黄金の魔術師   作:雑種

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まずうちさぁ、原作…あんだけど…書いてかない?と言われた気がしたので旧約2巻投稿します。


黄金の魔術師(旧約2巻)

   1

 

 八月八日。本日の天気は快晴、所により干からびた上条当麻が見られるでしょう。そんな意味のない事を考えられる位、今の上条当麻(かみじょうとうま)は『日常』というものを送っていた。

 先日インデックスという一人の少女を救う為に立ち上がった少年は、夏の熱気によって今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。

 こんなことなら隣人の西崎隆二(にしざきりゅうじ)によってリニューアルした()()()自室でエアコンの涼しい風を浴びながら一日をダラダラと過ごしていればよかったと上条は後悔した。

 事の発端はつい先日まで遡る。学生寮のベランダに布団と一緒に干されていた(!?)銀髪碧眼の修道服をきたインデックスなる少女を部屋に招き入れ、『魔術』という存在を証明するために上条がインデックスの着ている修道服(歩く教会)を脱がした(?!)ことが原因で、魔術師に傷を負わされたインデックスを癒しに月詠小萌(つくよみこもえ)という教師の力を借り、そこからインデックスを巡る涙なしでは語れない激闘の末に、上条はインデックスを救い、その代償として思い出を司る『エピソード記憶』を失った()()()

 らしい、というのは先程の話は記憶を失った上条当麻が西崎隆二にここ最近の出来事などを教えて欲しいと頼んだ結果聞かされた話だからだ。信憑性はひとまず置いておくとして、彼の親友は顔を顰めることも、疑問を挟むこともせず、ただ親切に上条の質問に答えてくれた。

 

「とうま」

 

 自身を呼ぶ声に上条は意識を現実へと浮上させ、横に居る少女に顔を向ける。

 銀髪碧眼と言ういかにもな『外国人ですアピール』の上に、更に白の布地と金の刺繍でできた修道服という『シスターですアピール』が加わり、そこに修道服の各所に見られる安全ピンの『良いアクセサリーでしょうアピール』が加わった世界の珍料理みたいな属性ごった煮のこの少女こそ、前の上条が命を懸けて救ったというインデックスなる少女らしい。

 インデックスはその整った顔をやや不満気に歪めながら上条を見つめてくる。

 

「とうま、三六〇〇円あったら何が出来た?」

「……言うなよ、それ」

 

 インデックスは上条に先程書店で買った参考書代のお金の使い方について抗議してくる。その目線の先がアイスクリームショップを向いているということは、詰まる所そういう事なのだろう。

 だがしかし、上条当麻にもどうしても、それこそ見栄を張ってでも参考書を買いに行かなければならない理由というものがあったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()

 記憶を失う前の上条当麻が一体どうして漫画ばかりを本棚に収めているのかは分からないが、このままでは漫画ばかりの本棚を見た自身のかつての知り合いにネタにされることになるだろう。若干思考が暴走している感じがしなくも無いが、そういった万が一の事態に備えての参考書買いだったのだ。だったのだが……。

 

「まさかここまで暑いとは…」

 

 そう、外は真夏の熱気でとてつもない暑さとなっていた。いや、最早これは『暑い』の範疇を超えて『熱い』ではなかろうか?名付けるのであれば、そう、『大熱波』!

 若干暑さで思考の方向性がぐにゃりぐにゃりと予測の出来ない方向に捻じれ曲がってしまっていることを自覚した上条が、インデックスと一緒にアイスクリームショップに入ろうと足を進める。

 ふと、上条はアイスクリームショップの自動ドアに張り紙が貼ってあるのを目撃する。嫌な予感を感じながらも上条は張り紙の内容を朗読する。

 

「えーと、『お客様各位、誠に申し訳御座いませんが、店舗改装の為、暫く休業させて頂きます』うぅ?」

 

 上条の言葉の意味を理解したのか、隣の少女も上条と一緒に落胆に肩を落とす。

 真実とは得てして残酷なものである。だがそれを知って尚立ち上がることが出来るからこその『人間』なのだ。

 ボ、と上条当麻の心に火が点く。それは執念という名の業火である。たちまちの内に心の全てを覆った炎に身を任せ、上条当麻は宣言する。

 

「こうなったら、どんな手段を使ってでも絶対に涼んでやるからな……!!」

 

   2

 

 そんな訳で上条御一行は何処にでもありそうなファーストフード店に来ていた。理由は涼むため、頼んだメニューはシェイクのみという徹底ぶりである。

 ファーストフード店までの道中で仲間になりたそうにこちらに話しかけてきた青髪(あおがみ)ピアスなる上条の元友人も加わって三人パーティになった上条御一行は、四人用のテーブルに座っていた。元々テーブルに居た巫女姿の長い黒髪の少女と相席となり、目出度く四人パーティとなった上条がシェイクを吸う。

 なんか相席の巫女さんがじーーーっと上条を見つめてくるが知らんぷりである。こういった面倒事に巻き込まれはするものの、自分から面倒事に突っ込みたくはない上条は何故か知識として脳にあった般若心経を心の中で唱えながらシェイクを吸う。

 

 チューーッ(シェイクを吸う音)

 じーーーっ(上条を見つめる目線)

 チューーーーーーーーーッ(必死にシェイクを吸う音)

 じーーーーーーーーーーっ(上条をただ見つめる目線)

 チューーーーーーッチュッチュッ(ついにシェイクが尽きた音)

 じーーーーーーーーーーーーーっ(上条をずっと見つめる目線)

 

「……分かった分かったよ分かりましたよこの上条さんに何か言いたいことがあるんでせう!?」

 

 ついに視線に我慢出来なくなった上条当麻が目の前の巫女姿の少女に対して早口で(まく)し立てる。

 対して少女はただ一言。

 

 

 

「――――――食い倒れた」

 

 

 

   3

 

 

 

 『窓のないビル』

 

 

 

 人々はその建物を指して、そう呼ぶ。学園都市統括理事会長の住まうこの建物は、学園都市超能力者(レベル5)の第一位『一方通行(アクセラレータ)』の能力を科学的に再現した素材である演算型・衝撃拡散性複合素材(カリキュレイト=フォートレス)によって作られたものである。文字通り窓もなければ扉も無い。出入りする方法は一部の特殊な例外を除き、大能力者(レベル4)の『座標移動(ムーブポイント)』と呼ばれる人物のテレポートのみである。

 そんな窓のないビルの中の一室で二人の人物が向かい合っていた。

 一人はイギリス清教所属の魔術師であるステイル=マグヌス。

 もう一人は学園都市統括理事会長であるアレイスター=クロウリー。

 話を切り出したのは『人間』アレイスター=クロウリーから。

 

「『吸血殺し(ディープブラッド)』という単語は勿論知っていると思うが、彼女が魔術師の手に渡った」

「別に科学サイド(こちら)で解決できるのだが、それでは魔術サイド(そちら)との均衡が崩れてしまう。それは阻止しなければならない」

「いいたいことは、分かるかね?」

 

 アレイスターの話は実にシンプルだ。要するに、魔術サイド(そちら)のことは魔術サイド(そちら)で方を付けてくれと言いたいのだ。ステイル=マグヌスもそれを理解している。

 頷くステイル=マグヌスの様子を見て、アレイスターは再び話を続ける。

 

「戦場の名前は『三沢塾(みさわじゅく)』。こちらに関しては見取り図を用意しよう」

「それと、現地の協力者として『上条当麻』と『西崎隆二』を借りていくといい」

「その両名は能力者では?両名が魔術師を倒してしまえば均衡は崩れてしまうのでは?」

 

 ステイルの疑問にアレイスターは初めから用意していた台詞を読み上げるように答える。

 

「そちらについては問題ない。上条当麻は無能力者(レベル0)であるし、西崎隆二は原石だ。どちらも純粋な能力者とは言い難い」

 

 食えない人間だと、ステイルはこの時目の前の人間に対して敵意を抱いた。

 上条当麻に関しては成る程その能力は魔術戦において重宝する代物ではあるが、それを理解しているのであれば、あの少年は本来もっと厳重に管理されて然るべきなのだ。だというのに目の前の存在は彼を進んで戦場に行かせようとしている様に感じられる。原石でありある程度の戦闘をこなせる西崎隆二であればまだ戦場で幾分かまともな動きが出来るだろうが、上条当麻はつい最近まで戦場のせの字すら知らなかったどこにでもいそうな高校生だ。そんな存在を戦場に送ったとしても、帰ってくるのは歴戦の(つわもの)ではなく一つの死体のみだろう。

 相手の目的は読めないが、取敢えずは仕事の時間である。

 ステイルはアレイスターに二人の協力を受ける意図を伝え、そのまま窓のないビルを後にした。

 

「ふむ……、吸血殺し(ディープブラッド)か」

 

 対話する人の居なくなった空間で巨大なビーカーの中に浮かんだ『人間』が声を漏らす。

 

「その様な能力を持った者が居るということは、逆説的に()()()()()の実在を証明してしまう訳なのだが…」

 

 魔術世界において『カインの末裔』と呼ばれる存在、『不老不死』であり、その存在を見た者は居ないとされる、一般的には空想上の産物と呼ばれる生物。

 無限の魔力を持つとされ、それ単体で『世界の危機』に匹敵すると言われる魔術世界における都市伝説の様な存在。

 

 

 

 ―――即ち『吸血鬼』

 

 

 

 御伽噺(おとぎばなし)のような陽の光に弱い、十字架が苦手、ニンニクの臭いが苦手、杭で胸を打たれると死ぬ、といった弱点は彼らには無い。あるのはただ無尽蔵の魔力と死なない肉体、そしてその寿命の長さによって蓄えられた膨大な知識だ。

 チラリ、とアレイスターがビーカーの前の空間に開いたウィンドウを確認する。

 そこには建造中の宇宙エレベーターと密接な関係にあるとある人物の姿が映っていた。小柄な体躯、膝下まで伸びた艶やかな金髪、白と黒のチェックの入った服装とそれを覆う程の大きさの赤いマントを身に着け、頭に小さなシルクハットを被った彼女は名を『レディリー=タングルロード』と言う。

 

「不老不死である君ならば、彼らの心情を少しは理解できるのかな?或いは……」

 

 窓のないビル。そこに()()()()として収容している人物を思い浮かべながら、アレイスターはその口元に薄く笑みを張り付ける。

 

「まあ、それは置いておこう。さて、たまたま発現した能力によって、その存在を証明されたものもいる訳だが、だとすれば幻想殺し(イマジンブレイカー)は一体何の存在を証明してくれるのだかね」

 

 弱点の無い得体のしれない怪物に対して()()()()()()()()。まるで『吸血鬼』という存在を畏れた者達の安寧を求める『願い』に答える様に発現したその力は、しかし一人の少女に宿った。

 では、一人の少年に宿った()()()()()()()()()()()()()は、誰のどの様な『願い』によって生まれたのか。

 それが人為的な物であれ神為的(じんいてき)な物であれ、アレイスターはその全てを利用して目的を達成してみせる。

 例えその末に何度挫けようとも、例えその行為を何度嗤われようとも、止まることだけは決してしない。

 

 

 

 ―――そう誓ったのだ。遠い遠い昔に。

 

 

 

   4

 

 取敢えず上条当麻と黒髪ロングの巫女さんとのファーストコンタクトはインパクトに溢れたものであった。「食い倒れた」と念を押す様に呟く巫女さんを前に上条当麻は「これは理由を聞かないと(「はい」を押さないと)永遠に話がループする感じ?」と青髪ピアスに目線で訴えるが、青髪ピアスは(彼の性格からしてみれば大変非常に途轍もなく珍しいことに)女の子と話す権利をグイグイと自分に押し付けてくる。

 

「……ほらカミやん、話しかけられたなら答えてやらなっ!」

「そうだよとうま、見た目で引いてはいけません。神の教えに従いあらゆる人に救いの手を差し伸べるべき何だよ。アーメン」

 

 何故かインデックスも上条にこの巫女さんの相手をグイグイと押してくる。それと自分の手はその神様の奇跡すら打ち消してしまうので救いの手を差し伸べることは出来ないぞと心の中で人を勝手に救世主(メシア)扱いしている銀髪シスターに反論する。あくまで心の中でだが。

 

「えーと……食い倒れたって何でそうなったんでございます?」

 

 インデックスと青髪ピアスの押しに折れた上条が黒髪少女に質問する。もしここに毒舌気味の親友(にしざき)が居れば、ズバッと簡潔に切り込んでくれるのになと現実逃避を始める上条。肝心の西崎は「上条が外に出ると面倒事に巻き込まれそうだからパス」といって上条とインデックスの外出にはどうしても付き合ってくれそうになかったので、結局はこうなる星の巡りだったのだろう。

 

「一個五八円のハンバーガー、無料(クーポン)券が沢山あったから、取敢えず三〇個ほど頼んでみた」

「このおバカさん!」

 

 あまりに衝撃的な回答に思わず自身の内に宿る女子条さんが表面にまで出てきてしまったが、これは仕方ないだろう。何せ三〇個ものハンバーガーである。胃袋的にも経済的にも上条にとっては何とも耳に痛い話であった。

 上条の言葉に自分でも思う所があるのか、黒髪の少女はピクリとも動かなくなってしまった。途轍もなく重くなってしまった空気を良くしようと上条が慰めの言葉を必死に考えていると、目の前の少女が不意にポツリと呟いた。

 

「やけぐい」

 

 シンプルに一単語!!言葉の意味は!?そこに至った経緯は!?と思わず混乱する程の素晴らしいまでの圧縮言語である。インデックスは口の中に悪趣味な魔術的記号を刻まれていたと西崎は言っていたが、目の前の少女も口の中にアーカイバーでも隠し持っているのではないかと上条は懐疑的になった。

 そんな上条を置いて少女が更に言葉を紡ぐ。

 

「帰りの電車賃、四〇〇円。私の今の全財産、三〇〇円」

「……それで?」

「一〇〇円」

「おや、おやおやおや。その両手は何ですか?ファーストフード店で乞食の真似をしても誰も何も恵んではくれないですことよ?」

「一〇〇円」

「ハッハッハッ!!参考書とファーストフード店のシェイクでお財布事情が割とピンチなこの上条さんに誰かに一〇〇円を恵んでやるだけの心の余裕は無いわ!!」

「カミやん、そこ笑って言うことじゃないで、焦って言うことや」

「うるせえぞ青髪ピアス!業務連絡お前はこの後体育館裏に集合だ!!あつい(キツい)告白()してやるよ(喰らわせてやるよ)!!!」

「ひぃ!?とうとうカミやんが(おとこ)を標的にするようになってしもた!!」

 

 わいのわいのと勝手に盛り上がっている上条御一行の姿を見ていた巫女姿の少女は、不意に視線を逸らして「一〇〇円」と呟いた。

 

「だから上条さんに少女の電車賃を賄うだけの財政的余裕はないと―――ッ?!」

 

 

 

 いつの間にか、上条御一行と巫女姿の少女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 彼らは皆同じようなスーツを着た青年達であった。街中ですれ違ったとしても顔すら覚えていられるか定かでは無い様な彼らだが、その無個性さが逆に上条には目に余る。まるで命令を下されなければ動くことの出来ない機械のような印象を、上条は彼らに抱いた。

 無個性の集団から一人が巫女少女に向かって進み出て、その掌に一枚の一〇〇円玉を手渡す。

 

「え、あ、何だよ?この人達って知り合いなのか?」

 

 よく状況を理解出来ないまま、上条が問いかける。

 

「ん。塾の先生」

 

 上条に答えた少女が店を出ていく。上条御一行を取り囲んでいた集団は少女の護衛のようにその後に付き従って店を出ていく。

 

「塾の先生、か…」

 

 最早視界に映らない程遠くへ消えた少女の言葉を思い出しながら上条が呟く。

 

「最近の塾っていうのは生徒の護衛までオプションで付けることが可能なのか……?」

 

 上条の失った記憶は、見えない所で彼の思考に若干可笑しな影響を与えていた。

 

   5

 

 夏の夕暮れ。

 ファーストフード店であった不可思議な出会いと出来事を忘れる為にあちこちを遊び歩いた(勿論金の掛からないもの)上条御一行は、五時のチャイムを最後にそれぞれの家へ帰ることにした。

 純真無垢な子供の様に腕を精いっぱい振り「ばーいばーい」と言い、いい笑顔で別れた青髪ピアスは下宿先のパン屋さんへ帰っていった。

 大通りに居るのは上条当麻とインデックスの二人のみ。それを自覚した瞬間、上条の胸を激しい動悸が襲った。

 それは隣を歩くインデックスが何時自分に噛みついてくるかという恐怖―――などではなく、恐らく記憶を失う前から彼女に対して抱いていた淡い恋心だろう。

 こんなことをインデックスに知られてはどうなるものかと思い表情筋を総動員して平静を装おうとする。

 

「あ」

 

 と、そこで隣を歩いていたインデックスが立ち止まった。続けて立ち止まった上条当麻が彼女の目線を辿ると、風力発電の柱の根本辺りに、一つの段ボールとそれに入った一匹の子猫が居た。

 瞬間、上条当麻の思考は超能力者(レベル5)第三位の放つ超電磁砲(レールガン)を凌駕した。

 

「と――

「駄目」

「まだ何も言ってないんだよ」

「駄目ったら駄目」

「何で何でどうして『スフィンクス』を飼っちゃいけないの!?」

「上条さんちは学生寮でペット禁止だしお金ないしその前にもう名前つけるなよ飼う飼わない以前に変な愛着湧いちゃうだろ!?」

「とうまのケチんぼ!!」

「ケチで結構ですぅ!!ていうかビビッて野良猫路地裏に逃げちまったじゃねーか!」

「とうま!!」

「俺のせいかよ!?」 

「だってとうまが―――ッ!!」

 

 ぎゃあぎゃあという野良猫よりも騒々しい声がピタリと止んだ。疑問に思って上条がインデックスの顔を覗き込むと彼女は真剣な顔つきで何かを考えていた。

 

「魔力の流れが束られてる…?何らかの術式を発動させる気?属性は土、色彩は緑、これは……ルーン?」

 

 自分の中で考えが纏まったのか、インデックスは鋭い目つきでビルとビルの間の路地裏を睨みつけ、ダッ!とそこへ向かって勢いよく走りだした。

 

「おい、インデックス!」

「誰かが魔法陣を仕掛けてるっぽい!私はそれを調べてくるからとうまは先に帰ってて!」

 

 帰っても何もお前学園都市の地理あんまり知らねーだろ家に戻れんのか!と上条が叫ぼうとして、それよりも早くインデックスは路地裏の奥に消えていった。

 路地裏と聞いて一般人の上条には不良という言葉しか思いつかないが、人目に晒され難い場所というのは得てして何かよくないものの印象が付き纏う。そんな所に女の子がたった一人入っていくのをよしとする上条ではない。

 インデックスの後を追おうとして、上条も足に力を入れ―――

 

 

 

「久し振りだね、上条当麻」

 

 

 

 直後、背後を取られる形で上条は見知らぬ声に挨拶された。

 まずい、と上条は思う。自分が背後に振り返り態勢を整えるより前に、後ろの敵は自分を攻撃することが十分可能だ。かといってみすみす相手の攻撃を許すわけにはいかない。

 バッ!と上条は足で大地を必要以上に蹴って前転する。上条の足によって蹴り上げられた砂利が相手に当たったのか「なっ!?」という相手の驚愕する声が聞こえた。

 前転を終えて十分距離を取った所で上条が後ろを振り返る。

 そこに居たのは『神父』であった。

 ただし、身長二メートルを超え、肩までかかる赤髪を持ち、黒い修道服を着用し、右目の下にはバーコードの形をした刺青(タトゥー)を入れ、耳にはピアス、五指には銀の指輪を嵌めた、ちょっと、いやかなり不良染みた神父だった。

 その男の名を、上条当麻は知っている。かつて西崎隆二に聞いた自身の思い出に登場する人物と様相も一致している。まず間違いは無いだろう。

 

 

 

 ―――彼は、ただ一人の少女を救えなかった自身の無力感から目を逸らさぬ為に人を殺すのだという。

 ―――彼は、少女との思い出を忘れないよう、戒めにその顔にバーコードの刺青(タトゥー)をしているのだという。

 ―――彼は、少女を救えなかった自らの手に罰を科す為に、その指に銀の指輪を嵌めているのだという。

 ―――彼は、少女を救えなかった自身の肉体を罰する為に、敢えて体によくない煙草を好むのだという。

 ―――彼は、自分で自分を赦す術を持たぬが故に、その魔術に『罪を刈る』形を埋め込んだのだという。

 ―――彼は、最後にその魔法名でもって自らを殺し尽くすのだという。

 ―――そう、罪科に対する罰を自ら科し、決して自身を赦そうとはしない生粋の人格者にして破綻者。彼の名は―――

 

 

 

「ステイル=()()ヌス!!」

「誰がマゾだぶっ飛ばすぞ能力者!!!」

「あれぇ!?何で!?」

 

 

 

 ボッ!!という音と共に炎の剣が彼の手に形成される。

 ぶっ飛ばすとか言いながら燃やし尽くす気満々じゃねぇか!と言いたいが迫る炎剣を前にそんな余裕のない上条当麻は、反射的に右手を自身の体と炎剣の間に滑り込ませる。

 ボヒュッという空気の抜ける様な音と共に、炎剣が消滅する。その奥に見たステイルの顔は、上条がドン引きする位、凄く笑顔だった。……ビキビキしている頭の血管を除けば。

 

「いきなり何しやがるテメェ!」

 

 思わず初対面の相手に怒鳴りつける。誰だって出会い頭に即死級の攻撃をされるとは思わないだろう。

 それとも学園都市や魔術師側ではこれが挨拶みたいなもんなのか…?と、本気で考えこみそうになる上条。

 そんな上条に対して、炎の魔術師は何か凄くいい笑顔で「ハッッ!」と軽く(?)笑い、

 

「うん?何って、内緒話だけど。わざわざ人払い(Opila)のルーンを刻んであの子の目を逸らしたんだ。用があるのは君に決まってるだろう?」

 

 そんな「魔術師世界じゃこれ常識だから」的なノリで言われても上条には専門知識のことはサッパリである。かろうじて人払いのルーンというのが、周囲に人を寄せ付けない魔術であるということ位しか上条は知らない。

 そんな上条を置いてステイルは懐から大きな封筒を取り出し、それを上条にむかって投げ飛ばす。ステイルの手によって投げ飛ばされた封筒は、独楽(こま)か何かのように横にクルクルと回転しながら上条の手元に収まる。その後ステイルが何かを呟いた瞬間、封筒が刃物で裂かれた様に綺麗に横に裂けた。

 

「『三沢塾(みさわじゅく)』っていう進学予備校の名前は知ってるかな?」

 

 ステイルが問いを投げかけてくるが、上条に答えさせる気は初めから無いのか言葉を続ける。

 

「そこに『監禁』されている女の子を、どうにかして助け出すのが今回の僕の役目って訳さ」

 

 先程裂けた封筒の中から無数の紙の資料が浮かび上がり、上条の目の前に並んだ。

 『三沢塾の見取り図』『三沢塾の電気料金表』『三沢塾を出入りする人間のチェックリスト』

 それら資料のどれもが、実際の調査と紙面の情報との間に何かしらの食い違いが起きているものばかりだった。

 だが、上条当麻が注目したのはそれらでは無い。

 『今回三沢塾から救出する対象』に関する資料、そこに貼ってある写真の女の子に、上条は見覚えがあった。

 

「え…?」

 

 『姫神秋沙(ひめがみあいさ)』と書かれたその資料に載っている少女は、昼間上条御一行とファーストフード店であった巫女姿の人物のものだった。

 

   6

 

 八月八日。夕暮れに染まった外を眺めながら、西崎隆二(にしざきりゅうじ)は部屋で読書をしていた。

 先日ステイル=マグヌスの火事騒ぎによって家電の搬入が遅れたので、彼には上条経由で少し()()()をしてあるが、何はともあれ今は文明の機器万歳と喜びたいほど気分がよかった。

 高校の課題はまだ三分の一程の量が残ってはいるが、今日はそれを忘れて趣味の読書に時間を注ぎ込んでいた。

 本を読む、という行為は彼にとって非常に意義のある行為であった。一度目は純粋に本の内容を楽しみ、二度目は一度目の内容を踏まえて新たな発見が無いかを探す、三度目は文章の構成などから作者が何を伝えたいかを読み取り、四度目で作者の性格を予想する。これが隆二の趣味の一つである。

 本来であれば、同じ本を二回も読めば面倒事が向こうから舞い込んで来てはその対処に時間を取られてしまうのだが、今日はそういった出来事も無く、久し振りに『平和』な一日を過ごせるものだと彼は思っていた。

 

 

 

それは玄関のチャイムの音だった。

 

 

 

 ピンポーンと鳴るチャイムの音に、隆二は最初、外出した上条とインデックスの二人が外で有り金を全て使い果たして夕飯をご馳走してくれとねだって来たものだと割と本気で思っていた。故に、ドアの向こうの廊下に誰が立っているかも確認せず、ドアを開けた。

 即座に、隆二は自身の認識の甘さを後悔した。外に二人の人物がいることは空間把握能力で分かっていたが、片方の背が異様に高いことを失念していた。やって来た高低差コンビはここ最近見慣れたものではなく、非常に珍しい組み合わせであった。

 嫌な顔をして隆二がドアを閉める前に、ガッ!と上条がドアノブを握った隆二の手を掴み、ステイル=マグヌスがドアの隙間からチェーンを解除する。そのまま見事な連携でドアを開けた二人は勝手知ったる我が家の如く、ずんずんと隆二の部屋に入っていく。因みにステイル=マグヌスは律儀に玄関で靴を脱いでいた。

 隆二はハァと溜息を一つ吐くと、これから来るだろう面倒事に隣の部屋の少女を巻き込まないよう、ドアを閉め、鍵を掛け、チェーンを付けて赤と黒の人物の元へと歩いて行った。

 

「端的に今回の仕事を説明しよう。戦場の名は三沢塾という進学予備校。敵対者はこの三沢塾を乗っ取った魔術師だ。魔術師の名は『アウレオルス=イザード』。奴の狙いは吸血殺し(ディープブラッド)。そして上から命じられた僕の救出対象も同じく吸血殺し(ディープブラッド)だ。今回の件は魔術サイド(こちら)で始末するつもりだったが、学園都市統括理事会長様が君たちを協力者として指定した」

「成る程、だがそれでは既にローマ正教が動いているだろう。事態の収束が間近であるというのに何故イギリス清教(余所者)が動く?」

「これは僕の推測だがね、僕達は『保険』なんだろうね。向こうが「アウレオルス=イザードはもうローマ教徒ではない」と判断した場合の後詰なんだろう」

「成る程。ん?どうした上条。何か可笑しな点があったか?」

「私めからしてみれば専門用語のオンパレードの中普通に会話出来ている西崎さんが可笑しいんですがねえ!??というよりこっちは魔術に関してはズブの素人なんだから説明しておくんなまし!!」

「噛み砕いて説明することになるから多少事実との差異が出るかもしれんがそれでいいか?」

「ええ!ええ!勿論に御座いますとも!!」

 

 さて、そうは言ったものの何から教えようかと考えた隆二は、ステイル=マグヌスの提案により、上条と質疑応答形式を行うことにした。

 

「あ~っと、何から聞いたものか……。とりあえず『ローマ正教』ってステイルのいる教会とは違うのか?」

「ローマ正教とステイル=マグヌスの所属している教会は別物だな。上条、隣の赤髪神父が何処の教会に所属しているのかは分かるか?」

「『イギリス清教』だろ?でもイギリスだのローマだの言われても何が何だかって感じなんだが」

「何、上条。そう難しく考えることはない。あれらは『本を出す会社』だ。」

「本を出す?本そのものじゃなくてか?」

「ああ。『本を出す』という点ではどの会社も一緒だが、『どの様な本を多く出すか』はその会社ごとにそれぞれ異なる。イギリス文庫が文庫本を出す会社なら、ローマ社は漫画本を出す会社だって具合にな」

「ふ~ん。結局ローマ正教はイギリス清教とはまた違った教会の一つでいいのか?」

()()そう覚えておいて問題ないだろう。して、次は?」

「『アウレオルス=イザード』って言う魔術師のことは?今回同じ目標を狙っている敵みたいな奴だっていうのは分かるんだが…」

「アウレオルス=イザードか。彼は先程説明したローマ正教という教会に所属していた魔術師だった。だが何が原因か、彼は数年前に教会を出奔している」

「そいつの使う魔術ってのは何なんだ?」

錬金術(れんきんじゅつ)だ。お前のイメージだと鉛を金に一瞬で変えるようなイメージなんだろうが、それは曲解されたイメージだ。実際にやるとしても莫大な時間と資金がかかる魔術さ」

「じゃあ魔術世界における錬金術って何なんだよ」

「ふむ、そうだな。『知ること』だ。世界の全ての法則、定理、そういった『約束事』の全てを理解するのが錬金術だ。そしてそれを極めると物凄いことになる」

「物凄いこと?」

「ああ、そうだ。簡単に言えば―――」

 

 そこで隆二は一旦言葉を切って、

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「世界の、全てを……」

「そうだ。科学的に言えば『ラプラスの悪魔』がそれに近いニュアンスではあるが、あれは難解なので置いておこう」

「さて、先程世界の全てを思い通りに出来るようになるといったが、それはあくまでそんな魔術があればの話だ」

「実際には無いってことか」

()()()()()

「え!??」

「実際には魔術というより魔術を発動させるための術式だがな。これが一部の隙もなく完成していると専らの噂だがその分くそ長いらしい」

「どれくらい長いんだ?もし一年とかだったらアウレオルスとかいうやつがもう取得しちゃってるかもしれない」

()()()()()

「よっ…!?」

「だから先程も言ったが、世界の全てを思い通りに出来るようになるのは、あくまでそんな魔術があればの話なのだ。術式はあれど魔術を使用した者がいないのであれば、それは魔術が無いと言っても過言では無い」

 

 上条はその言葉に安堵したのかほっと一息つき―――次いで真剣な顔で一番聞きたかったことについて質問した。

 

「じゃ、じゃあ…吸血殺し(ディープブラッド)っていうのは…?」

吸血殺し(ディープブラッド)か。端的に言えばお前の右手と似たようなものだな。『特定環境下で真価を発揮する』能力の類だ」

「じゃあ吸血殺し(ディープブラッド)も何か打ち消したり出来るのか?」

「いや、あれの場合は文字通り『ある存在』を『殺す』能力だ」

「殺す……」

 

 上条が自身の右手に視線を向ける。そこにある汗ばんだ手を見て彼が何を思ったのかは隆二には分からない。ただ彼は覚悟を決めた様に右手を握り、話の続きを促してきた。

 

「そいつは、一体何を殺すんだ……?」

「魔術世界において『カインの末裔』と呼ばれている存在……所謂(いわゆる)『吸血鬼』という奴だ」

「吸血鬼?それって御伽噺(おとぎばなし)に出てくるような奴のことか?」

「いや、()()()()()だけより危険な存在だ。奴らにあるのは永遠の命と無限の魔力、そして膨大な知識だ」

「……それって、一体どれ位ヤバいんだ?」

 

 よくイメージが浮かばないのか、上条は顎に手を置いて首を傾げている。

 少し大げさな言い方になるが、隆二は上条に吸血鬼の危険度を分かり易く教えることにする。

 

「最悪、世界が滅ぶぞ」

「滅ぶぅ!??」

「何せ信憑性は置いといて、『見た者は死ぬ』なんて言われてる位だからな」

「ひぃ!上条さんはまだ早死にしたくないんですが!?」

 

 大げさなリアクションを取る上条の様子を見てカラカラと笑いながら隆二は言う。

 

 

 

「まあ、長く生きたって必ずしも良い事尽くめって訳にもいかないけどな」

 

 

 

   7

 

 戦場に行くと決まると上条当麻はステイル=マグヌスと西崎隆二に一言断りを入れて隣室の自分の部屋に戻ってきていた。

 案の定そこにいたインデックスに、何か不自然でない外出の理由をでっち上げて、彼女の夕ご飯を用意するのが上条の戦場前の準備だ。

 きっと三沢塾で姫神秋沙を助けた頃には、インデックスも夕ご飯ぐらいは済ませているだろうと容易に決め込んではいけない。

 何せこのシスター、文明の機器というものを全く扱えない。冷蔵庫から取り出した冷凍食品を温めることなくそのまま食べる勢いで電子機器が利用できない。それどころか「こういうのは素材本来の味を楽しむのがいいんだよ」とでも言いそうな気配すら漂ってくる。

 そんな訳で上条当麻は外出の理由を自分でも二度と同じことを言えないだろう程長い科学専門用語詰め合わせパック(今なら具材マシマシ!!)の会話で誤魔化し、通算二桁は行っているだろう冷凍食品の電子レンジでの解凍の仕方を伝授していた。

 毎度毎度インデックスは完全記憶能力というものを持っていながら何故文明の機器を扱えないのか、上条には疑問であった。最早インデックスの機械音痴の修正は上条の脳内にて『蓬莱の球の枝』と同等の難題に昇華させてもいいのでは?と脳内会議が開かれるレベルだ。

 そう思ってインデックスの姿を見ていると、上条は思わずおや?と呟きたいような感覚に襲われた。

 

 

 

 インデックスの修道服のお腹辺りが妙にモゾモゾしている。

 

 

 

 何かいる。小柄な何かがインデックスの修道服の下に潜んでいる。

 インデックスがお腹の下の物体Xのことを上条に言わない理由は明白だ。その物体Xはこの部屋の主である上条に知られてはまずい存在なのだ。そして上条はそんな存在に少し心当たりがあった。

 

「インデックスさん?」

「な、なにかなとうま」

「その服の中にいる()()を今すぐ出しなさい」

「こ、この服のなかに()()()なんていないんだよ!」

「馬鹿め!上条さんは一言も()()()が修道服の下に居るなんて言ってないわー!!いいからサッサと出しなさいネタはあがってるんですよ!!」

 

 ぎょわーっ!と怪人染みた声を発しながら上条がインデックスの修道服の下より取り出したるは、一匹の野良猫であった。

 その野良猫は、どこからどう見ても今日の夕方に段ボールと共に捨てられていた猫のもので間違いないだろう。

 上条当麻が野良猫の目を見つめる。野良猫の純粋な目が上条当麻に罪悪感を植え付ける。

 

(この猫を捨てたら、きっとインデックスは俺を糾弾するだろうな……)

 

 ガシガシと片手で自身のツンツン頭をかいた上条当麻は、

 

「…………………………良し」

「え?」

「…仕方ないから飼って良し」

 

 瞬間小躍りしたインデックスが野良猫に向かって「よかったねスフィンクス」と祝福の言葉を投げかける。

 その光景に心温まるものを感じながら、上条当麻は帰るべき場所を後にした。

 

   8

 

 上条当麻が外に出ると、そこにはカードを学生寮の廊下にベタベタと貼りまくる西崎隆二(しんゆう)ステイル=マグヌス(じゅうよんさい)の姿があった。

 ステイルは自室から出てきた上条に気付くと、チラリとそちらに目を向けて言葉を発した。

 

「あの子を外敵から守るための結界だよ。余りに強力なものを置くとあの子にバレてしまうから、気休め程度のものしか設置出来ないけどね…っと、これで全部か」

 

 カードの配置を終えたステイルと西崎が上条に出発を促す。上条もそれに従って学生寮を後にする。

 先程のステイルのインデックスに対する言葉の節々にある感情が籠っていることを感じた上条は、ステイルにそのことを聞いてみることにした。

 

「お前、インデックスが好きなの?」

「ぐっ!!」

 

 ステイルは誰が見ても結果が明らかな反応をした後、下手な行動は上条に情報を与えるだけとでも思ったのかその口を閉じた。正直その反応は凄く分かり易かった。

 三沢塾まで話を繋ぐため、上条はその後も度々「で、本当の所はどうなの」「またまた、素直じゃないんだから」と女子条さん全開でステイルを弄りに弄り倒していた。

 尚、傍からこの光景を見た場合、高校生のオカマとやたら低い声で呻き声を上げる巨人という、どう控えめに表現しても『変質者コンビ』にしか見えなかったことをここに記しておく。

 

   9

 

 上条当麻はこれから戦場になる三沢塾を見上げていた。

 三沢塾というのは、どの様な建物なのだろうと思いその全容を見ていたのだが、随分と奇妙な造りをしていた。

 建物自体は十二階建てのビルなのだが、その数は一つに留まらず、実に四つものビルが十字路を中心にそれぞれ東西南北に一つずつ配置されていた。更にはそれぞれのビル間を移動する為の通路として空中には渡り廊下が繋げられている。上条当麻は空中の渡り廊下を見るのは記憶を失って初めてなのだが、実際に現物を見た感想は「壊れたら危なさそう」ぐらいなものであった。

 そんな上条を置いて、ステイルがのんびりと呟く。

 

「取敢えず最初の目的は南棟五階の食堂脇だね。そこに隠し部屋があるらしい」

「隠し部屋ってのは、見取り図と実際の調査との誤差のあった場所のことで良いのか?」

「ああ。図面を見ただけでも十七は見つかっている。その中で一番近いのが南棟五階の食堂脇って訳さ」

「へえ。ってちょっと待てステイル!そっちは正面だぞ!」

 

 上条がビルの正面から入ろうとするステイルに慌てて声を掛ける。

 

「うん?何か問題があるのかい?」

「問題ありまくりだ!態々敵のアジトに特攻かまして如何するんだよ!?こういうのはもっと慎重に裏口とかから入るべきだろ!?」

「残念だけど、こういう時は下手に裏口から入るより、正面から入った方がいいんだよ」

「え?何でだよ」

「上条。お前が今考えたことも分からないわけでも無いが、()()()()()()()()()()()()()()。逆に正面の迎撃トラップよりも裏口の迎撃トラップの方が確実に侵入者を殺せるようにしている場所なんかもある。こういう時は正面から堂々と乗り込んで敵の手札を片っ端から潰していって、敵に『自分では敵わない』と思わせた方が良いのさ」

「な、成る程」

 

 西崎はこういった場面でもスラスラと言葉が出てくるが、一体何処でそういう知識を仕入れているのだろうと上条は疑問に思った。そして、もし普段西崎が呼んでいる本から知識を仕入れているのなら、そういった本を借りておいた方がいいかもしれないとも思った。

 それ以上何も言わない上条を見て三沢塾に乗り込む準備が出来たと思ったのか、ステイルが三沢塾に向かって歩を進めた。そしてそれに続くように、上条と西崎も三沢塾へ向けて歩き出した。

 

 

 入口を抜けた上条を迎えたのは、盛大な敵の歓迎などではなく広いロビーであった。

 ロビーには学生がまばらに存在していたが、そのいずれも上条達に奇異の目線を向けることは無かった。

 ふと、上条はロビーの奥に四つ程並んだエレベーターの壁に『人型の何か』がもたれ掛かっているのを見つけた。最初はただのオブジェクトだと思っていた上条だが、上条の隣に立っていた西崎が小さな声で「悪趣味な…」と呟いたのを聞いて、そうではないと認識する。

 

 

 

 ()()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 かつては美しいフォルムをしていたであろう全身の鎧は、まるでグシャグシャの紙の様に潰されており、その鎧の隙間からは中の悲惨さを思わせるような血が流れ出ては地面に広がっていた。

 そこまで考えて、上条当麻は周囲の状況に違和感を覚えた。

 死体がいつからここにあったのかは分からない。だが確実にこの死体は上条達が三沢塾に乗り込むよりも前に出来たものだ。

 だというのに、()()()()()()()()()()()()()()()。道路で死んでいる動物の死骸を見つけて、それを避けて通ろうとする感じではなく、本当の意味で、誰一人この場に騎士の死体があるという事実を認識していないのだ。

 

「おそらく、『内』と『外』とで別けられている」

 

 隣に居た西崎が声を漏らす。

 

「俺達やそこのローマ正教の騎士は『内』、そこの生徒や教員達は『外』だ。恐らく『外』の人間は『内』の状況には気付けない様出来ているのだろう」

「待ってくれ、この騎士たちはローマ正教の騎士達なのか!?」

「ああ。恐らくはアウレオルス=イザードの処刑に来たのだろう。だが、この様子を見る限りでは後詰の俺達が動くしかないだろう」

「そうだね。全く、あのホルマリン野郎もやってくれる」

 

 そう言うと、ステイル=マグヌスはズンズンと騎士の死体に向かって歩いていく。その背中には、普段の様子からは感じられない様な怒りの感情が籠っていた。

 騎士の前までやって来たステイルが外国語で何かを呟く。それにどんな意味があるのかなんて上条はしらない。

 もう動かないと思っていた騎士の右手が動き、ゆっくりとステイルに右手を差し出した。

 

「   。   」

 

 騎士の言った言葉にどんな意味があるのか上条は知らない。だが、その言葉を受け取ったステイルは小さく頷き、胸の前で十字を切った。

 そのまま騎士に背を向けたステイルがこちらに戻ってくる。

 

「行くよ」

 

 冷徹な声で魔術師が言った。

 

「―――戦う理由が、増えたみたいだ」

 

   10

 

 西崎隆二はビルの階段を昇る上条当麻とステイル=マグヌスの疲労が思っていたよりも早いことに気が付いた。

 元々このビルは外と内とで存在を区切られている訳だが、ビル自体の存在は外のようだ。外の人間が内に干渉出来ない様に、内の人間も外に干渉出来ないのだとしたら、今階段を昇っている両者は、階段を踏んだ際の衝撃がそのまま自身に返ってきていることになる。

 上条当麻とステイル=マグヌスの様子を見て隆二の脳内に浮かんだのはとある人物だ。日本では昔からアルビノの生物を神の使いとして敬っていたそうだが、隆二が脳内に浮かべた人物はとても神の使いとは言えない性格の捻じれ曲がった存在だった。

 疲労した上条当麻とステイル=マグヌスが休憩を申し込み、上条が外と内を別けられているなら電話は通じるのかと言って学生寮で留守番をしているインデックスに電話を掛ける。

 機械音痴のインデックスが電話に出られるのか?と隆二は疑問を抱いたが、隆二の疑問に反して電話に出てきたインデックスと上条がイチャイチャ(?)喧嘩をし始めた。

 取敢えず三沢塾の中からでも電話が繋がることを確認した上条が通話を切ると、何やら凄く物言いたげな顔をした不良神父が居た。

 

「妬いてるの?」

「ぐっ…ぬぅぅ……ッ!!」

 

 上条の一言によって敵との戦闘前に脱落しそうな魔術師が出そうになったが、魔術師は逆に開き直って『記憶が戻ればインデックスは抱き着いてくる』と語った。

 そんな一幕を挟みつつも、一行は最初の目的である南棟五階の食堂脇にやってきた。

 

「図面によると、ここらしいんだけど」

 

 ステイル=マグヌスが直線通路の壁をノックするが、何も起こらない。

 

「…開かないな」

「そうだね、開かないね」

「もしかして微妙に場所が違うんじゃねーか?」

「図面を見るとここから一番近いのは学生食堂なんだけど、行ってみるかい?」

「行ってみるも何も、そこに対象が居るのであれば行くしか無いだろう」

「まあ、それもそうか」

 

 隠し部屋の壁を伝って学生食堂の部屋に来る。入口にはドアもなく、中は数十人の塾の生徒達の憩いの場となっていた。

 隆二達がその憩いの場へと足を踏み込む。瞬間、隆二は二人に大きな声で警告する。

 

「まずい、()()()()()()()、退け!!」

 

 上条達がその言葉の意味を理解するよりも早く、敵が動く。

 

 

 

 ギョロリ、と食堂にいる八〇人近い生徒達の目線が一斉に隆二達に突き刺さる。

 

 

 

 上条とステイル=マグヌスはその行動に背筋を震わせながらも冷静に後退し、敵の動きを伺い、隆二はいつでも能力を発動させられるよう身構える。

 最初に()()を呟いたのは、果たしてどの生徒だったか。

 

熾天(してん)の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純白―――」

「モデルは『晩餐(ばんさん)の魚』―――では無いな。これは…『グレゴリオの聖歌隊(せいかたい)』か!!」

「純白は浄化の「証、証は」行動の結果―――」

 

 一人の生徒の詠唱に他の生徒の詠唱が重なり、更に他の生徒がその詠唱に自身の詠唱を重ねる。その数は一〇を超え二〇を超え、尚留まらず―――

 

『『『『結果は未来、未来は時間、時間は一律、一律は全て、全てを創るのは過去、過去は原因、原因は一つ、一つは罪、罪は人、人は罰を恐れ、恐れるは罪悪、罪悪とは己の中に、己の中に忌み嫌うべきものがあるならば、熾天の翼により己の罪を暴き内から弾け飛ぶべし――!!』』』』

 

 都合八〇人に及ぶ大合唱が空間を震わせ、その音圧でもって隆二達に威圧感を与えてくる。

 そんな大合唱を行った生徒達の額からピンポン球程の大きさの青白い発行体が生まれる。その数は数百にも及ぶ。

 直後に隆二が能力を発動させ、バシュンッ!!という音と共にその全てが掻き消える。が、生徒たちの額から再び発生する光の玉が即座に周囲の空間を覆った。

 能力を使いながら、隆二が声を掛ける。

 

「一旦階段まで下がるぞ!」

「ああ!分かった!」

 

 一同は食堂を後にして直線通路を走る。

 と、直後通路の前方から凄まじい数の光の玉が押し寄せる。それらを隆二が能力で逐次消していく。

 階段まで来た一同がこれからの展開を話し合う。

 

「これからどうする。一気に対象の捜索が難しくなったが」

「そうだね。一応僕も策はあるんだがね」

「策があるならそれにこしたことは無いんじゃねーか?さっさと言ってくれよ」

「ああ、分断作戦さ。僕は魔術を使わなければ向こうに感知されないが、君はそこに居るだけでその右手によって存在を感知されてしまうからね。護衛としてそこの大能力者(レベル4)を連れていくといいさ」

「分かった。行けるか、西崎?」

「問題は無い。あの程度であれば苦労もしないだろう」

「じゃあ僕は上の階から対象の捜索を行うよ。君たちは下の階から対象の捜索を行ってくれ」

 

 ステイル=マグヌスは階段を昇り、西崎隆二と上条当麻は階段を降りる。

 隆二が上から迫る光弾を次々に消していき、前方の様子を上条が確認する。

 そんな上条の行く手を遮るように、階段の下の踊り場に一人の少女が立っていた。少女がその口を開く。

 

「罪を罰するは炎。炎を司るは煉獄―――」

「ええいこっちもか!!」

 

 上条の目の前で詠唱を始めた少女の額から青白い光弾があらわれ、少女の詠唱に応じて徐々にその大きさを増していく。

 上条の叫びで少女の存在を認識した隆二が詠唱する少女に向かって口を開く。

 

「罪を罰するのも炎だが『神を殺すのもまた炎だ』」

 

 瞬間、少女の詠唱がピタリと止み、額に形成されていた光弾がシャボン玉が弾ける様にしてその場から消えた。

 訳の分からない上条が隆二に訊く。

 

「西崎、何をやったんだ?急に詠唱が止んだんだけど」

「北欧神話の炎に関する逸話を混ぜて、相手の詠唱の炎の定義を乱したのさ。その乱れが詠唱全体の意味を乱して、結果的に魔術は不発に終わったって訳だ」

「お、おう…?」 

 

 意味の分かっていない上条が、取敢えず目の前の少女を見る。詠唱を止められた少女は、無理に魔術を行使しようとした代償か、頬の皮膚が弾け飛んでいた。

 痛ましい顔で少女を見る上条に、隆二が告げる。

 

「上条、人の心配をしている所悪いが、()()()()()()()()

 

 隆二の言葉と共に、カツン、という音が階段の下から聞こえた。

 階段の下へ目を移した上条が、その眼を驚愕によって見開かせる。

 階段の下、通路へと続く出入口、夕暮れの日差しが差し込む場所に、その人物は立っていた。

 

 

 

 吸血殺し(ディープブラッド)姫神秋沙(ひめがみあいさ)がそこに居た。

 

 

 

   11

 

「取敢えず、おしまい」

 

 上条達の目の前に現れた少女は、そういって先程魔術を行使した少女から離れる。不安げな顔で少女を見る上条に、少女は怪我人の無事を伝える。

 

「止血は完了。けれど消毒が不完全。二時間位は安全。病院に連れて行って処置した方が確実」

 

 上条は少女の顔を見る。能力者が無理に魔術を使った代償として破裂した傷にはボロボロの皮膚が張り付いている。

 ファーストフード店で食い倒れていた人物とは思えないほどの適切な医療処置を施した少女に向かって上条が声を掛ける。

 

「お前スゲェ腕だったよな。何、貴女無免許の名医さんか何かですか?」

「医者じゃない」

 

 じゃあ何なんだよ、と上条が答える前に、

 

「私、魔法使い」

「……」

 

 無言の上条当麻に対して、目の前の少女は自身が魔法少女であることを証明しようと懐から黒い棒の様な物を取り出し、上条に見せる。

 

「魔法のステッキ」

「どう見てもスタンガン埋め込んだ警棒ですよねぇ!」

不在金属(シャドーメタル)という新素材で出来ている」

「ふざけんな!」

 

 上条と姫神がコントをしている間に、西崎が非常階段の方へ鋭い目線を向ける。

 上条が西崎の纏う雰囲気が変化したことに気付き、彼と同じく非常階段を見、つられる形で姫神もそちらを見る。

 ズルリ、ズルリという異音が場の空気を変質させる。非常階段から下りてきたそれは、廊下の入口に姿を現した。

 

「うっ」

 

 それの姿を見た瞬間、上条当麻は思わず絶句した。

 白いスーツを着用し、緑の髪をオールバックに纏めた外国人は、しかしその左腕と左脚を異形のものへと変化させていた。

 しかし上条の気を引いたのは男がその右手と歪な左手で引きずるようにして持っている、六人の血まみれの少年少女だった。

 そんな異様な男を前にして、隣の姫神秋沙が言葉を発する。

 

「可哀そう」

「気付かなければ、アウレオルス=イザードで居られたのに」

「アウレオルス!?」

 

 姫神の発言に上条がギョッとした顔で目の前の人物を見る。

 当のアウレオルス=イザードは、先の姫神の発言を受けて激昂し、残った右腕の裾から黄金の巨大な(やじり)を出現させた。出現した鏃はアウレオルスが持っていた六人の少年少女を貫きながら、彼の周りを高速で回転する。

 直後、ドパンッ!という音と共に鏃に貫かれた六人の少年少女が黄金の液体へと姿を変えた。

 

「テメエ!自分が何やったか分かってんのか!?」

 

 目の前で実に六人の子供を殺した殺人鬼に対して上条が激昂する。

 

「当、然―――絶命!」

 

 叫びと共にアウレオルスが黄金の鏃を辺り一面に振り回す。鏃に当たった壁も、床も、窓でさえも先の少年少女と同様黄金の液体へと変わり、場を満たしていく。

 ヒュッ!という風切り音と共にその液体の波の中から同色の鏃が上条目掛けて飛んでくる。

 

「ッ!!」

 

 大胆なパフォーマンスによって上条の意識に出来た隙を狙って打ち出されたそれは、上条が右手を構えるより速く飛来し―――衝撃によって打ち返された。

 

「貴様…!!」

 

 自身の行動を邪魔されたアウレオルスが西崎隆二に対して苛立った声を上げ、服の裾から黄金の鏃を再度発射する。ただし、その数は一つでは無く三つ。

 バオンッ!という音と共に砕け散った鏃を見つめてアウレオルスがその顔をますます歪める。

 無言で彼が裾から出した鏃の数は一〇を超えた。先程よりも高速で西崎隆二に迫るそれらは、しかし先程同様彼の能力によって砕け散る。

 西崎隆二が能力を利用する。今度はアウレオルスが鏃を出すよりも早く衝撃が廊下を駆け巡る。

 ドバッ!!という衝撃と共にアウレオルスが吹き飛び、非常階段を落下していく。黄金の波を衝撃でどかした西崎が非常階段から下を覗き込み、そのまま上条のとことまで戻ってきた。

 

「アウレオルスは下に逃げていった。あの様子では奴はもう駄目だろうが、追うか?」

 

 西崎の質問に対して上条は首を横に振る。少年少女を殺したのは赦すことは出来ないが、今の目標は姫神秋沙である。アウレオルスに関しては彼女の身の安全を確保したらケリを付けようと上条は考えていた。が、そんな上条の考えの斜め上を行く言葉が姫神から飛び出した。

 

「アウレオルス=イザード。あれ、きっと偽物。本物に会ったことがあるから分かる」

「なっ!?」

「本物はいつも(はり)を常用している。それが無い時点で偽物」

「っていうことは、本物と戦闘を行わなくても今ならお前も外に出られるんじゃねーか?」

「何で?」

「何でって……お前アウレオルスって奴にここに監禁されてるんだろ?」

「それはここが乗っ取られる前の話。今は監禁なんてされていないし、私もただ居るだけ」

「それに、不用意にここを出れば、アレを呼び寄せてしまう」

「アレっていうのは…もしかして、吸血鬼のことか…?」

「そう。私の血は、それを殺すのみならず、甘い匂いでもってそれを引き寄せる」

「引き寄せる……」

「そう。吸血鬼っていう名前だけで私達と何も変わらない存在を、ただそこにいるからという理由で殺し尽くしてしまう。それが私」

「学園都市は能力を扱う場所だから、この力の秘密も分かると思ってた。でも、実際は違った」

 

 どこか寂し気な表情をした姫神がその事情を語る。彼女の中で吸血鬼という存在がどれほどの意味を持つものなのか、未だその全容は上条には分からないが、それでも彼らをこれ以上殺したくないという意思はひしひしと伝わってくる。

 上条当麻が自身の右手を見る。それが異能の力であるならば、戦略級の超電磁砲(レールガン)だろうが、原爆級の火炎だろうが問答無用で打ち消せる力。

 

 

 

 ()()、と上条当麻は思う。

 この右手は、()()()()()()()()()()を打ち消すことが出来るのだろうか?

 

 

 

 入院中この右手について西崎隆二に質問した際に、彼はこう言っていた。

「まだ憶測の域を出ない考えだが、お前の右手は『あるべきモノを、あるべき場所へと戻すもの』なのだろう」と。

目の前の少女を見る。自身の異能に悩んでいる少女の姿は、記憶を失った上条には()()()()()()()を感じさせる。

 

「姫が―――

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 声がした。いつの間にか、直線通路の先、姫神秋沙の後方三〇メートルに一人の男が立っていた。

 白いスーツを着用し、髪をオールバックに纏めた外国人―――『アウレオルス=イザード』がそこに居た。

 

「寛然。仔細無い、『直ぐにそちらへ向かおう』」

「なっ!?」

 

 アウレオルスがその言葉を言った直後、上条は己の目を疑った。

 どんなトリックを使ったのかは皆目見当つかない。だが、あの言葉の後、アウレオルス=イザードは一瞬で上条と西崎の二名と姫神秋沙を別け隔てる位置に立っていた。それは彼が一瞬で三〇メートルもの距離を縮めた事実に他ならない。

 

「当然、疑問に答える義務も無し」

「少年ら、『貴様らはここから離れよ』」

 

 またもやアウレオルスの言葉の直後に不可思議な現象が上条達を襲った。

 ギュンッ!という効果音がつきそうな勢いで、上条達はアウレオルスと姫神から離れていく。まるで高速のベルトコンベアーに流されるようなその光景に上条は焦った。

 明らかに先程の現象は目の前の魔術師による異能の力だ。であれば、自身の右手でそれに触れればこの不可思議の現象も止めることが出来るだろう。だが、

 

(何を触れば良いんだ!!)

 

 相手の起こしている現象の要となるものが上条当麻には見えない。力を打ち消そうにもその対象が何処にあるのか掴めない。

 そんな上条当麻の様子を前にして、アウレオルス=イザードが懐から細い鍼を取り出し、自身の首筋に突き立てる。

 

「必然、こんな所へ割く時間も無し。懸念すべきは侵入者の扱いよりも()()()()の扱いだろう」

 

 サァッと、上条は自分の血の気が引いていくのを感じた。

 今目の前の魔術師から、出てくる筈のない単語が聞こえた。それは上条の中で取り分け特別な意味を持つ人名だった。

 禁書目録(インデックス)。現在上条の部屋に居候している少女の名前である。そして今は上条の部屋で留守番をしている筈の人物である。

 上条の頭に最悪の状況が浮かぶ。

 

(待て、インデックス……アイツまさかここに―――!?)

 

 焦る上条を置いてアウレオルスが首筋の鍼を抜く。

 

「案ずるな、()()()()()()。『少年ら、ここであったことは―――」

 

 上条の焦りを見透かす様に、魔術師は小さく笑い、

 

()()()()()』」

 

   12

 

 記憶を失い倒れた上条当麻を前に、アウレオルス=イザードは姫神秋沙と共にその場を去ろうとし、次いで目にした有り得ない光景に怪訝な顔をする。

 

「少年、何故立っている?」

 

 アウレオルス=イザードの目線の先に居るのは上条当麻と共にこの通路に居たもう一人の侵入者である西崎隆二であった。自身の魔術によって記憶を失い倒れていなければ可笑しい少年は、しかし平然と通路に佇んでいた。

 しかし、当の本人の注目はアウレオルス=イザードではなく、傍で倒れている上条当麻に向けられていた。

 

「ふむ。右手以外の箇所であれば、魔術は有効なのだな。てっきり右手が脳に作用する魔術を事前に打ち消すものと踏んでいたのだが…」

「当然。我が『黄金錬成(アルス=マグナ)』は完璧。故に万が一など存在しえぬ」

「ああ、そう言えばお前は『上条当麻』を知らないのか。ならそういった反応になるか。()()を知っているならばそんな反応は出来まい」

「言っている意味は理解できんが……。それよりも少年、貴様何故そこに立っている?」

 

 アウレオルス=イザードの疑問に対して、西崎隆二は彼を見透かす様に小さく笑い、

 

「そんな事は決まっている。『たかが言葉一つで世界を変えられる訳がないだろう』

「理解できんな。我が魔術はその様な言葉一つで跳ね除けられる代物ではない。一体如何なる術をもって回避した?」

「俺からすれば、アウレオルス=イザード…貴様の方が理解できんがね。その様なものを扱ったとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…何?」

「お前の扱うものは前提として『世界の全ての法則(ルール)』を理解する必要があるが、お前達(錬金術師)はそれすら出来ていないということだよ。術式をどう唱えるかを論じはすれど、その術式自体が真に完成されたものかを疑う者がいない時点で落第点だ」

「少年、我が『黄金錬成(アルス=マグナ)』が完璧ではないとでも?」

「くどい。最初からそう言っている」

 

 アウレオルス=イザードが懐から鍼を出し首筋にそれを当てる。

 

「いいだろう。ならば『ひれ伏せ』!」

「『重力操作も身体操作も使わずに他人がひれ伏す訳が無いだろう』」

 

 西崎隆二がこちらに向かって歩を進める。

 

「『貴様はこれ以上こちらに来るな』!」

「『歩いているんだ、距離は縮まるさ』」

 

 西崎隆二の歩みは止まらない。二人の距離は徐々に近くなっていく。

 

「『今直ぐに死ね』!!」

「『子供の癇癪に構っている暇はない』」

 

 両者の距離が一〇メートルを切る。

 

「『銃をこの手に、弾丸は魔弾。六つの弾を、人間の動体視力を超えた速度で射出せよ』!!」

「『銃?そんなもの此処には存在しない』」

 

 アウレオルス=イザードの手は何も握らない。西崎隆二に向かって何も飛ばない。

 徐々にその顔を焦りに歪めていくアウレオルス=イザードに向かって相も変わらず西崎隆二が距離を詰める。

 

「チィッ!!『私と姫神秋沙を校長室に』!!!」

 

 瞬間、アウレオルス=イザードと姫神秋沙の姿が掻き消える。

 それを確認した西崎隆二は通路を引き返し、未だ気を失っている上条当麻の右手を彼の頭へと触れさせ、アウレオルス=イザードの魔術を解除する。

 

「さて、まずはステイル=マグヌスとの集合だが…。この分ではあちらも記憶を失っている可能性を考慮しておくべきだな」

 

 呟いた西崎隆二が上条当麻を背負い通路を後にする。今し方騒乱のあった通路は、そうして夜の静寂に包まれた。

 

   13

 

 上条当麻は心地の良い揺れと共に徐々に意識を浮上させていた。

 水底から水面にかけてゆっくりと浮き上がってくる意識は、まだ明瞭とは言い難く、とても曖昧模糊としたものであった。

 心地の良い揺れが上条の失った記憶を刺激する。

 直接この感触を味わったことは無い。ただ、なんとなく自身の身体に伝わる温かさと体の揺れる感覚が、彼のフワフワとした意識と連動して、その言葉を口に出させた。

 

「お、かあ……さん…?」

「………」

 

 ピタリ、とそれまで揺られていた感覚が止まる。

 上条がいくら待っても止まった揺り籠が再び動き出すことは無かった。

 と、その時上条の意識が遂に水面に浮上し、透き通る様な、目の覚める様な感覚が訪れた。

 パチリ、と上条が目を開く。

 何とも言えない複雑な顔をした西崎隆二(おかあさん)が、上条の顔を見つめていた。

 

「お、か…に、し…西崎イ?!!」

 

 先程の自分の言葉を思い出し、羞恥に染まった上条が慌てて西崎隆二の背から離れる。

 お母さんと間違えられた西崎隆二は、気まずそうな顔で上条に一言、

 

「あー……。俺はお母さんじゃ無いから、そういうのはそういうプレイを受け入れてくれる女の子と、な?」

「ちち違うんです上条さんは別にバブミを感じたいとかそういう訳じゃなくてですねこれはその何かの間違いなんですよ!!」

 

 必死になって弁明する上条当麻の様子を見て、西崎隆二が「それで」と言い、

 

「上条。()()()()()()()()()()()()()

「ああ。三沢塾に姫神を連れ出しに来て、青白い魔術の球の洪水に追われて、姫神と会って、それから……そうだ!西崎、アウレオルスはどうなった!?」

「全部覚えているようだな。それとアウレオルスは北棟の最上階にある校長室に姫神諸共逃げていったよ」

「うん?ちょっと待ってくれ。そう言えば最後に『忘れろ』とか言われたけど何で覚えてるんだ?」

「お前の右手だ。お前が意識を失って倒れた後に俺も意識を失って倒れそうになったんだが、体が地面に倒れた時にお前の右手が俺の頭に当たって気絶せずにすんだのさ」

「あれ?それだと俺はどうして覚えてるの?」

「俺がお前の右手をお前の頭に当てた、それだけだ」

 

 上条が「そうか」といって頷き、その後で「あれ?」と疑問の声を上げる。

 

「何でお前はまだ最上階に行っていないんだ?」

「ステイル=マグヌスを探している。敵は恐らく校長室から動かんだろうから、最大戦力で叩きに行きたい」

「アウレオルスはあの不可解な力で瞬間移動の真似事が出来るのに、どうして其処にずっといるって分かるんだ?」

()()()()()()()。どこで連れ去ったかは知らんが、奴は余程彼女が大切らしい。それこそ彼女を安置している部屋から動かない程度にはな」

「ッ!!そうだ、インデックスッ!!」

「慌てるな。どちらにせよステイル=マグヌスを見つけなければ話にならん。向こうも直ぐに彼女に何かしようとは思わん筈だ。もしそうでないなら姫神秋沙も一緒に校長室に連れて行っていない。」

「?どういうことだ?」

「アウレオルス=イザードの目的は『吸血殺し(ディープブラッド)』という世にも珍しい能力では無く、それが呼び寄せる『吸血鬼』なのだろう。どの様な経緯でその生き物を求めているかはしらんが、姫神秋沙がこの建物の中に居る内は吸血鬼はやってこない。吸血鬼を欲するのであれば、彼女はこの建物の外に居なければならない。現状そうなっていないということは、敵方は少なくとも今直ぐに行動を起こそうとはしていないということだ」

 

 「む?」という声と共に、長々と説明をしていた西崎がその足をふと止めて窓の外を注視する。

 

「上条、外を見ろ。ローマ正教の攻撃だ。『七人の御使いの管楽器』とは、連中は余程アウレオルス=イザードを殺したいと見える」

「なっ!?」

 

 雲が裂け、そこから恐ろしく巨大な紅蓮の雷が三沢塾の南棟に降り注いだ。

 雷は南棟をその力でしてひしゃげさせ、南棟と空中の渡り廊下で繋がっている東棟と西棟を巻き込んで崩壊させる。

 窓は割れ、内装も荒れに荒れ、外装は焦げてひしゃげ、中の生徒や先生の状態は最悪に近いだろう。

 上条は周囲の被害を考慮せず魔術を放ったローマ正教に怒りを覚え―――次いでその怒りを驚愕に染められた。

 

 

 

 ()()()()()

 

 

 

 まるで動画の巻き戻しの様に、崩壊した三棟が崩壊する前の状態へと。

 唖然とする上条に、西崎隆二が声を掛ける。

 

()()()()()()()()()。やれるか、上条?」

 

 まるで聖人に試練を課す様に、囁くように、西崎隆二が語り掛ける。

 

「その気になれば相手は世界を意のままに操ることが出来る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 上条の心を揺さぶるように、上条の覚悟を試す様に西崎隆二が問いかける。

 

「辛いならステイル=マグヌスに全て任せてしまえば良い。彼は『その道』のプロだ。今回の件も適切に『対処』してくれるだろう」

 

 まるで上条を堕落へと誘う悪魔の様に、上条の悪心を見定める天使の様に、西崎隆二が提案する。

 

「だが」と、そこで西崎隆二が言葉を区切り、

 

()()()()()()()()()()()()()()敵が強大だからと言って、困っている少女を助けるのを諦めるのがお前なのか、上条当麻?」

 

 その一言で、上条は拳を握りしめた。

 正直に言えば怖い。何せ相手は世界を味方につけている様な魔術を扱うのだ。実質世界を相手に戦うようなものだろう。先程は時間を巻き戻していたが、きっとそれ以上のことだって出来るに違いない。どうやっても『勝てるビジョン』が浮かばない。

 それでも相手に捕まったインデックスは助けたいし、悲しい顔をした姫神秋沙のことだって放っておけない。

 そんな上条の葛藤を悟ったのか、西崎隆二がカラカラと笑いながら言う。

 

「なあに。最初から『勝ち』だとか『負け』だとか考える必要なんてない。みっともなく足掻いたって良い、ボロボロになったって構わない。要は最後に自分が納得できればいいだけの話だろ?」

 

 ああ、そうだった。記憶を失う前の自分も同じだったかは分からないが、元より自分は『結果』を求めて行動してる訳じゃなかった。ただ何となく、もっと漠然とした理由で行動していたのだった。

 

「西崎。俺、行くよ」

「おう。ついでに不良神父も途中で拾って行って来い」

「ああ。ってちょっと待った。お前は行かないのかよ?」

「ああ、俺は少しやらなくちゃいけない用事が出来たんでね」

「用事…?」

 

 

 

「ああ。ロビーに居る迷子を保護者の元に届けるだけの、ちょっとした用事だよ」

 

 

 

   14

 

 西崎隆二と別れた上条当麻はその後、北棟の中で放浪していたステイル=マグヌスを見つけた。案の定ステイル=マグヌスも記憶を失っていたが、そこは上条当麻の『善意』により治してあげた。

 記憶を取り戻した上条がステイルに彼と階段で別れた後のことを話すと、彼は(いぶか)し気にアウレオルスの魔術が本当に崩壊した建物を元に戻したのかと上条に再度確認してくる。上条がそれに肯定の返事を返すと、ステイルは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 

「事象の巻き戻し……嫌な予感がするね」

 

 ステイルによれば、錬金術でその様なことが可能なのは、西崎が部屋で語ってくれた詠唱に四〇〇年かかるという錬金術の到達点と言える魔術位なものだと言う。相手の実力を低く見積もることは避けた方がいい、希望的観測はよした方がいいとステイルが上条に警告する。

 次いでステイルは上条から聞いた三沢塾にインデックスが攫われたという話を聞き、「彼の目的が分かった」と言って、深刻そうな顔で上条に言葉を掛けた。

 

「上条当麻、インデックスが教会の魔術によって、望まずとも一年ごとに記憶を消去していた話は憶えているね?」

「ああ、知ってる」

 

 正確に言うと、憶えていたのは記憶を失う前の上条当麻であり、今の自分はその知識を知っているだけではあるが。

 

「そんなインデックスは記憶を消去されるごとに新たな出会いと別れを繰り返すといっても過言ではない生活を送っていた」

「三年前、今の君の位置に立ち、インデックスの記憶を消去せずとも言い手段を見つけようと東奔西走していたのがアウレオルス=イザードだったのさ」

 

 アウレオルス=イザードがローマ正教から出奔したという話は上条も西崎の部屋で聞いたことがある。西崎はその理由を知らなかったが、恐らく彼はインデックスが記憶を消去された後も彼女のことを救おうとあらゆる手段を模索していたのだろう。そう、実に三年もの間も。

 そうして彼は吸血鬼にたどり着いたのだろうとステイルは語る。吸血鬼が持つのは無尽蔵の魔力と無限の生、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう、吸血鬼にはどれだけ長い時間を生きても決して脳をパンクさせることのない『術』があるのだ、と。

 だが都市伝説の様な吸血鬼をそう都合よく見つけられる訳がない。仮にそれを見つけられたとしても、彼らからその記憶に関する術を聞き出せるとは限らない。恐らくは、()()()()()()()()なのだろう。アウレオルスは彼女の吸血鬼を誘引する性質に目を付け、そして三年という歳月で温めてきた計画を実行するに至った。

 一人の男が、一人の少女を救えず、それでも尚彼女を救おうと足掻き続けた。

 詰まる所、それが事件の全容だった。

 

「けど、彼もつくづく愚かだね。()()()()()()()()()()()()。既に救われている者をもう一度救うことなんて出来る筈があるまいに…」

 

 ステイルが前を向き、上条もそれに続いて前を向く。扉の開いた部屋が上条達を迎え入れる。

 北棟最上階―――校長室にて、一人の男の物語が決着を迎えようとしていた。

 

   15

 

 広大な空間が上条達を迎えていた。正面にはアウレオルス、その傍には姫神、そしてアウレオルスの手前の立派な机の上に眠らされているインデックス。

 

「ふむ。ステイル=マグヌス、貴様は何故私の邪魔をする。私のしようとしている事は、君にとっても救いとなる筈だが?」

「簡単だよ、アウレオルス=イザード。僕は君の方法が確実に失敗することを知っているからね。失敗すると分かっている手術に身を預けられるほど、その子は安くない」

「ついでに言っておくとね、アウレオルス。君、インデックスを救うなんて言ってるけどね、()()()()()()()()()()()()()()

「何…?」

「僕の隣にいる人間は今代のあの子のパートナーでね。出会ってそう時間は経っていないが、それは楽しそうにやっているよ。このまま行けば、()()()もあの子は良い思い出を作ってくれるんじゃないかな?」

「まさか……」

 

 アウレオルス=イザードが信じられない顔で上条当麻を凝視する。

 ステイル=マグヌスがそんなアウレオルス=イザードを嘲笑うように言葉を発する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから君のやったことは全くの無駄骨だったって訳さ。いや、むしろこの場合は感謝するべきかな?元気になったあの子を見に来てくれてありがとう」

 

 バキン、とアウレオルスの心が折れた音を、上条当麻は確かに聞いた。

 

「は…ハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

 アウレオルスの狂笑が響き渡る。それは自身の道化ぶりに対してのことか、はたまたこの世界の残酷さに対しての物か。

 

「―――『倒れ伏せ、侵入者共』!!」

 

 一転、アウレオルスの怒号が響く。

 瞬間、上条当麻とステイル=マグヌスは全身に途轍もない程の重力を押し付けられ、その身を地面に叩きつけられた。押し付けられた重力を打ち消そうと上条が右手を顔に持ってこようとする。

 そんな様子を見てアウレオルスが嗤いながら告げる。

 

「ハハハハ!簡単には殺さん!精々私を楽しませろ!!私は禁書目録を殺しはしないが、この自我を保つために貴様らでこの怒りを発散させてもらう!!」

 

 懐から細い鍼を取り出し、それを首筋に当てたアウレオルスが上条を睨みつけ、その口を開こうとし―――

 

 

 

「待って」

 

 

 

 その前に、姫神秋沙が立ちふさがった。

 まずい、と上条は思う。姫神がアウレオルスに優遇されていたのは『インデックスを救う手段をおびき寄せる』為だ。当のインデックスが救われているのであれば、現状アウレオルスにとって姫神は()()()()()()()

 恐らく姫神は本気でこの場に居る全員を気にかけている。それはアウレオルスによって倒れ伏した上条とステイルもそうであるし、今にも崩れそうなアウレオルスもそうである。それ故に上条達とアウレオルスの前に彼女は立ちふさがった。この悲しい闘いを止めるため、アウレオルスに道を踏み誤らないよう呼びかけるため。

 だが―――

 

()()()()()―――」

 

 致命的な何かが起きそうな予感がする。

 上条がそれを阻止すべく己の右手で遂に己の額を触ることに成功する。瞬間、上条を地面に縛っていた枷が外れ、彼の体は自由を得た。

 上条がその体を起こし、姫神に向かって駆け出し―――

 

「―――『()()』」

 

 瞬間、姫神の体がぐらりと揺らぎ、命の糸をプツリと切られた様に地面に向かって落ちていく。

 仰向けに落ちていく彼女の顔を、その時上条は初めて見た。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アウレオルスの前に出ればこうなることが分かっていたと言うように、今にも泣きだしそうな思いで、それでいて決して涙は流さずに彼女は笑っていた。

 頭がカッとなる。思わず駆け出す足と手に力が入る。

 

(ふざけんな―――!!)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 例え姫神が死に逝くことが決まったとしても、上条当麻は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 上条当麻が倒れ行く姫神秋沙の体を抱きしめる。抱きしめられた少女は、上条当麻の右手によってその死を打ち消される。

 

「なっ!?我が金色の錬成を、右手で打ち消しただと…!?」

「ありえん……姫神秋沙の死は確定した筈だ。その右手、()()()()()()()()()()()()!」

 

 アウレオルスの問いかけに、上条当麻は答えない。

 彼は姫神秋沙をゆっくりと床に下ろした後、己の右の拳をしっかりと握りしめ、敵を見据える。

 

「いいぜ、アウレオルス=イザード。テメエが本当に何でも自分の思い通りに出来るって言うんなら―――」

 

 

 

「―――まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 

 

 

   16

 

「『窒息せよ』」

 

 最初に仕掛けたのはアウレオルスからだった。

 アウレオルスとの距離を詰めようと駆け出そうと思っていた上条当麻は、その一言で首を荒縄で縛られるような感覚に襲われる。上条当麻が右手を口の奥に入れる。その瞬間、アウレオルスの魔術はガラスの割れるような音とともに打ち消された。

 上条当麻のその一連の動作の間にアウレオルスは首筋に立てていた細い鍼を抜き、追撃を仕掛ける。

 

「『感電死』」

 

 ズバチィ!!という音と共に青白い電光が上条当麻を取り囲む。

 一つ一つが必殺の威力を持つそれを、上条当麻は右手を持って対処する。右手に触れた電光はその場で数秒のたうち回り、その後静かに掻き消える。

 アウレオルスの目が上条当麻を観察する。彼が上条当麻に休む暇を与えまいと言葉を紡ぐ。

 

「『絞殺、及び圧殺』」

 

 上条当麻の立っている床から何重ものロープが出ては彼の首を絞めていく。空からは彼を押し潰さんと錆びた廃車が降り注ぐ。

 上条当麻が右手を振るえば、触れた側からロープは千切れていき、錆びた廃車はバラバラに分解され虚空にその姿を消していく。

 実験対象を見る科学者の様な目でアウレオルスが言葉を発する。

 

「成る程。真説その右手、我が黄金錬成(アルス=マグナ)を打ち消すものらしい」

 

 アウレオルスが何かを掴むように右手を構える。

 

「『銃をこの手に。弾丸は魔弾、用途は射出。数は一つで十二分』」

 

 言葉の直後、先程まで何も無かったアウレオルスの右手に一つのフロントフリック銃が握られていた。

 

()()()()()()()()()()()『人間の動体視力を超える速度にて、射出を開始』」

 

 バンッ!!という音が鳴り、一瞬遅れて上条当麻の頬を弾丸が浅く切る。そのまま真っ直ぐ進んだ弾丸は、上条当麻の背後の壁にぶつかり火花を散らす。

 その結果に満足したのかアウレオルスは首筋に突き立てた鍼を投げ捨て、

 

「『先の手順を量産せよ。一〇の暗器銃にて連続射出』」

 

 放たれた一〇の弾丸は、一直線に上条当麻に向けて放たれ―――そのどれもが直撃しなかった。

 僅かに目測を誤ったそれらの弾丸は、対象に当たることなく背後の壁に当たる。

 

「何?」

 

 アウレオルスが疑問の声を上げる。

 自分の手元に持った鍼に目を向けるアウレオルスに対して、ステイル=マグヌスが話しかける。

 

「先程から様子を見ていたが、君のそれは間違いなく錬金術の到達点―――『黄金錬成(アルス=マグナ)』だ。だがどうやって辿り着いた?アレの呪文は四〇〇年もかかる代物だぞ」

 

 ステイル=マグヌスの疑問に答えたのはアウレオルスでは無く、先程目を開けたインデックスであった。

 一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識を持つ少女は言う。

 

「『グレゴリオの聖歌隊』だよ。何千人もの人間を()()()()()呪文の詠唱をさせれば、作業の速度はその分倍増されていくんだよ」

 

 誰も扱うことが出来ないとされた魔術の知識が魔導書に載っている筈がない。インデックスという少女は、自身の培った知識同士を掛け合わせてその解を導き出した。

 

「そうだ。流石に回路が違うだけあってここの連中は呪文を詠唱すれば爆砕してしまうが…()()()()()()()()()()()()()だけの話だ。現にあの生徒たちも()()()()()()()()()()()()()()()()

「テメエ―――!」

 

 アウレオルスが怒りに震える上条当麻を前に首筋に鍼を当てる。

 

「そうだ、私とて自らの罪に気付いている。…ああそうだ、私は失敗したのだ。それでも救いたい人間がいるのだと信じて…。その結末が、よもやこのようなものだったとはな!!」

 

 駆ける上条当麻を前にしてアウレオルスが言葉を紡ごうとして、不意に視界に入った物体に目を奪われる。そこには上条当麻がアウレオルスに向けて投擲した携帯電話が存在した。

 

「何…?」

 

 突如視界に入った携帯電話にアウレオルスは一瞬戸惑い、次いでその投擲物を地に落とそうとする。

 

「『投擲を停止、意味なき投石は地に落ちよ』」

 

 携帯電話が空中で動きを止め、そのまま重力に引かれて地に落ちる。その間に、上条当麻はアウレオルスとの距離を当初の半分まで減らしていた。

 そんな上条当麻の努力を嘲笑うようにアウレオルスが空中に手を突き出す。

 

「『この手には再び暗器銃、用途は射出。合図と共に準備を完遂せよ』」

 

 先程の光景の焼き増しの様に、アウレオルスの手に暗器銃が握られ、その銃口の先が上条当麻に向けられる。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

 アウレオルスの銃弾の発射の言葉を遮る様にステイル=マグヌスが叫びを上げる。

 だが、ルーンのカードはこの部屋には配置されておらず、炎の巨人も誕生することは無い。言うまでも無くアウレオルスの気を引くためのハッタリである。

 アウレオルスがその鋭い目線を上条当麻からステイル=マグヌスに移す。

 

「『宙を舞え、ロンドンの神父』」

 

 瞬間、ステイル=マグヌスを地に縛り付けていた重力を無視する様に、その体が天井近くまで舞い上がる。

 ステイル=マグヌスにかけられた魔術を打ち消そうとしている上条当麻に向かって彼が叫ぶ。

 

「馬鹿者!今の君ならばアウレオルスを潰すことなど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――」

「『内から弾けよ、ルーンの魔術師』」

 

 パアン!という音と共に、文字通りステイル=マグヌスの皮膚が内から弾けた。彼の衣服や所持品が天井からバラバラと舞い落ちる中、人体模型の様になったステイル=マグヌスは尚宙に浮いていた。

 体の皮膚が弾け飛んだだけでステイル=マグヌスはまだ生きている。が、そんな光景を目撃したインデックスはその光景の衝撃から再び気を失った。

 そんな中、上条当麻は彼の残した言葉を頭に思い浮かべる。

 

(鍼?医学?)

 

 鍼と医学、この二つがアウレオルスの突破口であることは人体模型になったステイル=マグヌスの発言からして明らかだが、この二つをどう結び付けるのかが上条当麻には分からない。

 上条当麻の頭の中に鍼治療の知識が浮かび上がる。鍼治療―――鍼を用いて神経を刺激し、脳内麻薬(エンドルフィン)の分泌を促し、興奮状態にして()()()()()()()()()()()行為のこと。

 

(不安を取り除く…?もしかしてアウレオルスの能力は、自身の思ったように現実を歪める能力()()()()()―――)

 

「『内容を変更。暗器銃による射撃を中止、刀身を持って外敵の排除の用意』」

 

 アウレオルスが自身の手の持った暗器銃を己の手の内で回す。

 

「ふむ。貴様の過ぎた自信の源は、その得体のしれない右手だったな」

 

 思考にふける上条当麻を見ながら、アウレオルスは懐から取り出した鍼を首筋に当て、

 

「ならば、()()()()()()()()()()。『暗器銃、その刀身を旋回射出せよ』」

 

 音は無かった。凄まじい速度で直線的に飛んだ仕込み刀は、一瞬後には上条当麻の背後の壁に突き刺さっていた―――彼の右腕を巻き込んで。

 上条当麻の腕が宙を舞う。肩口から綺麗に切り落とされたその腕が空中に放物線を描く。

 宙に舞っていた腕が地上へと落ちる。この瞬間、上条当麻は絶体絶命の危機に陥った。

 だが、しかし―――

 

 

 

「ははははははははははははははははははは―――!!!」

 

 

 

 笑っていた。今まさに、アウレオルスによってその命の灯を奪われようとしている少年は、心の底から笑っていた。その笑みは狂気に身を任せた者のそれでは無く、勝利を確信した者のそれであった。

 異常な光景にアウレオルスが一歩後ずさる。そうして自身の目の前の少年を速やかに排除しようと首筋に鍼を当てる。

 

「『暗器銃をこの手に。弾丸は魔弾、数は一つ、用途は破砕。獲物の頭蓋を砕くために射出せよ』」

 

 アウレオルスの右手に現れた暗器銃から魔弾が射出され、上条当麻の顔を粉砕しようと進み―――彼の頭の横を通り過ぎ、背後の壁に激突した。

 

「なっ!?」

 

 一〇の暗器銃を撃った時と同様に逸れた自身の弾丸の軌道を見て、アウレオルスが動揺する。

 

「『先の手順を複製せよ。用途は乱射。一〇の暗器銃を一斉掃射せよ』!」

 

 虚空より現れた一〇の暗器銃が揃って火を噴く。だが、上条当麻は掠り傷一つ負わない。

 

(不発!?馬鹿な、有り得ん…ッ!我が黄金錬成(アルス=マグナ)は完璧の筈……!!)

 

 都合三度も己の必殺の一撃を避けた少年を驚愕と動揺の混ざった眼差しでアウレオルスが見つめる。

 肩口からの鮮血に濡れ、こちらにゆったりと歩いてくる幽鬼じみた彼は、その口元に張り付いた笑みによってアウレオルスの精神を蝕んでいく。

 

「く…っ!おのれ…我が黄金錬成(アルス=マグナ)に逃げ道は無し。『断頭の刃を無数に配置し、その体を切断せよ』!!」

 

 上条当麻の頭上に巨大なギロチンがずらりと並ぶ。一つ一つが必殺の意味を担う刃が上条当麻に向かって一斉に振り下ろされる。

 ギロチンの刃がそのまま上条当麻に当たり―――硝子細工のように粉々に砕け散った。

 

(く、そ。何という…この少年、まさか私では()()()()相手……いや!考えるな!!そんな『不安』など考えるな!!)

 

 アウレオルスが不安を取り除こうと懐から鍼を取り出そうとして、その全てを地に落とす。

 

(鍼が…!あれが無ければ『不安』を取り除けない。あれが無ければ―――いや、考えるな!それ以上は取り返しがつかん!!それを思考しては―――!!)

 

 ザリッという音がアウレオルスの耳に届く。

 アウレオルスがそちらをみれば、そこには自分のすぐ近くまで近づいた上条当麻の姿がある。血に濡れた彼の口が開く。

 

「おい。テメエまさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞬間、()()は現れた。

 上条当麻の肩口、今し方右腕を切られたそこから、ズルリとソレが這い出てきた。

 顔を覆う幾つもの棘、爬虫類の様な獰猛な瞳、ギラリと並んだ数多の牙、一目で分かる様な凶暴な様相。

 ソレは、竜の顎であった。

 二メートルを超すそれはアウレオルスを威嚇するように彼を睨みつけ、咆哮を放つ。放たれた咆哮は衝撃となって部屋に響き渡り、周囲を破壊していく。

 咆哮を終えた竜がその口を再度大きく開ける。目の前には恐怖に怯えた憐れな錬金術師が一人。

 直後、竜の顎が、錬金術師を頭から呑み込んだ。

 

   17

 

 事の顛末から伝えると、アウレオルス=イザードは上条当麻の放った竜王の顎(ドラゴンストライク)によってその精神を破壊された。それがプラスであれマイナスであれ、己の考えたことを現実に反映してしまう彼の魔術は、最後に彼自身の恐怖によって上条当麻に破られた。ステイル=マグヌスの魔術によって銃の目測を誤ったアウレオルス=イザードの精神状態と、上条当麻の異常な状態の演技が錬金術師を自滅させたのだ。

 竜王の顎によって記憶を失ったアウレオルス=イザードは、今回の件で世界の多くを敵に回した。それは記憶を失い、魔術の使い方すら忘れた彼にとって、事実上の死刑宣告の様なものだった。そんなアウレオルス=イザードに何を思ったのか、ステイル=マグヌスは彼の顔を整形し、全くの別人という形で世に送り出した。

 ステイル=マグヌスは一つの仕事を終え、次の仕事の為に学園都市を去った。上条当麻はもう暫く病院の世話になる予定だ。今回事件の中心となった吸血殺し(ディープブラッド)姫神秋沙は、インデックスが預かる形となった。

 そんな中、上条当麻は疑問を抱く。

 

 

 

 西()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()()()()。ことの顛末を語る際に、ステイル=マグヌスはそう言っていた。

 それはつまり、三沢塾のロビーで死体と化していたあの騎士も何らかの要因で復活し、西崎隆二によってローマ正教に届けられたということだ。アウレオルス=イザードの黄金錬成(アルス=マグナ)によって時間の巻き戻った三沢塾を見れば、死人が蘇ったとしても可笑しくは無い。

 だが、あの魔術は『外』の人間の状態を戻しはしたものの、『内』の人間の状態を戻すようなものだったか?

 あの錬金術師は、態々自分と敵対する者を蘇生させるような人物だったか?

 もし仮に、彼がロビーの騎士を魔術の対象に含んでいないというのであれば、西崎隆二は一体如何やってあの死体を蘇生させたのか?

 彼の能力は大能力者(レベル4)衝撃使い(ショックマスター)の筈である。ショック療法でもあるまいし、それだけで人間は蘇生出来ない。それに彼は()()()だ。魔術には対象を治療するものもあると聞くが、彼がそれを使えば三沢塾の生徒と同じ様に重症を負う。

 だが、自身の見舞いに来た彼にその様な怪我は無かった。或いは三沢塾に潜入した者の中で一番傷を負っていないのが彼であった。

 自身の右手と同じくらい分からない隣室の住民のことを考えながら、上条当麻は今日も病院のベッドから空を見上げていた。

 




西崎隆二は上条当麻に発破かける係です。彼は上条当麻の成長の為に彼を死地に送り出します。自分が介入すると失敗する可能性があるのも考慮しての行動です。

追記:何故か日間ランキングに入っているんですけど(困惑)こんな駄文小説なんて読まなくて良いから(良心)

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