1
八月三一日。多くの者にとって特別な意味を持つ一日。
(まだ日付が変わったばっかりだぞ)
恐らく騒動の中心は上条とインデックスのいつもの小競り合いだとは思うが、襲撃の可能性も考慮して学生寮のベランダ越しに上条の部屋を覗き込む。そこにはある本を持って絶望の表情を浮かべる上条とそれを見つめるインデックスの姿があった。上条が持っている本が夏休みの課題のものであることを確認した西崎が、自身の部屋に戻りながら考える。
(そう言えばアイツが退院してからラストスパートをかけてるけど、まだ数学と読書感想文が残ってるんだよなぁ…)
自他共に認める不幸少年である上条は、その持ち前の体質によってこの夏休みに幾つものトラブルに巻き込まれては入院するという経験をしている。そのため勉学に回す時間の確保が難しく、夏休みの課題が未だ終わっていない状況に陥っていた。
(普通に考えれば問題集の一つと読書感想文程度、一日あれば事足りるが……)
西崎は吟味する。上条の夏休みの課題を取るか、それとも上条の
(まあ、どっちもやってしまった方が良いか)
そうこう考えている内に、西崎の部屋のドアがドンドンと叩かれる。ドアの向こうから「助けてくれ、西崎!」という隣人の声が聞こえる。普通なら近所迷惑だと騒がれるぞと思いながら、西崎が玄関のドアを開ける。夏休み最後の一日は、こうして幕を上げた。
2
同時刻、
大量の不良達に目もくれることなく、彼らを路地裏に転がした(というより彼らが勝手に自滅した)
操車場での一戦以降、彼は
ふと
(何が違う?俺とアイツの一体何処が違う?信念?行動力?忍耐力?)
『
スルリ、と。その声は
『おっと、失礼。無駄な警戒をさせてしまったようですね。ご心配なく。私は決して貴方に危害を加えたりしませんよ』
先程と同じく
『
言われて
『
「贖罪だァ?テメェ一体何のことを言ってやがる」
横に居る襤褸布に目を向ける
と、そこまで考えて、
「いやー、さっきからずっと声を掛けてるんだけど全然ミサカのことを見てくれないんだけどって言う割には何もない所でいきなり立ち止まったりするし急に辺りを見回したりするしって今ミサカの方を見た!?ってミサカはミサカは驚愕を表してみたり」
「何だァ?この愉快な生き
聞こえてきたのはまだ幼い少女の声であった。独り言にしては長い
「あ、ようやくミサカの存在が認識されたよってミサカはミサカはジャンプして喜びを表現してみたり」
ピョンピョンと跳ねる少女声の襤褸布という、最早
(待て、コイツ今自分のこと何て言いやがった。よりにもよって、ミサカだとォ?)
『ミサカ』。その名は
「おい。オマエ、今すぐその頭から被ってる襤褸布取っ払って顔見せてみろ。オマエが本当に『ミサカ』かどうか、俺直々に確かめてやろうじゃねェか」
「え!?ちょっと待って往来の真ん中で女性の衣服を脱げと命令するのもあれだけど問答無用でミサカの毛布を引っ張らないで!この中はちょっとまずいんだってって言ってるのに
「アァン?何言ってやがるテメェ。テメェがさっき言ったことが真実で、俺に対してやましい真似してねェッつうなら別に素顔の一つ位拝んでも問題ねェだろォが。それとも何だァ?やっぱりテメェは『ミサカ』なんて存在じゃなくて、その
「いやそんなことは全然無いんだけども今この場でこの毛布を取られるのは生命的にも社会的にも危ないって言うかってああ!外の冷たい空気が流れ込んでくる!!」
「ごちゃごちゃ
襤褸布(証言者によればこれでも毛布らしい)を謎の人物から
襤褸布の中から出てきたのは、
一瞬幻覚でも見ているのかと思い
「ッてそうじゃねえ!テメエ!何処から見てるのか知らねェが、勝手に
「?」
驚愕の表情で立ち尽くしていたかと思えば、突如何もない空に向かって怒号を上げる
『失礼。貴方の驚いた表情が余りにも
「話が全ッ然変わってねェじゃねェか!!俺の能力でテメエの話の流れを変えてやろうか!?」
「あの~……誰と話しているのか分からないけれど、取敢えず毛布返して欲しいなってミサカはミサカは凍える身体を震わせながら言ってみたり」
「あン?」
視線を移せば全裸のミサカなる存在が自身に対して手を伸ばしていた。非常に可愛らしく、保護欲を揺さぶられる姿である』
(……。もう突っこまねェ)
先程から自身に声を掛けてくる謎の存在にうんざりした
『それは貴方が彼女をその力で傷つけることを恐れているからですか?』
「………」
告げられた声に対して沈黙する
『その沈黙が答えです。貴方は確かに強大な力を持っています。それは現在の貴方の地位を見れば明らかでしょう。しかし、周囲は貴方の持つ力にこそ目を向けはすれど、貴方自身に目を向けはしなかった。故に誰しもがある事実に辿り着くことが出来なかった。そう、
「………………」
自身の能力の研究を行った幾つもの研究機関・研究者。そのどちらもが自身では無く自身の能力を目当てにしていたのは確かだ。だが自身の何処に優しさがあるというのだろう。
『周りを見下す様な態度も、人を馬鹿にする様な話し方も、敵対者に対する異様なまでの容赦の無さも、全て貴方が自身の周囲に人を寄せ付けないために無意識に行っていた防衛反応なのでしょう。貴方は恐れているのです。もし自身の理解者が現れたら?もし自身に友人が出来たら?その時
「……結局テメエは何が言いたい?」
話の本題が見えてこない。自身のことを知らない他人に、ここまで知ったかぶった口調で自身のことを言われるとだんだん腹が立ってくる。
『最初にお伝えした筈ですよ。私は貴方に『守るべき存在』を見つけて欲しいのです』
「チッ。訳分かんねェこと言いやがって」
『物事というのは往々にしてそういうものです。最初から全てを理解出来るのであれば、『選択』も『失敗』も存在しません。何はさておき、私は貴方に『選択』を示しました。『守るべき存在』を見つけるか、それとも今の状態でいるか、その決断は貴方に委ねることにします。それでは御機嫌よう』
「おい、オイ!チッ、これでお話はお終いってか?好き勝手にゴチャゴチャ言って一方的に会話切りやがって」
結局相手が何者で、どういう理論で
「着いて来い。今日の寝床ぐれェはプレゼントしてやるよ」
「やったーってミサカはミサカは毛布を持った両手を上に挙げて全身で喜びを表現してみたり!」
深夜の学園都市を行く二人。その光景を学生寮のベランダから除く人影があった。言わずもがな西崎隆二である。
(まさか今回の人生で
考え込む西崎だが、少しの時間を置いて『ま、その時はその時か』と気持ちを切り替え、ベランダから寮の部屋へと戻る。
「西崎、ベランダで外を眺めて何していたんだ?」
「いや、ちょっと二人だけで夜の街を歩いている人影を見つけてな。姿が見えなくなるまで危険な目に合わないか観察していたんだ」
「へ~。こんな時間に
「ああ、此処は―――」
八月三一日はまだ始まったばかり。幾つもの思惑の交差する夏の終わりは、こうしていつもよりも少し早めに幕を開けた。
★
多くの魔術師にとって、魔術というものは『目的』では無く『手段』である。魔術というのは願いを叶える手助けこそすれ、願いそのものには成り得ないものであった。
例え話をしよう。ある所に雷の被害に悩まされていた人物が居る。その人物が魔術を用いて避雷針のようなものを作り、雷の被害を逸らしたとしよう。この時雷に悩まされていた人物は『雷の被害を何とかしたくて』魔術を使用したのだ。決して『魔術を使用したくて』雷の被害を逸らすものを作った訳ではない。
この様に、魔術はあくまで術者を補佐するものであり、術者が自身の力で叶えられなかった願望を叶える為の代打手段でしかない。そも魔術というものが『才能の無い人間』が『才能のある人間』と対等にあろうとして産み出された産物であり、その誕生の経緯からして何らかの『手段』として用いられてきたものである。
なので、魔術師の中に尽きぬ命への
故にこそ、その人物は異端であった。
『命』という命題にその一生を注ぎ込み、誰に知られること無く歴史に忘却された存在。『不死』では無く、むしろ『死後』に観点を置いて研究を行ったその人物は、死した後にその研究の成果をあげた。
3
午前八時三〇分頃、上条当麻は
夏休み最終日に残りの宿題を終わらせなければいけない上条は、今日という日を迎えた
ラブコメしたいラブコメしたいと騒ぐ二人にちょっとイラッと来るものを感じつつ二人の会話に相槌を打っていた上条だが、どういう話の流れでそうなったのか自身の好きなタイプの女性について自身も混じりながら激しく討論(物理)する展開になってしまった。
そんな三馬鹿を遠くから見る人物が一人。
(ちょっと待ってあの中から選ばないといけないの!?なんか会話が怪しいんですけど!?)
近頃自身に付き纏ってくる
(ええい背に腹は代えられぬ!!ごめんツンツン頭!!)
そして彼女はあたかも待ち合わせに遅れた様な演技で上条当麻に近づこうと決意した。
4
上条が美琴の恋人役に
「にしざき。とうま、ちょっと遅くない?本当にコーヒー買いに行っただけなの?もしかして三沢塾の時と同じようにまた何かに首をつっこんでるんじゃない?」
「何故俺に聞く。お前の直ぐ近くには電話という文明の機器があるだろう。それで電話してみたらどうだ?」
食器洗いで手を離せない西崎がインデックスに電話の使用を促す。その西崎の言葉にインデックスがムスッとした顔をして言う。
「む、『デンワ』はちょっと苦手なんだよ」
「苦手って……。お前の完全記憶能力で記憶している上条の携帯電話の番号を押して受話器を取るだけだろう」
「確かにとうまの電話番号は憶えているけど…。何だかこのテカテカしたデザインといい、
「聞いているだけでお前の将来が不安になってくる話をどうも」
「………」
「何だ、その顔は。まだ何か言いたい事でもあるのか?」
押し黙ったインデックスを見て、西崎がインデックスに声を掛ける。
「うん。そろそろ私もハッキリさせたいと思ってるんだよね。にしざきの
「本当の能力?俺の能力は衝撃を自在に操る
「確かににしざきはそう言ってる。けど、私が魔術を使った時、あの時の私はにしざきの能力を『置換魔術』『変質魔術』『変換魔術』の三つに近しい物だと判断したんだよ。それはどうして?」
「答える気はないと言ったら?」
「舐めないで。これでも私は
「
インデックスの口調が
「確かに俺の
「…!なら、貴方の本当の力は一体何なの?
「本当の力については言えんな。これについては
「貴方はとうまや私や周りの皆に本当の力を隠しているけれど、一体その力で何がしたいの?」
「
「誰を助けるつもりなの?」
「それは言えん。言った所でお前はそれを信じないだろうからな。さ、話は終わりだ。じゃじゃ馬娘は静かに主人の帰りを待ってろ」
「なっ!?訂正するんだよにしざき!私は馬じゃないし、とうまも私の主人じゃないんだよ!!」
「はいはい」
「ぐぬぬ…」
話題を逸らされて唸るインデックスを無視して西崎が食器を洗う。
西崎は、背後から唸り声を上げてくる猛獣を鎮められる猛獣使いの帰還を、今か今かと待ち望んでいた。
5
さて、話題に上がった猛獣使いこと上条当麻は、御坂さん
「で、これからどうしたらいいと思う?」
「どうしたらいいと思うって…。取敢えずその海原って奴からは離れられたんだろ?だったらもう演技する意味も無いんじゃねーか?」
「そこなのよね。海原と離れたって言ってもそれは『今回だけ』ってことになっちゃうし。ここで手を打たないと次会った時にまた付き纏われるじゃない?」
「……おい」
「
「質問、と言うか感想と言うか指摘と言うか。取敢えずお前、鼻についているマスタードは
上条の言葉に美琴は
「~~~~~!!」
今度は鼻を抑えて足をバタバタと振り回す。どうやら鼻の
「えーと……。大丈夫か?」
「だ、大丈夫。ていうか別に何も起きてないから」
自身のティッシュを美琴に渡そうとしていた上条を制して美琴が震えた声で言う。どうやら彼女は先程の出来事を無かったこととして扱いたいようだ。まぁ本人がそう思うなら触れないであげようと思う上条。そんな上条の態度を見て美琴が
「話を本題に戻すわよ。とにかくアンタには海原を騙すために『恋人役の演技』をしてもらう訳だけど、何か質問とかある?」
「質問って言うか何と言うか……。恋人役って一体何すれば皆に恋人として見られる訳?」
「それは……」
「それは?」
「………。どうしよう?」
「いや、俺に聞くなよ……」
ベンチで固まった上条と美琴の二人は、恋人の行動についてあーでもないこーでもないと話し合う羽目になった。
6
取敢えず二人で恋人について討論しても仕方ないということで、美琴が気分転換にジュースを買ってくると言い残しその場を去っていった。近辺を見回してみたが、自動販売機も無いし、恐らくはコンビニにでも足を運んだのだろうと予測した上条が『帰ったら西崎にどう弁明しよう』と思っていると、彼の目の前を爽やかな印象の少年が通りかかった。恐らくは、彼が美琴から話に聞いた海原光貴という人物だろう。今どきの学園都市を探してもあれだけ好青年な人物はそうそういないだろうし、ほぼ確定で間違いないだろう。西崎は
うん、やっぱり海原だなと一人頷く上条に向かって、
「初めまして。えぇと、貴方のことは何とお呼びすれば良いのでしょうか?」
「あん?上条当麻だけど。そういうお前は海原光貴で良いんだっけ?」
「あれ?自分の名前を知ってるんですか?」
「まぁ、ちょっとした
「伝手、ですか……」
「お、おう……。伝手だよ、伝手」
一瞬、上条の言葉を聞いた海原の目付きが鋭くなった様な感覚を覚えたが、態々『貴方の惚れている女性から直接聞きました』というのは争いの火種になりそうな予感がしたので、海原の名前の情報源は伝手で突き通すことにした。
「で?態々俺に声を掛けてきたってことは、何か用があるって思っていいのか?」
上条の問いに、海原は困ったように「ハハハ…」と笑い、
「いえ、用と言う程の事でも無いのですが、一点お尋ねしたいことがありまして」
「へえ。尋ねたいこと、ねぇ」
色恋。その中でも乙女心というものに関しては、上条にとっては複雑怪奇で理解し難い(というか全く出来ない)代物ではあったが、男の心情に関してなら少しは理解できるつもりだ。なので、海原のいう『尋ね事』が一体何なのか、この時点で上条は検討を付けていた。
「あの…、貴方は御坂さんのお友達なんですか?それとも……」
「恋人か、だろ?その問いに俺は何て答えたらお前は満足するんだ?」
「何にせよ、自分の答えは変わりませんよ」
少し前に西崎が上条にこんな話を聞かせてくれた。相手に投げかける疑問と言うものは二種類に別けることが出来て、片方は自身では答えが分からないから他者に訊くタイプ、もう片方は自身の中で答えが既に決まっていて、相手に同意を求めようとして他者に確認の為に訊くタイプだと。海原が上条に投げかけた疑問は恐らく後者だろうと上条は推測した。上条の直感に過ぎないが、目の前の好青年は自身の意志を決して曲げないタイプの人間なんだろう。例えばここで上条がふざけて自身は美琴の恋人だと答えを返しても、それに対する彼の反応は『では御坂さんが貴方より私を見てくれるように私も頑張りましょう』というようなものになるだろう。
7
海原光貴は、話してみると意外といい奴だった。とある特定個人からの情報を鵜呑みにするなら、彼の行っている行動は好きな女性に付き纏う悪質ストーカーのそれだったが、実際に会ってみると気さくで人付き合いも良さそうで、何で美琴に嫌われているのかが良く分からない程の善人だった。
だが、そんな彼と話している上条の姿を見つけた美琴が上条を捕まえて海原の目の届かない場所まで連れていき、上条に説教をした。やれ『恋人役』が敵と仲良くなってはいけない、やれ『恋人役』なら恋人は渡さない位の
上条の説明に説得された美琴はこれ以上演技を続けることは出来ないと判断し、演技に付き合ってくれたお礼として昼食を上条に奢ってくれると言う。ファーストフード店で何か買ってくると言って美琴はファーストフード店(恐らく人気のある店なのだろう)のカウンター待ちの大勢の人混みの中に消えていった。
そんな人混み溢れるファーストフード店の傍で美琴を待っている上条の元に、ついさっき知り合ったばかりの爽やかフェイスの好青年が現れた。
「あれ、御一人ですか?」
「ん、ああ。御坂なら今はあの人混みの中で奮闘中」
店のカウンターを指さした上条と、その上条の指した指の先の光景を見て若干頬が引き攣っている海原。海原は直ぐに視線を上条に戻し、何か会話をしようとするが、上条が自身の視界の端に映ったあるものを見て疑問の声を上げた。
「あれ?」
「?どうかしましたか?」
「いや。そう言えばお前って兄弟とかいたっけ」
「いえ。自分は一人っ子ですが……。あの、どうかなされましたか?」
「いや、ちょっとな。所でちょっと場所を移すか。この炎天下の中御坂を待つのは辛い。そこの路地裏にでも行こうぜ」
「ええ、そうしましょうか」
ファーストフード店の店内の御坂美琴を置いて路地裏へと移動する二人。ファーストフード店から目を離していた海原は、その頃ファーストフード店で美琴の身に降りかかった『ある出来事』を見ること無くその場を去った。
8
「なあ海原。お前って御坂のこと本気で好きなんだよな?」
「はい、そうですが…」
暗い路地裏を上条の先導で進む海原は、前を進む上条の問いかけに応じる。薄暗い場所でその様な発言をするものだから、彼の発言に何か含むものがあるのではないかと海原は
「お前が御坂にアプローチを掛けてるのもその恋心あってこそだろ?」
「ええ、まあ。そうですね。自分が彼女にアプローチを掛けるのは、彼女に自分を見て欲しいからです」
「ハァ……。そうか……」
海原の答えを受けた上条が残念そうに溜息をつき、足を止める。上条につられて海原も路地裏でその足を止める。
「あの…、急に立ち止まってどうしました?自分の答えに何か問題でも?」
「いや…。お前の答えに問題は無いよ。さっきのは只の確認だ」
「はぁ。でしたら何故足を止めるので?もしかして此処で御坂さんを待つ
海原の問いに、上条は何も答えず、ただ重ねて溜息をつく。
「―――残念だよ」
「?」
「―――
ギュルン!という音を立てて海原の方へと急旋回した上条が、その旋回の勢いを利用して海原に右の拳を叩きこもうとする。
「!!」
対する海原は、咄嗟に懐から
「チッ!」
海原はそんな上条から距離を置くように後ろへと大きく跳んだ。宙を切った上条の拳が強烈な風切り音を立てる。上条は自身から距離をとった海原の行動を注視しつつ、先の攻撃について考える。
(黒曜石のナイフから何かを飛ばしている?けどそれならナイフを上向きに構える必要性は無い。ノーモーションで打ち出せるならそんな行動はしない筈だ。となると、黒曜石のナイフの攻撃には何か条件があるのか?やや上向きに構える……。待て、もしかして
上条も太陽が出ている時に光る物で太陽の光を反射させて、影の濃い場所に光を浮かべる遊びをしていたので、相手の攻撃については
「参考までに聞いても良いですか?―――何時、自分が
「ついさっきだ。御坂の居るファーストフード店に右手に包帯を巻いた海原光貴が焦った様子で入っていったのが決め手だったかな。それ以前にも俺がお前の情報を伝手で聞いたと言った時や、会話の所々でお前の目付きが鋭くなっていた。お前の世間話の話題についてもそうだ。お前、やたら俺から俺の周囲の情報について聞き出そうとしてたよな?」
「成る程。『組織』から聞いていたのとは違って随分と観察力があるみたいですね」
「これでも伊達にトラブルに巻き込まれてないんだよ。お前らみたいな『魔術師』とも幾らか戦ったことあるし」
「そうして貴方は闘争の果てに『上条勢力』を作ったという訳ですか…」
「『上条勢力』ぅ?何それ、初めて聞く単語だな」
「貴方を中心として、本来関わってはいけない筈の科学と魔術の両サイドの人間が集まってできた関係の総称です。『組織』はそれを危険視していた」
「危険視?俺達を?」
「ええ。貴方達の人間関係が最早一つの勢力と呼べるほどに膨れ上がったのは
「ただ、
「―――それが、
言い終えると同時に魔術師が黒曜石のナイフを傾ける。ゾン!という音と共に放たれた不可避の攻撃は、入射角と反射角から凡その着地地点を予測していた上条の右手によって打ち消される。そして、まるでそれが開戦の合図とでも言わんばかりの勢いで上条が魔術師に向かって走り出す。
二度、三度攻撃を仕掛ける魔術師だが、その悉くを上条の右手が打ち消している。身を低くして魔術師から攻撃される範囲を狭めることによって、相手の攻撃を右手で即座に打ち消せる様にして魔術師に迫る上条の姿は、まるでトラックやダンプカーの様な大型の車両がアクセル全開で迫ってくるような威圧感を魔術師に与えていた。
ザッ!という音と共に、急に魔術師の視界から上条当麻の姿が消える。驚愕した魔術師は一瞬動きを止め、姿を消した上条を見つけようと視線をあちこちへ向ける。そうして上条の姿を見つけた魔術師が思わずギョッとする。
9
気が付いた時、魔術師は冷たい路地裏の上で大の字になっていた。首を動かそうとすると顎に痛みが走るが、骨に
「自分は、負けたのですね」
確認するように上条に問いかける魔術師。その問いに上条は頷きでもって返答した。
「俺はお前のこと良く知らねーし、『組織』なんてのも全然まだ分からねーし、そもそも俺達が勢力とか呼ばれているなんてことも今知ったばっかりだけどよ」
上条が頭をガシガシと掻きながら、言葉を選ぶように呟く。
「でも、それでも一つだけ……お前の御坂への思いは本物だって思うんだよ。『組織』だとか、海原の変装をしていたとかも含めてさ。どーしても俺にはそれが嘘だとは思えなかったんだよ」
「ふふ。存外甘い人なのですね、貴方は。こんな他人を偽っていないといけない『偽者』のことなんてボロクソに言っておけば、自分はまだ貴方を『絶対悪』と見なせていたかもしれないのに」
何処か憑き物の落ちた様な顔で魔術師が言う。
「自分は今回
言外に自分はもう上条勢力に手を出さないと宣言する魔術師。
「しかし、自分がそうだからと言って周りも同じとは限りません。今回の一件は、むしろ結果的に上条勢力の排除を促進するものとなるでしょう。貴方達上条勢力は、『組織からの刺客』を退けるほどの力を持ったということを証明してしまったのですから」
そこは本当にすみませんと謝る魔術師。続いて魔術師は「ですから」と呟いて、
「
問いかける、その願望を。明け渡す、その思いを。
「何時でも、何処でも、誰からも、何度でも。こんな理不尽な出来事に襲われる度に、都合の良いヒーローの様に彼女の元に駆け付けて彼女を守ってくれると、約束してくれますか?」
魔術師の問いに上条はただ一言だけ告げて、頷いた。
その様子に苦笑した魔術師は、まだ少しダメージの残る体で立ち上がり、路地裏の奥の闇へと消えていった。
―――その一連の流れを、名門常盤台中学の学生服を着用したある人物が聞いていることなど、彼らは未だ知る
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路地裏を歩く魔術師―――エツァリは、不意に背筋に走った凄まじい悪寒に思わず振り返る。しかし、当然ながらこんな路地裏に自分以外の何者かが潜んでいるということも無かった。
『勘は良いが、反応はそこそこといった所か』
「!?」
突如響いてきた男の声に、エツァリが驚愕する。再度周囲を見渡してみるが、誰の姿も視認できない。空にも何もないし、道にもマンホールはついていない。
『まあ、そう慌てるな。私はお前に少し提案をしに来たんだ』
低い男の声。どこから発しているかも定かでは無い声がエツァリに語る。
『君がうじうじして惚れた女一人守れんというから、その手助けをしてやろうと思ってね。どうする、乗るか?』
「内容を話してくれないことには何ともといった所ですね」
『ほう…。お前は一々手段を選ばねば惚れた女を守ることが出来ない情弱な奴だと言うのかね?』
「……。何ですって?」
『事実だろう。本当に惚れた女を守りたいという意志があるのであれば、手段の是非など問うべくも無い。なのに貴様は手段を選ぶという』
「……。いいでしょう。話をお聞かせ願いましょうか……」
『
声と同時に、上空から多数の人間がエツァリの居る路地裏まで降りてきて彼を取り囲む。どうやら路地の両脇の建物の屋上で待機していたようだ。
『ああそうだ。君にはこう言っておこう』
男の声が少し高くなっているのが分かる。恐らく彼はこの状況を楽しんでいるのだろう。
『ようこそ魔術師、学園都市の『暗部』へ。君が惚れた女を守る為に、
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午後二時、
(こんなガキが、守るべき存在ねぇ……)
昨夜
『それは貴方が彼女をその力で傷つけることを恐れているからですか?』
唐突に思い出したのは昨夜声に言われた一言。その言葉を思い出した
「そンな事、分かる訳ねェだろォが……」
考えたことも無かった。或いはいつも胸の奥底にはそんな思いが渦巻いていたのかもしれないが、少なくともそれを意識したことは昨日声に言われるまでは無かった。
(ああクソッ…、何か悲観的になってンな……)
取敢えずモヤモヤとした気分を晴らしたい
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果たして毛布一枚の
「あン?アイツ、
白衣を着て通りを歩いていた男―――天井亜雄の方も
「あの野郎…こンな所で何してやがる……?」
天井亜雄。
(けど、一体何だ…その優先事項ってェのは?)
取敢えず考えていても答えは出ないので、自身と
「所で今は夏休みだっていうのに学生さんの姿を全然見ないんだねってミサカはミサカは疑問をぶつけてみたり」
「あァン?そりゃまァ今日は夏休みの最終日だからな。皆家でお勉強してンだろ」
「へぇ、そうなんた。所でミサカに
「あァ。それなら問題ねェよ。なんてったって話題を語り合うクラスメイトが居ないんだからな」
「?」
「特別クラスなんだとさ。教室にも俺の机が一つだけ置いてあるだけだしな」
「一人っていうのは寂しくないの?ってミサカはミサカは感想を求めてみる」
「寂しい、寂しいねェ……」
(仲間が、友達が欲しかったてェのか……?)
と、そこで
「おお、あったかいご飯ってこれが初めてだったりってミサカはミサカははしゃいでみたり」
はしゃぐ
「おいガキ、何はしゃいでやがる。それより前にやるコトがあンだろ」
「え?やること?」
「料理が来たら『いただきます』だろォが」
「ぷっ!」
「……おいガキ、何笑ってやがる」
「いや、だって、何か外見と言葉のギャップというものがですねってミサカはミサカは弁明してみたり」
「……ハァ。ならとっとと食っちまうぞ」
「ちょっと待って!折角二人で食事をするんだから『いただきます』は言ってみたいってミサカはミサカは懇願してみたり!」
「しょうがねェなァ……」
両の手を合わせて言葉を告げる。二人の食事はこうして始まった。
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食事をしながら会話をする二人。会話の内容は
そんな食事をしている最中、
「あン?」
何だと思って音のした方向に目を向けると、
「オイ、どうした?」
尋常でない様子の
「…ミサカが
あはは、と力なく笑う
「今まで何だかんだでやっていけたから大丈夫かなって考えてたんだけど、何でかなあ」
自身の状態の危険性を知りながら、
「……」
ガタリ、と音を立てて
「あれ、もう行っちゃうの?ってミサカはミサカは尋ねてみる」
「……。イヤ、ちょっと手洗いに行ってくるだけだ。ついでに此処の支払いも先に済ませよォと思ってな」
「………そう。じゃあ手洗いが終わったら必ず戻って来てね。まだ『ごちそうさま』を二人で言ってないんだから」
「あァ、分かってる」
14
午前中は偽海原との戦闘でまるまる課題消化の時間を潰してしまった上条は、西崎の指導の下、残り僅かな数学の課題をものの三〇分で終わらせ、その後凡そ二時間近い時間を読書感想文に費やした。今回は西崎もかなり本気なのか、上条が本を読む時間を短縮するために速読術まで指南してくれたり、上条の書いた感想文の添削を行ったりと活躍してくれた。因みに読書感想文を書いている時にこんなやり取りがあった。
「読書感想文や図画工作のような課題を見ていると、どうしても『アレ』を思い出すな」
「アレ?」
「うむ。息抜き程度に少し語ってやろう」
ゴホン、と一度咳払いをした西崎が遠い目で語りだす。
「あれはまだ俺が学園都市の外に居た頃、興味本位で買った本に書いてあった出来事だ。その話には二人の人物が登場してな。一人は『アレイスター=クロウリー』、もう一人は『
「それと読書感想文や図画工作がどう結び付くんだよ」
「いや、ジェフサの一言に賛同したアレイスターと一緒に二人はとある魔術を開発する訳だが、こう、何かに取り組む様子が似てないか?」
「うん、ごめん。まったく分かんねーわ」
「まぁ気を取り直そう。そうして二人は『天動説』を参考に『自身を中心とした円を築き、その円内の天気を思うがままに変える』という魔術を作ったのだ。しかし魔術の検証の際に出力を誤ってしまってな、危うく『ノアの箱舟』のエピソード並の大雨を引き起こしかけたという訳だ。まあ、未遂に終わったがな」
「う、やっぱり何度聞いても流石は『黄金の夜明け』と驚くべきか、やっぱり『黄金の夜明け』と呆れるべきか悩むエピソードなんだよ」
「ちょっと待ってインデックスさん。上条さんはさっきの話の『ノアの箱舟』とかてんで知らないんで良く
「『ノアの箱舟』は多くの神話に見られる『大洪水』のお話なんだよ。多くの場合、神によって地上を大洪水で一掃するので、生き残りたければ大きな船を作ってその中に避難しなさいという神託を受けた人物が実際に船を作って、その中で何日にも亘って地上を洗い流す大洪水をやり過ごすんだよ」
「……それって下手したらイギリスを中心に大洪水が起きて世界が大変なことになっていたかもってこと?」
「まぁ……そうだね」
「その『黄金の夜明け』って滅茶苦茶やべえ奴らじゃねぇか!!」
「だ、大丈夫だよ、とうま!!『黄金』が活躍していたのは今よりもずっと前のことだし、皆死んでると思うから!」
「おっ、そうだな」
「え!?何その反応は!?怖い、西崎の意味深な反応が怖いぃ!!」
「ちょっと、にしざき!とうまに無暗に不安を植え付けちゃいけないんだよ!」
そんな騒がしいやり取りがあったが、無事に読書感想文は書き終わり夏休みの課題を全て終えることが出来た。喜びに打ち震える上条に向かって、西崎が感慨深く『今日は上条が目出度くも夏休みの課題を終わらせることが出来たのでちょっと豪華な夕飯にしよう』といい、早速買い物に出掛けて行った。前々から思っていたのだが、西崎のあの行動や言動の端々に見られる母性のような父性のようなものは何なのだろうか。彼は実は上条ですら知り得ない第三の保護者だったとかそういうとんでもない事実が後々になって明かされたりしないだろうか。
うーむと悩む上条は、先程からインデックスが自身に声を掛けてきていることにすら気付いていない。上条とインデックスの言い争いが始まるまで、あと少し―――。
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そんな明かりの点いた学生寮の一室を、地上から眺める一人の男が居た。ずっしりとした体躯と
「風魔の弦」
直後、闇咲の言葉に呼応するようにバシュン!と音を立てて弓から空気の塊が射出され、その場で留まる。闇咲が自身の射出した空気の塊に飛び乗ると、闇咲の乗った部分の空気の塊がぐにゃりと歪み、一瞬の後に彼の体を真上へと跳ね飛ばす。闇咲は明かりの点いた学生寮の部屋まで飛び上がると、学生寮の手すりを掴んでベランダへと着地する。次いでまたもや右腕の籠手を操作して弓の弦を弾き絞る。
「衝打の弦」
轟音と共に、闇咲の放った衝撃が西崎の部屋のガラスを粉砕した。
「な、何だコイツ!?」
「とうま、気を付けて!この人、魔術師なんだよ!!」
闇咲が突然の事態に困惑している上条とインデックスを置いて、籠手を操作する。
「透魔の弦」
身構える上条の前で闇咲の姿が消え、数秒後にインデックスの甲高い悲鳴が上条の耳を叩く。上条が視線をずらすと、いつの間にか魔術師の姿も、インデックスの姿もなくなっていた。
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「チッ!あのガキ、まだあそこに居るんだろォなァ…!」
苛立ちの混じった発言が
『やったーってミサカはミサカは毛布を持った両手を上に挙げて全身で喜びを表現してみたり!』
『一人っていうのは寂しくないの?ってミサカはミサカは感想を求めてみる』
『ちょっと待って!折角二人で食事をするんだから『いただきます』は言ってみたいってミサカはミサカは懇願してみたり!』
『………そう。じゃあ手洗いが終わったら必ず戻って来てね。まだ『ごちそうさま』を二人で言ってないんだから』
(俺もヤキがまわったモンだ。たかがガキ一人の為にこォやって体張るなンてよォ……!)
暫く走っていた
「おい、テメエ。今日の午後三時頃に此処に来た毛布を一枚纏ったガキを知らねェか?」
「毛布を被った子供の方ですか?その方でしたら体調が優れないご様子でしたので救急車をお呼び致しましたが……」
「ンじゃァ今アイツは病院に居るってことかァ?」
「あ、いえ。救急車を呼んだ後でその子の身内を名乗る白衣の方が引き取りましたよ」
「白衣の男、ねェ…。一応礼は言っとくぞ」
「は、はぁ……」
ファミレスを出る
『
「―――!!」
慌てて
「チィ!!外れたら只じゃおかねェぞ、このクソ尼!!」
未だ姿も分からぬ声だけの存在に罵倒を入れつつ、
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走り去っていく
(あの様子では俺がサポートに入らずとも良さそうだな。
む、と訝し気な声を上げ、周囲を見渡す西崎。
(流石に
瞬間、目には見えない変化が起こる。時間を置いて周囲を見渡した西崎が、今度こそ何もないように学園都市の街道を食料を抱えて歩く。と、そんな彼の携帯電話が小刻みに震える。携帯電話を取り出すと画面には『上条当麻』の文字。既に予測済みの厄介事に溜息をつきながらも、西崎が電話に出る。
「もしもし、どうした上条」
「西崎か!?ちょっとインデックスが魔術師に攫われたんだが、お前の空間把握能力でアイツの場所分からないか!?」
「魔術師か。そう言えば今日学園都市に侵入者があったと言って
「どうだ、分かったか…?」
「ああ、特定した。上条、俺の位置情報をお前の携帯に送るから、一旦そこで待ち合わせしよう。そこからは俺が魔術師の元まで案内する」
「分かった!今直ぐそっちに向かう!!」
ブツリと音を立てて通話が切れる。携帯電話を懐にしまい、近くのベンチに腰を下ろす西崎。彼の夏休みはまだ続く。
18
「状況は?」
「さっき電話で話した通りだ。強いて言うなら相手の狙いが俺じゃなくてインデックスだったってことだな」
「であれば相手の目的はほぼ間違いなくインデックスの記憶している一〇万三〇〇〇冊の魔導書で間違いないだろう。だがあれらは一冊読むだけでも危険な代物だ。件の魔術師が廃人と化す前に奴の所へ駆けつけねばならん」
「それで、敵の場所は?」
「焦るな。幸い敵は此処からそう遠くないホテルの屋上に陣取っている。インデックスに関しても縄で縛ってあるだけで拷問などは行われていない」
「縄…?何でそんな物を?」
「縄は古来より神域と現世の場を区切る結界の役割を果たしてきた。神社の
「へぇ……」
「と、此処だな。上条、お前は先に上に上がってインデックスを助けてやれ。俺はこの荷物のせいで余り速度が出せないからな」
「あぁ、分かった!」
非常階段を駆け上り屋上へと急ぐ上条を視界に収めながら遅れて階段を昇る西崎。彼が屋上に着いた時には既に状況は変化していた。対峙する上条と闇咲、そして上条の傍らに横たわる縄で縛られたインデックス。闇咲はホテルの屋上に縄を張り巡らし、辺りを神楽舞台のように仕立て上げていた。ホテルの屋上に辿り着いた上条に対して闇咲が問う。
「……少年、何故此処が分かった?」
「俺の親友に物探しの得意な奴が居るんだよ」
西崎に一度視線を向ける上条。つられて西崎を見る闇咲。
「少年ら、悪い事は言わん。私の目的の邪魔をするな。さすればこの娘も無傷のままお前達に返そう」
「目的?アンタの目的はインデックスの記憶している一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識じゃないのか?」
「左様。だが私が欲しいのは『
闇咲の言葉に違和感を覚える上条。闇咲はインデックスの魔導書の知識を求めてはいるが、その知識は限定的なものだ。捕虜にしたインデックスの扱いを見ても分かる通り、一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識を使って何か悪事を働くような人物には見えない。そんな人物が態々学園都市までやって来てインデックスの魔導書の知識を引き出そうとした理由、それは―――
「アンタ、もしかして誰か助けたい人が居るのか?」
「―――!!」
憶測ではあったが、上条の問いは闇咲の核心を突いたらしい。狼狽える闇咲に対して一歩近づく上条。
「なぁ、俺にはアンタの事情なんて全然分からないからさ。アンタの助けたい人がどんな奴なのかも知らないし、ソイツがアンタと如何いう関係にあるのかも分かんねぇけどさ……」
「……」
「もし、アンタの助けたい人が
「少年。それは一体、如何いう意味で……」
「俺のこの右手、
「何……?」
「魔術師、そこのウニ頭の言っていることは真実だ。お前は功を焦るばかりにインデックスの情報しか収集していなかったようだが、そのインデックスの同居人であるコイツも少々特殊な能力を有している訳だ」
「――――――」
「如何する、魔術師?インデックスの記憶から廃人覚悟で抱朴子を探すか、それとも人の良い少年の手をとるか。選択はお前次第だぞ」
「私、は―――」
数秒の沈黙の後に闇咲が口を開く。その闇咲の発した言葉に上条が笑みを浮かべる。
「よし、それじゃあちょっと大変だけど、学園都市の外まで行ってくるか!」
上条当麻の夏休みは、そうして学園都市の警報と共に過ぎ去っていった。
19
―――或いは
額から血を流して地面に倒れている
『
そんな彼がどうして『
最初は彼を妬んだ同年代の少年、次は彼らを教育している教師、更には彼らを保護する大人。その悉くが彼の前に倒れ、事態は急激に変化していった。
彼自身が望まぬ
彼はただ立っているだけだった/立っているだけで人を傷つけた
彼はただ友達が欲しいだけだった/その友達を彼自身が傷つけた
彼はただ皆と仲良くなりたかった/その皆を彼の能力が傷つけた
そうして、彼は悟った。自分はもう皆と同じにはなれない。この力がある限り皆を傷つけるというのなら、
―――彼は『孤高』の道を選んだ。
自身と周囲との間に絶対的な壁があるよう印象付けようと他人に感情を向けることをやめ、ただ他者と隔絶した存在になろうとし、力を欲した。そうして今の地位を手に入れた。『
―――どこにでも居る平凡な高校生に、敗北した。
今ならあの高校生の言っていた事も、その信念も理解出来る様な気がする。あの敗北を経て、
(……ッたく、何でこンな薄汚れた俺が…こんなガキの為に命張ンなきゃならないンだっての……)
だが、悪くはない。こんな温もりがあると言うのであれば、例え自分がどれだけ汚れていようとも―――
(
ぐらり、とよろめきながらも立ち上がる
満身創痍の
結末については語るべくも無いだろう。如何に策を弄そうと、確固たる信念の前では無意味なのだから。
20
窓の無いビル。その中で、一人の人間が巨大なビーカーの中に逆さに浮いていた。
「
学園都市統括理事会長アレイスター=クロウリーが複数のスクリーンを眺めながら呟く。
「懸念事項があるとすれば、西崎隆二の存在か。如何なる手段を用いたのかは不明だが、学園都市中の監視網から彼のデータが抹消されている期間が存在している」
アレイスターの眼前のスクリーンが切り替わり、そこに西崎隆二のデータが映し出される。
「今回も、匿名で魔術師の存在を暗部に伝え、その魔術師を暗部に引き入れるなどといった行動をとっている。残念ながらその後データは抹消されたのだが……」
淡々と言葉を紡ぐアレイスター。誰かに話すというよりかは、自身の中で情報を整理する様に言葉を発する。
「
そこでアレイスターが一度言葉を切り、
「何より異質なのは、彼の行動の端々に私の
『失敗の呪い』。とある経緯から彼が背負ったその呪いのことを考慮して、彼の一世一代を掛けた
「今後も要注意対象として観察するのが一番か……」
口元に薄らと笑みを浮かべるアレイスター。西崎隆二という存在がこの先
人間アレイスター=クロウリーは、今日も学園都市の中心で悲願の達成のため努力するのであった。