黄金の魔術師   作:雑種

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お待たせ!(約1年振り)禁書SSしかなかったんだけどいいかな?

 魔術堂書店からサークル無極庵の本を大人買いして読んでたんですが、誤字脱字はあるものの大体30~40ページ位で内容がそれなりに纏まってて良かったです。何が良いって参考文献に魔女の家BOOKSが含まれている本がある事ですね。魔女の家BOOKSの本はもう絶版してるので、Amazonとかで検索してみると分かると思うんですが、手に入れようと思うと値が張るんですよね。
 今年は完訳金枝篇を全巻買って読みたいですね。あれもお高くはありますが。


黄金の魔術師(旧約12・13巻)

 曇天(どんてん)の空が視界一面に映った。くすんだ灰色の分厚い雲からは、今にも雨が降り出しそうな気配を感じる。まるでそれが自分達の未来を示しているかの様で、こんな状況だというのに薄ら笑いを浮かべてしまった。

 隣を見る。そこには自分の大切な存在が、自分と同じ様に地に伏していた。いっそ即死していた方が幸せだったと思う程に自分も彼も酷い状態だった。そこまで認識してから、自分達の身に何が起こったか、ぼんやりとだが理解した。

 

”最新鋭の設備だの、何重もの安全装置だの(うた)っておいて、結局コレって訳?”

 

 遊園地アトラクションの事故。全く無いという訳では無いが、テレビの向こうの出来事だと思っていたし、こうして自分達がその被害者になるまでは自分達とはまるで関係の無い話だと高を括っていた。

 

”痛い”

 

 身体を動かすことは愚か、息をするのでさえ精一杯という経験など、生涯に於いてそう何度も経験する事では無いだろう。少なくとも自分は先程までそう思っていた。

 

”……人が”

 

 自分達の周りに駆けてくる複数の人影の姿を視認し、それらが救急隊員であることを認識する。そこで一度、自分の意識は途切れた。

 

”お姉ちゃんを助けて下さい”

 

 医者から告げられたのは、自分達二人分の輸血液を用意できないという事実上の死刑宣告であった。自分達の血液型は非常に珍しいものであり、病院ではもって一人分までしか用意できないと。その言葉を聞いたあの子は、迷うことなく医者に対してそう言った。

 暴れたくとも暴れられない自分を置いて、残酷にも時間は進み――そして、自分だけが生き残った。

 

”――どうして、あの子は死ななければならなかったの?”

 

 疑問が胸を締め付けて離さない。

 

”――どうして、事故なんて起こしたの?”

 

 胸の奥から湧きあがる激情を抑えきれない。

 

”――どうして、科学(オマエ)は私から全てを奪っていく”

 

 悲嘆、激怒、憎悪。感情は移り変わっていく。

 

”――にくい”

 

 私からあの子を奪った科学が。

 

”――ニクイ”

 

 虚言と妄想で塗りたくられた安全の看板を掲げる科学が。

 

”――憎い……!!”

 

 そんな科学を妄信する人々が……!!

 

「覚えてろ。どんな手を使ってでも、私は科学(アンタら)をこの世から一つ残らず消し去ってやる……!!」

 

 たいせつ な ひと の おもい は ついぞ とどかぬまま。

 おんな は えんさ の ほのお に み を ささげ。

 こうして ひとり の ふくしゅうき が たんじょう したのでした 。

 

   1

 

 九月三〇日、一〇月の衣替えを控えた今日この日は、学園都市の全学校が午前中授業となる極めて(まれ)な日である。それは上条当麻(かみじょうとうま)の様な無能力者(レベル0)や低位能力者達の通う学校も、御坂美琴(みさかみこと)食蜂操祈(しょくほうみさき)の様な超能力者(レベル5)や高位能力者の通う常盤台(ときわだい)中学も例外では無い。大覇星祭(だいはせいさい)前に採寸した冬服を時間の空いた午後に受け取りに行くと言う行為の前に、貴賤は存在しないのだ。

 とは言っても衣替えで午後からバタバタと(せわ)しなく動く学生は二年生や三年生が中心であり、入学当時から体のサイズがあまり変化せずに入学時に購入した冬服をそのまま着用できる上条の様な一年生からすれば、本日は只の午前授業。学生の本分は勉強とは言うが、上条の今の本分は寮に大量に残っている素麵(そうめん)の処理である。面倒な授業とはさっさとおさらばして、終わりの無い素麺ライフからも今日で卒業したいものである。

 

「それで、お前の部屋にはあとどれくらいの素麺が残ってるんだ?」

「これでも結構頑張ってるし、追加の素麺とか送られてでもなければ段ボール一箱ぐらいだった気がするんだが……」

 

 寮の部屋が隣の西崎隆二(にしざきりゅうじ)と会話をしながら下校する。因みに寮の部屋の近さで言えばクラスメイトの土御門元春(つちみかどもとはる)も近かったりするのだが、土御門の場合、義妹やら魔術やら多重スパイの関係やらで忙しいのかあまり一緒に下校した経験は無かったりする。青髪ピアスに関しては同じ寮暮らしですら無かったりする。彼はパン屋に居候しているこの学園都市でも極めて珍しい人間だ。

 

「なら半分はこちらで貰い受けよう。丁度最近一回の食事量が少し増えたところだからな」

「え、何?お前ん所も居候とか増えたりしたの?」

「単純に食べ盛りなんだよ、年頃の高校生っていうのは」

「はぇ~」

「いや、お前もそこは同意しておけよ。最近は臨時収入も入ってるし食事環境だって改善されてるだろ?」

「確かに食事環境は改善されたけど、それ以上にトラブル続きでずっと動いているから上条さんは食事より消化の速度の方が上回ってる気がしますよ」

「それはご愁傷様」

 

 上条に向かって合掌する西崎だが、件のトラブルの幾つかは彼が上条の成長の為に誘発させた人的災害であったりする。そのことをおくびにも出さずに上条と普段付き合いが出来る辺り、彼の図々しさと言うか計算高さと言うか強かさの様なものが見て取れる様な気がする。

 

「いたいたこのいやがったわねアンタ!!」

 

 そんな代り映えしない平凡な日々の一ページを送っていた上条の耳に、ある一つの怒声が入り込んでくる。はて、こんな真昼間から喧嘩とは血気盛んな人もいるもんだなぁと他人事のように考える上条。そんな上条の耳に、またもや怒声が入り込む。

 

「なに年寄りみたいに俗世を微笑ましく眺めている気でいるのよこの()()()()()!!」

 

 おや、ツンツン頭とは自分の数少ない特徴の一つでは無かったかと思案する上条に向かって西崎がため息を一つ付きながら答える。

 

「上条、お呼びだぞ」

「…………ですよねぇ」

 

 現実逃避はそこそこに、怒声の主を見ようと後ろを振り返る。そこには名門常盤台中学の制服に身を包んだ短髪の茶髪の少女の姿があった。少女の怒りに呼応してか、その体の表面からは小さな電気が走っている。その姿は数多いる高位能力者達の中でも更に一握りのダイヤの原石。上条も能力だけは知っている超能力者(レベル5)第五位と並ぶ常盤台の双璧。超電磁砲(レールガン)の異名を持つ超能力者(レベル5)第三位。その名も――

 

御坂(みさか)美琴(みこと)――」

「何よその恐竜にでも出くわして絶体絶命の状態で辛うじて絞り出したかのような絶望の声は」

「いえ、何でもございませんですのことよ。それで学園都市第三位さんは一体如何様な用件でごの上条当麻めにお会いに来られたので?」

「アンタ、もしかして誤魔化すの下手?要件なんて一つしか無いに決まってるでしょ?」

「へ、へーー。因みに上条さんにはこれっぽっちも要件なんて無いんだけどなぁ」

 

 視線をウロウロと宙に動かし、冷や汗を流す上条。実は上条には美琴の要件に見当がついている。それは若気の至りによって美琴としたある賭けに関するものであり、上条にとっては時間の経過と共になぁなぁで流れて欲しかった約束でもある。

 

「罰ゲームよん♪」

「ガッデムッ!!!!」

「その言い回し、食蜂(しょくほう)にでも対抗してるのか?」

「ギャーッ!!気分の良い時にアンタ何てこと言うのよこのツリ目!!」

 

 ギャーギャーワーワーと騒ぐ学生一行。太陽が真上に輝く頃、こうしていつも通りに事件の導入はされるのであった。

 

   2

 

「素麺ね」

「素麺だな」

「良いわね、風流と言うのは。少し季節外れな気もするけれど」

「ここ一〇〇〇年で日本文化に触れる事も少なかったから新鮮で良いだろう?」

「そうね。麺類はヨーロッパで飽きる程ご馳走になったけれど、これはまた別ね」

 

 ちゅるちゅると細い麺を啜るのは、幼い頃に食したアンブロシアの実によって一〇〇〇年を生きてきた少女レディリー=タングルロード。少女の向かいに机を挟んで座る西崎は、対面の少女に対して湯掻いた素麺を次々に出していく。

 

()()()()、『()()()()』」

 

 西崎がローマ正教最暗部の名を出す。彼らが動いたという事実を端的に目の前の少女に開示する。

 

「そう。なら夕方までには帰らないといけないわね」

 

 対する少女は世界の暗部など知った事かと言わんばかりの自然体である。麺を啜る顔にも、箸を掴む手にも微塵も変化は見られない。動揺を隠そうとしている訳でも無く、只々少女にとってそれらは他人事であった。

 

「レディの為に創った位相のテストも兼ねての外出という事を忘れるなよ」

「分かってる分かってる」

「……本当に分かってるか?余り無茶をしないでくれよ」

 

 さもありなん。少女は今世界で最も安全な場所に居る。X座標とY座標が合っていながら、Z座標が絶対に合わない場所……それが今の彼女の居る場所だ。彼女の許可が無い限り、そもそも下の人間は上に居る彼女と対等な関係を築けない。そんな彼女が口元に笑みを浮かべながら言う。

 

「あら、大丈夫よ。私はただ、ある人とお話してみたいだけなのだから」

 

   3

 

 美琴との罰ゲームの前に一旦寮に戻った上条とインデックスの素麺を巡る言い争いや、土御門を踏まえた三人でのシチュー争奪戦などによって時間をとられた上条は、美琴との待ち合わせ場所に、待ち合わせ時間に遅れながらも現れた。そこは約束はなるべく守りたい上条、ドタキャンなどしない。

 そんな遅刻学生上条を連れて美琴が向かった先は地下街のとある携帯電話サービス店であった。

 

「アンタ、『ハンディアンテナサービス』って知ってる?」

「あれだろ、個人個人の携帯電話がアンテナ基地替わりになるっていう奴。俺にはよくわかんないけど。で、それがどうした?」

「今、その『ハンディアンテナサービス』をペア契約で受けるとゲコ太っていうマスコットのストラップが手に入るのよね」

「成る程。要するにそのペア契約っていうのをお前と一緒に俺に受けろと……」

「正解♪」

「そういやそれ、さっき西崎も言ってたけど誰か意識してんの?」

「してるわけないでしょあんな奴!!」

「いきなり理不尽!?」

 

 上条の何気ない一言によって激昂した美琴からズバチィ!!という音を立てて雷撃の槍が飛ぶ。それを上条が右の手で振り払う様に触れると、ガラスの割れたような音と共に雷撃の槍が消失する。幻想殺し(イマジンブレイカー)と呼ばれるソレは、上条の右手のみに作用するあらゆる異能を打ち消し、世界を正常化させる摩訶不思議な能力だ。

 

「はいはい、上条さんはお前とペア契約を結べばいいんでしょう?」

「そうそう、それで良いのよ」

 

 所で店ののぼりを見るとこのペア契約は男女限定と書いてあるが、こういうのは普通恋人同士とかがするものでは無いだろうかと上条は思ったが、それを口に出すとまたもやいらぬ怒りを買いそうなのでここはグッと堪える事にした。

 尚、この後ペア契約の書類作成の為に上条と美琴のツーショット写真を求められ、それを巡ってひと悶着あったのだがそれはご愛嬌。

 

   4

 

 時刻はもう午後四時を回っていた。携帯電話の契約手続きというのは思いの外時間が掛かるものという認識を脳に刻みつけた上条は地下街の小広間のベンチで一人休憩をとっていた。因みに美琴とは今は別行動である。彼女は今ペア契約手続き登録完了手続きとやらで携帯電話サービス店に引き返している。因みに上条は登録完了手続きが長くなりそうだと踏んで携帯電話サービス店から抜け出してきて今ここに居る。

 近くの自販機で買ったお茶を飲んで一息つく。今日は午前授業で午後からは寮で素麺を消化しつつまったりした一日を……と思っていたのだが、毎度の事ながら、どうやら彼の平穏はそう簡単には訪れないらしい。

 

(可笑しい。午後からは休みの筈なのに、逆に疲労が蓄積している気がするぞ……?)

 

 こんな日常が続くといつか碌な休憩も無く馬車馬の如く働かされる気がしてならない上条である。胸に一抹の不安を掲げ、今日も上条は生きる。そんな風に将来について考えていた上条の目に美琴の姿が映り込む。

 

「もう登録完了手続きってのは終わったのか?」

 

 上条の問いに美琴は答えない。また何か怒らせたかと不安に思う上条に向かって美琴が口を開く。

 

「あ、あの。このミサカはいつもゴーグルを付けている方のミサカです、とミサカは目の前の人物の認識を改めさせます」

「もしかして、御坂妹?」

 

 上条の問いに、今度は小さく頷いて肯定を示す御坂妹。彼女の頭には、いつも付けている特徴的な暗視ゴーグルが備わっていなかった。そんな状態の彼女は、一見美琴と見分けがつかない。それもその筈、彼女はとある実験の為に御坂美琴の細胞を使って造り出された二万人のクローンの内の一人だからだ。

 

「所でいつも付けてた暗視ゴーグル、どうしたんだ。っていうか、ゴーグル付けてないと本当に美琴と見分け付かないな」

「ミサカ達はお姉様(オリジナル)のクローンなので、似るのは当たり前ですとミサカは至極当然の感想を述べます。それとミサカの胸位の大きさのミサカを見ませんでしたかとミサカは話題を露骨にずらそうとします」

「話題をずらすって言っても良いのか……?」

 

 ”それにしても小さいミサカ……?”と考える上条の反応を見て、御坂妹は上条が打ち止め(ラストオーダー)の逃走先を知っている可能性を排除した。

 

「率直に言うと、ミサカは小さいミサカにゴーグルを盗られてしまったのです、とミサカは報告します。あれが無いとミサカはお姉様(オリジナル)との区別がつかないので、早急にゴーグルを取り返さなければいけないのです、とミサカは同情を誘ってみます」

「うーむ。よく分からんが、とにかくお前と美琴の見分けがつくようになれば良いんだな?」

「はい。その為にもあのクソ野郎からゴーグルを奪還する必要がありますとミサカは気合を入れます」

「それなら、ゴーグルを取り戻すのとは別にいい方法があるぞ。まぁ、今の手持ち的にそこまで高い物は買えないけど、それでも無いよりはマシだろ」

「?」

 

 相変わらず無表情な御坂妹に対して、上条は近くにあるアクセサリーショップを指さして提案した。

 

「ネックレス、買ってやるから付いて来いよ」

 

   5

 

 地下街に足を踏み入れる。瞬間、照り付ける眩しさはなりを潜めた。代わりに少しの薄暗さが身を包む。あれだけ外を照らしていた陽の光も、此処には届かない。ライトアップで明るく照らされてはいるものの、やはり此処の本質はこの薄暗さにこそあるのだろう。

 地下街は雑踏を極めていた。道行く人々はその大半が学生であり、大人の姿は其処まで見受けられない。それもその筈、今日は衣替えの季節という事で学生達は半日授業の日程だ。午後からフリーになった若者達の思考など、大雑把に分類すれば寮内で一日を費やすか外で遊ぶかの二択位なものだろう。

 人々の賑わいも、大人達の商いも、それら全てを雑音(ノイズ)分類(カテゴライズ)し、遮断(シャットアウト)していく。残ったのは、静かに(しげ)った華の街だ。

 

「……」

 

 辺りを見渡し、道行く人々の中から見知った顔を探す。が、やはり目に付く範囲にお尋ね者の少女の姿はなかった。溜息を一つついて、杖をつきながら雑踏に向かって歩を進める。歩みは非常に緩慢だが、それは周囲を警戒しての事である。自身も、自身の探しているお尋ね者にも多くの敵が居る事を彼は弁えている。能力を十分に使えない現状、自身が不意打ちでアッサリ殺される可能性だって十分にある。ましてや高位の能力を有していない少女に関しては殊更に。

 

「面倒くせェ」

 

 今日一日だけでも様々な出来事があったが、その一日を締め括る最後にして特大の厄介事が下位個体と追いかけっこしている少女の捜索になるのは予想外である。どうにも少女は裏社会に於ける自身の重要性というものを余り理解していない節がある。子供らしいと言えばそこまでだが、それに付きまわされる身にもなって欲しい。

 

 

「御機嫌よう」

「あン?」

 

 

 その少女とあったのは、そんな時であった。

 

   6

 

 地下街に入って直ぐの所に建っているファストフード店のオープンスペース、ズラズラと並べられたテーブルの一角に腰掛けながら、一方通行(アクセラレータ)とその少女は対面していた。

 

 ”少し貴方と話してみたい事があって”

 

 そんな誘いを受けた彼は、少女が用意したソーサラーと紅茶の入ったティーカップを片手に面倒臭そうな態度を隠しもせずに少女からの言葉を待つ。対する少女も彼と同じ様にティーカップに注がれた紅茶を一口飲んでから、その透き通った碧い瞳で彼を見つめた。奇しくもその瞳の色は彼の瞳の色とは真逆の彩色であった。

 

()()から貴方の話を聞いてから、貴方にずっと尋ねたいと思っていたことがあったのよ」

 

 ”今まではその機会すら無かったのだけれど、つい先日から自由に動けるようになったのだし、折角だから”と。少女は目の前の人物が学園都市の能力者の頂点に立つ存在だという事を気にも留めていない様に振る舞う。

 

「話が逸れたわね。私が訊きたいのは欠陥電気(レディオノイズ)の事」

「――あン?」

 

 少女の口から出た単語は、表の雑踏の明るさに似付かわしくない単語だった。同時に、それは彼にとって忌むべき過去であり、どうやっても贖いきれない罪の象徴でもあった。

 

絶対能力(レベル6)進化実験、だったかしら?そこで凡そ一万もの軍用クローンを殺害した貴方にこそ訊きたいのだけれど」

「……」

 

 首筋のチョーカー型電極に手を伸ばす。あの悪夢の様な実験を知っている人間に碌な人間は居ない。例えソレが少女の姿形をとっていたとしても、少しでも癇に障れば彼は殺意のスイッチを入れるだろう。

 少女の口が開かれる。彼は首筋のスイッチに指を伸ばし――

 

「彼女達の最期はどうだったのかしら?悲しんでいたの、泣いていたの、痛がっていたの、それとも――怒っていたの?」

 

 その指が止まる。思考が急激に冷めていく。あれだけ煮えたぎっていた殺意も、冷水を浴びせられたかのように萎んでいく。

 

「――なンで。テメェにンな事を教える必要がある」

 

 喉が渇く。目が熱くなる。そんな些細な変化を悟られないよう、慎重に言葉を選ぶ。

 

「私は”死”というものに対して多大な関心を寄せているの。いえ、今となっては寄せていた、かしら」

 

 対して少女はそんな変化など気にも留めず、普段通りの優雅な佇まいで話を進める。

 

「生きる、ということはいずれ死ぬということ。我々は死に向かって栄華を極める」

「しかして人間は死を忌避する。それは根源的な恐怖であり、生物としての原始的な本能に根差した正しい感情よ」

「人間は各々死を回避しようと足掻き、藻掻く。それが決して報われることが無いと分かっていたとしても、結果が変わらずともその過程に意味を見出そうとする」

「いえ、それは人間に限った話では無いわね。植物であれ動物であれ、凡そこの星に存在する数多の生命は死からの逃避を試みる」

 

 ”それは貴方であっても例外では無い”と言外に語りながら少女が見据える。外見は幼い少女のソレでありながら、その目には一方通行(アクセラレータ)を圧倒する何かがあった。

 

「――――なら、命の模造品であり、急造の肉の器を与えられた無垢の存在ならば?彼女達は死を恐れたのかしら、それとも死というものの意味を理解しないまま死んでいったのかしら?」

 

 瞬間、少女が一方通行(アクセラレータ)の心の内を踏み荒らす。一切の遠慮も、一切の躊躇も無く。それが自身の癇に障る話題であることを承知した上で。

 

「私はね。詰まる所それを知りたいのよ」

「――――」

 

 対する一方通行(アクセラレータ)の返答は無言であった。アポイントメントも取らずやって来て、ノックもせずに心の内を踏み荒らす無礼者に対する態度など、この程度のもので十分だと言わんばかりに。

 

「……そう。あくまで黙秘する気なのね」

「でも、その感じからすると余り私の望んでいた答えでは無さそうね」

「――――」

 

 しかし、少女にとってはその返答で十分であった。僅かばかりの反応から、少女は自身の知りたい答えを導き出す。

 

「何故分かったかって表情をしているけれど、簡単な事よ。私と貴方じゃ年季が違うのよ、文字通りね」

 

 してやったりといった顔をする少女に思わず表情が歪む。故に、相手の話の主題に切り込む。こういった存在の相手は、長くなるだけ自身の不利になると踏んだが故に。

 

「ンで、テメェはその情報を使って何がしたいんだ?」

「え?特に、何も?」

「ハァ?」

欠陥電気(レディオノイズ)に関する質問は純粋な好奇心よ。断じてそれ以上でもそれ以下でもないわ」

 

 だがまたしても返ってきた答えは想定外のものであった。これには堪らず語気も荒くなる。

 

「あぁ、でも。もし貴方が理由を欲しているのだったら、それらしい情報くらいは用意出来るわよ?」

「あン?」

「貴方によって積み上げられた一万の屍。人とも言えず、人形とも言えない曖昧な存在の死。彼女達はそれに対して余り負の感情を抱いていない様だけれど――」

「もし、その死に対する悪意や負の感情の器になれる素体を生みだせたなら……彼女(ひがいしゃ)貴方(かがいしゃ)に対して抱く感情が何かは明白では無いかしら?」

「――今、引き金に手を掛けたぞ」

 

 場の空気が凍り付く。眼前の少女の発した言葉の意味を理解した瞬間、殺気が辺りに充満する。

 それもその筈。前提として少女の話題の中心になっている妹達(シスターズ)は、一方通行(アクセラレータ)がツンツン頭の高校生に敗れ、彼が絶対能力者(レベル6)になる可能性が絶たれた時点で製造停止処分を受けている。故に、これ以上自身の被害者になる存在は造り出される筈が無いのだ。

 

 ――そう、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

「彼女の名は番外個(ミサカワース)――グォプッ!?

「引いたのはお前だ。その結果も甘ンじて受け取っとけ」

 

 ピン、と男の手から飛ばされたティーカップの破片が少女の首の柔肌を突き破る。彼の持つティーカップの破損部分から中の液体が零れ、テーブルの上を伝ってゆく。さながらそれは対面に座る少女の首から流れ落ちる生命の源たる赤い液体の様だ。少女の首に刺さった破片を抜けば、そこから一気に血の華が辺りに咲くことになるだろう。だが一方通行(アクセラレータ)はそれをしない。彼は自身の席から立つと、テーブルに倒れた少女を一瞥してその場を去る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――それで、いつまでそうしているつもりですか?」

 

 数秒だったか、はたまた数分だったか。外界と同じ位置に存在しながらも、外界とは切り離された少女にむかって尋ねる声が一つあった。声に反応する様に、先程まで死体寸前であった少女の体が動き、机に倒れた上体を起き上がらせる。少女は気怠げな表情を浮かべながら喉に突き刺さったティーカップの破片を抜いた。破片と言う名の栓が抜けると、たちまち今まで詰まっていた血が出口を求めて首から溢れ、テーブルを赤く濡らす。が、時間の経過と共に徐々に首元の穴は塞がっていき、遂には完全に元の状態へと戻る。

 

「あー、久し振りに死んだ気分だわ。エスタ、あれが学園都市第一位の一方通行(アクセラレータ)?ちょっと短気じゃないかしら?」

「見事に地雷を踏み抜きに行きましたね、まったく……。イタリア旅行後に意図しない外出の為にと貴女用に位相を用意したのは失敗だったかもしれません」

「あら、部屋でずっと籠っているよりかは少しは外に出れた方が健康的で良いと私は思うわよ。それに、この位相のお陰で私からこちら側に招かないと接触も出来ないしね」

 

 はぁ、と溜息をつく女性。彼女も少女と同じく場にそぐわぬ様相をしてはいるが、周囲の人間は誰も彼女達に視線を向けない。

 

「とにかく、今夜は少々危なっかしくなるので早めに家に帰りましょう、レディー」

「わかったわ、エスタ」

 

 二つの影が人の波間に消えてゆく。その在り方は、さながら仲の良い姉妹の様であった。

 

 

 ――――そして。

 

 

   7

 

「――なんだコイツ?」

 

 上条当麻が御坂妹にプレゼントしたネックレスが原因で、合流した美琴と御坂妹との間でトラブルになり、なんだかんだで一人になった後に打ち止め(ラストオーダー)と会って居た頃、

 

「――何なンだァ、コイツは?」

 

 一方通行(アクセラレータ)がレディリー=タングルロードを一度殺し、空腹に倒れていた禁書目録(インデックス)を気まぐれに助けていた頃、

 

「やぁ、土御門君。先日はどうもありがとうね。君のお陰で私は九死に一生を得たよ」

 

 西崎隆二は(かつ)ウゥ=ミラージュ(赤い蜃気楼)と呼ばれた姿で土御門と青髪ピアスと相対していた。

 

「な、何やつっちー。あんさんこないな美女と知り合いやったんか……!?」

 

 似非(エセ)関西弁の青髪ピアスが、赤髪を(なび)かせる向かいのミラージュに聞こえないように小声で土御門を問い質す。しかし土御門はそんな彼の言葉に対して沈黙を貫く。理由は単純、彼には目の前の赤髪の女性と会ったことも、ましてや彼女を助けた経験も無いのだ。

 そんな彼の状況を察してか、ミラージュが彼にだけ分かる程度に微かに口を動かす。恐らく土御門の様にスパイとして訓練を積んでいなければ只の呼吸と勘違いしそうな程の自然さで。

 

(”話を合わせて”……だと?)

 

 読唇術により読み取った彼女の声なき言葉に一瞬逡巡するものの、横に居る青髪ピアスに余計な心配は掛けたくないとの思いから相手の思惑に乗ることにする。

 

「あ、あぁ!!この前学園都市にやって来た研究者の人でしたか!!もう道には迷ってないですか?」

「おいつっちー、綺麗なお姉さんの前だからって露骨に猫被って点数稼ぐなっちゅうねん」

 

 隣の青髪ピアスの小言はスルーする。取敢えず土御門は『学園都市に来たばかりで迷子になり途方に暮れていた研究員の女性をエスコートしてあげた』という即席エピソードを組み立てる。ミラージュはその意図を察して軽く微笑む。

 

「その件は本当に感謝しているとも。右も左も分からなかった私にこの町の地理を教えてくれて感謝しているとも」

「いえ、お気になさらず」

「いやいや、聞くところによると礼には礼を尽くすというのがこの国の一般的な感謝の示し方なのだろう?」

 

 来た、と土御門は思った。今までの会話はこの後の会話の為の前振りだ。恐らく初対面の彼女の本題はこの後にこそある。

 警戒する土御門の前でミラージュが持参していた鞄からある物を取り出す。

 

「お菓子の詰め合わせだ。気持ちばかりのお礼になるが、()()()()()()()()()()()()

 

 差し出されたのはラッピングされた少し大振りの袋であった。土御門はお礼と共にそれを受け取ると、袋の内容物を推察する。

 

(匂いや手触りからしてクッキーやビスケット辺りか?だが一つだけ菓子と言うには不自然なものがあるな。これは……紙か?)

 

 態々相手方から時間指定された物であるし、迂闊に開けない方が良いだろうと土御門は結論づけた。そんな彼の態度を見透かす様にミラージュが笑う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あぁ、有り難うございます」

「なんやつっちー、美人のお姉さんからプレゼントとか羨ましいなー!!」

「じゃあ、私はこれで失礼するよ。お二人とも、()()()()()

「あ、はい!!さいなら~お姉さん~!!」

「……」

 

 ブンブンと勢いよく手を振る青髪ピアスと彼に怪しまれない様に笑顔を張り付け手を振る土御門。そんな彼らに手を振りながら、赤髪の女は雑踏の中に消えていった。

 つい先程まで眩いばかりの存在感を放っていた赤い影は、しかし最初からそこに居なかったかのようにその存在を消していた。

 

(……)

 

 その様子を見ていた土御門は、まるで幽霊の様な女だと小さく言葉を吐き捨てた。

 

   8

 

 現象管理縮小再現施設。ロシア成教の擁する建物の一つであり、心霊現象などの事件が起きた際に当該事象を再現すること等を目的として造られる、現場と全く同じ施設らの総称である。そこに、嘗て大天使神の力(ガブリエル)を降ろす器となった人間サーシャ=クロイツェフは居た。赤と黒を基調としたギチギチの拘束具のような見た目の拘束服を着用した彼女は、『御使堕し(エンゼルフォール)』の際に莫大な天使の力(テレズマ)――大地を流れる魔力、所謂地脈や龍脈の様なもの――を宿した副作用に悩まされていた。

 とは言え彼女やロシア成教は『御使堕し(エンゼルフォール)』があったという事実を認識できていない。彼ら彼女らは漏れなく大天使の降臨という大魔術の副作用として発動していた認識改変の餌食となっていたからである。

 そんなサーシャは天使の力(テレズマ)と関係深い天使について調べる為にこの施設にやって来ていたのだが、そんな彼女を陰ながら見つめる影があった。そう、何を隠そう彼女の上司のワシリーサである。年齢不詳(本人は二〇代後半と言い張っている)、実力不明(耐久力が高いことだけはサーシャの折り紙付き)というミステリアス(?)な彼女は、先日掛かってきた電話の内容を思い浮かべていた。なるべく深刻な顔で。

 

『こんにちは、ワシリーサさん』

 

 声は若い女性のものだった。彼女は何気ない日常の話でもするかの様に、平然とロシア成教の内部連絡用の電話に外部から電話を掛けてきた。最初に電話を受け取った修道女(シスター)は混乱の窮地に立たされながら、ワシリーサと話させてほしいという電話相手の要望に従ってワシリーサまで電話を取り次いだ。

 

『何故私が内部連絡用の電話を知っていたのかとか、積もる話はあるでしょうけれど、今は水に流してくれれば幸いです』

 

 流れるような声だった。水の様に透き通った声だった。――そして、氷の様に冷徹な声でもあった。

 

『貴女――いいえ、正確には貴女の手の届く範囲の方々にお願いがあるの』

 

 成る程、最初に電話を受け取った修道女(シスター)が取り次いでくる訳である。電話の向こうの相手の言葉には、得も言われぬ強制力が働いている。

 ――――こんな存在を、彼女は一人しか知らない。

 

『頼みごとの内容だけれど――来たる第三次世界大戦に於いて、貴方達には学園都市側に味方をしてもらいたいの』

 

 御伽噺(おとぎばなし)に語られる魔女(バーバヤガ)の様な実在するのかあやふやな存在。しかしてロシア成教に絶対に敵対してはならないと言わしめた存在。嘘か真かロシア成教の擁する現象管理縮小再現施設を嘲笑うかの様に、片手で世界を構築し現象を再現したと言い伝えられる恐ろしき魔術師。

 

『勿論タダでとは言いません。協力して頂いた暁には、貴女にとっても有益な()()()()を与えます』

「――――一体どんな情報をくれるのかしらねぇ」

 

 知らず口が渇く。緊張を誤魔化す様に、普段通りの口調で相手に報酬を尋ねる。

 

『――――』

 

 ニヤリ、と。電話の向こうで相手の口元が弧を描く(さま)を幻視した。

 

 

()()()()()

 

 

 知らぬ人間にとっては何のことも無い数字の羅列。しかし、今のロシア成教にとっては無視できない数字が相手の口から出る。

 

『その日、世界がどうなっていたか。そして、貴女の抱えるサーシャ=クロイツェフに何があったか』

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それをお話しますよ?』

 

 

 交渉は成立した。ワシリーサ達は御使堕し(エンゼルフォール)という世界の真実と大天使の器となったサーシャ=クロイツェフを狙うローマ正教の最暗部の一人の情報を知り、それと引き換えにオルガ=スミルノフ(静かな光)は先の未来にてロシア成教の一部勢力の助力を得た。

 

   9

 

 

 ――――そして、

 

 

 (ひしゃ)げる車、嗤う怪物。

 白衣の猟犬、地に伏す最強。

 消えた少女、追う猟犬。

 

 

 ――――そして、

 

 

 倒れる住民、消えた修道女。

 偶然の再会、迫る侵略者。

 嗤う侵略者、笑う人間。

 

 

 ――――そして、夜がやって来る。

 

 

   10

 

「所で隆二、さっきお友達に何を渡しに行ったの?態々姿形まで変えて」

 

 寮の部屋に戻った西崎を出迎え、レディリーはそう言った。一方通行(アクセラレータ)との茶会からエスタになった彼と一緒に戻った後、西崎は直ぐに地下街へととんぼ返りしたのだ。しかもご丁寧に嘗てフランスで生きていた頃の人格と姿を引っ張ってまでである。

 

「霊符だよ、天変地異から身を守る霊符。本来は家に貼らないといけない類のものなんだが、それは力業で解決したよ」

「霊符……あぁ、宇宙や星から力を借りるっていう中国発祥の護符(タリスマン)の一種ね。でもどうしてそのお友達にだけそんなものを?」

「単純な話だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あら大変。そのお友達も可哀想に」

 

 今日はローマ正教の最暗部である神の右席に所属する前方のヴェントが学園都市を襲撃する日であるというのはレディリーも西崎から聞いている。その攻防を巡って学園都市内でもかなりの被害が出るということも。しかし、その話の中に天変地異が起きるというものなどあっただろうかとレディリーは思案する。

 

「天変地異とはまた穏やかじゃないわね。一体何が起こるのかしら?」

 

 結局一人で考えても埒が明かないと考えた彼女は西崎に答えを求めた。対する西崎も彼女の問いに対して簡潔に回答する。

 

「天使さ」

「天使?」

『呼んだかね?』

「お呼びじゃないっていうかまた勝手に俺の内にある無数のAIM拡散力場を利用してるな、エイワス?」

『これは失敬。君の内にある位相を使えば私も『ヒューズ=カザキリ』という段階を踏まずとも顕現出来るからな、つい』

「ついで済ますな」

 

 西崎の答えに呼応して(呼んでもないが)顕れた聖守護天使エイワスに西崎が苦言を呈する。

 

『しかし面白い話をしていたな。良ければ私も一緒に聞いても?』

「どうしてそうなる……」

『あぁ、困った。これでは肉の器を取り戻した彼女への土産話が何故か増えてしまう。いや、私としても大変不本意ではあるのだが』

「分かった。分かったから」

『礼を言う。あぁお嬢さん(マドモアゼル)、私はエイワス。しがない守護天使だ』

「あら、ユーモアにあふれているのは結構だけれど、それは威厳を損なってまでする事じゃ無いんじゃない?」

『忠告、痛み入るよ。彼女にも君の十分の一……いや、君の十倍くらいの心遣いがあれば良いのだが』

 

 おいおいと言いながら泣き真似をするエイワス。

 

「まぁ、コイツの事は置いておいて、現状の整理をしよう」

 

 そんな聖守護天使を無視して西崎が話を始める。

 

「先ず発端となったのは神の右席による学園都市襲撃だ。前方のヴェントの持つ天罰術式によって、彼女に敵意や悪意を持った人間が次々と倒れるという事態が起きている。更に時間を置くと学園都市の外に控えている後詰の部隊が学園都市に侵入してくる」

「さて、そんな彼女を学園都市は迎撃しなければいけない。しかし、天罰術式を持つ彼女に対して通常の迎撃手段はあまり役に立たない」

 

 そこで、と西崎が前置きする。

 

「今回学園都市は所有する切り札の内、一つを切ることにした」

「それが天使というわけ?」

「そう。虚数学区・五行機関――正確にはAIM拡散力場の集合体たる科学の位相を構築し、科学の天使を顕現させる」

「因みに今平然と顕現しているが、そこのエイワスは先程言った天使の顕現の最終目標だ。現状AIM拡散力場は未完成だから、今は未だ風斬氷華(かざきりひょうか)を天使化した通称『ヒューズ=カザキリ』しか顕現出来ない」

『そうだな。私が顕現するのは本来であればもう少し後の予定だ。今顕現しているのはちょっとした裏技の様なものだよ』

 

 レディリーがへぇ、と相槌を打つ

 

「その天使を顕現させる具体的な手順だが、ミサカネットワークを使う。最上位個体である打ち止め(ラストオーダー)に対して学習装置(テスタメント)を用いて天使を顕現させるための科学の位相を形成させるよう命令するウィルスを打つ」

「すると打ち止め(ラストオーダー)を通して全妹達(シスターズ)にその命令が行き届き、未完全ながら科学の位相が形成される。因みにこの時点で学園都市内に居る魔術師は運命の火花を自分自身で浴びる事になり傷を負う」

「そうして大量のAIM拡散力場――詰まる所科学の位相に於ける『天使の力(テレズマ)』に相当する力を集め、科学の天使を顕現させる、という訳だ。因みに作戦の要である打ち止め(ラストオーダー)には猟犬部隊(ハウンドドッグ)による捕獲命令が出ているし、彼女の保護者の一方通行(アクセラレータ)にも相性の悪い相手が宛がわれている」

 

 西崎が話を終えると、エイワスが口元に笑みを浮かべた。

 ――それを見て西崎は、自身の失敗を悟った。

 

『ほう、面白い事を聞いたよ。ありがとう、友よ』

「待て」

『もし、現状学園都市の天使として『ヒューズ=カザキリ』しか出せないところを、色々と工程を吹き飛ばして私が顕現すれば、それはそれは面白い事になりそうだとは思わんかね?』

「待て」

『その前方のヴェントとやらも大いに慌てふためくだろうな。自身の敵対者である科学サイド、その総本山から出てきた切り札が、よもや自身の良く知る本物の天使だなどという事態になれば』

「待て」

『おっと私は用事を思い出した。これでも詐欺師探しに忙しい身でね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「待てこのクソ野郎ッーー!!」

 

 西崎の制止の言葉を振り切って、エイワスが寮から消える。その様子を見てガクリと肩を落とす西崎。

 

「レディ、悪いが留守番を頼めるか。予定には無かったが、どうやら尻ぬぐいをしなければならないみたいだ」

「そう、貴方もよくよく大変ね。なるべく早めに帰ってくるのよ?」

「あぁ、分かった」

 

 こうして、本日都合三度目になる西崎の外出が決定した。

 

   11

 

 第三資源再生処理施設。第五学区にある工場の一つに一方通行(アクセラレータ)は身を潜めていた。少し前に偶然再会した白い修道服の腹ペコ女はカエル顔の医者に預けてきた。先程までは使える()()もあったが、それももう無い。

 

(さて、どォすっかなァ)

 

 突如自分と打ち止め(ラストオーダー)を襲った猟犬部隊(ハウンドドッグ)と名乗る部隊から辛うじて打ち止め(ラストオーダー)を逃がしたのは良いものの、状況的には自分は今劣勢に立たされている。

 猟犬部隊(ハウンドドッグ)を率いる木原数多は、自身のベクトルの反射が発生するタイミングに寸分の狂い無く合わせて拳を引くという技術を持っており、それによって自身の周囲のベクトルを全て逆方向に向ける一方通行(アクセラレータ)の反射を利用し『拳が一方通行(アクセラレータ)から遠ざかる』という行動を『拳が一方通行(アクセラレータ)に近づく(つまり一方通行(アクセラレータ)に拳が当たる)』という結果に()()してみせた。無論、これは誰にでも出来ることでは無い。ズブの素人がこの戦法を利用して一方通行(アクセラレータ)に拳が当たる前に拳を引いても、一方通行(アクセラレータ)のベクトル操作のタイミングとその行動のタイミングが一致しなければこの戦法は意味を為さない。これは(ひとえ)一方通行(アクセラレータ)の能力開発を行い、彼の能力に熟知した木原数多だからこそ出来る研究者の特権である。今の所一方通行(アクセラレータ)は木原数多に対する殺しの最適解を見つけられずにいる。なので、その思考は今は捨ておく。

 問題は現在彼を追ってきている猟犬部隊(ハウンドドッグ)の隊員の方だ。こちらは場に染み付いた匂いを検知する『嗅覚センサー』なる代物を所持しているらしい。その為、彼らは迷うことなく一方通行(アクセラレータ)の逃走先を突き止め、これを殺しに来るだろう。その為、一方通行(アクセラレータ)は先ず己の匂いを消す為にこの工場までやって来た。

 

「あった、これだな」

 

 目当ての物を見つけた一方通行(アクセラレータ)がほくそ笑む。態々彼がこんな工場にまで来て欲していたもの、それが手に入ったからだ。

 

「洗浄剤のボトル、これで匂いを消せれば面等な奴らを振り切れる」

 

 早速洗浄剤のボトルの蓋を開けようとして、異変に気付く。

 

「結構早かったな。仕方ねェ、迎え撃つか」

 

 一方通行(アクセラレータ)の居るコントロールルーム、そこに備え付けられた数十のモニター。その映像が次々とノイズに塗れていくのを見ながら、彼は決意した。

 

(とはいえ場所の関係で能力はそう使えねェ。全く、鬱陶しい電磁波どもだな)

 

 首筋のチョーカー型電極を叩きながら辟易する一方通行(アクセラレータ)。チョーカーのバッテリー残量もそう多くはない。

 

「仕方ねェ。文明の機器とやらに頼るとするか」

 

 壊れた杖の代わりに使っているショットガンに目を向けながら、脳内で殺戮の予想図を立てていく。彼もまた、この大舞台を経て大きく成長しようとしていた。

 

   12

 

 上条当麻と打ち止め(ラストオーダー)はファミレスの柱の影に隠れていた。打ち止め(ラストオーダー)と再会した上条は、彼女の知り合いとやらを助ける為に彼女と一緒に学園都市を捜索していたのだが、そこに運悪く居合わせた猟犬部隊(ハウンドドッグ)の部隊から銃撃を受け、逃げる様にこのファミレスまでやって来たのだ。しかし状況は絶体絶命、上条達の居る柱の反対側には今にも発砲しそうな猟犬部隊(ハウンドドッグ)の隊員達が待ち構えているのだ。

 

(どうする……?)

 

 今ここで柱から飛び出せば打ち止め(ラストオーダー)共々蜂の巣にされるだろう。かと言ってここにずっと留まっていても相手が強襲してくれば為す術がない。上条の右手も、現代兵器の前では意味を為さない。

 

(くそっ、どうすりゃ……!!)

 

 時間だけがジリジリと進んでいく。やけに静まり返った店内の空気が、上条を更に焦らせて――

 

(待て、()()()()()……)

 

 凡そ人の動く気配と言うものがしない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

「しまった!!逃げろ打ち止め(ラストオーダー)!!そこの入口から外に出――」

 

 

「ありゃ、気付かれチャッタ?ざーんねん」

 ゴバオッ!!!!という爆音が鳴り響いた。

 

 

「ちぃっ!!」

 

 反射的に柱の影から身を出して右手を振るう。直後、甲高い音と共に何かが上条の右手に掻き消される。これが化学兵器とかによる攻撃だったなら終わってたと一瞬反省してからもう一度打ち止め(ラストオーダー)に対して大声で呼びかける。

 

「早く外に!!良く分からないけど此処は危ない!!」

「う、うんっ!」

 

 上条の言葉に頷いた打ち止め(ラストオーダー)が店外に向かって一目散に走り出す。途中彼女の持っていた携帯が落ちるが、それを拾うよりも彼女は逃走を優先した。どうやら、この場の危険な雰囲気というものを彼女なりに感じ取ったらしい。

 

「で、不意打ちかましてくれやがったお前は一体どこの誰だよ」

 

 喧嘩腰に語り掛けながらも、上条は冷静に相手を観察する。黄色を基調としたワンピースの様な衣服、目元を強調するような化粧、顔には至る所にピアスが付けられ、舌からは異様に長い鎖が伸び、その先端には小さな十字架が取り付けられている。しかし最も目を引くのはその手に持った巨大な十字架を模したハンマーだろう。十字架にグルグルと巻きつけられた有刺鉄線は、茨を思い出させるかのようだ。

 恐らく魔術サイドの人間だろうと、上条はそれらの情報から女の素性に当たりを付けた。

 

「ローマ正教最暗部、神の右席が一人、前方のヴェント」

 

 果たして彼の予想は当たった。

 

「ローマ正教二〇億人の代弁者として、その罰当たりな右手を持つお前を殺すワヨ、上条当麻」

 

 それも、最悪の形で。

 

   13

 

『目標、捕獲しました』

「あー分かった。んじゃ、こっちまでソレ、運んでくれる?」

『了解しました』

「あ、その前に一つやって欲しい事があるんだけど――聞いてくれるよな?」

『え、は、はい。どの様な用件でしょうか』

「そのガキの着てる白衣な。アレ、ちょっと千切ってその辺に捨てといてくんねーかな?」

『了解しました。……所で、理由を聞いても宜しいですか?』

「理由?どーして俺が態々下っ端の使い捨てのカスなんぞに話してやらねーとなんないのかね?――お前、死にたいのか?」

『い、いえ!!失礼しました!!』

「それでいーんだよ、それで。……あー、でもまぁ。アレだよアレ」

『……アレ、とは?』

「ちょっとした、遊び心(ユーモア)って奴よ」

 

   14

 

「……何だこれは?」

 

 学園都市外周部にて、ローマ正教の後詰部隊と戦っていた土御門は疑問の声を挙げた。彼の目線の先には昼間に赤髪の女から貰った菓子袋と、その中にあった一枚の紙があった。

 

「霊符……?どうしてそんなものをオレに?それにコイツは天変地異から身を守るもの、今のオレには不必要な代物だ。そもそもこの霊符は普通家に貼らなければ効力を発揮しない筈。これは……嵌められたか?」

 

 彼を追う様に展開される幾本もの木の杭。それらを一旦やり過ごし、昼間の女の忠告に従って袋を開いてみればこれである。一瞬でも何かお助けアイテムが入っていると思っていた自分が馬鹿だった、と土御門は呆れる。

 

「まぁ、過ぎた事は捨て置こう。今はあの木の杭共の核となる杭を見つけなければ――」

 

 思考は途中で停止した。続く言葉は出てこなかった。

 

 

 何故なら、

 何故なら、

 何故なら、

 

 

   15

 

 

 ――――これより、学園都市に『ヒューズ=カザキリ』が顕現します。

 ――――関係者各位は不意の衝撃に備えて下さい。

 

 

 『では、私もそろそろ準備をするとしよう』

 

 

   16

 

 

 ゴバッ!!!!という轟音と共に、学園都市に出現した無数の巨大な光の翼から破壊の一撃が放たれた。

 

 

   17

 

「クソッ!!やりやがったな、アレイスター!!」

 

 学園都市に出現した天使の一撃はローマ正教の後詰部隊の居た地域を()()()()()()()()()()()()。雷光という形で降り注いだそれは、森を抉り、土を抉り、人を抉り、それらを纏めて空まで巻き上げた。僅かな浮遊の後に地面へと叩きつけられたそれらは、ただ一人を除いて、その場に居た全てに莫大な被害を与えていた。

 

「しかし、コレは何だ?」

 

 その残ったただ一人、土御門元春は手に持った霊符に対して疑問の声を挙げる。天使による破壊の一撃が放たれた直後、土御門が黒の式を使った防御を敷くまでも無く、一瞬霊符から学園都市の天使に勝るとも劣らない程の莫大な魔力が迸ったかと思えば、いつの間にか彼を囲む様に結界が張られていた。その結界の存在を土御門が認識した正にその直後に破壊の嵐が巻き起こり、土地が巻き上げられたという訳だ。

 

()()()()から身を守る霊符……まさか、この事態を予見していたとでも?」

 

 だとすれば厄介な事になる。何せ今回の天使の降臨はアレイスター直々の判断によるもの。それを予見できたという事は、コレを用意した魔術師はあの人間アレイスターの考えを読めるという事になる。或いは、アレイスターの掲げる計画(プラン)とやらも把握している可能性だって――。

 

「こちら側に来ていたローマ正教の後詰部隊が粗方殲滅出来たのは良いものの、同じくらい厄介なネタが出てくるとは」

 

 ともあれ、一先ずの危機は去った。が――――

 

「問題は、あの破壊の一撃が今後来ないとは限らないって事だな」

 

 あの一撃に二度目があったとして、今度も霊符が発動するという保証はない。

 

「ま、精々生き足掻くとしようか」

 

 学園都市の為でも、イギリス清教の為でも無く、ただ愛する義妹の為に。

 

   18

 

 ドバンッ!!という炸裂音と共にショットガンの弾が統括理事会の人間の胸部を打つ。その破壊力に、銃を打たれた統括理事会の人間が吹き飛んでいく。防弾チョッキでも着ていたのか即死はしていない様だが、アレでは幾らか体の内部をヤッているだろう。そんなことを考えながら、一方通行(アクセラレータ)は彼の邸宅に足を踏み入れる。

 工場に襲撃しに来た追手を殲滅し、タガと言う物の外れた一方通行(アクセラレータ)は、目撃者の始末という名目で白い修道服の少女の避難した病院にやって来た猟犬部隊(ハウンドドッグ)の追手の方も皆殺しにした。

 その後彼の携帯電話に掛かってきたどこぞのお人好しからの電話により、打ち止め(ラストオーダー)とお人好しが先程まで一緒に居たが(はぐ)れてしまったことを聞き、現場に急行。現場に辿り着くも一足遅く、打ち止め(ラストオーダー)は既に猟犬部隊(ハウンドドッグ)に回収されてしまっていた。

 

「あった、コイツか」

 

 一方通行(アクセラレータ)は情報を求めていた。打ち止め(ラストオーダー)の連れ去られた場所に関する情報を、猟犬部隊(ハウンドドッグ)が何故打ち止め(ラストオーダー)を捕獲しようとしていたのかの動機を、そして打ち止め(ラストオーダー)を脅威から救うための手立てを。

 

「目当ての情報は……」

 

 学園都市に一二個しか席の無い統括理事会、その内の一人の邸宅にまで足を運んだのもそれが理由だ。

 

「ヒット。やっぱりな」

 

 目当ての情報は見つかった。一般人では到底見られない情報も、統括理事会の情報端末を使えば閲覧できる。

 

「『現在学園都市を襲う脅威への対抗策について』……『コード:ANGEL 内容はウィルスを上書きさせた打ち止め(ラストオーダー)を用いた脅威への対抗』……そして、あァ……」

 

 一方通行(アクセラレータ)の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。

 

「『猟犬部隊(ハウンドドッグ)の作戦待機ポイント』……!!見つけたぜェ、木ィ原くんよォ……!!」

 

 その目は爛々とした殺意に満ちていた。

 

   19

 

 三回のコールの後、西崎は通話ボタンを押した。

 

「どうした上条、用件は手早く言ってくれ。もうじきこちらも忙しくなる」

『もしかしてお前も魔術師と戦ってるのか、西崎!!』

「いや、俺の場合はこれからだ。学園都市外周部からローマ正教の後詰が来るんだが、そっちの対応に向かってる所でな」

『まじかよ、敵はヴェントだけじゃないっていうのか!?』

「安心しろ、外周部には先に迎撃に行っている奴らがいる。俺は保険程度のもんだよ」

 

 電話の向こうから焦った声が響く。少しでも相手を安心させるために、西崎は咄嗟に嘘をついた。

 西崎が対応するのは後詰は後詰でも、土御門が戦っていた様な集団では無い。彼が対応するのはもう少しばかり厄介な存在である。

 

『安心して良いんだな!?じゃあ聞くけど、お前神の右席の前方のヴェントって奴に聞き覚えは無いか!?』

「知っている。ローマ正教の最暗部に君臨する神の右席、構成組員は四人。彼らは自身の肉体を天使に近づけた存在だ」

『天使!?それってミーシャみたいにか!?』

「いいや、あそこまで真には迫れていない。彼らの目的は『原罪の消去』、その為に霊的錬金術を用いて自身の位階を上げているのさ」

『良く分からん!!何か良い例えとか無いか!?』

「普通の人間が『【不幸体質】上条当麻』であったとすると、神の右席はそこから限界突破した『★★【不幸体質】上条当麻』だ」

『ちくしょう分かり易い例えありがとう!!でも俺にも★★★位のレア度欲しい!!』

「レア度が初めから違うと言うより、研鑽を重ねてレア度を引き上げたと言うのが正しいから、『★★★【幻想殺し】上条当麻』を例として出すのは不適切だろうな。それで、他には何が聞きたい?」

『相手の使う魔術とかは!?何か天罰術式とかいう理不尽な魔術を引っさげてるのはインデックスから聞いたけど!!』

「そうだな。神の右席は肉体を天使に近づけた影響で通常の人間の扱う魔術を扱えない。逆に言えば、通常の人間には扱えない魔術を扱う事が可能だ。上条の言う天罰術式もその一つだな」

『まじかよ通常攻撃が必殺技みたいなもんかよ!?』

「前方のヴェントはその名の通り前方…つまり風を使用した魔術を扱う。これが左方ならば土、後方ならば水、右方ならば火だな。この辺りは前にオルソラの騒動の時に一度教えたな」

『あぁ、何となく覚えてる。そういやアイツ、衣装が全部黄色だったけど、確かそれも風属性の色……でよかったよな?』

「その通りだ」

『あと何かでっかい十字型のハンマー持っててそれで舌から下げてる十字架をなぞると風の塊みたいなのを飛ばしてくるんだけど、それは分かるか!?』

「その前に聞くが、ハンマーには特徴とか無かったか?後、それ以外にも目に付いた点は?」

『ええっと……ハンマーにはでっかい有刺鉄線がグルグル巻きにされてて、他には……顔に凄い沢山ピアス付けてるとかか』

「そうか。先ずハンマーは間違いなく神の子の処刑を模した物だろう。神の子は十字架に磔にされ処刑されたのでハンマーの形はそれがモチーフ、そして有刺鉄線は神の子が処刑の時に被っていた荊冠(けいかん)――つまり茨の冠がモチーフだ」

『つまりとうまの言っていたハンマーの霊装一つで神の子の磔刑(たっけい)()()象徴出来るんだよ』

 

 電話の向こうで上条に対して禁書目録(インデックス)が補足する。

 

『ただ、そうなると一つ足りないものがあるの』

「そう、磔刑は十字架に磔にした罪人を()()()()()()()()()。つまり、ハンマーだけで神の子の磔刑を象徴するには処刑道具が欠けている。それでは条件が揃わない」

『じゃあどうしてヴェントは風の魔術を撃てたんだ?』

「簡単だよ上条。奴がこれ見よがしに見せているものがあるだろう?神の子の磔刑に使われた釘と槍の二つと共通する()()()の部品がな」

『ッ!!ピアスと十字架!!』

「正解。前方のヴェントは舞台装置を模したハンマーと処刑道具を模した金属を打ち鳴らす事で魔術を発動させている」

『そう言えば風の魔術の起動がハンマーの動きじゃ無くて十字架の動きの方に沿っていたのは?』

「アニェーゼ=サンクティスの時と一緒だよ。類感魔術という奴さ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『つまりその杭だか槍だかの軌道に沿って、風の杭だの槍だのみたいな魔術が攻撃を仕掛けてくるって事か』

「そうだ。む、そろそろ現場に付きそうだ。ここで電話を切るぞ。何か相談事が有ったら……そうだな、御坂美琴にでも頼んでみると良いだろう」

『美琴に?それってどういう――――』

 

 プツリ、という音と共に通話が終了する。視線を前に向ければ、もう直ぐ学園都市外周部に差し掛かる。

 但し、その方角は土御門とはまったく別の方向であるし、対峙する相手も全くもって別なのだが。

 

   20

 

 虚ろな目で立ちずさむ風斬氷華を挟んで対峙する上条当麻と前方のヴェント。

 

 猟犬部隊(ハウンドドッグ)の拠点を奇襲し一対一で向き合う一方通行(アクセラレータ)と木原数多。

 

 インデックスと上条を逃がすため猟犬部隊(ハウンドドッグ)の隊員と戦闘を繰り広げる御坂美琴。

 

 ヒューズ=カザキリの第二波と残りの後詰部隊を警戒し、式神を用意する土御門。

 

 四つの異なる場で、それぞれの最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 ――――そして、もう一つ。

 

 

   21

 

「私は『神の右席』の一員として、その怪物を見過ごす訳にはいかない。こっちだってロクな集団じゃ無いケド、その怪物は、私達ですら認められない。そいつは、十字架を掲げる全ての人々を嘲笑う、冒涜の塊――消滅すべき者なのよ」

 

 科学の位相により決して浅くない傷を負いながらも激昂するヴェント。風斬氷華を目の敵にした彼女に対して、上条は風斬を庇おうと声を張り上げようとし――

 

 

『ほう。であれば当然、その先に居る私の様な存在も冒涜的な者という事になるが、宜しいかね?』

 

 

 声があった。次いで、莫大な光が辺り一面を埋め尽くした。それは上条やヴェントの視界を埋め、空をも照らす程の純白の光量であった。光はやがて一点に集束し、人の形をとった。否、それは人の様でいて人では無い。その色は青ざめたプラチナ、その頭上には光輪。背に翼こそ無いものの、それの意味する所は明瞭にして明解であった。

 

 ――――故に。

 

「――。天使、ですって……?」

 

 あの神の右席の一員ですら、反応に一瞬の間を要する程であった。

 

『左様。この身は十字教徒(きみたち)の良く知る象徴(シンボル)の一つであり、同時に君の言う冒涜的な者の一つでもある』

 

 天使が風斬を一瞥する。

 

『そこの彼女は私を顕現させるためのテストケースの様な物でね。事が上手く進めば彼女の代わりに私が顕現する事になるのだが……』

 

 天使は少し考える素振りをして、

 

『今回は裏技を使って顕現させて貰ったよ。その分()への負担は掛かるが……まぁ、あれ程の(AIM拡散力場)を複数内に秘めているのであればこの程度は問題ないだろう』

 

 天使は笑う、惨憺たる街の現状など視界に映さずに。

 天使は笑う、対立する学生と教徒の戦力など考慮せずに。

 その場の誰よりも圧倒的な力を携えた超常の存在として、天使が嗤う。

 

   22

 

 

「こんな所で高みの見物か、後方のアックア?」

 

 

 背後から掛けられた声に対して、アックアは反射的に手に持った巨大なメイスを振り回す。圧倒的な速度と質量によってもたらされる暴力的な破壊は、しかし耳をつんざく程の莫大な音と衝撃によって跳ね除けられた。

 

「貴様が報告にあった西崎隆二であるか」

 

 あの右方のフィアンマが要注意人物と認定し自ら排除しに掛かり、逆に全ての策を潰されたという少年。その作戦の詳細については語られなかったが、彼が始末できなかったというだけでも相当な脅威であることは疑いようが無い。

 

「その報告がどの報告を指すのかは定かでは無いが、確かに俺は西崎隆二で間違い無い。それで、お前は街には入らないのか、後方のアックア?」

「戯言を。街に入れば魔術師(われわれ)がどうなるかなど、ヴェントが既に証明しているであろうに」

「成る程。流石にそう簡単に弱ってはくれない――かッ!」

 

 聖人の並外れた身体能力を使って瞬時に西崎の背後に回り込みメイスを振るうアックア。対して西崎はこれまた凄まじい程の衝撃をメイスに当てることでそれを凌ぐ。

 

「成る程。何か違和感があると思って確かめさせて貰ったが合点がいった。貴様のその衝撃、物理的なものでは無いな。どちらかと言うとそれは魔術(こちら)よりのものであるな」

「これだから聖人は面倒くさい。人並外れた身体能力で大気が震えているかどうかすら分かるんだからな」

 

 やれやれと首を振る西崎。その隙をついて、アックアが彼にメイスを振りかぶり――

 

 

()()()()()()()

「ッ!?」

 

 

 直後、アックアの口から血が零れ落ちた。

 

「騙し絵が効かない人物にはより直接的な対処をさせてもらう」

 

 西崎の手にはいつの間にか十字架の形を模した物が握られている。その霊装の名を、アックアはよく知っている。

 

「――使徒十字(クローチェディピエトロ)だと?馬鹿な、その霊装に攻撃性は無い筈。いや、そもそもその霊装はイギリス清教に回収された筈である」

「そうだ。確かに使徒十字(クローチェディピエトロ)には攻撃性は無い。だが、これは使徒十字(クローチェディピエトロ)では無い」

「何……?」

「これは刺突杭剣(スタブソード)だ。君たちの流したデマの情報をイメージとして抽出し、霊装として形を与えた物だ。その誕生の経緯からして、特攻力は幾分か下がってはいるが、聖人のお前には良く効くだろう?」

 

 十字教を呪う逆十字。神の子を害すイメージの結晶。それらが今、西崎の手の中にある。

 

「向けられただけで傷を負うお前と、メイスを叩きつけられれば吹き飛ぶ俺。良いハンデだと思わないか」

 

 こちらを見据えて少年が嗤う。対するアックアはただ眼前の敵を睨み、口元の血を拭う。

 

「さて、向こうの喧騒が収まるまでの間、こちらも楽しく過ごすとしよう。向こうは少々厄介な事になってはいるが、それが原因でお前に場を掻き乱されると困るのはこちらになるんでね。何、運動には丁度いいだろう?」

 

 こうして、人知れず第五の戦いが幕を開けた。

 

   23

 

「――なんだ、何が起こっている?」

 

 果たして二度目の衝撃は有った。土御門はまたも発動した霊符の結界によって無傷で死線を潜り抜けた。しかし、彼の関心はそこには無い。

 

「科学の天使は一体じゃ無かったって言うのか?」

 

 明らかな違和感。学園都市の外に居ても感じ取れる圧迫感が一気に膨れ上がった。

 

「だが――」

 

 翼が見えない。天を覆わんとする勢いで伸びている光の翼は最初に出てきた天使が出したものだ。それ以降新たに光の翼は発生していない。

 

「これも予想の内か、アレイスター?」

 

 それとも、奴も想定していなかった異常事態(イレギュラー)か。

 額ににじむ汗をぬぐいながら、土御門はそう呟いた。

 

   24

 

 

『知らん…何それ…怖…』

 人間アレイスター=クロウリーは、今日も失敗と挫折の最中にあった。

 

 

   25

 

 

 太陽が炸裂した。

 

 

 そう形容するしか無い様な光の奔流が辺りに撒き散らされた。咄嗟に右手をかざす上条だが、あまりの衝撃に右腕ごと跳ね返される。あわや脱臼という所であった。横目でヴェントの方を確認すると、彼女はかなり遠く離れた場所に移動していた。恐らく風の魔術を移動に応用したのだろう。

 

『予行演習だ。これでも威力は控えめにしてあるから、二人とも掛かってくるといい。尚も、十字教徒であるそちらの彼女は天使(わたし)に対して碌に危害は加えられないだろうがね』

 

 時間を置かずにまたも光が炸裂する。上条は光をいなそうとしてみるが、光の一撃を受けた瞬間、その余りの重さに耐えることが出来ず、今度は腕ごと体を吹き飛ばされる。横転しながらも体勢を立て直した彼が目にしたのは、こちらに向かって右手を向けたエイワスの姿だった。

 

「待――」

「いくら天使とはいえ、私のことを忘れて貰っちゃあ困るわねぇ!!」

 

 風の一撃が舌先の鎖と十字架の動きに沿って振るわれる。天使に近づけた肉体によって行使される、通常の魔術師には扱えない魔術の一つ。

 

『ふむ』

 

 その一撃を、エイワスは手を横に振る事で吹き飛ばす。周囲を薙ぎ払う様に展開された光の一撃は、ヴェントの一撃を容易く打ち消し、彼女の体を打った。

 

「ゴォッ……!?」

 

 エイワスの一撃を受けた彼女はそのまま体ごと吹き飛ばされ、近くの建物の壁にその身を打ち付けた。

 

「ッ!!」

 

 そんな彼女の与えてくれた隙を見逃さない様にエイワスに迫る上条。どうやって目の前の天使が顕現しているのかはよく分からないが、自分の右手で触れれば目の前の天使は消滅する。

 

『やはり現状ではこの程度か』

 

 そんな上条の考えを嘲笑う様に、ただ立っていただけのエイワスから何の前兆も無く光の奔流が放たれる。

 

「ぐおっ!?」

 

 まるで勝てる気がしない。上条はまたも吹き飛ばされながらそう思った。

 

『神の右席と言っても魔神ほど人を辞めても居ないし、もう片方はそもそも未熟が過ぎる。おいおい、こんな熟成具合で果たして計画(プラン)に間に合うのかね?』

 

 この場を支配している存在は、そんな上条とヴェントを見て呆れた様に首を振った。

 

『いやはや、神の右席の驚愕と少年の成長度合いの確認の為だけに顕現したのは失敗だったな。本当に、思い付きだけで行動するものでは無いな』

 

 そこまで言って、エイワスが”おや?”と声を挙げる。

 

『ほう、そう来るか。興味深い』

 

 直後、風斬から生えている光の翼から破壊の一撃が放たれた。それは学園都市外周部を攻撃するものと、もう一つ、聖守護天使エイワスを攻撃するものの二つに分かれた。耳をつんざく轟音と体を震わす程の振動が一帯を襲う。

 

『成る程、今は引いておいた方がよさそうだ。私も、意味も無く彼女と敵対はしたくないものでね』

 

 果たして周囲に漂う煙を吹き飛ばして現れたエイワスの体には傷一つ付いていなかった。彼は今一度周囲を見回すと、微笑みながらその姿を消していった。

 

「ガフッ!!一体何だったのよ、あの天使……!!」

 

 苛立ち混じりにヴェントが建物の壁から体を引き抜く。それを確認して上条も気持ちを切り替える。

 

(そうだ、忘れちゃいけない。色々あって頭の中からすっ飛んでたけど、一番の敵はコイツだ……!!)

 

 右の拳を握りしめる。風斬氷華(ゆうじん)を怪物呼ばわりしたことを撤回させるために、上条は二〇億人の代弁者と向き合った。

 

   26

 

 結論を言えば、一方通行(アクセラレータ)は木原数多に敗北した。首筋に巻かれたチョーカー型電極のバッテリー残量が尽き、彼の演算能力と共にその電源が途絶えたのだ。

 ――だと言うのに。

 

「何だお前、バッテリーも切れたのに何立ち上がっちゃってんだよ!!お前はもうただの肉塊だろうがよ、そんな肉塊が抵抗なんて真似してんじゃねーぞ!!」

 

 立ち上がる。計算された思考でではなく、ただ本能の命じるままに。

 

「オラァ!!聞いてんのかよこの野郎が!!」

 

 何度殴られても、何度蹴られても、彼は諦めない。ただ一人の少女を救う為に何度でも立ち上がる。

 

 

 ――奇しくもそれは、彼を打ちのめした無能力者(レベル0)の少年と同じ様に。

 

 

「いた!!あの子だ!!」

 

 ――そして、いつの世も信じるものは救われるのである。

 

   27

 

「あぁぁアアア!!!!」

「おおぉォオオ!!!!」

 

 ヴェントがハンマーを十字架に打ち付け、唸る鎖の起動に合わせて暴風が吹き荒れる。上条が右手でそれを砕き、ヴェントに迫ろうとする。

 双方エイワスに負わされた傷のせいもあってか、立体的な攻防は繰り広げられてはいないが、それでも状況は一進一退であった。上条が距離を詰めればヴェントが引く。ヴェントが魔術を振るえば上条が止まる。そうした攻防を、二人は何回も続けていた。

 唯一先程と違うのは、街を包むように常に光の鱗粉が降り注いでいることだろう。風斬が誰かから下されている破壊の命令に抗いながらも生み出し続けているソレのお陰で、街の人に危害が行くことが無くなった。それは住民を巻き込んで上条に揺さぶりを掛けようとしていたヴェントからすれば不利な状況であり、住民を巻き込まずにヴェントとサシで戦いたい上条にとっては有利な状況であった。

 

「ヴェント!!どうしてそんなになってまで戦う!!」

 

 距離を詰める上条に向かってハンマーを横になぐヴェント。その一撃を身を屈めてやり過ごしながら上条が問いかける。

 

「決まってる、科学が憎いからよ!!私の弟を、人生を奪ったクソみたいな科学がねぇ!!」

 

 横の次は縦にハンマーを振るうヴェント。魔術の霊装としてでは無く、鈍器としてハンマーを扱い上条を殺しに掛かる。

 

「そんな血塗れになってまでか!!一度病院で診てもらった方が良いぞ、お前!!」

 

 対する上条は右手をハンマーの軌道上で構える。それを察知したヴェントが無理矢理体勢を変えてハンマーの起動を急激に逸らす。その鈍器は何も砕かずにただ空を切る。

 

「病院だって、冗談じゃない!!弟を見殺しにした奴らの手に何か掛かるもんか!!」

 

 引き絞ったのは右では無く左の拳。限界まで引き絞ったそれを、体勢を崩しているヴェントの腹にお見舞いする。

 

「ぐえっ!?」

 

 たまらず風の魔術を使って自身の目の前に衝撃を展開し、ヴェントが上条から距離をとる。

 

「弟が、殺された…?」

 

 上条はそんなヴェントを追わずに怪訝な目でヴェントを見つめていた。

 

「聞きたい?なら聞かせてあげる。遊園地のアトラクションが誤作動を起こしたのよ」

 

 ヴェントは怒りの表情を浮かべて上条を睨みつける。

 

「――絶対。そう、絶対よ!!科学的には絶対に問題ないだなんて言われてたのよ!!安全装置だの、強化素材だの、管理プログラムだの……!!」

 

 ”なのに”とヴェントは区切って。

 

「結果は失敗、私と弟はグチャグチャ。病院に運ばれた私と弟の両方を救おうにも、私達の血は貴重な物で輸血のストックも碌になかった。で、どうなったと思う?」

 

 怒りが一周まわってヴェントが無表情になる。

 

()()()()()()()()()()()()、よ。弟は私の命と引き換えにその生を終えた!!まだ未来だって沢山あった筈なのに!!弟だって死ぬのは怖かっただろうに!!」

 

 ギチリ、とヴェントがハンマーを握る力が強くなる。

 

「だから私は科学を許さない!!弟の未来を食いつぶした科学を、声高らかに欺瞞を謳う科学を――――私は決して許さない」

 

 ヴェントの境遇には多分に同情の余地がある。彼女が科学を憎むのは当然のことだろう。彼女の言い分はあまりにも正しい。

 

 

「ふざけるな……!!」

 

 

 だから、上条当麻は反抗する。

 

「遊園地のアトラクションは皆を笑顔にするために作られたんだ、決してお前達を殺す為に作られた訳じゃない。その病院だってそうだ。何もお前達を見殺しにしたかったわけじゃない、両方助けられるなら病院だってお前達を両方助けたかった筈だ」

「黙れ……」

「何より、お前の弟だってそうだ!!お前の弟は、お前に何かに復讐して欲しくてお姉ちゃんを助けて下さいなんて言ったわけじゃないだろ!!お前の幸せを願っていたその弟は、自分が死んだ後もお前に幸せに生きて欲しいって願って!!そうやってお前に未来を託したんじゃないのか!!」

「黙れ……!!」

「なぁ、()()()()!!!!」

「黙れぇぇええええええッ!!!!」

 

 激昂し意味もなくハンマーを振り回すヴェント。狙いもつけずに飛ばされる空気の塊は、上条の右手によって容易に消え去る。

 

「確かに、お前の言う通り科学って言うのも絶対じゃない。一つの実験やら検証やらが完了するまでにどんだけの犠牲があるかなんて俺には分からないし、その中にはお前みたいな奴もいると思う。だから俺はお前の言い分もある意味正しいとは思う」

「なら!!」

「でもな!!だからこそ俺はお前を止めなきゃいけないんだよ!!お前の代わりに死んじまった弟の代わりに、お前は幸せに生きていいんだって!!何かに復讐する事に人生を費やす必要なんてないんだって!!そいつを……その弟の想いを、お前にぶつけなくちゃいけないんだ!!」

「何を偉そうに……!!」

「じゃないとお前は一生そのままだ!!弟を死なせてしまったっていう自分への罪と、科学に復讐しなきゃいけないっていう強迫観念にとらわれて、一生幸せになんかなれやしない!!」

「こんの、クソガキがぁああああ!!!!」

「だからヴェント、お前のそんな幻想(ふくしゅう)は、ここで終わらせてやる!!」

 

 ヴェントがハンマーを振り回す。それに沿って鎖が揺れる。別々に放たれた風の鈍器は、空中で一つに纏まり上条を押しつぶそうとする。

 

「おおおおおおおお!!」

 

 対する上条は右の拳を振るう。纏まった風の鈍器にその右手を跳ね除けられそうになるが、それを気合でカバーする。

 

「ッらぁ!!」

 

 振り抜いた右の拳が風を吹き飛ばす。そのまま彼はヴェントの懐まで距離を詰め、右の拳を振り回す。

 

「……!!」

 

 ハンマーを振り回そうとしたが、体力の尽きたヴェントは、上条の右の拳を受け吹き飛んでいく。雨に濡れたアスファルトの上を転がった彼女の体は、もう起き上がることは無かった。

 

   28

 

 木原数多に殴られ、蹴られ、それでも立ち上がる一方通行(アクセラレータ)を信じ、インデックスは目の前の打ち止め(ラストオーダー)を観察していた。

 

(間違いない。ひょうかを形成している『核』はこの子だ。形のない『天使の力(テレズマ)』を人の形に押し込める、『黄金』でも使われていた術式)

 

 でも、とインデックスは歯嚙みする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。全体像は普通に理解出来るのに、近づいてみたら全く知らない物の寄せ集めで出来ている作品を見ているみたい)

 

 ここから先をインデックスは知らない。さりとて、曖昧な知識でこの核に手を付ける事も出来ない。

 ――故に、

 

「短髪、質問いい!?」

 

 彼女は手にした携帯電話からずっと通話中であった御坂美琴に助言を求めた。電話の向こうではインデックスを追ってきた猟犬部隊(ハウンドドッグ)の隊員と御坂美琴との戦闘音が流れてくる。

 

『美琴サマと呼べ!!全く、あのツリ目、厄介な仕事を押し付けてくれたわね!!それで、質問って!?』

 

 銃撃音と雷撃音とノイズ交じりの通話越しに、インデックスは慎重にパズルのピースを探していく。

 

「”脳波を応用した電子的ネットワーク”って何!?」

 

 どうやら人体と宇宙の照応の様なものらしい、とインデックスは美琴の回答を魔術的に噛み砕いて理解する。

 

「”学園都市に蔓延しているAIM拡散力場”っていうのは!?」

 

 どうやら天使の力(テレズマ)の様なものらしい。

 

「”脳波を基盤とした電子的ネットワークにおける安全装置”は!?」

 

 そうやって問答を繰り返すごとに、インデックスは不明瞭だった全体像を明瞭にしていく。

 ――そうして、

 

「分かった!!この子の頭の中にある『結び目』を解けばいい!!」

 

 AIM拡散力場という天使の力(テレズマ)の供給が途絶えれば、天使はその存在を維持できない。そのAIM拡散力場の天使への供給を担っているのが打ち止め(ラストオーダー)なのであれば、そのAIM拡散力場と天使とを繋いでいる『結び目』を解いてしまえば良い。インデックスは数多の問答の果てにそれを理解した。

 ならば後はその手段さえあれば良い。そして幸いにもインデックスはその手段に心当たりがあった。

 

「……歌。それならいける」

『ちょ、大丈夫!?人間の脳に歌なんか効くの!?っていうか歌ってコンピュータのアセンブルみたいに電気信号に簡単に変換できるの!?』

 

 美琴の慌てた様子と裏腹に、インデックスは酷く落ち着いた様子で答えた。

 

「できるよ」

『出来るったって、アンタ……』

「祈りは届く。人はそれで救われる。私達みたいな人間は、そうやって教えを広めてきたんだから!」

 

 ”だから”と。

 

「私たちの祈りで救ってみせる。この子も、ひょうかも、この街も!!」

 

   29

 

 歌が、聴こえた。あたたかな、メロディーが。何を言っているかは分からないが、それが打ち止め(ラストオーダー)に向けられたものであることを、一方通行(アクセラレータ)は本能で理解した。

 だって、この歌はこんなにもあたたかい。だからこの歌を向けられるべきは、闇に塗れた自分では無く、これまであたたかみを貰えなかった打ち止め(ラストオーダー)であるべきなのだ。

 それは確かにある少年にとって、立派な救いに成り得たのだ。

 あぁ、そうである。打ち止め(ラストオーダー)は、本来あのあたたかな歌の主と同じ側に立っている筈の少女なのだ。自分の様な闇の世界の人間が手を出してはいけない、輝かしい光の世界に住む筈の少女なのだ。だから、少女は光の世界に居なければいけない。自分の様な闇の住民では無く、光の住民に助けられないといけない。

 

 

 ()()()()()。本当に、それでいいのだろうか?

 

 

 そもそも、根幹にあった願いは何だっただろうか?どうして自分はこうまでなってまであの少女を助けようと思ったのだろうか?

 誰かに何かを言われたから?確かに得体のしれない女の声に『守るべき存在』と言われた気がする。しかし、それは始まりであっても根幹では無い。

 実験で殺したクローンへの贖罪のため?確かに彼女達への罪の意識はある。しかし、どうもそれも根幹では無い気がする。

 

「おぉ、おぉぉォォオオオ!!!!」

「今更雄たけびなんてあげて獣の真似事かぁガキィ!!」

 

 

 ――――あァ、そうだ。俺は単純に、光とか闇とか関係無く、打ち止め(アイツ)を助けたいンだ。

 

 

 それが一方通行(アクセラレータ)の根幹である。さぁ、根幹を確認したのならば、それに似合う力を取り揃えよう。

 

 

()()》とは<意志>に従って<変化>を起こす<科学>であり<(わざ)>である。

 

人は、自分が()なのか、()であり、()()存在しているかを独力で発見し、

疑いなきまでにそれを確証しなければならない。

(中略)

こうして自分が追及すべき適切な行路に気付いたならば、次に為すべきことは、

その行路を最後まで辿り続けるのに必要な条件を理解することである。

その後で人は、成功と無関係あるいはその妨げとなる要素をすべて自分自身から抹殺し、

条件を制御するために特に肝要な資質を伸ばしていかねばならない。

 

 

「き、ぃ原ァァァアアア!!!!」

 

 その瞬間、一方通行(アクセラレータ)は確かに動かせない筈の体を確固たる自分の意志でうごかした。

 向かうのは正に自分の天敵とも言うべき白衣の狂人。

 理由に関しては、言うまでも無かった。

 

   29

 

「オォォオアア!!」

 

 真っ直ぐ打ち込んでくる一方通行(アクセラレータ)の右の拳を木原が身を横にずらして避ける。

 

「オラァ!!どうした一方通行(アクセラレータ)、訳のわかんねぇ覚醒みてえな冷めた真似しやがってよォ!!」

 

 そのまま木原が右の拳を一方通行(アクセラレータ)の体に打ち込む。

 

「ぐっがぁぁアアア!!!!」

 

 痛みを誤魔化す様に咆哮をあげた一方通行(アクセラレータ)が右の拳を木原の顔面に叩きこむ。

 

「ぐぉっ!?一体どこにそんな力が残ってんだよ、なぁ!!」

 

 負けじと木原も右の膝を一方通行(アクセラレータ)の体に叩きこむ。

 

「舐め、てンじゃねェぞ木原ァアアア!!!!」

 

 対する一方通行(アクセラレータ)も今度は左の拳を振りかぶる。拳は弧を描き、木原の顔の側面に突き刺さる。

 

「調子にのってんじゃねえぞクソガキが!!」

 

 咄嗟に木原が一方通行にタックルするように衝突し突き飛ばす。地面に転がった一方通行(アクセラレータ)の目は、それでも決意に満ちていた。

 

「死体同然の分際で何かできるとでも思ってんのか!?それならそんなお前にプレゼントでもくれてやるよ!!」

 

 木原が懐から取り出したのは一つの対人殺傷用手榴弾だった。彼はそのピンを抜くと、手榴弾を一方通行(アクセラレータ)に放り投げる。

 

「ゲームセットなんだよ、お前はよ」

 

 手榴弾は弧を描くように一方通行(アクセラレータ)の頭へと落ちていき、その頭に当たって一回跳ね――。

 

 

 ドン!!!!という爆発と共に、大量の破片を撒き散らし、大量の煙を吹き荒らした。

 

 

「はははははははは!!ざまぁねぇな一方通行(アクセラレータ)!!元学園都市最強も、所詮は人間ってこった!!」

 

 木原が勝利の雄たけびをあげる。一方通行(アクセラレータ)の無惨な死体を眺めてやろうと、未だ晴れぬ粉塵の壁を注視する。

 

「心配すんな、テメエの死に顔を拝んだら、そこの変な歌を歌ってるシスターも一緒に殺してやるからよ!!あの世で仲良くやってろよ!!」

 

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――あ?」

 

 頭をガシリと掴まれて、先程まであった勝利の熱が冷めていく。木原の機嫌が頂点から底辺まで、さながらジェットコースターの如く急降下していく。同時に脳が警鐘を鳴らす、この先を決して見てはいけないと。

 

「おいおい、何だよその翼は」

 

 漏れ出た言葉はとっくに先程までの威勢を失っていた。声色に乗るのは疑問よりも恐怖の色が勝る。彼の目の前に現れたのは、無傷の一方通行(アクセラレータ)と、()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

(コイツ……この土壇場で新しく制御領域の拡大(クリアランス)を獲得したっていうのか?一体『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』に何を……いや待て、A()I()M()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()……そうか、アレイスター、最初からこのつもりで……!!)

 

「ojvd殺re」

「化け物がよ……」

 

 直後、一方通行(アクセラレータ)の背から生えた黒翼が爆発的に噴射し、正体不明の力が木原数多の体を空に飛ばした。彼の体は止まる事無く加速し続け、夜空にプラズマの流れ星を描いた。

 

   30

 

「あれだけ動き回ってその程度とは、つくづく超常の肉体を持つ者は厄介なものだ」

「伊達に神の右席は名乗っていないのである」

 

 刺突杭剣(スタブソード)を構えた西崎は、上半身を袈裟斬りされた様な血の跡の残るアックアを見て呆れた様に呟いた。他にも刺突杭剣(スタブソード)による細かい傷などは負っていたが、それらは時間の経過と共に自然治癒した。

 

「やめだやめ。これ以上お前と戦っても何の意味も無い。さっさと負傷者の回収に向かうんだな」

「ほう。とても先程まで足止めに徹していた人間の言葉とは思えんな」

「お前に負傷者を回収して貰わないとこちらが困るんだよ」

「私が態々敵の言う事を聞くとでも?」

「あぁ、聞くとも。()()()()()()()()()()()、心優しいお前ならばな」

 

 返答は無かった。爆発のような衝撃音が辺りに響いたかと思えば、つい先程までそこに居た神の右席の姿はもうどこにも無かった。

 

「さて、こちらも帰りますか」

 

 ”エイワスめ、態々面倒事を増やしたかと思えば、自分は直ぐに飽きて消えやがって”と聖守護天使に文句を言いながら、少年は寮に帰るのであった。

 

   31

 

 この日を境に、世界は大きく動くことになる。

 学園都市は、『魔術』という学園都市外に存在する能力開発機関をローマ正教が用いて学園都市に攻撃をしたと世界に発表し、ローマ正教は学園都市にて『天使』の存在を確認し、学園都市が十字教を冒涜しているとしてこれを非難した。

 大きなうねりが世界を巻き込み、すぐそこに三度目の戦火の影が近づいてきていた。




 創約5巻p460より虚数学区=位相であることが明言されましたね。つまり虚数学区を形作るAIM拡散力場という存在もそういうものであると言う事になります。
 創約6巻では超絶者と橋架結社について説明が入りました。アリスに関してはアレイスターの存在が関わっている様ですが、アンナ=シュプレンゲルについてはどうでしょうか。
 [黄金の夜明け団]入門という書物のp82に興味深い記述が載っています。それはアンナ=シュプレンゲルの魔法名が姉妹(ソロール)サピエンス・ドミナビツル・アストリス(SDA)」(意味:賢者は星に支配される)というものと、この魔法名がヘルメス協会の創立者であるアンナ=キングスフォードと同じであるというものです。
 因みにアンナ=キングスフォードの結成したヘルメス協会には、黄金の夜明けを結成する前のサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースとウィリアム=ウィン=ウェスコットも所属していました。創約6巻で彼女の説明に二人の名前が出ているのはそういう関係からですね。
 ”え、あの二人って黄金の夜明けを立ち上げただけじゃないの?”と思われる方もいるでしょうが、あの二人も魔術知識0の状態からいきなり黄金の夜明けを立ち上げた訳じゃ無く、その下地になる様な過去があったと言う事ですね。
 余談ですが創約6巻p279でアンナ=キングスフォードの紡いだ「ソロール、キングスフォード、1888」の1888は彼女が史実で死亡した年になっています。

 取敢えずゴールデンウィーク中に投稿出来て今はホッとしてます。

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