黄金の魔術師   作:雑種

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駄文しか書けないんかこのサルゥ! と言われた気がしたので旧約1巻分をお試し(?)に投稿です。
(旧約2巻以降は)ないです。


黄金の魔術師(旧約1巻)

   1

 学園都市。東京都の三分の一程の面積を持ち、総人口二三〇万人の科学の最先端を行く都市の名称である。これだけ聞けば他の都市と大して変わりないと思うかもしれないが、学園都市の特筆すべき点はそこでは無い。

 

 

 

『超能力』

 

 

 

 学園都市の外から見ればテレビのトリックイリュージョンやら都市伝説やらといったものに聞こえるかもしれないが、学園都市では違う。

 学園都市では超能力は『科学的』に解明された力や素養の一つであり、これらの能力を薬物を用いたりして『頭の開発を行う』時間割(カリキュラム)によって引き出す。そうして引き出された能力の強さと応用力によってそれぞれ『無能力者(レベル0)』から『超能力者(レベル5)』までの六段階にランク分けされる。更に能力者達の頂点である ()()()超能力者(レベル5)たちにはそれぞれの順位が割り振られている。

 これはそんな学園都市に住んでいるある学生の波乱万丈な日常を綴る物語である。

 

   2

 

 七月十九日。明日から始まる高校の夏休みを目前に気分をよくしていた西崎隆二(にしざきりゅうじ)は、遠方に落雷の音を聞いた瞬間に「おぉ怖い」等と呟いていた。

 学園都市には能力者が数多く存在しているが、あそこまでの雷撃を放つことが出来るのは超能力者(レベル5)の第三位、通称『超電磁砲(レールガン)』位なものだろう。どんな理由でド派手な雷撃を放ったかは置いておくとして、面倒事を好まない隆二としてはああいう手合いの者はこの学園生活を送る上で出来るだけ避けたいものだと思っていた。

 だが面倒事とはこちらから行かずとも向こうから勝手に来るから面倒事なのだ。

 

 

 

 バヅンッッ!!という音と共に、隆二の住んでいる学生寮の一室の電化製品が全滅した。

 

 

 

 沈黙した電化製品を前に隆二は大きなため息を一つ吐く。

 七月十九日。これから始まる高校の夏休みに対して、隆二は波乱の予兆を感じ取っていた。

 

   3

 

 七月二〇日。何はともあれ先の雷撃によって死んでしまった電化製品を買い揃えなければこのうだる熱気を乗り越えられないと隆二は考えていた。

 電化製品が全滅しているということはエアコンから涼しい風が出てくることも、冷蔵庫からよく冷やされた食べ物を出すことも出来ないのだ。

 学園都市は能力開発を主旨に置いているためか、能力者のレベルに応じて毎月口座に金が振り込まれる仕組みになっている。大能力者(レベル4)の自分はかなり大きな額を毎月振り込まれており、今回逝った電化製品を一新することは容易い。

 取り合えず最寄りの家電量販店に向かおうとして、隆二はふと考えた。同じ学生寮に暮らしているのであれば、隣人の部屋などもこの雷撃によって電化製品が逝かれているのでは?と。とりわけ不幸だ不幸だと話している隣人のことだ、電化製品が使えなくてさぞ困っていることだろうと思った隆二は隣人の上条当麻(かみじょうとうま)の部屋を訪ねてみることにした。

 学生寮の自室を出て隣人の上条の部屋の前に着くと、部屋の中から上条の悲鳴が聞こえた。学園都市は一見能力開発を行う裏の無い都市の様ではあるが、暗部は間違い無く存在している。上条がどのような不幸を引き当てたかはさて置いて、その暗部から襲撃を受けているのではと踏んだ隆二は上条のドアを半ば蹴破る形で部屋に侵入した。

 「上条、無事か!」と声を掛けようとして隆二は思わず固まった。部屋の中に居たのはこの部屋の主である上条当麻と、それに噛みついている銀髪碧眼の裸の少女であった。

 予想の斜め上を行く光景に何とも言えない隆二は、上条に噛みつき終えた銀髪碧眼の少女が裸の上からタオルを羽織るまで終始無言だった。

 

   4

 

「なる程、お前の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』がその少女の来ていた修道服の異能の力に働いて、結果その修道服が脱げたと…」

「そういう事なんです上条さんは意図して少女を裸に引ん剥いた鬼畜野郎じゃないんですだからそんな冷たい目で上条さんを見ないで!!!」

 

 別に隆二はそこまで冷たい目で上条を見ていた訳ではないのだが、上条がそう感じているのであれば上条なりに目の前の少女に対して罪悪感を持っているのかもしれない。

 その少女に関しては幻想殺し(イマジンブレイカー)によって法王級(ぜったい)の護りを打ち消された修道服(歩く教会)をいくつもの安全ピンでとめた修道服(?)を着ていた。

 少女の名は禁書目録(インデックス)といい、少女は魔術結社に追われているらしい。少女の持っているという一〇万三〇〇〇冊の魔導書が狙いとのことだが、これは少女の視点から語られた推測であるため、魔術結社が何故少女を追っているのかは当の本人達に聞かなければ分からないだろう。

 諸々の事情は置いておくとして、とりあえず隆二は上条に本来話そうとしていたことを聞くことにした。

 

「あ~上条、この状況でいう事じゃないかもしれんがとりあえず聞いておきたい事があるんだが…」

「何だよ西崎、今日は学校の補習があるから手短に頼みたいんだが」

「いや、お前の所、電化製品どれだけ逝っちゃってる?」

「……まさか、買っていただけるんでせうか!?」

「まぁ、金に余裕があるからな。ついでに買ってきてやるよ」

「ありがとうございます西崎様!この御恩は忘れません!!」

 

 上条から逝った電化製品の詳細を聞き、隆二はいっそ上条の電化製品も全部リニューアルした方が手っ取り早そうだと考える。

 そんな考え事をしている隆二を置いて、上条当麻とインデックスは今後の方針を話し合っていた。

 上条当麻としては魔術結社などという物騒な存在に追われているインデックスなる少女を放ってはおけない。学園都市は能力開発を行っている関係上、外部への一般公開は年に数回しかなく、しかも都市の周りを万里の長城さながら高い防壁によって囲まれた場所だ。そんな場所に入り込むことが可能な魔術結社という存在がこんないたいけな少女を狙っているのだ。何時何があっても可笑しくはない。

 インデックスとしては魔術結社と自分の関係に一般人である上条当麻を巻き込む訳にはいかない。異能を打ち消せるという右手を持っていることを考慮しても無関係の人間を魔術の闘争に巻き込みたくはないのだ。

 話し合いの結果、インデックスは上条当麻の部屋から出ていくことにした。上条当麻にも夏休みの補習があるので四六時中インデックスを見守る訳にもいかない。頼れる隣人は昨日の雷撃でお釈迦になった電化製品を買いに外出するのでインデックスのお守りは出来ない。反対側の隣人に限っては魔術の存在も知らない(と上条当麻は思っている)ので論外だ。結局の所上条当麻とインデックスの二人はそれぞれの日常(非日常)へと戻っていった。

 

   5

 

 最寄りの家電量販店にて買い物を済ませ、電化製品を学生寮に送ってもらうことになった隆二は、外の夜の光景を見て思ったよりも時間がかかったと少し反省。昔から何かの物事に打ち込む時はじっくりしっかりと時間をかけてしまう性分なのだ。その為に()()()()()()()()事もあり、それがトラブルの火種になったこともあった。この時間なら上条も学生寮に居ることだろうし、帰ったら思ったよりも時間が掛かったことに対して謝罪を入れておこうと隆二は思った。

 そんな考え事をしながら学生寮に帰ると、何故か学生寮の周りには大量の人だかりと消防車と救急車が集まっていた。周囲の人々の噂話に耳を傾けてみるとどうやら火事らしい。その火事によって火災報知器が鳴りスプリンクラーが動いたとのことである。ただの火事である筈なのにひしひしと感じる面等事の匂いに隆二はため息を隠せなかった。

 こういう突拍子もない事故や事件の裏には六割程度の確率で隣人の上条当麻が関わっている。携帯電話の電話帳から上条当麻の名前を探してコールする。

 

「もしもし、上条か?今どこにいる?学生寮に帰ってきたら人混みと消防車と救急車のパレードになっているんだが」

「西崎か!?お前の方は魔術師とは会わなかったか!?」

「随分と焦っているようだな。心配せずとも俺のところには魔術師は来ていないが…。その聞き方からするとお前は魔術師に会ったのか?」

「あぁ。インデックスが俺の部屋に忘れたフードを取りに来たみたいでそこを襲われたみたいなんだ。俺を襲ってきたのはインデックスを襲ったのとは別のやつみたいだったけど」

「そうか、よく無事だったな。ところで件の禁書目録(インデックス)は如何した」

「インデックスは背中を斬られていたみたいで今小萌(こもえ)先生が魔術を使って治療してくれている。俺は右手のことがあるから外で待っている」

「なる程。だが何故月詠先生の所に?」

 

月詠小萌(つくよみこもえ)。上条と隆二の通っている高校の教師である。その身長はなんと一三五cmである。どう見ても小学生にしか見えない彼女は、しかしヘビースモーカーでビール好きでもあるという意外な一面を持っている。何故そんな彼女を魔術の使用者として上条が選んだのか、隆二には不思議だった。

 

「何でも学園都市で能力開発を受けている人間は()()()()()らしくて魔術を扱うことは出来ないみたいなんだ。だけど教師は能力開発なんて受けてないだろ?」

「そういうことか、理解した。お前の言葉を信じるなら魔術師は最低二名はいるようだし、万が一の可能性も考慮して俺も今からそちらに向かおう」

「ああ、頼む」

 

 夜の街を行く隆二の目は、刃物を思わせるような鋭さを帯びていた。

 

   6

 

 月詠先生の家に辿り着いた隆二は、そこで月詠先生による治癒魔術が成功したこと、明日から足りない体力を補おうとした禁書目録(インデックス)が風邪に似た症状になることなどを聞いた。上条と会った隆二は上条が魔術師に襲われた当時のことを本人から更に詳細に聞き出した。その結果、禁書目録(インデックス)を背後から斬った魔術師は『神裂(かんざき)』といい、上条を襲った魔術師は『ステイル=マグヌス』ということが分かった。マグヌスはルーン魔術を用いて上条に襲い掛かったらしいが、禁書目録(インデックス)のルーンの説明と上条の機転により倒されたのだという。

 だが、と隆二は思う。マグヌスと神裂、或いはさらにいる魔術師も含めて、ただの一度の敗北で禁書目録(インデックス)の所有している一〇万三〇〇〇冊の魔導書を諦められるだろうか。否、そうであれば奴らは学園都市まで禁書目録(インデックス)を追ってきてはいない。彼らの行動には何処か執念じみたものを感じる。禁書目録(インデックス)が完全記憶能力によって覚えている一〇万三〇〇〇冊の魔導書を狙う以外の何かがそこに有る筈だ。であれば、彼らがここで追撃をやめるというのは有り得ない。必ず今回以上の万全の状態を整えてこちらを襲撃してくるだろう。それまで事態を静観していられるか?否である。幸いステイル=マグヌスのルーン魔術はコピーしたルーンのカードを周囲にばら撒くことが必要なので痕跡を探すのは容易だろう。

 

「上条、少しいいか」

「どうした、隆二」

「次の襲撃は今回よりもより対応の難しいものになることは想像し易い。そこで明日から俺は月詠宅周辺の見回りを行うことにした。禁書目録(インデックス)の対応はお前に任せた」

「分かったには分かったんだが。隆二、くれぐれも危ない真似はするなよ」

「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ。学園都市大能力者(レベル4)衝撃使い(ショックマスター)だぜ?危ないと分かったらすぐに能力を駆使して撤退するさ」

「お前がそうやって大口を叩くと上条さんは無性に不安になってくるんですが…」

「まあ任せておきたまえ」

 

 そういって隆二は軽く微笑んだ。

 

   7

 

 西崎隆二にとって、学園都市の空気というものは余り良いものでは無かった。中学まで外の世界で育った隆二からしてみれば工場の煙も外の世界よりも少ないので外の世界よりも良い空気をしていると思っていたのだが、実態は違った。学園都市の空気は()()()()だったのだ。能力の関係上空間の認識や把握が人一倍得意な隆二は空気に混じったほんの僅かな混ざり物に気が付いていた。具体的に何が混ざっているのかまでは判断がつかないが、こういった他人の思考の隙をつくような手法は、隆二に昔の友を思わせる。

 そんな隆二から言わせてもらえればステイル=マグヌスのルーンのカードの配置は余りにも()()()()()()()。カードの配置箇所から想像してカードは周囲数キロに渡って配置され、その準備は三日或いは四日もあれば十分なものとなるだろう。周囲数キロに渡る人払いの結界を使用するのだ。襲撃の規模も自然と大きなものとなるだろう。

 それらを踏まえて隆二は考える。人払いの結界を敷かれる前に魔術師を倒すか、それとも人払いの結界の中で魔術師を倒すかを。全力の能力を振るうことが出来るのは断然後者だ。自身の能力は衝撃使い(ショックマスター)大能力者(レベル4)にもなれば任意の空間から任意の方向に衝撃を打ち込むことも、打ち込む衝撃の数や衝撃の強さもある程度変えることも可能だ。だが魔術師との闘いとなれば扱うのは威力の高いものになるだろうし、自然と周囲に被害を出すことになるだろう。だが、それは相手方にも言えることだ。わざわざ数キロに渡り人払いの結界を敷くということは相手もそれだけの大技を出してくるということだ。ならば人払いの結界を敷かれる前に魔術師を倒してその大技を封じてしまえばいい。が、敵方が一般人を巻き込んでも禁書目録(インデックス)を回収したいと思う輩であるのであれば人払いをしていなくとも魔術を使ってくるだろう。

 悩んだ末、隆二は―――

 

   8

 

 その日、ステイル=マグヌスは禁書目録(インデックス)回収のための事前準備として周囲二キロに及ぶ人払いの結界を構築するために街を回ってはルーンのカードを配置していた。人払いの結界を発動させた後の不確定要素は理解不能な力で魔術を打ち消したあの少年―――上条当麻だけだが、そちらの対処は『聖人』である神裂火織(かんざきかおり)に任せることにした。あの少年の力が魔術にしか効かないというのであれば物理によってそれを打ち壊せばいい。そうして少年を退ければ、()()()を保護することが出来る。そこまで考えてステイルは表情を歪めた。あの子を保護するのは良い。だがあの子を保護した後のことを考えると、自然と自身の手に力が入るのを感じた。あと何回()()を行わなければならないのだろうか。あと何回()()を見せられるのだろうか。

 表情を歪めながら街中を行くステイル=マグヌスは、その時不意に聞こえた足音に気を取られた。今自身がいるのは人通りの少ない場所であるが、かといってまったく通行人がいないかと言われるとそうでもない。本来なら気にすることもない足音の筈だ。

 だがしかし、ステイルはその足音に何らかの予感を感じていた。恐らくこの足音の主をみなければいけないと思わせる何かをその人物は持っていた。

 振り向いたステイルが見たものは一人の学生であった。短く切りそろえられた黒髪をし、生まれつきなのか少し鋭い目つきをしたプライベートな服装をした学生であった。ステイルはその学生を―――正確にはその学生の顔を知っていた。今朝禁書目録(インデックス)の居る場所を神裂と共に遠方から敵情視察した際に見かけた少年だ。例の少年の知り合いのようなので一応情報は頭に入っている。

 西崎隆二(にしざきりゅうじ)。なんでも中学時代までは外の世界に居たが、『原石』であることが発覚し学園都市にやってきた少年だ。大小様々な衝撃を多数扱うことが出来るということで一応危険視はしているのだが、人払いの結界が発動すれば結界によって戦闘に介入することは無いだろうと踏んでいたので静観していた人物だ。

 

(よりにもよってここで会うとはね)

 

 相手は例の少年からこちらの様相を聞いている可能性が高い。まさか結界を敷いている最中に出会うとは予想していなかったものの、ステイルの判断は実にシンプルだった。

 相手が自分を無視して通りすぎれば良し、相手が自分に攻撃を仕掛けてくるのであればこちらも殺す気で掛かるというものである。

 西崎隆二は着実に自分に近づいてきている。だが、彼の眼はステイルを映してはいない。視線は全く別の方向を向いている。単に自身に気が付いていないのか、はたまた上条当麻から自身の様相について聞いていないのかは不明だが、どうやら西崎隆二は単なる通行人のようだ。

 西崎隆二はそのままステイル=マグヌスに目を向けることも無く通り過ぎ―――

 

 

 

 直後、ステイルは後頭部から襲ってきた衝撃によって意識を失った。

 

 

 

   9

 

 相手との戦闘において重要なことは『相手に何もさせないこと』というのが隆二の考えであった。

 相手が『絶対の一撃』を繰り出すのであればその一撃を繰り出す前に相手の動きを封じて『絶対の一撃』を使わせなければ良い。相手の初手が恐ろしいものであるならばその初手を相手が出す前にその相手を沈めてしまえばいい。その為の手段であれば何を用いようが関係は無い。不意打ちであれ挟撃であれ騙し討ちであれ、使えるものは何でも使う。

 では魔術師に対して有効な戦術とは何か―――言うまでもなく不可避の速攻である。どの様な手段を用いて、何時、どんな状況で、どの方向から攻撃してくるのか、それらを悟らせることなく相手を刈り取る。わざわざ正面から対峙して魔術合戦を繰り広げるまでもない。こちらが無傷で終わるのであればそれに越したことはないのだ。

 実はステイル=マグヌスがこの通路にカードを撒きに現れることは隆二には分かっていた。なので要点はこちらを通行人と思わせて相手の警戒心を低め、本来であれば攻撃できないと相手が踏んだ位置から確実に相手の急所を狙うことである。ステイル=マグヌスがどれ程自身の能力を把握していたのかは定かではないが、ある程度の距離までなら隆二は自身の持つ空間把握能力によって対象を正確に捕捉できる。恐らくステイル=マグヌスはこの能力について対象の捕捉方法を目視で行うと思っていたのだろう。その証拠にステイル=マグヌスの警戒心は、自身がステイル=マグヌスを通り過ぎた段階で著しく低下した。もしあそこで警戒心が低下しなかった場合、やむを得ずあの場で戦闘を行っていただろうことを考えれば上々の出来と言えるだろう。

 隆二の足元で倒れているステイル=マグヌスに関してはこのまま放置の方向で行く。今回の隆二の目的はあくまで時間を稼ぐこと。ステイル=マグヌスによる結界の構築速度を抑えることによって結界発動後にこちらが万全の面子で相手と闘えるようにするための準備だ。こちらの対魔術戦の一番の戦力である禁書目録(インデックス)が完全に回復するまで何日かかるか分からないが、これで少しは状況もマシになっただろう。

 月詠宅に帰る隆二の足取りは少しばかり軽いものになっていた。

 

   10

 

 夜。西崎隆二によって奪われた意識が回復したステイル=マグヌスは神裂と敵について話し合っていた。

 

「能力者か。奴らがどれほど魔術に対抗できるかは疑問ではあったけれど、まさかこの僕が何もさせられなかったとはね」

「話を聞く限りでは相手が対象を捕捉する手段は目ではない様に見受けられますが、その辺りはどう思っているのですか」

「分からない。何分僕達は学園都市(ここ)の能力者じゃないんだ、勝手が違う。強いていうのであれば十分に周囲を警戒する位しか対抗策は無さそうだ」

「ふむ。であれば私が出ましょう」

「神裂がかい?一体どうして?」

「聖人である私であれば、衝撃は見えずとも衝撃が起こることによって乱れる空気を感じ取ることが出来ます。初動を見誤らなければアレの対処は可能でしょう」

「なら君には上条当麻と西崎隆二の二人を相手にすることにしてもらうよ。こっちは予定通り禁書目録(インデックス)の回収に向かおう」

「ええ、分かりました。……それにしても、これで随分と結界を敷くのに時間がかかりそうになりましたね」

「ああ。ただでさえ時間が掛かる結界の構築だというのに、今日は数時間を無駄にさせられた。また同じ目に遭わない為にも、今後はより一層周囲の状況に注意しないといけないからね」

「件の西崎隆二は相変わらず外出を繰り返している様ですが大丈夫ですか」

「心配は要らないよ。僕は魔術師だ。相手が敵であるなら容赦はしない」

「そうですか」

「ああ、そうだとも」

 

   11

 

 禁書目録(インデックス)が足りない体力を補う為に風邪に似た症状を発してから三日が経った。その間隆二は月詠宅周辺の見回りと称して人払いの結界の近くを通ってはマグヌス達の不安をあおり、結界の構築速度を落とそうと行動していた。一度襲撃をしているので自分が近くにいれば二度目の可能性を考え向こうも警戒するだろうと踏んでの行動だ。禁書目録(インデックス)が回復したこともあり今日の夜は皆で銭湯に出かけることになっているが、恐らく襲撃はないだろうと隆二は考えていた。

 

「一体どんなトリックを使った……?」

 

 街中には()()()()()()人気がない。人払いの結界が発動しているのはどう見ても明らかだ。相手は自分も撃破対象としたのか、自身がこの場所に忌避感を覚えているということもない。どうやら相手方は余程今回の襲撃に自信があるようだと隆二は考え、相手に対する警戒度を上げる。

 前方では上条と禁書目録(インデックス)による会話が続いている。何でも禁書目録(インデックス)は今よりも一年程前までの記憶が存在しないらしい。魔術師との闘争の結果そうなったのか、はたまた別の要因が絡んでそうなったのかは不明だが、とりあえず当の本人は元気そうに上条の頭に噛みついているので現状特に問題は無いだろう。

 そうこうしている間に禁書目録(インデックス)は上条から離れていく。相手の分断作戦を疑った隆二や特に何も考えていない上条がそれとなく禁書目録(インデックス)に近づこうとするが、当の本人は彼らから遠すぎず近すぎずの距離を保ったまま近寄らせようとしない。

 と、そこまで行った所で、ふと上条が怪訝な顔をして周囲を見渡した。どうやら不幸な隣人はこの状況の可笑しさに気付いたらしい。

 

 

 

「ステイルが人払い(Opila)刻印(ルーン)を刻んでいるだけですよ」

 

 

 

 声がした。前方から―――先程まで本当に誰もいなかった場所から。トリックを使った訳でも、隆二や上条がその人物を見落としていたわけでも無い。本当にその人物は()()()そこに現れたのだ。

 女だった。長い黒髪をポニーテールにし、何故か短いTシャツと片足だけ根本の方まで大胆に切り取ったジーンズという珍妙な恰好をした女だった。だが、何よりも注目すべきは腰に携えた二メートルはあろう日本刀である。

 そういうことか、と隆二は内心納得した。あの登場の仕方から分かるように彼女は歴とした『聖人』だ。人払いの結界の構築がこの時期に間に合ったのはマグヌスだけではなく彼女もその超人的な身体能力でもって手伝っていたからだろう。自身がマグヌスを気絶させた数時間は、彼女の助力により無に帰ったのだ。

 

「上条、下がれ。()()()()()

「上条……上条当麻、でしたか。神浄(かみじょう)討魔(とうま)とは……良い真名(まな)です」

「西崎、あいつのことを何か知っているのか」

「ああ、アレは『聖人』だ。」

「聖…人…?」

「簡単に言えば超人的な身体能力を持った肉弾戦が得意な連中さ。お前のソレとは相性が悪い」

「西崎隆二といいましたか。学園都市の能力者というので魔術のことは知らないと思っていたのですが、どこで聖人のことを?」

「簡単な話さ。俺は学園都市に来る前は学園都市の外に居た。そういう話は少しは知っている。まあ、流石に一〇万三〇〇〇冊の魔導書を記憶した魔導図書館なんて存在は知らなかったが」

「そういえば西崎って最初にインデックスと会った時も魔術の存在にそこまで驚いてなかったような…」

「知っていることに対して一々驚いていたらキリが無いだろう。ああいう手合いは話を肯定しておくのが一番()()()()()

 

 瞬間、遠くで爆発音が聞こえた。恐らくはステイル=マグヌスが禁書目録(インデックス)に襲撃を仕掛けた音だろう。敵の思惑通りに戦力を分断させられたが、禁書目録(インデックス)は歩く教会付きという条件付きではあるがこの二人―――或いはもっと多くの魔術師から少なくとも一年は逃げ延びたという実績を持っている。やや心配ではあるが今は目の前の敵に視界の照準を定めることにする。

 

   12

 

 

 

 バボンッッ!!!という音と衝撃が上条当麻の耳に響いた。

 

 

 

 何が起きたのかてんで分からない上条当麻は、いつの間にか西崎隆二と神裂火織の間にクレーターが出来ていることに驚いた。先程までステイル=マグヌスに襲われているインデックスの心配をしていた筈なのだが、両者の間ではその間に初撃を放ったようだ。一体どちらが放ったのかは上条当麻には分からなかったが。上条当麻を置いて親友と魔術師は会話をする。

 

「厄介なものだな、聖人というのは。こちらは出来るだけ強力なものを打ち込んだというのに、相殺が精一杯とはな」

「私としては貴方の方が厄介と思いますが。その衝撃、()()()()()()()()()()()()?一体何を飛ばしているのですか」

「答えるとでも?」

「ならば力技で押し通るまでです」

 

 ボンバンザンガヒュッッ!!!という複数の衝撃音が連続して鳴り響いた。一つは西崎隆二の放つ衝撃波、もう一つは神裂火織の放つ神速の斬撃。どちらも上条当麻の目には追いきれないような速度での応酬であったが、両者の激突の影響は周囲に如実に現れていた。

 地面は既にクレーターまみれで正常なものを探す方が難しい有様だ。先程まで街を照らしていた街灯は、その悉くを半ばから切り捨てられ、今や戦場の状況を映すのは明るい月明かり位だ。道を彩る街路樹は無残に切り裂かれ潰れてしまい、辺りに散らばっている。

 そんな中でも両者の表情は先程と変わらず平静のままだ。もしかすると自身が知らないだけでどちらも心の中ではこの状況に焦っているかもしれない。

 不幸ながら不良との喧嘩に巻き込まれはするものの、自身はまだ学生だ。戦場の空気というものは分からないし、経験なんて以ての外である。そんな上条当麻からしてみれば、二人の戦闘は淡々とした印象を受けるものであった。

 

「それにしても皮肉なものだ。(せいじん)が上条を攻撃するとはな」

「何を言っているのですか」

「いや、人払いの結界が間に合った時点で今回は()()したと言えるのかもしれんな」

「ですから何を」

「まあいいだろう。どうせ失敗するのであれば、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゴバッッ!!!という衝撃が響いた。傍から見ても分かるほど威力の上がった西崎隆二の衝撃が放たれた音だ。

 先程よりも威力と精度を増した衝撃が辺り一帯に手当たり次第無尽蔵に打ち込まれていく。それは最早一種の災害だ。今回傍観に徹することしか出来ない上条当麻は、ただ両者から距離をとることしか出来なかった。

 

 神裂火織の七つの斬撃が周囲に放たれ―――その全てが衝撃によって沈黙する。

 七つの斬撃が西崎隆二に向かって放―――その初動を衝撃によって潰された。

 神裂火織が刀を抜き必殺の―――多数の衝撃が彼女の体を打った。

 聖人の身体能力によって神裂火織が――衝撃によって吹き飛ばされる。

 態勢を立て直した神裂火織が―衝撃によって吹き飛ばされる。

 宙に浮いた神裂火織が衝撃によって吹き飛ばされる。

 神裂火織が衝撃に叩きつけられる。

 衝撃が巻き起こる。

 衝撃が、

 衝撃が、

 衝撃が―――

 

 上条当麻から見ても戦局は西崎隆二に傾いてる様に見えた。多数の衝撃によって半ば宙に浮かぶような形になっている神裂火織は『詰め』の段階まで追い込まれているように感じた。

 しかし―――

 

「ここまでやっても傷は無し、か。相も変わらず特殊な身体を持った奴の相手はしたくないな」

 

 西崎隆二の言葉と共に衝撃が止み、宙から神裂火織が降りてくる。綺麗に地面に着地した彼女の姿は、来ている衣服にこそ若干のダメージはあるものの、本人はまるでダメージを負っておらずピンピンしている様に見受けられる。いや、西崎隆二の言葉が真実であるならば―――恐ろしいことではあるが、あれだけの衝撃を喰らって文字通り傷の一つも付いていないのだろう。

 学園都市の力の強い能力者の中でも、上から数えた方が早い大能力者(レベル4)の攻撃をあれだけ受けたというのに……と、上条当麻は聖人の恐ろしさを再認識した。

 

「一つ聞いておきたいことがある、禁書目録(インデックス)の回収についてだ。お前達はそれを『保護』と言っているようだが、アレを手に入れるということはアレの所属している組織との衝突を意味する。それはお前達の望むところか?」

「西崎隆二、貴方の疑問は前提からして間違っています。禁書目録(あの子)を保護したからといって禁書目録(あの子)の所属している組織と衝突することなどあり得ないのですよ」

「どういう……ことだ?」

 

 思わず上条当麻は疑問を口に出していた。インデックスが目の前の神裂火織という魔術師や、あのステイル=マグヌスという魔術師に保護されても問題が発生しない?それはインデックス(かのじょ)の所属している組織が彼女にたいして良くない感情を抱いているからだろうか?それとも神裂火織やステイル=マグヌスがそれほど権力の強い魔術結社に所属していて、インデックスのいる組織はその組織に強く出られないのだろうか?

 

「いや、もっと単純な話だろうよ、上条。俺も連中が『回収』では無く『保護』と言っていた意味に気付くべきだった」

「西崎、どういうことだ」

「詰まる所、連中は同じ組織に所属しているんだろうさ。何故禁書目録(インデックス)が同組織の魔術師から追われているのかは疑問だがね」

「その通りです。私の所属する組織は禁書目録(あの子)と同じ、イギリス教会の中にある必要悪の教会(ネセサリウス)

禁書目録(かのじょ)は、私の同僚にして―――大切な親友、なんですよ」

 

   13

 

 その言葉を聞いた時、上条当麻の思考は一瞬止まった。次いで湧いて出てきたのは疑問であった。

 インデックスは自身の完全記憶能力によって一〇万三〇〇〇冊の魔導書を脳に保管している。それを狙う魔術結社との闘いによるものか一年より前の記憶が存在せず、つい先日などは上条当麻の部屋の前で背中を斬られ、廊下を真っ赤に濡らしていたではないか。それでもイギリス教会に入れば彼女の身の安全は保障されるのだと信じて必死に頑張っているじゃないか。

 そのイギリス教会が、インデックスを追っていた?記憶が無くなるまで彼女を追い詰めた犯人?彼女にあんな傷を負わせた張本人?

 脳が、理解を拒んだ。だって、何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 未だに困惑している上条当麻に現実を教えるように、神裂火織は語り掛ける。

 

「完全記憶能力というのはご存知ですね」

 

 知っている。ステイル=マグヌスが上条当麻に得意げに説明していたものだ。確か『一度見たものを永遠に忘れない能力』のことだった筈だ。

 

「普通人間というものは必要な記憶だけを残しておき、要らない記憶は忘れるものです。……そうですね、例えるなら本棚と本の関係が近いでしょうか」

「本棚という脳の記憶容量には限りがあります。ですから本棚に入る本の数は決まっていますし、普通の人は本棚が本で一杯にならないように要らない本を捨てます」

 

「ですが」と、神裂火織はそこで言葉を区切り、「あの子の場合は違います」

 

「あの子が持っている完全記憶能力は本棚に本を入れることは出来ても、要らない本を捨てることは出来ないのです」

「ましてやあの子の本棚の中には常に一〇万三〇〇〇冊の本が入っている状態なのです」

「あの子が自由に記憶という本を詰められるのは、常時本棚に入っている一〇万三〇〇〇冊の本を除いたほんの僅かな場所だけ」

 

 改めて、上条当麻はインデックスという少女の状態の過酷さを認識した。常に頭の中にあるという一〇万三〇〇〇冊の魔導書。余人が目にすれば発狂してしまう程のソレを全て余すことなく自身の脳の本棚に詰めているということ。否、詰めさせられているということ。深刻な表情の上条を前に、神裂火織は更に話を続ける。

 

「十五%、それが彼女の空いた本棚の割合です」

「じゅう…ご……」

 

 思わず上条当麻はその数字を呟いていた。その意味を噛み締めるように。

 

「そう、十五%です。それが彼女にのこされた記憶容量(じゆう)

「そして、それこそが彼女を苦しめる()()()()()()()()()()でもあります」

「   、   。」

 

 今度こそ、言葉が出なかった。今目の前の魔術師は間違いなく『死』と言った。インデックスの残された十五%が死に繋がるものだと、そう言ったのだ。

 

「あの子が一年より前の記憶が無いのはご存知ですか?そこに疑問を感じはしませんでしたか?」

「な……にが…」

「あの子は完全記憶能力保持者です。()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうである。よくよく考えてみれば可笑しい話である。彼女(インデックス)は一年より前の記憶が無いと言っていたが、それは彼女(インデックス)の持つ完全記憶能力の特性から言ってほぼ不可能だ。可能であるとするならば、事故か、()()()()()()()()()()()()()()だが、当のインデックス本人はそれを行うような性格とは思えない。

 冷や汗をだらだらと流しながら考え込む上条当麻に向かって、神裂火織は断頭台へと歩みを進める罪人の様な顔持ちで、まるで懺悔を行うような悲痛な表情で、真実を告げた。

 

()()()()()()()()。そうしなければ、()()()()()()()()()()()()()

 

   14

 

 曰く、インデックスの完全記憶能力によって残る十五%が埋まるまでの期間はきっかり一年周期なのだという。そして、残りの十五%が埋まってしまうとインデックスの脳がパンクして彼女は死んでしまうのだそうだ。それ故、神裂火織とステイル=マグヌスはきっかり一年周期で記憶の消去を行い、この一年で溜めた(おもいで)を処分するのだと言う。インデックスの記憶容量(ほんだな)が埋まる予兆として、彼女に強烈な頭痛が現れるようだ。

 あまりにも衝撃的な出来事が多すぎて、上条当麻は自身が地面に立っているのか、それとも地面に座っているのか、はたまた地面に倒れているのかすら認識できないほどの虚脱感に襲われていた。それでも神裂火織は残酷な真実を自身に叩きつけてくる。

 そう言えば、と。上条当麻は神裂火織の説明を聞いて一つ思い出す。つい三日程前、上条当麻がステイル=マグヌスと闘い、傷ついたインデックスを小萌先生の力を借りて癒したあの日、インデックスは回復魔術を使用した直後に倒れた。当の本人は回復魔術の反動だと言っていたが、もしかしてアレはインデックスの残りの記憶容量が圧迫されてきていることから発生した頭痛が原因なのでは―――?

 ゾクリと悪寒が背筋を駆け抜けた。ベランダに引っかかっていたのを見つけてから今まで、時間としては一週間も経ってはいないが、彼女とはそれなりに良くやれていたと上条当麻は思っていた。

 そんなインデックスが―――死ぬ?

 

「分かって、いただけましたか?」

「私達に、あの子を傷つける意思はありません。むしろ、私達でなければ彼女を救うことは出来ません。引き渡してくれませんか、何もかもが手遅れになる前に」

 

 上条当麻の思考を遮るように神裂火織が語り掛ける。それは上条当麻を責める声ではなく、上条当麻の良心に訴えかけるような、母が子をなだめるような、そんな声音だった。インデックスのことを心から大切に思っていることが、その言葉の節々から伝わってきた。

 

 

 

 ああ、だからこそ―――上条当麻はそこに違和感を覚えた。

 

 

 

 今目の前に居る神裂火織がインデックスを大切に思っていることは身に染みて伝わった。恐らくは自身とかつて対峙したステイル=マグヌスもアイツなりにインデックスを思っているんだろう。

 

 

 

 ()()()()()()―――

 

 

 

()()()()()…」

 

 一歩、足を踏み出す。

 

「どうしてお前達は()()に立っているんだ」

 

 二歩、三歩。前へ、ただ前へ。

 

「どうしてお前達はインデックスの敵(そこ)に甘んじているんだ………!」

 

 進む足はそのままに、ただ目の前の魔術師を睨みつける。

 

「どうしてお前達はインデックスに全部説明して誤解を解かずに敵としてアイツを

 

 

 

()()()()()()()()。それ以上そちらに足を進めれば、俺よりも奴の癇癪の方がお前に早く届く」

 

 

 

 上条の怒りを阻むように、西崎隆二が声を掛ける。まるで頭から冷水をかぶせられたかの様に、それで上条当麻の怒りはなりを潜めた。理性が本能に勝ったのだ。

 

「上条、お前の伝えたいことは分からんでもない。が、些か相手が悪い。こと特殊な肉体を持つ者の癇癪は手に負えん」

 

 聖人というのは生まれながらにして圧倒的な身体能力を保有している。その力は上条も先程目の当たりにしただろう。だが圧倒的な身体能力を保有しているというのは必ずしも良い事尽くめとは言い難い。その理由の一つが『競争相手がいないこと』だ。聖人は周囲に(同じ聖人を除いて)自身と同等の力を有した者を持たないが故に、存分に実力を振るえる環境が無い。自身が力をふるえば周囲を破壊してしまうので、力を無暗に振るおうとせず、自身の我が儘なども自身の内に秘めておくタイプが多いのだ。そうしたタイプは秘められた鬱憤を蓄積していき、本人が何かしらの要因で感情的になった際に火山の様に一気に爆発する。

 今目の前に居る神裂が正にそれだ。一見冷静さを保っているように見えるが、よく見ると手が小刻みに震えている。隆二があのまま前に進む上条を止めていなければ、待っているのは怒りによる蹂躙だっただろう。

 そこまで考えて―――

 

「警告はしたぞ、上条。それでも伝えたいことがあるのであれば、覚悟を持って進むといい」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。親友が行くのであれば止めはしないと。あれ程上条へ前へ出ることの危険さを示唆した上で。

 

「どうする?上条……」

 

 選択を迫られた上条当麻は―――

 

   15

 

 ()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 別に聖人の攻撃を恐れていない訳ではない、自分が一瞬の内に殺されるかもしれないという不安は勿論ある。相手に今から伝える言葉が届かない可能性だってある。

 けれども上条当麻は足を踏み出した。理由は至ってシンプルだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前らがさ…」

 

 ぽつり、と上条当麻は呟いた。言の葉に乗っているのは燃え上がるような激情では無い。先程までの勢いはそこには無い。

 

「どんな思いでアイツの記憶を奪ったかなんて俺には分からねぇよ。きっとアイツと出会って一週間しか経ってない俺よりも、そこには物凄い葛藤とか悔しさとか悲しさがあったんだと思う」

 

 上条当麻の言葉を神裂火織はただ静かに聞いていた。その手は腰の日本刀にかけられているものの、先程まで放っていた七つの斬撃を繰り出す気配は無い。

 

「けど」と、そこで上条当麻は言葉を切って神裂火織を真正面から見つめた。

 言葉の静けさとは裏腹に、彼の顔は激情にそまった者のそれであった。先程神裂火織がなりかけたそれと同質―――いや、あるいはもっと強い『思い』の籠った顔であった。

 その顔に、思わず神裂火織は日本刀を鞘から抜きそうになり―――止めた。ここで上条当麻に攻撃すれば、彼が言おうとしている事が真実で、自分がそれを受け入れられないような『幼い』人間だと言っているようなものだ。それだけは駄目だ。あの子を救う為にも、自分は正しくなければならない。

 

「少なくともこの一年間、お前らは何をしていたんだよ……!記憶を失ったアイツに寄り添う訳でも無く、アイツの記憶を取り戻す方法を探す訳でも無く、一体お前らは何をしていたんだよ…!!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 少年(かみじょうとうま)の声が激情を帯びる。 (かんざきかおり)にその罪を叩きつける。

 

「勝手にアイツを見限って、記憶を消さなくても良い方法を諦めてるんじゃねぇよ!!!」

 

 即ち、『怠惰』という名の大罪を。

 神裂火織がそれまで抱いていた自身の正当性がその言葉で崩れ去った。自身でも気付かない様にしていたことを、目の前の少年に真正面から堂々と口に出された。

 そうだ、神裂火織はこの一年インデックスを襲撃するだけであった。彼女の記憶を取り戻す方法を模索することなどしていなかった。ただ、彼女が記憶を失っても『自身が』苦しみにくいよう、ただ彼女の敵であり続けようとした。彼女の『保護』についても、彼女に親身になり物事を一から教える方法よりも、敵対する魔術結社が彼女を誘拐するように彼女自身に勘違いさせる方法を選んだ。

 それを、上条当麻は批難した。お前達は行動の前提を履き違えていると。前提は『インデックスの記憶消去という行為の肯定』ではなく『インデックスの記憶消去の否定』なのだと。

 その瞬間、神裂火織の怒りは爆発した。西崎隆二の予想通り、彼女は正しく火山のような女であった。

 言葉は無い。ただ神裂火織は行動でもって上条当麻に自身の思いを伝える。

 

 

 

七閃(ななせん)

 

 

 

 上条当麻に向かって放たれたそれは、神裂火織が扱う日本刀―――『七天七刀(しちてんしちとう)』に対象の注目を集め、注目の逸れたもう片方の手より繰り出される七本の鋼糸(ワイヤー)による斬撃だ。その全てがそれぞれ異なる方向から上条当麻に襲い掛かる。自身だってその結論を受け入れるまで何もしなかった訳ではないと、知ったような口を聞くなと、そんな彼女の怒りを乗せて。

 バンッ!という衝撃が鋼糸に伝わり僅かにその軌道がずれる―――が、それだけだ。七本の鋼糸はそれぞれ上条当麻を掠めてゆき、彼の体に決して浅くはない切り傷を刻む。

 

 

 

 ―――しかし、上条当麻は止まらない。

 

 

 

 再度上条当麻に対して七閃が繰り出される。対象の正確な捕捉よりもただ速さのみを追求した鋼糸は、今度は西崎隆二が能力を発動させるまでの僅かな時間すら凌いで対象(かみじょうとうま)に襲い掛かる。いくつかの鋼糸が上条当麻にあたり、肉を抉るような傷が彼の体に出来る。速さを追求し、他を捨てた鋼糸は彼の体を裂くことはできなかったが、十分致命的な傷を彼に与える。

 

 

 

 ―――しかし、上条当麻は止まらない。

 

 

 

 三度、神裂火織は激情に身を任せ七閃を放とうとして―――上条当麻が目の前まで迫ってきていることに気付いた。

 間近からみても、今の彼はどうして意識を保っていられるのか不思議な有様だった。体からでる出血は酷く、歩を進める足も手も切り傷と抉られた跡でボロボロだ。だというのに、彼は一度たりとも痛みに悲鳴をあげることも、その歩みを止めることもせず、自身の前に来た。

 上条当麻が、ボロボロの右腕を力なくあげる。それだけで力を入れた右腕から血が出ては彼自身の腕を汚していく。それでも上条当麻はそれを気にしないで開いた右手を握りしめ、拳を作る。

 不思議と、神裂火織は彼から目を離すことが出来なかった。今から自身が殴られるだろうと分かっている筈なのに、ただ彼を見つめていた。

 どれだけボロボロになろうと自身に拳を叩きつけようとする彼の姿に、神裂火織は不思議な眩しさを感じた。それは生まれてきてからこれまで積み重ねてきた年数だとか、一般人と聖人だとか、高校生と魔術師だとか、そんな物を一切無視した、もっと純粋な尊い物であった。

 まるで力の入っていない右の拳が神裂火織の顔に打ち付けられる。

 ボス…という空気の抜けたような音の後に、意識を失った上条当麻がズルズルと神裂火織にもたれかかるようにして崩れ落ちる。

 非力な拳は彼女の肉体(からだ)に一切の傷を負わせることは無かったが、その拳に乗った純粋な『思い』は、彼女の精神(こころ)を打ち負かした。

 この日、ロンドンでも十指に入る魔術師である神裂火織は、どこにでもいる平凡な高校生である上条当麻に敗北した。

 

   16

 

 勝敗は決した。上条当麻は勝ち、神裂火織は敗北した。

 で、あれば次に来るのは敗北者と傍観者による問いかけだろう。

 神裂火織は自身にもたれかかる様にして崩れ落ちた上条当麻を回収しに来た彼のことを最もよく知る人物―――西崎隆二に問いかける。

 

「貴方は、私を責めないのですね。貴方から私はどう見えましたか」

 

 恐らく上条当麻よりも『闇』というものを理解している目の前の人物に対して、神裂火織は問いかける。

 

()()。肉体面での話では無く、精神面での話でだ。半ば責任のある立場にいるからこそ、組織の重圧と個人の感情との板挟みを受けている」

禁書目録(インデックス)を救いたいというのであれば、組織なぞ抜けてしまえば良かったものを。或いは内部分裂でも起こさせれば良かったのかもな」

「少なくとも―――いや、感傷はよすとしよう」

 

 上条当麻を回収した西崎隆二は彼を背負って神裂火織に背を向ける。

 

「その少年、魔術を無効化する力を持っているようですが、治療の宛てがあるので?」

()()()()()()()()()

 

 その会話を最後に、西崎隆二と上条当麻は闇の中へと消えていった。

 

   17

 

 三日後、上条がのどの渇きと体の熱から目を覚ました。意識を失った後のことなど知らない上条は、日の光が窓から差し込んでいるのを見て、「一晩たったのか」等と言っていたが、残念ながら不正解である。

 禁書目録(インデックス)が上条に意識を失ってからもう三日経っていると伝え、上条との会話の後、包帯ぐるぐる巻きの上条の顔にお粥を注いだ。

 上条が零れたお粥の後片付けをしているのを不憫に思った隆二もそれを手伝う。そんな中、月詠宅のドアがノックされた。

 上条と禁書目録(インデックス)はそのノックをこの家の主である月詠小萌のものと思っているようだが、隆二は空間把握能力でドアの先に複数の人物がいることを感じ取っていた。

 

 「上条ちゃーん、西崎ちゃーん、何だか知らないけどお客さんみたいですー」

 

 気楽そうな声で月詠先生がそういうと、ガチャンという音と共にドアが開く。そこで隆二と上条は、月詠小萌の後ろに立つ()()()()()()()()()を見た。

 見慣れた二人組―――神裂火織とステイル=マグヌスは、禁書目録(インデックス)が普通に座っていることにほんの少し安堵し、次いで自分達を警戒している隆二を見て若干顔を(しか)め、最後に上条を見た。

 治療中の上条の体を見て、ステイル=マグヌスは楽しげに呟いた。

 

「ふうん。その体じゃ、簡単に逃げ出すことも出来ないみたいだね」

 

 成る程、と隆二は思った。彼らは一年周期で禁書目録(インデックス)の記憶を消去しなければならない。制限時間が近い状態で彼女に再び逃げられては困るのだ。その為に上条に重症を負わせ、禁書目録(インデックス)が逃走しないための『枷』としたのだろう、と。

 

「帰って、魔術師」

 

 果たして、枷は機能した。禁書目録(インデックス)は魔術師に対して『逃走』ではなく『対立』を選んだ。

 上条の前で両手を広げ魔術師と対峙する彼女を見て、魔術師達の体が小さく震える。

 かつて仲間であった者からの拒絶の言葉は、鋭い刃物の様な切れ味でもって彼らの心を傷づける。

 

「……や、めろ。インデックス…そいつらは、敵じゃ……!」

「帰って!」

「お願いだから…。私ならどこへでも行くから、私なら何でもするから、もう何でも良いから、本当に、本当にお願いだから……」

「お願いだから、もうとうまを傷つけないで」

 

 隆二が魔術師達に目を向ける。かつての仲間に拒絶を叩きつけられた彼らは『仕方ない』といった表情をして―――瞬間、ガチリとスイッチを入れ替えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冷酷な魔術師が機械的に告げる。

 

「その時まで逃げ出さないかどうか、ちょっと『足枷(きみ)』の効果を見てみたかったのさ。予想以上だったけどね」

 

 それだけ言って魔術師は姿を消そうとし―――それを隆二が引き留めた。

 

「ステイル=マグヌスと神裂火織だったか。こちらからも一つ伝えておこう」

 

 引き留められた魔術師が怪訝な表情で隆二を見つめる。

 

()()()()()()()()()()()()。例え嘘であったとしても、具体性を示されれば人はそれを真実だと誤認する」

「話はそれだけだ。さっさと行くといい」

 

 しっしっと虫を掃うように手を動かす隆二の言葉の意味を理解しようとしながら、魔術師達は月詠宅を後にした。

 

   17

 

 夜、月詠先生が銭湯に出向き、月詠宅には西崎隆二と上条当麻と禁書目録(インデックス)の三人の姿があった。

 上条の看病の疲れからか眠っている禁書目録(インデックス)の横で、昼から疲労で再び眠りについていた上条が目を覚ました。

 上条は目を覚ました後に横に眠る禁書目録(インデックス)を見ては複雑な表情をし、次いで鳴った月詠宅の黒電話に出た。

 電話をかけたのは神裂火織であるらしい。電話の内容は禁書目録(インデックス)の記憶消去に関する上条への最終通告であるらしく、上条は魔術ではなく科学で禁書目録(インデックス)の頭の八割を占める魔導書の記憶を取り除いて見せると宣言し、電話を切った。

 

「西崎!お前って小萌先生の携帯の電話番号とか知ってるか!?」

「知っている。俺の携帯を貸してやるから電話するといい」

「サンキュー西崎!」

 

 実は隆二が月詠先生の携帯電話の番号を知っているのは「上条ちゃんに掛けても繋がらないと思うので西崎ちゃんに電話して上条ちゃんに連絡したいことを伝えてもらうのですよー」という理由だったりするのだが、今は置いておく。

 上条は月詠先生と記憶に関する研究機関や能力者について話すが、月詠先生曰くどれも準備には時間のかかる様なものであるらしい。それでも上条は今すぐに準備することは出来ないかと焦りながら聞いている。そんな上条に対して月詠先生は残酷な真実を告げる。

 

 

 

『だって、もう夜の十二時ですよ?』

 

 

 

 凍り付いた上条を置いて事態は進む。

 月詠宅のドアが外側から勢いよく蹴破られる。

 外から差し込む月の明かりを背に、ソレは立っていた。

 午前零時、禁書目録(インデックス)の記憶を消去するため、二人の魔術師が舞い降りた。

 

   18

 

 二人の魔術師は土足で小萌宅に入り込むとインデックスの元へと向かう。ステイル=マグヌスはその道中にて凍り付いた上条当麻を片手で突き飛ばした。さしたる力も無いそれは、放心した上条当麻を道から除けるには十分なものだった。

 魔術師は、ぐったりとうな垂れ、汗をびっしょりと出し、浅い呼吸を繰り返しているインデックスの前まで来ると、その側にしゃがみ込む。

 

クロウリーの書(ムーンチャイルド)を参照。天使の捕縛法を応用し、妖精の召喚・捕獲・使役の連鎖を作る」

 

 意を決したステイル=マグヌスが立ち上がる。最早彼の目には上条当麻は映っていない。ここにいるのは、ただ一人の少女のため人を辞めた魔術師だけだ。

 

「神裂、手伝え。()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉が、上条当麻の心を抉った。

 インデックスという少女を救う手段がここに来てこの一年間の記憶の消去しか方法がないことは自分にだって分かっている。そしてそれを目の前の魔術師達はいつも実行してきたのだろうということも。

 けど、と上条当麻は思う。

 ()()()()()()()()()()()。誰もが笑って誰もが幸福な結末を迎えることが出来るウルトラCは本当に存在しないのか、と。

 

「待てよ」

 

 気付けば、上条当麻は魔術師達の儀式を引き留め、必死に説得を試みていた。

 考えた側からそれを口に出し、言っていることもごちゃごちゃした物だとは思うが、それでも上条当麻はインデックスの記憶の消去を阻止しようと試みた。

 『学園都市には心を操る能力者だっている』『学園都市には心の開発をする研究機関だってゴロゴロある』

 時間が無いと知りながらも、上条当麻はそう言う他無かった。

 何故なら、上条当麻には耐えられない。

 目の前に居る魔術師がインデックスを救う方法を妥協していることも、インデックスがそれを知らないことも、何より上条当麻とインデックスが過ごしたこの一週間が全て空白になることも。

 しかし、魔術師は冷徹であった。

 

「言いたい事はそれだけか、この出来損ないの独善者が」

 

 上条当麻の必死の説明を一言で切り捨て、ステイル=マグヌスは上条当麻の頭を掴み無理矢理インデックスの方にその顔を向かせる。今にも死にそうなインデックスの顔を見て固まった上条当麻に対してステイル=マグヌスは激昂する。

 

「見ろ!この子の死人めいた姿を!!君はこんな重病の人間にちょっと試したいことがあるから待ってろと言えるのか!」

 

 ステイル=マグヌスは懐から小さな十字架のついたネックレスを取り出し、見せつける様に上条当麻の前にそれを掲げる。

 

「……これはあの子の記憶を殺す道具の一つだ。君の右手が触れれば、僕の魔術同様それだけで力を失うだろう」

 

 ステイル=マグヌスはそこで言葉を切って、

 

()()()()()()()()()()()()?」

「この子の前で、これを取り上げることが出来るのか!そんなに自身の力を過信しているのなら消してみろ、主人公気取り(ミュータント)!!」

 

 上条当麻は目の前の十字架を見る。確かにこれを自身の右手で破壊すればインデックスの記憶消去は阻止されるだろう。

 ()()()()()()

 例えこの儀式を止めることが出来たとして、その後に待ち受けるのはインデックスの死へのタイムリミットとの闘いだ。学園都市の能力者は今の時間から手配は出来ないし、研究所となればもっと時間のかかるやりとりもあるだろう。或いは何とか手配が出来たとして、インデックスの中にある知識を消すために一体どれだけの時間がかかるのか分かったものではない。一歩でもしくじればその先に待っているのはインデックスという少女の死だ。

 上条当麻は、震える右手を硬く握りしめ、下ろした。

 ()()()()。上条当麻には出来ない。インデックスという近しい少女の死という現実は、彼から行動を奪い去った。

 

 

 

 ―――だから、その十字架を破壊したのは上条当麻では無かった。

 

 

 

 ボン!という小規模の衝撃がステイル=マグヌスの握ったネックレスから起こり、小さな十字架は粉々になった。

 信じられないような目をして地面に落ちていく十字架の破片を見つめるステイル=マグヌスと神裂火織は、この破壊を起こした犯人に目を向ける。

 

 

 

 憤怒の形相を浮かべた西崎隆二がそこに立っていた。

 

 

 

 顔が怒りに歪んでいる訳でも無い。しかし、いつもよりも鋭い目つきと僅かに眉間に出来た皺、何より彼から発せられる怒気がそれを物語っていた。

 表情を変えること無く、西崎隆二は言葉を紡ぐ。

 

「『表面上の物に惑わされるな。例え嘘であったとしても、具体性を示されれば人はそれを真実だと誤認する』。確かに俺はそう言った筈だ」

 

 隠しきれない怒気は、その声音にも表れていた。

 何となくではあるが、上条当麻は彼の怒りがインデックスの記憶消去自体に対して向けられたものではない様に感じた。どちらかというとインデックスの記憶を殺す手段の何かが彼の琴線に触れたのだろう。

 普段よりも幾分低い声音で西崎隆二は言葉を繋げる。

 

「それと上条、そんなだからお前は学業において吸収面からして馬鹿なんて言われるんだぞ。お前は自身の受けた脳の授業(きろくじゅつ)すら覚えてないのか」

 

 記録術?と上条当麻は首を傾げる。確かにあれは能力開発における脳の開発がうんたらかんたらで脳に関する授業内容ではあったが、この鬼気迫った状況で何故その単語が出てくるのだろうか。

 そんな上条当麻の様子に溜息を一つ吐いて、西崎隆二は言葉を続ける。

 

「インデックスの記憶について、三日前神裂火織は本棚と本に例えた。それは別に良い。だが、本棚と本の関係に記憶を例えるのであれば一つ見落としている箇所がある。何かわかるか、上条?」

 

 分かる訳がない。絶賛補習中の上条当麻に脳のことを聞かれても無言で首を横に振ることしか出来ない。

 

「……。()()()()だ。禁書目録(インデックス)の持っている魔導書の知識と日々の思い出は同じ『陳述記憶』の分類ではあるが、『陳述記憶』は更に細かく分類別け出来る」

 

 そこで西崎隆二は天秤の様に両の掌を上に向け、

 

「即ち知識を司る『意味記憶』と、思い出を司る『エピソード記憶』だ。その他にも『陳述記憶』の他に『非陳述記憶』なんてものもあるが、今回の話には関係無いので割愛させてもらう」

「そしてこの『意味記憶』と『エピソード記憶』は、それぞれ本棚の()()()()()()()()()。分類別けされた本は、それぞれ別の段に割り振られる」

 

 西崎隆二はそこで言葉を区切って、

 

「だから、一〇万三〇〇〇冊の魔導書を『意味記憶』の段に入れたとして、『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「八五%の魔導書の知識?十五%の思い出?そんな()()()()()()()の具体例を出されたからと言って何を素直に信じ込んでいる」

「そもそもの話、教会の上が、一〇万三〇〇〇冊の魔導書を頭に詰めたせいで一年間しか生きられない少女が居るからなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ガツン、と頭を殴られたような衝撃だった。ステイル=マグヌスにしろ、神裂火織にしろ、上条当麻にしろ、その言葉に息を呑んだ。

 ()()()()()()()()()必要悪の教会(ネセサリウス)はそもそも二人に()()()()()()()()()()()()。教会は二人を信用していなかった。神裂とステイルは、ただインデックスの記憶を消去しなければいけないという嘘と、それを信じ込ませる為に具体的に肉付けされたこれまた嘘の情報に踊らされていただけだった。

 呆然とする面々の前で、西崎隆二は詰まらなそうな顔をして事の本題に入る。

 

「さて、ネタばらしの時間だ。禁書目録(インデックス)の魔導書は『意味記憶』を圧迫こそすれ、『エピソード記憶』を圧迫することは無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 問いかけに答える声は存在しない。誰もがその問いかけの意味を必死に自分の中で噛み砕いているのだ。

 時間が惜しいなと呟いた西崎隆二は、(おもむろ)にインデックスに近づくとその頬を掴み、彼女の口を縦に開けた。

 

「見ろ、()()がその答えだ」

 

 インデックスの喉の奥に、ソレは存在した。まるでテレビの星占いで見かけるような、一瞬でオカルト染みたものと分かるようなその不気味な紋章(マーク)が一文字、そこに黒く刻まれていた。

 

「触れよ、上条。ご自慢の右手は神様の奇跡(システム)だって打ち消せるんだろう?なら悪魔の悪意(ウィルス)だって打ち消して見せろよ」

 

 西崎隆二は上条当麻に挑戦状を叩きつける。死人めいた姿をしたインデックスに、重病の人間に試したいことを為してみろ、と。主人公気取り(ミュータント)ではなく真に主人公(ヒーロー)になってみせろと。

 叩きつけられた挑戦状に、上条当麻は思わず自身の口の端が吊り上がっていくのを感じる。御託をごちゃごちゃ並べる必要は無い。ただ一言、今の気持ちを言葉にすれば良い。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 上条当麻の右手がインデックスの口から喉へと入り込み、その奥にある不吉な紋章に触れた。パチン!という感触と共に上条当麻の右手が何かを壊し―――

 

 

 

 

 バギンッ!!と、上条当麻の右手が勢いよく後ろへと吹き飛ばされる。

 

 

 

「がっ……!?」

 思ってもみなかった衝撃に上条当麻は自身の右手を吹き飛ばしたインデックスの顔を見る。彼女の閉じた瞼が静かに上がっていく。

 

 

 

 その眼は赤く光っていた。

 

 

 

 インデックスの様子に不穏なものを感じた面々が警戒態勢を取り、彼女から距離をとる様に後ずさる。彼女の両目が恐ろしい程に真っ赤に輝き、そして彼女を中心に何かが爆発した。

 

「ッ!!」

 

 咄嗟に西崎隆二が扇状に衝撃波を放つが、それでも爆発の威力を完全には抑えきれず、一同は強風を叩きつけられたかの様に後方に後ずさる。顔の前で交差させていた両腕をどかした上条当麻が見たものは、不気味な動作でゆっくりと立ち上がるかつての重病人の姿であった。

 感情の起伏も無い声で、インデックスが言う。

 

「―――警告。第三章第二節。禁書目録(Index-Librorum-Prohibitorum)の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗、『首輪』の自己再生は不可能。『書庫』の保護のため侵入者の迎撃を優先。防壁に傷を付けた魔術の術式を検索……失敗。該当する魔術が存在しません。術式の構成を解明し、対侵入者用の特定魔術(ローカルウェポン)を構成します」

 

 そういえば、と上条当麻は思い出す。インデックスは、魔術を使う為には魔力が必要ではあるが自身にはその魔力がないのだと言っていた。魔力と安直に言われても上条には訳の分からない専門用語なので、話半分に聞き流していたのだが……

 

「そういやあ、一つ聞いてなかったっけか」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その理由が、これだろう。教会は、誰かがインデックスの『首輪』を外そうとした場合、彼女の、正しく扱えば魔術の神―――『魔神』に届きうる一〇万三〇〇〇冊の知識でもって、真実を知ったものを迎撃し、屠る自動迎撃システムを構築していたのだ。他ならぬ、インデックス自身の魔力の全てをつぎ込んで。

 

「侵入者個人に対して最も有効な魔術の構築に成功、これより『(セント)ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

 

 バギン!!という凄まじい音を立てて、インデックスの目の前に直径二メートル強の魔法陣が二つ現れる。

 

「          」

 

 インデックスが人では理解できない『何か』を歌う。

 瞬間、ベギリ!!と、眼前の二つの巨大魔法陣を中心に、四方八方に向かって空間が裂けた。裂けた空間の色は、まるで底の見えない深淵を思わせる黒。メキリという音と共に内側から膨らんでいく亀裂を前に、攻撃の予兆を感じ取った上条が右手を前に出し、ステイル=マグヌスが部屋中にルーンのカードをばら撒き、神裂火織が腰の七天七刀に手を掛ける。

 

「―――Fortis931」

「―――Salvare000」

 

 ステイル=マグヌスと神裂火織がそれぞれの『魔法名』を唱える。それは『殺し名』であり、『在り方』であり、また『決意』でもある。

 黒い亀裂が内側から裂かれようとした刹那、神裂火織の七閃がインデックスの足元の畳を切り裂く。足場を崩したことで一同を狙っていた亀裂の奥の『ソレ』はその軌道を逸らされ、天井を裂き、大気圏外の人工衛星を切り裂いた。

 ―――『ソレ』は、光の柱だった。純白の色をしたソレは、神々しさと禍々しさの双方を内包した、圧倒的なまでの力であった。狙いが逸れただけとはいい、部屋の天井を打ち破り、大気圏を突破し、人工衛星を撃ち落としたその直径一メートルはあろう光は、態勢を立て直したインデックスがこちらを捕捉し、首を向けてくるのと同期して方向を変える。

 まるで光の大剣を大上段から振り下ろす様に真っすぐと迫ってくる光の柱を前に、上条当麻はその右手を持って迎えうとうとし―――

 

 

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

 

 

 直後、上条当麻の目前に現れた炎の巨人が、その双腕で持って光の柱を食い止める。

 炎の巨人を盾として出した術者が言う。

 

「行け、能力者!ここは僕が引き受ける!君はその右手であの子を救え!!」

 

 数分前までの冷徹な姿はもうそこには無い。そこに居たのは、ただ一人の女の子を救わんが為に奔走する、正義の魔術師(ヒーロー)だった。

 炎の巨人は以前にもインデックスによってその弱点を暴かれている。あの時とは違って今のインデックスは魔術を扱うことが出来る。技術というアドバンテージが消えたのであれば、知識で先を行くインデックスの方が魔術戦では強いだろう。故に求められるのは短期決戦だ。上条当麻は、こんな所で立ち止まってはいけない。

 走る。元々、戦場となっているこの部屋はそれ程広い空間では無い。インデックスまでの距離はあと四メートル程だろう。

 

「警告。第二三章第一節。炎の魔術の術式の検索に成功。特定魔術(ローカルウェポン)の構築に成功。命名、『神よ、何故私を見捨てたのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)』発動」

 

 純白の光が真紅の色を帯びる。血の様な色合いをした柱が巨人の身体を削っていく。削られた巨人はその身体を即座に修復―――しようとして、中々修復出来ていない。このままでは真紅の光が巨人を削り取るのも時間の問題だろう。

 そして、問題はそれだけでは無かった。

 光の柱が今し方切り裂いていった天井や宙から、得体のしれない光の羽が降り注ぐ。ゆっくりと地上に落ちていくそれは、いずれ地面を白く染め上げるだろう。

 

(きっとあの羽はよくないものだ…)

 

 だから、その前にインデックスの元へと辿り着く。

 神裂火織に傷つけられ、治療によって中々動かす機会の無かった足に力を入れ、ただ走る。

 インデックスは目の前にいる。残りはきっと二メートルも無い。

 

 

 

 ギョロリ、とインデックスが生気を感じさせない瞳で上条当麻を見た。

 

 

 

 グルンッ!!と真紅の柱がインデックスの瞳の動きに合わせて横一線に振り払われる。

 壁を切り、ドアを切り、上条当麻を切ろうとして―――響いた衝撃によってその動きが止まる。

 真紅の光がジリジリと上条に迫ろうとするが、鳴り響く衝撃がそれを反対側へと押し返そうとする。

 余りにも多すぎる数の衝撃を連続して放っている為か、逆に一つの大きな衝撃の音が断続的に鳴り響いているように感じる。

 顔を向ければ、そこには西崎隆二(しんゆう)が額から汗を流しながら立っていた。余りに衝撃の演算に脳を使いすぎているのか、鼻と口元からうっすらとだが血が零れている。

 

「警告。特定魔術を押しとどめる魔術を検索……失敗。対象の魔術は既存の魔術法則に当て嵌まりません、類似魔術から特定魔術(ローカルウェポン)を構築します。対象の類似魔術を検索……成功。同一の性質を持つ二つの対象の片方をもう片方に置き換える『置換魔術』、何らかの神話的エピソードによる対象の変質を利用した『変質魔術』、対象を全く別の性質のものへと変化させる『変換魔術』が該当。この三つの魔術を元に特定魔術(ローカルウェポン)を構築…成功。命名、『数字は人間を指している(獣の刻印)』発動」

 

 ()()()()()という音と共に、真紅の光が()()()()()()()

 少女(インデックス)を根とした大樹の様に枝分かれしていくその無数の光線は、圧倒的な数と密度で持って隆二を包囲しながら迫っていく。

 その数なんと()()()

 隆二が周囲に環状の衝撃を放ちいくつかの光線を消すと、消した側から光線の根本から消された数だけ細い光線が補充され、再び隆二に迫る。六六六もの光線の対処をする隆二の鼻と口から流れる血の量が多くなっていく。このままでは隆二も遠くない内に沈んでしまうだろう。

 上条がインデックスに向き直る。目の前の少女は隆二を潰すのに目をとられていてこちらに注意を払っていない。

 右腕を前へ出す。

 

(この物語(せかい)が、神様(アンタ)の作った奇跡(システム)の通りに動いているんだとしても―――)

 

 握った五本の指を思い切り開く。

 

(この舞台(せかい)が、悪魔(アンタ)悪意(ウィルス)にまみれているんだとしても―――)

 

 例え相手が誰であれ、上条当麻は少女(せかい)を救う。

 

(――――――まずは、その幻想をぶち殺す!!)

 

 上条当麻の右手が部屋に広がっていた黒い亀裂と魔法陣を引き裂いた。

 瞬間、インデックスの意識がプツンと切れ、光の柱も、魔法陣も、部屋に走っていた亀裂も消え―――

 

「ッ!上条!!」

 

 親友の焦った様な声と幾つかの衝撃音が聞こえ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、西崎隆二は『失敗』した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   19

 

 その日、西崎隆二は大学病院に見舞いに来ていた。見舞いの相手は怪我だらけの体でインデックスを救った学生寮の隣人、上条当麻である。

 上条がインデックスを救った後、彼は宙から降ってきた白い羽を頭に受け、叫びを上げながら気を失った。隆二と魔術師は即座に白い羽根の直撃を受けた上条を名高い医者のいるこの大学病院に運び込んだ。

 

 『記憶破壊』

 

 それが上条の現在の状態らしい。最後の光の羽によって、上条の記憶は脳細胞ごと破壊された。上条当麻は、自分の『死』と引き換えに少女(せかい)を救ったのだ。

 病室を開けるとそこには病院服に身を包んだ旧知の親友(初対面の少年)がいた。見回してみるが今日はインデックスは見舞いには来ていないのか、部屋に居るのは上条ただ一人であった。

 

「やあ、()()()()()上条。俺は西崎隆二だ」

 

 言葉に秘められた意味を察した上条が「ああ、アンタが…」と言葉を漏らす。その後上条は、少し考え込んで―――

 

「悪い、実感が湧かないんだよ。アンタが俺と親しかったってのは感覚でわかるんだけどさ……。だからこそ俺なんかが『上条当麻』を名乗っていいのかなっって思っちゃってさ」

「上条は上条だ。お前の生きたいように生きていけばいいんじゃないか?」

「そっか……。サンキュな、西崎」

「おう、こちらもな。上条」

 

 右手で握手をする隆二と上条。

 その時不意に隆二が「あ」と呟く。

 

「そう言えば上条、お前退院したら月詠先生の補習授業が待ってるぞ」

「不幸だーーー!!!」

 

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