黄金の魔術師   作:雑種

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ぬわああああん疲れたもおおおおおおおおおん。
辞めたくなりますよ~仕事(2回目)

仕事が忙しくて、休日に疲労を取る為にひと眠りしたと思ったら知らぬ間に半日経ってたりするのは控えめに言って最悪ですね。

何はともあれ旧約15巻分です。
それと、あけましておめでとうございます。


黄金の魔術師(旧約15巻)

 ――()ずは各々のややこしい思惑を取っ払って、事のあらましについて簡潔に説明した方がいいだろう。

 一〇月九日。学園都市の独立記念日であり、学園都市内部に限って祝日となる今日この日、学園都市を舞台に暗躍しようとする者達の影があった。

 学園都市の社会の裏で活動する『暗部』と呼ばれる場所に身を置く彼らの中から、学園都市上層部に対する反逆の狼煙(のろし)を上げようとする不穏分子が現れたのだ。

 実行犯は『スクール』と『ブロック』と呼ばれる暗部の組織である。手段こそ異なるものの、両者の目的は一致していた。即ち、学園都市のトップであるアレイスターに対する直接交渉権を手に入れること、それが今回の事件の動機である。

 そして、それらの犯行を防ぐ為にまた動き出した暗部の組織も存在する。それが『グループ』、『アイテム』、『メンバー』である。

 これは、そんな暴走した『スクール』と『ブロック』を、『グループ』、『アイテム』、『メンバー』が粛正(しゅくせい)する話である――――(おおむ)ねの所は、ではあるが。

 

   1

 

「フレンダ=セイヴェルンを確保する」

 

 一〇月九日の朝、同居人であるレディリー=タングルロードに対して西崎隆二(にしざきりゅうじ)はそう切り出した。

 

「……確か、暗部の組織に身を置いてる一人よね?」

 

 レディリーが少し考えてから思い出したように話す。そんな彼女の問いを西崎が首肯する。

 

「あぁ。彼女の人脈は膨大だ。それを築ける彼女をここで失うのは惜しい」

「でも確か、『アイテム』の成長を促すのには彼女の死が有効なんじゃ無かったかしら?」

「死を偽装する手段は幾らでもある。それは問題ない」

 

 住居に関しては、シンシア=エクスメントと同居でいいだろうと呟く西崎。

 

「後は学園都市に潜入している『翼ある者の帰還』の魔術師達への対応だな」

「それは貴方が暗部に差し向けたエツァリという人物に対するもの?」

「それもある。が、奴以外にも件の魔術結社の魔術師がこの学園都市に侵入している。それもご丁寧に、魔導書まで備えてな」

「成る程。確かに魔導書もあるなら対応は必要ね」

 

 ただし、と。納得するレディリーの発言を訂正する様に西崎が口を開く。

 

「魔導書の対応を行うのは俺自身では無いがな」

「?」

 

 発言の意図を読み取れず困惑するレディリーの様子を見て、西崎は少し笑った。

 

   2

 

 ――学園都市。それは東京都西部に位置し、都の三分の一程度の面積を有し、万里の長城さながら内外を壁に隔てられ、最先端の科学技術を有する都市の名である。人口は二三〇万人、その内八割が学生という異例の人口比を誇るかの都市の特筆すべき点は、その膨大な数の学生の脳を開発し、世間で言う超能力を開発しているところだろう。

 『光は波であり粒子である』というアインシュタインの言葉を知っている人は少なからずいるだろう。その様な性質を持ったミクロの物質を量子と呼ぶのだが、その量子についての学問――量子力学を利用して件の超能力は開発されている。

 マクロとミクロという言葉がある。マクロは大きな、ミクロは小さなといった意味合いの言葉である。量子はというとミクロに属するのだが、このミクロの世界ではマクロの世界とは異なる法則が働いていると言われている。そしてマクロに属する存在がミクロに属する存在を観測した時、ミクロに属する存在はその観測による影響を受けると言われている。それはミクロに属する量子に関しても同様のことである。

 マクロの存在に観測されていない時は粒子としての振る舞いをしていた量子が、マクロの存在に観測された途端に波としての振る舞いをする。箱の中の猫は生きている状態と死んでいる状態が折り重なって存在しており、箱の中の状態を観測した瞬間に生きている振る舞いをするか死んでいる振る舞いをするか確定する。ザックリとした説明になってしまったが詰まる所、観測とは事象を決定づける程の重要な要素なのである。

 そしてその観測による結果を固定する為に開発された自分だけの現実(パーソナルリアリティ)、これこそが学園都市の超能力、その根幹である。

 閑話休題(それはさておき)、そんな研究を行っている学園都市にも闇の部分というのは存在する。科学の発展の為に犠牲は付き物とはよく言うが、学園都市もその例に漏れない訳である。

 そんな学園都市で、人材派遣(マネジメント)と呼ばれる人物の手引きによって犯罪集団が成立してしまったとの報を受け、暗部組織の一つである『グループ』は成立した犯罪集団の手がかりを掴むべく捜査を始めていた。

 手始めに『グループ』は下手人である人材派遣(マネジメント)を襲撃し、彼の所持している品々から犯罪集団の痕跡を見つけようとした。結果として分かったのは、人材派遣(マネジメント)が売った商品はスナイパーであること、そのスナイパーの仕事がこれから第七学区で講演する統括理事会――学園都市に一二人しかいないトップのこと――の一人である親船最中(おやふねもなか)の暗殺であることであった。

 

「チッ、面倒くせェ。お偉いさまの講演を暗殺の場に選ンだってんなら、その講演自体を中止しちまえば計画はパーだろォがよォ」

 

 『グループ』に所属する、学園都市の超能力者の頂点に立つ存在――一方通行(アクセラレータ)は暗殺の計画を聞いて面倒くさそうにそう言った。

 

「それは無理な相談だろうな」

「あン?」

 

 同じく『グループ』に所属する、科学と魔術の両サイドの多重スパイを行っている陰陽術の天才――土御門元春(つちみかどもとはる)が彼の言葉を否定した。土御門は自身の腕時計を指で叩きながら続けて言った。

 

「講演はもう始まってるってことだ」

 

 舌打ち一つ。さあ、どうやって暗殺を阻止しようか?

 

   3

 

 第七学区のコンサートホール前広場。そこでは暗殺対象である親船最中による講演が行われている最中であった。広場に作られた簡素な舞台の上で要人は講演を行っており、周囲には黒服の護衛が四人ほど控えていた。一応スナイパーによる暗殺の可能性を考慮しているのか、広場から少し離れた場所には数台の巨大扇風機――妨害気流(ウィンドディフェンス)が配置されていた。巨大な突風を親船最中の周囲に発生させ、狙撃の弾道を逸らそうという算段である。

 

「あれで大丈夫だと思うか?」

「ンな訳あるかよ」

 

 雑踏に紛れ込んだ土御門が妨害気流(ウィンドディフェンス)を見ながら一方通行(アクセラレータ)に問いかけるが、一方通行(アクセラレータ)は土御門の疑問を一蹴した。

 

「どう考えても盾役の付いてねェ支援役なんていの一番に狙われるポジションだろォが」

 

 ベゴリ、と何かがへこむ音が二人の耳に届く。見れば先程まで起動していた妨害気流(ウィンドディフェンス)が一台停止していた。

 

「確か、野郎の使ってる狙撃銃は磁力狙撃砲とか言う奴だったなァ」

「成る程、磁力狙撃砲は火薬を使わないから狙撃されても音がしない……!!」

「このままじゃ支援役の居なくなった丸裸の本命を叩かれてゲームオーバーだ」

「くそっ!どうする!?」

 

 なまじ一般人が集まっているせいで動きづらい立場にいる土御門が焦りを見せる。

 

「どうするって、決まってンだろ」

 

 対して一方通行(アクセラレータ)は破壊された妨害気流(ウィンドディフェンス)を見ながら答えた。

 

「木を隠すなら森の中、だ」

 

   4

 

 ゴバッ!!という爆音と共に、コンサートホールの一角から火の手と黒煙が舞い上がった。混乱に包まれた会場で講演など続けられる筈も無く、親船最中は黒服の護衛に囲まれてコンサートホールを後にした。

 その様子をスナイパーーー砂皿緻密(すなざらちみつ)は狙撃地点であるホテルの一室から冷静に観察していた。

 

「爆発物は妨害気流(ウィンドディフェンス)。成る程、第三者による妨害か」

 

 自身の狙撃による暗殺を防ぐ為に、よりインパクトのある騒動を引き起こす。その手口を見て砂皿は引き際を悟った。狙撃銃のスコープを覗けば、爆炎の傍にその炎を物ともせぬように白い人物が立っていた。

 

『よォ』

 

 スコープ越しに読唇術で読み取った相手の言葉から、こちらの存在を完全に捉えていると判断した砂皿は、磁力狙撃砲を分解しスーツケースにそれらを納めるとその場を後にした。

 

   5

 

 ――『スクール』。それが砂皿緻密を人材派遣(マネジメント)から買い取り、学園都市統括理事会の一人を暗殺しようとした組織だということが判明するまで、そう時間は掛からなかった。

 

   6

 

「それで、『スクール』の連中が、態々私達が始末したスナイパーを雇ってでも親船最中の暗殺を実行しようとした件についてだけど」

 

 第七学区のファミレスのテーブル席の一つでそう切り出したのは、『グループ』や『スクール』と同じく学園都市の暗部に存在する組織の一つである『アイテム』のリーダーにして、学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の序列四位――麦野沈利(むぎのしずり)であった。

 

「結局、親船に殺す価値なんてこれっぽっちも無いのに『スクール』が暗殺を決行しようとしたってのが重要な訳よ」

 

 麦野に続いてフレンダ=セイヴェルンが疑問定期をする。

 

「つまり殺す価値が無い事こそが超重要ってことですか?」

 

 絹旗最愛(きぬはたさいあい)がそれに続いて意見を出す。

 

「……」

 

 滝壺理后(たきつぼりこう)はそれらの議論には加わらず、雑用を押し付けられた浜面仕上(はまづらしあげ)の方をぬぼーっとした表情で眺めていた。

 

「そう。『スクール』の狙いが親船じゃ無く、要人が襲撃された状況を作り出す事だとしたら今の状況にも納得いくって訳」

「結局、何の為に?」

「VIPの警備をお目当ての施設から引っ張り出す為でしょうね。『スクール』の真の狙いは今VIP警備の為に招集されて警備の薄くなった施設にある何かって訳」

 

 さて、と麦野は席を立ち浜面に視線を向ける。

 

「浜面、アシを探してきて頂戴。警告を無視するような奴らには、キツイお仕置きが必要みたいだから」

「くそっ。一〇〇人以上の武装無能力集団(スキルアウト)を束ねていた俺が、こんな下働きをする羽目になるなんて。今に見てろ、お前らみたいな意地悪なお姉様方を出し抜いて、俺は煌びやかなシンデレラになってやる……!!」

「大丈夫だよ、はまづら。私ははまづらがシンデレラになれるのを応援してる」

 

 滝壺の声援を受けながら、浜面はファミレスを出て彼女らのアシとなる車を探すことにした。免許?そんなものはドラテクが伴っていれば必要ないし、何なら心の免許はいつでもゴールデンだ。

 

   7

 

 第五学区に存在するウィルス保管センターが『ブロック』によるクラッキングを受け、ウィルス保管センターで保管されている学園都市性のコンピュータウィルスが学園都市外部のネット環境に流出するのを防ぐために、学園都市内外のネット環境を中継している外部接続ターミナルが緊急遮断を実施した。しかし、東西南北にそれぞれ存在するターミナルの内、第一三学区に存在する西部ターミナルの緊急遮断が『ブロック』の工作により出来ず、『グループ』は物理的に西部ターミナルの回線を切断する為に、第一三学区に向けてキャンピングカーを走らせていた。

 そんなキャンピングカーの中に警告音が響き渡る。

 

「またか、面倒くせェ」

「で、状況は?」

「第二三学区の航空宇宙工学研究所所属の衛星管制センターでもクラッキングを受けています!!」

 

 うんざりとした表情で警告音を聞いていた一方通行(アクセラレータ)が、報告を聞いて眉を(ひそ)める。

 

「衛星だと?確か衛星ひこぼしⅡ号にゃ――」

「あぁ。地上攻撃用の大口径レーザーが搭載されている。相手の本当の狙いがそっちだとするとまずいな」

「かと言ってウィルス保管センターへの対応を止める訳にもいかないでしょう?」

 

 一方通行(アクセラレータ)土御門元春(つちみかどもとはる)結標淡希(むすじめあわき)の三名が顔を突き合わせる。

 

「第二三学区には俺が行く。テメェらはウィルス保管センターの方を片付けてろ」

 

 逡巡(しゅんじゅん)は無かった。一方通行(アクセラレータ)は首元の電極のスイッチを入れると、キャンピングカーの外へと飛び出す。

 

「だ、そうだ」

「なら、私達もちゃっちゃと仕事を片付けないとね」

 

 残された土御門と結標は、嘆息しながらその後ろ姿を見送った。

 

   8

 

(マズいマズいマズいマズいマズい……!!)

 

 ――第一八学区・素粒子工学研究所。先程まで超微粒物体干渉用吸着式マニピュレーター――通称『ピンセット』を巡って『スクール』と『アイテム』が戦火を撒き散らしていた戦場跡、そこに取り残されたフレンダ=セイヴェルンは頭を抱えていた。

 

(麦野よりも序列が上の第二位が相手に居るとか聞いてない……!!それにあのドレスの女は私との相性が悪すぎる……!!)

 

 フレンダは利口な人間だ。人間関係を爆速で構築する力も、強力な能力を持たずとも暗部で生き残ってきた実績もある。言い換えれば、立ち回りが上手いとも言う。

 そんな彼女にとってこれまで一番の危険は、同じ『アイテム』に属する超能力(レベル5)第四位の麦野沈利であった。彼女の機嫌を損ねなかったからこそ、フレンダは暗部でも上手くやっていけていた。麦野沈利は、云わば彼女の膨大な人間関係における唯一の懸念点と言ってもいい。

 ――麦野沈利は裏切りを許さない。彼女と付き合う上で注意しなければならないことの一つだ。しかし、彼女以上の力を持つ人物など今迄存在しなかった。それ故にそもそも彼女を裏切る等という考えが発生する余地もフレンダの脳内には存在しなかった。――そう、これまでは。

 垣根帝督(かきねていとく)。学園都市の能力者達の頂点に存在する七人の超能力(レベル5)の一人。()()()()()()()、第四位である麦野沈利よりも上である。そんな存在が敵として立ち塞がっている。

 

(まず間違いなく殺される……!!)

 

 このまま『アイテム』として、敵として彼と相対すれば、まず間違いなく待っているのは死である。それは避けなければならない。フレンダには妹もいるし、暗部とは関係なく築いた交友関係だって存在する。彼女にとっての最優先事項は生き延びることであり、断じて名誉の死を遂げることではないのだ。

 

(麦野を裏切る……?)

 

 かと言って『スクール』に亡命紛いの様な事をすれば、確実に麦野の逆鱗に触れることだろう。その場合待っているのはやはり死だ。

 

(けど、単純に考えて第四位が第二位に勝てる訳ない)

 

 やはり『アイテム』を捨てた方が良いのか……。そんな風に考えている彼女の耳が、戦場跡となった研究所に踏み入る靴の音を捉えた。

 

「フレンダ=セイヴェルンだな?」

「ッ!!」

 

 掛けられた声に警戒しながら振り向く。

 そこに居たのは男だった。年のころは自分と同じ位だろう。恐らくは高校生であるその男は、素粒子工学研究所の悲惨な有様に目をくれることも無く、ただ真っ直ぐに自分を見つめていた。その様子には少しばかり末恐ろしさすら感じる。

 

「取引がしたい。このまま行けばお前は死ぬことになる。第二位につけば第四位に、第四位につけば第二位に。その死の板挟みはお前自身がよく痛感している筈だ」

「……あんたにつけば安全って訳?その提案は第二位と第四位をどうにか出来る実力を見せてから言って欲しいんだけど」

 

 男が少し考える素振りをする。

 

「残念ながら、今ここで君に実力を評価してもらう事は出来ない」

「なら――」

「だが、こちらには()()()()()()()()()()()()()()()()。第二位と第四位も、何も死んだ人間を追跡しようとは思わんだろう」

 

 男の言う話が本当であるのならば、何故自分に取引を持ち掛けたのか分からない。純粋な戦力としてならば第二位や第四位の方が上であるし、希少性と言う観点で言えば同じ『アイテム』に身を置く滝壺理后の方が魅力的の筈だ。

 

「成る程。そこまでして私を引き抜こうとするのは何が目的なの。やっぱり暗部の情報とか?」

「情報については結構だ。俺が買っているのは君の人間関係の構築能力でね。それを使って色々な仕事をして貰いたい訳だ。勿論、衣食住は仕事とは別に用意しよう」

 

 確かに自分の人間関係は凄まじく広い。それこそ凡人とは比較にならないレベルで。そんな自分の能力をここまで評価してくれる相手は珍しいとも言える。

 仕事の情報が無いのは多少不安だが、衣食住が提供され、且つ目先二人の脅威から匿ってくれるのであれば文句は無い。(しゃく)ではあるが。

 

「――分かった。アンタについてく」

「それはありがたい」

「アンタが本当に私の死を偽装出来るのかは正直疑問だけど、でもどうせこのままじゃどう転んでも死ぬって言うんなら最期位はダメ元で足掻いてみるって訳」

 

 そう、ダメ元だ。死の偽装が出来なければどっちみち人生終了な訳なのだし。ちょっとした懸けに出てみるだけ。

 

「ところでアンタ、名前は?」

「そうだな。俺には幾つか俗称があるが、敢えて君達暗部風の呼び方をするのであれば――」

 

   9

 

 第四学区に存在する食肉用の冷凍倉庫、その外に築かれたバザーの一角に、『メンバー』の構成員である博士は佇んでいた。傍らには同じく『メンバー』の構成員が操作する機械製の獣と、用途不明の大きめのクーラーボックスにも似た箱が一つあった。

 

「では、始めるか」

 

 博士がそう言うと、途端に目の前の冷凍倉庫のシャッターが切り取られる。これは博士が開発した『オジギソウ』と呼ばれる極小の反射合金によるものだ。『オジギソウ』はそのまま冷凍倉庫内に侵入し、じきに『アイテム』とのカーチェイスを制してこの冷凍倉庫に逃げ込んだ『スクール』の垣根帝督を骨の塊に変えるだろう。

 

「私はこれまで何回か絶望というものを経験したことがある」

 

 『オジギソウ』が倉庫の中を食い荒らすまでの場繋ぎとして博士が傍らの機械製の獣に話しかける。

 

「芸術に絶望したのは一二歳の時だった。当時、私はヨーロッパの建築様式に憧れていたが、如何せんあれらは学ぶものも見るものも多すぎる」

『……』

 

 当時を思い返しながら博士が語る。獣は、その話を黙った聞いていた。

 

「故に私は数式に傾倒した。完成された美、無駄のない数字の羅列は私に夢を与えてくれた。そして――」

 

 博士の言葉を遮る様に、ゴッ!!!!という音が冷凍倉庫から炸裂した。

 見れば冷凍倉庫は内側からの衝撃によって粉々に吹き飛ばされ、その中からは無傷の垣根帝督が姿を現した。

 

「……『オジギソウ』を吹き飛ばしたか」

「あぁ。あんなもんはこの俺にとって脅威でも何でもないんだよ」

 

 仕方ない、と呟いて博士は傍らの箱を開ける。しかし、箱の中には何も入っていなった。

 

「また『オジギソウ』か?芸がねぇな。一二歳の時と同じようにもう一度絶望しろ」

 

 『ピンセット』で博士が今し方大気中に放ったナニカを特定しようとする垣根帝督。そんな彼のことなど歯牙に掛けないと言わんばかりに獣に話しかける博士。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ゾァ!!!!という音と共にソレは垣根帝督を取り囲み、彼の能力の影響を一切受けないまま、彼の創り出した素粒子を喰い荒らし、彼の発していたAIM拡散力場を喰い荒らし、彼の肉体を血に染めた。

 

 

 

「ガァッ!?」

「不思議だろう?能力者の影響を消し去り、能力者の能力を封じ、能力者の体を傷つけるナノデバイス。便宜上、私は『能力封殺(AIMイーター)』等と呼んではいるが、私も彼に渡された時は十分に目と耳を疑ったものだ」

「いや、理屈としては理解はしているのだよ。火のない所に煙は立たぬ様に、能力者の能力という煙もAIM拡散力場という炎なしには立たない。何せ力の噴出点が存在しないのだからね。マッチ棒の無いマッチで火を起こせるか、ガソリンの入っていない自動車を走らせることが出来るか、という問いかけに似たようなものだよ」

 

 肉を削がれると言ったような事は無かったものの、全身に切り傷を刻まれ満身創痍といった様子の垣根帝督を見た博士が彼に語り掛ける。

 

「これを私に渡したのが木原の様な突出した研究者であれば理解できただろう。或いはこの学園都市に広く名の知れ渡った研究者でもよかった。しかし、彼はそのどちらでも無かった」

「いや、噂程度なら聞いていた。しかし、本当に居るという確証も無ければ、ただの妄言の一種だと当時の私は考えていた。故にその衝撃は大きく、私はまたも絶望を味わった」

「だってそうだろう?こんな不思議な物質をどう紐解けばいいと言うのだ。どう式に落とし込めば再現できると言うのだ」

「しかし絶望の中にも希望がある様に、私もまた一つの知見を彼から得た。外界の――この学園都市の能力とは異なるもう一つの法則についてね」

『博士』

「おっと、長話が過ぎたようだ。年を取ると何かにつけて語りたくなるものでね」

 

 (まく)し立てるような博士の言葉を機械製の獣が制止し、博士の言葉の洪水が止まる。

 

「では、『ピンセット』は頂いていこう。『オジギソウ』が吹き飛ばされては君の始末は私には出来ないからね。『能力封殺(AIMイーター)』の肉体への損傷もあくまで副次的なものであって、致死性のものは与えられないからね」

 

 切り傷にまみれ、立っているのがやっとといった状態の垣根帝督から博士が『ピンセット』を回収し、『能力封殺(AIMイーター)』を箱に収める。

 

「では、我々はこれで退散するとしよう。暫くすれば君のAIM拡散力場も復活し、能力の使用も出来る様になる。何せ『能力封殺(AIMイーター)』はAIM拡散力場の発生源までは喰らわないからね。が……もう一度我々と敵対することは推奨しないとだけ忠告しておこう」

「待て……!!」

「おや、まだ何かあるのかね?」

 

 場を去ろうとした博士と獣を垣根帝督が引き留める。

 

「せめてそのクソみたいな物質を渡してきた奴の名前を教えろ。じゃねぇと気がすまねぇ」

「――。まぁ、知った所で君にはどうしようもないが、教えるだけなら罰も当たらないだろう」

「暗部に於いて、彼は第六位の様に正体不明の存在として挙げられる。やれどこからかコンタクトを取ってきた彼に暗部に入れられただの、やれ後ろ暗い研究のアイデアを彼から貰っただのね」

 

 一種の都市伝説の様なものだ、と博士が言葉を繋ぐ。

 

「誰も彼の名前を知らない。誰も彼の素性を知らない。しかし彼はこちらの全てを見透かしたように振る舞うものだから、皆からはこう呼ばれている」

「彼の名は――」

 

   10

 

 

 

「「仕掛人(イニシエーター)」」

 

 

 

 その時、素粒子工学研究所での少年の声と、冷凍倉庫前のバザーでの老人の声が同一の名前を発した。

 

 

 

   11

 

『状況は理解しているか?』

「凡そはな。ひこぼしⅡ号(ここ)を乗っ取って軍用レーザーを打ちたい連中が地上でなにやら動いてたみたいだが、さっき衛星通信用の地上アンテナが折られたことでその企みはパーになったってとこだろ。というか私としては現状地上との通信が途絶えているここに普通に通信を繋げれるアンタの謎を解きたいところだけど、仕掛人(イニシエーター)

 

 青い星を見下ろして、宙に浮く少女は言う。衛星『ひこぼしⅡ号』の中で、その主である天埜郭夜(あまのかぐや)は、地上との通信が途絶えた中で唯一通信のとれる相手との会話を行っていた。

 

『通信の手段については黙秘させて貰うが、君に一つ頼みごとがある』

「おいおい、仮にも統括理事会を支える『忌まわしきブレイン』に頼み事だって?この私にそんなこと出来る奴はそう多くないんだけど」

『君には、こちらが指定した座標に軍用レーザーを打ち込んでもらいたい』

「おーい?ったく、無視かよ。やれやれ、謎の人物様とやらは人使いが荒くて仕方ないね」

 

 用件だけを手短に告げると、通信の相手はとある座標だけを寄越して通信を切ってしまった。そんな相手の態度に辟易しながら悪態をつく郭夜。

 

「ま、けどそんな謎の人物のバックに統括理事会やら何やらがうようよ居るって言うんだから、ここは大人しく言う事聞くのが吉ってね」

 

 そんな彼女は、躊躇いなく軍用レーザーの発射準備に取り掛かるのであった。

 

   12

 

 

 

 ――閃光があった。

 

 

 

「おい、何が起きていやがる!?」

「知らない!!衛星との通信は確かに途絶した筈だ!!」

 

 第一一学区にある外壁を通して学園都市の内外を通る物資運搬路、そこを経由して学園都市の壁の外から凡そ五〇〇〇人にも及ぶ傭兵を学園都市に招き入れようとしていた『ブロック』は、天から降った光が外壁の外に屹立する様を見て狂乱していた。それもその筈、『ひこぼしⅡ号』から放たれた軍用レーザーは『ブロック』の作戦の要であった総勢五〇〇〇人の傭兵達を実に九割強も消し飛ばしてしまったからだ。

 

(ブラフとしてハッキングの際に第一三学区を標的にしていた筈の軍用レーザーが、通信が途絶えた今になってピンポイントでここに打たれた……?なんにせよ、今が好機(チャンス)という訳ですか……!!)

 

 『ブロック』のメンバーに扮していた『グループ』所属のアステカの魔術師エツァリは、突然の状況に動転しつつも、自分達にとって状況が好転してきている事実を冷静に受け止める。そして降って湧いた混乱に乗じ、誰にも悟られない様に気を配りながら『ブロック』から離れる。

 

「状況は分かりませんが、取り敢えずこちらの対処は必要なくなったみたいですね」

 

 変装の達人よろしく『ブロック』のメンバーの顔の皮膚をべりべりと剥がし、学園都市で活動する上でいつも使用している海原光貴の皮膚を張り付け、一息つく。

 

「さて、それでは『グループ』の皆さんと合流しましょうか」

 

 情報の共有を行う為に、他のメンバーと合流しに向かおうとするエツァリ。

 

『まぁ、そう()くな。エツァリ』

「ッ、貴方は……!!」

 

 そんな彼の足を、彼を学園都市の暗部に招き入れた声が引き留めた。

 

『突然だが、学芸都市という名前は知っているかな、エツァリ?』

 

   13

 

「……学芸都市。アメリカ西海岸に存在する人工島のことですよね。それが何か?」

『そこを、かつて君が所属していた『翼ある者の帰還』が襲撃した事は御存知かな?』

「『翼ある者の帰還』が……!?」

 

 『翼ある者の帰還』。かつてエツァリが所属していたマヤ・アステカ系の魔術結社の名だ。組織を抜けたエツァリにその後の組織の動向は掴めなかったが、まさかそんな大それたことになっているとは想像もしていなかった。

 

『幸いにもその騒動は広域社会見学に訪れていた常盤台の生徒らによって収められたが、組織の中から学芸都市襲撃の命令に背き常盤台の生徒らと協力した存在が出た』

「それは一体……」

『大多数の人間の死を許容できなかったか、はたまたかけがえのない出会いでもあったか、その辺りは君の想像に任せよう』

 

 背信者は二名、と前置きして声は続ける。

 

『ショチトリとトチトル。彼女らは組織に背いた罰として()()()との融合を果たした』

「融合……?ッ、待って下さい、それはッ!!」

『どうやら察しがついたようだな。そう、()()()()()()だ』

 

 読むだけで毒とされる魔導書の原典、それが自分の知り合いに埋め込まれているという状況に焦りと驚愕を隠せないエツァリ。声はそんな彼の様子を気に留めず話を進める。

 

『さて、何故私が君に声を掛けたのか、その要件をまだ言っていなかったな。――単純な話だ。君にはこの学園都市に紛れ込んだ原典の対処をして貰いたいのだよ』

「待って下さい!!その言い分だとショチトリとトチトルは――」

『あぁ、学園都市に居る。かつての君と同じ様に、潜入任務という形でね。ただし、今回の目的は上条当麻の抹殺では無い』

「では、一体何の為に……?」

『それは自分で会って確かめると良い』

 

 溢れ出そうになる激情を必死に抑えて状況の理解に努めるエツァリ。彼は自身の属していた組織のあまりの非道さに震えていた。

 

『さて、魔導書の原典の対処だが、方法に関してはこちらは関与しない。生かすも殺すも君次第だ。だが、読むだけで毒となる魔導書の原典に対する耐性をつけないことには対処も何も無いだろう』

 

 そこで、と声が言った直後、エツァリの視界が暗転する。

 

『君が四つの太陽の滅亡を乗り越える事が出来たのなら、私の名義の一つを貸してやろう』

 

 視界が開けた時、エツァリはいつの間にか密林の中にいた。周囲には密林を闊歩する巨人の姿が見える。

 

『あぁ、安心すると良い。そこでの死は現実には反映されない。ただし、そこで死んだ場合、君には自力で魔導書の原典を読み解き対処して貰うことになるが』

(まずい、第一の滅亡はジャガーが巨人を喰らった事で起こる。という事は、最初の滅亡は既に始まっている……!!)

 

 理屈は分からないが、自分がマヤ・アステカ神話における四つの太陽の滅亡を疑似体験していることを悟ったエツァリ。

 

「最後に聞かせて下さい!!これを乗り越えたら貸してくれる名義とは一体何なのですか!?」

 

 即座に安全な場所を探そうと走り出したエツァリが声に問を投げかける。

 

『あぁ、簡単な事だ。君たちの組織が謳っている『翼ある者』、それが君がこの試練を乗り越えた報酬として私から送る名義にして、権限の一つだ』

 

 そんな彼の問いに、声はそう答えるのであった。

 

   14

 

 アステカ神話に於いて、太陽はこれまでに四度滅びを迎えている。そしてその滅びの度に新たな太陽が生まれてきている。現在の太陽は五番目の太陽だが、これもいずれ滅びを迎えるとアステカ神話は語っている。

 

 第一の太陽の滅亡、それはジャガーによって巨人が滅亡したことで起こった。

 ――故にエツァリはジャガーに喰われぬように密林に潜み、或いはその手に持ったトラウィスカルパンテクウトリの槍を用いてジャガーを退けることで生き延びた。

 第二の太陽の滅亡、それは嵐によって起こった。

 ――故にエツァリは、地底にある冥界ミクトランに逃げ込むことでその嵐をやり過ごした。

 第三の太陽の滅亡、それは火の雨によって起こった。

 ――故にエツァリは、ミクトランに籠ることでその火の雨が通り過ぎるのを待った。

 第四の太陽の滅亡、それは大洪水によって起こった。

 ――故にエツァリは、コアトリクエがウィツィロポチトリを妊娠したコアテペックに登り、大洪水から逃れた。

 

 かくしてエツァリは、意地と勇気を振り絞り、四つの滅亡を乗り越えた。

 

   15

 

『善き健闘、善き覚悟であった、アステカの魔術師よ。四つの滅亡を乗り越えたその成果に、私も報いよう』

 

 ケツァルコアトルとテスカトリポカ、その二柱が蛇となりとある神を引き裂いて創り出した世界。そこでの滅亡を凌いだエツァリは、彼への(ねぎら)いの声を聴くと同時に、元居た物陰へと転移していた。

 

『外見上の変化は無いが、既にお前には名義を貸した。ソレを以て、自身の為したい事を為すと良い』

 

 声はそれだけを告げ、会話を終了した。続く言葉も無く、声の主の正体も知れず、嵐の様にそれは訪れた時同様に唐突に去っていった。

 後に残るのはただ生き延びたという実感だけ。ケツァルコアトルの名義を借りたという実感は湧かないが、それでも彼は仲間を救う為に、重いその足を踏み出したであった。

 

   16

 

 第一〇学区に存在する少年院、それが『ブロック』が外部から五〇〇〇人もの傭兵を集めて襲撃しようとしていた施設の名だった。AIMジャマ―によって実質的に能力の使用を封じられる彼の地に彼らが求めていたものはただ一つ、そこに収容されている結標淡希の仲間の身柄であった。無論、確保した仲間を自由の名のもとに少年院から解放するなんていう崇高な目的の為では無い。彼らが求めているのは確保した仲間を人質に窓のないビルの案内人である結標淡希と交渉をすること、ひいてはその交渉を通して窓のないビルに侵入し、窓のないビルを内部から破壊することである。

 そんな歪んだ正義感によって引き起こされる惨状を防ぐため、『グループ』の四人は第一〇学区に存在する少年院へと向かい――

 

 

「――見つけたぞ、エツァリ」

「ショチトルッ……!!」

 

 ――そして、アステカの魔術師は変貌したかつての旧友との望まぬ再会を果たすのであった。

 

   17

 

 戦場に白刃が舞う。振るうはショチトル、刈り取るはマクアフティル。アステカの原始的な刃がエツァリを狙い振るわれ、その悉くをエツァリは捌いていく。とは言え彼も万全とは言い難い。その体には既に大小様々な切り傷が刻まれている。

 

(恐らくは武器を使った自殺に関する術式を組んでいるせいで武器が使えないのは中々に厄介ですね……!!)

 

 トラウィスカルパンテクウトリの槍は使えない。単純に破壊力が強すぎるというのもあるが、ショチトルが周囲に敷いていると思われる自殺を強要する術式のせいでそれを使うとかえって自分の身を滅ぼすことになるからだ。故に、エツァリは早急に勝負を決めることにした。

 

「翼ある蛇よ、私に彼女を救う力を!!」

「主神にお祈りとは、随分と余裕があるようだなエツァリ!!」

 

 振るわれる白刃を避け、エツァリがショチトルを視る。ケツァルコアトルの名義を借りた彼の視界には、原典と融合したショチトルの現状がまざまざと映っていた。

 

(これは酷い。『組織』はここまで腐りましたか……)

 

 ショチトルが周囲に敷いている術式を媒介する物質が彼女自身の肉体を乾燥させ粉末にしたものであること、彼女に融合されている原典が『暦石』の派生形のものであること、それらがエツァリの脳内に情報として叩きこまれる。

 

(よく視えるというのも考え物ですね……)

 

 少なくない負荷を脳に受けたエツァリが辟易する。同時に彼は得た情報からショチトルを救う事が可能であるという結論に辿り着く。主神としての名義を借り受けた今のエツァリは、凡そアステカに関係する魔術に対する介入権、或いは優先権の様なものを有している。それを駆使すれば原典と融合したショチトルを救う事も十分可能である。

 

(さあ、ここからが勝負です……!!)

 

 決意を胸に、彼は改めてショチトルと向き合った。

 

   18

 

 結論を述べれば、『グループ』は少年院での全ての戦いに勝利した。『ブロック』は壊滅し、ショチトルは無事に救われた。これを以て、彼らの任務は完了した。

 

 ――ただ一人、個人的な危機を抱える一方通行(アクセラレータ)以外は。

 

   19

 

「さて。『スクール』をぶっ潰して『ピンセット』を取り返さないとね」

 

 第三学区の高層ビルの一角にあるVIPサロンに、フレンダを除く『アイテム』のメンバーは集結していた。

 

「取り返すって言っても、連中の居場所なんて知らねえよ、俺」

「そこは滝壺の能力で居場所を突き止めて貰う。幸い、向こうには『未元物質(ダークマター)』なんて有名人もいるし、奴らとは素粒子工学研究所でもドンパチやったからね。居場所を特定するのはそこまで難しくない」

「問題はフレンダが超いないことですよね。頭数では向こうもこちらも人数は超同じな訳ですけど、どうせなら数的有利を取りたかったですね」

「そういやお前らはフレンダから何か連絡とかあったか?」

「いや、無いけど。死んだか捕まったか、或いは単純に携帯でも壊したか、大体この辺じゃない?」

「あのなぁ、仲間が安否不明だってのにお前……」

 

 浜面達が会話をしている間に滝壺がポケットから『体晶』と呼ばれる白い粉末の入ったケースを取り出し、中の粉末を少し舐める。

 

「AIM拡散力場による検索を開始――」

「にしても超便利ですよね、滝壺さんの『能力追跡(AIMストーカー)』。AIM拡散力場さえ分かれば、相手の場所が丸わかりなんですから。まぁ、『体晶』が無いと肝心の能力を使えないのは超不便そうですけど」

「しっ、検索結果が出るよ」

 

 麦野が絹旗を制す。彼女らの視線の先では今正に滝壺がAIM拡散力場の検索を終えた所だった。彼女の口から『未元物質(ダークマター)』の居場所が暴かれる。

 

「結論。『未元物質(ダークマター)』は第四学区の食肉用冷凍倉庫付近に居る」

「成る程、そこが潜伏先って訳ね。よし、浜面!!」

「へいへい、アシを探してきますよ……」

 

 浜面が嘆息しながら個室サロンの扉を開ける。

 

 

 

「……は?オタク誰?」

 

 

 

 そこには見知らぬ男が立っていた。

 

「浜面ッ!!超どいて下さいッ!!」

 

 瞬間、放心する浜面の横を凄い速さで小柄な影が通り過ぎる。それが男に向かって跳躍した絹旗であると浜面が認識した瞬間、凄まじい衝撃音と共にまたもや浜面の横を小柄な影が通り過ぎていった。しかも、最初とは逆方向に。

 

「絹旗!!」

 

 個室サロンの壁に何かが勢いよくぶつかる音と絹旗の名を叫ぶ仲間の声を聞いて、そこで浜面は初めて現状を正しく認識した。

 

「無粋な挨拶をどうも」

 

 目の前には部屋の出口を塞ぐように存在する巨漢の男が一人立っていた。一見すると学生の様には見えないが、絹旗を吹き飛ばした力が能力であるとするとこれでも学生の様だ。

 

「そこの少年の質問に答えようか。俺は『スクール』だ」

「……何言ってんですか。『スクール』のメンバーは超把握しています。あの中に貴方みたいな人は超いなかった筈です」

 

 壁に陥没した体を引き抜きながら絹旗が男の自己紹介に異を唱える。

 

「いや、俺は『スクール』だ。……ただし、君達が追っている『スクール』とはまた別の『スクール』だがね」

「――成る程。組織の名を懸けたバトルロワイアルは『アイテム』以外にもあるってことね。っていう事は、この混乱に乗じて本当の『スクール』に成り上がろうとしてるって訳ね」

「物分かりが良くて助かる。端的に言えば、今の『スクール』は暴走状態にある。学園都市上層部はこれを受けて組織のすげ替えを決心したという訳だ」

 

 君達と争う気はない、と男は言う。

 

「その証拠に、俺は態々ここまで君の仲間の遺品を届けに来た」

 

 そう言って男は血に濡れたサバ缶を差し出してきた。それを見て何とも言えぬ表情をする『アイテム』の面々。

 

「……いや、間違えた。こちらの方が適切だったか」

 

 そう言って改めて男が取り出したのは血に濡れた携帯電話だった。

 

「間違いない、フレンダの物だ」

 

 携帯の中身を確認した麦野が断定する。それに伴い、浜面の心にフレンダの死という現実が一気に降りかかる。

 

「ところでこれ、超どこで見つけたんですか?」

 

 そんな浜面の心境など無視して、時間は進む。

 

「いや、これはどこかで見つけたのでは無く本人から受け取った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「――――あ?」

 

 

 

 それはそれは残酷なまでに。

 

 

 

   20

 

 それは酷い惨状であった。元々個室サロンであった場所は、その元型こそかろうじて留めているものの、度重なる衝撃による無差別攻撃によって目も当てられぬ状態となっていた。それは無事な家具など一つも無く、瓦礫の無い壁や床を探す方が困難といった程の状態であり、逆に原型を留めている五人の人物の異質さを際立たせていた。

 とは言ってもその五人の内、意識があるのは既に三人のみであった。方や『アイテム』の一人にして窒素の壁を纏う絹旗最愛、方や『スクール』を名乗り不可視の多重攻撃を行う人物、そして幸運にも男の攻撃に晒される事の無かった無能力者である浜面仕上、その三名である。

 先に口を開いたのは事態を傍観するしか無かった浜面であった。

 

「嘘だろ、麦野はこの学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の第四位だぞ……?同じ超能力者(レベル5)にやられるのなら兎も角、こんな奴にやられるなんて……」

 

 対して、襲撃者の男が浜面の疑問に答えた。

 

「何も驚くことは無い。麦野沈利は確かに超能力者(レベル5)だが、その能力はそこの少女の様に身を守るものでも無ければ身体能力を飛躍的に向上させるものでも無い。つまり、彼女自身は只の人間という事だ。どれだけ強力な武器を持っていようと、それを扱う者が脆弱な人間であるなら本体を叩けばそれで終わる話だ」

 

 対して、と男が言いながら絹旗を見る。

 

「そこの少女や第一位の様に、常に身を守れる能力を持っている者に対しては、通常の人間相手の戦法は効きづらいのだがね」

 

 男が左手を上げる。

 

「超何をする気で――」

 

 

 

 ドンッ!!という音と共に、個室サロンのあるビルの外から高速で飛来した何かが絹旗に直撃し、彼女の言葉を遮った。

 

 

 

「絹旗ッ!!」

 

 突然の攻撃を受けた絹旗を見て、咄嗟に彼女の名を呼ぶ浜面。彼の悲痛な叫びが瓦礫の部屋に響き渡った。

 

   21

 

(手応えは有り。しかし標的は未だ健在か)

 

 磁力狙撃砲のスコープ越しに絹旗の姿を確認した砂皿が次弾を装填する。『スクール』の協力者を名乗る人物から『アイテム』排除の為の協力要請を受けた彼は、『アイテム』達の潜伏していた個室サロンのあるビルから五〇〇メートル程離れたビルに身を潜めていた。

 引き金を引くと、狙撃砲から発射されたスチール弾が五〇〇メートルの距離を瞬時に駆け抜け、絹旗の頭へと着弾する。

 

(また防がれたか)

 

 しかし彼の放った凶弾は絹旗の纏う窒素のベールを貫くこと叶わず、ただ彼女の体を揺らしただけに留まった。

 

(この辺りが引き際か)

 

 標的を即座に排除出来なかった上に恐らく自身の位置もバレた。この場所に留まり続ければ遠からず報復を受けるだろう。それ故に砂皿は狙撃を止め、磁力狙撃砲の分解作業に入った。戦場では一瞬の判断が生死の明暗を分ける。それなりに場数を踏んでいる砂皿はそのラインを見極めることにも慣れていた。だからそう。

 

 

 

 ――惜しむらくは、今回は相手が普通の人間では無かったことだろう。

 

 

 

「な――」

 

 死の間際、彼の見た最後の景色は、今正に目の前で爆炎を巻き上げんとする対戦車ミサイルの弾頭の姿だった。

 

   22

 

「これで軌道修正は成ったか」

 

 砂皿を迎撃する為に対戦車ミサイルを放った絹旗は、その隙をつかれて男の能力による攻撃を受け崩れ落ちた。今や個室サロンに立つのは『スクール』を名乗る男と浜面の二人のみとなった。

 

「絹旗最愛とステファニー=ゴージャスパレスの導線、並びに麦野沈利の特定個人に対する過剰なまでの殺意の誘導。全く、博士の思わぬ奮闘によって第二位の行動の帳尻をこちらで合わせないといけなくなるとはな」

 

不測の事態への対応の感想として溜息を一つ。

 

「で、君はどうする心算(つもり)かな、浜面仕上?」

 

 視線の先にはレディースの銃口を男に向ける少年の姿。向けられた武器の殺傷性に反して、それを持つ少年の手は僅かに震えていた。

 

「止めた方が良い。先程も言ったが、私や今そこで転がっている絹旗最愛(かのじょ)の様な能力の人間に対して、それは火力不足であり相性不利だ」

 

 男に、浜面仕上に対する殺意は見受けられない。『アイテム』をほぼ壊滅させておきながら、男は浜面を故意に見逃した。

 

「一つ忠告しておこう。気絶から目覚めれば麦野沈利は俺を確実に殺す為に、滝壺理后の能力を使って俺を追跡しようとするだろう」

 

 だが、と男が断りを入れる。

 

「滝壺理后はもうこれ以上『体晶』を使えない。あれは能力の暴走を意図的に引き起こす劇物だ。あと一度でもアレを使えば――」

 

 男が浜面に向かって自分の首を親指で切るジェスチャーを見せつける。

 

「そこまで分かってて、どうしてそうなる様に誘導なんてしやがった、この性悪が……!!」

 

 未だに引き金を引けない浜面が男に対する悪態をつく。対して男はその口元にうっすらと笑みを浮かべる。

 

()()()()()()()()()()()?」

「は?」

「庇護すべき対象。高位能力者からの襲撃、そして対立。お前はどうする、浜面仕上。()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「テメエッ!!」

 

 ダンッ!!という音と共に浜面の持っているレディースの拳銃が火を噴く。しかし放たれた凶弾は空気の爆ぜる音と共に力なく地に落ちた。

 

「少し前に断崖大学でお説教を喰らっただろう?その通りに、お前も誰かを守る為に立ち上がるんだな。()は、その結果がいい方向に進むことを期待していよう」

 

 男が個室サロンを後にする。去り行く背中にもう一発弾丸を打ち込むだけの余裕は、今の浜面には残されていなかった。

 

   23

 

「あぁ、そうだ。フレンダ=セイヴェルン、お前に頼みたい事がある」

 

 個室サロンを後にした男の姿が一瞬にして目付きの鋭い少年に変貌する。

 

「もうじき大きな争いが起こる。その前にお前には一足先に交友関係を築いてほしい」

 

 

 

「場所はロシア。そこに学園都市に味方するように話を付けておいたロシア成教という組織の人間が居る」

 

 

 

「そいつらと協力して、ローマ正教に協力しているロシア成教の奴らを片っ端から粛正して欲しい」

 

   24

 

「クソッ!!あの大男、余計な事しやがって!!」

 

 ――走る、走る、走る。浜面は建物の密集する街中を走る。ひっきりなしに辺りを見渡し、都合の良さそうな建物を見つけた彼がタックルの様に体を扉に打ち付けて強引に中に入る。一瞬遅れて、ズバァ!!という破滅的な音が背後を駆け抜け、寸前まで彼が居た場所を焼き溶かしていく。

 最悪の事態は避けられた。隠れられる場所を探しながら浜面はそう考えた。滝壺は警備員(アンチスキル)に預けることが出来たし、現在『アイテム』で体晶を保持しているのは自分だけだ。つまり滝壺が『体晶』を使い崩壊する可能性はもう無い。

 

(ま、その代償として俺は麦野に殺されかかってるんだけどな……)

 

 もう一つの『スクール』所属を名乗っていた大男など存在しない――そもそももう一つの『スクール』そのものが無かった――ことが、意識が回復した麦野と『アイテム』の管理役とのやりとりで発覚し、麦野は激昂。正体不明の人物に『アイテム』のメンバーを一人殺害され、しまいに他のメンバーも損害を受けた事で殺意の針が振り切れた彼女は、何が何でも相手の正体を突き止めて殺すという確固たる意志に従い行動を起こそうとしたのだ。

 それを阻止した為に、浜面は今こうして麦野との対決を強いられているのである。

 

(植物性エタノール燃料の自動精製工場か?態々サトウキビやトウモロコシじゃ無くてブドウを選んでる辺り、金持ちの考える事は分からねえな)

 

 建物の一階にあったのはフロア一面のブドウの木と枝であった。なんにせよ遮蔽物が少なすぎると思った浜面は、一階をスルーして上階へと駆け上がる。すると銀色の機材と金属製のパイプの縦横に入り組んだ場所に出た。恐らくアルコールの精製装置などの類の装置が配置された場所は、潜伏場所としても奇襲場所としても適した場所であった。

 

(よし、ここなら……!!)

 

 浜面はその中に密かに身を隠した。階下ではそんな浜面を探しているのかカツカツという音が響き渡っていた。その足音の主との決戦に備えつつ、浜面は長い今日の出来事を振り返った。

 

超能力者(レベル5)だろうと、麦野は只の人間、か……。業腹だけど、今はアンタの言葉を信じさせてもらうぜ)

 

 ――決戦の時は近い。先程まで階下で鳴っていた音は一階のフロアを通り抜け、浜面の居る上階に向かって近づいてきていた。

 

 カツ、

 カツ、

 カツ、と――。

 

   25

 

「はーまづらあ」

 

 無人の工場に女の声が響く。

 

「今なら優しく殺してあげるからさ、追いかけっこはもうやめましょう?」

 

 提案、と言うよりかは脅迫だろう。暗にこのままでは尋常な死に方は出来ないと女は言う。

 

 カン……。

 

 そんな女の言葉に恐怖したのか、何かが身じろぎし、硬質な物に当たる音が鳴った。それは静寂に包まれた工場内では致命的なまでに良く響いた。いや、響き過ぎたと言ってもいい。

 

「そこかぁ!!」

 

 ズバァ!!という音と共に工場内を女――麦野沈利の放った『原子崩し(メルトダウナー)』が白い光が駆け抜ける。工場内を横断した太い光は、アルコールの精製装置等を貫き、精製したアルコールに着火し、爆発を引き起こした。

 爆風から身を守る為に咄嗟に腕を前で組む麦野。

 

 

 

 パン!!

 

 

 

 そんな乾いた音と共に、彼女の体に熱が奔る。

 

「ボイスレコーダーってのは便利だよな、麦野?相手の気を逸らすのには十分だ」

「てめ――」

 

 パンパン!!と立て続けに乾いた音が鳴り響く。浜面の持っていたレディース用拳銃の弾丸が尽きるまで、その音は続いた。

 音の鳴り止んだ後に工場内に立っていたのは、最強の能力者では無く、最弱の能力者の方であった。

 

「ふぅ。これで一先ず――」

 

 

 

 ()()()

 

 

 

 麦野を沈め、安堵した浜面が踵を返して工場から出ようとしたその時、彼は有り得ない音を聞いた。

 

「ぉ、ぉあ」

 

 呻くような声、崩れそうな体、それらを殺意で支え、今正に立ち上がらんとする麦野の姿が、振り返った浜面の目に映る。

 

「ああああああああ!!!!」

 

 生存本能を無視し、必要以上の出力で『原子崩し(メルトダウナー)』を放つ麦野。彼女の左腕の肘から先が、その代償として焼失する。

 

「クソッたれ!!パニックホラーの化け物かよ!!」

 

 慌てて転がる様にして浜面がその一撃をかろうじて躱す。同時に二度目の爆発が工場内で起こる。機器の爆発によって飛び散った金属片が麦野の左目を裂き、彼女が呻く。

 

「ッ!!」

 

 その隙を突いて浜面が麦野に接近する。彼はかつて自分がやられた様に右の拳を握りしめ、

 

「ちょっと頭冷やしやがれ!!」

 

 麦野の顔面にそれを叩きこんだ。

 

   26

 

「あー、クソが……」

 

 『スクール』の隠れ家に戻ってきた垣根が悪態をつく。先に隠れ家に戻っていたドレス姿の少女が、彼の惨状に目を開く。

 

「あら、珍しいわね。貴方がそんなにボロボロになるなんて」

「『メンバー』とかいう奴にクソみたいな兵器を使われたんだよ。お陰で『ピンセット』も連中の手だ」

 

 垣根の言葉を受けてドレス姿の少女がもう一度垣根の状態を確認する。確かに『ピンセット』と思しき代物の姿は見当たらない。どうやら嘘でもドッキリでも無く、本当にその『メンバー』とやらにしてやられたらしい。

 

超能力者(レベル5)第二位……つまりこの都市で二番目に強い貴方に勝つなんて、にわかには信じ難いけれど」

「相手がクソッたれな兵器を出してきたんだよ」

「クソッたれな兵器?」

「ああ。俺達能力者が能力を使う為に発しているAIM拡散力場、そいつをピンポイントで喰らうナノデバイスって話だ」

「AIM拡散力場を?能力者が微弱に発しているっていう?」

「そうだ。一般の認識だとそこ止まりだが、どうも奴らの言い方だと能力を使うのに必須の物みたいな雰囲気だったぜ」

 

 車で言うガソリンとか、マッチでいうマッチ棒とか、と垣根が補足する。

 

「お前、RPGとかやったことある?そういうゲームってスキルとか魔法とか使うのにMPとかSPだとかの何らかのポイントを消費するだろ。そいつの言い分じゃあ、AIM拡散力場がソイツに該当するっぽいんだが、件のナノデバイスは能力者がMPとか消費して能力使おうとした時に、その消費したMPのみを食い散らかすって感じなんだよな」

「へえ、そうなのね。で、その兵器の考察はいいとして、どうするの?『ピンセット』、奪われちゃったんでしょう?」

「あぁ、そうだな。正直、アイツらから『ピンセット』を取り返すのは気乗りしねぇ。この学園都市に数千万のナノデバイスが漂っている事までは辛うじて分析できたが、これも交渉カードとしては弱いだろう」

「そうなると」

 

 

 

「あぁ、仕方ねぇ。学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)を始末する」

 

 

 

   27

 

 一〇月九日。アビニョン侵攻作戦で治安部隊が不在となり、無法地帯となった学園都市を狙って起こった『ブロック』の犯行は阻止された。同時期に犯行を起こした『スクール』も構成員四名の内二名を失い、目当ての『ピンセット』を奪われたりと大打撃を被った。

 しかし、『スクール』のリーダーはそれでもまだ諦めはしなかった。

 一〇月九日は、まだ終わっていないのだ。

 

   28

 

 初春飾利(ういはるかざり)にとって、その日はちょっと変わってはいるが、概ね普通の日であった。

 どこか知人に似た雰囲気の子供――打ち止め(ラストオーダー)と名乗る迷子の子を保護し、一緒に保護者の方を捜す。そんな風紀委員(ジャッジメント)からすればありふれた日々の一コマの筈だった。

 

「テメエがさっきまで最終信号(ラストオーダー)と居た事は分かってんだよ。その上で俺はソイツの行方を知りてぇって言ってんだよコッチは」

 

 それは打ち止め(ラストオーダー)が知人の気配を察知すると言い出して、彼女が初春達が立ち寄った喫茶店から一時的に去った時の事だった。

 赤いスーツに身を包んだホストの様な印象を思わせる学生は、初春に打ち止め(ラストオーダー)の所在を訪ね、嫌な予感がした初春は彼に打ち止め(ラストオーダー)の所在は知らないと嘘をついた。

 

「なぁ、頼むから俺に無暗に人を殺させてくれるなよ」

 

 男はそんな初春の返答に対し暴力でもって応えた。暴力を振られた初春は地面に倒れ、その肩を強く男の足で押さえつけられていた。

 

「もう一度聞く。最終信号(ラストオーダー)は何処へ行った?」

 

 男が足に力を籠めると、嫌な音を響かせながら初春の肩が脱臼した。彼女は自身を襲う凄まじい激痛に涙しつつも、それでも自身の正義に従った。

 

「あの子は、貴方みたいな人じゃ絶対に見つけられない所にいるし、貴方みたいな人には絶対に害せない所にいます。だから、いくら捜しても無駄ですよ」

「そうかよ」

 

 男は初春の肩を踏んでいた足をどけ、その足を彼女の頭に向けて移動させる。

 

「地獄でもそう言ってろ、花女」

 

 そして振り上げられた足が初春の頭目掛けて思いっきり振り下ろされ――

 

()()()()()

 

 ゴバッ!!!!という音と共に横合いから殴りかかってきた突風によって、男が吹き飛ばされた。男はゴロゴロと地面を転がった後、その突風の発生源に目を向けた。

 

「よォ、悪党モドキ。悪党の真似事は楽しかったか?」

 

 白だった。真っ白な髪、真っ白な肌、唯一瞳だけがその凶暴性を表す様に紅くギラギラと輝いていた。

 

「それじゃァ講義の時間だ。本当の悪党って奴を教えてやるよ」

 

 役者は揃った。ここに、学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)が降臨した。

 

   29

 

 衝突。二つの大きな力によるそれは、しかし拮抗する事は無かった。初撃の勝者は一方通行(アクセラレータ)に決まり、垣根帝督はまたも吹き飛ばされる。彼は喫茶店の中を備品を破壊しながら飛んでいった。

 

「巨大な質量じゃダメか。テメェのその能力は本当に厄介だな」

 

 しかし、垣根はそんな壊滅的な被害を受けた喫茶店の中から無傷で登場した。その背に六枚の純白の翼を携えて。

 

「似合わねェな、メルヘン野郎」

「心配するな。自覚はある」

 

 言葉の応酬を終えて、二人が再び動き出す。

 一方通行(アクセラレータ)はベクトルを操作して凄まじい力で地を蹴り垣根に向かって接近する。対する垣根は地上に居るのは分が悪いと感じたのか、背中の翼をはためかせて宙に上がる。

 

「甘ェよ」

 

 一方通行(アクセラレータ)が腕を振るう。ベクトルを操作され、砲弾となった空気の塊が垣根に向かって放たれる。

 

「そうかなッ!!」

 

 その空気の砲弾を翼を使い器用に避ける垣根。

 

「だから」

 

 そんな彼の直ぐ傍から、敵対者の声が発せられた。

 

「甘ェって言ってンだよ」

「ッ!!」

 

 いつの間にか間近に迫っていた一方通行(アクセラレータ)が垣根の翼に触れる。瞬間、垣根は触れられた翼を無数の羽へと変えることで相手との接触を断つ。

 

「なぁ、素粒子って知ってるか?」

「誰に物言ってやがる?」

 

 垣根が後ろへと飛び一方通行(アクセラレータ)と距離をとる。しかし一方通行(アクセラレータ)は垣根を追わず、彼の言葉に耳を傾けた。

 

「ゲージ粒子、レプトン、クォーク、ハドロン。世界はそう言った素粒子で作られている訳だが――」

「こんな時に自分語りか?」

 

 一方通行(アクセラレータ)の言葉に垣根はニヤリと笑い、

 

「俺の『未元物質(ダークマター)』に、そんな常識は通用しねぇ!!」

 

 垣根の言葉と同時に、彼の背に再び翼が生える。六枚の翼を広げながら、垣根は尚も語り続ける。

 

「俺の生み出す『未元物質(ダークマター)』は、この世界には存在しない物質だ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゴバッ!!!!という音と共に白い翼が光を発する。『回折(かいせつ)』によって翼の隙間を通って拡散された『未元物質(ダークマター)』が、この世にない物質である事を利用して、まだその存在を把握していない一方通行(アクセラレータ)の『反射』のフィルターを掻い潜り、彼の肌にダメージを――

 

「は?」

 

 ()()()()()()()。まだその存在を全く知らない筈の素粒子が、既に一方通行(アクセラレータ)の『反射』のフィルターに設定されていた。信じられない光景に、垣根の脳が理解を拒む。

 

「言ったろ?()()()()()ってよォ」

「な、にが……」

「テメェ、今日誰にやられたと思ってンだ?」

 

 一方通行(アクセラレータ)の言葉によって、垣根の脳内に一人の老人の姿が浮かぶ。

 

「ソイツは学園都市の不穏分子の情報を隠し通す様な奴だったか?逆だろ、不穏分子と接敵しそうな奴に情報の共有ぐらいするだろォがよォ」

「あんの、老いぼれがァァァァ!!!!」

「ハナから解析済みなンだよ、こっちはよォ!!!!」

 

 翼による直接攻撃も、『未元物質(ダークマター)』による新たな素粒子による攻撃も、周囲の建造物を使った質量攻撃も、何もかもが通じなかった。

 

 

 

 ――垣根帝督は、勝負が始まる前から既に敗北していたのだ。

 

 

 

   30

 

 勝敗は決した。白い人影は未だに学園都市最強の名を背負ったまま地に立ち、対する赤い人影は血に塗れ翼も折れて地に伏した。

 

「待つじゃんよ、一方通行(アクセラレータ)!!」

 

 しかし

 

「結局テメェは俺と同じだ!!誰も守れやしない!!そうだろ、一方通行(アクセラレータ)!!!!」

 

 まだ

 

「ォォォォおおおおおおおおオオオオ!!!!」

 

 一〇月九日は終わらない。

 

   31

 

 手を動かす。ただそれだけだった。

 グシャリ、という音と共に垣根の体がアスファルトにめり込んだ。

 まるで垣根の周辺だけ局所的に凄まじい重力がかかったようだった。

 

「んだよ、それ……」

 

 一方通行(アクセラレータ)が背から黒い力の奔流を吹き出す様になった、その結果がこれである。さながら黒い翼を携えた一方通行(アクセラレータ)は、それまでの理性的な戦い方から一変、本能的な戦い方をした。しかし、彼から放たれる圧倒的な力がその理性の差を塗りつぶして余りある成果を上げている。

 

「こんな児戯みたいな戦いで、負けてられるか……!!」

「――――ymexi悪xil」

 

 垣根の怒りは、それすら上回る圧倒的な力に塗りつぶされた。黒い力の奔流は、一人の人間の想いをいとも容易く踏みにじる。もはや悪党だとか美学だとか、そういう次元のものでは無かった。戦いは、蹂躙へと変わっていたのだ。

 

「ちく、しょう……!!」

 

 結局彼は学園都市第二位のままだった。一位と二位との間にある圧倒的な力の差を感じながら、白い翼を持つ者は、黒い翼を持つ者の拳に倒れた。

 

   32

 

 為す術が無い、とは正にこのことか。

 

「ォォォォおおおおオオオオ!!!!」

 

 天を仰ぎ、その場で咆哮する一方通行(アクセラレータ)を止める手段を持つ者は居なかった。AIM拡散力場の干渉により周囲一〇〇メートルに歪みを出す程の彼を物理的に排除しようとする動きもある中、彼の前に進み出る一人の少女の姿があった。

 

「見つけたよ、ってミサカはミサカは話しかけてみる」

 

 打ち止め(ラストオーダー)はそう言うと、未だに暴走を続ける一方通行(アクセラレータ)へと近づいていく。

 

「ァァああああ!!」

 

 黒い翼が打ち止め(ラストオーダー)目掛けて振るわれる。その瞬間、誰もが彼女の死を確信した。

 ――が、黒い翼は打ち止め(ラストオーダー)の目前でピタリと止まった。

 

一方通行(アクセラレータ)だ……!!アイツにもまだ、良心が残ってるじゃんよ……!!」

 

 負傷した黄泉川愛穂(よみかわあいほ)が、その現象の正体に気付く。別に打ち止め(ラストオーダー)が特別な力を持っているのでは無い。あれはただ単に、一方通行(アクセラレータ)の中にある良心が力の暴走を僅かに上回っているだけのことだ。

 だけど、だからこそ。一方通行(アクセラレータ)の中にまだこれだけの良心があることが分かったのが黄泉川には嬉しかった。

 

「大丈夫だよ、ってミサカはミサカは手を伸ばしてみる」

 

 打ち止め(ラストオーダー)の手が一方通行(アクセラレータ)の頬に触れる。彼の頬を一筋の雫がしたり落ちた。

 

「ァァァァああああ!!」

 

 叫びながら黒翼を振るう一方通行(アクセラレータ)。彼の意識が無くなるまで、(つい)ぞその翼が少女を傷づけることは無かった。

 眠った彼を抱きしめながら、最後に彼女はこう言った。

 

「良かった、ってミサカはミサカは言ってみる」

 

   33

 

 全ての事件が無事に片付いた後、『グループ』は再び集合していた。

 土御門の手にはどこで手に入れたのか、機械製のグローブのようなものが装着されていた。

 

「そいつは?」

「『ピンセット』だ。博士を名乗る人物から譲り受けた。どうやらご老人には無用の長物らしい」

「あァ。垣根の野郎の情報をそこら中に流してた奴か」

「そうだ。ご丁寧にこのデバイスに『滞空回線(アンダーライン)』っていうナノデバイスまでセットしてくれたよ」

 

 ピッという電子音が『ピンセット』からなり、手の甲にある小型モニタに『滞空回線(アンダーライン)』の解析結果が表示される。

 

「これは……学園都市暗部の機密コードか?」

 

 『グループ』『メンバー』『スクール』『ブロック』『アイテム』『ピンセット』『ひこぼしⅡ号』。それらの単語に混じって、一つ異質な単語を土御門は発見する。

 

「『ドラゴン』、か……」

 

 その四文字の意味を、彼らは未だ知らない。

 

   34

 

一方通行(アクセラレータ)の成長は順調、と。上条も同じ位成長が早ければ良かったんだがな」

「さて、ロシアにはフレンダを送ったし。イギリスの方はどうかな?情報は与えてるんだ。そろそろカーテナを見つけてもらわないとな」

 




特に語る事が無いので、今積んでる書籍でも紹介します。

・中世への旅 騎士と城
・元型論
・民間説話―世界の昔話とその分類【普及版】
・必修魔術論 アレイスター・クロウリーと<大いなる作業>

昨年12月末に8巻が出たことでシリーズが出揃いかけている完訳金枝篇もいつか読みたい所さん。
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