という訳で新年あけましておめでとうございます。
現在マビノギオンを読んでいるんですが、人物描写が凄まじく濃いです。
その後に化学の結婚も読む予定ですが……原作のアンナ=シュプリンゲルは凄まじい事になってますね。彼女を超絶者に誘った黒幕が果たして誰なのか気になる所です。
因みに今回主人公はちょっと自重します。出番少な目です。
「何だい、君は。突然虚空から現われるなんて、酔狂な人間もいるもんだ」
少女の目は輝きを失っていた。彼女はとある目的を掲げ、行動を起こし――そして敗北した。
「
「……なんだって?」
提案は男から投げかけた。彼は少女の望むものを報酬として提示した。
「――成る程。真実、君は酔狂な人間らしい。他の誰でも無く、僕にその商談を持ちかけるなんてね」
「それで、返事は?」
少女は悩む素振りも見せず、見知らぬ男の手を取った。
「乗った。僕は
「やけに乗り気だな」
「だってそうだろう?一度は敵として戦った人物との共闘なんて、熱いに決まってるじゃ無いか」
金の髪と
1
学園都市第一三学区にある大学附属病院の一室にて、ある男女が相対していた。
「フランス、ロシア、アメリカ……他にも世界各国で暴動が起こっている」
切り出したのは男の方だった。言葉だけを見れば世界の現状を
「ローマ正教の抱える通称『魔術』と称される能力者開発機関による科学サイドへの攻撃だったかしらね」
女は他の十一人と同様に与えられた情報を思い出す様に言葉を返す。
「いやはや、タイミングが良いわよね。丁度
「対象を庇護するのと排斥するのとでは得られる結果も違うと思うが、それでも良いと?」
「全然OKよ。『C文書』とか言ったかしら?アレを媒介物質として置き換えれば、寧ろ計画の調整にも使えそうなのだし」
「成る程」
言って、男は懐から何かを取り出す。
「これは?」
「
女が
「おっと、そう不安に思わずとも良い。これはその効力を失っている。今となっては、ただの古紙に過ぎない」
「へぇ、これがそうなのね。どう見てもただの古紙にしか見えないわね」
女が古紙を手に取り眺める。
「そのただの古紙の束が、現状何億人もの人々の意識を
「そうね。何か紙自体に意識を誘導させるような匂いが付いている訳でも、心理学的な作用の働く文字の配置がしてある訳でもないんでしょう?」
「そう、ただの紙だ」
ペラペラと女が紙を裏返してみるが、そういった細工をした痕跡も見つからない。
「
それは挑発であった。女の答えは分かり切っている筈なのに、男は敢えて問いかける。
「当然。何せ、その為の『
女――
ゆっくりと、しかし確実に、その闇は胎動していた。それが脅威となってヒーローに牙を
2
「『
紅茶を口に含みながら、
「で、
「目的がヒーローの共倒れな以上、ほぼ確実に巻き込まれるだろう。良かったな食蜂、ポイントの稼ぎ所だぞ」
「残念、彼の記憶は揮発性メモリだから私の稼いだポイントは即座に削除されちゃうのよねえ」
”だからと言って、見過ごす訳にはいかないけれどお”と
「
「?」
「以前、俺がお前に
「魂、ねえ」
持っていたティーカップをソーサラーに置きながら、食蜂は
「例えば古代エジプトでは魂はバーと呼ばれ、肉体の死後昇天していく。こういった思想は結構あるもので、エンドペレクスという人物はこの世界が善の霊的世界と悪の物質世界の二つによって構成されていると述べている」
「つまり、肉体は悪で魂は善って事かしらあ?」
「
「
「その魂が記憶と言う物を持っているということだ」
「……肉体の損傷に関わらない記憶を、人は有しているって事かしらあ?」
「物分かりが良くて助かるよ。この魂は今世だけでなく前世の記憶も持っているというものがある」
そこまで言うと西崎は食蜂の目の前に何処からか取り出した日記と鉛筆を置いた。
「例えば食蜂、今日会った出来事をこの日記帳に
「えっと、今の出来事から書き始めて、今日の〇時〇分まで時間を遡って出来事を記帳するって事であってるかしらあ?」
「その通り」
「まあ、難しいでしょうけれど出来なくは無いかしらあ」
「なら、
「そ、それは流石にい……」
「では、
「頭の中で
「それを何日分も、何年分も行って記憶を遡っていくと、どこかしらのタイミングを起点に前世の記憶を獲得する」
「もしかして、それがあ?」
「
「――――」
食蜂はその言葉を聞いて何かを考えた後、”あれ?”と言葉を漏らし、
「でもあの右手を持つあの人は、その
「知らん」
「貴方ねえ!!!!」
常盤台の最大派閥の女王の声が、青空の下に良く響いた。
3
フランス、イタリア、ドイツ、果てはアメリカまで。神の右席の一人が学園都市を襲撃した九月三〇日以降、海外はローマ正教と科学サイドの
それは科学の最先端である、ここ学園都市も例外では無い。学園都市の空を飛び交う飛行船も、今や引っ切り無しに海外の抗議運動や暴動の映像を学園都市の住民に見せつけていた。或いはそれは世界の情勢を映す為と言うより、抗議運動や暴動を引き起こしているローマ正教サイドに対する負の感情を煽る為かもしれないが。
この世界の混乱には発端が存在する。ローマ正教が執拗に科学サイドを攻撃しようとしている理由も、それに根差したものである。
「
西崎隆二は寮の自室でそう呟いた。
「『黄金の夜明け団』にあった頃は『ブライスロードの秘宝』と呼ばれていたな。どうやらメイザースは『
石をパンに、水を
かつてサミュエル=リデル=マグレガー=メイザースはその秘宝を折った代償として腕の内部で不可視の爆発を引き起こし、いずれ
この爆発現象に関しては九月三〇日に現象管理縮小再現施設にてサーシャ=クロイツェフが興味深い情報を引き出している。即ち「神の子は世界を支え導く程の絶大な
詰まる所、位相からの莫大なエネルギーを、それを受け止めることの出来ない器で受け取ろうものなら、器の方がその力に耐えきれず爆発してしまうのだ。まるで空気を入れ続けた風船が、その中身に耐えられなくなって破裂するのと同じ様に。
「まぁ、その辺は今は捨て置こう。大事なのは、皮肉にもそんな
二〇億という絶大な数の信徒を抱えるローマ正教は、
普通に考えれば、学園都市側にとって勝ち目の無い争いである。彼らは特別な魔術を使わずとも、既に二〇億の信徒という、物量によるパワープレイが可能なのだから。そこに神の右席やローマ正教の魔術師が加われば、先ず負ける事は無いだろう。
先の『〇九三〇事件』の有様を見て、未だ彼らをまともと称すのにはかなりの無理があるだろう。木原を有し、一個大隊を相手取れる高位の能力者を有し、世界の数十年先の科学力と兵器を有する彼らは、人的被害を考えなければ世界を相手に出来る一都市である。『〇九三〇事件』で光臨した天使を見てローマ正教はそれなりに学園都市を警戒しているのだろうが、残念ながらそれでは警戒の度合いが足りなすぎる。
現に今も、『C文書』によって世界各地の暴動が意図して引き起こされた現象である事を知りながら、学園都市はその事実を国際社会で非難することもローマ正教に抗議することも無く、自身の力を世界に示す為に利用しようとしている。彼らはこの混乱に乗じ、ローマ正教と言う存在そのものを徹底的に破壊する
「まぁ、
学園都市統括理事長アレイスター=クロウリー。本名をエドワード=アレクサンダーという彼は、プリマス・ブレスレンという、聖書に書いてある事は全て真実であり、プリマス・ブレンスレンのみが最後の審判の時に救われるという非常に馬鹿げた宗派の家に誕生した。
これがどれ程馬鹿げた話かと言うと、幼少期のクロウリー一家はクリスマスを異端の行事と認定しパーティ等を開かなかった程である。また、偶像崇拝禁止の観点から子熊のぬいぐるみすら与えられない始末である。他にもプリマス・ブレスレン派の学校でのいじめ、ヒステリーな母親からの罵倒などがアレイスターを襲った。成長し知恵を付けていくにつれ、自身の置かれている環境の異常さを知ったアレイスターが十字教を恨むことになるのもさもありなんと言った有様である。
「とは言え、トップの意向に逆らう人間というのは何時の世も居るものだ」
学園都市統括理事会。一二人から統括される学園都市でトップの権力を持つ者達の中にも、今回の学園都市とローマ正教の争いの激化を阻止しようと動く者達は居る。
「
今頃は上条に今回の騒乱がC文書に端を発したものである事を説明し終え、学園都市統括理事会の総意に背いた報復を土御門から受けている頃であろう。或いはC文書までは説明出来ていなくとも、説明の補完は土御門の方から
「さて、猶予は少ないぞ、二人共?」
目的地であるフランスのアビニョン、そこにはもう直ぐ学園都市の特殊部隊が暴徒鎮圧の作戦の為に投入される。これは先の〇九三〇事件の折、学園都市統括理事会の一人を瀕死に追い込み、
果たして上条達がC文書を破壊するのが先か、それともアビニョンが炎に包まれるのが先か……。
「あら、また悪巧み?」
「む、レディーか」
西崎の思考を止めたのは
「でも、今回は同行しないんでしょう?」
「そうだな、今回俺はあいつらに同行しない」
「でも貴方、少し前にアメリカの暴動を阻止したりと裏では色々してるんじゃない?」
「まぁな。その一件ではアメリカに貸しを作っていたんだよ。世界中がとある少年少女の敵になった時に、彼らの活動をサポートする事を条件にしてね。まぁ、相手はそんなことは起こらないと思っていたみたいだが」
「実際、そんな事が起こる確率なんて戦争が起こるよりも遥かに低い訳なんだし、向こうからすれば適当な建前か何かの心算だったのでしょうね」
「だろうな。それにあそこには外部の干渉をシャットアウトする丁度いい歴史的土壌があるからな。俺が少し手を貸して、相手が少し行動さえしてくれれば、今回の件に関してはそれで丸く収まるのさ」
「なるほど、
「正解だ。フィラデルフィアには実際に独立宣言の著名を促した謎の男のエピソードが残っている。”
「へぇ。それが今回フランスに行かなかった理由?」
「いや、俺が行かなかったのは単に必要以上に神の右席に顔が知られているからだよ。だから今回俺が出来るのは、精々彼らに
「もしかして、望郷の彼女の事かしら?」
「そうだ」
夕暮れに染まった学園都市から、日の昇ったフランスを思いながら彼女は微笑んだ。
「なら安心ね。
4
コンスタンティヌス。それがC文書を作成した偉人の名である。彼は当時ローマ帝国から迫害を受けていた十字教を初めて公認したローマ皇帝であり、そんな彼が十字教の為に作成した文書こそがC文書と呼ばれるものである。その内容は大雑把に言うと自分の収めている土地や権利などは全てローマ正教の物であり、人々はローマ正教に従わなければいけないという実にローマ正教にとって都合の良い代物である。
と、ここまでが表の歴史で知ることの出来るC文書の説明である。さて、ここからが霊装として扱われた場合のC文書の説明となるが、その効果はかなり凄まじいものとなっている。C文書の本当の効果、それは『ローマ正教のトップであるローマ教皇の発言が全て正しい情報である風に信じさせることが出来る』と言う物である。対象範囲はローマ正教に対して全肯定の人々全員と、これまた凄まじい範囲を誇る。これを信徒二〇億を誇るローマ正教が使用したと言うのだから、その影響は計り知れない。
そんなC文書であるが、弱点のようなものが一つある。この霊装は、本来バチカン中心部でないと使うことが出来ないのだ。では何故バチカンでは無くフランスに向けて音速旅客機で向かっているのかと聞こうとしたところ、上条は土御門と一緒にフランスの上空で音速で旅客機からパラシュートでダイブするという戦争ゲームの空挺降下くらいでしか見た事の無い様なシチュエーションに遭遇するのであった。
「はぁ……散々な目に遭った」
パラシュートでのダイブの結果、ローヌ川に落ち、水没しかけた所を
「五和、だったよな?サンキューな。危うく人生初のパラシュートの体験結果が溺死になる所だった」
「い、いえっ!!そんな、お礼なんて言われる程のことはしてないですから……!!」
「?まぁ、五和が良いならそれでいいけど」
若干顔を赤くして語気を強める五和の様子に疑問を抱くが、
「そ、それにしても、あなたはどうしていきなり上空からパラシュートで降りてきたんですか?その、今日は学校はお休みとか?」
「そうか、ヨーロッパと日本じゃ時差があるんだっけ。大丈夫だ五和、今日の学校はもう終わってるから。俺らが来たのは――」
上条が五和を見る。天草式十字凄教に所属する魔術師の彼女と偶然フランスで遭遇したというのは考えにくい。土御門もC文書はバチカンでしか使えないと言いながらフランスを目的地にしていた。となると可能性は一つ。
「多分、五和と同じ目的だと思う。五和もC文書っていうの、止めに来たんだろ?」
目的の一致、これだろう。今回フランスに来ているのが五和単体か天草式十字凄教全体かは知らないが、彼女達も土御門と同様C文書とフランスとの何らかの関係に着目したのだろう。
「えっ!?確かにそうですが、私達天草式がようやく掴んだ情報をそんな簡単に!?」
「いや、実は俺も細かい事は知らされて無いんだけどな。土御門って奴からC文書が今回の世界中の騒動に関わってるっていうのと、そいつは本来ならバチカンでしか扱えないって所までは知ってるんだけど……」
「な、成る程……!!」
未だ興奮冷めやらぬと言った様子の彼女の口から語られたのは、ここがフランスのアビニョンという都市であること。昔、フランスとローマ正教の教皇との間で
「リモートデスクトップ接続みたいなものか。で、肝心のC文書の場所に付いてはもう目途がついてるのか?」
上条の疑問に、五和が力強く頷く。
「はい。ツチミカドさんという同行者の方もこのアビニョンを目指していたとすると、可能性は一つでしょう」
一拍おいて、彼女は告げる。
「――教皇庁宮殿。およそ七〇年に亘ってローマ教皇を幽閉した建物。現状、考えられるのはここ以外にありません」
今回の騒動の元凶、その居場所を。
5
C文書の在処が分かり、準備を整え教皇庁宮殿へと向かった上条と五和だったが、まるで見計らったかの様に幾度も行く手を阻む暴動に見舞われ、一旦近くの建物の中に避難する事となった。
「どうする。これじゃ教皇庁宮殿になんてとてもじゃないが行けやしないぞ」
「そうですね。……こんな暴動に巻き込まれることなんて、私が調査している間は無かったのに、どうして急に……」
予想外の事態に歯嚙みする上条達。上条達の潜伏した建物の中にまで、外のアビニョンの暴動の音が入り込んでくる。
「五和が暴動に遭ったことが無かったのに、俺が来た途端に暴動に巻き込まれた。ってなると――」
「この暴動は、C文書によって引き起こされた人為的なもの、という訳ですね?」
「あぁ。にしても参ったな。これじゃ手詰まりだ」
アビニョンの通路は全体的に細い。その細い通路を人の壁で埋められるとどうにもならない。しかし、件の暴動を引き起こしているC文書は、その分厚い人の壁の奥にしか存在しない。
(どうする……)
思考を巡らす上条。だが解決策は一向に思い浮かばない。
(どうすれば……ッ!?)
その時、考え込む上条がポケットの中に入れていた携帯電話が着信音を鳴らす。慌てて携帯電話を取り出し相手を確認する。画面には『土御門』の字が表示されていた。
『カミやん、そっちは大丈夫か!?』
「俺は大丈夫だ!こっちは天草式の五和って奴と合流して一緒に動いている、暴動にも何度か巻き込まれたが今は身を潜めてる!」
第一声から焦った声をあげる土御門の質問に、上条も声をあげて返答する。
『そうか、とにかく無事でよかったぜカミやん。で、カミやんは今回の件、その五和って奴からどれ位聞いてる?』
「C文書が教皇庁宮殿にあるってことは聞いた。だから俺達は教皇庁宮殿に向かってたんだけど……」
『暴動に巻き込まれて足踏みって所か。成る程、概ねこっちと変わりは無いようだにゃー』
「ってことは、土御門も教皇庁宮殿には近づけてないって事か」
『まぁな。だがなカミやん、教皇庁宮殿に近づけないのとC文書の効力を発揮できなくするのはイコールじゃ無いんだぜい?』
「どういうことだ?」
『別解があるって事だ。カミやん、このアビニョンが何故C文書を発動させられるか、その理由は聞いてるだろう?』
「バチカンとの間に魔術的なパイプランを作って、バチカンの魔術施設を遠隔操作出来るようにしたからだろ?」
『そう!なら話は単純で、
”ま、それでバチカンに戻ってC文書を使われても困るから、最終的にはC文書の破壊もしなきゃいけないんだけどにゃー”と言って、土御門が笑う。
『地脈の読み方なら俺に任せろ。何てったって俺は風水のエキスパートなんだからにゃー!』
”HAHAHA”と笑う土御門。そんな彼の言葉を聞いて、上条も笑みを浮かべる。
『カミやん』
「どうした、土御門?」
『ようやく活路が見えてきたな』
「あぁ!」
6
上条と五和がやって来たのはアビニョンにある小さな博物館だった。土御門の話によると、この博物館の館内のどこかにアビニョンとバチカンを結ぶ魔術的なパイプラインが存在するらしい。
「閉館って書いてあるのか?思いっきり閉まってるけど」
平日の昼間、本来であるならば営業時間であろう博物館のドアの手前には金属格子のシャッターが下りていた。ドアのノブにはプレートが掛かっており、何やら単語が書いてあるが、フランス語が読めない上条にはその単語を推察する位しか出来なかった。
「どうやら、暴動を恐れて早めに閉館したみたいですね」
「でも、これじゃどうやって入るんだ。このシャッター、かなり硬そうだぞ」
シャッターをノックするように軽く拳で小突く上条。彼が拳で小突く度に、ゴンゴンという重低音が響く。そんな上条を尻目に五和は持参していたバッグを開き、中から取り出した物体を繋ぎ合わせてある物を完成させる。
「どうするんだコレ?なぁ五和、お前は何か館内に侵入できる手段とか――」
「えいや」
”持ってないか”と言おうとして、続く言葉が出る事は無かった。何故なら五和が先程組み立てた
「えぇ……」
シャッターが壊れた事で防犯ベルがけたたましく鳴り響くが、それを気にしない様子で五和がシャッターの奥にあったドアを開く。
「さぁ、行きましょう」
「まぁ、うん……。結果オーライって事でいっか……」
どこか釈然としないものを感じたまま、上条も五和に続いて館内に足を踏み入れる。
館内は閉館時間ということもあってか光源に乏しく、薄暗い空間となっていた。足元に注意しながらも上条達は館内を進み、やがてある一点で止まった。
「ここですね。かなり巧妙に隠蔽されているみたいですけど、ここがパイプランで間違いありません」
五和がパイプランのある床を観察し、頷く。次いで彼女はバッグを地面に下ろし、パイプランを切断する為に必要な物をバッグの中から取り出していく。
「ツチミカドさんと言う方との合流はまだ出来ていませんが、事は早いうちに済ませちゃいましょう」
カメラ、スリッパ、パンフレット、ミネラルウォーターなど、術式の構成に必要な日用品をバッグから取り出す五和。そんな彼女の魔術をうっかり右手で打ち消したりしない様に、少し離れた場所から見守る。と、そんな時、彼女の動きがピタリと止まる。
「い、五和……それは……?」
彼女がバッグから取り出した日用品は、白い下着であった。その光景に動揺した上条が疑問の声をあげる。
「この術式の構成に、どうしても必要なんです……!!」
その疑問に対し、五和は羞恥に染まり、泣きそうな声で答えると、持っていた白い下着を今まで取り出した日用品と同じ場所に置く。次いで、今まで取り出した日用品を円形に配置し、円の中心に自身の持つ槍の切っ先を向けた。
「行きます!」
気合の声と共に、五和が槍を地面に突き刺す。
そして――
7
――ガラスの割れるような甲高い音と共に、その凶刃は崩れ去った。
8
「テメェは誰だ」
博物館の壁をすり抜けて攻撃してくる白い刃を迎撃しながら外に出た上条達の目の前に立っていたのは一人の男であった。全身を十字の意匠をあしらった緑のローブで包み、その手に先程まで上条達を襲っていた白い刃を携えたその姿から、上条は目の前の男こそが先程の襲撃犯であることを確信する。
「――
上条の問いに、男が口を開く。その口から出た単語は、上条達の警戒をより一層深めるのには十分過ぎる程の意味を持つものだった。
「その一員である左方のテッラと言います。貴方が件の
言葉と同時に、テッラの手元から白い凶刃が放たれる。先ずは二人纏めて薙ぎ払うかのように水平に。それはアビニョンの狭い通路に面した建物の壁や路上の物体を巻き込み、破壊しながら上条達に襲い掛かる。
「それはさっきも散々見たぞ!!」
対して上条は右手を横に突き出す。それだけで、彼の右手に触れた白い刃はその破壊の軌道を止められ、地に崩れ落ちる。その崩れ落ちた刃だった物を見た五和が疑問の声をあげる。
「小麦粉……?」
「生憎と手持ちはこれのみで、
「小麦粉と
テッラの言葉で何らかの考えに至った五和だったが、そんな彼女を襲う様に次なる刃が振るわれた。今度は上から振り下ろす様に。
「させるか!!」
だがしかし、真上に掲げた上条の右手によって打ち消される。
「五和!!」
「はい!!」
上条の声と共に五和がテッラに向かって駆け出す。対するテッラは白い刃を手元から射出する様にして五和に対して攻撃を仕掛けるが、彼女はそれを体を捻って回避する。白い刃はそのまま宙を突き進み、隣接する建物の壁を抉り取るのみとなった。
追撃を仕掛けようと白い刃を形成しようとするテッラだが、その前に五和が彼の目の前に辿り着く。
キラリ、と。日の光に反射して、彼女がこれから繰り出す攻撃の片鱗がテッラの周囲に浮かび出る。テッラの刃が広範囲への攻撃に長けた物であるとするなら、五和のソレは狭い範囲への攻撃に長けた物である。その恐ろしさについては、上条も身をもって体験している。
「――
その武器の名は
「――
「ッ!?」
しかし、彼の体を裂く事無く、まるで通常の糸の様に彼の体に張り付いた。その様子に思わず驚愕する五和。
「成る程、大体は分かりました」
テッラが軽く腕を振るう。それだけで、本来圧倒的な殺傷力を誇る筈の
「それが貴方方の全力と見ていいですねー?……では、次はこちらの番です」
「ッ!!させませんっ!!」
その言葉に、我に返った五和がそうはさせまいと槍での追撃を試みる。が、
「優先する。――
カン、と。余りに呆気ない音を立てて、突き立てた槍はテッラの人体によって跳ね返された。それにより体勢を崩した五和に向かってテッラが刃を向ける。
「ッ!!五和ッ!!」
「優先する。――空気を下位に、刃の動きを上位に」
発射された刃は、上条が彼女の下へ駆けつけるよりも遥かに迅速に彼女の体を貫こうとし――
「それは頂けないな」
――突如、降って湧いた様に現れた少女の手によって崩れ去った。
9
その少女は金の髪と碧の目をしていた。その身は淡い紫を基調とし、着物を模したゴシックロリータ調の衣服に包まれ、その
「両手……?」
「おや。命の恩人に礼の一つもしないなんて、感心しないね」
少女は五和を一瞥すると、目の前に対峙する左方のテッラに視線を向けた。
「成る程。君が標的だね?悪いけれど、僕の為に倒れてくれないかな?」
「
テッラが真横に向けて白い刃を発射する。刃は真っ直ぐに道に隣接する建物の壁へと向かい、
「優先する。壁を下位に、刃の動きを上位に」
その壁を破壊する事なくすり抜ける。そのまま刃は少女や上条達の視界に映らないまま、段々とその距離を縮める。
「成る程」
対して少女はただ一言呟くと、木刀の様な杖を持った腕を前に突き出し、交差させた。本来左手がある場所には右手が、右手がある場所には左手が、そしてその両の手に握られた杖の刃先が静かに宙を指していた。そしてその唇を開いた。
「
次の瞬間、壁を突き破って出てきた白い刃が少女目掛けて襲い掛かる。少女は冷静にその刃に対して左手の杖の刃先を当てる。それだけで、テッラの放った白い刃は小麦粉となって周囲に散らばり落ちた。
「その詠唱――」
「おや、分かっちゃったかな?」
テッラが目を細めて少女を睨む。対する少女はおちゃらけた様にその敵意を受け流す。
「白々しい事を言いますねー。貴女のソレは、
「そう。彼が子孫であるエフライムとマナセに祝福を授ける際、彼らの頭にその手を乗せるのだが、彼はより多くの祝福を授ける右手を長男のマナセでは無くエフライムの頭に置き、左手をマナセの頭に置いた。つまり――」
「
”しかし”と、テッラは前置きを入れて。
「解せませんねー。私のコレは、肉体を天使化した神の右席のみが扱える、いわば特権のようなもの。只の人である貴女が同質の魔術を扱える筈は無い」
「おや、そうかな?それは例えば
少女が見せびらかす様に懐から取り出したのは、小さな陶器であった。しかし通常の陶器とは違い、彼女の持つ陶器にはその側面に電池が付けられていた。
”魔力は
「
「ッ!!貴様、私と同じ神聖な術式を使いながら異教の救世主を騙るか、この恥知らずがァッ!!」
それはミトラ教と呼ばれる宗教の内、古代ローマで準国教にまで指定された西方ミトラ教とよばれる宗教に関わるあるエピソードを再現した物だった。『ロックバース』と呼ばれるソレは、悪神アンラ・マンユに支配された世界を正す為にミトラという宇宙霊――宇宙に於いて至高存在に次ぐ地位の存在――が地上に遣わされる時、一本の聖樹の下にある「創世の岩」と呼ばれる岩の洞窟に稲妻として降り注ぎ、閃光の後、岩の洞窟からミトラが顕れたというものである。
因みに、このロックバースが起きたのは十二月二五日であり、このミトラの誕生を三人の占星術の学士が予言しており、その三人はミトラへの捧げものをする為に創世の岩に行っている。このエピソードは
そんなエピソードを模して作られた霊装を見たテッラが激昂し、少女に対して白い刃を投げつける。
「優先する!空気を下位に、刃の動きを上位に!!」
空気抵抗を無くし、凄まじい速度で迫る小麦粉の刃。
「だから、」
それを見た少女が腕を前方で交差させる。彼女は心底詰まらなさそうな表情で一言。
「それはもう良いよ」
彼女の左手に握られた杖の刃先が刃に触れ、
「エフライムたる空気、マナセたる刃」
先程と同様、その刃は大気によって押し潰された。
「芸が無いなぁ。その刃を投げることしか出来ないのかい?それにその術式、
「黙れ異教の力を借る異教徒が!!それならこれでどうです!?」
テッラが小麦粉の刃を壁に向かって放つ。
「優先する。――壁の強度を下位に、刃の強度を上位に」
テッラの魔術により、壁に突き刺さる刃。それを腕を引いて引き寄せるテッラ。瞬間、ゴバァッ!!という破壊音と共に建物の壁が剥がれ落ち、更には建物全体がそれによって崩壊し、少女と上条達目掛けて崩落する。
「貴女のその射程ではここまでの破壊とその余波を全て防ぐのは不可能です!!瓦礫に埋もれて潰れ死になさい!!」
空気を下位に、人体を上位にして大きく距離をとったテッラが叫ぶ。そんな彼の様子を見て少女が”やれやれ”と首を振る。
「射程距離の有利不利については、そこの奴のお蔭でこの前勉強させられたばっかりなんだよね」
ピッ、と空中に複数の赤い線が走る。それは少女の持つ杖から放たれた線であった。
「だから僕は考えを改めた」
それは、一方は少女自身を指し、もう一方は少女の足元を指していた。
「エフライムたる僕、マナセたる地脈。そして――
瞬間、少女の足元から不可視のエネルギーが奔流として湧きあがり、今正に倒れんとしていた建物の全てを蹴散らした。唖然とするテッラを前にして少女が言葉を続ける。
「僕は出来るだけ近距離での戦闘に持ち込ませない様に、霊装を改造したんだよ」
「センサーだと……!?異教の霊装を使うに飽き足らず、科学の力も使ったと言うのか……!?」
「そうだけど?」
少女が手の中の杖をクイッと回し、その刃先をテッラに向ける。
「エフライムたる空気、マナセたるテッラ――君、終わったよ」
「なっ……ぐべッ!?」
センサーの当たったテッラの体が地面に押しつぶされるように
「さて、どう調理しようか――」
「カミやん、そこから逃げろ!!
「土御門!?」
「うん?」
手元の杖を回し、テッラの調理方法を考えていた少女と、後ろで少女の戦いを見ていた上条達に突如声を掛けたのは遅れて合流してきた土御門だった。
土御門の警告に少女が意識を彼に向ける。
瞬間、ドゴアッ!!という破壊音と共に、建物の壁が破壊された。
チラリ、と少女がテッラを一瞥する。が、相変わらずテッラは地に伏したままだ。下手人は彼では無いと確認し、ならばと破壊された壁の向こうに目を向ける。
ソレは当然の様な顔をして壁の向こうからやって来た。宇宙飛行士の様な分厚い寸胴型のシルエット、頭部は分厚いヘルメットに覆われ、全身を青と灰色の迷彩柄の装甲で覆っている。手には銃身の太い特殊な銃器が握られており、その膂力はアビニョンの石造りの建築物を破壊して余りある程だ。
「
その正体を上条が言い当てる。学園都市の非公式編成機甲部隊、魔術サイドに科学サイドの力を知らしめる為に学園都市より送り込まれた特殊部隊。その尖兵が今、アビニョンに牙を剥いた。
10
「土御門、と言ったかい。
「有人だ」
「そうか。なら対処は簡単だ」
短く言葉を交わす少女と土御門。少女が意識をテッラから
「エフライムたる追跡、マナセたる鎮圧」
壁を突き破って登場した
「おや、そうこうしている間に標的に逃げられてしまったな。失敗失敗」
見ると先程まで地に縛り付けられていたテッラの姿は其処には無かった。恐らくC文書を先程の
「助けてくれてありがとうな。えっと……」
「ん?あぁ、そう言えば名乗っていなかったね。僕は
「そっか。改めて、ありがとうシンシア。俺は――」
「上条当麻だろう?君のことは
「……」
「まぁ、君に関しては今更か。それで、先程合流した君が土御門か。陰陽師と言う事位は聞いてるよ」
「そりゃありがたい。で、お前は何者だ。誰の依頼でここに来ている?」
シンシアが場の面々に対して自己紹介をする。それに対して上条は気さくに礼を言い、五和は意味ありげな眼差しで彼女を見つめ、土御門は警戒した面持ちで彼女に問を投げかけた。
「さっきも言ったと思うけど。僕は天草式――」
「嘘をつくな。俺は仕事柄
「――。つれないねぇ。君が何と言おうと、僕は真実天草式十字凄教の一員だって言うのにさ」
「ツチミカドさん。彼女は確かに天草式十字凄教の一員です。……ただし、彼女が所属しているのは正確には天草式十字凄教・外界分派と呼ばれるものですが」
「外界分派だと?だがその名は――」
五和の言葉に土御門が反応する。その名詞を最近あったとある大事件の関係で耳にしたことがあるからだ。
「はい。私達天草式がイギリス清教に入団する試験の際、巡り巡ってポンド圏四〇ヶ国の魔術基盤を崩壊させた罪で捕まった筈です。そんな貴女が何故……」
「ここに居るのかだって?簡単さ、出してもらったんだよ。ちょっとした依頼と引き換えにね」
シンシアが
「”テッラの撃破とC文書の破壊”、それが僕が受けた依頼の内容さ。自分で達成するもよし、誰かをサポートして達成するもよしってね」
”
「じゃあシンシアはこのまま教皇庁宮殿に直行するのか?」
上条の疑問にシンシアが頷く。
「そうだね。君達さえよければ一緒に行ってあげてもいいよ?僕としても、そっちの方がやり易そうだ」
「確かに、シンシアの申し出はありがたい。けど、
元々上条と土御門がアビニョンに来たのは、C文書による暴動を早い内に止め、学園都市が暴動を名目に魔術サイドに対して報復を与えることを阻止する為であった。その為に統括理事会の一人である親船最中も命懸けの行動に打って出たのだ。
しかし健闘虚しく学園都市は既に動いてしまった。であれば、そちらも何とかしなければいけない。
「カミやん、そっちは俺が何とかする。カミやん達はシンシアと一緒に教皇庁宮殿に向かってくれ」
「土御門、良いのか?」
「元々カミやんを巻き込んだのは俺だ。ケジメくらい、一人でつけられるさ」
「分かった。そっちは頼んだぞ、土御門!」
「じゃあな、カミやん!」
上条とグータッチした土御門が、先程
「貴女の事、信じていいんですね……?」
「勿論。こっちも良い報酬を約束されてるんだ、手は抜かないさ」
五和とシンシアは短く言葉を交わすと互いに握手をした。
「よし、俺達も行くぞ!」
その様子を見て、上条が宣言した。
目指すは教皇庁宮殿。世界中を扇動し暴動の渦に巻き込んだ元凶、C文書の在処である。
11
教皇庁宮殿までの道のりは正に順調そのものと言った感じだった。銃声や爆発音はするものの、街の中には暴徒の姿は見えない。空には先程まで微塵も姿が無かった筈のバルーンが大量に浮いている。バルーン下部にはゴンドラが取り付けられており、
教皇庁宮殿についても、要塞の様な見た目とは裏腹に、その外壁には風穴が開けられていた。先程シンシアによってC文書の追跡を優先する様に仕向けられた
(これだけの戦力を一体どうやって運んできたんだ?)
素朴な疑問。上条達がC文書破壊の作戦を開始してから今回の部隊を運んできたとなると、上条達の乗った旅客機と同等の速度を出しでもしない限りこんなに早く学園都市からアビニョンに着きはしない。
(装備だけ前もって近くに運んでおいて、実行部隊は海外に任せるとか?)
考えても
「御坂、今ちょっと聞きたいことがあるんだけど大丈夫か?」
『い、いいわよ』
相手はこの前『ハンディアンテナサービス』とかいうペア契約を交わした相手、
「フランスにアビニョンって街があるだろ。あそこで今何か起こってるかニュースとかになってないか?」
『はぁ?アンタ何言ってんの?』
質問に対する辛辣な返答に、”やっぱり表沙汰にはなって無いのか”と上条は落胆して、
『今はどこもかしこも臨時ニュースで、そのアビニョンでどこかの宗教団体が国際法に抵触する特別破壊兵器を作ってて、その制圧掃討作戦が開始されたって話題で持ちきりよ?』
「……は?」
続く回答で言葉を失った。
『……何、その回答。アンタもしかして、件のアビニョンにいます何て言うんじゃ無いでしょうね?』
「え、あ、う~~~~ん……?」
『え、ちょっと待って。冗談じゃ無くて本気でそこに居るの!?アンタ一体今度は何に巻き込まれ――』
美琴からの質問攻めにどう返事をしようか悩んでいた上条は、肩をつつかれて思わず後ろを振り返る。後ろでは五和が自分の耳を指さしていた。
(耳?)
周囲の音を拾い上げる。そして上条が先程までとの違いに気付く。
(銃声も、爆発音もしない……)
それはつまり、教皇庁宮殿での戦闘行為が終わったことを意味する。例えその結末が、学園都市の勝利にしろ、テッラの勝利にせよである。
「……!右だ!!」
場の微かな変化を感じ取っシンシアが大声で叫ぶ。同時に三人は思い思いの方向に動き出す。
一瞬の後、先程まで上条達の居た場所を突き抜ける様にして、
「おわっ!!」
派手な音を立てて転がる
カツン、と。広大な宮殿に硬質な足音が反響する。発信源は先程風穴の空いた壁の向こう。五和は槍を構えて壁を睨み、シンシアも杖を取り出し壁を見る。上条も右手を構えてそれを見た。
「やられましたねー」
次いで響いてきたのは間延びした声。しかし通常とは違い、多分の苛立ちを含んだ声音だ。
「まさか学園都市がそこまで本気で
それは一人の男であった。全身を十字の意匠をあしらった緑のローブで包み、その手に先程まで上条達を襲っていた白い刃を携えていた。そして何よりも、その左手には丸められた羊皮紙が握られていた。
「おや、皆さんお揃いで」
男――左方のテッラは芝居がかった口調で挨拶をすると上条達を
「残念ながら私はバチカンに帰らせて頂きます。痛い目を見たくないのであれば、そこをどいた方が良いのでは?」
「させると思うか?」
「えぇ、そうでしょうとも。そう易々と通させては貰えないでしょうねー」
テッラがC文書を懐に仕舞い、白い刃を構える。
「まぁ、どの道
「やれるもんならやってみろ!!」
12
そして、
13
耳をつんざく轟音と多少の衝撃が教皇庁宮殿内に響き渡った。それが上空九〇〇〇メートルを時速七〇〇〇キロを超える速度で飛行する爆撃機から散布された砂鉄による大切断の音であることを上条達は知らない。しかし図らずとも、それが勝負の合図となった。
「っ!!」
先ずは上条がテッラに向かって一直線に走り出す。テッラの魔術を無力化できる右手を持つ彼は、標的への最短距離を踏破しようとする。
「させませんよ!」
対するテッラは小麦粉からなる白い刃を大振りに振り回す。上条に攻撃を当てる他に、宮殿内部を抉り彼との間に障害物を作り出そうとする算段だ。
「サポートは任せてくれ」
ゴバッ!!という音と共に横合いから上条に向かって飛来する瓦礫を、シンシアが地面に叩き落す。
「ていっ!!」
「優先する。――床を下位に、人体を上位に」
テッラに槍で奇襲を仕掛けた五和を対処する為に、テッラが左手で床を剥ぎ取り盾のように展開する。
「エフライムたる僕、マナセたる床。――崩れろ」
「何!?」
その床がグズグズに崩れ落ちる。前方に迫る上条、横から阻むものの無くなった五和の槍の迫る状況を見てテッラが口を開く。
「優先する。――空気を下位に、人体を上位に」
テッラが高速で移動し、上条達と距離を取る。
「エフライムたる床、マナセたる足」
そんなテッラの足が地面に縛り付けられる。歯嚙みしたテッラが天井に向かって刃を発射する。
「優先する。――天井を下位に、小麦粉を上位に」
天井に刺さった刃に繋がる紐をテッラが振り下ろすと、まるでホラーゲームの即死トラップか何かの様に、天井も連動して上条達を圧殺しようと降りてくる。
「エフライムたる空気、マナセたる天井」
それらをすんでの所でシンシアが止める。
「その状態、一体いつまで持ちますか?」
「持たせる必要はないさ」
「何?」
テッラの煽りを受け流すシンシア。続く言葉を上条が代弁した。
「テメェの優先術式とやら、一度に複数の対象に向けては使えないだろ!!」
「ッ!!」
上条の拳の一撃を間一髪で避けるテッラ。その際に天井が元の高さに戻る。
「優先する。――空気を下位に、人体を――」
「おや、それで良いのかい?」
「ッ!? 魔術を下位に、人体を上位に!!」
上条の拳を高速で避けようとしたテッラだが、周囲に漂う
「
「ぎィ!?」
巻きついた
「が、瓦礫を巻き込むだとぅ……!!」
しかし、
「俺の事も忘れて貰っちゃ困る、ぜ!!」
体に食い込んだ幾つもの瓦礫に気を取られている間に上条がテッラの顔面に拳を叩きつける。テッラは
「これは終わったかな?」
「さっさとC文書を破壊してしまいましょう!」
倒れたまま起き上がる様子の無いテッラを目にしてシンシアと五和がテッラに近づく。方や報酬に目をくらまして、方や一刻も早く暴動を終わらす為に。
上条も安堵の息をつき、宮殿の床に腰を下ろす。
「――
白い刃が発射される。
「
上条の真上を二つの影が横切り、後ろの壁に何かが激突した。
カツン、という音を立てて、人影が立ち上がる。
「テメェ……!!」
「まだ終われないのですよ。千年王国を、より良い場所にする為にはねぇ……!!」
上条当麻とテッラによる、アビニョン最後の戦いの幕が上がった。
14
「この私を倒したと思って油断しましたね!お蔭で厄介なのを潰せました……!!」
テッラが無造作に次々と発射する刃を上条が必死に右手で打ち消す。
「貴方は右手が厄介ですが、それさえ数の暴力で封殺してしまえば私に近づくことすら出来ない!!」
「ッ!!」
シンシアに向かいそうになった刃を打ち消し、五和に向かいそうになった刃を打ち消し。そうして受け身に回ることを強制された上条は、テッラとの距離を詰められないでいた。
「それにしても不思議ですねー。まさか
「……何?」
奔走する上条の様子に気を良くしたのか、テッラが攻撃の片手間に語り始める。
「おや、知らない?もしかして、本来の性能が回復していたらそこの魔術師達も庇えたと言う事も御存知無いと?んー、これは予想外ですねぇ」
「何が言いたい!!」
「もしかしてアナタ、どこかで
「テメェ!!」
「ハハ、成る程!!それは興味深い!!」
記憶を失った事実を言い当てられた上条がテッラに食って掛かろうとするが、テッラの攻撃がそれをさせない。
そうして白い刃の放出と打ち消しの応答を続けていた上条とテッラだが、不意に宮殿が強い衝撃に襲われる。
「おや、連中も痺れを切らしているみたいですね。いいでしょう、このままでは私も身動き一つとれませんし――」
テッラが小麦粉の刃を生成し、上条を見据える。
「こちらも、そろそろ本気でいきますか」
返事をせず、上条は強く拳を握りしめた。
15
「ンで、爆撃に対する反応は?」
「いえ、今の所何も」
「なら仕方ねェ。数分様子見てそれでも反応がなきゃ、そン時は
16
「優先する。空気を下位に、小麦粉を上位に」
シンシアや五和を巻き込む事を止めたテッラの一撃が上条に襲い掛かる。優先によって膨張した長大なその刃を、上条は体を捻って躱す。
「千年王国を知って……いるとは思えませんね。怒りの日――所謂最後の審判の日に神が作られる国で、神の国や天国とも呼ばれる場所ですが」
上条が落ちていた瓦礫を拾いテッラに向かって投擲する。テッラはそれを人肌を優先する事によって無傷で受ける。
「敬虔な信徒はその王国に迎えられ『永遠の救い』を得ると言われています」
テッラが人体を優先し床を剥がして投擲する。上条はそれを状態を屈める様にしてやり過ごす。
「しかし、仮に敬虔な信徒全員が王国に迎えられたとして、果たしてそれは『永遠の救い』足り得るのでしょうか?」
速度を優先させた刃が体を捻った上条のすぐ横を通り過ぎる。
「同じ十字教徒であっても、派閥争いがある様に、千年王国にいっても人はまた争うのではないか?私はそう思ってやまないのです」
追跡性を優先された刃が上条を執拗に襲うが、上条は腕を組み、衣服でそれを受けることで攻撃を処理しながら前進する。
「だから私は救いが欲しい!いずれ来たる千年王国に於いて、皆が争わずに済む指針が欲しい!その為に――」
徐々に感情が高ぶっていくテッラが白い刃を構える。
「アナタはここで死になさい、上条当麻!!」
「んな事知るか!!」
至近距離で放たれた高速の刃を、予め攻撃地点を読んで置いていた右手で打ち消す上条。
「アンタの救いは救いじゃねぇ!!アニェーゼやオルソラの信じたローマ正教の救いってヤツの意味を、その組織のトップであるアンタが勝手に低く見るんじゃねぇよ!!」
「何を知った口を、極東の猿が……!!」
「あぁ、知らねえよ。けど、俺はアニェーゼやオルソラを見てきた。だから分かる。お前の救いは、ローマ正教の掲げる救いじゃねぇ。もっと独善的で、もっと人に価値なんてないと思ってる様な奴の掲げる、醜悪な救いだ!!」
「優先する!人体を下位に、刃の殺傷力を上位に!!」
迫りくる致命的な死の刃に対して、上条はテッラに対してただ力強く足を踏み込む。ダンッという音と共に、地面に転がっていた
「そんな腐った幻想は――」
銃身に当たった刃はその力を落とし、上条の身体に当たった時にはテッラの付加した殺傷性などとうに消えていた。
「――俺がこの場でぶち殺す!!」
上条の右の拳がテッラに突き刺さり、今度こそテッラは床に倒れた。
17
「やれ」
「はい、
「ンじゃ、俺は降りる」
「な、生身でですか!?」
「当たり前だろォが。俺を誰だと思ってンだ。核爆発にも耐えられる怪物だぞ」
18
(さて、もうそろそろ良いかな)
上空から降り注いだ砂鉄の刃が教皇庁宮殿ごとテッラを攻撃して直ぐに五和が目を覚ました事を感じ取りつつ、シンシアは気絶のフリを止め、あたかも今目を覚ましたかのように起き上がった。
(”上条当麻とテッラを一対一で戦わせるために気絶したフリをしろ。五和も巻き込めれば良し”とは。
うーんと背伸びをし、体からポキポキと音を鳴らして寝起き感を演出するシンシア。
(ともかくこれで依頼達成って事で良いんだよね。テッラは上条当麻が倒したし、C文書もテッラの撃破後にちゃんと破壊してくれたみたいだし)
『あぁ、依頼達成だ。おめでとう、シンシア。五和以外の人間に捕まると危険なので、直ぐに君を日本へ転移させる』
「わっ!?」
頭に直接響いた
「良かった、どうやら気絶しているだけのようですね。シンシアさんも、今回は助かり――あれ?」
気絶した上条の様子を見た後、五和が振り向いた先には、先程までいた筈のシンシアの姿は影も形も無かった。
今回はローマ繋がりでミトラ教(正確には西方ミトラ教)、薔薇十字団とアメリカ独立、ヤコブ(イスラエル)による臨終間際の祝福の譲渡などのネタを魔術的要素として入れてます。
とある要素では薬味久子による人的資源計画、新約10巻でのアメリカの早期寝返り、新約22巻リバースでも触れられた魔術的記憶(これは魔術ネタでもある)、アレイスターの幼少期(これも魔術ネタでもある)、そして外典書庫から天草式繋がりと言う事でシンシアさんなどのネタを取り入れてます。
関係無いけれど西崎の両親は多分第三次世界大戦までは出ないと思います。