想殺し(イマジンブレイカー)などという右手を持った上条はこれまで幽霊とやらを今までに見た事がないので幽霊と言う存在に対して懐疑的なのだが、状況がその存在の証明を物語ってしまっている。勿論それでも疑問の程は尽きない。どうやって数年前に死んだ人物を現在に蘇生させることが出来たのか?どうやって宇宙にあるエンデュミオンから学園都市まで二人を連れて一瞬で転移出来たのか?どうやって死者である幽霊が、生者の世界に干渉し、あまつさえその情勢すら変えることが可能なのか?

 

(或いは―――)

 

 上条は考える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 裏で誰かが糸を引いている可能性。一連の出来事を意図的に行えるだけの()()が幽霊と名乗っているだけなのだとしたら?

 

(けど、あり得るのか?死者の蘇生は魔術でも困難なんだろ?ましてやアリサのお父さんが事故にあったのは数年前。例えば魂ってのが本当にあったとして、そう都合よく数年も無事でいられるんだろうか?)

 

 人が死んだとき、魂は肉体を離れ天へと昇っていくという。まぁ、天へと昇っていくかどうかは定かでは無いが、少なくとも肉体から魂が抜けるというのは語弊(ごへい)では無いだろう。事実、人は死ぬと何故か体重が二一グラム程減ると言う。確かダンカン・マクなんちゃらとか言う博士がそんなことを発見していた筈だ。

 では肉体から離れた魂は一体どうなる?仏教でよく言われるのは輪廻転生(りんねてんせい)だ。これはあの世に行った魂がこの世に生まれ変わってくると言うものだ。実際に魂があの世に行ってから輪廻転生するまでの正確な時間は計れないが、数年も経てばアリサのお父さんの魂は既に輪廻転生しているのでは無いだろうかと上条は考える。

 

(やっぱりここだ。アリサのお父さんの魂をどうやってかは知らないが数年も守っていた。これが一番出鱈目(でたらめ)なんだ。少なくともインデックスが、その存在を疑う位には)

 

 正しく扱えば魔神にも届きうるとされた知識を持つインデックス。そんな彼女をもってしても首を傾げる功績。死者の蘇生とは、詰まる所それ程の難題なのだ。

 ―――だがしかし、その難題を解き得る鍵になるであろう方法を、上条は知っている。

 

時間遡行(じかんそこう)……でも黄金錬成(アルス=マグナ)も無しにそんなこと可能なのか……?)

 

 そう、時間の巻き戻しによる事象の改変。本来死ぬ筈の人物を救えば、その人物の死は回避される。だが、今回の件に関してはそれでは解決出来ない点が一点ある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。これは紛れも無い事実だ。だから時間遡行によって助けられたという線は無い)

 

 だとすると一体どんな手段で?どんな動機で?

 

(分からない。ただもしも、そいつが本当はアリサを傷つけるつもりでこんな事をしてるって言うんなら……)

 

 その時は、と。上条は拳を強く握りしめる。

 

 

 

 ―――と、そんな上条の体が急に横へとブレる。

 

 

 

「ぐぇえッ?!」

 

 驚愕と体操服の首根っこを引っ張られた事による気管が詰まりで怪鳥の鳴き声の様な悲鳴を上げる上条。そんな彼の首根っこを掴みながら学園都市を疾走する短髪の少女が声高に宣言する。

 

「おっしゃー!捕まえたわよ私の勝利条件!!わははははーっ!!」

 

 せめて事情くらいは説明して欲しい。そう切に願う上条なのであった。

 

   3

 

「だから、この街に入り込んだ魔術師をどうにかしないといけない訳だ。僕たちの手で」

 

 そして今回もまた、上条は闘争の場に身を乗り出す事となる。

 

   4

 

 ―――聖人。それは、十字教における神の子に似た性質を持つ人間の事を指す。世界に二〇人と居ないそれらの特殊な人間は、莫大な力を併せ持つ代わりにとある共通の弱点を有する。それは聖人の性質の大元である『神の子(イエス=キリスト)』の弱点をそっくりそのまま持ち合わせるという点だ。

 簡潔に結論を述べるのであれば、聖人とは類感魔術―――或いは偶像の理論とも呼ばれる―――によって大元たる神の子と似た性質を持ち合わせる事になった存在なのだ。

 そんな神の子の弱点は何かと問われれば『刺殺(しさつ)』と言う他あるまい。後に『キリストの磔刑(たっけい)』と呼ばれるイエスの死。両手首と両足首を十字架に固定する為に杭で刺され、その脇腹をロンギヌスによる槍で刺されたというエピソードを見れば分かる通り、彼の死には一貫して刺すという行為が関わってくる。故に偶像の理論によってその力を振るう聖人にもその弱点は共有される。

 余談だが、イエスはその磔刑の三日後に復活を果たす。イエスが生前三度に亘って預言していたこの復活は、薔薇十字的には『秘儀参入』と称される。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()という行為である。

 閑話休題。兎も角、神の子の性質を持ち合わせる聖人は、同時に神の子の弱点でもある刺殺という特性に弱い。その刺殺という特性、魔術的意味を極限まで増幅・凝縮・集束させた霊装が存在したら?そしてそんな霊装がこの学園都市で取引されるとしたら?

 

 

 

 ―――その霊装の名は『刺突杭剣(スタブソード)』。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、聖人に対する切り札の一つである。

 

 

 

「などと言う情報に踊らされている頃だな、上条達は」

 

 西崎は大覇星祭の競技の休憩中に、思ったことを呟く。先日学園都市の能力者でありながら魔術を扱える特異な存在としてイギリス清教のトップとその関係者によって箝口令(かんこうれい)をしかれた彼だが、今回の事件へのお誘いは無かった。面倒事をなるべく避けたい西崎としてはそれは大歓迎なので、『勝った方が負けた方の言う事を一つ聞く』等と言う子供の様な約束をどこぞのビリビリ中学生と結んだどこぞのツンツン頭の為に出来るだけ競技に尽力している。

 

(学園都市に侵入し、霊装の取引をしようとしている人物は二人。内一人はリドヴィア=ロレンツェッティ、もう一人はオリアナ=トムソン、共にローマ正教の人間だ。そして今回、この二人を通して霊装の取引をしようとしている人物については詳細不明と。何やらロシア成教の人物がその取引相手の様だとは噂されているが、そちらも裏は取れていない)

 

 さて、と一言呟いて口元に薄く笑みを浮かべる西崎。

 

(上条達は一体どの段階で、この情報の中に隠された数多の()に気付けるかな)

 

 事件の真相を知り、それを解決出来る力を持つ存在が居るとして、その存在が実際に事件を解決するとは限らない。故にその事件を解決する存在が居るとするならば、それは決して力及ばずとも、懸命に事件を解決しようと奔走する存在であろう。不完全であるからこそ完全を目指そうと尽力する。その尽力こそが、不完全を完全以上まで押し上げるのだ。

 そんな人間達の姿を思い浮かべ、傍観者は静かに笑った。

 

   5

 

 土御門とステイルから学園都市に二名の魔術師が霊装の取引の為に侵入しているという情報を聞いた上条だったが、何でも世界中の魔術結社等がインデックスに監視の目を向けているとのことなのでインデックスに今回の事件に関わらせてはならないという責任重大な役柄を引き受ける羽目になった。事件と逆側の方向に食べ物を投げておけば何とかなると冗談交じりに上条に言う土御門だったが、三沢塾の時の様に上条がインデックスを事件から遠ざけてもインデックスの方から勝手に事件に関わりかねないので、その実かなり難しい依頼である。

 炎天下の中考え事をしていた上条だったが、不意にその姿をとある人物に咎められた。

 

「ちょっと上条。貴様、競技場への移動もせずに何をそんな所で突っ立っているのよ」

 

 そんな言葉と共に上条に向かってずんずんと足を進める少女は、名を吹寄制理(ふきよせせいり)という。肩のあたりまである黒髪が、彼女の移動に合わせて風に揺れ、意志の強そうな目線が上条を見据える。委員長気質の彼女は今回の大覇星祭の運営委員でもあり、競技の手伝いなどに奔走しているという。

 

「今ウチの学校は二年女子の綱引きと三年男子のトライアスロンよ。どちらでも構わないけれど、そんなとこで立っているより選手の応援をした方が良いんじゃない?」

「……あの、吹寄さん?何で俺の腕を掴んで引っ張ってるんでせうか?上条さんは応援に行くなんて一言も言ってないですの事よ!?」

「うるさい!皆が応援している時に貴様みたいに一人応援をサボっている奴が居るとそれが皆に伝播してしまうでしょう!!ほら、いいから行くわよ!!」

「嫌だ!!こう見えて上条さんにはこの街の未来を守ると言う崇高な使命がですね―――!!」

「そんなふざけた理由をでっち上げて一人だけサボろうとしても無駄よ!!」

 

 上条の右腕を支点に入れ替わり攻防を繰り広げる二人。道の往来でそんな立体的な動きをしたものなので、上条は通行人とぶつかってしまった。

 

「おわっと!すいません!!」

 

 咄嗟に謝罪の言葉を口に出す上条。相手の顔を見て再度謝罪の言葉を述べようとした上条は、自身とぶつかった相手の姿を見て、口を閉ざした。

 

 

 

 端的に言えば、痴女が居た。

 

 

 

 金髪に青い瞳、グラマラスなボディ、一応作業着を着てはいるが、上着に関してはまるでその豊満な胸を隠す為だけに羽織ったとでも言わんばかりに第二ボタンした留めていないし、ズボンに関してはベルトでの固定も碌にされておらず、骨盤に引っ掛ける事で脱げるのを防いでいるような有様だ。特徴的なのは片手で持っている真っ白な布で覆われた看板だろうか。もしかしたら塗装業者の人なのかもしれない。

 

(こういう場合、英語で話した方が良いのか……?)

 

 その格好にも困ったことだが、上条が真に困ったのは相手が外国の人であった点だ。インデックスやステイルという例があるので目の前の女性にも日本語が通用すると信じたいが、そうでなかった時はどうすれば良いのだろうか。

 そんな上条の不安を余所に、目の前の金髪の女性は意外にも流暢な日本語で上条に話しかけてきた。

 

「あら、ごめんなさい。人が混んでいる所はあまり慣れていないの。怪我とかなかった?」

「あ、いえ、大丈夫です。こう言っちゃ悪いけど、日本語、話せるんですね」

「えぇ、まぁ。これでも色々な場所に行ってますから。結構色んな言語話せたりするのよ」

 

 金髪の女性の言葉に感心する上条。これで相手が日本語を話すことが出来なければ、学力が悲惨な上条は更に悲惨な事態を招いていたことだろう。

 

「ぶつかったお詫びに握手でもしましょうか。こういう時、日本だと頭を下げるみたいだけど、私としてはこっちの方が慣れてるしね」

「あ、はい」

 

 容姿の良い女性との握手にドギマギしながらも、上条は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――

 

 

 

 バギン!!と。日常の砕ける音が鳴り響いた。

 

 

 

   6

 

 速記原典(ショートハンド)。上条達がそう呼称したオリアナの書いた魔導書は、暗記カードの様な見た目とは裏腹に、上条達を上手く足止めしていた。

 土御門、ステイルの両名と合流した上条は、オリアナとの接触により彼女を魔術師と判断し、人数が揃った所で彼女の追跡を始めた。しかし相手は追跡封じ(ルートディスターブ)の異名を持つ逃走のプロ、オリアナは速記原典(ショートハンド)を使って上条達を撒くことに成功し、彼らの魔術による自身の探知を封じることに成功したのだ。

 魔力を生成する過程で使う自身の生命力を感知し、それを迎撃する様に設置された迎撃術式によってステイルと土御門は大打撃を受ける。しかしその迎撃術式の攻撃方法を逆手に取り、逆にオリアナの設置した迎撃術式の場所を特定することに上条達は成功する。のだが……。

 

「悪手も悪手、大悪手だ」

 

 その様子を、西崎は呆れた様子で視ていた。

 

「仮にも相手の魔術による妨害があったとはいえ、三人がかりで捕まえられなかった時点でオリアナ=トムソンの身体能力の高さは分かっているだろうに。それを事もあろうに相手と直接対決する前に負傷とは……」

 

 ましてオリアナ=トムソンは未だに豊富な手札を隠したままだ。敵の手札が見えない内から自身の手札をきってしまうのは余りに痛い。

 

「迎撃術式の場所を特定したのは良い。だが、三人の中で最も近接戦闘に長けた土御門がここで負傷したのは後々響くな」

 

 既に彼の目は土御門が地下街と地下街を結ぶ連絡通路でオリアナに手酷くやられ、空港での対決にて早々にダウンするという未来が視えていた。

 

「―――む?いや、これは……」

 

 そしてそれらと結びつくようにして視えた未来。土御門がオリアナに今回の事件への聖人の投入というハッタリをかけた結果、オリアナの魔術師に対する警戒が上がり、焦ったオリアナが咄嗟の判断で起こしてしまう血塗れの光景を垣間見た。

 

「ふむ、やはりこの路線で確定してしまうようだな。まぁいい、策は既に打ってある」

 

 懐から端末を取り出し、何処かへと連絡を入れる西崎。

 

「―――そうだ。―――で待機しておけ。では、その件については任せたぞ、()()()()()()()

 

 連絡を終え、端末を懐へとしまいながら、彼は呟く。

 

「『服用量が毒を作る』か。さて、ホーエンハイム。薬と毒―――お前は一体どちらに成るのかね?」

 

   7

 

「くそッ……!」

 

 救急車によって搬送される吹寄の姿を見ながら、上条は歯嚙みした。土御門の占術円陣(せんじゅつえんじん)による探索によって特定された迎撃術式の位置は、あろうことか大覇星祭の競技場の中であった。次に始まる競技の選手に成りすまし競技に潜入した上条と土御門は、数多の能力の飛び交う競技場と言う名の戦場を駆け巡り、それぞれ迎撃術式の記された速記原典(ショートハンド)の捜索を行っていた。競技の最中美琴と吹寄に自身が他校の選手として競技に混じっていることがばれた上条だが、そんな彼の目の前で吹寄が速記原典(ショートハンド)に触れるという不測の事態が発生してしまった。

 土御門曰く、通常の魔術師であれば致命的な攻撃には成り得ない迎撃術式だが、一般人に対してその効果を発揮した場合は不味いとのことである。その迎撃魔術を、故意では無いとはいえ、よりによって一般人である吹寄が発動させてしまったのだ。迎撃術式自体は既に上条の手で破壊済みではあるが、意識の朦朧とした吹寄の姿に上条も締め付けられるような心の痛みを覚える。そして同時に、そんな事態を事前に止めることの出来なかった自分に対して腹が立つ。

 

「上等だ、オリアナ=トムソン」

 

 だが、上条が一番腹を立てているのは何の関係も無い一般人を事件に巻き込み、あまつさえ危険に追い込んだ魔術師の行動である。

 

「これがテメエのやり方だって言うんなら、無関係な人間を巻き込んでおいて、それでも尚何も感じねえってんなら―――」

 

 強く、深く、少年は右の拳を握りしめる。

 

「―――テメエのふざけた幻想は、俺がこの手でぶち殺す」

 

   8

 

「あら?」

 

 西崎の学生寮で紅茶片手にくつろぎながらテレビのチャンネルを気まぐれに変更していたレディリーの目が、とあるニュースのテロップに釘付けになる。

 

「『無人運転の自律バスで原因不明の爆発』ねぇ」

 

 恐らく爆発の原因は何らかの魔術によるものだろうと当たりを付けるレディリー。彼女はのんびりとした口調で自身の推測を口にする。

 

「これだけ派手な魔術を扱うっていうことは一度直接対決でもしたのかしら?もしかするとオリアナ達の仕掛けた嘘の幾つかは既に暴かれているのかもね」

 

 レディリーの推測通り、上条達は無人バスの爆発の後にオリアナと一度交戦している。その結果、肝心のオリアナには逃げられたものの、彼女が大事に脇に抱えていた白い布で包まれた看板サイズの持ち物の確保に成功した。だがしかし、白い布の中身は霊装では無く只の看板。上条達の思い込みを利用することによってブラフの情報を掴ませたオリアナはまんまと彼らの足止めに成功し、上条達の刺突杭剣(スタブソード)破壊の行動は振り出しへと戻された。

 更にそれだけに飽き足らず、大英博物館の保管員の調査により、刺突杭剣(スタブソード)等と言う霊装は存在しないこと、その霊装の本当の名が別にあることがイギリス清教最大主教であるローラ=スチュアートにもたらされた。その名も―――

 

使徒十字(クローテェディピエトロ)。各土地ごとに定められた時期と定められた星座の光を利用して、一定範囲内をローマ正教にとって都合の良い空間に変える代物ね」

 

 オリアナ=トムソンの撃破に重きを置き、未だリドヴィア=ロレンツェッティの行方さえ掴めていない上条達の様子を予想するレディリー。

 

「まぁ、どうせ勝負には勝ったけど試合には負けたって言うのが今回の総評になるんでしょうね」

 

 彼らは知らないだろう。ただ一つの目的を達成する為に己が全てを懸け、周囲の状況すら利用し、()()()()()()()ことを選ぶことの出来る人間の執念も。自身が()()()()()()へと誘導され、その事に最後の最後まで気付かないという経験も。

 

「本当、若い時の過ちって言うのは苦い物よね。ま、今回の一件が良い経験になってくれれば良いのだけれど」

 

   9

 

「―――待て、待て待て待て待て……ッ!!」

「クソッ、しくじった!!よりにもよってここで邂逅するか!?」

()()()()に勘付かれたらオリアナ=トムソンとリドヴィア=ロレンツェッティなんぞ十分と掛からず終わるぞ!?」

「まずいまずいまずい―――!!今行くからせめてそれまで耐えてくれよ、オリアナ=トムソン!!」

 

   10

 

 オリアナが彼らと出会ったのは全くの偶然であった。

 自身を追ってきた上条達との戦闘の末に、不完全ながらも上条の拳による一撃を受けたオリアナはその場から撤退。それによって彼女が運んでいたものが刺突杭剣(スタブソード)では無く只の看板であることが露見、またイギリスの大英博物館の調査により刺突杭剣(スタブソード)等と言う霊装など元より存在しない事、またオリアナ達が運んでいた霊装は剣では無く十字架であり、その霊装の名が聖ペトロに由来する使徒十字(クローテェディピエトロ)であることまでもがバレた。(つい)でに言うのであれば、霊装の真の名が判明したことで、オリアナとリドヴィアによる霊装の取引相手にロシア成教の人間が関わっているという情報がフェイクであることも見破られた。

 これにより今回の闘いは否が応でも次の段階へと進むこととなる。その前準備として、オリアナも人目の少ない裏路地で自身の恰好を塗装業者の物から観光者の物へと一新させる。

 

 オリアナが彼らと出会ったのはその時だった。

 ドン、という音と僅かばかりの衝撃。見れば自分は床に尻もちをついていた。一瞬の思考の後、オリアナは自分が誰かとぶつかった事に気付いた。

 慌てて振り返れば、そこには人の良さそうな笑みを浮かべた少しダンディズムな男性と、生まれつきなのか少し目付きの鋭い女性の二人が佇んでいた。男性も女性も半袖長ズボンを着用しているが、それ以外の装飾品は特に見受けられない。恐らくファッションに対してあまり関心というものが無いのであろう二人組の内、男性の方が少し困った顔でオリアナに対して声を掛けてきた。

 

「いや、ごめんごめん。学園都市は人が多いとは聞いていたんだけど、まさか人混みを避けるために使っていた裏路地にまで人がいるとは思わなかったよ」

 

 立てるかい、と言ってオリアナに対して手を差し伸べる男性。オリアナはその手を握って立ち上がる。

 

「いや、それにしても凄い盛況だね。年に数回しかない学園都市の一般公開の日とは言え、こんなに人が集まるとは思いもよらなかったよ。なぁ母さん」

「う~ん、私は寧ろこの十倍は混雑している物だと思っていたんですけどね。ほら、未来のテクノロジーを拝める機会なんてそうないものでしょう?」

「でも、人が多いってことが必ずしも良い事に繋がるとは限らないだろう。ほら、入場制限を緩くしているって言うんならテロリストの一人や二人は紛れ込んでても可笑しくは無いだろう?」

「それもそうですね。やっぱり大衆の人気と危機って言うのはどの時代も直結しているものですし。貴女もそう思いません、金髪のお嬢さん?」

「そうですね。その辺りは難しいですよね」

 

 恐らくは夫婦なのだろう二人から振られた話題に内心冷や冷やしつつも無難な回答を返すオリアナ。オリアナの回答に男性は朗らかに笑いながら、

 

「うんうん、やっぱり君もそう思うよね―――ねぇ、()()()()()()()?」

 

 一瞬ギョッとするオリアナだが、直ぐに二人から距離をとる為後ろに跳躍する。その様子に男性は苦笑する。

 

「いや~、ちょっと()()()()()()()()から()()()()()()()()()を言っただけなのに、まさか()()()()()()()()なんて、ついてないなあ……」

「はぁ……。今月で十件目のトラブルですよ?月間のトラブル最多レコードを更新でもする気ですか?」

「でも嫌な流れが視えたら良くないことが起こるって分かってるのにそれを見過ごすのも何か違うだろう?」

「はいはい。なら私は精々その人の()さが(あだ)にならない様にフォローしますよ」

「もしかして拗ねてる?」

「別に拗ねてませんし。久し振りに家族三人で過ごしたかったとかこれっぽっちも思ってませんし」

「う~ん。でも今隆二のとこに行くと三人じゃ無くて四人になりそうな流れが視えるんだよね」

「ま、まさかッ……!ガールフレンド……!?」

「どうだろうね?」

 

 臨戦態勢をとるオリアナの前で、二人は呑気に会話をし始める。

 

(敵が目の前に居るのに呑気に会話なんかして、ひょっとしてお姉さん舐められているのかしら?)

 

 どの道自身がテロリストである事を見破った相手を放っておく程オリアナは優しくない。彼女は手に持っていた単語帳のページに文字を書き込み、そのページを口で咥えて破る。

 

(お姉さんを軽視した罰よ、甘んじて受けなさい!)

 

 単語帳のページが破られた事により術式が発動し、地を這うようにして無数の雷撃が二人へと襲い掛かり―――

 

 

 

 ()()()()、と。まるで二人を避けるかのように雷撃は不自然な軌道を描いて進んだ。

 

 

 

「いやはや、君の攻撃が()()()()()()()()お陰で命拾いしたよ」

 

(嘘をつかないでよね!避ける素振りすら見せなかったくせに……!)

 

 相手から魔力を感知できないと言う事は、先程の不可解な現象は魔術の行使によるものでは無い。外部の観光客という点を鑑みるに、学園都市の能力者でも無いのだろう。であれば、一体どうやって自身の魔術を逸らしたというのか。

 

(ええい、取敢えずもう一枚!)

 

 兎にも角にも相手の出方を窺う為にもう一度単語帳のページを千切るオリアナ。次いで発動した魔術は一定範囲内の地面から土の槍が飛び出ると言うもの。だがしかし、これも先程と同じ様に眼前の夫婦を避ける様に展開される。

 

(原理は不明だけれど、一定範囲内に魔術の影響を受けない空間を作成しているのかしら?だとすれば物理なら―――!!)

 

 自前の身体能力の高さを用いて瞬時に夫婦との距離を詰めるオリアナ。彼女の右の脚が無防備な男の頭に迫り―――

 

「―――あぁ、そういう解釈をしたんだね」

 

 

 

 ()()()、と。唐突に彼女の体勢が崩れる。

 

 

 

(何が―――!?)

 

 体勢を崩した蹴りは虚空を掠め、オリアナはそのまま勢いよく地面に転ぶ。男は倒れたオリアナを見ながら告げる。

 

「残念。その解釈は誤りだよ」

「ッ!!」

 

 反射的に起き上がり、今度は右の拳で殴りに掛かるオリアナ。が、急に眩暈(めまい)に襲われ、またしても彼女の一撃は空を切る。

 

「うん。じゃあ母さん、頼むよ」

「分かったわ」

 

 これで終わりだと言わんばかりの男の言動に焦燥感を覚えるオリアナ。未だ得体のしれない力で自身を翻弄する相手からの攻撃を避けようと全神経を目の前の女に集中し―――

 

「待て待て待て待てストップストップストップ!!!!裏路地とは言え街中で何やらかしてんだ父さん母さん!!!!」

 

 すんでの所でオリアナは命拾いした。

 

   11

 

(危なかった……!!声を出すのがあとコンマ二秒遅ければオリアナは落ちていた……!!)

 

 お陰でかきたくもない冷や汗をかいた西崎がオリアナに対して謝罪する。

 

「済まないそこの人、うちの家族が迷惑をかけた」

 

 うちの家族は思い込みが激しくてね、と付け加える西崎。

 

「おいおい隆二、言うに事を欠いて思い込みが激しいだなんて酷いなぁ」

「黙ってくれ父さん。証拠も何もなくいきなり相手をテロリスト認定するとかどんな思考回路してるんだ」

「えぇ?でもあの人、敵対行動とって来たよ?それならここで沈めておかないと後々厄介な事にならない?」

「いやいや、誰だって初対面の人にいきなりテロリスト認定されて敵意持たれたら警戒するから。言ってみればそこの人のは正当防衛だから」

「でもそこの人は学園都市の学生でも無いのに何らかの能力を使ってたぞ」

「父さん……。ここ、学園都市だから。能力者の能力を模倣した商品とか売ってるとこには売ってたりするからね?」

「あれ~?じゃあ、もしかして僕が感じた嫌な流れは気のせい?」

「全くもってその通り。はい、学園都市の一大イベント中に危うく騒ぎを起こそうとした二人は反省すること」

「ところで隆二、ガールフレンドとか出来たりしたの?」

「脈絡!!話の脈絡を読んで!?どうしてうちの家族はこう話題がワープするかなあ!?あ、君はもうここから離れていいよ。というより俺の心の平穏の為にも今すぐ離れてくれ」

「え、えぇ……」

 

 西崎の言葉に困惑しつつも場を離れるオリアナを視送った後、今一度頭の痛い家族に向き直る。

 

「はぁ……。取敢えず二人とも付いてきてくれ。俺の出場する競技は暫く無いし、今俺が住んでる学生寮にでも案内するよ」

「隆二、あまり溜息を吐くと幸せが逃げるわよ?」

「誰のせいだ誰の……!」

 

 まさか大覇星祭で両親と直接顔を合わせる羽目になるとは思っていなかった西崎は、今から向かう学生寮に居るレディリーに対してどう詫びようか考えていた。

 

   12

 

 思わぬところで危機を迎えたオリアナは、西崎によってこの場から二人の男女が連れていかれた姿を見て、思わず安堵の息を吐いた。

 

(危なかったわね……。敵は坊や達だけだと思っていたのだけれど、まさかあんな思わぬ伏兵が潜んでいたなんてね)

 

 成り立ちからして先程の少年の保護者だろうか。先の男女二名は未知数の力で持ってこちらの攻撃の悉くを不発という結果に終わらせていた。

 

(これはお姉さんももっと周囲を警戒しないといけないわね)

 

 何も敵は明確に自分を追ってくる者達だけではない。今オリアナを追っていないと言うだけで、切欠(きっかけ)さえあればコロッとこちらに敵対してくる者達がいるかもしれない。奇しくも学園都市の一般公開によって緩んだ警備の目を掻い潜った自分と同じように。

 

(今回は偶然助かったけど、次もそうとは限らないわ。取敢えず次に()()とあった場合敵対されないという保証も無いのだし、()()の顔位は記憶して―――)

 

 そこまで思考して、ふと彼女は気付く。

 

(待って。()()()()()()()()()()()()()

 

 相手が人間であったことは覚えている。だが、肝心の相手が何人居たか、相手の性別はどちらだったか、そういった情報がいつの間にか欠落している。

 

()()は確かにこの裏路地を通ってきた……)

 

 取敢えず状況を整理しようと当時の状況を思い出そうとして、

 

(あら?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 記憶の齟齬に気付く。

 

(そう。確かあの坊や達に運んでいた看板の件と使徒十字(クローテェディピエトロ)の存在がバレたから、ここでリドヴィアと通話しながら服装を変えて、変えて―――)

 

 

 

(その後は?)

 

 

 

 記憶を探る。漠然と何かがあったという予感だけがある。しかし記憶を幾ら探れども何があったのかまるで分からない。丁度何かがあったと思しき時間帯の記憶だけが空白に包まれている。

 

(いえ、そんなことは無いわ。私は確かに、確かに―――そう、身だしなみの確認をしていたんだったわ)

 

 どうして忘れていたのだろう。自分は着替えた後に身だしなみの確認を行っていたのだった。

 

(さて、身だしなみの確認も済んだことだし。ここからは耐久戦よ、坊や達)

 

 尚も向こうからすれば未だ攻防戦の心算(つもり)なのかもしれないが。

 口元に笑みを浮かべながら、オリアナは再び陽の光の降り注ぐ雑踏へ向けて足を進めた―――その記憶から、三人の人物が抹消されている事にすら気付かぬまま。

 

   13

 

「あれ、シャットアウラじゃん。お前警備の仕事だって聞いてたんだけどこんなとこに居て大丈夫なのか?」

「誰かと思ったら上条か。私のグループは今は休憩の時間帯なんだ」

「へー、そうなのか」

 

 正午。大覇星祭一日目のお昼休みであるこの時間に、上条はインデックスを伴い昼食を摂ろうと学園都市を歩いていた。そんな折、上条は自身の両親から昼食の誘いを受け、こじんまりとした喫茶店へと赴いていた。喫茶店の扉を開ければ中は満席、周りを見回して両親を探す上条は、その中に見知った顔を見つけた。

 彼女の名はシャットアウラ=セクウェンツィア。少し前に起きたエンデュミオンの一件で知り合った生真面目な少女だ。彼女は黒鴉部隊と呼ばれる部隊の隊長であり、今回は大覇星祭の警備も行っている。

 そんな彼女と多少の会話を挟みながら喫茶店の散策をしていると、窓際の四人掛けテーブルに見知った姿を見つけた。内二人は上条の両親だ。父は上条刀夜(かみじょうとうや)、母は上条詩菜(かみじょうしいな)と言う。そして―――

 

(ビリビリは良しとして、隣の人は誰だ?もしかしてビリビリのお姉さんか何か?)

 

 この大覇星祭の点数競争で勝った方が負けた方に何でも一つ言う事をきかせられるという約束を取り付けてしまった常盤台の超電磁砲(レールガン)こと御坂美琴と、そんな彼女とは似ても似つかないグラマラスなボディを持ち合わせた美琴に似た誰か。

 

(うわー……。またなんかややこしくなりそうだぞぅ?)

 

 既に良く無い予感をひしひしとは感じつつあるものの、なる様に成れと腹をくくりながらインデックスと一緒に席に着く上条。どうやら、家族との楽しい団欒(だんらん)だけ済ませるという訳にはいかなさそうである。

 

   14

 

 上条とステイルがオリアナ追跡の行動を再開し、土御門がオリアナと対峙し彼女に一方的にやられている頃、西崎はその後方に両親を引き連れ、後ろ髪を引かれる思いで自室のインターホンを押した。数秒の時間を置いて部屋の中から物音がし、ドアの前までその音が移動する。ガチャリと言う音と共に扉のロックが外れ、僅かに開いた扉の隙間から青い瞳がこちらを覗き込んでくる。

 

「おかえりなさい、隆二。で、その後ろの方々は?」

「前に話しただろう?俺の両親だ」

 

 その言葉を聞くや否やレディリーが扉を全開にしていい笑顔で玄関外に居た三人を部屋へと招き入れる。息子の部屋から出てきた彼女の姿を見た両親はガールフレンドがどうやら同棲(どうせい)がどうやらもしかして同衾(どうきん)までとか囃し立ててくる。正直この流れが嫌でレディリーを紹介したくなかった部分も大いにあるが、オリアナを潰され、高速で学園都市周辺を移動した挙句リドヴィアを潰されることと天秤(てんびん)にかけるならまだこちらの方がマシだった。

 

「どうも、隆二の父の西崎壮治(にしざきそうじ)です。いつも息子がお世話になってる…のかな?」

「始めまして、隆二の母の西崎千尋(にしざきちひろ)です。所で息子とはどういう経緯で知り合ったのか訊いても良いかしら?」

「どうも、ご両親方。私、隆二さんに色々お世話になっておりますレディリー=タングルロードと申します。あ、こう見えても成人しておりますのでご安心を」

「どこも安心出来ないんだよなぁ……。何これ地獄?どうしてこう俺の周りには癖の強い人物しか集まらないの?何、嫌がらせなの?」

「あら、類は友を呼ぶと言いますし、隆二の周りに面白い人が集まってくるのは自然な事では?」

「遠回しに俺が一番癖強いって言ってない、母さん?」

「そうだぞ母さん。幾ら事実とは言え言っていい事と悪い事があるだろう。隆二は未だ反抗期なんだから」

「その反抗期の原因に心当たりは無いんですかねぇ……?」

「大丈夫ですよ、ご両親方。私は何があっても隆二と一緒に居りますので」

「はいそこ猫被らない。でもって話の文脈考えようか?」

「キャー!告白よ、父さん!!」

「僕らの若い頃を思い出すよねぇ…」

「イチャイチャなら家でやってくれない?」

「あら良いじゃないイチャイチャ。私達もしましょうよ」

「レディリー。お前もあっち側か……!」

「?別に私達の関係なんてご両親方の想像通りなんだし、今更隠す事かしら?」

「同衾はしてないけどな。でもそういうのって正式に契りを交わす時まではなるべく隠しておきたいものだろう」

「考え方が古いんじゃないかしら。何なら今は告白すら電子機器を通して行う時代よ?それなら私達も時代に順応してもっとオープンに行きましょうよ」

「いや、人生でたった一人の伴侶だぞ?そういうのは丁重に扱うのが基本では無いか?」

「聞いたか母さん!?伴侶だってさ!!」

「これはもう赤飯炊くしか無いわね!!」

「…………午後に出る予定だった競技、全部欠席してこようかなぁ」

「りゅ、隆二のやる気が急激に削がれてきてる!?こんなの初めて見たわ……」

 

   15

 

 オリアナ=トムソンと土御門元春の攻防は、オリアナの勝利で幕を閉じた。……いや、肉体的な損傷に限って言えば傷らしい傷を負っていないオリアナの完勝と言っても差し支えない。これも(ひとえ)に彼女の設置した迎撃用の術式の場所を割り出そうとした土御門の負傷によるものである。本来であれば彼女と互角、或いはそれ以上に戦える筈の土御門だが、積もりに積もった負傷がここに来て後を引いた。鈍った思考と鈍重な肉体ではほぼ万全の状態のオリアナに対して決定打を与えることが出来ず、彼女の操る数多の術式に翻弄される形となった。

 だが、土御門とてタダでやられる気など毛頭ない。幼くして「当道の重職」と称される陰陽博士の官位を賜った土御門は、その脳をフル回転させ存在しない霊装をでっち上げ、神裂火織の存在を仄めかす事に成功した。それ故にオリアナは聖人の脅威から逃れる為に公共機関を使い、土御門達の場所から全力で遠ざかろうとしていた。

 

 

 

 ―――故に、その悲劇は必然であった。

 

 

 

 地下鉄を降り、第七学区の裏路地を駆け抜けていた彼女は、聖人という脅威に対する焦りからか不幸にも二人組の通行人に追突してしまう。その衝撃で桃色の髪をした背の小さいほうの通行人の持っていたジュースがもう片方の長い黒髪の少女の体操服へ掛かってしまった。

 

(なっ!?このタイミングで必要悪の教会(ネセサリウス)ですって!?)

 

 黒髪の少女―――姫神秋沙(ひめがみあいさ)の体操服がジュースによって透け、彼女の特殊な能力を封じる為に必要悪の教会(ネセサリウス)が用意した十字架が姿を見せる。聖人という追加戦力の投入の話を聞いた後だけあって警戒力の高まっていたオリアナは、そこで彼女を敵と認定してしまう。

 

(早く排除しないと……!)

 

 なにせ、既に学園都市に侵入してから三人の人物に追いかけられ、虎の子の追加戦力も投入もされるとも聞いたオリアナだ。今更相手方の協力者が一人二人増えた所で可笑しくは無いと思っていた。そして都合の悪いことに、そう思われかねない存在が目の前に現れた。

 ―――ならどうするか。答えは一つだ。

 彼女は即座に暗記帳のカードのようなそれに文字を書き込み、それを口で千切って魔術を発動させる。

 

 

 

 ドッ!!!!という、鈍い音が響き渡った。

 

 

 

   16

 

 血の海だった。

 辺り一面に広がる赤は、その中心にある存在さえ無ければ到底一人の体から出たとは思えない程の量だった。その光景を生み出した存在は息をしているのかすら定かでは無い程の重傷であり、そんな彼女の姿を顔を青ざめながら見る一人の教師の姿があった。

 

「……ッ!!」

 

 ステイルと共に現場に駆け付けた上条の脳裏に浮かんだのは御坂一○○三一号の悲劇。被害にあった人間が死んでいないだけ、まだこちらの方がマシと言えるだろう。だがそれも時間の問題だ。このまま時が過ぎれば、この惨劇の中心に居る人物の命の温もりは直ぐに消え失せ、後に残るのはかつて姫神秋沙だった少女の遺体と、彼女を救えなかった悔恨のみとなるだろう。応急処置もしてはあるが、ほんの気休め程度の効果にしかならないだろう。小萌先生の性格からして、既に救急車も呼んであるはずだ。

 

「くそ……ッ」

 

 今この状況で、上条当麻に出来ることは無い。

 自身の右手に目を向ける。神様の奇蹟だろうが原爆級の火炎だろうが打ち消せる力を持っていながら、そんなもの、肝心の場面では何一つ役に立ってはくれない。それが、酷くもどかしい。

 

「少年、其処をどくがいい」

 

 そんな上条に対して、声が掛かった。路地裏に現れた第三者の存在に驚きながら、上条はその人物の言葉通り道を開ける。

 

(って待てよ。さっきステイルが人払いをしてなかったっけ?)

 

 視線を投げればステイルも驚いた顔でその人物を見つめていた。その表情は人払いの結界に入ってきた人物に対する反応というよりも、予期せぬ人物と再会した時のものに近い。

 

蓋然(がいぜん)、こうなる可能性は示唆されていたが、まさか本当にこの様な現場に立ち会うとは」

 

 その人物は、大覇星祭の警備員と同様の恰好をしていた。それ故に、最初上条は姫神の負傷を聞きつけた警備員の一人が駆け付けたものだと思っていた。

 

居然(きょぜん)、そこな少女よ。そこな少女から離れ、後ろに下がるが良い」

「は、はい……。あ、あの、姫神ちゃんは助かるんです……?」

 

 その警備員の顔に上条は見覚えが無い。だが、ステイルの反応からして、彼とこの人物は何らかの面識があるのは明らかだ。

 

「……一つ聞こう。何で君が此処に居る?」

「必然、我が過ち、その贖罪の為だ、()()()()()()()。その為にアレは私の記憶を甦らせ、私の魔術に手を加える契約を持ちかけた。見返りに、アレの危機を一度救うという条件を付けてな」

「物的錬金術の到達点である黄金錬成(アルス=マグナ)に手を加えるだって……?」

 

 そのステイルの言葉で、上条は目前の人物が誰なのかを察した。思わずギョッとした表情を浮かべる上条の目の前で、その人物は魔術を発動させた。

 

「『癒えよ』」

 

 変化は劇的だった。その人物の一言で生きているかすら定かで無い程の傷を負った姫神の体の傷が消えていく。それでも完全には治りきらなかったのか、姫神の体には未だ多少の傷が残っている。いや、治りきらなかったと言うよりも、この後にくる救急車の為に治し切らなかったという方が正しいのだろう。その様子を確認してから、上条は目の前の人物に改めて視線を向ける。視線の先には涼し気な顔をし、警備員の恰好を着こなす人物がただ悠然と立っている。

 彼が何故学園都市に居るのかは知らない。もしかすると自分の知らない何かが有るのかもしれない。だが、彼は姫神の命を救ってくれた。それは間違えようの無い真実だ。

 

「ありがとう、()()()()()()

 

 かつて賢者の石を作ったとされる錬金術師パラケルスス。後世に於いてフィリップス・アウレオールス・テオフラストゥス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイムと称された人物。その子孫であるアウレオルス=イザードは、上条の感謝の言葉にフッと笑みを零し、無言でその場を去っていった。

 

   17

 

「嵐の様な人だったわね、貴方のご両親」

「親バカも程々にしてほしいんだがな……。全く、大人なのに子供みたいに騒ぐもんだ」

「あら、素敵じゃない。いつまでも若々しくって言うのは、そう出来る物じゃ無いわよ」

「レディが言うと言葉の重みが違うな」

「……それ、総合的に私より永生きな貴方が言う?」

 

 昼食の後片付けを終え、次の競技に出場する為に身支度を整える隆二。レディリーはそんな彼の様子を眺めながら彼の両親について話す。

 

「それにしても、あんな優しそうな二人があんな力を持っているんだから、人は見かけによらないものよねぇ」

「思いもかけず『私』が蛇の元型となってしまった事で、偶像の理論を通じて蛇信仰に関わりのある人間から時々あのような力を持つ者が生まれる様でな」

 

 そもそも自分が元型になった実感なんて微塵も無かったんだが、と苦笑する西崎。

 

「まぁ、良い人達ではあるよ」

「あ、それ知ってるわ。ツンデレって言うんでしょう」

「その解釈は断固として拒否させて貰う」

 

 所で、と言ってレディリーが話を切り出す。

 

使徒十字(クローテェディピエトロ)の件はどうなったの?」

「上条達か?あちらは件の霊装が一年の内、その土地に適応した日時に特定の星座の光を浴びせると発動するものであることを掴んだようだぞ」

「そう。で、彼らはまだデコイを追い続けているの?」

「あぁ。オリアナ=トムソンが使徒十字(クローテェディピエトロ)を所持していないことには気づいていない様だ。これまでの彼女の行動から、彼らはオリアナ=トムソンが霊装の運搬者であるという先入観を植え付けられている。こと戦場に於ける駆け引きに関しては、あちらの方が数枚上手だったということだ」

「そうなの。でも残念ね。折角頑張ってきたのに、ナイトパレードが始まってしまえば彼女らの努力が全て泡と化すなんてね」

「ソレに関してはアレイスターの方が一枚上手だったというだけの事だ」

「流石に年季が違うわよね。あ~~、それにしてもナイトパレード、私も出てみたかったわね」

 

 未練がましくこちらを見つめるレディリーを西崎が諭す。

 

「何の為に俺の部屋で匿ってると思ってるんだ?外に出てしまったらまた厄介な連中の目に付くだろう?」

「それはそうだけど、折角のお祭りなんだし、ちょっと位楽しんでも罰は当たらないと思わない?」

「駄目だ。お前を余人の目に触れさせるのは危険すぎる」

「……それならせめて、大覇星祭が終わったら一日中エスターのままでいて」

「しょうがないな、それ位の頼み事なら喜んでやってやるよ」

「チョロいわね」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も?」

 

 

   18

 

 大覇星祭一日目の競技は(つつが)なく終了した。とは言っても、競技以外の場面では色々と事件やら何やらが起きてはいるが。

 時間を確認すれば時刻は午後六時。これより三〇分後には大覇星祭の目玉企画の一つであるナイトパレードが開催され、地上はその光で満たされるだろう。

 

「……さて、上条達はそろそろ決戦か」

 

 第二三学区、そこが決戦の場の名称であった。『天上より来たる神々の門』、『エンデュミオンの奇蹟』に続き事件に巻き込まれるとは、つくづくついてない場所である。

 

「相手はほぼ万全の状態のオリアナ=トムソン一人。対してこちらの戦力は上条とステイル=マグヌスの二人。上条はオリアナ=トムソンの魔術の仕組みを暴いてはいるが、さて……」

 

 オリアナ=トムソンの扱う不安定な原典。上条達が速記原典(ショートハンド)と称しているそれは、幾つかの複合的な条件を満たすことによって魔術を発動させるものだ。

 一つは四大属性のズレ。四大属性―――所謂(いわゆる)』、『』、『』、『』の四つにはそれぞれ決まった色が指定されている。それらを表として表すと、以下の様になる。

属 性 色 

 オリアナは先ず魔術に使用する属性をインクで原典に記入する。が、オリアナはその属性に指定された色とは別の色のインクを用いて属性名を書く。例えば『SoilSymbol(土の象徴)』を書く際にのインクを用いたり、『WindSymbol(風の象徴)』を描く際にのインクを用いたりである。この属性と色の不一致により生まれる反発力を彼女は攻撃に転用させる。要するに、魔術の発生によって生じる運命の火花を攻撃に変換するようなものである。いつも西崎が衝撃を起こす時と似たような手順である。

 続いて原典の紙を咥える際の角度。これは西洋占星術を基にしたものである。まず、黄道十二宮と呼称される十二の星座が存在することはご存じだろう。そして、その十二の星座が多く通るベルト状の地帯を獣帯(じゅうたい)、或いは黄道帯(おうどうたい)と呼ぶことはご存じだろうか。西洋占星術ではこの三六〇度の獣帯を十二分割し、三〇度毎に黄道十二宮の星座を宛がった。また、この三〇度毎の宮を更に一〇度毎に三分割したデカンというものも存在する。この空の度数と七惑星の位置は占星術に於いて密接な関係があり、オリアナはその特性を魔術の方向性を定める要因の一つとして利用しているのである。

 そして最後に数秘術(すうひじゅつ)。これは数という法則を読み解く事で、あらゆる事象について読み解くことが可能であるというもので、その種類は様々である。例を挙げるならカバラ数秘術、ゲマトリア数秘術などがある。オリアナが具体的にどの数秘術を用いているかは定かでは無いが、この数秘術を魔術の方向性を定める要因の一つとして利用しているのは確かである。

 この三つの複合的な条件故に、オリアナは一度使用した魔術を再度使用することが出来ない。術のバリュエーションは豊富だが、使用した原典の総ページ数を数秘術として扱い、魔術の指向性として用いている為、前提条件が合う事が無いのだ。何故なら、使用した原典の総ページ数は、増えることはあれ減ることは無い。そしてその数価の持つ意味は、数秘術によって毎回変わっていくのだ。

 

「勝ちの目があるならば、その辺りとステイルとの連携次第か」

 

 似た魔術を発動させることは可能だが、全く同じ魔術を発動させることが出来ない。この差は思っているよりも大きい。そして上条は既にオリアナの使用する魔術を幾つも打ち消している。その経験が活きてくるだろう。後はステイルとの連携が上手く決まれば勝ちの目はある。……ただ、その為にはオリアナの高い身体能力をどうにかしなければいけないという条件もつくが。そう考えながら、上条とオリアナの決戦を視る西崎。

 

 

 

「確かに、勝敗の目があるのであれば今この瞬間だろうな。()()もそう思う」

 

 

 

 西崎が動く暇も無かった。

 ヒュガッ!!という音と共に、莫大な閃光が路地裏に溢れた。

 

   19

 

 彼我の距離は三〇〇メートル、相対するはオリアナ=トムソン。対してこちらの戦力は上条とステイルの二名のみ。一番戦場慣れしていそうな土御門は敵が設置していた罠の術式により既にリタイヤしている。数の利はこちらにある。だが、目の前の魔術師はその数の利を覆し得る程の力量を持つ個人だ。油断は出来ない。

 

「んふふ、やっぱり聖人が来ると言うのは嘘だったのね」

 

 敵に向かって必死に駆け出す二人とは対象に、オリアナは余裕の表情を浮かべる。

 

「追加の戦力もいないみたいだし、どうやらここ一番で楽しめるのはこの三人だけみたいね」

 

 言って、彼女が単語帳のページを噛み千切る。瞬間、あらゆる音が掻き消える。聞こえるのはオリアナに向かって走る上条達の足音位だ。

 

「結界だ!あらゆる通信を阻害するタイプのね!」

 

 言いながら、ステイルはその手に炎剣を生成し、オリアナ目掛けて振りかぶる。

 

「んふ」

 

 目の前の魔術師を焼き尽くす筈のその炎は、しかし突如現れた水球によって絡めとられ止められる。見ればオリアナの口にはいつの間にか新たな単語帳のページが咥えられていた。

 

「ちぃッ!」

 

 舌打ちをつきながらステイルがもう片方の手にも炎剣を生成する。

 

「それは気が早いんじゃ無いかしら?」

 

 ギュルリ!と炎剣を止めていた水球が形を変え、ツタの様にステイルの腕を伝って彼の顔を覆う。

 

「……ッ!!」

 

 咄嗟に彼は、先程生み出したもう一つの炎剣を爆発させ、自身に絡みついていた水の塊を弾き飛ばす。

 上条は、そんなステイルを追い抜いてオリアナに接近し右手を振るう。

 

「あら、情熱的ね」

 

 だが、オリアナは軽く身を屈めてその一撃を回避し、そのまま足払いを放つ。

 

「いっ!?」

 

 オリアナの反撃に反応が遅れた上条は、その足払いを受け、前のめりに倒れ込む。そんな上条の鳩尾(みぞおち)に、オリアナの膝が突き刺さった。

 

「お姉さんの脚はどう?」

 

 挑発的な笑みを浮かべるオリアナ。上条はそんな彼女の姿を膝をつきながら睨みつける。

 そんな彼女の隙を狙う様に、ステイルが炎の十字を作り出し、彼女に向けて放つ。

 

「気づいてないとでも思ってるの?」

 

 オリアナを中心に旋風が巻き起こり、炎の十字が掻き消される。それに巻き込まれるようにして、上条とステイルも強制的にオリアナから引き離される。

 こうして戦況は振り出しに戻された。但し、片方は未だ傷一つ負わず、片方はそれなりの傷を負って。

 天秤は、オリアナ=トムソンへと傾いていた。

 

   20

 

 殴れば躱され逆に一撃を当てられ、蹴りもいなされ反撃される。炎剣は相手の魔術のよって消され、紅十字も敵には届かない。率直に言って、上条達はオリアナ相手に苦戦していた。

 

(足りない……!)

 

 振りかぶった一撃を躱されながら上条は考える。

 

(あと一手、状況を変えるだけの一手が足りない……!!)

 

 オリアナの蹴りが脇腹に当たり、苦痛の表情を浮かべる上条。

 

(ステイル、まだか……!!)

 

 魔女狩りの王(イノケンティウス)。ステイルのルーン魔術の中でも特大の魔術。それが発動すればこの状況を打破できるかもしれない。件のステイルはオリアナに顎を打たれ、倒れた体を必死に持ち上げている。

 

「あら、お姉さんから目を離しちゃ駄目よ?」

 

 オリアナの拳が上条の身体を打ち、その衝撃に思わず後退する。

 

「そんな弱腰じゃ、お姉さんのこと満足させられないわよ」

 

 無防備になった上条の頭に向かって、オリアナが蹴りを放とうとする。

 直後、青がかった空を紅蓮の炎が明るく照らした。

 

(来た!!)

 

 ルーンカードがステイルを中心に四方八方に巻かれ、その傍らには炎熱の巨人が君臨していた。ステイルは、その力の全てを振り絞って魔女狩りの王(イノケンティウス)を召喚した。

 巨人が炎で構成された右腕を振りかぶる。

 

「ッ!!」

 

 オリアナはその脅威から逃れる様に、巨人の攻撃の射線上に上条が配置されるよう自身の位置を変える。

 

「………」

 

 ステイルは数秒ほど沈黙する。流石に仲間を攻撃に巻き込みたくは無いだろう。

 

「諸共死ね」

「なっ!?」

 

 迷いなく、上条ごとオリアナを殺そうとその腕を振るった。

 

「うおおお!?」

 

 ステイルの選択に上条が驚きながら右手を振るう。右手に当たった巨人の腕はその軌道を僅かにそらし、少年を避けて振るわれた。

 

「まずっ!!」

 

 上条の咄嗟の機転により軌道の変わった炎熱の塊が、オリアナだけを正確に焼き殺すように振るわれる。オリアナはそれをかろうじて回避する。が、今度はそこに上条の拳が突き刺さる。

 

「ッ……!!」

 

 先程まで魔女狩りの王(イノケンティウス)の攻撃の回避に意識を割いていたせいで、オリアナはその一撃をまともに受けてしまう。よろけながら後退したオリアナ、そんな彼女を追い詰める様に、上条とステイルが全力で畳みかける。

 最早連携とは思えぬほど喧嘩しながら向かってくる二人だが、逆にそれが彼女の読みを外してくる。予想内の行動が予想外の行動に変わる二人の攻撃に、彼女は次第に追い詰められる。

 そして、遂に上条とステイルの拳がオリアナに突き刺さった。揃って放たれた二つの拳は、オリアナのガードをすり抜け、彼女の体に確かに届いた。

 

   21

 

 

 

 ―――基準点が、欲しかった。   

 

 

 

 誰もが信じて疑わない、絶対の基準点。十人十色の価値観、主観を持つ人々の全てが納得できるルール。その少女は、その基準点を設ける為に魔術師となった。人が人として生きる限り、どうしても他者との価値観の齟齬は発生する。自身が良かれと思ってやったことでも、他の誰かにとっては都合の悪いことだったのかもしれない。そんなありふれた不幸を無くしたい。誰もが幸せで、笑って過ごせる世界を望むのは、そう間違った願いでは無いと信じて。

 少女の名はオリアナ=トムソン、その魔法名は『礎を担いし物(Basis104)』。絶対の基準点を作り上げる為に、自らの一生をその礎へと奉げる覚悟を抱いた者である。

 

   22

 

 それは、一瞬の出来事だった。

 オリアナの手元から射出された何かが、上条の脇を高速ですり抜ける。続いて聞こえた音は、グチャ!という、何か瑞々しいものに鋭利な物が突き刺さった音であった。

 変化は劇的だった。上条の後ろで人が一人倒れる音が響き渡り、同時に巨人が苦悶の表情を浮かべながら霧散する。後ろを振り向いた上条の視界に映ったのは、地べたに這いずる赤髪の魔術師の姿であった。

 

「―――まだよ」

 

 腹の底から振り絞る様に声を出す。先程二人に殴られた箇所の痛みを誤魔化す様にして、脚に力を入れ地面に立って見せる。

 

「まだ、終わってないわ……」

 

 目の前の人物を精一杯睨みつける。相手が格下だという甘い考えは捨てろ。相手を自身と同等の相手として再定義しろ。立ちはだかる障害として、自身が幸福にすべき一人として認識し直せ。

 

「老人に譲ったバスの席の真下に呪符が仕掛けられていたことがあった。迷子を教会に届けたと思ったら、実はそれが裏目に出ていて後でその子が処刑されたと聞かされたこともあった」

 

 魔力もまだある。原典のページもまだ残ってる。脚もまだ動く。腕も然り。思考は驚くほどクリアだ。視界も霞んでいない。

 ―――まだ、やれる。

 

「お姉さんはね、そんなありふれた不幸を無くす為に人生を懸けてるの。この世に存在するあらゆる主義主張を上手に一本化できるようにね」

 

 少年はこちらを見ている。だが、今すぐこちらを攻撃してくる様子はない。

 ―――待っているのだ。自身の想い、願い、全霊を懸けた一撃を。律儀にも、彼は真正面から自身を打ち破ろうとしているのだ。

 

(なら、お望み通り―――!!)

 

 単語帳の金属リングを外し、今ある全てのページを宙へと飛ばす。籠める文字は『All_of_Symbol(全ての象徴)』、その色は夜空を思わせる漆黒。

 

「我が身に宿る全ての才能に告げる―――」

 

 純白のエネルギーが自身の右腕に集束する。爆発的な破壊力を秘めた力が彼女の腕で暴れる。

 

「―――その全霊を解放し、目の前の敵を討て!!」

 

 そして、純白の一撃が放たれた。

 その一撃は、ブラックホールの様に、触れた物を吸収し、強力な重圧で押し潰しながら上条に迫る。

 

「おおおおおおおぉぉぉ!!」

 

 対して上条は、その一撃に対し、自身の右の拳を振るった。全てを吸い込む純白の一撃は、その拳に触れると同時に、ガラスの砕けるような音と共に砕け散った。直後、

 

 

 

 ドッ!!という音と共に、白い光の中に圧縮されていた物が、一気に拡散した。

 

 

 

 空気が爆風となって身を叩き、アスファルトが弾丸となって身に突き刺さる。

 血が噴き出し、皮膚が破れ、意識が飛びそうになりながらも上条は右の拳を再び握りしめた。

 

「ッらあ!!」

 

 咆哮と共に右の腕を振りかぶる。目の前には同じく腕を振りかぶったオリアナの姿。

 両者の拳が交差する。ゴッ!!という鈍い音が鳴り響く。

 一瞬の後、崩れ落ちたのは若き魔術師の方であった。

 

   23

 

「『霧散せよ、純白の一撃』」

 

路地裏に溢れる程の莫大な閃光を伴った一撃は、その一言により霧散する。後に残ったのは無傷の西崎と、彼に対して先程の一撃を放った赤いスーツを身に纏った青年。そして、物的錬金術の秘奥に辿り着いた錬金術師の末裔のみであった。

 

黄金錬成(アルス=マグナ)か。だがアレは三沢塾の生徒全員の並列詠唱によって辛うじて発動できるものと聞いていたのだがな」

 

 自身の右肩から生える異形の手。それが空中分解する様子を眺めながら、スーツの男は呟いた。

 

「オルソラ=アクィナス。ローマ正教があれだけ追っていたというのに(つい)ぞ捕らえることの出来なかった存在。それを裏で手引きしていた可能性のある人物が居ると言うのだから、俺様の計画に支障が出ない様に前もって排除しようとしたのだがな」

「大覇星祭に紛れて学園都市に侵入するのは良かったが、暗殺方法が単調なのであればどうとでもなる」

「どうやらそのようだ。俺様もまさか先程の一撃が外れるとは思っていなかった」

「お前の敗因は挫折を知らぬが故に自身の計画が失敗した時の事を考えられなかったことだ、右方のフィアンマ」

 

 鋭い眼光がフィアンマを射抜く。が、彼はそれを気にした素振りを見せずにやれやれと肩をすくめる。

 

「おいおい、本気で言ってるのか?この俺様が、スペアプランを用意もせずに単身学園都市に乗り込んできたと?」

 

 口元に薄らと笑みを浮かべながら場を睥睨(へいげい)するフィアンマ。が、

 

「おいおい、本気で言ってるのか?態々アウレオルスと契約までしてお前の一撃を防いだ俺が、用心深いお前のスペアプランを見抜いていないとでも?」

「何?」

「言った筈だぞ?お前の敗因は挫折を知らぬが故に自身の計画が失敗した時の事を考えられなかった事だと。さて、ここで言う計画とは、一体どこまでを指した言葉だと思うかね?」

 

 言葉と同時、フィアンマが懐に仕込んでいた通信用の魔術礼装から雑音が流れ出す。

 

「そら、どうした。お仲間とやらの助けには向かわないのか?」

「……一つ聞いておこう。どこまで分かっている?」

「さて、なんのことかね?」

「チッ……!」

 

 眼前で嗤う男の瞳が、ここで尻尾を撒いて逃げれば見逃してやると言外に語っている。その姿に苛立ちを覚えながらも、フィアンマは撤退せざるを得なかった。一体何故か。それは、フィアンマが眼前の男を確実に葬り去る為に用意していた六つものプラン、その全てが一斉に瓦解したからだ。

 

「……さて、これで契約は果たした。私は自由にさせて貰う」

「いいとも。元よりそういう契約だ、止めはしないさ」

 

 フィアンマが去ったのち、路地裏に取り残された二人が言葉を交わす。

 

「だが今一度言わせて貰う。私の手の加わった君のそれは最早黄金錬成(アルス=マグナ)とは言えない。あれは自身の想像通りに世界を歪めるものだったが、今のそれは自身の望む可能性を引き寄せ世界を歪めるものだ。故に叶いもしない可能性を引き寄せる事は出来ないし、君一人で叶えられるものにも限度がある」

「当然、理解はしている。要するにこれを十全に使いこなすのであれば、他者との繋がりを持てと言いたいのだろう?」

「よく理解できているじゃないか。左様、どれだけ強大な個であろうと、人が一人で成し得る事には限度というものがある。大切なのは繋がりだ。全てを一人で背負おうとせず、苦悩を分かち、役割を分かち、信頼を築く―――詰まる所、人の強さとは繋がりの強さに他ならない」

「私の記憶を甦らせ、かつて私が扱った魔術に手を加えられる力を持った存在がよく言ったものだ」

「力を持つからこそ、私は身をもって痛感したのだよ」

「?」

「なに。かつて全てを担おうとして、担えなかった存在が居た、というだけの話だ」

 

 その先に続く絶望を視た。その先に蔓延(はびこ)堕落(だらく)を知った。

 ―――あぁ。その世界の、なんと醜い事か。

 

「故に私は繋がりを重んじる―――例えば、この様な」

 

 ドガッ!!という音と共に、地上が光に照らされる。

 午後六時三〇分。ローマ正教の幻想を打ち殺して、ナイトパレードが幕を開ける。

 

「知っているか、この光景を作り出す為に尽力してきた人達のことを?」

 

 例えば吹寄制理。彼女は大覇星祭の運営委員として競技の準備や審判の担当などに従事していた。

 

「知っているか、この光景を守るきる為に奔走してきた人達のことを?」

 

 例えば上条当麻。彼は学園都市の皆が楽しんでいる大覇星祭を守る為に学園都市中を走り回っていた。

 

「知っているか、この光景の成立を陰ながら支えてくれた人達のことを?」

 

 例えば、例えば、例えば―――

 

「挙げればきりが無い程の人達がこの光景に関わっている」

 

 夜空を埋め尽くす程の光量は、同時にそれに関わる人達の想いの具現でもある。

 

「私にはそれが誇らしい」

 

 夜の闇に塗れて影が(うた)う様に呟く。

 

「―――ほら、君にも見えるだろう?」

 

 空では無く、大通りにその視線を向けて影が言う。

 

 

 

「空の星々より尚輝く、地上の一等星の姿が―――」

 

 

 




もう皆さんお気付きかもしれませんが主人公は結構ポンコツです。これだけははっきりと真実を伝えたかった。
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