黄金の魔術師   作:雑種

14 / 19
やべぇよ…やべぇよ…(1年1ヶ月振りの投稿)

色々あって投稿が大幅に遅れました。
黄金の夜明け魔術全書とかの魔術関連書を読むだけでも凄い時間が掛かりました。
皆さんも魔術について調べる時は時間との向き合い方に注意してください。



黄金の魔術師(旧約11巻)

   1

 

 大覇星祭(だいはせいさい)――学園都市の能力者達が(しのぎ)を削る大運動会。実に七日間に渡る学園都市の一大イベントも終わりを迎えた頃、自他共に認める不幸体質を兼ね備えた少年――上条当麻(かみじょうとうま)は珍しく浮かれていた。というのも、大覇星祭で出店している屋台の一つである『来場者数ナンバーズ』――大覇星祭の総来場者数を予想する宝くじの様なもの――で見事一等を当ててみせたのだ。景品は北イタリア五泊七日のペア旅行である。大覇星祭終了後、学生達には振替休日が当てられるので、今回はその期間を利用しての旅行となる。

 一時はパスポートの有無を巡ってひと悶着こそあったものの、無事に荷造りも完了した上条と同居人のインデックス。そんな彼らは今正に世界へ羽ばたかんと学園都市第二三区に存在する国際空港のロビーまでやって来ていた。

 

「そういやインデックス。お前西崎から旅行用に何か貰ってなかったか?」

「とうまが言ってるのってひょっとして『サムハラ』のこと?」

「サム……?」

 

 (記憶を失った)上条にとっては初の海外旅行ということで隣人の土御門や西崎に先日アドバイスを貰おうとしたのだが、残念ながら土御門は用事で居らず、西崎に至っては「海外旅行……家族団欒……波乱万丈……うっ、頭が……!」と謎の連想からの頭痛コンボを決めた挙句にインデックスに変なお守りの様な物を渡してきただけだった。……そう言えば、彼の部屋にも自分と同じく同居人が増えていた様な気がするのだが、自分の気のせいだろうか……?

 

「サムハラっていう神字――神様の字の事だね――を白紙に書いてお守り袋などに入れて携帯していると交通事故や飛行機事故なんかに遭わないって言う日本の護符の一つだよ。あ、後は銃弾除けもだね。元は古代中国の守護神だったサムハラが――――」

「OK、ストップだインデックス。……要するにそれってお守りみたいなものか」

「そう。だからとうまは右手で触っちゃダメなんだよ」

 

 了解、と口に出そうとして、寸前鳴り響いたビ――ッ!という音に気を取られる。ギョッとして周囲を見渡せば、そこには金属探知機に引っかかり係員に押さえられたインデックスの姿が!

 

(しまった!インデックスの修道服が安全ピンだらけなのすっかり忘れてた!!)

 

 すぐさま係員に事情を説明し、空港内にあるショッピングモールへ衣服を買いに走る上条。制限時間は三〇分、上条の海外旅行を懸けたファーストランが幕を開ける――!

 

   2

 

「あら、良かったの?イタリア旅行に付いていかなくて?」

 

 とある学生寮の一室の静寂を破ったのは、同居人であるレディリー=タングルロードのそんな一言だった。

 

「付いていくも何も、上条が当てたのは()()旅行だ。俺達の席は無いさ」

 

 対して部屋の主である西崎隆二はそう淡々と答えた。

 

「そうじゃなくて、またちょっと()()()()()()()()()?様子を見なくて大丈夫なの?」

「大したことはしてないし、どっちにしろ放っておいてもこの展開にはなってたさ。俺はそれを少し後押ししただけだ」

 

 それに、と言って西崎が水盤を取り出す。レディリーの視線も思わずその水盤を追う。

 

「何も現地に居なければ何も出来ない訳でも無い」

「エジプト人の王ネクタネブスには、水盤と蝋で造った敵味方の軍勢の像を用い、そこにエジプトの神々や悪魔を降霊させることで敵を撃破したという逸話がある。これを応用すれば、部屋に居ながら向こうのサポートが出来るという訳だ」

「へぇ、そんなのがあるのね」

「まぁ、とにかく俺が態々(わざわざ)ここから動くことも無い」

「よっぽどの事が無い限りは、よね?」

「おい止めてくれ。言霊(ことだま)――今で言えばフラグと言って、そういう言葉を言うと碌な目に――――」

 

 西崎の言葉を遮る様に、手持ちの携帯から着信音が鳴り響く。チラリと画面を確認すれば、そこには『父』の一文字が映っている。

 

「…………」

 

 嫌な予感を感じつつも、通話ボタンを押す西崎。そんな彼に向かって、電話の向こうから陽気な男性が話しかける。

 

「隆二、聴こえてるかな!僕だよ、君の父さんだ!いやはや、聞いて驚けよ……何と!僕の個人的な知り合いからこの度イタリアの家族旅行をプレゼントされちゃったんだよ!!ついては彼女さんと一緒に――」

 

 そんな馬鹿な、と思いつつ隣のレディリーを見る西崎。レディリーはそれが現実だと言わんばかりに頷く。

 ――――つまりは、そういう事になった。

 

   3

 

「『()()()()』。なぁ、名前位は聞いたことあるんじゃないか?」

 

 夢を見ている。ローマ正教の修道女(シスター)であるアニェーゼ=サンクティスはそう直感した。夢の内容は今の自分の状況を作る切欠(きっかけ)となった騒動の一幕についてだ。

 

「神の、右席……?」

 

 問いかける様に夢の中の自身の口から出た言葉を聞いて、相対している相手はため息をつく。

 

「知っていれば話は早かったんだがな。まぁいいさ、どうせ此処には話をしに来たんだ。外の余興が終わるまで、気長に話そうじゃないか」

 

 とは言え、何から話したものかと思案する相手。彼は、少し間を置いてこう話を切り出した。

 

「人は生まれながらに原罪を背負っている。と言うのは、俺が言わずとも敬虔な十字教徒なら知っている筈だ」

「……」

 

 相手を警戒しつつも、彼の言葉に頷き返すアニェーゼ。

 

「では、()()()()()()()()()()()()()()()?詰まりは神の右席というのは、()()を実際に実行しようとしている奴らの事をいう」

「原罪を……?でもそれは、神の子の御業では…?」

「そうだ。ローマ正教、その最暗部たる彼らは、自身の内より原罪を消去し、神の子――いや、敢えてここは太陽霊、火の霊と言おうか。詰まる所、天使に近づこうとしている」

「天使に……」

「皮肉な事だな。お前達が異端として抹消してきた錬金術を使って、お前達の組織のトップはお前達の崇める対象になろうと言うのだからな」

「ちょ、ちょっと待ちやがって下さい!?どうしてそこで錬金術が出てくるんですか!?」

 

 浴びせられた情報の衝撃に、ついつい話を遮って質問を入れるアニェーゼ。

 

「何だ、黄金系の儀式で引っ張りだこの蓮の杖(ロータスワンド)を持っていながら、錬金術については知らないのか」

 

 彼の言う通り、蓮の杖(ロータスワンド)は本来黄金系の魔術結社の儀式で用いる霊装の一つだ。アニェーゼの持つ杖はシンプルな配色をしているが、実際に儀式で用いる杖は実にカラフルな様相を呈している。というのも、この杖の本来の使い方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。この蓮の杖(ロータスワンド)が照応させるのは人体では無くセフィロトの樹の方である。アニェーゼは杖とセフィロトの樹の照応にセフィロトの樹と人体の照応を掛け合わせて相手の体を傷つけているのである。

 

「錬金術には『物的錬金術』と『霊的錬金術』の二種類が存在する」

「前者は現代化学の親となったもの。大衆がイメージする錬金術として一般的なのはこちらだな。蒸留やら置換やらを用いて、文字通り実際に石から黄金を作り出そうとするのがこれに当たる」

「対して後者は余り馴染みが無いだろう。こちらも石から黄金を作るという目的自体は一緒だが、この()()()()()()()が物的錬金術とは異なっている」

「そうだな。お前達に分かり易く言うのであれば、石とは原罪を持った人間、黄金とは原罪を完全に取り除いた人間ということになるか。つまりは自身の存在の霊的位階を上げる為に、自身の中の不純物を取り除いていくのがこの霊的錬金術になる。ダイヤの原石を磨いて綺麗なダイヤを造り上げるようなものだ」

 

 或いはソーシャルゲームの星三キャラを限界突破させて星六にしたりするようなものだ、と彼は言うが、その言葉の意味をアニェーゼは理解できなかった。

 

「なぁ、酷いとは思わないか?」

 

 その言葉は、スルリとアニェーゼの中に入ってきた。

 

「自分達が異端と認定しておきながら、その異端によって生まれた甘い汁をお前達のトップは独占しているんだぞ?」

 

 囁く様に、見定める様に、(なだ)める様に、(あざけ)る様に。

 

「天使に近しい力を持ちながら信徒を救う素振りも無く、汚れ仕事や裏仕事は全部部下任せ」

 

 呼吸が安定しない、視線が定まらない、頭の奥から血の気が引いていく、物事を正常に判断出来ない。

 

「その癖信徒の数だけは多いから、一度の失敗でしくじった奴らは全員蜥蜴の尻尾切りの様に斬り捨てても困らない」

 

 止めろ、と言いたかったが声が出ない。その先を言うな、と言う気力も湧かない。

 

()()()()()()()()。力を持ちながらそれを振るわない奴らの独断で、お前達も捨てられる」

 

 体の感覚が無い。自分が立っているのか、座っているのか、生きているのか、死んでいるのかすら判断できない。

 

「悔しいだろう、それまでの全ての努力を踏みにじられるのは。恐ろしいだろう、そんな傲慢な人間が存在することが」

 

 まるで人を惑わす悪魔の様だ。或いはアダムとイブを唆したサマエルか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。自分でも組織のトップを引きずり出せると。天使に近しい人間を翻弄出来ると」

 

 その為に力を貸そう、と言って彼は手を差し伸べた。その手を掴もうか、払おうか、迷って迷って迷って迷って迷って迷って――――――バン!!という音と共に、ツンツン頭の少年の手によって教会の扉が開かれた。

 残念、と小さな声で彼が言う。――結局アニェーゼは、その手を掴むことが出来なかった。

 

(何で今更、こんな夢を見るんだか……)

 

 自身の終わりの時が迫ってきているからだろうか。多少感傷的な気分になったアニェーゼは、そこで目を覚ました。一面の氷が、そんな彼女を迎えていた。

 

   4

 

 北イタリア旅行のガイドに二時間の待ち時間を喰らい(結局ガイドはこなかった)、バスの運行票を四苦八苦して読み解きバスに乗り込むまでに一五分の時間を掛け、見知らぬ外国の地でフラフラとイカ墨ジェラートに釣られたインデックスと知らぬ間にはぐれた上条は、元ローマ正教、現イギリス清教の修道女(シスター)オルソラ=アクィナスとの再会を経て、彼女の家まで引っ越しの手伝いに訪れていた。オルソラの住んでいた家には上条より先にオルソラに会い、家に招待されたインデックスとオルソラの引っ越しを手伝いに来ている天草式十字凄教の人達、それと上条も予想のしていなかった意外な人物が居た。

 

「あぁ、上条か。慣れない土地は苦労しただろ……」

「うおっ!?何で西崎が居るんだ!?」

 

 すっかり意気消沈と言った姿の西崎の様子に驚く上条。

 

「俺の親がちょっとしたお礼にイタリアの家族旅行を貰ってな」

 

 さっきまで随分振り回されたよ、と苦笑する西崎。そんな西崎を宥める様に、どこかで見たような風貌の少女が彼に寄り添う。金の長髪はポニーテールに纏められているが、元の身長が小さい為かそれでも腰までの長さになっている。変装目的なのか旅行客感を出したいのかは分からないがご丁寧にサングラスを着用しており、その素顔は伺い知れない。服装については白のカーディガンの上から水色のテーラージャケットを羽織り、水色のジーンズを着用している。年の頃は一〇歳くらいだろうか。どうにも少し前に似たような人物を見かけたような気がしないでもない。

 

「あぁ、こっちはレビィ。俺の親戚で今回の家族旅行の巻き添えを喰らった子供だよ。と言っても、俺も知らないような遠い外国の親戚らしいけど。両親の故郷がこの辺みたいだから、お人好しな二人組が一緒に連れてきたんだよ」

 

 上条の視線に気づいたのか、西崎が何処か疲れた様子で説明する。

 

「そういや、西崎のご両親は?今は一緒に居ないみたいだけど……」

「あぁ。あの二人は今回イタリア旅行をプレゼントしてくれた知人と会ってくるらしくて、今は別行動中だよ。そんなに遠くに居る訳じゃないみたいだし、用事が終われば直ぐに此処に来ると思うぞ」

 

 西崎の両親に関して、上条は西崎から聞いた話以上の情報を持ちえていない。西崎曰く、破天荒が擬人化した様な存在と言うが、実際にどんな人物なのかは少し気になる所である。

 

「と、ほら。話をすればやってきたぞ」

 

 西崎の言葉が終わると同時に、二人の人物が部屋に入ってきた。一人は人の良さそうな笑みを浮かべた少しダンディズムな男性。一人は生まれつきなのか少し目付きの鋭い女性だ。恐らくこの二人が西崎の両親だろうとあたりを付ける上条。

 

「や、隆二。父さんたちのお礼やら挨拶やらの用事は済ませてきたよ。そちらのレディ――」

「レビィだ、父さん」

「――おっと、ごめんね。まだ名前を完全に覚えられてなくて。それで、そちらのレビィさんと一緒に何をしていたんだい?」

「知ってて来たんじゃないのか……」

「あら隆二、父さんがこうなのは貴方も分かってるでしょう。理由が分からなくても取敢えず物事の中心に関わる人なのよ、この人は」

「母さんまで……」

 

 西崎が頭を抱えて唸る。が、少ししたら何かを割り切ったかの様な顔でオリアナの引っ越しの手伝いを二人に頼んでいた。

 西崎からのお願いを了承した二人の視線は、そこで今度は上条に向けられることとなった。

 

「いやぁ、君が上条君だね。うん、僕でも流れが読めないし分からない。君も中々に波乱万丈な人生を送ってそうだね」

「はぁ……え、西崎。これって俺褒められてるの?」

「殴りたければ殴っていいぞ」

「父さん、殴られるのは勘弁かな」

 

 初対面の大人から波乱万丈と称された人生を送っている上条は、その人生評価に素直に喜んでいいのか分からず困惑する。

 

「でも、良い目をしているわね、貴方。ハッピーエンドに向かって愚直に突き進むような感じとか、こだわりにうるさい頑固職人みたいな良い意志を持ってる目をしてるわ」

「……西崎、頑固職人って誉め言葉なのか?」

「遠慮なく殴っていいぞ」

「母さんもそれはちょっと遠慮したいわね」

 

 何とも距離感の掴めないコンビ。上条が西崎の両親に抱いた第一印象は、(おおよ)そその様なものであった。

 

   4

 

 オルソラの家で昼食と休憩をとった上条達が彼女の引っ越しの手伝いを終える頃には、日は既に沈もうとしていた。段々と薄暗くなっていく世界を尻目に、上条達はオルソラとの別れの挨拶を行う。これから先、彼らはそれぞれの時間を過ごす。上条達はイタリアの旅行を、オルソラはキオッジアの知り合いに別れの挨拶を行った後イギリス清教の下へ。

 

 事件が起きたのはその時だった。

 

 ガチン!という金属音が響いたと思った矢先、上条達のすぐそばの路面に何かが衝突した様な音がした。

 

(何だ、まるで銃弾でも飛んできたみたいな――)

「ッ!!とうま、伏せて!!」

 

 状況を呑み込めない上条に向かってインデックスが 咤(しった)する。彼女の危険を孕んだ声色に、思わず上条は反射的に身を屈める。

 

「サムハラが役に立ってよかったんだよ……!」

(サムハラ……飛び道具除けの護符……まさか、狙撃か!?)

 

 インデックスの言葉でようやく敵襲を理解した上条。

 

(だとすると狙いは何だ……?インデックスの保有している魔導書の知識?学園都市大能力者(レベル4)の西崎?ローマ正教といざこざのあったオルソラ?くそっ、分からねぇ!)

 

 上条の思考の間も時は流れ続ける。ガチン!という金属音が再度鳴り響き、空気を割きながら直進した何かが、オルソラを目前に不自然にその軌道を曲げられ何もない路面を削る。

 

「狙いはオルソラか!!」

 

 幸い旅行前に西崎から貰っていた護符のお陰で上条以外に対する狙撃が成功することは無い。

 

「狙撃の軌道は大体さっきので見えた!後は狙撃手を――」

「いやいや、それには及ばないよ上条君。そちらは先程母さんが片付けた」

「え?」

 

 西崎の父親に言われて初めて上条はその場に居る人物が一人減っている事に気付く。西崎曰く、彼の母親は超人的な身体能力を有しているので、それを存分に発揮したのだろう。

 

「おい上条、ボサッとするな!後ろだ!」

 

 西崎の言葉に上条が慌てて後ろを振り返る。そこには運河から奇襲を仕掛けようとしていた神父服の男性の姿があった。その手には槍と言う時代錯誤な武器が握られていた。

 

「ッ!?」

 

 時代錯誤とは言え人一人を容易に殺せる武器を持った相手に一瞬驚く上条。その隙を逃すまいと上条に向かって槍を突き出す男。

 

「ふんッ……!」

刃の切れ味は己へ向かう(ISICBI)!」

「『君は足を滑らせる』」

 

 西崎の能力により巻き起こった小規模の衝撃で男の槍がその腕ごと上方へ弾かれ、インデックスの強制詠唱(スペルインターセプト)によってその槍が輪切りになり、西崎の父親の言葉通り、男は運河の水によって滑りの良くなった地面に足を滑らせる。

 

「おぉぉおおお!!」

 

 その隙を上条は逃さない。鋭い踏み込みで相手の内まで滑る様に入り込むと、右の拳を天に向かって振り上げた。上条のアッパーは男の顎を見事に捉え、渾身の一撃を喰らった男はそのまま地に沈んだ。

 

「よし、これで全部か……!」

 

 遠方からの狙撃部隊は西崎の母親が制圧し、奇襲を仕掛けてきた男も今ここで上条が仕留めた。次にやることは、目の前に倒れている人物からオルソラを襲った目的を聞き出す事だろう。

 

 但し、それはここで襲撃が終わればの話である。

 

 瞬間、ドガァッ!!という轟音と共に、運河を割って氷山が現れた。

 

 いや、正確に表現するのであればそれは氷山では無い。それは()()()()()()()だった。どう見ても運河より大きな幅を持ち、どう見ても運河より大きな高さを誇るその船は、しかし物理的な問題を無視してその船体を露わにしていく。それは当然の様に現実を圧迫し、その巨体で持って運河の左右の道路を削り取り、停船していたボートを叩き砕き、溢れる水を陸地へと押し上げ、河沿いの建造物へと叩きつける。

 

「ッ!上条、アクィナス!!」

 

 空想に塗りつぶされたかの様な、しかし依然として立ちはだかる確固たる現実に意識を奪われていた上条は、西崎の呼びかけを認識した直後、唐突な圧迫感と、次いでジェットコースターで急降下したかの様な浮遊感に襲われる。

 

「なっ、何だこりゃあ!?」

 

 慌てて地面を確認すると、そこにあったのはここ数時間で見慣れてきたイタリアの路面では無く、淡く光を反射する氷の床であった。どうやら運河を裂いて押しあがってくる船体に掬われるような形で船の上に来てしまったようだ。周囲を確認すると傍には同じように掬われたのかオルソラの姿があった。

 

「待ってろ上条、アクィナス!今助けに――チィッ!!」

 

 西崎がインデックス達を集めて上条とオルソラの救出に動こうとした時、ドンッ!!という鈍い破裂音が立て続けに周囲に響き渡った。それに呼応するように空気の破裂する様な音が幾つも響く。上条が船の縁まで行き、数十メートル下の光景を確認すると、そこには苦い顔をした西崎達とその周辺に転がる無数の氷の砲弾と思わしき物体の姿があった。氷の船からの砲撃により身動きが取れなさそうな西崎達の姿に今直ぐ船から降りる事が無理だと判断した上条は、オルソラを連れて船の内部を散策することにした。直後、氷の船が橋にぶつかり、上条が密かに冷や汗を掻いたのは内緒である。

 

   5

 

 『アドリア海の女王』にそれを補佐する『女王艦隊』、そしてアニェーゼ=サンクティスを生贄として発動する『刻限のロザリオ』。生贄となることを受け入れたアニェーゼとそれを許容できないシスター・ルチアとシスター・アンジェレネ。紆余曲折あってそれらの情報を知った後、半ば溺れる様に船から脱出し天草式十字凄教の保有する上下艦に救出された上条、オルソラ、ルチア、アンジェレネの四人は、天草式十字凄教とプラスアルファのインデックス、西崎、西崎の両親、西崎の遠縁の子を交えての意見交換と情報の整理を行っていた。

 

「それで?結局そのアニェーゼ=サンクティスっていう人を助けることになったのかしら?」

 

 情報の整理を行った一面に対してそう言葉を放ったのは、意外にも西崎の膝の上に座って子供の様に彼から食事を食べさせて貰っているレディリーからのものだった。

 

「へぇ、意外かも。目の前であれだけの出来事があって、今も凄い話をしてたのに、それを難なく受け入れられるんだね」

「あら、意外?でもね、不思議なことって言うのは案外近くに転がってたりするものよ。それにそういうのがあるっていうのは学園都市の能力者を見てれば何となく分かるしね」

「む。学園都市と今回の出来事は同じじゃ無いんだよ」

「私からすれば同じようなものよ。どっちもおとぎ話と同じような不思議なものの一つよ」

 

 あーんと口を開けるレディリーと、そのレディリーの口に食事を運ぶ西崎。

 

「話を戻して、だ。刻限のロザリオの起動の為にアニェーゼ=サンクティスが消費されるのであれば、今回の件にはある種のタイムリミットがあると見ていいだろう。即ち――」

「ここで早急に結論を決めなきゃ、助けられるもんも助けられないって事よな」

 

 ま、ウチとしては答えは出たも当然なのよと呟く天草式十字凄教のリーダー建宮斎字(たてみやさいじ)

 

「上条はどうだ?」

「俺は助ける。確かにアニェーゼとは一度やり合ったさ。けど、だからと言ってそれはあいつを見捨てる理由にはならない。助けられるって言うんなら、俺はアニェーゼを助けたい」

「それじゃ、決まりなのよな」

「え?」

 

 建宮はどうだと聞こうとした上条の言葉を遮って、建宮がウィンクする。

 

「おいおい。俺ってばそんなに薄情に見えたかねぇ。これでも俺ら天草式十字凄教は、()()女教皇(プリエステス)をトップにしてる集団なのよ」

 

 世界に二〇人と居ない聖人であり、同時に天草式十字凄教のトップでもある神裂火織(かんざきかおり)。彼女の魔法名は『Salvare000』。その意味は――

 

「『救われぬものに救いの手を』ってね」

 

   6

 

 そういう事なら少し手伝いが出来る。作戦説明を終えた建宮に対してそう発言したのは西崎だった。彼はどこからか水盤と蝋で作られた女王艦隊とアドリア海の女王の像を取り出すとこれで援護をすると言い始めた。その際にインデックスが西崎の魔術について語ろうとしたが、長くなりそうだったので上条は全力で止めた。因みに、西崎の両親は遊撃に徹して味方のサポートを行うらしい。

 

「では、作戦を開始する」

 

 建宮のその一言で、上条達は各々の役割を果たすべく行動を開始した。

 

   7

 

 その襲撃を最初に感知したのは索敵に特化した四三番艦だった。そこに常駐しているシスター・アガターは、氷で出来た幾つもの羊皮紙を模した板によって異変をいち早く検知した。

 

「ビショップ・ビアージオ!」

『聞こえている。状況の確認を』

 

 空気が震え、そこに居ない司教の声が氷の船に反響する。

 

「アドリア海南部に展開する第二五から三八番艦、全て沈没しました!」

『何?どの様な方法だ?』

「詳細は不明です。相手には能力者も居たとの報告を受けていますが、十中八九魔術によるものかと」

『だろうな』

「地図で見た限りでは沈没の前兆などは特に見受けられませんでした。本当に一瞬で沈んだとしか言い表せません――と、この反応は!?」

『追撃か?』

「恐らくは。物凄い速さで女王艦隊に近づいてくる反応があります!――嘘、これは人間!?」

 

 地図の上を高速で移動する光点を見て驚きを露わにするシスター・アガター。さもありなん、それが事実であるならば――

 

「この人間、()()()()()()()――!?」

『何!?それが確かであるなら敵勢力は聖人クラスの戦力を抱え込んでいることになるぞ!!いや、待て。確か極東にそのような逸話を持つ者が居たはずだ』

 

 名を()()四郎時貞。海の上を歩いたとされる逸話を持った、天草式十字凄教の始まりの人物である。()()()()()()――

 

『しまった、神裂火織!!こちらに来ていたのか!!』

 

 これこの様に、いとも容易くど壺に(はま)る。他人に用意された思考のレールに沿われ走らされた彼らの思考は、容易に手玉に取られる。

 

「二、三……推定神裂火織によって次々に艦が沈められて行きます!」

『チッ!残存戦力をアドリア海の女王周辺に集める様に通達せよ!このまま各個撃破を続けられたら此方が潰されかねん!!』

 

 シスター・アガターはビアージオ=ブゾーニの言葉に了承の返事を返そうとして、突如鳴り響いた爆音の数々に意識を奪われる。慌てて氷の地図を確認した彼女が焦った顔で司教に報告する。

 

「複数の火船が女王艦隊に向かって特攻してきています!!」

『何ィ!?』

 

 追撃に一切の容赦はなく、相手の出鼻をくじかせる。対処困難な複数の方法による襲撃によって生じる一瞬の意識の空白、その隙間を縫って更に相手を痛めつける。

 こうして、天草式十字凄教率いる上下艦は特に損害を受ける事無く、アドリア海の女王に艦体を付けることに成功した。初戦は上条達の勝利に終わった。

 

   8

 

 アドリア海の女王、その巨大な甲板に降り立った上条達を迎えたのは女王艦隊よりも更に芸術性に磨きをかけた装飾の数々だった。周囲を見渡したが、見張りの人員などは居ないようである。

 

「占めたな、今がチャンスだ。お前さんらはそこらの扉から中に入ってアニェーゼの救出を頼んだのよ。俺らは残った女王艦隊の牽制に行ってくるんでね」

 

 言うが早いか建宮達天草式のメンバーはアドリア海の女王に接舷していた上下艦に乗って他のメンバーの応援へと向かっていった。残された上条達は一面水色の風景をぐるりと見渡し、内部への侵入口を探す。

 

「任されたって言いたいところだけど、問題はどうやって中に入るかだよな。俺の右手が効くんだったら何処からでも入れると思うんだけど、女王艦隊じゃあ壁を触っても床を触っても何も起きなかったし……」

 

 言いながら近くの壁に右手を当てる上条。そんな彼の予想に反して、その右手はアドリア海の女王の壁を立方的に切り抜いた。呆気にとられる上条に向かってインデックスが話しかける。

 

「ブロック構造だね」

「ブロ…何て?」

「ダメージを最低限に抑える為に、必要最低限な箇所を切り取る様にしてるの」

「ま、ルービックキューブみたいにこの船全体が魔術によって目まぐるしく変化しているという事だろう。だから、お前の右手も効いた」

「……成る程?」

 

 兎にも角にもアドリア海の女王に右手が効くのが分かったのは朗報である。幻想殺し(イマジンブレイカー)が効くのであれば、ひたすら床を打ち消して下に進んでいくという手や壁を打ち消しながら直進するという手も使えるのだ。複雑に入り組んだ内部構造に惑わされずに済むというのは、利点としては大きいのでは無いだろうか?

 

「ま、でもそう一筋縄ではいかなさそうだけどな」

 

 上条達が甲板に上がったのを敵も確認したのか、それとも艦内に入ろうとする不当な侵入者を艦が感知でもしたのか、周囲の氷より次々と氷の鎧が生みだされていく。その数は少なく見積もっても二〇を超える。女王艦隊内で接敵した時に対象を右手で破壊出来ることは確認済みだが、如何せん数が多い。とてもじゃないが、上条一人では此処に居る仲間をカバーしきれない。冷や汗を掻きながら臨戦態勢をとった上条が右手を強く握りしめ、敵を見据える。上条達の視線の先で、生みだされた氷の鎧達はそれぞれの武器を手に取り上条達に襲い掛かろうと身構え――

 

 バンッ!!!!という複数の衝撃音が場に響き渡る。

 

 一瞬であった。あれ程までに威圧感を放っていた数々の敵は、(おびただ)しい程の数の衝撃を一瞬の内に浴びせられ、無数の残骸となって甲板一帯に散らばっていった。

 

「さ、行くぞ」

 

 音の主は気兼ねもせず、上条達に艦内への侵入を促す。大能力者(レベル4)の能力の高さ、そして恐ろしさを再度認識し直して、上条達はアニェーゼ奪還の為に艦内へと乗り込んだ。

 

   9

 

 アドリア海の女王内部に侵入した上条達は、アニェーゼを発見する確率を上げる為、二手に分かれて艦内の捜索を開始した。内、上条と西崎の二人組に関しては大々的な立ち回りをして敵の注意を引く陽動の役割も担っている。

 

「おらっ!!」

 

 今も通路に対して落下してきた通路の天井を上条が右手で立方的にくり抜き、西崎が大規模な衝撃を放つ事で粉々に砕いている。陽動としての役割は十分に果たせていると見てもいいだろう。追撃として通路の壁から氷の鎧が生成されるものも、それらも西崎の能力によって一瞬で砕け散り、通路に残骸を撒き散らす。

 そんな彼らにしびれを切らしたのだろう。上条達の進む通路の先にその男は現れた。見る者によっては悪趣味と思える程の豪奢な法衣に身を包み、何十という十字架を見せびらかす様に全身に飾り付けた壮年の白人。その男は忌々しい物を見るような視線を上条と西崎に向けた。

 

「その右手」

 

 男が目を付けたのは上条の右手だった。アドリア海の女王に掛かった魔術を無力化するそれを見ながら吐き捨てる様に男が言う。

 

「承服出来ないな。主の恵みを拒絶するその性質もそうだが、何よりそれを武器として振り回すことが理解出来ないな。それに比べればそこな学園都市の能力者など些細な問題に過ぎないまでもある」

 

 挑発ともとれるその言葉を無視して、上条は半ば確信を抱きながらも目の前の男に質問する。

 

「テメエがビアージオか」

「いかにも」

「答えろ、アニェーゼは今何処に居る」

 

 ビアージオが両腕を胸の目の前で交差する。

 

「異教の猿に――」

 

 その手にはそれぞれ十字架が一つずつ握られていた。

 

「――答えるとでも?」

 

 ビアージオの両手に握られた十字架が上条に対して軽く放り投げられる。それは周囲の光を反射させながら宙を舞い――

 

「十字架は悪性の拒絶を示す」

 

 ゴッ!!と上条の目前で急激に膨張した。

 

「オラァッ!!」

 

 叫び声と共に自身の右手を迫る十字架に叩きつける。右手に触れた十字架はその特性を消失させ、元の大きさに戻り破壊される。しかし放たれた十字架の数は二つ。今しがた対処した十字架とは別に、巨大な十字架が上条を押し潰さんと迫りくる。

 が、ドパンッ!!という衝撃音と共にその十字架も粉々に破壊される。粉々になった十字架だった物を見た西崎が納得した表情を見せる。

 

「成る程。十字教における十字架に関するエピソード、そこから抽出されたエッセンスを利用している様だな」

「どういうことだ西崎」

「噛み砕いて言えばあの十字架には複数の攻撃方法があるって事だ。質量特化だったり速度特化だったりといった具合にな」

「成る程、分かった!!」

 

 言っている傍からビアージオが十字架を投げる。放たれた十字架はその大きさこそ通常と同じであったものの、飛来する速度とその重さは先程のただ巨大であった十字架以上であった。

 

「うおっ!?」

 

 咄嗟に突き出した右手が腕ごとバチン!!と跳ねる。十字架の破壊こそ出来たものの、危うく脱臼する所であった。

 

「チッ。刻限のロザリオの発動があると言うのに、こんな所で足止めを喰らうとは。これ程時間が掛かるとは思ってもみなかった」

「生憎、しぶとさには定評あるんでな!!」

 

 通路を埋める様にして迫る巨大な十字架の内一つを右手で打ち消す。他の十字架が西崎によって残らず破壊される。そんな巨大な十字架を隠れ蓑にして放たれていた凄まじい速度の十字架を受け流す様にして右手で触れる。多少の反発こそあったものの、正面から打ち消すよりかは遥かに楽に素早い十字架を破壊出来た。上条の両脇を通り過ぎる様に流れて行った十字架は西崎が破壊した。

 

「ビアージオ、刻限のロザリオを使って何をするつもりだ!!」

 

 通路の床がせり上がり、上条の前に氷壁を造り出す。悪寒を感じて身を屈めると、氷壁を貫いて素早い十字架が先程まで上条の上半身があった場所を通り過ぎていく。それを視界に収めてから氷壁を右手で殴りつける。上条の右手によって立方的にくり抜かれた氷塊がビアージオ目掛けて飛翔するが、彼の繰り出した巨大な十字架の前に氷塊が砕け散る。こちらも負けじとその巨大な十字架を西崎が衝撃によって破壊する。

 

「言うつもりは無い。と言おうと思ったが、惨めに足掻く君らの姿に同情したよ。せめてもの情けに教えてやろう」

 

 通路の両壁が西崎の衝撃によって削られ、氷の破片が宙を舞う。それを目くらましに上条がビアージオに向かって走る。ビアージオはそんな上条の様子を気にせず、懐から十字架を取り出し掲げる。

 

「シモンは『神の子』の十字架を背負う」

 

 瞬間、天地が逆転した。

 

「――――あ?」

 

 上条が自身が氷の通路に横倒れになっていることを理解するまでに数秒を要した。そんな上条の様子を見てビアージオが満足げな笑みを浮かべる。

 

「ふむ。通路の移動によってあの能力者も引き離せたことであるし。ここは一つ、哀れな異教徒に真実を説いてやろうじゃないか」

 

 カツカツジャラジャラと音を立てて上条の周りを歩くビアージオ。

 

「そもそもこの艦に備わっている大規模攻撃術式である『アドリア海の女王』とアニェーゼ=サンクティスを消費して発動する『刻限のロザリオ』は別々の術式だ」

 

 ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべるビアージオ。

 

「元々この艦にあったのは『アドリア海の女王』のみだった。『刻限のロザリオ』は今回の作戦を行うにあたって()()が組んだ即興の術式だ。まぁ、()()の性質上この術式を()()自身が扱う事は出来ないのだが」

()()……?この一連の事件の裏にまだ誰か黒幕が居るって言うのか……?)

「『アドリア海の女王』は大規模な攻撃術式だが、その術式の成立の経緯からしてヴェネツィアに対してしか使用できないという難点があってね。その難点を解消する為に組まれたのが『刻限のロザリオ』だ。この術式によって難点の解消された『アドリア海の女王』は世界中どこ対しても使用可能な大規模攻撃術式となる訳だが……」

 

 あぁ、そう言えばと言って上条に対して嫌な笑みを浮かべるビアージオ。

 

「つい先日、リドヴィア=ロレンツェッティによる重大な任務が阻止されたのだが、君は彼女の任務の内容が何か知っているかね?」

 

 上条の身体から血の気が引いていく。

 

(まさか…コイツらの目的は…!?)

「そう、我々の目的は『アドリア海の女王』による学園都市、ひいては科学サイドの破壊だよ」

 

「そうか、それが聞ければ十分だ。アニェーゼ=サンクティスも向こうの人員が保護したからお前の役割は終わりだよ、ビアージオ=ブゾーニ」

 

 ゴバッ!!という豪風が吹き荒れ、次の瞬間には辺り一面は更地となっていた。複雑な艦内の通路を仕切る壁と言う壁が破壊され、見渡しの良くなった通路の中に、その人影は立っていた。その人影を視認したビアージオが歯を食いしばる。

 

「おのれ、能力者……!!」

 

 ビアージオの憤怒の感情を無視し、その人影――西崎は上条に話しかける。

 

「上条、細かい理屈は考えなくていい。()()()()()()()()()()()だと考えれば良い」

 

 西崎の言葉に上条がハッとして何とか右手を体に触れさせる。三沢塾でアウレオルスによって姫神秋沙が殺されそうになった時と同様に、上条の右手はその異様な重圧を取り除いた。

 

「ァアッ!!」

 

 声にならない叫びを上げながら立ち上がる上条。ビアージオはそんな彼の姿を目にして後退する。

 

「忌々しい異教のサルめ!つくづくお前達は私を苛立たせるのが得意のようだなァ!!」

 

 ブチブチと両の手で握れるだけ握った十字架を無作為に周囲へばら撒くビアージオ。

 

「――十字架は悪性の拒絶を示す!!」

 

 無数の巨大化した十字架が広大になった通路を埋め尽くす。

 

「――十字架は悪性の拒絶を示す!!」

 

 次いで巨大化した十字架の隙間を縫うように、或いは巨大化した十字架を貫いて凄まじい速度で十字架が飛来する。

 

「らぁっ!!」

 

 最初に自身に向かって飛来した小さな十字架の軌道を上に逸らす様に右手を振るう。軌道を逸らされた十字架は上条の髪を掠る様に進み、砕け散る。

 次いで飛翔した巨大な十字架の残骸を右手を大きく振るって破壊し、その足を進める。

 二重に重なった巨大な十字架を、その脇を通り過ぎる様にして回避し、追撃として放たれた小さな十字架を身を低くして躱す。

 そのままバネの様に跳躍し、巨大な十字架を横から殴りつけて移動させ、小さな十字架と衝突させることで小さな十字架の起動をずらす。

 上条目掛けて飛翔する複数の小さな十字架を横に跳ぶことでやり過ごし、跳躍先にあった巨大な十字架を右手で破壊する。

 

「シモンは『神の子』の十字架を背お――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 上条の右の拳が、ビアージオの幻想を打ち砕いた。

 

   10

 

「おや、どうしましたかフィアンマ。貴方、不安要素を潰すとか言って学園都市に行ってきたのでは無かったのですか?」

 

 緑の法衣に身を包んだ人物が赤のスーツに身を包んだ人物に声を掛ける。赤いスーツの人物――フィアンマはその言葉に顔を(しか)める。いつも泰然自若(たいぜんじじゃく)な表情を浮かべている彼にしては珍しいことであった。

 

「失敗だ。俺様としたことが予備プランごと磨り潰されたよ。こんな経験は初めてだ」

「おや、それは珍しいですね。貴方の右手で対処出来ない事態が発生したと?」

「……忌々しい事にな。奴自身は手の内を明かさなかったが、よりにもよって元ローマ正教の錬金術師を引っ張ってこられた」

 

 それに、と呟いてフィアンマが自身の右手に視線を移す。

 

()()()()()()()()()()。倒すべき敵とも、従うべき主とも、嫌悪する相手とも、親愛な友ともつかない……いや、或いはその全てとでも認識していたのか?」

「ほう、それは興味深いですねぇ。貴方の右手が正常に働かないと言う事は、もしや()()()()()になるのでは?」

「恐らくは。あれは十字教のみで説明できる力ではない。正確な数は分からんが、他の神話形態に属する何がしかの性質でも有しているのだろう」

 

 緑の法衣の人物はフィアンマの言葉に興味深く頷く。

 

「それで、もう一人の方はどうなっている」

「えぇ、そちらについては抜かりなく。先程彼女が教皇にサインさせましたので」

「なら良い。あの右手を回収する状況にあの不安要素がどう影響してくるかが不安だが、なってしまったものはどうしようもない」

「因みに彼女が失敗した場合、次は私が出ても?あの右手には個人的な興味もありますし」

「好きにするといい」

 

 フィアンマが暗闇に消える。そんな彼の姿を確認して緑の法衣の人物も暗闇に姿を消す。

 ローマ正教の最暗部。その闇が学園都市に迫ろうとしていた。




月姫リメイク楽しんできます。
因みに12・13巻も9・10巻と同じ様に一話に纏める予定です。
今度は投稿までに一年掛からないよう気を付けます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。