黄金の魔術師   作:雑種

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(小説の投稿は)1か2(月)ぐらいですね

という訳で、新年あけましておめでとうございます。
年末年始はインフルエンザなどが猛威を振るっていましたが、皆さんお元気でしょうか。
自分は遂に完訳金枝篇(全10巻)の内現状刊行されている8感分を買いました。
一冊一冊が凄まじい文字数なのでまだ1巻の途中までしか読めてませんが、9巻と10巻が刊行されるころには全て読了したいところです。


黄金の魔術師(旧約16巻)

「へー。じゃあもし織田信長が織田幕府を開いていたら日本はどうなってたんですか?」

 

 昼休みを控えた四時限目のことだった。ツンツン頭がトレードマークの高校生、上条当麻(かみじょうとうま)が発したその一言で全てが変わった。

 ガチャリ、と。目に見えない筈の線路が切り替わった音がした。それは授業の進行という名の列車が、本来進むべき(みち)を盛大に(たが)えた瞬間であった。

 

「先生。調子が悪くなったので保健室に行ってきます」

 

 歴史教師の瞳の奥に(たけ)る炎が点いたのを感じ、目付きの鋭い高校生、西崎隆二(にしざきりゅうじ)は適当な理由をでっち上げ、我先にと教室を抜け出した。背後から歴史教師の熱弁が遠く聞こえるのを確認し、無事面倒事を回避出来たことに安堵した彼は、続くその足で購買に向かった。

 

(あの様子じゃ、昼休みの食事にはありつけそうに無いな)

 

 教室に残されたクラスメイト達の姿を脳裏に思い描き、各々の好物のパンについての情報を記憶の引き出しから引っ張り出す。こういう時、アフターケアをしないと後から更に面倒な事になるということを西崎はよく知っていた。

 

   1

 

「おぉ……!!西崎、本当にありがとう!!お前が居なかったら上条さんは4時限目長引かせの責任を負って校内を駆け回りながら食糧を探す流浪の民になるところでしたよ……!!」

 

 昼休みの始まりを告げるチャイムがとうの昔に鳴り響き、完全に昼の生存競争に出遅れたクラスメイト達が飢えた獣さながらの様相で我先にと教室から出ようとした刹那、こうなる事を見越してクラス全員分のパンを予め購買で確保していた西崎が教室のドアを開けて入ってきたことで事態は沈静化の兆しを見せた。正にタッチの差であった。もう少し西崎の到着が遅れていたら、今頃このクラスでは大飢饉が起こっていたであろう。事の元凶であった上条は、西崎から配給されたパンを食べながら涙ながらに感謝した。

 

「あぁ、そう言えば。上条、お前が少し前にフランスで会った五和って天草式の奴が校門当たりでうろついてたぞ」

 

 窓の方を指差しながら、西崎がそう呟いた。

 

「五和が?どうして学園都市に?」

「大方この前のフランスの事で話があるんじゃないか?ほら、左方のテッラとか結局遺体が見つかって無いから安否不明って話だったし」

「へ~」

 

 ――左方のテッラ。上条当麻の右手に宿る、どんな異能の力であろうと打ち消す『幻想殺し(イマジンブレイカー)』を異端と認定したローマ正教の最暗部である『神の右席』からの刺客の一人。フランスのアビニョンで繰り広げられた彼との攻防は、結果として学園都市の兵器による攻撃によって左方のテッラの姿を見失うという結果で幕を閉じていた。状況からしてテッラの死亡は濃厚であるが、それでも彼の特殊な魔術を考慮すると生存の可能性は捨てきれない。ともすれば今も上条達を葬ろうと策を弄している可能性もあるのだが、ツンツン頭の学生はそんなことよりも昼飯の方が大事なのか、呑気にパンを咀嚼している。

 

「気を付けろよ、上条」

「何が?」

 

 故にこそ、西崎は釘を刺す。

 

「天草式が態々(わざわざ)学園都市にまでやって来てるって事は、話はフランスの件だけで済まないかもしれないからな」

「大丈夫だって。左方のテッラがまた来ても、ここじゃアビニョンみたいに民衆の扇動とかは出来ないし」

「違う。そっちじゃなくて、()が来た時の事だよ」

「次って言うと……」

 

 上条の脳裏にとある人物の姿が浮かび上がる。『神の右席』の一人である前方のヴェントとの戦いの折、敗北した彼女を回収した一人の偉丈夫の姿が。

 

「――後方のアックア。もし奴が来るとしたら状況は最悪だ」

 

 上条の喉がゴクリと鳴る。パンを嚥下するためではなく、張り詰めた空気による緊張が故に。

 

「奴は聖人。圧倒的なフィジカルによる物理的攻撃を持ち味とする奴は、()()()()()()()()()()()()()()

「――――」

 

 脳裏に警鐘が鳴り響く。例え記憶になくとも、体が、(こころ)がその恐ろしさを知っている。

 上条の右手に宿る幻想殺し(イマジンブレイカー)は確かに異能の力相手には無類の強さを誇るが、反面異能の力の関与しない攻撃に対してはその効力を発揮しない。そして聖人はその異常な肉体スペックから繰り出す異能の力の関与しない純粋な破壊力をこそ持ち味としている。なにより上条は一度、記憶を失う前にその聖人の圧倒的な”暴”の力を浴び、満身創痍になりかけたのだ。

 

(成る程。確かにそりゃあ、大変だ……)

 

 一筋の汗が首筋を伝う。それは未だ残る夏の暑さによるものか、それとも……。

 

   2

 

 何はともあれ放課後である。昼休みには背筋の凍る話をされたものの、ソレはソレ、コレはコレ。世界の命運よりも自身の身に迫りくる未曽有の危機よりも、今はなにより居候の腹ペコシスターの機嫌を損ねることが恐ろしい上条なのであった。

 校門を出て辺りを見渡せば、少し離れた所にうろうろするピンク色の少女の姿が見える。西崎から聞いた話が本当だとしたら、昼からずっとこの辺りで待機していたということになるのだが、仮にもうら若き乙女がそんな張り込みをする刑事の様なことをしていて大丈夫なのだろうか。もっとこう、胸躍る青春とか甘酸っぱい恋物語とかそんなのをするべきなのではないだろうか。

 

「よっ五和。久し振り……って程でもないか。そんな所でウロウロしてどうしたんだ?」

「あっ、お久しぶりです……!!」

 

 取敢えず気さくに声を掛けたつもりだったが、どうやら五和はいたく緊張していたようで、返ってきた返事は多少たどたどしいものになった。

 

「もしかして、この前のアビニョンのことで何か話でもあったのか?」

「えっと、はい。それもあります。先ず、左方のテッラについてなんですが――」

 

 左方のテッラ、フランスのアビニョンで行方不明となっていた彼は正式に死亡が確認されたそうだ。ただし、死因は学園都市の兵器による爆撃では無く、何か巨大な質量による横合いからの一撃、それを以てしての人体の両断であったという。肉を裂き、骨を砕き、内臓を千切るその圧倒的なまでの純粋な力によって生み出された悲劇の産物は、他ならぬ『神の右席』から提供されたものであった。

 その情報にまたも背筋に冷たい感覚が走る上条。自分達が苦労して撃退した人物を一撃で葬る膂力、そんな奴が自分を狙っているという事実に身震いする。

 

「今回私が来たのはですね。その遺体と一緒に、後方のアックアなる人物から、上条当麻を近日中に……えっと、襲撃するという果たし状の様なものが届いた為なんです」

 

 つまるところ護衛です、と妙にやる気に満ち溢れた目で言い放つ五和。

 

「へぇ。って事は、見えないだけで他の天草式の奴らも護衛に来てるのか」

「はい。事が事ですから」

 

 軽く辺りを見回してみるがそれらしい姿は見当たらない。その辺りは流石、人混みに紛れるプロの集団といったところか。

 

「で、護衛って具体的に何をやるんだ?」

「護衛は護衛ですよ。何時敵襲があるか分かりませんので、泊まり込みであなたの身を守るんです」

「…………はい?」

 

   3

 

 五和が泊まり込みで上条の護衛をするにあたって、様々な事があった。例えばいつも上条が作っている夕飯を代わりに五和が作ってくれたりとか、その様子に感銘を受けた上条がインデックスに風呂の掃除をさせたら科学音痴のインデックスがやらかして風呂が壊れてしまったりとか。

 そんなこんなで寮の風呂に入れなくなった上条達は、第二十二学区の地下に存在するレジャー風呂にやって来ていた。

 

「おや、上条。奇遇だな」

「あれ、西崎じゃないか。どうして此処に?お前ん所も風呂が壊れたのか」

 

 と、そんなレジャー風呂の浴槽で上条を待っていたのは隣室の知人の姿であった。というより、西崎以外誰も男性用の浴室には客が居なかった。

 

「いや、俺は知人にごねられてね。その付き添いだ」

「へぇ。お互い大変だな」

 

 浴槽に浸かると、心地よい熱湯が身を包み、上条の身体から疲労を奪い取っていく。そのまま西崎と取り留めのない会話をした後、上条が浴槽から出る。

 

「西崎はまだ浸かってくのか?」

「あぁ。長風呂は苦じゃ無いからな」

「そっか。じゃ、お先に上がらせて貰うよ」

「あぁ」

 

 未だに浴槽に浸かり続ける西崎をみて、コイツ逆上(のぼ)せないだろうなと内心心配しつつも、上条は浴室を後にした。

 後に残るのは西崎――

 

「さて、もう良いぞ。エイワス」

 

 ――と、もう一人。青ざめたプラチナの天使である。

 

「すまないな。態々男性客が来ない様に小細工までしてくれて」

「それは良いが。何故レジャー風呂に行きたいなんて言い出したんだ?」

「いや何、彼女が復活するまでの間に楽しめるものは楽しんでおかないとと思ってね」

 

 こういった余裕がなくなる前に、といって額に乗せていたタオルを取り、絞るエイワス。

 

「おい天使、マナーがなってないぞ」

「私は天使だ。人の為にあるマナーには該当しない」

「また(こす)い言い訳を」

「まぁまぁ。一時の娯楽なんだ、大目に見てくれ給えよ」

「まったく、コイツときたら……」

「所で、この間こちら側に引き入れたシンシア=エクスメントは?」

「日本一周旅行だとさ。まぁ、直近の予定で彼女に依頼することも無いし、今は自由にさせてるよ」

「成る程。フレンダ=セイヴェルンは……確か今はロシアだったか?」

「そうそう。ワシリーサと協力してローマ正教と秘密裏に繋がっていた奴らを粛正中」

 

 取り留めのない会話を続ける西崎とエイワス。彼らが浴室を出るのはもう少し後になった。

 

   4

 

 西崎とエイワスが談笑している一方、女湯の方でもちょっとした邂逅が起きていた。

 

「レディリー=タングルロード、何故ここに居る」

「あら、久し振り。その節は悪かったわね」

 

 一触即発の雰囲気を醸し出しているのはレディリー=タングルロードとシャットアウラ=セクウェンツィアの二人。

 

「貴方も、巻き込んで悪かったわね」

 

 シャットアウラからの敵意の視線を受けつつレディリーはシャットアウラの後ろで複雑な表情を浮かべている鳴護アリサに声を掛ける。

 

「社長を辞めたとは聞いていたが、まさか本当に生きていたとはな」

「まさか私が居なくなったことの隠蔽の為の声明だとでも思っていたのかしら。だとしたら残念だったわね。貴方も知っての通り、私は死ねないのよ。社長の座はちゃんと形式に則って降りたわ」

 

 それより入ってこないの、と湯につかりながらレディリーが問う。シャットアウラは渋々といった感じでレディリーと同じ湯に浸かる。次いでアリサも湯に浸かる。

 

「それで」

 

 二人が湯に浸かったことを確認しながらレディリーが口を開く。

 

「取り戻した平穏の味はどうかしら。彼女が行った、私の罪の清算はちゃんと出来てる?」

「彼女……もしかして、その人ってあたしの会った……」

 

 アリサの推測にレディリーが微笑む。明言はしなかったが、それだけでアリサは彼女の指す人物が誰を指すか理解した。

 

「だから貴方もそう剣呑な視線を向けないで貰ってもいいかしら。ディダロス=セクウェンツウィアも(よみがえ)った今、私が貴方から恨まれる覚えはもう無いのだけれど」

「う、言われてみれば……」

 

 多少納得できない部分はあるが、概ねレディリーの言う通りだと認識したシャットアウラが苦々しげな顔で敵意を収める。

 

「その肝心の貴方のお父様は元気かしら。娘が増えて苦労はしてない?」

「色々あったが、まぁ今は上手くやってるよ。それでも時々コイツの行動には手を焼かれるがな」

「ちょっと!?あたしそんなに迷惑かけてるつもり無いんだけど!?」

「風呂上りに全裸で歌詞書こうとしていたのは何処の誰だ。……全く、こんなのが私の一部だと思うと頭が痛い……」

「その言い方は酷くないかな!?」

「仲が良いのね、貴方達」

 

 わちゃわちゃと言いあいを続ける二人の姿を見て、レディリーは静かに笑った。

 

(そうね。私にも、そんな時期があったわね……)

 

 その光景に、かつての自分ともう一人の姿を重ねながら。

 

   5

 

「天草式の護衛がやられたか。動いたな、後方のアックア」

「となるとそろそろ幻想殺し(イマジンブレイカー)に接触するということになるが……君はここで温泉に浸かっていて大丈夫なのかね?」

「問題は無い。上条達とアックアの戦闘予定位置は俺の能力の範囲内に収まっているからな」

「そも、本来幻想殺し(イマジンブレイカー)は魔神の願いの集積体。しかして魔神以下の存在相手に上条が死ぬことなど滅多にない。俺がここに居るのはただの保険だよ」

「成る程。なら私はもう少し長風呂させて貰うとしよう」

「それは良いが……こんな所で油を売ってたら、アイツが蘇った時なんて言われるか知らんぞ」

「しまった、その可能性を考えていなかった。……チラ」

「おい何だその視線は。言っておくがお前の弁明を手助けする気なんて微塵も無いからな」

「つれないな、君は。まぁいいさ。君が弁明してくれずとも、私が勝手に君の名を出すだけだからな」

「エイワス、お前……」

 

   6

 

「久しぶりであるな、上条当麻」

 

 夜闇を引き裂くように、或いはそれらを押しのける様にして、その巨漢は上条と五和の前に現れた。凄まじい威圧感と体躯を誇るその男は、しかし先程までその気配すら伺わせなかった。ともすれば彼が上条の暗殺を決行していたならば、確実に成功していただろう程の隠密だった。

 

「後方の、アックア……」

 

 ここに来て、改めて上条は聖人を相手取ることの意味を知った。先程までレジャー風呂で火照っていた体の熱はとっくに冷めていた。

 

「何故ここに。一体どうやって天草式の本隊を掻い潜って来たんです」

 

 五和が警戒した顔持ちでアックアに問いかける。

 

「『搔い潜って』など来ていない。『潰して』来ただけのことである」

「ッ!!」

「案ずるな。命までは取っていない」

 

 影が動く。電灯の(ほの)かな光源に照らされたアックアの巨体、その影から何か長大な物体がせり上がる。

 

「私が倒すべきは、あくまで貴様であるからな」

 

 それは武器と言うよりも鉄塊と形容した方が適切な程に長く、分厚く、鋭い得物だった。五メートルを超すその殺人的な得物は、名を金属棍棒(メイス)といった。

 

「私は、この世界で起きている騒乱の元凶――即ち、貴様の右腕を刈り取りに来たのだ」

 

 自身の身長を超える長大なメイスを、まるで紙の棒でも扱う様に軽々と持ち上げ、アックアはその先端を上条に向ける。

 上条と五和がそのアックアの行動を見て構える。が――

 

「行くぞ、我が標的」

 

 ――始まったのは、圧倒的な膂力を誇る聖人による蹂躙であった。

 

   7

 

 ――数回。たった数回のアックアの攻撃で、上条と五和は瀕死の状態に陥っていた。二人の命がまだあるのは、二人が度重なる戦いで経験を積んだお陰でもなんでもなく、(ひとえ)にアックアの慈悲によるものだった。

 

”一日待つ。その右腕を切除し我々に差し出すのであれば、その命は見逃すのである”

 

 去り際に言い放ったアックアの言葉を、五和は瀕死の体でただ聞いていることしか出来なかった。そして彼女は、自身の力の無さを酷く痛感させられたのだった。

 

   8

 

 第二十二学の地下に存在する自然公園にアックアは居た。先程まで上条達を容易く蹂躙した彼は、しかし今はその表情を歪めている。

 

「左脇腹……先の戦闘に介入されたか」

 

 彼の上半身を覆う白い布地、その一角を鮮明な赤が染めていく。負った覚えのない傷、彼の聖人としての知覚をすり抜けて(恐らく)魔術を当てられる存在を脳内でリストアップする。

 

「成る程、西崎隆二であるか。先のヴェント回収の際に毛髪でも採取されたか。恐らくは世界に数多存在する類感魔術のいずれかであろう。それに……」

 

 アックアがメイスを軽く振るう。振るわれた鉄塊は何に阻まれることも無く、アックアの思う通りに大気を裂いた。

 

「あの様子では上条当麻に対する攻撃の幾つかを衝撃で防がれたな。これでは私が思っているよりダメージは入っていないであろうな」

 

 望みを言えば上条当麻が右腕を切除することが望ましいが、想像以上にダメージが少なかったからと再度戦いを挑んでくるのであれば、その時は仕方が無い。

 

「上条当麻を消す」

 

 言葉に出し、改めて自身の役割を再認識する。――その刹那、彼の視界に小さな光の瞬きが映った。

 後ろに飛び下がるアックア、その目の前で空気が()じれ、空間が抉られる。

 

『第三階層全域で無酸素警報が発令されました。住民の皆様は――』

 

 甲高いブザー音が辺り一面に鳴り響き、偽りの天蓋(てんがい)に散りばめられた電光の星々は姿を消し、一面の警告メッセージが表示される。

 

「成る程。無人機による戦力調査であるか」

 

 空間を(えぐ)る攻撃から身を躱すアックア。そんな彼を取り囲む様に、幾つもの学園都市の兵器が姿を現す。

 

「肩慣らしには丁度良いのである」

 

 メイスを構え、アックアが動く。

 こうして、夜の惨劇は第二幕を迎えた。

 

   9

 

 いつものカエル顔の医者のいる病院では無く、第二十二学区の地下に存在する病院に、上条は入院させられていた。絶対安静を言い渡され意識を失っている上条のベッド横には、一緒にレジャー風呂に来ていた禁書目録(インデックス)が付き添っている。

 そんな病室の外に、天草式のメンバー五〇人は居た。いや、正確には西崎もそこに居た。

 彼は上条を守れなくて落ち込んでいる五和に建宮斎字(たてみやさいじ)が発破をかける様子を傍で眺めた後、口を開いた。

 

「それで、お前達の気合は伝わったが、肝心の相手のことはどこまで知っている?」

「それは」

「成る程。その様子では聖人であること以外の情報を持ち合わせていないようだな」

 

 チラリ、と西崎が病室に視線を送る。ベッドに眠る重症の上条と、それに付き添う禁書目録(インデックス)の姿を視て、口を開く。

 

「ここじゃ場所が悪い。移動しながらアックアについて話すぞ」

「分かった。そうさせて貰うのよ」

 

 天草式を連れて西崎は病院を後にする。全ては、上条の力に頼らずアックアを迎え撃つ為に。

 

   10

 

「もうじきイギリス清教からの調査の結果も出るだろうから、その辺りは簡単に伝えておく」

「先ず後方のアックアの本名はウィリアム=オルウェル。元傭兵で現『騎士派』の騎士団長(ナイトリーダー)と多少の確執がある」

「魔法名は『その涙の理由を変える者(Flere210)』……まぁ、これは今回は関係無いか」

「奴はお前達も知っての通り『聖人』としての力を扱うが、アレは只の『聖人』では無い」

「言うなれば二重聖人の様なもので、奴は神の子の身体的特徴以外に聖母マリアの身体的特徴も併せ持つ。その為、神の右席でありながら一般の魔術も使用可能だ」

「とんだインチキに聞こえるだろう?だが、この二重の属性は長所であると同時に短所になり得る」

「お前達なら、その方法を知っているだろう?」

「俺は今回表立って動けなくてな。悪いがアックアはお前達で対処してくれ」

「なに、悪いニュースだけじゃないさ。いいニュースもある」

「今、この学園都市に助っ人が向かってきている」

 

「え、助っ人は誰かって?――お前達の良く知る人物だよ」

 

   11

 

 深夜三時、第二十二学区の地下に存在する自然公園にアックアは居た。既に無酸素警報は解除され、天蓋のスクリーンも偽りの星空を映し出している。学園都市の兵器とアックアの衝突の結果は言うまでも無く、聖人の体には先の戦闘で負った左脇腹の傷以外ひとつの傷もついていなかった。

 

(……とは言え、左脇腹は神の子がロンギヌスで貫かれた箇所。そのせいか聖人としての能力が多少不安定になっているのである。早急に傷を治さなければ……)

 

 二重の聖人という特異な身体的性質を持つアックアは、通常の聖人よりもより膨大な力を有する。例えるならアックアという存在は人間原子力発電所なのである。それ故、力の制御を失った場合、メルトダウンを起こしかねないし、単純に戦力の低下を招く。それだけは阻止しなければならない。

 しかし、そんなアックアの思惑を無視して世界は動く。

 

「成る程。それが貴様達の結論であるか」

 

 ゾロゾロと、森の中から五〇人程の人間が姿を現した。天草式十字凄教、一度はアックアにより叩きのめされた者達。それらが各々の武器を構えてアックアを見据える。

 

「代り映えしないな。その光景は先程も見たのである。大方、何か策でもあるのだろうが――」

 

 アックアが足の裏で地面を叩き、影より飛び出した五メートルのメイスを掴む。

 

「それは聖人であり『神の右席』であるこの私を崩せるものなのかね?そうでなければ貴様達はただ命を散らすだけの烏合の衆となり果てるのであるが」

 

 睥睨(へいげい)する。百の瞳、そのどれからも諦めの雰囲気は感じられない。見受けられるのは決意の意思のみ。

 

「成る程、いい決意である。であれば、此方も相応の力でもって相手するのであ――」

 

 

 ズバン!!!!という轟音と閃光が荒れ狂う。

 

 後方のアックアの言葉、その合間を縫う様に五和がその海軍用船上槍(フリウリスピア)で奇襲を仕掛ける。一直線に駆け抜けたその槍の穂先は仕込まれた魔術によって爆発し、アスファルトを砕き、爆風を吹き荒らし、瓦礫を撒き散らす。

 

「人の話は最後まで聞くべきでは無いかね?」

「それで勝てるならそうしますよ」

 

 煙の中から現われ苦言を呈すアックア、その無事を確認し、五和が追撃の為に槍を突く。

 ズバン!!!!という音と共に破壊の渦を撒き散らした一撃は、しかしまたしてもアックアの体に傷を入れる事すら叶わなかった。

 

「覚悟してください。あの人にそうした様に、貴方もメキャメキャのブチブチにぶちのめしてあげますから!!」

 

 こうして、若干怯えた雰囲気の天草式の面々を連れて、五和とアックアの戦いは幕を開けた。

 

   12

 

 深夜の第二十二学区に、あり得ない音が鳴り響く。()()の音……つまりは聖人であるアックアのメイスと()()()()()()()()()()音だ。

 

「ふんッ!!」

「ッ!!」

 

 ガッギィィ!!!!と。

 重い鉄塊同士で殴りあったかの様な重い金属音が辺りに響く。音の発信源は二つの得物。即ち一方は聖人であるアックアの振るう五メートルを超す長大なメイス、一方は聖人でも無い五和の振るう海軍用船上槍(フリウリスピア)

 通常であればアックアのメイスが五和ごと容易く槍を吹き飛ばす筈である。しかし現実として、五和はアックアと対等に打ち合う事が出来ていた。

 

「その槍……」

「えぇ。樹脂を二〇〇〇回程重ねてコートしています」

 

 放たれる必殺の一撃を、半歩遅れる形で槍が迎撃する。

 

「樹木の年輪を模したこの槍は、その繁殖力を借り受ける――即ち、時間の経過と共にこの槍の硬度は増していき、その硬度からもたらされる破壊力は、いずれ貴方のメイスすら超えます!!」

 

 先程よりも硬度を増した槍がアックアに襲い掛かる。それをメイスで振り払うアックア。確かにその手応えには変化が見られた。

 

「確かにその硬度は脅威にあたる。だが、それだけではあるまい」

 

 お返しとばかりに今度はアックアが五和目掛けてメイスを振るう。その一撃を、半歩遅れて槍が逸らす。瞬間、五和の衣服の一部が弾ける。

 

「衣服の魔術的意味について、今更説明する必要がありますか?」

「なるほど。ダメージの肩代わりであるか」

 

 前回天草式を蹴散らした時、このような術式は一切行使してこなかった。詰まる所彼らは、あの敗北からこのリベンジまでの短い時間に自身に対して有効な術式を考え、準備したということになる。その組織力の高さにアックアは驚いた。そして――

 

(私の速度についてこれている……?)

 

 蹂躙では無く戦いが成立していること。これもまたアックアにとっては驚きであった。偶然ではない。明らかに何らかのトリックを使って、彼女はアックアと同等の力を得ている。

 

(一体何が……)

 

 五和からの攻撃をいなしながらアックアが周囲に目を光らせる。直後、疑問は直ぐに氷解した。

 五〇人近い天草式のメンバーが五和の動きに合わせて何らかの規則性のある陣形を組んでいたのだ。

 

(動体視力、或いは運動能力。またはその両方の相互的な増強。五〇人も集まればここまで効果があるとは)

 

 アックアが体に力を籠める。

 

(であれば、)

 

「更にその上を行くのみである」

 

 バォン!!!!という破裂音が響く。それがアックアの移動の音と五和が気づいた時には、既にアックアは目の前でメイスを振りかぶっていた。

 

「ッ!!」

 

 上段からの一撃を遅れながらも槍で受ける五和だが、その籠められた力の余りの強さに一瞬体が痺れる。

 その隙を逃すモノかと横合いから振るわれる鋼鉄のメイス。その鉄塊を、咄嗟に割り込んだ天草式のメンバーが己の得物を犠牲にして上へとずらし、もう一人の天草式のメンバーが五和を引っ張り死の間合いから離脱させる。逃すものかと追撃の一撃を放つアックアだが、その一撃はただアスファルトを砕き、土煙を上げるのみに留まった。

 

(さて、どう出る)

 

 天草式五〇人による身体能力の増強、それを純然たる力によって捻じ伏せた。果たして彼らの策はこれで終わりか。或いはまだアックアに見せてすらいない秘策でも引っ張り出してくるのか。

 

(いずれにしても、この私を超えるのは不可能である)

 

 このまま、圧倒的な膂力であらゆる策を正面から()り潰し、勝負を付ける。アックアはそう考え、未だ晴れぬ土煙の中、体中に力を張り巡らせる。

 そんなアックアの体に向かって、四方八方から何かが高速で飛来してくる。明かりを受けてキラリと反射するその物体の名は、

 

「成る程。鋼糸(ワイヤー)であるか」

 

 常人ならば四肢をもがれる程の数百のワイヤーが、天草式五〇人の手によって飛来する。

 

「が、私には効かないのである」

「んな事位分かってんのよ。けど、()()()()()()()()()()

 

 (きらめ)く糸の張り巡らされた殺人蜘蛛の巣を、聖人の膂力が破壊する。何やら向こうにも策があったようだが、これでは残された策とやらもそう大した物ではあるまい、とアックアが歩を進めようとし――

 

『――――ワタシをコワしたな』

(まずい、これは……ッ!?)

 

 ――直後、彼の体から血飛沫が飛んだ。

 

   13

 

 何度も言うが、後方のアックアは只の聖人では無い。彼は、神の子の力を扱う事の出来る聖人の資質とは別に、神の子の母である聖母マリアの力を扱う事の出来る聖人の資質も併せ持つ稀有な存在だ。それ故彼は己の司る後方――即ち『神の力(ガブリエル)』と受胎告知を通して、聖母マリアの『無原罪』を行使することが出来る。無原罪を扱うアックアは、天使に近い神の右席としての肉体を持ちながら、ルーン魔術などの一般魔術を扱えるし、厳罰に関する術式を受けたとしてもその効果を減衰させることで無力化することが出来る。

 そんな存在相手に、たった五〇人でまともに戦って勝てる筈が無い。

 

 ――だから、天草式は()()()()()()()()()()()()()()

 

 詰まる所、アックアが通常の聖人よりも強いのは、聖母マリアの力があるからである。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこで天草式が目を付けたのが聖母被昇天祭だった。聖母被昇天祭は聖母マリアを祝福する記念日であるのだが、十字教はイタリアの女神ディアナの祭りをコレにすげ替えた。また十字教は、アルメニアの女神アナイティスの祭りもコレにすげ替え、信仰の奪取を計った。

 ここでマリア=ディアナが成立したのだが、イタリアのディアナ、並びそれと度々(たびたび)同一視されるギリシャのアルテミスには聖母マリアとの決定的な違いが存在する。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。ディアナは知らずとも、アルテミスと聞くと処女神という名称が出てくるかもしれないが、アルテミスを象徴するパルテノンは処女という意味では無く結婚していないという意味である。この辺りはJ・G・フレイザーの金枝篇を知っていれば出てくる知識である。

 つまり、十字教の定めたマリア=ディアナは、処女性を重視した聖母マリア側からすれば不都合な結びつきなのである。なので、天草式はその結びつきを利用した。

 先のアックアを取り巻く糸の数々は、その全てがワイヤーと言う訳ではない。その中には少なからず植物の繊維を利用して作った糸――即ち狩猟武器の一つの弓の弦を模した即席の魔術霊装も混ぜていた。これをマリア=ディアナの属性を持つアックアが破壊する事で、狩猟の女神であるディアナの側面に対し攻撃を与え、マリア=ディアナのディアナの性質を呼び起こす。呼び起こされたディアナの性質は、これと相容れない聖母マリアの性質と反発しあい、結果アックアは能力者が魔術を使った時の様に内側からその力を破裂させダメージを負ったのである。

 

「あーあ。だから言ったのよな……それだけじゃ無いのよってな」

 

 元々西崎に負わされていた左脇腹の傷も相まって、アックアの力の制御は大分不安定になっていた。正直、いつ力が暴発しても可笑しくない状況だ。

 

「……正直、貴様達を甘く見ていた。まさかここまで私に傷を負わせることが出来るとはな」

 

 ――故に、出し惜しみは辞める事とした。

 

「ここからは、聖人の力だけでなく、私の持ちうる全てで以て相手させて貰うのである」

 

 地面に手を置く。アスファルトの下、所狭しと張り巡らされた水道管――その中を通る物を引き寄せる。

 

「『laguz(ラグズ)』」

 

 ドバッ!!!!という音と共に地面が揺れ、直後、間欠泉の様に地面を突き破って大量の水の柱が幾つも噴出する。

 

「水のルーン!?まだ使えるなんて……!!」

「どうやら私の聖母崇拝の力を知っている様であるな。……成る程、西崎隆二か。もう一杯食わされるとはな」

 

 一般魔術であるルーン魔術を発動する為に聖母崇拝を使用する。聖母の性質と狩猟・多産の女神の性質が反発し、先程までとは行かなくともダメージを負うが、この際それは後回しだ。

 

「ふんッ!!」

 

 『神の力(ガブリエル)』としての力を行使し、水の柱で辺りを薙ぎ払う。その様子はさながら巨人の腕振り、振られた腕に吹き飛ばされ、何人かの天草式のメンバーが身体能力増強の陣を乱す。

 

「これで……」

 

 次いで今まで使用していなかった、水を足場にし、ウォータースライダーの様に滑る走法でアックアが天草式に急接近する。

 狙いは唯一人、先程まで身体能力を増強していたとは言え、アックアと同等に渡り合った天草式の戦力の要。

 

「終わりである……ッ!!!!」

 

 全長五メートルの鉄塊を振るう。陣を欠いた今の天草式ではアックアの渾身の一撃を防ぐに至らない。振り下ろされた必殺の一撃は、真っ直ぐ五和へと向かい――

 

「――唯閃!!」

 

 直後、真横から放たれた斬撃の嵐によって、その試みは潰えた。

 

「成る程。極東の聖人、それが貴様達の主であったか」

 

 斬撃によって吹き飛ばされ、瓦礫の中から体を起こしながらアックアが言う。

 

「主?違います。私は彼らの仲間です」

 

 言って彼女は辺りを見渡した。天草式の面々は、先程までの激戦で傷を負っていない者を探す方が難しい程の有様であった。

 それでも、その瞳には決して消えない闘志の炎が見えた。

 

「力を貸してください。他の誰でも無い、貴方達の力を」

 

 その様子を見て、彼女は少し笑って、助力を求めた。

 

「先程の一撃で分かりましたが、単純な聖人としての力比べではまだ向こうに分があります。私一人では正直厳しいでしょう」

「アックアをあそこまで追い詰めた貴方達の知恵と力を借りたいのです」

 

 言葉は無かった。行動で示した。天草式の面々は何を言うまでも無く彼女の周りに集った。まるで、それが本来あるべき形とでも言うかの様に。

 

「詭弁だな。だが良いだろう。そこまで豪語するのであれば、その仲間とやらの力を見せてみろ」

「ええ、良いでしょう。後方のアックア。貴方はこの――」

 

 メイスを構えるアックアに(なら)って、彼女も腰から二メートルを超える長大な刀を抜き、構える。銘を七天七刀(しちてんしちとう)

 

「天草式十字凄教が、倒します!!」

 

 その持ち主の名は神裂火織(かんざきかおり)。世界にニ〇人しかいない聖人の一人であり、天草式十字凄教の女教皇(プリエステス)である。

 

   14

 

 第二十二学区の地下に存在する救急病院、その一室で上条当麻は目を覚ました。

 

(ここ、は……)

 

 以前朦朧(もうろう)とする意識の中、鼻を刺す薬品の匂いからここが病院であること、しかもいつも入院している病院とは別の病院である事を感覚的に理解する。

 

(俺、は……アックアと、戦って……)

 

 どうなったのか?その結果は痛みを発する体が嫌という程に教えてくれた。

 ふと、お腹の辺りに重みを重みを感じそちらを見ると、そこにはベッド脇のパイプ椅子に腰掛け上条のベッドにもたれ掛かる様にして眠るインデックスの姿があった。

 

(五和は、どうなった……・?)

 

 まだ硬い首の筋肉を鳴らす様にゆっくりと動かし辺りを見渡すが、どこにも彼の護衛であった五和の姿は見えなかった。上条とインデックスに気を遣ってここに居ないのか、或いは……

 

(まだ、戦ってるのか?)

 

 あの、聖人相手に。自分達が手も足も出なかった超人相手に。

 で、あれば

 

(行かないと……)

 

 正直な話、恐ろしい。今回ばかりは本当に死ぬかもしれない。自分が戦場に言った所で、足手纏いになるだけかもしれない。

 でも、だからといって。

 

(ごめん、インデックス。帰ったら、死ぬほど謝る)

 

 それが誰かを助けない理由にはならないのだ。

 上条当麻は立ち上がる。今も尚戦う、誰かを助ける為に。

 

   15

 

「目が覚めたか、上条。その様子だと、五和達の所に行くみたいだな」

「西、崎……」

 

 病院を出た上条を迎えたのは隣人の西崎隆二だった。彼は、ほらよと掛け声をかけて上条に一本の缶を投げ渡した。

 

「これは?」

 

 投げ渡された缶をなんとか受け取った上条が疑問の声をあげる。

 

「人間の自然治癒力を上げて傷の治りを早くするとかいうドリンクだ。キャッチコピーが凄まじく怪しいことから一部のマニア以外は飲まないが、効果の程は保障する」

 

 とは言っても体の一部が抉られた直後に盛り上がって元に戻るとか切られた腕が即座に生えるなんて出鱈目な再生能力がある訳じゃないがな、と付け足して西崎が笑う。

 

「ま、それで多少は楽になるだろ。で、今一度聞くが、行くんだな」

「あぁ。俺だけ休んでるんじゃ五和達に悪いからな」

 

 西崎から貰った缶を開け、中身を一気に飲み干す。幸いと言うべきか、得体のしれない飲み物の味はそこまで不味くは無かった。

 

「なら、こっちも受け取っておけ」

 

 次いで西崎から渡されたのは一枚の紙片であった。

 

「アックアの現在地だ。戦場が移動していなければ、まだそこに居る筈だ」

「ありがとな、西崎」

「そういうのは、勝って来てから言ってくれ」

「分かってる」

 

 先程よりも幾分かマシになった体に喝を入れて、上条当麻は夜の闇の中へと消えていった。

 

「ふむ。あの様子だと上条は大丈夫そうだな。マリア=ディアナの入れ知恵も良い感じに働いてくれているし、これは保険として付けておいた左脇腹の傷を使って聖人の力を暴走させずともよさそうだな」

「あら、それならもう帰っても良いかしら?この季節だと夜はそこそこ冷えるのよね」

 

 その様子を見ていた西崎をからかう様に、建物の影からレディリーが姿を現す。

 

「あぁ、レディーは先に戻ってても良いぞ」

「いや、そうじゃなくて」

「ん?あぁ、はいはい。そういうことね」

 

 両手を突き出したレディリーの姿を視て、察した西崎が彼女を抱擁(ほうよう)する。

 

「温かさが染み入るわ……」

 

 その後、彼女が満足するまで、西崎は病院の出入り口付近で長時間抱擁をし続ける羽目になるのだった。

 

   16

 

 第二十二学区の地下を御坂美琴(みさかみこと)は歩いていた。彼女は元々湯上りゲコ太ストラップ目当てで地下のレジャー風呂を訪れていたのだが、行先ではどこぞの銀髪シスターと出くわすし、なんか無酸素警報とやらが出て第二十二学区の出入り口が封鎖されるし、時間はとっくに深夜だしで散々な一日であった。

 取敢えず今夜は常盤台の寮に帰ることを諦めて、第二十二学区の地下に存在するグレードの高めなホテルに飛び入りチェックインすべく夜の道を歩いていた。

 そんな彼女の前にふらっと人影が躍り出る。すわ幽霊かと一瞬驚く美琴だが、その人影の正体を確認し、彼女はまたも驚いた。

 

「ちょ、アンタそんな体で何やってんのよ!?」

 

 人影の正体は全身に包帯を巻き、病院の手術衣のようなものを身につけた上条当麻であった。

 

「御坂、か……」

 

 フラフラと不規則に歩く上条は、美琴の姿を一瞥すると、また夜の闇へと歩き始めた。――まるで、その先に向かうべき場所があるとでも言うかの様に。

 

「行かないと、あいつらの下に……。まだ、戦ってる筈……」

 

 誰に言うでも無く零れた上条の言葉を聞いた美琴の脳内が一つの解を導き出す。

 

(戦い?それじゃさっきの無酸素警報はもしかして……)

 

 この少年が、先のアビニョンの時の様に、美琴の知らない所で何か大きな事件に巻き込まれているのは知っていた。だがそれが、こんな生きるか死ぬかの瀬戸際を容易に行き来できる程のものであるなど、思いもしなかった。

 

「何で、言わないのよ」

 

 情けない。

 

「助けて欲しいって、力を貸して欲しいって!!怖いとか不安だとかでも良いわよ!!そういう事を一言でも周りに言いなさいよ!!」

 

 超能力(レベル5)という力を持ちながら何もできない自分が。

 目の前の少年が大きな事件に巻き込まれた時に、助けを求める先にすら成れない自分が。

 

「……知ってるわよ、アンタが記憶喪失ってことくらい」

 

 瞬間、上条の肩が大きく跳ねる。さながら、悪事のバレた子供の様に。

 

「アンタの中にそれぐらい大きなものがあるのは分かる。でも、それは全部アンタ一人が抱え込まなきゃいけないものなの?こんなにボロボロになって、終いには記憶まで無くして、それでもまだ一人で戦い続けなくちゃいけない理由って何なのよ……」

 

 戸惑う上条に向かって、美琴が言葉を重ねる。

 

「私だって、アンタの力になれる……!!」

 

 上条に近づき、美琴が彼に肩を貸す。

 

「言いなさい。今からどこへ行くのか、誰と戦おうとしてるのか。今日は私も戦うから」

 

 上条は、美琴の行動に驚いた後、フッと笑った。

 

「ありがとな、御坂」

 

   17

 

「そっか。それにしても、知っちまったんだな、お前」

「何よ。私が知っちゃ悪かったわけ?」

「いや」

「……」

「……俺、以前の事なんて思い出せないけどさ」

「……うん」

「ボロボロになるとか、記憶が無くなるまで戦うとか、自分一人が傷つき続ける理由はどこにも無いとかさ」

「多分、そういう事を言う為に、記憶が無くなるまで体を張ったんじゃ無いと思うんだよな」

「……そう」

「上手くは言えないけどさ、多分それが上条当麻なんだよ。記憶の有る無しじゃない、俺らしさってやつなんだと思う」

「良いんじゃない?アンタはそれで」

「えぇ、そうね……」

 

「その方が、()()()わよ、アンタ」

 

   18

 

 そうして、少年と少女はそこに辿り着いた。水が氾濫し、アスファルトが紙の様に千切れ跳び、四方八方に衝撃波が飛び交うその戦場に。

 

(あの大男が後方のアックア、そんであっちの何か変な恰好をした方が味方の聖人?ってやつね。あとはその周りのもこっちの味方と)

 

 主力となるのは白と青の衣装を着た大男と、妙に肌を外気に晒している格好をした黒髪の女性との戦い。そして、そんな彼女を補佐する様に戦場を走り回り時には大男に攻撃を加える、集団としか形容出来ない妙な一体感を持った人達。

 

(あの感じ……何か狙ってる?)

 

 中でもつい数時間前に見かけた、上条曰く五和と呼ばれる少女がしきりに周囲の状況を確認しつつ何らかの機会をうかがっているように美琴には感じられた。

 

「なら、」

 

 ポケットからゲームセンターのコインを取り出す。

 

「それに懸けるしかないわよね!!」

 

 自身の能力を発動し、コインを指弾する。()()()()()、この一手に限り彼女の超電磁砲(レールガン)は聖人に届き得る――!!

 

「ぬぅッ!?」

 

 あらぬ方向からの想定外の攻撃に怯むアックア、その隙をついて神裂火織が仕掛ける。

 

「仕方あるまい。多少不安は残るが、ここは一気に決めさせて貰うのである!!」

 

 彼女の攻撃をやり過ごし、アックアが跳び上がる。天草式との戦いに集中せねばならず、侵入者が誰かも把握出来ない現状を危険と判断し、彼が自身の大技で天草式を消し去らんとする。

 

聖母の慈悲は厳罰を和らげる(THMIMSSP)

 

 バヅンッ!!!!と、プラネタリウムのスクリーンに映る月がアックアの足越しに爆発的に光り、ショートする。

 

「大技が来ます!!備えて下さい!!」

 

 ここに来て初見の技を披露しようとするアックアの意図を察して神裂が天草式のメンバーに呼びかける。

 

時に、神に直訴するこの力。(TCTCDBPTTROG)慈悲に包まれ天へと昇れ(BWIMAATH)!!」

 

 ゴホッと、アックアは聖母マリアの力を使ったことで血を吐きながら天井を蹴り、地面に向かって一直線に落ちる。すれ違う様に天井に音速の三倍でコインが撃ち込まれ、スクリーンが破壊される。続いて二回、三回と超電磁砲(レールガン)が放たれるも、惜しくもそれらはアックアの体を掠るに留まった。

 地面に着弾すれば天草式も、神裂火織も、未だ確認出来ていない乱入者も、全て等しく地に還す必殺の一撃。

 

 ――その一撃を、力なき少年の右手が打ち消した。

 

 ただの攻撃であれば、今頃少年の方がその右手ごと消し飛んでいただろう。だが今回のこの一撃はあくまで魔術による攻撃。で、あれば。それが例え小惑星すら凌ぐ一撃であろうと、同じ聖人すら屠る一撃であろうと。

 ――上条当麻は、その幻想を破壊する。

 

「な……ッ!?」

「今です!!」

 

 驚愕するアックアの様子に機を見出した天草式が動く。神裂はアックアの体を同じ聖人としての膂力で抑え込みに掛かり、五和はそれを受けて手元の槍を構え直し、アックアに肉薄する。

 

「貴様らぁぁああ!!」

 

 アックアが吼える、五和の槍から感じる死の気配を感じて。対して五和は極めて冷静に、その術式を発動させた。

 

「聖人崩し!!」

 

 対聖人様に天草式が組んだ必殺の一撃がアックアに突き刺さる。ドバッ!!!!という音と共に、アックアの背から光の十字が上下左右に伸び、次いでその十字の交差点を貫くようにアックアの体が大きく飛ぶ。聖人崩しを受けたアックアは、左脇腹の傷とマリア=ディアナの齟齬の影響も相まって、凄まじい魔力の暴走を引き起こし、真昼の様な閃光と共に魔力の爆発を引き起こす。

 閃光に怯んだ目を各々が開けた時、既にそこにアックアの姿は無かった。

 

 こうして上条達は、神の右席である後方のアックアとの戦いに辛くも勝利したのだった。

 

   19

 

 ――そして世界が劇的に動き出す。

 

「馬鹿な、アックアが敗れただと……!?」

 

 アックア敗戦の報を聞き狼狽えるローマ教皇。

 

「ふむ。やはり俺様の『聖なる右』に狂いは無い。となると、可笑しいのは俺様では無く西崎隆二の方と言う事か。奴め、一体何を隠している……?」

 

 そのローマ教皇のいる聖ピエトロ大聖堂の三分の一を一撃で吹き飛ばした右方のフィアンマの表舞台への登壇。

 

「か、神裂。お前……!?」

 

 上条当麻の下に現れた第三の天使。

 

「さて、土御門を通した挑発で騎士派は怒り心頭、加えてカーテナの捜索も無事完了と」

「……何を、考えているのである」

「先を視据えているだけだ。その為に天草式に知恵を与えたし、その為にお前の治療とイギリスへの渡航を受け持つ――なぁ、ウィリアム=オルウェル?」

「……食えない男である」

 

 消息を絶った筈のアックアと西崎隆二。

 

 ――各々の思惑が、イギリスで交差しようとしていた。




戦闘描写が苦手なので巻きがちでいきたい気持ちがある一方で、戦闘描写は数こなさないと上手く書けないからとにかく戦闘描写を書きたい気持ちもある。
ただ、一話2万字を目途に執筆している(エンデュミオンと閑話を除く)のでどうしても戦闘描写は巻きがちになるという……。
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