黄金の魔術師   作:雑種

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ぬわああああん疲れたもおおおおおおおおおん。
辞めたくなりますよ~仕事。

とういことで仕事のストレスからモチベーションが駄々下がりし、本来よりも一月遅くなりました。すいません許してください!
ちなみに旧約6巻分です。


黄金の魔術師(旧約6巻)

   序

 

 『科学サイド』と『魔術サイド』の均衡が崩れる。その情報を彼女が知ったのは八月も終わりに差し掛かった時期であった。手紙という紙の媒体によって彼女に届けられたその情報は、彼女の忌まわしい過去を刺激した。

 手紙に書かれていた内容は簡素ながらに要点を纏めたものであり、彼女が手紙の送り主を特定するのを避けるように、タイプライターを用いて機械的な字で書き込まれていた。差出人不明のその手紙には凡そこの様なことが書き込まれていた。

 

 『一〇万三〇〇〇冊の魔導書を保管した魔術サイドの最重要ポストに存在している禁書目録(インデックス)が学園都市に居る』

 『科学サイドの総本山である学園都市に禁書目録(インデックス)が居ることは魔術に関する知識の漏洩(ろうえい)の危険性がある』

 『禁書目録(インデックス)を保有している上条当麻(かみじょうとうま)なる少年は、他にも複数の魔術師と交友関係を築いている』

 『このままでは、行き着く先は()()()()と同じものになるだろう』

 『二〇年前の悲劇を生き抜いた君にはそれを阻止する義務がある』

 

 手紙は彼女が読み終わると同時に崩れて灰の様に空気に混じって消えていったが、その内容は彼女に行動を決意させるには十分すぎるものだった。

 

(義務……)

 

 魔法名を呟き、胸にとある親友の名を刻む。

 

 

 

 ―――役者は揃い、舞台は上がった。では演目を披露しよう。これより始まる戦の為の。

 

   1

 

 九月一日早朝、まだ学園都市が朝の喧騒(けんそう)に包まれる前の、人がまばらな時間帯に、上条当麻(かみじょうとうま)はぐったりとした様子で学生寮の一室へ向けて歩を進めていた。

 事の発端は前日の八月三一日に起こった魔術師との邂逅(かいこう)である。闇咲逢魔(やみさかおうま)を名乗る、ガッシリとした体つきをした魔術師の知り合いであるとある女性を助ける為に、上条は闇咲と共に学園都市の外へと飛び出し、そして上条の右手(イマジンブレイカー)によって女性に掛けられていた呪いを解き、そのまま学園都市にトンボ帰りしてきた訳である。

 因みに上条には学生寮の隣室に住んでいる西崎隆二(にしざきりゅうじ)という親友が居るのだが、彼は今回の作戦には一緒に付いてきてくれなかった。西崎曰く、「折角買った食材が勿体ないので俺はお前が帰ってきた時の為に何か取り置き出来る食事を作っておく」とのことで、縄によって縛られたインデックスを俵でも担ぐようにして持って学生寮へと帰っていった。

 

(そういえば西崎の部屋ってガラス割れてなかったっけ?)

 

 闇咲の襲撃の際に、西崎の部屋のガラスが割られ、辺りが悲惨なことになっていたが、結局昨日の時点でそのことを言ってなかった気がする。だがあの西崎の事である。学生寮に戻ってからテキパキと対応を行ったに違いないだろう。………多分。

 学生寮のドアノブを捻り、ガチャリという音と共にドアを開ける。出来ればそのままベッドに入って一日中眠っていたいが、残念ながら本日は始業式のため、あと数時間もしたら学校に登校しなければいけない。

 

「と・う・ま~~!」

 

 日常へと帰還し、安堵の表情を浮かべていた上条だったが、部屋の奥から聞こえてきた恨み声に一瞬体を震わせる。……が、いつまで経っても声の主が上条の前に姿を現すことは無かった。怪訝(けげん)に思う上条だが、ふとあることを思い出し納得する。

 

(そういや西崎って昨日インデックスをあんな風に抱えていた位だし、縄を解いている訳がないか)

 

 恐らく今上条の部屋に居候している少女は、昨日と同じ様に体を縄で縛られた状態のまま放置してあるのだろう。西崎の事なので夕食はちゃっかり食べさせていそうではあるが、一晩も体を拘束された状態で放置されたのは流石のインデックスと言えど堪えるものがあったらしい。

 「はいはい今行きますよ」と暢気(のんき)に声を上げて部屋の中へと入っていく上条。案の定そこには体を縄で縛られて身動きのとれないインデックスの姿があった。と、そんな彼女の姿を見て上条が疑問の声を上げる。

 

「あれ、これって一体どうやって解けばいいんだ?刃物で切断すればいいのか?」

「とうま、これは注連縄(しめなわ)を使って構築された小型の結界だから、とうまの右手で触れば壊せる筈なんだよ」

「へぇ、じゃぁ……」

 

 上条が右手の人差し指でチョンと縄に触れると、直前までの頑丈な縛りは何だったのかと言わんばかりにスルスルと縄が解ける。縄から解放されたインデックスは一度背伸びをすると、参ったと言わんばかりの表情で上条に向き直った。

 

「まったく、にしざきもレディーの扱いがなってないんだよ。縄を解こうともせずに、年端もいかない子供にご飯を食べさせるように『あ~ん』で夕食させるなんて……」

「え、何?お前そんな羞恥プレイ受けてたわけ?」

 

 自分だったら恥ずかしさで悶え死ぬかもしれないという感想とやっぱり西崎ってかなりSな人…?という二つの感想を抱く上条。

 

(もしトイレしたくなったらどうする心算(つもり)だったんだろうか…?)

 

 自身の親友のことだ。きっと食事以上に羞恥心を(あお)る様な手段を講じるのだろう。

 

「まぁでも料理は美味しかったし、私の扱いも昨日の昼の仕返しと考えれば反論しようもないんだよ……。あ、因みにとうまのご飯は冷蔵庫の中に入ってるんだよ」

 

 部屋の冷蔵庫を指さすインデックス。夏休みの初めに西崎に冷蔵庫を新調してもらったお陰か、随分と大きくなった冷蔵庫に目を向ける。恐らく中は昨日の西崎の料理で一杯になっているだろう。

 

(こりゃ今日の朝ご飯は決まりかな)

 

 忙しい日の朝は作り置きが役に立つ。そんなことを考えながら上条当麻は冷蔵庫を開けた。

 

   2

 

 その日の学園都市は朝から物騒であった。

 本日未明に学園都市に侵入してきた二名の侵入者、その内一名が学園都市の門を強行突破し、実に一五名もの負傷者を出したのだ。褐色の肌に黒を基調としたゴシックロリータのドレスを着こんだその女の侵入者によって、対テロ用の警戒レベル『特別警戒宣言(コードレッド)』が発令され、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)の面々はその侵入者の捜索に追われていた。

 

 

 

 カツン、と―――そんな街並みの中を、女は堂々と歩いていた。

 

 

 

 何の躊躇も無くその派手な衣装を晒し、人目に触れることも(いと)わないと言った様に堂々と靴の音を鳴らし、学園都市を闊歩(かっぽ)していた。学園都市への侵入の仕方からも分かる様に、彼女は余り潜入には向いていない性格のようだ。そんな女に声が掛けられる。

 

「シェリー=クロムウェル。イギリス清教必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師、で間違い無いな?」

 

 声を掛けられた女―――シェリー=クロムウェルの眼が声のした方向に向けられる。其処に居たのは学園都市の学生服を身に纏った高校生ぐらいの歳の少年だった。

 

「何故学園都市の人間がソレを知っているのかしら?」

「学園都市の人間だからと言って全ての人間が魔術の存在を知らぬ訳ではない。それはお前の所のトップとウチのトップが協定を結んだ事からも分かる筈だが?」

「かといってそれは学生のお前が魔術の存在を知っている理由にはならない筈よ」

「同じ学生でも土御門元春(つちみかどもとはる)の様な例もある。俺の様な存在が魔術を知っていても問題あるまい」

「そうかも知れないわね。で、そんなお前が何の用で私の前に現れたの。もしかして私の復讐を手伝ってくれるのかしら?」

()()。俺は一学園都市の住民としてお前を止めに来たのだよ」

()()

 

 瞬間、シェリーの周囲の地面が盛り上がり、学生に襲い掛かった。巨大な腕の様に変化した地面の塊が学生の体を打とうとして―――

 

 

 

「それでは足りんな」

 

 

 

 直後、学生の周囲から発生した多数の衝撃によって粉々に砕け散った。

 

「曲がりなりにも学園都市の大能力者(レベル4)をやっているのでね。その程度の()()では俺を仕留めることは出来んよ」

「……何?」

「知っているぞ、二〇年前の事。犠牲になったお前の『親友』に関してもな」

「お前……!!」

「その上で再度言わせてもらおう。()()()()()()()と言っている。戒めの為に学園都市に来たのだろう?亡き親友の二の舞を防ぐ為に此処まで来たのだろう?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「学園都市の門を強行突破した時は負傷者こそいたものの死者は出ていない。肝心の学園都市に侵入してからも周囲の人間を無差別に攻撃する様な真似はしていない。それはお前の目的からすれば余りにも()()のでは無いか?」

「そんなことは無い。学園都市にとって重要な存在を潰せばそれで私の目的は達成させられる。他に時間を割くのは無駄と言うものよ」

「此処は()()都市だ。街の重要な存在を潰すというのであれば、どうしてこの街にしかいない能力者を狙わない。そちらの方が目的の達成の為には近道だろう?」

 

 言葉は無かった。ただシェリーが腕を横に一閃すると、周囲の地面や建造物が混ざり合い、異形の人形をその場に造り出す。

 

「ゴーレム。周囲の七二の印はシェム・ハ・メフォラシュ、周りの建造物は全て土より生まれた物という訳か。だが―――」

 

 ゴーレムがその巨躯(きょく)で持って学生を潰しに動く。対して学生はその場から動きもせず―――

 

 

 

「それでは足りんと言っているだろう」

 

 

 

 周囲を嵐が襲った。いや、実際には嵐が起こった訳ではない。只、何百何千といった衝撃が周囲に撒き散らされ、周囲を悲惨な状態へと変貌させたのだ。

 地面はそれを舗装していたアスファルトごと吹き飛ばされ、風力発電の支柱は滅茶苦茶に折れ曲がり、街灯は潰れてひしゃげている。

 そんな衝撃によって遠くの風力発電の支柱に背中を叩きつけられたシェリー=クロムウェルが恨みと怒りの籠った視線で学生を視る。

 

「お…前ぇ……!!」

「そう、それだ。その怒りだ、その恨みだ。思わず我も忘れるようなその激情で持って学園都市を蹂躙するといい」

 

 学生はただ一言、「感情を固定」と呟いてシェリー=クロムウェルの目の前から姿を消した。後に残ったのは理性の鎖を断ち切られた猛獣のみ。

 こうして獣は世に解き放たれた。

 

   3

 

 破壊の爪痕を残し、場を去った学生―――西崎隆二(にしざきりゅうじ)は、薄暗い路地裏でその足を止める。路地裏には西崎の他にもう一つ別の足音が響き渡っていた。ザッザッと地を踏みしめる足音が徐々に西崎に近づいていき、そしてその足音の主が西崎の前方の路地裏の闇からその姿を現した。

 

「どういうつもりだ、西崎」

「何のことか理解に苦しむな、()()()

「白けやがって。今回の一件、全て貴様が仕組んだことだろう」

「仕組んだ、俺が?おいおい、冗談はよしてもらおうか」

「とぼけても無駄だ。シェリー=クロムウェルに届いた差出人不明の手紙、あれは()()()に発送された物だった。分かるか、お前とカミやん達が学園都市の外へ厄介払いされた日だ」

「ほう。それで?」

態々(わざわざ)流れの魔術師では無くシェリー=クロムウェルに手紙を送っているということは、送り主はイギリス清教の内情について知っている、もしくは調査している存在ということになる。そんな存在で学園都市にイギリス清教の魔術師を呼び込もうと思っている人物なんぞ数が限られているんだよ。極めつけにお前は先程シェリーの名前をピタリと当てて見せた訳だ」

「それで俺が犯人だと言いたい訳か。悲しいな、こう見えても俺は彼女の暴走を止めようと必死に戦った訳なんだがな…」

「抜かせ…!アレの何処が暴走を止める、だ。むしろシェリーをより凶悪な復讐鬼に仕立て上げただけだろうが……!!」

「視方が違えばそう捉えられるのかもしれんな。で、俺に何の用だ?態々世間話をする為に俺の前に姿を現した訳では無かろう?」

()(ほど)、今理解した。お前も此処のトップと同じ様に他人の生き死にという物を只の物事の過程としか捉えられないらしいな…!!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「貴様……ッ!!」

「いざという時大切な者以外を些事として扱うのは君とて同じだろう?土御門元春」

 

 空気の爆ぜる音が響く。音の出所は土御門の手にしていた自動拳銃。拳銃から発射された弾頭が真っ直ぐに西崎の体目掛けて突き進み、小さな破裂音と共に力なく地面に転がった。

 

「ふむ。事件の容疑者を見つけて直ぐに発砲とは、少し性急すぎやしないかね?」

「……ここでお前を止めなければ、今後の科学サイドと魔術サイドの激突を誘発する事件は防がれる。俺は極めて冷静に状況を分析して撃ったまでだ」

「俺を殺せば、今回の様な騒動はもう起きないと?残念ながらそうはいかんよ」

「何だと?」

(いず)れにせよ両サイドの衝突は起こっていた。今回はその時期を少々早めようとしただけに過ぎんよ」

「シェリー=クロムウェルを今回学園都市にぶつけた結果戦争が起きたとしても、貴様はそれが正しいと?」

「時期が早ければそれだけ衝突も小規模なものに収まる。戦争の準備期間が無いに等しいのでは衝突も小規模なものになり、犠牲もごく少数に収まる。事がイギリス清教と学園都市のみで収まっている間にそれを起こすべきだろう。ローマ正教やロシア成教まで加わってから衝突が起これば、自然に戦争の規模も大きなものとなる。第三次世界大戦が起きようと不自然では無い程には、な」

「……つまりお前は、大規模な両サイドの衝突を避ける為に、ここで一度『ガス抜き』を行った方が良いと言いたい訳だな」

「そうだ。その為に一人の魔術師の復讐心を煽ろうとも、大した問題ではあるまい?」

「やはりお前は、人として歪んでいるよ――」

 

 次は二発の弾丸が西崎に向かって撃たれる。一つは真っ直ぐに西崎の体を目掛けて、もう一つは地面から跳弾して西崎の脚目掛けて。だがその二発はブラフ。本当の一撃は西崎の意識が上半身と下半身の二発の弾頭に裂かれている間に打ち込む鳩尾(みぞおち)への一撃―――!

 土御門の狙い通り、西崎に飛来した二発の弾頭は狭い路地裏であることを考慮した西崎の小規模な衝撃により弾かれ、地面へと転がった。彼が視線を移せば、其処には既に懐に入り込んだ土御門の姿が存在していた。悪鬼羅刹の様な表情で西崎に拳を打ち込もうとする土御門。

 対する西崎は、少し身を(ひね)り右足を地面に叩きつける。ダンッ!という音と共に地面が衝撃に揺れ、それにより土御門が体勢を崩す。

 

(震脚……!?いや、今のは(むし)ろ奴の能力……ッ!!)

 

 自身に迫った危機的状況に高速回転する土御門の思考。

 

(この体勢から殴っても威力が足りない…!使えるのは……頭突きか!)

 

 揺れた体を利用して、逆に振り子のように勢いよく頭を前に突き出そうとし―――

 

 

 

 ()()、と。土御門の正中線に右の拳が添えられる。

 

 

 

 瞬間、ブワッッッ!!と土御門の体から滝の様に汗が出る。

 

(寸勁!?だとしたら先程の震脚も能力では無く奴自身の技術だとでも言うのか!?だが普段の奴の動作に武道を嗜んでいる節はまったく感じられなかった筈……くそっ、一体何処から奴の掌の上だった……!)

 

 必死に体を捻り西崎の一撃を逸らそうと焦る土御門を余所に、西崎が右腕に力を籠め―――衝撃が土御門の体を貫いた。

 

   4

 

 地面に倒れ呻く土御門を前に西崎が口を開く。

 

「踏み込みの際に足を潰さなかったのは痛かったな。頭に血が昇ってそこまで考えが及ばなかったか。それに今回の行動自体にも所々粗が見受けられる。そも普段のお前であれば、任意の場所に衝撃を放てる俺の能力と近・中距離の体術に軸を置いた自身の戦闘スタイルとの相性の悪さを考慮して俺との直接の対峙は避ける筈なのだがな……」

「ぐッ…が……ッ!」

「能力を己のステータスとし、高能力者程能力に依存し他を疎かにしがちな傾向にある学園都市の能力者と違って、魔術師はその手札を隠す、或いは切り札を別に用意しておくなどの奇策や隠蔽工作に長けなければならない。それ故に、結果として多芸になる傾向がある。魔術師同士の魔術戦というのは詰まる所心理戦であり情報戦であるということだ。いかに普段からブラフを張っておくか、いかに切り札を隠しておくかが勝敗を決するといっても過言では無い。土御門、お前は俺を能力者と見なして能力の放てない距離まで一気に踏み込み一撃で意識を刈り取ろうとしたようだが、生憎当てが外れたな」

「ッ…!!」

「安心しろ。お前の肉体再生(オートリバース)であれば、ものの一時間で内臓に浸透した衝撃も完治するだろう。その後にお前がどの様な行動を取ろうと俺は止めはせんよ」

 

唯一動く目で西崎を睨みつける土御門。そんな土御門に西崎は複雑な表情を浮かべ、

 

「まぁそう睨むな。俺とて(いさか)いや争いは無い方が好ましいとは思っている。だが、既に両サイドの衝突は確定してしまった出来事だ。上条当麻が禁書目録(インデックス)を救い、御使落堕し(エンゼルフォール)が発生した時点でどの道ローマ正教との衝突は避けられん。避けるとするなら、先に争いを起こして両サイドの不干渉を早急に取り付け、それを盾とする位だろう」

 

 結局貴様は戦争がしたいのかしたくないのかどっちなんだと目線で訴えかける土御門。

 

「『俺』としては親友の事を思って争いは回避したいが、『私』としては親友の願いの為に争いを起こしたくてね。まぁ、こちらもこちらで色々と複雑なのだよ」

 

 その言葉を最後に西崎はその場から姿を消した。後に残ったのは地に倒れた土御門のみ。彼は何とか呼吸を整えながらも、これから失う一時間をどう補填(ほてん)すれば戦争が回避出来るかを考えていた。

 

   5

 

 始業式と言ってもたかが午前中のみの登校、そうそう大した出来事は起きないだろうと高を括っていた上条の予想は、思わぬ形で崩されることとなった。

 土御門と西崎が新学期早々学校を休んだことを除けば、いつも通り―――と言っても上条は諸事情により記憶喪失なので此処で言ういつも通りとは上条の知っている知識に基づく想定の事を指す―――の学園生活の始まりが幕を開けると思っていた上条だが、新学期早々転入生が来るという月詠小萌(つくよみこもえ)先生の一言が発せられた時点で、ヒシヒシと厄介事の予感を感じていた。

 

「あ、とうまだ、とうまが居る。とうま、昼ご飯を作らないで家から出てったから、危うく私はお腹が減って動けなくなる所だったんだよ」

 

 ―――ビンゴ。どうやら始業式の日は学校は午前中で終わるという常識を知らない居候のインデックスさんが上条の学校に迷い込んだ為、上条は始業式への参加を投げ出してそちらの対応に追われることになった。……因みにインデックスの登場で存在が霞んでしまっていたが、本当の転入生は吸血殺し(ディープブラッド)と言う特異な体質を持ち合わせた姫神秋沙(ひめがみあいさ)だった。

 件のインデックスについては保健室にて無事(?)に合流できたものの、いつの間に知り合ったのか、ロングの茶髪にふくよかな胸部を持つ眼鏡を掛けたおっとりめの少女もインデックスと一緒に保健室に居た。話を聞くと彼女は名を風斬氷華(かざきりひょうか)と言い、姫神同様今日この高校に転入してきた転入生らしい。

 そんな風斬とインデックスと上条が保健室で会話を行っている間に始業式とホームルームは終わり、多くの生徒が下校していく時間になってしまった。話の流れで上条とインデックスと風斬が一緒に外食をすることとなり、今上条達は外食する店を求めて地下街へと(おもむ)いているのだが―――

 

 

 

『風斬氷華、彼女には気を付けて』

 

 

 

 姫神に学校で言われた言葉が脳裏をよぎり、視線を傍にいる風斬へと向ける上条。姫神曰く、風斬氷華という名前は彼女が前に属していた霧ヶ丘(きりがおか)女学院でも目にしたことがあるのだという。霧ヶ丘女学院と言えば常盤台(ときわだい)と肩を並べる能力開発分野のエキスパート校なのだが、そこでの能力の希少性のランク付けで常に上位に位置していた人物が、件の風斬氷華なのだと言う。だが風斬氷華という存在に関しては文字でしか知らず、彼女の姿を見た者は学内には一人も居なかったのだと言う。

 そして姫神曰く、風斬氷華の特異性を語る上でどうしても外せない話が一つ存在するのだという。それが、『風斬氷華と言う存在は、虚数学区・五行機関の正体を知るための鍵である』という物である。

 『虚数学区・五行機関』。学園都市最初の研究機関とされ、科学の最先端都市である学園都市の現在の技術で(もっ)てしても今尚再現不可能な架空技術を有している機関だ。その存在は誰もが知っているが、その存在を見た者は誰もいないという特異性から様々な憶測や推測が飛び交い、学園都市の運営を裏から掌握しているという噂まで存在する途轍もない施設だ。学園都市の天気予報を担っていた樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)もこの虚数学区・五行機関の技術を用いて作られた物であると言えばその凄さは伝わるだろう。

 

(って言っても本当に風斬と関係があるのか?傍から見るとただの女子校生にしか見えないんだが……)

 

 まぁ答えの出ない問題を何時までも考えるのは良くないと思い、取敢えず皆で地下街で昼食をとれそうな店を探す上条達。

 ―――彼らに迫っている魔の手の事など知らずに。

 

   6

 

「あはははははッ!どうしたの、狐ちゃん!?そんな逃げ腰じゃ直ぐに狩られるわよ!?」

「何とも乱暴な侵入者ですこと……ッ!」

 

 哄笑。嘲笑。冷笑。場を支配するのは学園都市に侵入してきた金髪褐色の異邦人の笑い。彼女が腕を振るい周囲にオイルパステルで複雑な模様を書き込む度に、周囲の地面も建造物もその全てが彼女の誠実な従僕のように彼女の敵に牙を剥き、剥きだしの敵意で持って周囲を蹂躙する。

 学園都市への侵入以降目立った行動を見せていなかった金髪褐色の女は、学園都市のとある大能力者(レベル4)と接敵し、以降理性を失った獣の様に周囲を荒らし始めたのだと言う。彼女と対峙した大能力者(レベル4)は彼女を諭そうとしたらしいが、それが結果的に彼女の逆鱗に触れてしまったらしくご覧の有様ということらしい。

 

(まったく、何処のどなたか存じ上げませんが、無駄な接触は控えていただきたかったものですわね!)

 

 そんな暴走した彼女の対処をしているのは彼女が暴走した時に最も近くを巡回していた風紀委員(ジャッジメント)の一人である白井黒子(しらいくろこ)である。彼女は侵入者が暴走を始めると同時に周囲一帯を閉鎖区域とし、一般人を退避させ、無人となった学園都市の一角で侵入者の対処を行っていた。

 大能力者(レベル4)空間転移(テレポート)を駆使して執拗に自身を追いかける大地の怪物を観察する黒子。

 

(学園都市外部の人間で能力を行使しているということは相手は原石?しかもその能力も学園都市でも見た事の無いもの……まだまだ底が知れませんわね……)

 

 大地から生まれてた巨腕が彼女を薙ぎ払おうとし、大地から生まれた口が彼女を噛み砕こうとする。襲い来る蠢く大地からの暴虐―――その全てを彼女は自身の能力で避けていく。

 

(仕方ないですわね……!)

 

 自身の太腿に巻いたホルスターから鉄の杭を抜き取り、能力を用いて転移させる。転移先は先程から狂乱している侵入者の外国人。恐らく彼女が行っている周囲へのオイルパステルでの走り書きがこの土の怪物を生み出しているのだろう。ならば彼女を抑えればこの怪物も活動を停止するかもしれない。

 ヒュガッ!と硬質な音を立てて侵入者の服を突き抜け、地面に埋まる鉄の杭。それらが経ち続けに侵入者の服の各所に現れ、侵入者は地面にその体を拘束された。

 途端に勢いを失ったように土の化身がその体を崩し、あるべき姿へと戻っていく。ただの土塊(つちくれ)と化したそれを一瞥(いちべつ)して、黒子が侵入者の女に声を掛ける。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの。これから貴女を拘束させて頂く訳ですが、理由はお分かりですよね?」

「えぇ、分かってるわ。風紀委員(ジャッジメント)がこの町の治安維持を務めていることも、貴女が学園都市内でも貴重な大能力者(レベル4)だということも……」

 

 侵入者の女は未だに笑みを崩さず、狂気に満ちた顔で白井黒子に言葉を掛ける。その光景の不気味さに顔を顰める白井黒子。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「しまっ、罠!?」

 

 

 

 彼女が振り返った時には既に大地の巨人はその剛腕を高く振り上げていた。アレが振り下ろされれば間違いなく自分は地面のシミとなり果てるだろう。

 

「逃げっ…!!」

「遅い!!」

 

 能力を使って逃げようとした彼女の足を、大地が呑み込む。それにより思考に一瞬の空白が生じる。

 そうして彼女が能力を発動するより早く破壊の拳が彼女目掛けて振り下ろされ―――

 

 

 

 一瞬の閃光によって、その巨人の腕が半ばから焼き切られた。

 

 

 

 ゴシャア!!と膨大な質量を思わせる音と共に巨人の焼き切られた腕の先が地面に落ちる。巨人が閃光の飛来した方角に体を向けようとし―――続く第二撃によってその顔を消滅させられる。

 息をつく暇も無く第三撃が巨人の残っていた腕を吹き飛ばす。

 続く第四撃が巨人の左脚を貫き、体勢を崩した巨人が地に墜ちる。

 第五撃が飛来し、残った巨人の右脚を破壊する。

 第六撃、巨人の胴体に穴を空ける。

 第七撃、焼き切られた四肢を消滅させる。

 第八撃、巨人を貫く。

 第九撃、巨人を貫く。

 第十撃、巨人を貫く。

 

「エリスが破壊された……?一体誰が……」

 

 目の前で起こった破壊の惨劇に呆然とする侵入者。静まった場にとある声が響く。

 

「黒子がどれだけ遅くても、あんたがどれだけ速くても、音速の三倍の速度は超えられなかったようね」

 

 赤熱の閃光の発射点、自身の存在を誇示する様に、乱入者は女を見据えていた。

 肩まで伸ばした茶色の髪に、名門常盤台(ときわだい)中学の制服を着こなした学園都市屈指の実力者―――『超電磁砲(レールガン)』の御坂美琴(みさかみこと)がそこに居た。

 

「まったく、何処の誰だか知らないけれど、私の知り合いに手を出そうなんて良い根性してるじゃないの……」

 

 御坂美琴が魔術師を鋭い目付きで睨みつける。学園都市の能力者の中でも七人しか存在しない超能力者(レベル5)、増してやその中でも序列第三位の彼女の怒気に()てられた魔術師は―――

 

「……く、ヒヒ、ウフフッ!!」

 

 ―――(わら)っていた。絶体絶命のこの状況で、彼女はいっそ場違いとも思えるほどの大声で嗤っていた。

 

「美しい友情よねぇ!!どれだけピンチの状況に陥っても颯爽(さっそう)と場に現れて助けてくれるっていうのはどんな気分かしら、ツインテールの小娘ェ…!?」

 

 高らかに嗤う侵入者を横目に黒子の隣に移動し彼女を守る様に前に出る美琴。そんな美琴を見て侵入者は、

 

 

 

「貴方もそう思うわよねぇ!?()()()()!!」

 

 

 

 直後、黒子と美琴の背後で巨大な土塊が組みあがり、五体満足となったその体躯でもって二人に襲い掛かる。

 大地の巨人が圧倒的な破壊でもって二人を死へと誘おうとし―――そして拳が叩きつけられた。

 何処からともなく現れた()()()()()によって叩きつけられた拳、それによって怯んだ巨大な土塊に、砂鉄の魔人の追撃が入る。

 大地の化身も必死になって砂鉄の魔人に攻撃を加えようとするが、攻撃は変幻自在な砂鉄の魔人をすり抜け、相手にダメージを負わせることすら出来ない。

 対する砂鉄の魔人は両腕を鞭の様に変形させてその腕によって巨人の四肢を切り刻む、両腕に砂鉄を集めて質量の乗った拳で叩きつける等の攻撃によって巨人を打ち負かしている。

 その様子を見た魔術師が舌打ちを一つつく。

 

「チッ。学園都市の高能力者共を纏めてブチ殺せばいい打撃になると思ったのだけれどねぇ……。流石に分が悪い、か」

「あら、私に目を付けられておいて逃げられるとでも?」

「逃げられるわよ?……例えばこんな風にね」

 

 ボゴォ!!という音と共に魔術師の周囲のアスファルトがドーム状に捲りあがり、魔術師を覆っていく。その一瞬後に一筋の閃光がドーム状になったアスファルトを破壊するが、そこにはもう魔術師の姿は影も形も無かった。

 

   7

 

 同時刻、学園都市の外にて着々と揃いつつある、とある集団の姿があった。全員が洗練されたデザインの鎧を着こなした彼らは、岸辺にて列を整え、今まさに学園都市に向けて行軍しようとしていた。

 隊長格の男が周囲に向けて声明を発する。

 

『只今、我らイギリスの魔術師が学園都市の能力者と衝突したとの報告が入った。当初の予定では()()の介入によって我ら(魔術サイド)のみの範囲で事を済ませる心算(つもり)であったが、学園都市の能力者による此度(こたび)の武力介入によって、相手方は()()()()を犯した』

 

 イギリスという国に属する者達の中でも『過激派』と呼ばれる者たちは、今回の能力者による治安維持の為の防衛を科学サイドによる魔術サイドへの武力介入と捉え、それを理由に『敵』に対する報復を為そうとしていた。

 

『よって我々は科学サイドの犯した罪の為に、それを粛正する』

 

 『粛正』という理由を元に科学サイドを侵略しようとする『過激派』。そんな彼らの前にある人物が立ち塞がった。

 

「いかんな、それはいかん。俺の計画にせよ私の計画にせよ、今ここでお前達に動いて貰っては困るというものだ。戦争をするなら『火種』の後であるし、そうで無いにしてもお前達が出てくるのはもう少し後になる予定であるしな」

『何者だ』

 

 言葉とは裏腹に各々武器を乱入者に向け、乱入者を睥睨(へいげい)する過激派。

 明確な説明など無くとも、乱入者が学園都市の人間であること位は状況を鑑みれば分かることである。

 乱入者は武装した軍隊を目にすると、まるで脅威を感じていない様子で過激派に歩み寄る。

 「この武器が見えていないのか」「我々を恐れていないのか」といった思考の錯綜する集団と距離を近づけた少年が、過激派と多少の距離を置いてその歩みを止める。

 

「折角ヒューズ=カザキリが顕現したというのに、この様な歓迎ではアレも報われまい。やはり歓迎は親しい人物との内密的なものの方が盛り上がる。そちらの方が無駄に外部の人間を巻き込んでペースを乱される必要も無い事だしな」

『聞こえなかったか?何者かと、問うている』

 

 そこで少年は、まるで初めて過激派の持っている武器に気付いたという表情で、

 

オルガ=スミルノフ(静かな光)ウゥ=ミラージュ(赤い蜃気楼)リヴィア=トレス(命の塔)アイン=アル=カウン(宇宙の目)ジャーラ=ウキンゴ(運命の岸辺)、他にも色々あるが、好きな呼び方で呼ぶと良い。尚もお前達からしてみれば、この名前もその意味も、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 メキリ、という異音。見れば人体の構造を無視する様に、その肩口から左右非対称の形も大きさも、その性質すら異なる翼が生え、尾てい骨の延長線上には存在しない筈の尻尾が伸ばされ、右腕からは竜の様な異形の(かお)がその姿を見せ、左腕は軟体生物の様にしなり、鞭の様な触手へと変貌を遂げていた。その身体を支える両脚はより鋭利に、そして巨大に膨張していく。変貌を遂げる少年の姿は、唯一元の形を留めたままの顔が逆に異常に思える程のものだった。

 その光景に、ある者は恐怖し、ある者は畏怖した。

 

 

 

『恐ろしいかね?この姿が―――】

 

 

 

 その問いに応える者は居ない。

 

 

 

《無理もない。これは只の()()だからな。こういった使い方も出来るとは言え、普段は能力をこう使うことは無いのでね〕

(だから心配は要らない。ここでどんな惨劇が起ころうと、君たちがどの様な過程を迎えようと、結末は既に定まっているし、君達が後でその過程を知覚することも無い」

 

 

 

 言うべきことは言い終えたと言わんばかりに少年の目が彼らを補足する。

 

 

 

 ―――そして、惨劇が巻き起こった。

 ―――そwhsikoて、saehmnngekskeiがmcmziwaきodjekowった。

 ―■―■whsiko■、sae■■■ksk■がmc■■aきodjekowっ■。

 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ―■―■whikte■、cxn■■■twm■こcv■■なwlmかっacx■。

 ―――しwhikteし、cxnekcもitwmfcこcvbgらなwlmかっacxた。

 ―――しかし、何も起こらなかった。

 

 その巨腕が鎧ごとその中の肉体を切り刻むことも、その竜の顎によって数多の兵の上半身が一瞬にして消失することも、その翼が分裂して鎧を易々と貫く無数の槍の様に変化することも、その両脚の生み出す爆発的な瞬発力によって場を一瞬で駆け巡ることも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 隊長格の人物は過ぎ去った時間に微塵も疑問を感じず、軍隊を指揮してイギリスへと戻っていく。

 

 

 

 ―――当初の目的など微塵も思い出せぬまま、只々敷かれたレールの上を走る列車の様に規則的に。

 

 

 

   8

 

 常盤台中学給食セット 四○,○○○円

 

 学食レストランにて銀髪碧眼シスターの所望したメニューは実に高額なものだった。どうやらこの外国人シスターには日本の高校生の毎月の小遣いや給料に関しての知識というものがインプットされていないらしい。

 上条はハァと溜息を一つつき、

 

「あのですね、インデックスさん?貴女は(わたくし)こと上条当麻がどの様な生活を送っているかご存知の筈ですよね?それとも何ですか、貴女にはそのメニューの値段の四の横にある〇の数が四つでは無く三つに見えているんですか?」

 

 やれやれと言った雰囲気を(かも)し出しながら、上条は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?何となく冗談で頼んだつもりだったのにとうまが大金を持ち出してきたんだよ!ていうかその大金は何処で手に入れたのとうま!?」

 

 驚くインデックスに向かって上条はニヒルな笑みを浮かべると、意味深に

 

()()()()だよ、インデックス」

「臨時…収入……?」

 

 言葉の意味を理解出来ていないインデックスに上条が胸を張って説明する。

 

「『大能力者(レベル4)にもなれば月々の給料の他にも別案件での仕事の依頼などがあってな。その影響で俺の口座には使われない金がかなり眠っているんだが、それでは勿体無くてな。お前が何かトラブルを解決する度に一〇万の臨時収入をやろう』っていう西崎の好意によって、今の上条さんの口座には上条さん自身も驚愕の貯金が存在しているのさ!残念だったなインデックス!!俺の驚く顔が見れなくて!!」

「?親でも無いのににしざきはとうまにお金をあげるの?じゃあとうまは所謂(いわゆる)『ひも』っていう奴なの?」

「ステイ、インデックス。お前の『ひも』に対する可笑しな認識について一度話し合おうじゃないか。それと言っておくけど上条さんは『ひも』じゃありませんから!」

 

 『ひも』は女性に働かせ、金銭を(みつ)がせる男性のことを言う。もし上条がひもであると言うなら、ひもの定義からして西崎は女性ということになってしまうし、何より上条とて日々学園都市から給料を貰っているのでひもでは無い。上条とて人並みに金は持っているのだ。只、彼の場合は度重なる不幸によってその金の消費速度が尋常ではない為、結果として貧乏に見えるという訳なのである。

 

「だから俺はひもじゃ無い!分かったか、インデックス!!」

「え、あ、うん……」

 

 上条の余りの熱弁ぶりに若干しどろもどろになっているインデックス。そんなインデックスと興奮した上条に第三者の声がかかる。

 

「あのー…私はこれが良いです」

 

 数ある学食メニューの中から、ごく一般的なメニューを指したおっとり系女子こと風斬氷華。その上条の財布事情を考慮した発言に、上条は感激する。

 

「ほら見ろインデックス。これが外食に連れて来られた人の模範的な解答だ。この謙虚な姿勢を如何してお前は習得することが出来ないのか……」

「む、とうま。私だって礼節は弁えてるつもりなんだよ」

「礼節を弁えてる人間は他人のお金で物を食べる時にそんなバカ高い値段の物なんて頼まねーの」

 

 暫くそんな和気藹々(わきあいあい)とした会話をしていると、上条達のテーブルまで三人分の食事が運ばれてきた。上条と風斬の庶民的な内容の学食とインデックスの高級料理の様な学食とのギャップが激しいテーブルとなったが、食事を終えた数十分後にはテーブルのギャップは消えていた。

 

(さて、これからどうするか…)

 

 腹ごしらえも終わり、時間もまだまだある。風斬という新たな人物とも知り合うことが出来たし、インデックスも彼女と一緒に色々な場所を巡りたいだろう。

 

取敢(とりあ)えず地下街を歩き回るか)

 

 そうして上条達は地下街を散策することにした。彼らは未だ、この場所が闘争の舞台となることを知らない。

 

   9

 

 学園都市は厳戒態勢を敷いていた。

 外来からの原石と思わしき能力者の襲来により大能力者(レベル4)が窮地に追いやられかけた事実を考慮し、学園都市内の大能力者(レベル4)を出来る限り招集し、それぞれ三人以上のグループを作り学園都市内を巡回させた。超能力者(レベル5)では協力的な姿勢を見せた第三位、第五位、第七位も単独で学園都市内を巡回している。

 既に風紀委員(ジャッジメント)に所属している白井黒子と侵入者との戦闘からある程度の時間が経過したが、その間に侵入者と接触した警戒班は四つ。内四名が軽傷を負い、三名が重傷を負っている。重傷を負ったものは即座に治療の為に病院へと運び込まれている。

 これまでの侵入者と警戒班との接触地点から学園都市は侵入者の向かう場所を予測し、該当地区の住民には避難警告を発していた。住民の避難後、該当地区は閉鎖され、そこで侵入者に対して銃撃戦が行われるという。

 そんな話を風紀委員(ジャッジメント)の能力者から聞いた上条は気になっていた事を質問する。

 

「で、要するにその該当地区ってのがこの地下街ってことで良いのか?」

「そうです。侵入者がここに潜んでいることはこちらで把握しているので、相手に気付かれないようにこうして風紀委員(ジャッジメント)が注意しに回っている訳です」

「そうか。じゃぁインデックスと風斬を連れて今直ぐここから出た方が良いか」

 

 二人を連れて地下街の入口へと向かい始める上条。少し離れた位置にある地下街の入口にはアサルトライフルらしき銃を構えた機動隊姿の警備員(アンチスキル)の姿が見える。

 その姿を見てもう直ぐここが戦場へと変貌することを脳が理解し始め、緊張感が上条の体を包み、より感覚が鋭敏になる。

 鋭くなった感覚が地下街のあらゆる情報を五感から感知し、周囲の些細な変化を見逃さないようにする。

 

 

 

『見ぃつけた』

 

 

 

 そんな上条の警戒を嘲笑う様に

 

 

 

『冷静に考えて、私が貴方達の都合に合わせる必要は無いわよねぇ?』

 

 

 

 女の声が、頭上から―――

 

 

 

『殺戮の舞踏会と行きましょうかぁ!?エリスゥ!!』

 

 

 

 ―――思考より先に体が動いた。

 地下街の天井から現われた土塊の巨人が上条達を押し潰す様に真上からその巨体を降らせる。大質量を伴って落下するその巨人に上条が疾走しながら右手で軽く触れる。

 上条の右手によって一瞬にして巨人は分解され、その体を構成していた要素が重力に従い落下していく。上条はその落下物が完全に地上に振り切る前にインデックスと風斬を抱えて落下物から逃れる様に大きく地を蹴った。背を地面に擦り付ける様にして滑った彼は、一瞬前まで彼の存在していた場所に土塊の巨人の残骸が堕ちるのを見た。

 

『チッ。あの電撃の女といいアンタといい、厄介な奴が居たものね。お陰で未だに一人も殺せていないわ』

 

 何処からか反響する苛ついた女の声が辺りに響く。先の轟音が聞こえたからか、上条達の元へと警備員(アンチスキル)が駆けつけてくる足音が響く。

 

『まぁでも、能力開発を受けてない警備員(あんた達)は別よねぇ?』

 

 次の瞬間、上条達の元に駆け付けようとしていた機動隊達が、真横から現われた巨大な腕によって薙ぎ払われた。大きく吹き飛ばされ、地下街の壁に体を強くぶつけた警備員(アンチスキル)達は、そのまま地面へと力なく倒れる。

 

『流石は学園都市製とでも言うべきかしら?エリスの一撃を受けておいてあの程度で済むなんて、随分と良い装備をしていることね』

 

 呆れたような女の声。

 

 

 

『―――だから、念には念を入れなくちゃぁねぇ?』

 

 

 

 先程上条が無力化したのとは別個体の巨人が壁から生まれ、警備員(アンチスキル)達の元へと向かっていく。

 今から全力で走っても巨人が機動隊に攻撃を加える方が早い。上条は焦った顔で警備員(アンチスキル)に呼び掛ける。

 

「おい!!巨人が来ているぞ!!早く逃げろ!!」

 

 やはりというべきか、警備員(アンチスキル)達は先程の一撃で気を失っている。

 警備員(アンチスキル)を助けることが出来ず歯嚙みする上条の横で、状況を吞み込みハッとした表情をしたインデックスが口を開く。

 

上方へ変更せよ(CFA)

 

 その一言で、振りかぶった巨人の一撃の軌道が上方へと大きく逸れ、目標に当てることの出来なかった巨人の拳は地下街の壁にめり込んだ。

 

「ッ!!」

 

 すかさず上条がダッシュで警備員(アンチスキル)の元まで駆け付け、巨人を触り無力化する。

 

『チッ。やっぱり上手くいかないわね。しょうがないわね…』

 

 気怠そうな女の声が響き、直後、地下街を大きな揺れが襲った。

 揺れにより地上と地下とを隔てる分厚い隔壁が落ち、地下街に居た全ての者が強制的に地下に幽閉された。

 

(閉じ込められた……!)

 

 怯える住民や警戒する上条達を尻目に女が嗤う。

 

『さぁ、劇を始めましょう―――誰一人生き残る事のない、カタストロフィの大悲劇をねぇ……!!』

 

   10

 

 如何(どう)してこんなことになったんだろう、と風斬氷華は思った。

 今日は初めて転校後の学校に登校し、そこで食券の販売機に悪党苦戦しているインデックスという名前の少女を見つけ、彼女と友達になることの出来た記念すべき一日だった。

 ……インデックスの探し人を探すのを手伝う為に体操服に着替えている様子をその探し人に見られはしたけれど。

 そんなインデックスとその探し人であった上条という人と自分の三人でお昼から地下街に行き、学食レストランという場所でお昼ご飯をとったり、地下街の色々な店でインデックスと一緒に色々な遊びをした心に残る日だった。

 ……また男の人に着替えを見られてしまったけれど。

 とにかく、今日と言う日は新鮮味に溢れる良い一日として彼女の記憶に残る筈だった。

 なのに、如何してこんなことになったんだろう。

 突然聞こえてきた女の人の声の後に地下街を襲った揺れにより、地上と地下を繋ぐ道は隔壁により完全に遮断されてしまい、地下に取り残された人々は混乱と恐怖に包まれている。

 

「インデックス。今のは…」

強制詠唱(スペルインターセプト)、魔力を用いなくても行使出来る魔術の一つ何だよ」

「そっちじゃなくて、敵の事だ」

「敵……あぁ、あのゴーレムの事だね」

「ゴーレム……RPGとかでよく見る土で出来た人形の事か」

「まぁそうだね。神様が土から人を作ったという逸話があるんだけど、その時の技術?製造方法?そういったものを人が真似した結果作られたのがゴーレム」

「って言う事はステイルの魔女狩りの王(イノケンティウス)と同じで術者と術式さえあればアレは壊してもまた出てくるってことか」

「そうだね。ゴーレムを幾ら壊しても術者がまたゴーレムを造り直すいたちごっこにしかならないからね」

「向こうは俺達を狙っている様子だったし、どっちにしろこの状況じゃ魔術師を倒すしか手は無いか」

 

 上条は風斬の方を向いて申し訳なさそうな顔で、

 

「悪いな、風斬。転校初日だって言うのにこんなトラブルに巻き込んじまってさ。あいつは俺が何とかするからお前はインデックスと安全な場所に避難していてくれないか?」

 

 こちらの身を案じる上条の言葉に一度大きく頷いてから、インデックスの手を握る風斬。

 と、丁度そのタイミングで上条の携帯が着信音を鳴らした。

 

「こんな時に電話……?って相手西崎じゃねーか!アイツまんまと学校サボりやがって……!!」

 

 怒りながら通話ボタンを押して電話に出る上条。

 

『もしもし、上条か?今何処に居る』

「何処も何も只今地下で強制引き籠り中ですよ…。それより西崎、お前何してるんだよ?小萌先生がお前と土御門が連絡なしに休んだってカンカンだったぞ」

『侵入者について情報収集していた。その様子からすると、かなりタイムリーな話題になりそうだな』

「侵入者ってのは、ゴーレムを使役する女の魔術師のことで良いんだよな?」

『む、既に遭遇した後だったか。であれば話が早い。相手の魔術師は名をシェリー=クロムウェルと言う。所属は()()()()()()、専門は―――』

「ちょっと待て!今イギリス清教っていったか!?アイツってイギリス清教の魔術師なのか!?だったら何でそんな奴が学園都市(ここ)に攻撃してくるんだよ、アイツもインデックスと同じ教会の人間だろ!?」

『ふむ、そうだな。お前の疑問はもっともだ、上条。態々自身と同じ教会の人間の居る場所を相手が攻撃する筈がない、ということだな?』

「あぁ」

『上条、思い出してみろ。相手は()()()()()()、即ち組織だ。俺達が奴らを一括りにしてそう呼称しているだけで、実際にはイギリス清教といっても一枚岩では無く様々な派閥が存在する。今回の敵は俗に言う『過激派』という奴だな』

「過激派……?」

『ああ。今居る魔術師の全てが科学サイドと魔術サイドの共存を願っている訳じゃあない。中には科学サイドを潰そうと積極的に活動する様な連中も居る。そういう奴らのことを『過激派』と呼ぶんだ』

「って言う事は、そのシェリーの目的は……」

 

 

 

『火種が欲しいんだろうよ。科学サイドと魔術サイド、その両者の『戦争』を誘発させる―――決定的な火種が』

 

 

 

   11

 

 生憎(あいにく)西崎との通話はその台詞を切欠にノイズ塗れになった為、これ以上彼から情報を得るのは諦める他無かった。

 通話を切った上条が二人を見る。

 

「じゃあ俺はシェリーとやらをぶっ飛ばして来るから、二人はさっき言ったように安全な場所を探して避難しておいてくれ」

 

 戦場へと赴こうとする上条にインデックスが問いかける。

 

「私も強制詠唱(スペルインターセプト)を使えるんだし、一緒に行った方がいいんじゃない?」

「いや、インデックスは風斬の護衛を頼む。もし敵がそっちを襲ってきたりしたらその時はそのスペル何ちゃらで対応してくれ」

「わかったんだよ」

 

 淡々と次の行動について話し合う上条とインデックスに風斬が恐る恐ると言った風に声を掛ける。

 

「あの…私は何をしたら……」

『何もしなくていい』

 

 上条とインデックスの二名から同時攻撃を受けた風斬はしょんぼりと項垂(うなだ)れた。

 と、そんな状況の三人組の耳にカツンと言う音が聞こえた。恐らくは誰かの靴がアスファルトを踏みしめた音だろう。音源は今上条達の居る通路の近くの曲がり角から聞こえてくる。

 すわ敵襲かと警戒していた上条の前に現れたのは、名門常盤台中学の制服を来た二人組だった。その二人組に、上条は見覚えがある。一人は学園都市に七人しかいないという超能力者(レベル5)の中でも序列第三位の電子の申し子御坂美琴(みさかみこと)、そしてもう一人は絶対能力(レベル6)進化実験の際に知り合った推定空間移動(テレポート)白井黒子(しらいくろこ)である。

 上条は美琴を見ると途端に肩の力を抜いて言葉を発する。

 

「なんだ御坂か…ビックリさせんなよ」

 

 その上条の言い方に何かしら感じるものがあったのか、美琴が上条を半目で見つめる。

 

「なんだとは何よ。っていうかアンタもこの騒動に巻き込まれた訳?」

 

 はいはい上条さんは行く先々で不幸を起こすアクション映画俳優ですよ~と間の抜けた返事を返す上条。と、そんな上条を見ていた美琴の視線が横へとずれる。

 ピタリ、と銀髪碧眼のシスターと目が合う。美琴は視線をインデックスに固定したまま上条に話しかける。

 

「アンタ、この奇天烈(きてれつ)な子と何処で知り合ったのよ?」

「奇天烈て……。そりゃ確かにこんな格好の子学園都市中どころか日本中探してもそうそう居ないと思うけどさ」

「そういうのは良いから。で、知り合いな訳?ひょっとして私の時みたいに困った時に駆け付けて助けたの?」

 

 美琴のその一言に今度はインデックスが反応した。

 

「ちょっと待って。私の時みたいにって何?もしかして貴女もとうまに助けてもらったの?」

「ちょっとインデックスさん?今は非常事態な訳ですし避難に集中しません?」

 

 あ、この流れは不味いぞと思った上条が会話の方向を修正しようとする。しかし常盤台のお嬢様はそんな上条の努力をスルーする。

 

「貴女もってことは…アンタもその口?」

「うん。一応、命の恩人ってことになるのかな?」

 

 既に爆発の確定した爆弾に無暗に近づく上条では無い。上条は取敢えず爆弾から距離をとるために風斬に話しかける。

 

「いいか、風斬。インデックスは終始あんな感じだから、お姉さん的なポジションのお前がしっかり避難させてくれ。頼むぞ」

「え、はい。それは良いんですけど」

「よし!じゃあ頼んだぞ!!」

 

 風斬の了承の返事を聞いた瞬間、上条はその場から脱兎の如く逃げ出した。

 赴く先は最前線、待ち受けるは残虐非道な魔術師である事は知っている。しかし小市民の上条としては、突然現れた連続殺人鬼(シリアルキラー)よりも、身近に潜んでいる女の子からの攻撃の方が恐ろしいのであった。

 

   12

 

 警備員(アンチスキル)。学園都市の治安維持を担う表の組織の一つである。

 能力開発に勤しむ学生の多い学園都市にしては珍しく、この組織の構成員は全員大人である。とは言っても学園都市の治安維持の為に態々軍属経験のある大人を外部から招き入れると言ったような手間のかかる事は行っていない。

 では学園都市の治安維持を担うこの組織に属する大人達は何者なのか?

 答えは簡単である。彼ら彼女らは()()なのである。

 先程も述べた様に学園都市の住民の大部分が学生である。能力開発に勤しむ彼ら彼女らは学校に通い、様々な物事を学ぶこととなる。当然そこには学生に物事を教える教師が居る。その教師こそが警備員(アンチスキル)を構成する人員なのである。

 

 

 

 ―――その教師が、日々世話になっている人たちが、そこかしこに転がっている。

 

 

 

 学園都市性の特殊スーツのお陰か幸い命を落としているものは皆無のようだが、その惨状は酷いものだった。

 通路には数多の薬莢(やっきょう)が転がり、銃撃戦の激しさを物語っており、壁や通路は所々削られている箇所や罅の入っている箇所がありゴーレムの暴れぶりを表しており、そんな通路を彩る血の赤色とツンと鼻に付く臭いが上条の五感を刺激する。

 ああ、と上条は思う。

 かつて三沢塾での潜入の折、エントランスにて死んだはずの西洋騎士の姿が頭をよぎる。その光景を、目の前の光景に重ねたのかもしれない。

 これ以上犠牲を増やすことはさせないと、上条が魔術師に対して義憤を覚える。

 その思いを抱いたまま通路を進む上条。―――その先に、彼女はいた。

 金色の髪を荒々しく伸ばし、褐色の肌を漆黒のドレスで着飾った存在。西崎曰く、シェリー=クロムウェルの名を持つ異邦の魔術師。新しく造ったゴーレムを傍に侍らせ、まるで劇の主役のような堂々とした出で立ちで彼女は上条を待ち構えていた。

 先に口を開いたのはシェリーだった。

 

「あら、釣れたのは幻想殺し(イマジンブレイカー)だけ?残念ね、もっと大人数で来てくれればその分楽しめたのに…」

「お前みたいな奴をインデックス達とみすみす対峙させるかよ」

「へぇ、そう。でも、もう一人釣れたみたいだけど?」

「何……?」

 

 シェリーの言葉と同時に地下街で小規模な揺れが連続して起こる。先程隔壁を閉じたような地下街全体を揺らす様なものでは無く、もっとふり幅の小さな揺れが徐々に上条達の元へと近づいてくる。

 

イギリス(ウチ)の国にさぁ、キツネ狩りっていうのがあるんだけど……どうやってキツネを狩ってるか分かる?」

「?」

 

 唐突に自身の国について語り始めるシェリーの質問に眉を顰める上条。

 

「細かい所をはぶいてザックリ結論から言うと、アレって()()()()()みたいなものなのよね」

「……」

 

 沈黙を貫く上条を見ながらシェリーが面白そうに笑う。

 

「あら?まだ理解できないの?じゃあもう一度言ってあげる」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 言葉の意味を理解した上条がギョッとして振り返る。上条が今し方通って来た道を、揺れから逃れる様にしてその人物が走ってくる。

 ―――風斬氷華。虚数学区・五行機関の鍵と言われる存在が。

 

「なっ!?風斬…!?」

 

 上条の思考に一瞬の空白が生まれる。その隙を、魔術師は逃さない。

 空中にオイルパステルを一閃する魔術師、その彼女の行動によってゴーレムが人工物で出来た己が右腕を振り上げる。

 

「ぶっ潰れちまいなぁ!!」

 

 魔術師の怒号と共に振り下ろされる巨腕。意識の空白によって風斬へと叩きつけられる巨腕への対処が遅れた上条、彼の必死の抵抗を嘲笑うかのように、破壊の鉄槌が一人の少女の頭を打った。

 少女の肢体が大きく跳ね飛ばされ、地面にバウンドする。そうして地面に打ち付けられた少女の姿に上条がゾッとする。

 その余りの惨状に、()()()()。彼が得体の知れない感覚を覚えたのは其処では無い。

 風斬氷華。地面に打ち付けられた彼女の顔、その()()()()()()()()。そこに、小さな三角柱が存在していた。

 その異様な光景に上条はある疑問を抱く。

 

 

 

 虚数学区・五行機関の鍵、風斬氷華とは一体何なのか?と。

 

 

 

   13

 

「虚数学区・五行機関か。アイツも何とも回りくどい名称を付けたものだ。まさかAIM拡散力場の集合体をあの様に呼称するとはな」

『それを言うのであれば魔術師全般がそうなのでは無いかね?態々カバラやヘルメス等といった呼称を用いずともただ『魔術』と一括りにしても良いと私は思うのだがね』

 

 学園都市、その何処かにて、二人の人物が向かい合っていた。

 一人は今回の騒動の火付け役を担った西崎隆二、そしてもう一人はヒューズ=カザキリの先に居る存在であるエイワス。

 

「何はともあれAIM拡散力場の集合体からヒューズ=カザキリを生産する事には成功したわけだ。後はコレを応用して守護天使様を呼び出せる寸法だが……肝心のお前が何故ここに居る?」

『おや、それを君が言うのかね?AIM拡散力場に指向性を与えれば力の集合体を造ることが可能なのだろう?ならば学園都市中からソレを集めずとも、元々大量にある所からソレを持ってきた方が早いだろう』

「守護天使様には何でもお見通しという事か……」

 

 やれやれといった感じで西崎が溜息を一つつく。

 

『人類の発生、それにより生じた未知への不安・恐怖……そういったモノがまだ世界中に渦巻いていた頃、それらを覆すモノが欲しいという願いもまた世界中に渦巻いていた。そんな願いの集積体を偶発的に受け取ったある存在が居た。その存在が自身の力に何を思ったのかは分からない。だが思考の末にその存在は人類の行く末を視守る為にそれぞれ異なる姿・形で幾度も世界を巡ってきた。その過程でその者は自分だけの現実(パーソナルリアリティ)と呼ばれている物を無数に獲得するに至った。どうかね?』

「合格とだけ言っておこうか。何処が間違っているか、何処が正しいかは自分で考えてくれ」

『傾向と対策のし難い一番嫌な合否判定だ。流石は共に『しあわせ』の道を探求した者だな』

 

 今度はエイワスがやれやれといった感じで露骨に両手を顔の横へ上げ、顔を左右に振る。

 

「それで、用件は?まさかただ喋る為だけに出てきた訳では無いだろう?」

『いや、ただ話をしに来ただけだが?』

「うせやろ?」

『いや、本当だ』

「ハァ~~~…あ ほ く さ」

『そこまで険悪にならずとも良いだろうに。聞くに我々はズッ友なる間柄なのだろう?』

「お前が何処から現代の知識を手に入れているのかは知らんが少なくともお前があの星の守護天使なのは今の一言で十分理解できる。というより遊びに興じている暇があるならドブネズミの処理でもしてくれ」

『私は学園都市内でしか顕現出来ないからイギリスに居る腐った臓物を処理する事は出来ないぞ』

「それもそうか。分かっていたがあの粗大ゴミを始末するためには態々あの黒カビを誘き寄せる必要があるのか……。うん、辞めよう」

『別に私やアレイスターがアレを始末する必要性は無いのだから、君が始末してしまえば良いだろうに』

「あんなおぞましいそんざいに、ただのこうこうせいがかなうわけないだろう」

『そうかね。ならばそういう事にしておこう』

 

 しかし、とそこでエイワスは呟いて、

 

『今学園都市に来ている魔術師は寓意画(ぐういが)のスペシャリストなのだろう?だと言うのにアレはヒューズ=カザキリの正体に全くもって気付かなかった訳か。あんなものは単なる騙し絵(トリックアート)だろうに』

「この場合はあの魔術師を責めるよりは、流石は原型制御(アーキタイプ・コントローラ)と褒めるべきだろう。そもそも科学のことを知らない人間がAIM拡散力場等と言う専門的な知識なんぞ知っている訳が無いだろうしな」

『だが魔術と科学、そう別けられていることになっている二つにはそれなりの近似があるだろう』

「マッチとライターの違いの様なものだろう。どちらも着火を目的としたものであり、どちらも摩擦熱を利用するが、仕組みを知らない者がこの二つを目にしたとして、果たして二つを同じ物として扱うことが出来ると思うか?」

『そういうものかね?』

「そういうものだろう。AIM拡散力場も魔力も個人から漏れ出たものであり、個人を特定出来る特徴を持っているが、この二つを結び付ける者は居ない。ましてや天使の力(テレズマ)の集合体で天使が構成されていることを知っている者が、どうやってAIM拡散力場の集合体によって天使が構成されるという発想に思い至ろうか?」

『成る程。それ程までに溝は深いと言う事か』

「あぁ」

『………』

「………」

『………』

「………ところで何時まで顕現してるんだよ」

『ふむ。特に考えてはいないな』

「とっとと帰れ帰れ」

『やはり少し冷たくないか?』

「気のせい気のせい」

 

   14

 

 走る、走る、走る。

 上条は蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下街の通路を駆け巡っていた。

 彼の脳裏に浮かぶのは先程の小萌先生との通話の内容。

 

 

 

 ―――風斬氷華という存在は、AIM拡散力場の集合体である。

 

 

 

(ああクソッ!だからどうしたってんだ!!アイツは今日インデックスと友達になってくれた良い奴だ!そんな奴をみすみす見殺しに出来る訳ねぇだろっ!)

 

 能力者が無意識に放出しているというAIM拡散力場。能力者ごとに微妙に特徴の異なるソレは、微弱ながら観測することが可能なものである。そんなAIM拡散力場がある一点に収束し、尚且つそれらが人間一人分のデータを持ちえたのであれば、そこには一人の人間が居ることにはならないか?詰まる所風斬氷華はその成功例なのだと言う。

 脳裏に浮かぶのは今日行動を共にした一人の少女の姿。初めて見る物に目を輝かせる彼女の姿は見ている側としても微笑ましいものがあった。

 もし彼女が今日現れた時から自分のことを人間と思っていたのであれば、初めて見るそれらに心躍らせるのも当然のことだったのだろう。言ってしまえば今日は彼女が生まれてきた誕生日の様なものなのだから。

 

(急げ、手遅れにならない内に―――!)

 

 ゴーレムの一撃を受けた彼女は自身という存在の得体の知れなさに恐怖し、逃げる様に場を去った。続いてシェリーも彼女を狩るために彼女を追跡していった。

 こうして上条が地下街を走っている間にも彼女は危機にさらされている。

 (つの)る焦燥感に身を任せ、上条は走る。

 

「泣くなよ、化け物」

 

 通路の奥からシェリーの声が聞こえる。

 その言葉に上条は一層足を速める。

 

「貴女が居ても、気持ちが悪いだけなんだし」

 

 人工物で構成された岩の巨人の腕が持ち上がる。

 巨人は振り上げた腕を少女に向かって振り下ろす。

 

 そして、

 そして、

 そして―――

 

 上条当麻の右の拳が、そんな悲劇を打ち殺す。

 

「待たせちまったな」

 

 巨人の巨躯に罅が入る。その罅が、徐々に巨人の全身へと広がっていく。

 

「だけど、もう大丈夫だ」

 

 巨人の名を叫ぶ魔術師を無視して、巨人がガラガラと崩れ落ちる。

 

「ったく、みっともねぇな」

 

 見れば少女は泣いていた。怯える子供の様に体を小さくし、小さな子供の様に涙を流していた。

 

「こんなつまんねぇ事でいちいち泣いてるんじゃねぇよ」

 

 あやす様に、励ます様に、上条が少女に声を掛ける。

 少女は、そんな彼の姿に、昇りゆく朝日のような輝きを見た。

 

   15

 

 とある高校のとある学生寮の一室、そこに二人の人物が居た。

 一人はキッチンでマグロを捌く西崎隆二、もう一人は西崎の捌いたマグロを食する守護天使エイワス。

 

「で、お前は何時になったら帰ってくれるんだ?というより人の住居に乗り込んだ挙句刺身を要求するのは天使としてどうなんだ?」

『汝の欲するところを為せ、それが汝の法とならん。私がアレイスターに授けた言葉だ。詰まる所私が良いと言えば良いのだよ』

「言った本人が自身の言葉をそんな風に曲解するのはどうなんだ……?」

 

 刺身を食べながらエイワスが声音を変える。

 

『それよりも君は地下で起こっている出来事にはこれ以上干渉しない腹積もりかね?』

「賽は投げられた、後は結果が出るのを待つだけだ。そろそろシェリー=クロムウェルも上条の拳を一発喰らっている頃だろう」

『それでは君が彼女に掛けた暗示も解けているのだろうな』

「そうだな。ある物を変えるのであれば兎も角、ある物をその状態のまま留めるのであれば、ソレは上条の右手によって破壊される。今頃彼女は自身が意味も無く憎悪の感情のみで行動していたことに疑念を抱くだろう」

『その彼女に憎悪の感情を固定させたのが君だと気づく者が居るかもしれないぞ?』

「まぁ、その時はその時だ」

 

 刺身を食べながらエイワスが嘆息する。

 

『相変わらずアレイスターと同じで詰めの甘い奴だ』

「精密さとは脆さと同義だ。細部まで詰めた計画と言うのは少しの誤差で瓦解する。ならばある程度は臨機応変に対応出来る様に、計画は大雑把にしておいた方が良いだろう」

『ほう。その割には今回の件に限らず裏で色々と動いているようじゃないか。法の書を解読したという修道女の逃走先が学園都市に向く様に協力者に彼女の逃走の行く先々で学園都市の噂を流し、しかもそんな彼女の保護を天草式十字凄教に依頼しているそうじゃないか』

「念には念をという奴だ」

『更には学園都市外部の組織に残骸(レムナント)の回収を依頼しているようじゃないか。それにローマ正教のある修道女に使徒十時(クローチェディピエトロ)とその霊装が近々学園都市近辺で使用可能なことを教えていたな。イギリスの騎士派の一部にカーテナ=オリジナルの噂を流したのもそうだ。極めつけにはロシア成教の修道女にかつて天使の器となった存在がローマ正教の最奥に狙われているという情報を流し、争いの際には学園都市側につくように交渉し、上手くこちら側に取り込んだそうじゃないか』

「……念には念をという奴だ」

『本当は君も分かっているのでは無いかね?自身の心配性な性質を』

「………まぁな」

 

 刺身を食べながらエイワスが西崎を見据える。

 

『まぁ精々アレイスターと同じ様に『しあわせ』の探求に励むと良い』

「ご声援どうも。ってちゃっかり刺身も完食してるし……」

 

 その言葉を最後にエイワスは姿を消した。後に残されたのは西崎と静かになった部屋と先程までエイワスの使っていた食器のみ。

 

「『しあわせ』、ね……」

 

 感慨深く呟く西崎。沈む夕日を眺めながら、彼は黄昏ていた。

 

   16

 

 上条の一撃によりシェリーは場を離脱し、次なる標的としてインデックスを定めた。

 風斬は自身の規格外の力を用いてそれを止める為に、上条の制止を振り切り地下の闇に溶けていった。

 上条はそんな風斬とインデックスをシェリーの魔の手から守る為に地下を駆けていた。

 シェリー=クロムウェルは場を離脱する際に地面に大穴を穿ち、地下街の下に張り巡らされている地下鉄の構内へと逃げ込んだ。シェリーを撃破するのであればこの大穴を降りるのが一番手っ取り早いのだが、生憎上条は超人的な身体能力を持ったスーパーヒーローでも無ければ薬物投与による強化を施された強化人間でも無い。それ故に大穴へ降りる為に消火ホースをロープ代わりにして地下鉄の構内へと降りた。

 ここまで来るのに些か時間を掛け過ぎたと上条は歯嚙みする。

 インデックスはゴーレムの攻撃の軌道をずらす魔術を扱えるのである程度は大丈夫だろう。それでもあの華奢な体でゴーレムの攻撃を受けてしまったらと思うと、思わず背筋をヒヤリとした汗が伝う。そんなインデックスのことも心配だが、今それ以上に心配なのが風斬の事だ。彼女は自身を人(あら)ざる存在であると決めつけ、ゴーレム(バケモノ)の相手は自分(バケモノ)がすると言い、友達であるインデックスの元へと駆けていった。

 

(けど、風斬は決して化け物なんかじゃない……!)

 

 果たして化け物は友達を作るだろうか?

 果たして化け物は楽しそうな顔をするだろうか?

 果たして化け物は悲哀による涙を流すだろうか?

 

 

 

 ―――否、化け物は決してそのようなことをしない。

 

 

 

 覚悟を胸に地下鉄を掛ける上条。構内に等間隔に建てられている柱が彼の距離感覚を麻痺させるが構わず魔術師を追う。

 と、そんな彼の横の柱が突如不自然に崩れ、彼を押しつぶそうと降ってくる。

 

「ッ!!」

 

 咄嗟の判断で柱から距離をとり、柱の崩壊をやり過ごす上条。そんな上条に女の声が届く。

 

「流石に、そんな簡単に潰れてはくれないわよね」

 

 地下街で交えた時とは打って違って幾分か冷静さを取り戻した様な声音の主が、闇の先から姿を現す。

 シェリー=クロムウェル。闇に紛れる様な褐色の肌と、それを覆う漆黒のゴシックドレス。この地表の遥か下で目立つものと言えば、彼女のその金色の髪位なものだろう。瓦礫の従者を従える女主人は、しかしその従者を連れては居なかった。

 

(ゴーレムはインデックスの方にもう向かってるってことか……!)

 

 上条の中で一層と焦りが強くなるが、敵の目前その焦りを出さない様、理性の鎖によって厳重に戒める。相手の一挙手一投足を見逃さない様、暗闇に慣れてきた目で相手を注意深く見据える。

 上条はシェリーを見据えたまま彼女の行動について考える。未だ地下と地上を繋ぐ道は隔壁にて閉ざされており、それ故に風斬も上条もシェリーの開けた大穴を通ってきた。しかし上条より先に大穴を通った風斬がここで足止めされていないという事は、シェリーは最初からここで上条の相手をする心算だったのだろう。恐らく本命はインデックス、次点でこの場で上条を殺せれば御の字、そういう考えでいるのだろう。そこで上条は西崎の言葉を思い出す。

 

『火種が欲しいんだろうよ。科学サイドと魔術サイド、その両者の『戦争』を誘発させる―――決定的な火種が』

 

 いや、科学サイドと魔術サイドの戦争を誘発する火種が欲しいのであれば、魔術サイドのシェリーが狙っているのは科学サイドに属している上条という可能性という事も有り得るかもしれない。

 グルグルと思考する上条、そんな彼の精神を乱そうとしてか、シェリーが彼に話し掛ける。

 

「所で貴方、超能力者が魔術を使うと、肉体が破壊されてしまう、という話は聞いたこと無いかしら?」

 

 聞いたも何も、上条は実際にその様子を戦場で見てきた。三沢塾でアウレオルス=イザードによって無理矢理魔術を行使させられ、皮膚の弾け飛んだ少女、海の家『わだつみ』で魔術を行使し体から流血する親友の土御門。それらの姿は今も上条の記憶の中にある。

 

「可笑しいとは思わなかったの?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 超能力者と魔術、二つの相いれない存在がどの様な作用を起こして肉体を破壊するのか、その辺りについては上条の知る所では無い。

 

()()()()()()、今から二〇年前位に」

「試…した…?」

 

 試した―――つまり二〇年前に超能力者が魔術を行使したということだろう。そしてその結果については語るまでも無い。

 

「イギリス清教と学園都市―――魔術と科学が手を繋ごうって動きがウチの一部で生まれてね。私たちは一つの施設に互いの技術を持ち込んで科学と魔術の懸け橋になる新しい術者を生み出そうとした。結果については……言わなくても分かるでしょう?」

「結果としてその施設は同じイギリス清教の者によって潰されたわ。互いの技術が相手に流れるだけでも相手に攻め込まれる口実になるからね」

 

 そこでシェリーは一旦言葉を止めた。

 

「エリスは私の友達だった」

 

 ポツリ、と彼女が呟く。

 『エリス』、それは確か、あの巨大な土人形にも名付けられた名では無かったか。

 

「エリスはその時、学園都市の一派に連れてこられた能力者の一人だった」

「私が教えた術式のせいで、あの子は血塗れになった。そんな時に施設を潰そうとやって来た『騎士』達から私を逃す為に、あの子は棍棒(メイス)で打たれて死んだの」

 

 彼女の憎悪の核心が暴かれていく。それにつれ、上条も彼女の今回の一連の騒動の動機の核心へと迫っていく。

 

「私達は住み分けるべきなのよ。互いに干渉せず、互いに悲劇を負うことの無いように」

 

 恐らくはその為の戦争。その為の火種なのだろう。

 一度争いを起こし、互いの領域を明確にすることで、不可侵の境界線を定める。

 シェリーが一体どういった心境でその覚悟を決めたのかは上条には分からない。もしここに西崎が居たのなら何時もの辛辣な口調で「だからお前は弱いのだ」等と言うのだろう。

 上条はシェリーへと一歩踏み出す。

 

「確かにお前の体験してきたことを考えれば俺達は住み分けるべきなんだろうよ」

 

 ザリ、という上条の足音が静かな構内に響く。

 

「けど、お前が昔失敗したからって今また失敗するって決めつけるのは何か違うんだろう。それを決めるのは今その場所に立っている俺達だ」

 

 一歩、また一歩と踏み出す。

 シェリーはその上条の言葉を鼻で笑う。

 

「そうやって当人達が何かやってる間にもそれを取り巻く環境は変わっていくわ!今までが良かったからってこれからもそうとは限らない!!いずれ何処かで両サイドは衝突する!!」

 

 シェリーの怒号を聞きながら上条は走る。間違った手段で自身の願いを叶えようとする悲しき魔術師の元へ。

 

「それはこっちだって言えることだ!昔の結末が今の結末と一緒とは限らない!!未来は何時だって変えられる!!俺達が努力すれば、きっと衝突なんて起こらない!!」

 

 怒りの表情を浮かべたシェリーがオイルパステルを一閃する。

 

「チィッ!綺麗ごとを…!世間のことなんてこれっぽっちも知らないガキが……!!」

 

 瞬間、広大な地下鉄の構内にシェリーの刻んだ魔法陣が光る。壁や天井に所狭しと並べられた魔法陣は見てるだけでも不安になるような不気味な光で辺りを照らしていた。

 

 

「世間知らずでも良い、それで誰かを守れる為に行動出来るって言うのなら、俺はそれでいい!」

 

 シェリーがその手に持ったオイルパステルを振るえば恐らく魔法陣の書かれた人工物は崩壊し、上条を生き埋めにするだろう。しかし上条は、まるでそんなことなど意に介さないといった様に只ひたすらに走る。

 

「このままじゃお前みたいな奴が損をするんだぞ!?真っ直ぐな感情を持った奴が、固い信念を抱いた奴が、純粋な思いの残ってる奴が、そんな奴がこのままじゃ損をするんだぞ!?互いに住み分けなければ、そういう守るべき対象がいの一番に汚い奴らに利用される!!それでも良いのか!?」

 

 シェリーの叫びは何時しか魔術師としての物では無くなっていた。恐らくは言葉を放った本人ですら気付いていないような彼女の本心が、そこには籠っていた。

 

「あぁ、そうか。ようやくわかったよ」

 

 シェリーの懐まで潜り込んだ上条がポツリと声を漏らす。

 

「お前、根は良い奴だったんだな」

 

 シェリー=クロムウェルという一人の人間、その行動の根底にあったのはこれ以上犠牲者を出したくないという純粋な願いだった。ただその願いを叶える為の手段が上条達と異なっていたというだけ。

 

(もしお前が真っ当な手段で犠牲者を出さない様頑張っていたなら……)

 

 もしかしたら自分達は敵対者としてではなく協力者として、前に立ちはだかる者ではなく横に立ち並ぶ者として出会っていたのかもしれない。そんなことを思いながら、上条は右の拳を振り抜いた。

 鈍い音が辺りに響いた。それは一つの勝敗の決した音であり、二〇年に及ぶある一人の女の妄執が殺された音だった。

 

   17

 

 一〇前、陽炎(かげろう)の街にその少女は生まれた。

 何も赤子として母親から産まれてきた訳ではない。ゲームの敵モンスターがリポップする様に唐突に、彼女はその形で生まれた。

 陽炎の街―――彼女の生まれたその街は、位置的に言えば現在の学園都市と同じ場所に存在していたが、双方はまるで別々のレイヤーの存在の様に互いに干渉することは無かった。いや、出来なかった。

 陽炎の街には彼女の他にも色々な住人が居たが、その住人達は役割に応じてその体を陽炎の様に揺らめかせては変化させていく。その様子はまるで高度な一人芝居の様に彼女には感じられた。

 何時からだっただろうか、そんな彼女が陽炎の街とは異なるもう一つの折り重なった街に興味を抱いたのは。

 もしかするとごく最近かもしれないし、ひょっとすると生まれた瞬間からだったかもしれない。とにかく、彼女はその街に()かれたのだ。

 けれど彼女は陽炎の住民、揺らめく陽炎の如き希薄さでは、色付く街には混じれない。

 そんな折、彼女にある奇跡が起こった。ほんのり小さくて、それでいて彼女にとってはとても暖かな優しい奇跡。

 その奇跡は彼女に色付く街を見せてくれ、初めての友達を作ってくれ、そして鮮やかな思い出をプレゼントしてくれた。

 こんな日がずっと続けばいいのに、思わず彼女がそう願う。

 けれど夢はいつか醒めるもの。始まりがあれば終わりもある、例え時計の針が二つ揃って真上を向かずとも。

 魔女は彼女を化け物と言った。彼女はその真実によって魔法を解かれた。

 夢から醒め涙を流す彼女を魔女から救ったのは、初めてできた友達と、その友達と仲の良い男の子だった。

 彼は彼女を励まし、彼女に勇気を与えてくれた。それは胸の内をポカポカと温かくしてくれる彼なりの魔法だった。

 

 

 

 ―――その勇気で、私は巨大な瓦礫の壁を受け止める。

 

 

 

 後ろには初めて出来た友達の姿。私が引けば彼女を危ない目に遭わせてしまう。それは嫌だ。

 彼から貰った勇気が活力を与えてくれる。こんな私でも出来ることがあるという自信を与えてくれる。

 彼女の存在が守る力を与えてくれる。こんな私でも誰かを守れるという誇りを与えてくれる。

 

「―――ぃ!!」

 

 瓦礫の巨人の力が強くなる。私ごと後ろの少女を押し潰そうとその拳に力が入る。

 負けじと私も力を入れて後ろの少女を守る。けれど力は巨人の方が上で―――。

 

「――――――ぃぃぃ!!」

 

 誰かが私の名前を呼んでいる気がする。

 こんな不甲斐ない、今にも崩れそうな私の名を。

 あぁ、友達を守れるんだったら私が消えても大丈夫かななんて考えていたけれど、あんなに必死に私を呼ぶ声を聞いてると……

 

(やっぱり、消えるのはちょっと寂しいな)

 

 

 

「風斬ぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 

 

 あんなにボロボロになって、あんなにみっともない恰好になっちゃってるのに、彼のその姿は、まるで王子様のように見えた。

 ゴドン、という重い音の後で、土の巨人がガラガラと崩れる。その様子を見て、思わずクスリと笑ってしまう。

 何だ、掛けられた魔法が解けたのは、私じゃなくてあっちだったのか、と。

 

   18

 

「大団円のハッピーエンド、両サイド共に今回の出来事を衝突の口実にする動きは無し、か。出来ればローマ正教の最奥が右手の力を存分に振るえない今の内に飽和攻撃で奴を叩きたかったのだがな。小規模衝突の結果不干渉が取り付けられれば属性の歪みに気付いているアイツは焦って手を出してくると踏んでの作戦だったが、ものの見事に失敗か」

「まぁ、私の作戦が失敗した所で、俺の作戦が成功しているんだ。これでイーブンという奴か。後はばら撒いた成長の芽を上条が上手く摘み取れる様にアイツを誘導してやるとするか」

「さて上条、これにていよいよ第三次世界大戦は避けられなくなったぞ。その時が来るまで実戦のお勉強の時間といこうじゃないか」

 




とある魔術の禁書目録(イシス)は去り、新約とある魔術の禁書目録(オシリス)も終わりを迎えた。であれば、次にくるのがなんであるか、語るまでもあるまい?



 等と言ってますが作者はまだ新約22巻を読めてません。手元にはありますが仕事の忙しさや確定申告書の作成などで忙しかったので・・・。
 なのでもし外れていたら指を指して思う存分笑ってください。
 個人的には科学と魔術のトップ同士の決着が着いた(と予想している)ので、そろそろメインの神浄の討魔あたりの話題に切り込んで欲しい所ですね。
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