尚、今回はかなりしっとりとした話になるので、良い気分で年の終わりと始まりを迎えたいという方は読むのを控えた方が良いかもしれません。
―――私はあの日、『世界』を失った。
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十字軍の兵士を助けた見返りとして私が貰った『アンブロシアの実』は、私を『不老不死』にした。ギリシャ神話において神々の食べ物として認識されているかの実は、それを食した者を不老不死にするというが、果たしてそれは真実であった。
そうした経緯で不老不死となった私を待っていたのは、苦痛であった。周りが老いて死にゆく中で、唯一老いもせず死にもしない自分は、周囲から魔女だの何だのと騒がれ迫害の対象となった。幾ら死なないと言っても苦痛は苦痛である。その日の内に私は自身の住んでいた地を離れる決意をした。
自身の住んでいた地から出来るだけ遠くの場所で偽名と偽造した設定でそれなりの期間を過ごし、時が経って自身の不老の性質を悟られる前にまた他の場所へと移動する。そうしてそこでもまた別の名と設定でそれなりの期間を過ごし、頃合いになるとその場所を離れる。自身の住んでいた地の世代が完全に交代した時期になるとその土地に帰り、そこでまた自身を偽る。後はその繰り返しであった。自身の名と経歴を偽るという行為をしている内に、私は自分自身がどういった存在だったか思い出せなくなってしまうのでは?という恐怖と住民から迫害されないだろうか?という恐怖によって徐々に心をすり減らしていった。
―――『彼女』と出会ったのは、そんな時の事だった。
『
そんな彼女は初対面の私にこう言った。
「貴女は自身の人生を随分と悲観的に捉えているようですね。貴女がその不死性をどの様な経緯で身に着けたかまでは私には分かりませんが、貴女がその不死性を身に着けたのは、きっと偶然ではないのでしょう」
「貴女は私の不死性が神様によってもたらされたものだとでも言いたいの?」
「いえいえ。ただ貴女がその不死性を身に着けたのには、何かしらの『意味』があるのだと思うのですよ」
「この世の全ては『必然』で出来ていて、その必然をもたらしている存在がいるって言いたいの?どっちにしろ神の存在証明の話になるわよ、それ」
「そうやって刺々しい言葉を常用的に用いるのも、貴女の過去の何かしらの出来事が要因なのでしょう。勿論貴女のその悲観的な考えもそこからやって来たのでしょう」
「…………。確かに私に関して言えばそうかもね。あの時、私は善意で行動を起こした。けれど相手から返された善意は、結局の所私にとって悪意以外の何物でもなかった」
「そんな貴女に一つ提案がありますがどうでしょうか?」
「……、何よ」
「
「はあ?」
「貴女が視ることの出来る世界は一つだけですが、その世界の視方は一つだけでは有りません。視点が違えば物事の捉え方にも変化が起こりますし、何より貴女程世界を視られる時間が多いのであれば、楽しまなければ損でしょう?」
「………。貴女、本気で言ってるの?私は『不老不死』の化け物よ。こんな私と一緒に居たら、貴女はいつか『化け物を匿った大罪人』として糾弾されるかもしれないわよ?」
「分かってますよ。ですが
私にとって、彼女はまるで聖女のような人物であった。彼女の部屋で泣き崩れる私を、彼女は何も言わず抱きしめ、頭を優しく撫でてくれた。
それから私はロイド家の一員として日々を彼女の家族と共に過ごすことになった。彼女の両親は彼女のことを溺愛しており、彼女のことを鼻高々に語ってくれた。そんな人達を見ていると私も温かい気持ちが湧いてきたし、彼女によって私は物の視方について教わりながら、思考をプラス向けに修正していくことが出来た。だから日常のちょっとした一コマであっても私は笑いを浮かべることが出来たし、彼女やその両親とも本当の家族の様に接することが出来ていた。何時しか私にとって、この家は帰るべき場所となっていた。
―――ある日、彼女が『魔女』として糾弾されるまでは。
当時、優れた医療技術を持った者や膨大な知識を持っていたものは
聞く所によると彼女の医療に関する優れたセンスに疑惑を覚えた軍の上層部が事の発端だと言う。近々彼女の身を拘束しに来るであろう軍に対抗しようと、住民達と彼女に治療された兵士達は必死になって町の守りを固め、彼女の身を死守しようとした。私もその中の一人に加わり、彼女の身を守ろうと決意した。
しかし彼女は自ら軍へと
―――数日後、彼女が火刑に処された。
町は失意に呑まれ、彼女の死を
(世界の視方が一つだけじゃ無いと貴女は私に言ってくれたわ。けど、これのどこに『楽しい』なんて思える要素があるっていうのよ……!!)
あぁ、私は彼女の与えてくれた『世界』を失ってしまったのだ。日常の些細な一コマも、楽しそうに娘の事を語ってくれた両親も、私のことを最期まで気遣ってくれた彼女も、そしてそれを視るフィルターも、この町で得た何もかもを失ってしまったのだ。思えば彼女が罪を背負わされた時、彼女が私と言う怪物に
(何が任せますよ……!勝手に人を置いていかないでよ……!私を独りにしないでよ……!!)
涙を流し、
だが、彼女はもう帰ってこない。
彼女の笑顔はもう見れない。
彼女の声ももう聞けない。
彼女の料理ももう食べれない。
彼女と手を
残ったのはポッカリと胸に空いた穴だけ。この世界に対する失望だけ。彼女はかつて私に不死性が宿ったことを必然といった。であれば、私にそう語り掛けてくれた彼女がああなってしまったのも必然だと言うのだろうか?
(もう、疲れた……)
だと言うのであれば、この『生』に意味など無い。自身の愛した世界が失われるのが必然だというのであれば、そんなものに意味など見出せない。故に……
(―――死に場所を探そう。私と言う存在が、これ以上世界を失わなくて良いように)
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―――私はあの日、『世界』を失った。
―――そして、その『世界』を私に与えてくれた恩人もまた、失った。
―――だから、もうこれ以上失わなくて良いように旅に出ます。
―――父さん、母さん。心配をかけてごめんなさい。 by レディリー=タングルロード
ロイド家の両親が彼女の部屋を訪れた時、すでに
どうかあの