黄金の魔術師   作:雑種

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工事完了です(SEKIROトロコン)
秘伝・渦雲渡り取得すっげーきつかったゾ

あっ、そうだ(唐突)今回特殊タグ多いから画面下部から夜間モードにしてから読むと良いゾ


黄金の魔術師(旧約7巻)

   序

 

 幾通りもの可能性が運河の様に広がっている。その可能性の中から幾つかの組み合わせを作り『正解』を導き出すことが出来るのであれば、人々はこぞってソレを欲するだろう。

 もし、そんな『正解』を導き出せる稀有な存在が実在したとしたら?そしてソレが、目に見えぬ様な何かと何かを繋げる懸け橋の役割をはたしているとしたら?その価値は計り知れないものになるだろう。

 

 ―――ガチリ、と。何かが噛み合ったような感覚。

 

 寸分違わず『正解』を導き出した彼女は、いつもと変わらぬ朝を迎えた。

 

   1

 

 ロンドン。イギリスの首都であるこの都市は今日も青々とした空をしていた。ともすれば天気の移り変わりの激しいこのイギリスでは午後にはこの青空も分厚い灰のヴェールに包まれてしまうかもしれないが、少なくとも今この瞬間は暖かな陽の光が地を照らしていた。

 そんなロンドンの街並みにステイル=マグヌスは居た。必要悪の教会(ネセサリウス)所属の彼は、ロンドンを行き交う雑踏の中を歩いていく。ふと、そんな彼が隣を見て声を上げる。

 

最大主教(アークビショップ)

「折角地味な衣装を選んで一般人に紛れ込んでいるのだから仰々しき名前で呼ぶべからずなのよ」

 

 ステイルの言葉に返事を返したのは彼の隣を歩く少女だ。

 簡素なベージュの修道服を身に纏い、脚まで届くほどの長い黄金の髪をある程度後頭部でまとめている。その少女は自分が市民に紛れ込むことが出来ていると思っているようだが、ステイル同様人の眼を引く様相の彼女は、この上なく目立ってしまっている。

 その女の名をローラ=スチュアートという。イギリス清教第零聖堂区必要悪の教会(ネセサリウス)最大主教(アークビショップ)、詰まる所イギリス清教という組織の”実質的な”トップが彼女なのである。イギリス清教の本当のトップは国王なのだが、長い年月の間にその立場は逆転してしまっており、今では国王は書類上のみのトップとなっている。という訳で、重ねて言うが彼女はイギリス清教の”実質的な”トップなのである。

 そんな彼女が一般市民に紛れて朝のロンドンを歩いているなんて果たして誰が予想するだろうか。……いや、冷静に考えればこの国の女王も放っておけばジャージで街を闊歩(かっぽ)しそうなので、ある程度予想する人は居るかもしれない。

 兎に角、そんな彼女は今ステイルの横を歩いている訳だが、そもそもステイルは隣を行く最大主教(アークビショップ)から聖ジョージ大聖堂にこの時間に来いという命令を受けてロンドンの街を歩き目的地に向かっているので、ステイルに来いと命令した彼女は本来大聖堂で構えているべきであってこの様にステイルと共に大聖堂までの道程(みちのり)を共に歩くべきでは無い。

 ステイルがジト目で隣の少女を見つめる。

 

「そんな風に様式と言うものを軽視した様な態度を取っていては『騎士派』と『王室派』に舐められますよ」

 

 暗に大聖堂に来いといったのだから素直に大聖堂で待っていろと言うステイル。

 

「あら、私にも帰る家位ありけるのよ。何も年中あの古めかしい聖堂の中に籠っているわけでは無きにけりよ」

 

 ステイルの言葉に、自分が何処に居ても良いじゃないと返す最大主教(アークビショップ)。その一組織のトップとは思えぬほどの威厳(いげん)のなさに、ステイルは重ねて小言を言おうとして―――

 

 

 

 ガチリ、と。自分の中で何かが噛み合う感覚を覚えた。

 

 

 

 彼の変化に気付かない少女に向かって、赤髪の神父が口を開く。

 

「へぇ、帰る家があるとは興味深いことを言うね。君の言う帰る家というのは、生命の樹(セフィロト)深淵(アビス)の事かな?このクソ悪魔」

 

 ローラが態度の急変した赤髪の神父に目を向ける。彼の出で立ちも、彼から漂う雰囲気も、何も変わっていない。

 ただ、そう。例えるならば、()()()()()()()()ような、そんな感覚を覚える。

 

「……どこの誰かは知らないけれど、如何様(いかよう)にしてその体を乗っ取ったのかしら?そしてその誰かは私に何の用がありけるのかしら?」

 

 自身の二つの蒼い目で神父を見つめ、その人物を警戒するローラ。

 神父は何時もの様に懐から煙草(たばこ)を一つ取り出すと、それを口に加えて火を付ける。

 

「エイワスは僕の存在に気付いていたんだけど、君は僕の存在には気付いていないみたいだね。まぁ、本来であれば僕の存在を知っているあちらの方が可笑しいんだけれどね。これでも結構バレずにやって来た訳だし」

 

 エイワスという単語を神父が口に出した途端、ローラの中で見知らぬ誰かへの警戒度が増す。聖守護天使であるエイワスとは、ある人物を通じて並々ならぬ因縁があるのだ。

 

「まぁ、向こうがこちらのことを知っていた理由もある程度予想は出来ているんだけどね。何せアイツはシークレットチーフ、窓口である彼女から僕に関する情報を受け取っていても可笑しくはない」

 

 見知らぬ存在の話から、相手が『黄金の夜明け』の関係者である可能性を勘繰るローラ。

 

最大主教(アークビショップ)たるこの私の質問を無視するとは、無礼なりけるのよ」

 

 自身の権威をちらつかせ、相手の挙動を(うかが)うローラ。神父はそんな彼女の様子に気付くと小首を傾げ、

 

「うん?なんで僕が君みたいな汚物の質問に答える必要があるんだい?僕はただ君への挨拶(あいさつ)に来ただけさ」

「……挨拶?」

 

 ローラの脳内に土御門から教わった挨拶の一つである「こんにちは、死ね!」という物騒な言葉(ワード)が浮かび上がり、即座に臨戦態勢をとる。

 

(向こうは明らかに私が何なのか分かってて攻撃を仕掛けてきている。……まだ正体を明かすべき時では無いが、これはそうも言ってられない状況かもしれないわね)

 

 正体の秘匿(ひとく)の為、攻撃をするのであれば一撃、それも確実に相手を屠れるだけの威力のものに限られる。一瞬の思考の後、左手を前に、右手を後ろに構える。

 

使()()()()ここで……)

 

 背に腹は変えられない。目の前の人間が自身の情報を周囲に拡散させ、万が一……いや、億が一にでも周囲が彼女を屠るための手段を保有していた場合、自分は本来の目的はおろか、さる人間と交わした契約すら履行する事無くあるべき場所へ還ることになる。

 構えをとった彼女の注目する中、その人間が口を開く。

 

()()()()()()()

「お前はッ!?」

その行く末を見守る者(custodiet100)、まさかこの名の意味を忘れた訳では無いだろう?」

「ッ!あらゆる数は等価。我が右手に―――」

「まったく騒々しい。挨拶に来ただけだと言っただろう」

 

 男が呆れた顔でローラを視る。その眼に微塵も戦意は無かった。

 

 

 

「まぁ丁度良い。手土産に一つ()()()()()()

 

 

 

 抵抗は無意味だった。次の瞬間、ローラは覆しようの無い事実を目の当たりにする。

 そこでローラは、ガチリと何かが噛み合う感覚を味わった。次いでローラは先程目にしたものに対する危機感を(つの)らせる。

 

「全体論の超能力……ですって?ある一つの事象を変える為だけにあんなことをするなんて……とても正気の沙汰とは思えない。あれじゃあ釘に掛けるゴム紐の位置を一つずらす為だけに釘も台もゴム紐も全て新調するようなものじゃない」

「一人でブツブツ呟いて如何(いかが)なされましたか、最大主教(アークビショップ)?まさか今頃になって自分が市民に紛れ込めてないことに気付いた訳じゃありませんよね?」

 

 隣から掛かった声にハッとした顔をするローラ。首をグリンと横に動かせば、先程の発言の主が怪訝(けげん)気な顔で彼女を見つめている所だった。彼は先程までのような中身別人では無く、紛れも無くステイル=マグヌスそのものだった。

 

「え、あ、いえ。そんな事はどうでもよきにけりよ。重要なことに(あら)ずなのよ。……っとそれよりも仕事!そう、確か先程まで今回の仕事の話をしていたにけりなのよね?」

「……いよいよ痴呆(ちほう)が入りましたか、最大主教(アークビショップ)。別に貴女がその位置を降りても誰も悲しみませんが、それはせめて後釜(あとがま)に立派な人物を据えてからにしてください。貴女の様な(ひね)くれた人間では無く、正しく様式を重んじ、()つ職務を真っ当にこなせる人物を」

「ちょ、ちょっと待つのよ。その言い方では私がポンコツの様に聞こえたるのよ、ステイル?え、待ってステイル。そこで『この人には何を言っても理解するだけの脳が無いのか』と言わんばかりの呆れ顔で私を見るのは何故なのかしら!?」

「さて、何故なのでしょうか?これを機に、是非ともその理由をご自分で考えていただきたいものですね」

 

 哀れみの視線を受け、居心地の悪くなったローラが話題を変えようと慌てて声を掛ける。

 

「そうそうステイル!先程も言った通り此度(こたび)の仕事の話になりけるのだけれど……」

「露骨に話題を逸らしましたね、最大主教(アークビショップ)。それはともかく、仕事の話であれば態々ここで話さずとも、大聖堂に着いてからゆっくり聞きますよ。何せここは耳が多い」

「いえ、今ここで話すことにするのよ」

 

 言葉と共にローラが懐からメモ用紙程度の大きさの紙を二枚と黒マジックを一本取り出した。

 

「きゅっきゅー♪」

 

 凡そ大組織のトップとは思えぬ程のふざけた掛け声と共に、彼女が二枚の紙に複雑な模様を描いていく。

 油性ペンが紙の上を走る音は、ステイルにとって余り好まない音の類だった。いつの間にか口に加えていた一本の煙草を吸いながら、彼はその音が止むのをひたすらに耐える。

 煙草が幾分か短くなった頃、ローラが模様を描いた二枚の紙の内、一枚をステイルに渡してきた。恐らくは通信用の護符の類であろう。

 

『あっあー。ステイル、きこえているなら返事をしてほしいことよ』

 

 その証拠に、彼の脳内に隣に居る少女の声が直接響いてくる。隣の少女を見ると、彼女は口を開かずにステイルを見て、バチリと片目でウィンクしてきた。ババくさい。

 

『ええ、きこえていますよ最大主教(アークビショップ)

 

 ステイルの言葉に気をよくしたローラが『それで仕事の話になりけるのだけれど……』と思念で語り掛ける。

 

 

 

『ステイル、貴方とて「法の書」なる書の名は知りたるわね』

 

 

 

 それは、とある男の書き上げた、(テレマ)の名を冠する書物の名前であった。

 

   2

 

 九月八日、夕暮れに染まった学園都市の街中を上条当麻(かみじょうとうま)は歩いていた。傍らには共にスーパーの特売セール(戦場)を駆け抜けた相棒である西崎隆二(にしざきりゅうじ)レジ袋(戦利品)を携えている。上条が隣に居る西崎に声を掛ける。

 

「いや~、悪いな西崎。何だかんだで毎度スーパーの特売を手伝ってもらってよ」

「気にするな。俺も好きでやってることだ」

「それにしても……」

 

 チラリと上条が空を見上げる。見上げた先には学園都市の上空を浮遊するアドバルーンの姿が有り、その側面には学園都市の最新鋭の技術で造られた超薄型画面が取り付けてあった。その画面に映った文字を見ながら上条が呟く。

 

「『備えあれば憂いなし 大覇星祭(だいはせいさい)の準備 頑張りましょう! 風紀委員(ジャッジメント)』かぁ……。気が進まないなぁ」

「まぁ、能力使用制限無しの実質何でもありの運動会みたいなものだからな。いつもこの時期になると無能力者(レベル0)は肩身が狭いとあちこちで愚痴(グチ)を聞くよ」

「そうだよなぁ…。はぁ、どうしよう」

「今からアレコレ考えてもどうしようも無いだろう。そういうのは実際に事態に直面した時に考えれば良い」

「そういうもんか?」

「そういうものだろう」

 

 上条が「ステイルが、ミーシャが、シェリーがと来たから、次はかなぁ?」と冗談交じりに呟くと、西崎が良い事を聞いたとばかりに話を振る。

 

「ほぅ。上条、お前も素人なりに四大属性について調べたのか」

「四大属性?」

 

 初耳と言わんばかりに単語を繰り返す上条に、西崎は首を傾げると、

 

「おや、違ったか?俺はてっきり度重なる魔術師の襲撃に備えてお前が魔術の勉強を始めたと思ったのだが……」

「いや、夏休みに補習するようなこの上条さんが進んで勉強する様な人に見えるんですかねぇ?」

「お前の勉強に対する姿勢は一先ずおいておこう。今重要なのは四大属性についてだ。ほら、先程と口にしていただろう?」

「?あんなもんRPGでもやってれば自然と身に着く知識だろ?そんなのが魔術にどう関わってくるんだよ」

 

 「ふむ、ここいらで一つ勉強と行こう」と西崎。そんな西崎の言葉を聞き「うげ……」と墓穴を掘ったような表情をする上条。

 

「魔術には先程言及した四つの属性が関わっている。四つの属性とは即ちだ。この四つの属性の根本的な部分の解説は今回は置いておくとして……上条、今日はお前にこの四つの属性の照応(しょうおう)について学んで貰おう」

「照応?四つの属性が何か別のものと関わりがあるってことか?」

(しか)り」

「あ、これは教師モード入ってるな」

 

 教師モードに入り威厳(いげん)のありそうな話し方に切り替わった西崎が、上条の目の前に(どこから出したのか)Playstati〇nのコントローラーを掲げる。

 

「おっと、こんな所に丁度いい物が……」

「おい、ちょっと待て。もしかして今日それずっと持ってたのか?」

 

 思わず突っ込んでしまう上条。そんな上条の様子を無視して西崎が話を再開する。

 

「さて上条。このコントローラーの×ボタンに注目して貰いたい」

「はぁ……」

 

 気の抜けた返事と共に上条がコントローラーを見る。やはりどこから見ても只のコントローラーにしか見えない。

 

「今回重要なのは『配置』と『配色』だ。所で上条、という言葉を聞いた時、各々(おのおの)にどんな色のイメージを抱く?」

「色?そうだなぁ……。赤色青色()()()()かな」

「まぁ一般的な属性のイメージはその様な感じだろう。だが、西洋の魔術的な四大属性の色は()()()()

「それってさっき言ってた『配色』の話か?」

「左様。の配色については同じだが、他の二つの配色はあちらでは異なる。あちらでは()()()()となっている。丁度、風と地が()()した状態になっている訳だな」

「はぇ~」

「このコントローラーのボタンにもそれぞれの記号に異なる配色がしてあるだろう?同じ様に西洋魔術では各属性の『配色』が重要になってくる。安直な例で言えばに関する魔術を行使する際にその魔術に使用する霊装(れいそう)の色を赤くしたりとかな」

「じゃあもし相手がこれ見よがしに魔術を使うって時に赤いものを持ってたら魔術師は『こいつは火属性の魔術を使ってくる!』とかいうのが分かったりするのか?」

「先程のは安直な例だと言っただろう?まぁ、実際に赤い霊装を使ってご丁寧に火属性の魔術を使ってくる奴も居るには居るが」

「そいつってどんな奴なんだろう?」

「少なくとも俺が知ってる奴は目付きも鋭く髭も生やした良い歳したおっさんだったぞ……と、この話は置いておいて。次は『配置』の話だ」

 

 西崎がコントローラーのボタンをそれぞれ指す。

 

「上条、上下左右でこのコントローラーのボタンの位置をそれぞれ言ってくれ」

「それなら簡単だな。が上、が右、×が下、が左だ」

「そうだ。このコントローラのボタンにはそれぞれの配置が割り振られている。それも横に一列に配置されているのではなく上下左右に割り振られている。この配置が重要だ」

「配置ってこの上下左右の配置のことか……?」

「そう、上下左右だ。東洋では東西南北だが、西洋ではそうなっている。まぁ正確には上下では無く前後なのだが」

「へぇ……。そんな配置とかも魔術に関係あるんだな」

「お前が気付いていないだけでこれまでもそういう要素を組み込んだ魔術を使った魔術師とは戦っていたがな。例えばこの前のシェリー=クロムウェルとかな」

「え、そうなのか?全然気づかなかったぞ」

「話を戻そう。このコントローラーで各々(おのおの)の記号のボタンに定まった位置が役づけられている様に、四大属性にもそれぞれ定まった位置が役づけられている。上条、そのコントローラーのボタンの色と四大属性の色はほぼ一緒だから、ボタンを属性に置き換えてもう一度配置を言ってくれないか?」

「あぁ、分かった。えぇと、まず赤色だからになって、は右に配置されているから『』だろ。んでその考えで行くと、×青色だからになって配置が下だから『』。そうするとで配置が上だから『()』。で、消去法で元素とやらに該当する色のないになるから『()』。で、どうだ?」

「前者二つに関しては正解だ。しかし後者二つに関しては位置が逆だな。まぁこのコントローラーの配色を例に出せばこうなることは分かっていたが」

「だとすると『』『』『()』『()』になるのか?」

「そうだな。後付け加えると配置は上下では無く前後である点を忘れるな。あぁ、ちなみに最初上条の言った属性の配置だが、あれはオーソドックスな四大属性の配置で言えば間違っているが、テレマ理論での四大属性の考え方の配置では正しい」

「?テレマ?四大属性とやらの考え方って一つだけじゃないのか?」

「そうだな、一つだけでは無い。時代と人、そして場所の数だけ考えが存在している。先程お前に説明したのはその数ある考えの中でも、現代で最も支持されている西洋の考え方だ」

「へぇ……。魔術ってのも案外奥が深いんだな。っと、そろそろ寮か」

「む、もうそこまで来ていたか。では今回の学習の要点を簡潔に述べようか。上条も覚える気があるなら覚えておくと良いだろう」

「覚えても肝心な場面でど忘れしそうで上条さんは不安で仕方ないです」

「では行くぞ。

属性方向

―――どうだ?」

「どうだって言われても、いまいちかな?」

「そうか。まぁそれでも記憶の片隅辺りには留めておいてくれ」

「ぜ、善処します……」

 

 夕暮れの街中を歩く二人の前に学生寮が見えてきた。さぁ今日はもう夕ご飯作ってお風呂に入って就寝だと安堵(あんど)していた上条は、そこで自身の浅はかさを思い知ることになる。

 

「あっー!か、上条当麻と西崎隆二じゃないか!!」

 

 突如響いた大声に嫌な予感を感じつつも上条が視線を上に向けると、七階のベランダに一人の少女の姿があった。

 ドラム缶型の清掃ロボットに乗りメイド服を来たその少女は、隣人の土御門元春(つちみかどもとはる)の義理の妹であり、メイド実習生の土御門舞夏(つちみかどまいか)である。

 基本的におっとりとした性格をしている彼女がここまで慌てるのは珍しく、それ故に何か重大な事が起こったのでは?と考えていた上条は、ふとそこでとある事実に気付く。

 

(あれ?アイツがいるのって俺の部屋のベランダじゃないか?)

 

 何か途轍(とてつ)もなく嫌な予感がする。具体的に言えばまたあの居候(インデックス)が問題を起こしたのではないかという予感である。

 顔を(しか)める上条に向かって、舞夏が大声で語り掛ける。

 

「た、大変だ大変だ!銀髪シスターが何者かに(さら)われちゃったのだ!!」

 

 

 

 瞬間、上条は空に向かって吠えた。

 

 

 

   3

 

 もうじきが訪れるという時間帯に、上条当麻と西崎隆二は学園都市の『外』まで来ていた。

 それと言うのもインデックスを(さら)ったという赤髪バーコード刺青(タトゥー)の指輪ゴテゴテの巨漢(きょかん)不良神父(どう考えてもアイツ)のせいである。舞夏がその不良神父から預かった封筒(犯行声明のつもりだろうか)には、今時の若者ですら行わない定規(じょうぎ)による筆跡消しを用いてこの様な文面が書かれていた。

 

『上条当麻 彼女の命が惜しくば 今夜七時に 学園都市の外にある 廃劇場『薄明座(はくめいざ)』跡地まで やって来い』

 

 幸い手紙には一人で来い等という人数指定も無かったので、現場に偶然居合わせた西崎も同行して貰っている。件の彼は如何(いか)にも面倒くさそうな顔をしていたが、そうは思いつつもこういった事件に首を突っ込んでは上条を手伝ってくれる人柄であることはこれまでの経験から知っているため、遠慮なく巻き込まさせて貰った。

 時計を見ると時刻は午後六時頃。約束の時間までは一時間の猶予があるので、指定の場所までは歩きで向かっても十分に時間的余裕がある。本音を言えば大覇星祭の準備でヘトヘトなので、目的地の近くまでは冷房の効いたバスで行きたいのだが、生憎慌ててここまで来たものなので財布を忘れてしまった。隣に居る西崎に頼めばバス代位は出してくれるかもしれないが、それはそれで何だか自分が情けなく思えるので、ここは一男子として徒歩で行くことにした。

 それでも視線は未練たっぷりにバスの停留所を見てしまう辺り、これは相当疲労が溜まってるなと思う上条。そんな上条は自身の視線の先に、普段の生活では見慣れない服装の人物が居ることに気付く。

 

(あれ?シスターさんが居るんだが……っていうかシスターでもバス使ったりするんだな)

 

 夏の猛暑の中でも黒一点の衣装を身に(まと)ったそのシルエットは、例え辺りが暗くなってきていようがこの場所では目立つ。そんな彼女はバスの時刻表の付いた看板を眺めている。見る限り外国人の様なので、もしかしたらバスを利用したいが時刻表が読めないのかもしれない。

 「時間もまだまだ余裕があるし」と呟いた上条は、親切心から彼女に声を掛けた。

 

「あの~、こんな所で何をなさってるんで?あ、もしかして時刻表の読み方が分からないとか?」

 

 言ってから上条は「しまった。相手は外国人だからそもそも日本語通じないかも」と小声で漏らし、気まずそうな顔になった。

 

(って言うより今の言動って客観的に見ると只のナンパじゃありませんこと!?こっちは親切心から声を掛けたのにまさかまさかのセクハラ案件に該当しちゃったりしちゃいますぅー?!)

 

 世知辛い現実に気分を落とす上条。(はた)から見ると『見知らぬ女性に声を掛けた後、急に落ち込む男子学生』という奇妙な言動をとっているが、幸いにも本人はそれに気づいていない。

 と、そこで上条に話し掛けられたシスターは上条の質問の意味を自身の中で噛み砕いて理解したのか「あ!」と声を挙げ、

 

「丁度良かったのでございます。其処(そこ)の方、恐れ入りますが学園都市に向かうにはこのバスに乗ればよろしいのでしょうか?」

「…………ん?」

 

 今、上条がシスターに掛けた質問とシスターが上条に聞いた質問の間の会話がすっ飛んだ気がする。具体的に言うと上条の質問への回答をすっ飛ばしていきなりシスターが質問を投げかけてきた気がする。

 「俺、(ほう)けててこの人の言葉聞き忘れてた?」と目線で隣の親友に問えば、「聞き忘れてない」という目線が隣から帰ってくる。

 「あ、やっぱり?」と思った上条。目の前のシスターに関して、彼の胸の内に言いようの無い不安が(にじ)み出てくる。

 

 

 

 ―――即ち、目の前のシスターはまともな会話が成立するような人物では無いのではなかろうか?という不安である。

 

 

 

 「あー」だの「うー」だのと呟きつつ目の前の人物に掛ける言葉を慎重に選ぼうとする上条。

 『学園都市は外部との交通の手段を断っているのでバスでは行けない』という事実をどう伝えれば相手に誤謬(ごびゅう)なく真実を伝えられるかを模索する上条。

 

 

 

 ―――そんな上条の前で、目の前のシスターはバスのタラップに足を掛け、学園都市とは真逆の方向へ走る予定のバスに軽やかな足取りで入っていった。

 

 

 

「って待て待て待てーーー!!」

 

 危うく目的地とは真逆の方向に進もうとしていたシスターの手を掴んで停留所に彼女を連れ戻す上条。(くだん)の彼女はおっとりとした顔で上条を見つめている。

 その顔を見て上条は確信した。

 

(あ、さてはコイツ天然だな?)

 

 会話の内容を飛ばす手法といい、人の話を最後まで聞かずに行動する傲岸不遜(ごうがんふそん)さといい、間違いなく彼女はいい意味でも悪い意味でも大物なのだろう。

 

「あのな。学園都市は外部との交通機関を切断しちまってるから、バスに乗ったとしても飛行機を使ったとしても辿り着けないの。辿り着く為には学園都市から発行される許可証でも持って徒歩でゲートまで行くしかないの。無駄だと思うけど一応聞いとくぞ……OK?」

「?えぇ、分かりましたよ」

「はい(ダウト)ーーー!!今の反応で一体何が分かったのか上条さんには理解出来ませんねぇ!取敢(とりあ)えずそういう言葉は先ずバスに乗ろうと踏み出している足を地面に付けてから言おうか!!」

 

 上条によってバスへの乗車を阻止されたシスターは、そこで顔色(ほが)らかに、

 

「あ!もしかしてイライラなさってないですか?よろしければ飴玉(あめだま)でも差し出しましょうか?」

「何が原因でイライラしてるのかまで考えてくれませんかねぇ!?」

 

 そうは言いつつ差し出された飴玉を()める上条。瞬間、上条が苦悶(くもん)の声をあげる。

 

「すっぱ!?これ酢昆布(すこんぶ)味じゃねーか!!よくこんな味の飴普段から持ち歩いてたな逆に感心するわ!?」

「?はぁ、お褒め頂きありがとうございます」

「褒めてんじゃねーんだよ察しろよ!?」

「そんなに大声をあげて(のど)が渇いておられるのでは?お茶もありますよ?」

「話が通じねぇ!ていうか飴の二の舞になりそうだからお茶もいらねぇよ!?」

「残念です。そうめんと組み合わせると良いと評判なのですが……」

「お茶ですら無い?!アンタ色が似てるからってその液体をお茶だなんて呼ぶんじゃねぇ!!」

 

 恐らく色合いが麦茶と似ているから水筒に入れたのであろうその液体を飲むのを阻止しようとする上条。

 そうして二人のコントが落ち着いた頃に横から西崎がシスターに声を掛ける。

 

「それにしてもお前は何故そこまで学園都市に行きたいんだ?シスターならば行先(いきさき)は学園都市ではなく教会だろうに」

 

 そう言えばそうだと上条も西崎の質問に心の中で同意した。

 上条の部屋にもシスターが一人居候(いそうろう)しているとはいえ、あちらは訳アリ案件なのだ。普通のシスターなら科学の総本山である学園都市は本来避けるべき場所だろう。

 そんな二人の学生の雰囲気を感じ取ったのか、マイペースシスターはほんわかとした顔で口を開き、こう言った。

 

 

 

「実は私、追われているのでございます」

 

 

 

 ……既視感(デジャヴュ)、と言うのだろうか。()()上条にとっては全く聞いたことの無い台詞(せりふ)だったのだが、どこか懐かしさと厄介さを秘めた感情が胸の内に()き上がる。

 

「えっと……。もしかしてアンタを追ってるのって『魔術師』とかいう奴らじゃないか?」

 

 上条の言葉にシスターは意外そうな顔をして「おや、魔術のことを知っておられるのですね」と言う。そのシスターの反応を見て西崎が何かに気付いた様に小声で「まさか……」と呟く。

 

「どうした、西崎?何かこの状況に関して知ってることでもあるのか?」

「確証は無い。確証はないが……それもあのシスター次第といった所か」

「?」

「そこのシスター。お前の名前と所属している教会を聞いてもいいか?」

 

 西崎の問いかけにシスターは「あら?私、自己紹介していませんでしたか」と呑気(のんき)に言う。(ちな)みに上条の記憶が正しければ目の前の彼女は一言も自己紹介を行っていない。

 

「どうやら申し遅れてしまったようですね。私、ローマ正教所属のオルソラ=アクィナスと申します」

 

 目の前のシスター(オルソラと言うらしい)の自己紹介を聞いた西崎が「やっぱり」と言いたげな顔をする。この顔は恐らく想定していなかった事態に遭遇した時の顔だろう。上条もよく同じ顔をすることがあるのでよく気持ちは理解出来る。

 

 

 

『汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん』

 

 

 

 唐突に西崎がオルソラに向かって上条の知らない言葉を紡ぐ。

 

 

 

『愛こそ法なり、意志下の愛こそが』

 

 

 

 その西崎の言葉に呼応する様にオルソラも言葉を返す。上条には意味の分からない単語の羅列だったが、どうやら先程の言葉の掛け合いは、二人の間では何らかの共通の意味を持つ言葉のようだった。

 何らかの確認をオルソラととった西崎が上条の方を向き、言葉を発する。

 

「喜べ上条、厄介事だぞ」

 

 今日一日だけで二件も厄介事を抱え込むはめになった上条は、その言葉に対して大きな溜息(ためいき)で返事を返した。

 

   4

 

 薄暗い廃劇場、既に上映される演目もそれを見に来る観客も途絶えた其処に、上条は()()足を踏み入れる。

 ジャリ、という音が辺りに反響し、廃劇場の中に集まっていた人々の耳にその音が入る。来訪者の存在を察知した一人が、劇場の入口の方を向き、そこに存在する上条の存在を見ゆる。彼は、口に加えた煙草から漂う紫煙(しえん)をくゆらせながら、上条の来訪を歓迎した。

 

「おや、随分と早く来たものだね、上条当麻。僕の見立てだと時間ぎりぎりに走りながら駆け込んでくる筈だったんだけど」

「幾ら上条さんでも毎度毎度何かある度に走ってませんっての。ていうかステイル、お前今時あんな脅迫文書いてくるとか時代の波に乗り遅れすぎてんだろ」

「おや、すまないね。何せ僕の専門は火のルーンだからね。時代の波なんて水を思わせるようなものには弱いのさ」

 

 「お前の得意分野なんて聞いてねえよ」と憎まれ口を叩く上条は、赤髪の神父の近くに見慣れた白地に金の刺繍(ししゅう)の入った修道服姿の少女を発見し、

 

「所でインデックス、何か悪さしなかったか?」

「とうま!?今のは幾ら何でも(さら)われた女の子に対する言葉じゃないかも!!」

「よし、インデックスは大事なし、と」

「なんだか私の扱いが雑じゃないかな、とうま!?」

 

 ギャーギャーと騒ぐ居候をスルーする上条。

 

「で、そちらさんは?」

 

 次に彼が声を掛けたのはステイルともインデックスとも違うシスターの少女。オルソラと同じく黒い修道服に身を包んだ彼女は、上条にとって初見の相手だった。

 

「ああ、君は知らないんだったね。彼女はローマ正教のシスターだよ。名をアニェーゼ=サンクティスと言うらしい」

「そういう訳です。ご紹介に預かりました、アニェーゼ=サンクティスと申します。よろしくお願いしやがります」

「……どうしよう。この日本語の使い方に突っ込みたくて仕方ない」

「生粋の日本人である君からすればそうかもしれないね。でもこの場ではグッとこらえて貰えるとありがたいかな?君としてもいきなり外国語で会話が始まっても困るだろう?」

 

 胸の内にもやもやとした感情を抱えながら渋々(しぶしぶ)と頷く上条。気持ちを切り替え上条がステイルに「で、どうして俺は呼ばれたの?」と質問する。

 

「あぁ、そうだったね。状況説明がまだだった。僕も詳しい話は知らないからざっくりとした説明になるけど、それでも良ければ話そうか。あぁ、そんな心配そうな顔をしなくてもいい。僕の知らない詳しい話については、そこの彼女(アニェーゼ=サンクティス)が語ってくれるからさ」

 

 「さて、とは言っても何処からはなしたものか」とステイルが呟き、上条に向かってとある問いを投げかける。

 

 

 

「まぁまず能力者の君は知らないだろうけど、一応聞いておくよ。君、『法の書』って言葉を知ってるかな?」

 

 

 

 それは、とある少女の解き明かした、(アガペー)の数価を冠する書物の名前であった。

 

   5

 

 …一コール…二コール…三コール…。無機質な携帯電話から鳴り響く着信音に、土御門元春は目を細め、電話をとった。電波の向こう側から自分に語り掛けてくるのは先日ちょっとひと悶着(もんちゃく)あった相手からだった。

 

『土御門か、騎士団は既に神裂(かんざき)に制圧されているか?』

「どうしてお前がそれを聞く?」

『?おいおい、もしかしてお前、先の事を根に持っているのか?これまでだって立場上何度も対立することもあったし、逆に協力したこともあっただろう』

「それとこれとは話が別だろう。学園都市や魔術結社の機関の問題と、それをも含めた大規模な勢力間の問題とは訳が違う。結果的にあの時は俺が間に合ったから良かったものの、一歩間違えれば今頃この辺りは戦火の中だ」

『訳が違う?何を言う。()()()()()()()()()()()。根本を突き詰めればどちらも『思想の違いとその衝突』に行き当たる。違うのは規模(スケール)だけだろう?今のお前の言い分は大きなパズルを解けない子供が小さなパズルを欲するソレと同等だぞ』

「勢力間での争いがどれ程広い範囲で起きるのか分かってるのか!?仮に争いが起きたとして、一体誰がそれを止められるっていうんだ!!お前か?!」

『いいや。もしそうなった場合争いを止めるのは、()()()()()()()()()()()()()()。私が止めても()()()()()

「意味が無いだと……?お前は争いを止めれるだけの力を持っていながらその義務を放棄するのか!!」

『……義務だと?笑わせるな

「ッ…!!」

『そうやって問題を解決できる個人に頼るのは理解できる。人は皆一番楽な方法を模索したがるものだからな。だが土御門、その思想の結果()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『そうやって誰かに頼り続けた結果、何が生まれると思う?……答えは簡単だ、『悪意』だよ』

『この程度の問題ならアイツがやってくれる、この問題はアイツにしか解決できない、そういった思想は義務を負った人間が一度失敗すれば呪詛として牙を剥く。どうしてこの程度の問題をアイツは解決できなかったんだ、アイツしかこの問題を解決出来る奴は居ないのにどうして肝心のアイツがこの問題を解決できないんだ、とな』

『土御門、()()()()()()()()()()()()()()、何かを一人で抱え込もうとするな。逆に何かを一人に抱え込まそうとするな』

 

 

 

『世界という重圧は、只一人の双肩(そうけん)に託すには余りにも荷が重過ぎる』

 

 

 

『故に、問題を解決する為に用いるのは個人の能力であってはならない。その問題に直面した全ての者達の『繋がる力』であるべきなのだよ』

「…………」

『さて、無駄話が過ぎたので単刀直入に言おう。土御門、今そこで伸びている騎士団たちを出来る限り(あお)ってくれ』

「それは何故だ?」

『ビジネスの一環だよ。ではな土御門、君の依頼人の一人として、君の報告を心待ちにしているよ』

 

 ブツリ、という音と共に電話が切れる。ツーツーと意味の無い音を繰り返す携帯電話の画面を、土御門は神妙な顔で眺めていた。

 …恐らく、西崎は遠回しに気を遣ってくれたのだろう。負担は背負う物では無く、分かち合う物だと。そしてその為に周囲を頼れと彼は言っていたのだ。

 ……ただそうは言いつつも仕事の依頼を自分にしてくるのだから、全くもって(たち)の悪い人間である。

 暫くそうしていた土御門だが、口から大量の溜息を吐き出すのと同時に携帯電話を懐にしまい込み、その顔に笑みを浮かばせる。

 

「さ~て、仕事の時間だニャ~。あれでも一応依頼人のことだし、久し振りに西やんからの仕事をこなすとしますか~」

 

 「あ、でも依頼料は少し高く頂こうかニャ~」と陽気に呟く土御門。彼は今日も、夜の闇に紛れていった。

 

   6

 

 『法の書』、というのは突き詰めればこの世に数多存在する魔導書の一つに過ぎない―――が、そんな数多の魔導書の中でもこの書物は取り分け扱いが難しく、またそれ故に魔術世界では重要視されている。端的に言えば魔術世界で『法の書』は誰もがその名を知っている様な人気の魔導書と言う事だな。

 さて、この『法の書』が何故それ程までの注目を浴びたのかだが……この『法の書』を執筆した人物と言うのが魔術世界ではかなりの有名人だったのだよ。

 ソイツの名をアレイスター=クロウリーと言う。数ある魔術結社の中でも取り分け注目されていた『黄金の夜明け』という魔術結社に属しており、とある事情でその魔術結社を去った後は『銀の星』という魔術結社を築き上げる程の手腕を持った男だ。

 先程このアレイスターが魔術世界ではかなりの有名人であると語ったが、彼が有名になったのには複数の理由がある。それらを一つ一つ語っていくと時間が無いので手短に言えば、彼は物凄く破天荒な男だったのだよ。魔術師でありながら科学の研究をしたり、猫に複数の魂があるという話を確かめる為に猫を殺したりとな。

 良い行動のみが人目を()く訳ではない。彼の破天荒な一面は直ぐに記者に取り上げられ、食人鬼だの悪魔だのと(けな)されたものだよ。確かに彼は近代西洋魔術にとって革命的なものを発明したが、彼が注目されているのはその悪評が主な要因だ。

 さて、そんな彼が執筆した書というのは世間からも大変興味を持たれた。そしてその内容に世間は度肝を抜かれた。何せその書の内容は彼が『エイワス』なる聖守護天使とやらから授かった言葉を書き記した物だと言うのだからね。通常ならば、『天使が自分に向かって放った言葉を本に纏めました』等という本の内容は一笑に付され、その本を執筆した者は世間からインチキの烙印(らくいん)とバッシングを浴びせられるだろう。だが、『法の書』ではそうはならなかった。何せ執筆者は仮にも近代西洋魔術に革命をもたらした男だ。もしかしたら本当に聖守護天使と交信し、授かった言葉を書に記したのかもしれないと、そう思う者が続出したのだよ。

 何?状況が分かり難い?……そうだな、上条。お前はもし世界中の誰しもが認める『世界一の占い師』が『神と対話した』という内容の本を出版したとして、それを空想だと切り捨てられるか?曲がりも何もその本を出したのは世界が認めるその道の第一人者だというのにだ。そうだろう、切り捨てられないだろう?

 同じような事が()()()()()()にも起こったのだ。そしてそれは世界中の人々を恐怖に陥れ、一種の社会現象にもなった。流石に言わずとも分かるようだな……そう、ノストラダムスの大予言だ。

 『世界の破滅』等と一見馬鹿馬鹿しく思える様な予言でも、その予言を放った人物によって世界に与える影響力は違ってくる。

 『法の書』も同じことだ。『超常の存在の声を聞いた』という一見有り得無さそうな事も、それを世に送り出した人物の影響によって有り得る可能性として認識された。

 そしてその書の内容を『正しいもの』として見たとき、魔術世界は再び震撼(しんかん)した。そしてこの震撼された内容こそが、『法の書』が重要な書物とされていることの理由の一つだ。

 

 

 

『『鷹』の頭を持つこの私は、十字架にぶら下がっているイエスの眼を(ついば)むのだ』

 

 

 

 この文を先頭に『法の書』では十字教にとって神聖な存在である聖人を冒涜(ぼうとく)する様な文章が書かれているが、これらの文章の意味する物が曲者だった。

 その意味する者とは二つ。一つは『十字教による一強体制の終焉』、そしてもう一つは『新時代の幕開け』だ。ローマ正教だけでも二〇億を超える信徒を持つ十字教、その一強体制の終焉は彼らにとって凄まじい衝撃であった。そして新時代の幕開けを象徴するかの様に、ここ数十年で世界に新たな勢力が台頭して来た。そう、俺やお前が住んでいる『学園都市』を中心とする『科学サイド』の登場だ。

 普通に読むだけでもそんな事が書いてあることが分かるのだから、当然この魔導書を魔術的に解読出来れば手に入る力は凄まじい物になるのではないかと魔術サイドは考えた訳だ。そしてそんな魔術サイドの試みによって魔術世界は再び震撼することになる。

 

 

 

 ()()()()()()()()のだ。どんなに知識を持った者ですら、どんなに魔導書の解読に()けた者ですら。

 

 

 

 そうして『法の書』は取り分け扱いが難しく、魔術世界では重要視される魔導書となった訳だ。魔導書としては本物だろう事は分かる、だがその魔導書を解読出来ないのであれば意味が無い……そういった事情からな。

 そうだ上条、この『法の書』は誰にも解読できなかったのだ、()()()()()()()()()()()()()()、な……。

 

 

 

()()()()()()()()()()、それが今回僕達が追っている人物だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ」

 

 ステイルの言葉を聞きながら、上条は薄明座に来る前に西崎の語ってくれた話を思い出していた。そんな上条の様子を見たステイルが(いぶか)しげに上条を見る。

 

「君、本当に話に着いて来れているのかい?さっきから気分が上の空の様だけれど……」

「大丈夫大丈夫。で、結局俺はそのオルソラっていう人を探せばいいんだっけ?」

「あぁ。件のオルソラはローマ正教所属でね。その伝手でアニェーゼ達ローマ正教のシスター達もオルソラの捜索を行っている」

「俺が呼ばれたって事はまだオルソラは見つかってないってことで良いのか?」

「そうだね。()()()()()()()()で彼女が今何処に居るのかよくわからなくてね。万が一学園都市に避難した時の為に学園都市に住んでいる君を呼んだってわけさ」

「ちょっとした事情…?」

「あぁ。君、天草式十字凄教(せいきょう)って知ってるかい?神裂の所属していた組織なんだが……」

「なんかどっかで聞いたような聞いてないような……」

「その天草式十字凄教が彼女と法の書の原典を奪っていった様でね。ソレを取り返しにローマ正教が天草式を襲撃したり、取り返した側から天草式に奪われたりといった(いたち)ごっこが今おこってるんだよ。件のオルソラもそのいざこざに紛れて行方不明だし、こちらの増援の騎士団も何故かやってこないし……はぁ、面倒なことになったもんだね」

 

 嘆息(たんそく)するステイルを尻目に上条がアニェーゼに問いかける。

 

「えっと……ローマ正教が天草式と最後に激突した場所の近くにはオルソラはいなかったんだよな?」

「そうですね。こちらも二五〇人体制で捜索してはいるんですが……オルソラの足取りはこれっぽっちも掴めていない状況でいやがります」

「なら交通機関は調べたのか?オルソラが乗り物に乗って移動する可能性もあるんじゃ無いか?」

「そちらも調べてはいるんですが……今の時間帯、学園都市付近に向かう乗り物には乗っていやがりませんでしたね」

(そりゃ乗ってないだろうよ。だってあの天然修道女、逆に学園都市から離れるバスに乗ろうとしてたんだし)

 

 内心で愚痴(グチ)りながらも上条がその場の面々を見る。

 

「所でオルソラを見つけたら皆どうするんだ?その辺りの事は何か言われてないのか?それとも現場の判断?」

 

 その上条の言葉にステイルが「そう言えば…」と懐から十字架(ロザリオ)を取り出す。

 

「ウチのお偉いさんからオルソラに会ったら渡して欲しいと言ってこんなものを渡されたよ。でもそれ以外だと僕は特に何も言われてないかな」

「ウチはオルソラを取り返したら上の判断を仰ぐ形になるでしょうね。法の書を解読出来た人物の取り扱いなんて、下っ端の私達が決められるような案件じゃないんで」

 

 二人の言葉に上条は少し考えて、

 

「ステイル、その十字架を俺に渡してくれないか?オルソラっていうシスターは学園都市内に居る可能性もあるんだろ?もし俺が見つけたら俺から渡しとくよ」

「分かった。正直、僕もどうしてこんな物を渡されたのかよく分からないから扱いに困ってたんだ。ただ、僕達が先にオルソラを見つけた場合は連絡するからそれを返して欲しい。こんな物を渡すだけでも、一応上からの任務の訳だしね」

「よし、決まりだな」

 

 上条がステイルから十字架を受け取り、それを懐にしまう。

 

「それじゃ、俺はこれから学園都市への帰り道にオルソラが居ないかを散策してみるよ」

 

 そう言って上条が廃劇場から走って去っていく。

 その様子をステイルは煙草を吸いながら眺め、ふと隣を見て溜息をついた。

 

「はぁ……。あの馬鹿、人質を置いて自分だけ帰っても意味無いだろうに」

「あっ!?本当なんだよ!?」

 

 場の空気に流されていたインデックスが驚愕の声を上げ、遅れて廃劇場から走って飛び出していった。

 

インデックス(あの子)、あんなに焦って飛び出して……今頃迷子になってなければいいけど)

 

 今し方飛び出していった白い修道服の少女の身を案じつつ、ステイルはアニェーゼに向かい合う。

 

「……さて、僕らはどう動こうか?」

 

 こうして、長い夜が始まった。

 

   7

 

「で、その十字架が事情説明の際の成果という訳か」

「あぁ」

「じゃあその十字架を上条、お前の手でアクィナスに掛けてやってくれないか?」

「?分かった」

 

 廃劇場から離れた学園都市の門の近くに上条と西崎とオルソラは居た。

 取敢えず廃劇場で受けた説明とそこで貰った十字架について話すと、西崎は上条に貰った十字架をオルソラに掛ける様に言った。

 その言葉の意味は上条には分からなかったが、恐らく何かしらの考えがあっての発言だろうということは上条にも分かったので、上条は言われた通りに十字架をオルソラの首に掛けた。その様子を見て西崎が深く頷く。どうやら先の行為は、彼の中で何かしらの納得を促す行為だったらしい。

 

「所で上条、お前はインデックスという人質を返してもらいに廃劇場に赴いた筈だと俺は思っていたんだが……俺の記憶違いか?」

「え、インデックス?ってアレ!?そうだ、インデックスを連れてきてねぇ!!」

 

 致命的な間違いに気付いた上条が慌てるが、その上条をなだめる様に西崎が「上条、後ろを見てみろ」と言う。

 西崎の言葉に従って上条が後ろを振り返ると、何やら白い修道服を来た少女が遠方から必死に走ってくる様子が目に入った。

 

「どうやら追いかけてきたようだぞ」

 

 その西崎の言葉に上条はホッとする。そんな上条達の前に白い修道服の少女が息を切らしながら到着した。

 

「ゼェ…ゼェ…。とうま、私を放って家に帰ろうとするなんて余りにもひどいんだよ……」

「すまん、インデックス!影が薄くて忘れてた!!」

「上条、お前……」

 

 息も絶え絶えといった状態のインデックスに謝罪する上条。その上条の言い分に呆れた顔をする西崎。

 暫くし、頭に真新しい歯形を作った上条が「そう言えば…」と話を切り出す。

 

「結局オルソラはここに居るんだけど、さっきはどうしてオルソラを薄明座に連れていかなかったんだ?連れて行ってたら今回の話は直ぐに解決してたんじゃなかったのか?」

「え、オルソラ!?もしかして其処に居るのがあの……?」

「そうでーす。彼女が間違えて学園都市から離れるバスに乗り込もうとしていたオルソラさんでーす」

 

 上条がオルソラの名を出したことでインデックスが驚愕の眼差しでオルソラを見る。上条はそんなインデックスの言葉を投げやりに肯定した。

 

「そうだな。確かにアクィナスをローマ正教に渡せば今回の件は終わりになるだろうな。()()()()、な」

「あぁ。天草式十字凄教ってのに追われてるから引き渡しても直ぐに奪われるかもってことか?」

「確かにそれもある。いや、それがあるからこそ今回は慎重に動いているというべきか」

「どういうことだ?」

 

 西崎の言葉に首を傾げる上条。

 

「天草式十字凄教というのは地の利を活かして活動する連中だ。人数だって今回アクィナス救出に来たローマ正教二五〇人に比べれば少ないだろう。そんな奴らが()()()()()()()()()()()アクィナスを攫おうとする動機が分からなくてな」

「ただ単に解読した法の書の力が欲しいだけなんじゃ無いかな?クロウリーの魔導書の中でもアレは破格の物だし」

「いや、だとしても普通は一度失敗すれば引く筈だ。魔導書を紐解き莫大な力を手に入れようにも肝心の組織が壊滅していては元も子もないからな。だから普通は組織の面々のことを考慮してむやみやたらな行動は行わない筈だ」

「確かに。如何に隠密に長けた天草式十字凄教と言ってもそこまで意固地になってアクィナスを攫うののは可笑しく思えてきたんだよ」

「―――可能性としては二つ」

 

 西崎が二本の指を挙げて場の面々を見る。

 

「一つは誰かからアクィナスを攫う様に依頼を受けている場合だ。この場合は天草式十字凄教の組織としての信用が掛かっているから意固地になっているということで説明が付く。ただ肝心の依頼人の意図が不明になってはしまうがな」

「もう一つはアクィナスがローマ正教に居てはならないなんらかの理由がある場合だ。こちらについては憶測の域を出ないものなので、これ以上は何とも言えない」

 

 そこで言葉を切った西崎が懐から何やらボールの様な物体を取り出す。

 

「現状天草式の目論見は見て取れない。だが今回の件、俺個人としては天草式よりもローマ正教の方を怪しんでいてね。虫が良すぎるんだよ、今回のローマ正教は」

 

 言いながら西崎はボールを地面に投げ捨てる。するとそのボールがむくむくと膨張していき、ある形をとっていく。

 

「だからひとまず()()()を使って各々の反応を見ようと思っている」

 

 西崎が指さした先にはオルソラ=アクィナスが居た。……いや、こういっては誤解を招くだろう。正しく言うならば西崎が指さしたのは『先程までボールだったオルソラ=アクィナスのようなもの』である。

 

「西崎、これは何だ?」

 

 上条が目の前で起こった不可思議な現象について西崎に尋ねる。

 

「上条、学園都市で超能力者(レベル5)の能力を機械で再現しようとする動きがあるのは知ってるか?」

「いや、これっぽっちも」

「これはその中の一つだ。といってもこいつはまだ試作段階のものだけどな。こいつは第二位の『未元物質(ダークマター)』のものだな。対象の姿形を複製してくれる優れものだ」

 

 「そして」といって西崎が小型チップを取り出し、未元物質(ダークマター)で作られたオルソラの鎖骨辺りにそのチップを貼り付ける。張り付けられたチップは徐々にオルソラの中へと沈んでいった。

 

「このチップはアクィナスの人格(パーソナリティ)をデータ化したものだ。学園都市にはこういった他者の人格(パーソナリティ)を再現するのが得意や奴がいてね、そいつを参考にさせて貰った。これでこのオルソラ―――そうだな、オルソラ=ダミーとでも呼ぼうか―――は周囲に偽者だと勘繰られない程度の囮になった訳だ」

「へぇ。で、このオルソラ=ダミー、どうすんの?」

「あぁ。コイツを天草式に自然な形で渡してローマ正教と天草式の反応を見ようと思う。ついては上条とインデックス、このオルソラ=ダミーと一緒に薄明座まで一度戻ってくれないか?」

「ちょっと待ってくれ。薄明座に戻ったら天草式にオルソラ=ダミーを渡せないじゃないか」

 

 上条の言い分に西崎は一人で頷いて、

 

「そうか。そう言えばお前は相手の思考の先を読む能力がまだ完全に定着していなかったな。なら仕方ない、説明するとしよう」

「なんか今日説明多くないか?」

「そうか?いつも問題が起きたらこれ位説明してると思うが…。と、それはいい」

 

 そこで西崎が咳払いを一つし、場を区切る。

 

「さて上条、天草式十字凄教は少数精鋭だが、そんな彼らがアクィナスを確実に攫うための方法として何が挙げられると思う?」

「方法も何もオルソラの捜索しかないだろ」

「不正解だ。もう少しヒントをやろう。天草式十字凄教は日本の組織というだけあってこの辺りの地形を完璧に把握している。また、彼らはその組織の特性上隠密行動や奇襲行動に優れている。ここまで言えば分かるか?」

「もしかして、待ち伏せ?」

「そうだ。わざわざアクィナスの捜索に人員を割かずとも、確実にアクィナスの来る場所を張っていればいい。そしてその場所にアクィナスが来たら自分達だけが知っている地の利を活かした奇襲でオルソラを攫えばいい」

「つまり、俺とインデックスがオルソラ=ダミーを薄明座まで連れて行ったら、オルソラ=ダミーは奇襲を仕掛けてくる天草式によって攫われるってことか」

「そうだ。頼めるか?」

「おう、任せとけ」

「……あぁ、それと。もしアクィナスが攫われた場合……上条、お前はローマ正教に協力してアクィナスの奪還に手を貸してやれ」

「ここに戻ってくるんじゃなくてか?」

「あぁ。俺は俺でアクィナスを連れてやり過ごすから、お前はお前でローマ正教側の様子を見ておいてくれ」

 

 そこまで話をしたところで、初めてオルソラが声をあげた。

 

「あの~、どうして西崎様はそこまでローマ正教を疑っておいでなのですか?」

 

 それは、純粋な疑問から来る質問の声音ではなく、純然たる事実を確認するかの様な声音だった。

 

「簡単だ。法の書―――十字教の支配体制を崩せる可能性を秘めたる魔導書を読み解いた存在など、アイツらが許容する筈が無いと思っているからだ」

「でもローマ正教は天草式に攫われたオルソラを救出するために色々してるぞ」

「それが不安なのだ。ローマ正教がそれ程までにアクィナスを欲する理由が不明なのだよ。単なる外交カードとして使うのであれば良いが、最悪の場合は―――」

「最悪の場合は?」

 

 

 

「魔女として処刑するために―――言うなれば見せしめの為に彼女を欲しているやもしれん。『十字教を脅かそうとする者はこうなるのだ!!』という警告も込めてな」

 

 

 

   8

 

 上条当麻とインデックスがオルソラ=ダミーを薄明座まで連れて行き、そのオルソラ=ダミーが思惑通り天草式十字凄教に連れ去られている時、西崎隆二とオルソラ=アクィナスは夜の街中を歩いていた。既にオルソラ(と言ってもダミーなのだが)が天草式に連れ去られ、ローマ正教側が天草式の追跡に専念した為か、西崎達の進路にはシスターは居なかった。そんな道を歩きながら西崎がオルソラに言う。

 

「この先に俺の私有しているマンションがある。表向きはどの階のどの部屋にも住人が住んでいることになっているが、実際は俺が学園都市の外での揉め事を治める際に使用する拠点の一つで無人のマンションになっている。そこならば多少なりとも安心できよう」

「はぁ…左様でございますか。それより西崎様は先程も何方(どなた)かにお電話をなさったりその揉め事?とやらに関わったりと、お年の割に多忙な方でいらっしゃるのですね」

「今時の学生なんて皆こんなものだろう」

「おや、そうなので御座いますか」

 

 どこか基準のズレた西崎の言葉を鵜吞(うの)みにするオルソラ。そんなオルソラの前を歩いていた西崎がふと足を止める。そんな西崎につられて足を止めるオルソラ。彼女達の前には二〇階はありそうな高さの建物が建てられていた。

 

「ここがそのマンションだ」

 

 目の前の建物を指しながら言う西崎。

 

「こんな建物を一人で所有しているというのは流石に周囲に怪しまれるのでは無いですか?」

 

 オルソラはそんな西崎に疑問をぶつける。

 

「いや、心配ない。このマンションとその周囲、そこに関わる全ての人間に俺は関わっている。辻褄(つじつま)合わせや違和感の払拭(ふっしょく)の方法に関しても口裏を揃えてあるからな。今回の件についても説明済みだ」

「そこまで西崎様のお顔が広いとは思いませんでした。最近の学生様は皆西崎様の様に顔がお広いのでしょうか?」

「今時の学生なんて皆これくらい顔が広いだろう」

「おや、そうなので御座いますか」

 

 そんなやり取りを数度繰り返しながら西崎達はマンションの一五階の部屋に辿り着いた。態々一五階を選んだのは西崎曰く、『仮に襲撃があった場合、入口から程よく階が離れており、屋上からも少しばかり離れているし、仮に他の建物を経由してベランダ伝いに侵入しようとしても困難を極める高さ』だからだという。

 そんな訳で西崎はオルソラに別室を(あて)がい、隣室で見張り役を行おうと思ったのだが、ここでオルソラが「そんなに襲撃を警戒しているのであれば一緒の部屋に居た方が宜しいのでは無いでしょうか?」という発言をした。思わず「女性が男性にそんなことを言うな!」と倫理観についてオルソラに説教しかけた西崎だが、考えてみれば自分の様な存在に性欲が有る筈も無かったという考えを経由し、一緒の部屋で襲撃を警戒するという結論に行き着いた。()に恐ろしきは無知でありながらも核心をつくその感性である。

 

「取敢えず今日はここで待機だ。何か向こうで進展があれば上条がこちらに電話してくれる手筈(てはず)になっている。アクィナス、お前も今日は逃走に次ぐ逃走で疲れているだろう。なら休めるうちに休んでおけ」

「おや、有り難うございます。それでは休ませて頂きますね」

「待てアクィナス、どうしてそこで風呂場へ向かう。俺が言った休みとは睡眠のことだぞ」

「?休みなので御座いますよね?でしたら心身ともに清めておくべきでは無いのでしょうか?」

「入浴は時間を要する。それは何時襲撃されるか分からない時にする行為としては適切では無い。もし入浴中に襲撃でもしてきたらどうする気だ」

「?襲撃があった時の為に西崎様がおられるのですよね。でしたら例え入浴中に襲撃があったとしても西崎様がご対処為されるのでは?」

「……分かった。こっちの根気負けだ。入浴ぐらい好きにするといい。だが忘れるな。もし襲撃があり、この場を離れることになった場合……アクィナス、最悪お前は産まれたままの状態で外に出ることになるかもしれないということを」

「はい、分かりました!」

「……コイツ、本当に分かってるんだろうな?」

 

 いい笑顔を浮かべるオルソラを半目で見つめる西崎。オルソラはそんな西崎のことなど知らない様子で足取りも軽やかに風呂場へと向かっていった。

 

   9

 

『汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん』。君にとって法とは何かね?」

「顕現してからの一言目がそれか、エイワス。アクィナスが寝静まったタイミングを狙っての顕現とは、また面倒なことをする」

「彼女が起きたらどう弁明するきかと言いたいのかね?」

「そうだ。して、出てきたからには用件があるのだろう?」

「そうだな。一度君の欲について話をしたいと思っていた所でね」

「俺の欲?」

「そう。君が久遠(くおん)の時を経て今に至ることは私も知っている。だが君は人として生きるには欲求が足りないように思える」

「三大欲求として数えられているものの一つのことを言いたいのか?」

「そうだ。オルソラ=アクィナスは世間一般で言う所の美人に該当する訳だが、そんな彼女と一夜を共にしようというのにまったく持って君は狼になる気がないときた」

「お前も大概性欲大魔神(アレイスター)に染まってるな」

「いや、これは彼の影響というより単純に私の純粋な興味だよ。君とて今までの間に男として女とまぐわうこともあれば、女として男とまぐわうこともあっただろう。そこに性欲が無かったとするならば何があったのだろうとおもってね」

「その言い方は誤解を招く。正しくは愛した者とまぐわうだ。誰とでもまぐわっていた訳ではない」

「愛した者か。そういえば君がまぐわうのは決まって(ちぎ)りを交わした者であったな」

「そうそう。だから誤解を招く言い方はよしてもらおうか」

「考えておこう。して、話がずれたが結局その愛する人との間には何があったのだ」

「……薄々勘付いてはいたが、さてはお前確信犯だな?俺から愛する者達の惚気(のろけ)話を聞きだして何処かで話のネタにする気だろう?」

「バレたか。しかしその様子では君は契りを交わした者に対して性欲とは切り離された本来の形での愛を向けていたということになるな」

「そうだが、それがどうした?」

「いや、()()が戻った暁にはその話を聞かせてやろうと思ってね」

「やめろ、冗談抜きでやめろ。ただでさえ悠久の時を人として過ごしてるなんて珍しいなんて理由で追われていたのに燃料を追加で投入するな。というよりアイツが戻ってくるとか不吉なことを言うな。アイツを巻くためにわざわざアストラル()体の剥奪までしてそのアストラル体を位相の底まで放り投げたんだぞ。戻られたらたまらん」

「その位相の底、純粋な物理法則の支配する世界に存在する天使の名を忘れてやいないかね?」

「嘘だろお前」

「彼女のアストラル体は私の手の中にある。後は彼女の肉体を使用している詐欺師のアストラル体と私の持っている彼女のアストラル体を交換するだけで良い」

「やめてくれよ…」

「何、君ならまた別の形になれば良いだろう?」

「お前は俺を何だと思ってるんだ。俺がそうそう姿形を変えるものか」

「あぁそうだった。そう言えば君のソレは君の根本的な性質を基盤(ベース)にしつつ、生まれや育ち、周囲の環境などから人格を形成していくのだったな。そして最終的にはその人格をアカシャ年代記の様に自身の内にデータの様な形で残していき、世界を視る目線を増やしていくのだったな」

「そこまで分かっているならお前もアイツの復活をやめてくれないか?もうアイツの相手をするのはコリゴリなんだよ」

「こちらも契約でね。彼女の復活は絶対のものなのだよ。それに私としても彼女に追われている君の姿を見るのは実に楽し―――いや、何でも無い。気にしないでくれ」

「おい」

「では精々頑張ってくれたまえ」

「お前次出てきたら只じゃおかないからな。『愛こそ法なり、意志下の愛こそが』

 

   10

 

 『偶像の理論』というものがある。これは形を似せて作られた『偶像』が、そのモデルとなった『本物』から微小ながら力を分け与えられるというものである。例えばゴルゴダの丘で磔刑(たっけい)に処されたイエス=キリスト、彼が処刑された時に使用された十字架の偶像を作れば、その偶像には実際に処刑に使われた十字架の力が微小ながらに宿る。ただし、偶像が本物から力を分け与えられたからと言って本物の力が減ることは無い。この辺りは日本で言う『分け御霊(みたま)』に近しいものがある。

 さて、そんな偶像の理論を使って日本に四八ヶ所ものワープポイントを作った魔術師が昔の日本に存在した。その者の名は『伊能忠敬(いのうただたか)』、日本で最初に日本地図を描き、その地図に偶像の理論を適用することで『渦』と呼ばれるワープポイントを作成した偉人である。

 インデックスにより、天草式がこの渦を使って本拠地にオルソラ=アクィナスと法の書の原典を持ち帰り本拠地で法の書の解読を進める気では?という疑惑が生じたことによりローマ正教の面々は現在判明している渦の中で最も近い場所に存在する渦の場所に偵察を行った。

 偵察の結果、天草式と思われる怪しい動きの者達を発見したとのことで、彼らが渦を使用するまでにオルソラを奪還する方針へとなった。渦の使用(『縮図巡礼』という魔術らしい)にはとある条件を満たすことが必要なようで、実際に渦が使用できるようになるのは午前〇時ジャストだという。上条達は準備を整え、午後一一時三〇分にその渦の場所を襲撃することとなった。

 

「なんか、時代は変わるんだなって感じがするよな」

 

 そんな風に呟いたのは現在の渦の位置に建っているものを見た上条のものだ。

 『パラレルスウィーツパーク』、大規模な菓子専門のテーマパークの一角だ。伊能忠敬が地図を描き上げた時にこの辺りがどの様な場所だったかは上条には知る由も無いが、今ではその渦の場所がこの様なテーマパークの中に存在しているという事実は彼に時代の流れを感じさせていた。

 そんな風に感傷に浸っている上条にアニェーゼから声が掛かる。

 

「例の『パラレルスウィーツパーク』で天草式本隊を発見しましたが、オルソラと法の書の原典については確認出来やがりませんでした。その為、万が一此処が陽動だった場合に備えて周囲に展開している他の部隊の包囲網を解くことはせず、今居る面々で交戦に入っちまいたいと思います」

 

 上条が辺りを見渡せば、百貨店の駐車場には数十人に及ぶローマ正教のシスター達の姿が見える。正直これだけ人数が居れば天草式の制圧も容易かったのでは?と一瞬上条は疑問に思った。そんな上条の考えを知ってか知らずかアニェーゼが上条に声を掛ける。

 

「敵は隠密に特化した天草式です。この衝突以前にも何回か交戦していますが、その際には今よりも人数が多い時だってありました。けれども天草式はそんな私達からまんまと逃げきってやがります。正直今回の突入では人員を総動員したかったんですが、陽動の可能性がある以上多少不安でもこのまま行くしかありません。という訳で、数の多い私達ローマ正教側が盛大に陽動をぶちかますんで、貴方達は遊撃隊として動いてオルソラ()しくは法の書の原典の奪還に向かってください。…一応言っておきますが、制限時間は―――」

「―――三〇分、それ以降になってもオルソラと法の書の原典が見つからなかった場合、あちら側は縮図巡礼を使って既に此処を撤退した節が濃厚って訳だね?」

「そうです」

 

 アニェーゼの言葉に被せる様にステイルが言葉を発し、上条をチラリと見る。気のせいだろうか?その瞳が『君に言ってるんだぞ、忘れるなよ』と訴えかけてきている気がする。

 アニェーゼが「もうじき突入ですので準備しておいて下さい」と言い残し、駐車場に集まっているシスターたちの下へと向かっていく。恐らくは作戦の概要をおさらいする気なのだろう。そうしてアニェーゼが離れたのを確認した後にステイルが上条に近づいて声量を下げて話しかける。どうやら彼は向こうに聞かれたくない類の内緒話を上条と行いたいらしい。

 

「君に一つ言っておきたい事がある。あぁ、彼女達には内密にしておきたいので話す際には声量を下げてくれ」

「話ってなんだ?」

神裂火織(かんざきかおり)、君とも馴染み深い彼女だが、そんな彼女が天草式十字凄教の女教皇(プリエステス)―――まぁ要するに天草式のトップだったって話はしただろう?」

「あぁ、薄明座でチラッと聞いたな、そんなこと」

「そんな彼女が今回の事件発生直後にイギリスから消えた」

「なっ!?」

「シッ!声が大きい。で、そんな彼女だが、恐らく今回の行動に関してはかつての仲間だった天草式を思ってのものだと見られている。つまり……」

「……つまり?」

()()()()()()()()()()()()()、彼女と」

 

 ステイルのその言葉に何か冷たいものが背筋を伝うような錯覚を覚える上条。ギョッとした彼の様子をスルーしてステイルが話を続ける。

 

「と言ってもまだ戦うと確定した話では無い。もしかしたら今回の突入では彼女と出会うことは無いかもしれない。けれど今回の件、それ位の覚悟を抱いて取り組んで欲しい。こっちもインデックス(あの子)を守る為に手を尽くす積りだしね」

「分かった、肝に銘じておく」

 

 ステイルはその上条の言葉に頷いた後、インデックスを守る為に彼女の傍らへと向かって行く。上条も先程のステイルの言葉によって気合を入れなおす。

 さぁどんとこい!という心構えを上条が抱き、来る百貨店への突入に備えた瞬間の出来事だった。

 

 

 

 ドン!!という派手な音と共に、遠く離れた一般出入り口の方から何やら大きな爆発が起きた。

 

 

 

「―――――――――は?」

 

 ちょっと現実に頭が追い付いていない上条に向かってステイルとインデックスが駆け寄ってくる。

 

「何を呆けている、作戦は既に始まったよ。アレは陽動だ。向こうが派手に視線を集めてくれている間に僕達も行くよ」

「は、はぁ……」

「とうま、しっかり!」

 

 陽動、あれが?という感想を思い浮かべながら上条は取敢えずステイルに着いていきながらテーマパークへと侵入するのであった。

 

   11

 

 

 

 ―――色()せた夢を見た。どこか懐かしく、それでいて遠い日々の夢を。

 

 

 

『だから何度も言っておるだろう。私は知識の伝道者であれどお前達の願望器では無いと。私はお前たちの成長を促しはするが、成長の過程を奪う様な事はしないと』

 

 困ったように言うのは白い影。

 

『お願いします!もう貴方様しか頼れるお方がおられないのです!どうか()()()に命の息吹を今一度吹き込んでは頂けませんか!?』

 

 切羽詰まった様に言うのは赤子の亡骸を抱いた女の影。

 

『確かに私の力を使えば死の淵にある者をこちら側へ引き寄せることも可能だろう。だが、何故私がそれをしないか理解していない様だな。この力は願いの結果に等しい代価を払わなくてはならんのだ。もしここで私がその赤子を蘇らせたとして、その代価が如何程(いかほど)になるのか理解しているのか?』

『理解しています!その上でこの子を救って欲しいんです!』

『阿呆め!人一人の生死の流れを変えれば、他の誰かの生死の流れを変えなければ釣り合いがとれぬのだぞ!お前はわが子の為に誰かを土に還すつもりか!!』

『いいえ、土に還るのは他の誰かではありません』

『まさか、お前―――』

 

 

 

『私を土に還してください』

 

 

 

『愚か者が!!赤子の命を救う為に自ら命を奉げる母が何処に居る!?それでは例え赤子が息を吹き返したとしても育てる者が誰もおらんではないか!?』

『―――それでも、それでも私は、この子に世界を見て欲しいんです。大地の恵みを、空の広さを、海の豊かさを、この子に感じてもらいたいんです』

『そうであるなら尚更お前が命を落としては駄目では無いか!!そのような光景をその子供が見たとしても、親が居らねば感動など出来る物か!!感情は分かち合う物とこの前教えたばかりであろうに―――ええい、(らち)があかぬ!!』

『ですが―――』

『だがな―――』

『でも――』

『なら――』

『や―』

『い―』

『―』

『―』

 

 

 

 水底から浮かび上がる様に、意識が覚醒する。目を覚ました西崎が最初に見たものは、彼を案ずる様な目で見ていたオルソラ=アクィナスの姿だった。

 どうやら天草式がダミーのオルソラを本物と思い込みそちらの保護に力を割いている事を確認し、この場所の安全性が確保された事で気が緩んでしまったらしい。その影響かオルソラを守る為の自分が逆にオルソラに心配されてしまった。何ともらしくない失態である。

 

「……なんだ」

「いえ、随分と夢見心地が悪いのではと思いまして」

 

 オルソラの返答に首を傾げる西崎。

 

「何だ、呻き声でも出していたか?」

「いえ。ただ、普段より眉間に皺が寄っている気がしましたもので」

 

 相変わらずアクィナスの着眼点は鋭いと思いつつも表面上は平静を装う西崎。

 

「……夢をな、見ていた」

「夢、で御座いますか…」

「あぁ。今となっては懐かしい思い出、その片鱗を覗いていた」

「その夢は、貴方様にとって辛いものだったのですか?」

「………。その夢の中には女が一人いてな、無くなった赤子を胸に抱いていたよ」

「それが悲しかったのですか?」

「いや、俺が(こら)えたのはその後だ。その後女は……」

「その女性は?」

「………。いや何、実際アイツは良い奴だったよ。あの子らの中では一際温厚で、それでいて良心を持ち合わせていたんだからな。故にこそ、といった所か。アイツがあそこまで頑固者だとはあの時まで分からんかったがな」

「あの、その女性はどうなったので?」

「博愛の精神と自己犠牲の精神を持ったアイツの生き方は、何処かお前にも通ずるものがある。故にこそ……」

 

(俺は、今回の件で何の打算も無く裏からお前に手を貸していたのだろう、とは流石に言えんな)

 

「あの、先程から話が通じておられない気がするのですが?」

「む、済まない。先の話は忘れてくれ。懺悔(ざんげ)の為に話したわけでもあるまいし、お前にも関わりの無い事だ。これは俺の胸の内にあればそれでいいものだからな」

「そうですか。でも、悩み事くらいならお聞きいたしますよ?」

「結構だと先程言ったばかりだろう。もうこの話は終いだ。それより天草式とローマ正教がつい先程ぶつかったらしい。お前の偽者を巡って両者は苛烈な戦いを繰り広げている様だぞ」

「私の事情に巻き込んでしまって申し訳ございません。出来れば私としては武力を用いずに話し合いで解決出来れば良いのですけれども」

「今回に限っては土台無理な話だろうな。それで決着が着いているのであれば、今こうして両者が激突することなど無かった訳だしな」

 

 そこで会話が途切れ、辺りに気まずい空気が溢れる。そんな空気を変えようと西崎が口を開く。

 

「所でアクィナス、お前は自分がローマ正教に追われている事を自覚している節がある様だな」

「えぇ、はい。西崎様と共に居られました上条様には伝え忘れておりましたが、私は自身がローマ正教から追われる身である事を自覚しております」

「聞けば近所にオルソラ教会等という巨大な教会を作るという話じゃないか。それ程の功績がお前には有る筈なのに、お前自身は自分がローマ正教から追われる立場にある事を自覚していたというのか?」

「えぇ、はい。流石に私も解読出来れば十字教の時代が終わるという代物を解読した以上、今まで以上に近寄ってくるようになった者達を無条件に信頼する様な真似は致しません。そこには何かしらの理由があるものと推察したのですよ」

「結果、お前は自分がローマ正教に消されるという結論に行き着き、彼らの手が出せないであろう科学の総本山へと避難しようとしていた訳か」

「えぇ。私もまさかここまで順調に学園都市の近くまで来られるとは思いもしませんでした。まるでここまで私が来るように誰かが裏で手助けをしていたのでは無いかと勘繰ってしまう程順調な旅でした。日本までの道程にしろ、日本に着くなり私を保護して下さった天草式の皆様にしろ。えぇ、本当にありがとうございます」

「待て、何故そこで俺に感謝する。今の話の何処に俺に感謝する要素があった」

「?何処も何も、私を此処まで導いてくれたのは西崎様なのでしょう?」

「結論が飛躍しすぎだ。俺がやったという根拠も無ければ、誰かがお前を手助けしたという証拠も無い」

「それでも、です。ありがとうございます」

 

 ニコニコと、笑みを浮かべながら西崎に礼を言うオルソラに対してバツの悪そうな顔をする西崎。

 実際、彼女の思っている通り、彼女が学園都市まで順調に来れる様に場を整えたのは西崎なのだが、それを認める様な真似はしない。

 

(やはりやり辛い。彼女に似て)

 

 「とにかくこの話はここで終わりだ」と言って話題を終わらせる西崎。

 

「む?」

 

 そんな西崎が何かを感じ取り遠方に目を向ける。

 

「どうかなされましたか?」

 

 そんな西崎の様子を見たオルソラが彼に問を投げかける。

 

「いや、ちょっと戦況が変化したようだ」

 

 そう言う西崎の眼には、天草式十字凄教教皇代理である建宮斎字(たてみやさいじ)と対峙する上条達の姿が映っていた。

 

   12

 

 細身の体に似合わぬぶかぶかの服を着用し、クワガタの様な特徴的な髪形をした男、建宮斎字。彼はその細身の体に似合わぬ程長大な武器である己のフランベルジュを片手で軽々と握りながら上条達の目前に立ち塞がる。

 対するは幻想殺し(イマジンブレイカー)という異能の力を打ち消す特異な右手を有した少年である上条当麻、その脳内に一〇万三〇〇〇冊もの魔導書の知識を詰め込んだ少女である禁書目録(インデックス)、ルーン魔術に特化し、既存のルーンのみならず新規のルーンを発見したというイギリス清教の神父ステイル=マグヌス、そして先程上条達の手によって救出されたオルソラ=アクィナスのの形を模したオルソラ=ダミーの四人である。

 建宮が(おもむろ)に武器を軽く振り回しながら上条に視線を向ける。視線の行先は上条の右手にあるドレスソード。これは先程上条が倒した天草式のメンバーからとってきたものだ。

 

「ずぶの素人とはやりあうつもりは無かったんだがなぁ…。お前さん、その剣は浦上(うらがみ)から奪ったもんだな?」

 

 言葉と同時、見えない圧力が建宮を中心に広がり、上条に襲い掛かる。

 上条はそんな圧を払いのける様に建宮に挑発的に語り掛ける。

 

「テメエの部下ならそっちで寝てんぞ」

 

 上条のその言葉に建宮の表情が変わる。先程までは何処か愉快そうだった面持ちが、怒髪天を突いた様な面持ちへと変化する。

 

「死ななきゃ良いってもんじゃねぇのよ。ナメてんのかテメエは」

 

 仲間をやられて怒りを覚えるそんな建宮の様子に、話し合いが通じるかもしれないと踏んだ上条が説得の言葉を掛ける。

 

「なぁ。テメエがまだ誰かの為に戦えるような人間なら剣を引いてくれないか?俺はテメエみたいな人間と戦いたくない」

「そうしたいのは山々なんだがなぁ、こちらも依頼があんのよ。オルソラを狙うローマ正教からオルソラの身を護るっていう依頼がなぁ。確かに俺達の主敵はローマ正教だが……」

 

 そこで建宮はチラリと視線をステイルとインデックスに向け、

 

「そこに繋がりを持ってるって言うんならイギリス清教とて見逃せんよなぁ。増してや、そんな連中にオルソラを受け渡すなんて(もっ)ての外なのよ」

 

 「と、言う訳で」と建宮が言いながら二メートルにも及ぶ剣を頭上で振り回す。

 

 

 

「お前さんも攻撃対象という訳よ」

 

 

 

 言葉と同時、建宮が地面を蹴り、上条へと駆け出した。

 ゴッ!!という爆音は彼が地面を蹴った時の音だろう。だが上条にはそんな些細なことを気にする暇は無かった。

 

(相手の行動をよく見ろ!)

 

 上条は全身に力を入れ、次に建宮がとるであろう行動の予測に努める。

 

「フッ!!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合と共に建宮が腕を振る。その振るった腕に応じて大剣も真上へと持ち上がる。

 

(振り下ろし……!)

 

 建宮の次の行動を予測した上条がその場から駆け出す。大剣の振り下ろしを避ける様に横に―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「ッ!?」

 

 上条のその動きに驚いた顔をしたのは建宮だ。既に彼は腕を振り下ろそうと筋肉に力を籠めている。その大剣の軌道を直前になって変えることは容易では無い。仮に軌道を変えたとしても、その際には莫大な負荷が建宮に掛かることとなり、次の行動までの間に間が生まれるだろう。

 

 

 

 ―――詰まる所、建宮は懐に潜り込み、大剣の振り下ろしを想定外の方法で躱して除けた上条の拳を甘んじて受け入れるしか無かった。

 

 

 

 ゴッ!!という鈍い音は上条が建宮を殴りつけた音だろう。建宮はその一撃を受けながらも倒れること無く後方へと下がった。ダメージは確実に通っているようだが、どうやら彼を倒すのにはまだ時間を要するらしい。

 

(どうやったかは知らんが今ので対衝撃用術式が壊されている。成る程なぁ。剣を握っていたからそっちを使うのかと思ってはいたものの、実際にはその拳が武器だったようよな。それにあの慣れよう……(やっこ)さん、対人戦に関しちゃあ素人じゃ無いようよなぁ。―――で、あるなら遠慮はいらないのな)

 

 建宮が意識の切り替えを行うと同時、上条の目の前から建宮の姿が消えた。

 

(何だ!?跳んだわけでも無いのに姿が掻き消えたぞ!!)

 

 地を蹴る音すら聞こえなかったという事は恐らく何らかの魔術によるものだろうことは推測出来る。が―――

 

(くそ、それが分かったからって何処から攻撃を仕掛けてくるのか分からなかったら意味がねえ!)

 

 相手は自分を一振りで殺せる得物の持ち主である。その動作の一つ一つが上条の生死を別ける相手なのだ。そんな相手の攻撃の予兆が見えないというのは上条にとって途轍もなく不利な状況である。

 そんな上条の周りで突如炎が舞い踊った。恐らくはステイルによる援護だろう。敵が上条を狙うのであれば必ず上条の周囲に近づく筈だと彼は踏んだのだ。

 ―――果たしてその考えは正しかった。上条を避けて形成された炎の乱舞から距離をとる様に建宮が姿を現し、その顔を(しか)めさせたのだ。上条を殺す筈の不可視の一撃は、(あぶ)り出しによって阻止された。

 

「ふッ!!」

 

 次いでステイルはその手に炎剣を造り出し、建宮に追撃を行った。対する建宮はその長大な剣を水平に構える。その瞳はステイルを捉え、獲物を待ち受ける獣の様に(わら)っていた。そう、建宮はステイルを確実に仕留めきる為の準備をしていた。目先の獲物に食らいつく獣の様に貪欲に、只々ステイルのみをその瞳に映していた。

 

 

 

 だからこそ、その隙を上条は見逃さなかった。

 

 

 

 建宮の視界から自分が外れた事を認識した上条は、ステイルが正面から建宮に迫っていき彼の注目をその身に集めている間に、その側面から彼に忍び寄っていた。そのことを捉えたステイルが建宮に炎剣で襲い掛かるのをピタリと止め、不敵な笑みを浮かべる。対してステイルを待ち構えていた建宮は、対象が攻撃を止めた事を(いぶか)しみ、ステイル用に構築した魔術を見破られたのではと勘繰った。

 

 

 

 その体を、上条の拳が捉えた。

 

 

 

 思わぬ場所から反撃を受けた建宮の体はその一撃で吹き飛び、やがて地面にその体を打ち付けてから気を失った。

 こうして上条達は、天草式との争いに打ち勝った。

 

   13

 

「出番だ」

 

 マンションの一室、そこで連絡を受け取った西崎が傍らのオルソラに声を掛ける。

 

「ローマ正教の流布(るふ)していた『天草式十字凄教による法の書の原典の強奪』はデマだった。同時に彼女らは『十字教の時代を終わらせる力を秘めた魔導書を解読した者の処刑の為の部隊』だった。それだけ分かれば誰でもこの一連の騒動の黒幕が誰か分かるものだろう」

「出番、という事は……私達も上条様達に合流するので?」

「あぁ。お前のダミーがローマ正教に攫われたらしい。今なら敵に事情を知られる事無く情報の共有が出来るというものだ」

「そう言えば私のダミーとやらはどうなされるので?」

「恐らくはローマ正教の面々へ襲撃する羽目になるだろうから、そのタイミングで消える様にする」

 

 身支度を整え、西崎とオルソラが夜の闇の中へと消えていく。月明かりのみが、そんな二人を照らしていた。

 

   14

 

「君は彼らを巻き込めるのかい?真実を何も知らないままイギリス清教やローマ正教に所属しているだけの人々を戦争に巻き込んで、略奪して、虐殺して、そこまで奪いに奪ってでもオルソラ=アクィナス一人を守りたいと思えるのか?」

 

 西崎が現場に近づいた時、ステイルは上条にとある質問を投げかけていた。それはオルソラの処刑とイギリス清教(自分達)は無関係だと宣言したステイルに激昂した上条に対して叩きつけられた質問であり、また同時に彼の覚悟を問い質すものでもあった。

 何やら少し目を離した隙に色々と面倒な事になっているらしいと思いつつも、西崎が場の面々に声を掛ける。

 

「例え世界を敵に回してでも守りたい者が居る。陳腐で使い古された言い回しだが、そういう者もいるだろう」

 

 背後から聞こえた西崎の声に振り返ったステイルが、彼の傍らに佇むオルソラ=アクィナスを見て呆然とする。いや、彼だけでは無い。よく見れば建宮も呆けたような表情をしている。唯一上条とインデックスの真実を知る者達のみがオルソラの登場に対して平然とした態度をとっていた。

 

「あれ、西崎。もう出てきていいのか?」

「あぁ。今回の件、底は見えた。詰まらない権力に固執するだけの浅く醜い底だったがな」

「にしざき、オルソラも連れてきて大丈夫なの?」

「むしろアクィナスについてこの場で情報の共有を行っておいた方が良いと思って連れてきた」

「お前さん、依ら―――」

「建宮、その話は後で聞こう」

「君、そこの彼女は―――」

「勿論、オルソラ=アクィナスだ。それも本物の、な……」

 

 それぞれの質問に簡易に回答する西崎。その横では話題の中心であるシスターが相も変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。

 

「それでは情報の共有を行うとするか。各々疑問点を挙げてくれ。俺がそれに答えよう」

「なら僕から質問させて貰うよ。さっき僕達はローマ正教にオルソラ=アクィナスが連れ去られたのを確認したばかりなんだけど、如何してその彼女が此処に居るのかな?それに本物というのはどういう意味かな?」

「簡単な事だ。ローマ正教に連れ去られたオルソラ=アクィナスは、学園都市の科学技術によって再現された偽者だったという事だ。お前達が先程まで此処で奪い合っていたのもその偽者のオルソラ=アクィナスであり、本物は俺と一緒に事の顛末を安全な場所から見守っていたという訳だ」

「成る程。所で彼女の首の十字架、それは確か僕がそこの能力者に送った物だと思うんだが?」

「そうだな。これは上条が彼女に掛けさせた物だ。マグヌス、お前ならこの意味が分かるな?」

「……イギリス清教の十字架を誰かの手でかけてもらうと言う事は、イギリス清教の庇護(ひご)を受けるということ。つまり彼女はイギリス清教の者であり、今回の件でローマ正教は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになるね」

「そうだ。だからマグヌス、この場に居る面々の意見次第ではお前にもこの後協力してもらうぞ。で、次は?」

「それなら俺からも一つ言わせてもらうよな。お前さんの言うこの後って言うのは何の事よな?」

「上条に聞くと良い。彼なら例え連れ去られたのがオルソラの偽者とは言え、そうするだろうからな」

「ならそこの少年に尋ねさせて貰うってもんよなぁ。少年、お前さん何を考えていんのよな?」

「決まってんだろ、アニェーゼ達をぶっ飛ばす。アイツらは例えオルソラが本物だったとしてもアイツを処刑する気だったんだろ。そんなのは許せない」

「だ、そうだ。ステイル、お前は勿論来るだろう?建宮、天草式はどうする?」

「俺らも参加させてもらうのが筋ってもんよなぁ?」

「そうか。なら決まりだな。準備が出来次第、敵に襲撃を掛ける。恐らく奴らは建設中のオルソラ教会に居るだろう、なのでどう攻めるかは各々考えておいてくれ。以上、解散」

 

   15

 

 建設中のオルソラ教会、その聖堂のなかに鈍い音と女の悲鳴が木霊(こだま)していた。音の中心は捉えられたオルソラとその周囲を囲み、彼女に殴る蹴るなどの暴行を加えるローマ正教のシスター達だ。彼女らは執拗にオルソラを痛めつけ、彼女に罵詈雑言を浴びせていた。そんな彼女たちの暴行を受けたオルソラは息も絶え絶えと言った様子で大聖堂の床に転がっている。

 

 

 

 ―――彼女は、自分が本物のオルソラ=アクィナスで無いと知っている。

 

 

 

 偽りの体に、似せて作られた心を備えた彼女は、自身が今回の騒動の為に造られた仮初の命であることを(わきま)えていた。その上で彼女はオルソラ=アクィナスとして振る舞い、その果てに此処に居る。意識が混濁する中で彼女を取り囲むシスターの内の誰かが口を開く。その言葉に自分がどんな言葉を返したのかも分からぬまま、彼女は自分が徐々に人では無く物になっていく感覚を覚えていた。

 混濁する意識の中、バン!!と勢いよく大聖堂の扉が開かれ、そこから見知った顔の少年が姿を現す。次いで衝撃の嵐が彼女を取り巻くシスター達を吹き飛ばし意識を刈り取っていく。そうして大聖堂にやって来た人物に彼女は笑みを浮かべ……

 

「すまんな、俺の身勝手な願いに関わらせて」

 

 最後に、そんな声を聴いた気がした。

 

   16

 

 地面に転がる球体とチップを回収する西崎。彼がその一連の行動を行っている間にも空間を多数の衝撃が襲い、建設中の建材などが空中から落下してはシスターたちにダメージを与えている。

 

「分散だ」

 

 目的の物を回収した西崎がその言葉を発すると、上条達はそれぞれ散開していった。バラバラになった上条達を追う為に、残りのシスターたちもそれぞれに人員を割きながら追跡を開始する。

 

「さて……」

 

 そんな中、西崎はアニェーゼ=サンクティス、シスター・アンジェレネ、シスター・ルチアといったシスター達と向き合う。

 

「話でもしようか、上条達がシスター達を軒並み倒してくるまでの間」

 

 その彼の言葉に反応するアニェーゼ。

 

「話?明らかに時間稼ぎの為の罠と分かっていてそれに素直に従う者が居やがるとでも?」

 

 その言葉と共にアニェーゼの傍らに居たシスター・ルチアが木製の車輪を西崎に向かって投げつける。

 

「生憎、輪の性質を持った物では俺を傷つけることは叶わん」

 

 西崎の近くで破裂した木製の車輪は、彼の体に傷を付ける事は無かった。その様子を見たシスター・アンジェレネが彼に向かって羽根の生えた硬貨袋を投げつける。

 

円盤の一〇()が象徴するは王国(マルクト)。それはエネルギーの最後の流出を指し示す。拡大された力、その結末は死である。獲得した富は蓄積以外の用途を用いねば消散する他なし」

 

 西崎に向かって飛翔していた硬貨袋が布を割くような音と共にバラバラに裂かれ、中の硬貨が散らばっていく。

 

「で、終わりかね?」

 

 その様子を見た西崎がアニェーゼ達に問いかける。その言葉にアニェーゼが懐から蓮の杖(ロータスワンド)を取り出す。

 

「その杖、エーテルを用いるものだな。エーテルはの四大元素に霊を加えた五大元素の内の霊に該当するもの。元素を象徴する武器は(ランプ)であり、ヘブライ語ではシンと呼ばれている」

「……それがどうしたって言うんです」

「分からないか?俺は今真理を説いたのだよ。シン()の数価が三〇〇、そして其処に俺が今し方真理の数価六四を足したのだ。さて、この数価の合計の意味する所ぐらい、分かるだろう?」

「サタン、それに悪霊……!まさかこの杖自身の性質を変化させることで杖を封じたって言いやがるんですか!?」

 

 額から冷や汗を流すアニェーゼ達を見ながら西崎が嘆息する。

 

「おいおい、幾ら初見の相手だからと言って舐めて貰っては困る。増してや手の内を初めから晒すのも減点だな」

「貴方は一体誰でいやがりますか」

「西崎隆二。只のしがない学生だよ。今は上条達に手を貸している。それよりも話をしよう」

 

 その西崎の言葉にアニェーゼが「ハッ!」と鼻で笑う。

 

「時間稼ぎだと分かっている相手の話に乗るつもりはないと言った筈でしょう」

「そうか。なら勝手に喋らせて貰おう。アニェーゼ=サンクティス、お前は()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「?」

 

 唐突に投げかけられた質問に怪訝気な顔をするアニェーゼ。彼女の回答を待たずに西崎が言葉を重ねる。

 

「今回の件、先ず間違いなくお前達は負けるだろう。()()()()()()?お前達の今回の行動は上層部からは勝手な独断行動として処理され、お前達はトカゲの尻尾切りの様に捨てられるだろう」

 

 その言葉を受けてアニェーゼの脳内にある光景が浮かぶ。それはミラノの裏通り、陽の光の届かぬ暗くジメッとした路地裏。まるでミラノという場所の汚泥や汚物が全て其処に流れ着いたかの様な悲惨な場所。希望も無く、只々生きる為に耐え忍ぶ地獄の場所。それはとても惨めで、それはとても憐れな……。

 

「ッ!!」

 

 思わずハッと息を呑んで現実へと思考を戻す。彼女の目の前には今し方質問を投げかけた人物が鋭い目つきで彼女を観察していた。まるで自分の様子を観察するかのように。

 

(もしかして……いや、ありえねぇとは思うんですが……()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 ゾゾゾッ!!と背筋を寒気が通り抜ける。アニェーゼが警戒から目の前の人物の一挙手一投足に注目する。

 

「所でローマ正教というのも巨大な組織になったものだ。何でも信徒の数は二〇億人を超える様じゃないか。それ程数が多いと言う事は、手駒もそれだけ多い。そうは思わないか?」

「………」

 

 男の言葉を無視するアニェーゼ。

 

「…詰まり、今更二五〇人程度の信徒を切り捨てたとしても、奴らにとっては構わないわけだ」

 

 恐らくはこちらの精神を乱すことが目的なのだろう。現にアンジェレネの様な精神の弱い者は先程からルチアに抱き着いて今にも泣きそうな顔をしている。

 

「それに知っているか?ローマ正教には四人から構成される最暗部が存在することを。極論を言えば、ローマ正教からすればその四人と教皇さえいれば他はどうなっても構わんのだ。何せそれだけの力をその者達は持っているのだからな」

 

 そこで西崎は言葉を溜め、

 

 

 

「『()()()()』。なぁ、名前位は聞いたことあるんじゃないか?」

 

 

 

 その名を口に出した。

 

   17

 

 西崎がアニェーゼ達の気を引き時間を稼いでいる一方、上条達は各々自分達を追ってきたシスター達の撃退に勤しんでいた。上条はシスター達を狭い場所へと誘導し、(おび)き出されたシスター達を個別に撃破していき、インデックスは『魔滅の声(シェオールフィア)』と呼ばれる十字教の教義の矛盾点を突く言葉を発して集団真理を揺らがせる攻撃を発する事で複数のシスターを吹き飛ばして撃破していた。ステイルは時折ルーンのカードを周囲にばら撒きながら、得意のルーン魔術を用いて蜃気楼を作って相手の攻撃を逸らしたり、炎剣や紅十字と言った魔術を用いて的確にシスター達を撃破し、建宮は天草式の仲間と共に建物内を俊敏に駆け巡りシスター達を翻弄しながら堅実に攻撃を行っていた。元々初撃で派手に西崎が数を減らした影響か、この掃討戦ではかなり上条達が優位に立てている。

 数の少なくなってきたシスター達を見ながら上条がステイルに声を掛ける。

 

「ステイル!俺はそろそろアニェーゼと決着をつけてくる!そっちも頼んだぞ!」

「言われなくても分かってるよ!」

 

 上条の言葉に憎まれ口を叩きつつも、ステイルがアニェーゼの元へ向かう上条を追うシスター達を妨害する。

 

「それじゃ、俺達もそろそろ本格的に準備に取り掛からなきゃならんってもんよなぁ」

 

 そんなステイルに建宮が声を掛ける。ステイルはその言葉に頷きながら、その場に残っていた残り少ないシスターたちを纏めて倒しに掛った。

 

   18

 

 バン!!という音と共に上条当麻が教会の扉を開く。その先に居たのはアニェーゼ=サンクティス、シスター・ルチア、シスター・アンジェレネ、そして西崎隆二だ。

 

「決着は矢張(やは)り自分の手でつけたいか?」

 

 西崎が上条にそう聞く。言外に「お前がやらないのであれば俺が片付ける」と聞こえるその言葉に、上条は頷く。

 

「そうか。なら、こちらの二人は俺が片付けておこう。お前はそこのアニェーゼ=サンクティスと決着をつけると良い」

 

 直後、ゴバッッ!!という轟音と共にルチアとアンジェレネが吹き飛ばされる。凄まじい速度で飛んだ彼女達があわや教会の壁に激突するといった所で、今度は教会の壁が衝撃によって吹き飛び、彼女達は吹き飛ばされた速度もそのままに決戦の場から退場した。それを追う様に西崎も穴の開いた教会の壁へと歩き出す。

 

「あぁ、そうそう。アニェーゼ=サンクティス、お前の杖の状態は元に戻しておいた。その信念、思うがままに上条とぶつけ合うと良い」

 

 それだけ言い残し場を立ち去る西崎。後には上条とアニェーゼの二人のみが残された。

 彼我の距離は凡そ一五メートルといった所だろうか。周囲に障害物も無く、距離を詰めるだけなら直進でも問題ないだろう。

 

(問題は…)

 

 チラリと上条がアニェーゼの持っている杖に視線を向ける。恐らくは何らかの魔術的な効果のある杖なのだろうが、彼女があの杖を使ってどの様な攻撃を仕掛けてくるのかが上条には未だ分からない。

 

(ええい、迷っていても仕方ない!)

 

 外では未だに仲間達がシスター達と戦っているだろう。いや、もしかしたら戦いは既に終わっていて、今はシスター達の拘束の段階に入っているのかもしれない。そんな仲間達を長々と待たせるのも申し訳ないので、此処は一気に勝負を決めてしまいたい所である。

 

「万物照応。五大の素の第五。平和と秩序の象徴『司教杖』を展開」

 

 ダッ!!という音と共に上条がアニェーゼに向かって駆け出す。対するアニェーゼは杖を手に取って何かを呟いている。

 

「偶像の一。神の子と十字架の法則に従い、異なる物と異なる者を接続せよ」

 

 アニェーゼの杖の先端で(かが)んでいる天使の六枚の羽が開き、彼女がその杖を構える。

 

(来るッ!)

 

 アニェーゼが杖を振ろうと構える。その動作に上条が思わず身構える。果たして来るのは何だろうか。空間を裂く一撃?それとも祈りによる身体能力の強化?

 上条の疑問とは裏腹に、アニェーゼは傍にあった大理石の柱に杖の先端を軽く打ち付け―――

 

(ッ!?)

 

 直後、上条は言い知れぬ悪寒を感じ、思わず頭の横にその右手を押し付ける。

 

 

 

 直後、上条の右手が甲高い音と共に何かを破壊した。

 

 

 

(危なかった…!!ていうか何だ今の!?)

 

 具体的に何が起こったかは上条には分からない。咄嗟の行動で何かを破壊したことは分かるが、それが一体どういう原理で何を破壊したのかが掴めない。

 

(あれを続けて打たせたらまずい…!!)

 

 アニェーゼの攻撃の正体は未だ掴めないが、正体不明の攻撃を連続で喰らうのはよくないと踏んだ上条が彼女との距離を詰めようと走りを再開する。

 

「ふぅん」

 

 そんな上条の様子を見たアニェーゼは、懐からナイフを取り出し、そのナイフで杖の側面を次々と切っていく。

 

「ぐぁ……ッ!?」

 

 次の瞬間、上条は何か無数の風の刃にでも切り刻まれるような傷を負う。その一撃で上条がアニェーゼの攻撃の正体に勘付く。

 

「まさか……偶像の理論……!?」

「流石に気付いちゃいますか。そう、コイツを傷つけると連動して他の物にも傷がつくって寸法ですよ。蓮の杖(ロータスワンド)って言うんですけど……って学園都市の学生に言っても分かりやしませんよねッと!」

 

 アニェーゼが杖を大きく振るい、その側面を大理石の柱に勢いよく叩きつける。それだけで上条の真横の空間から強烈な衝撃が発生し、上条に襲い掛かる。

 

「ッ!」

 

 上条は慌ててその一撃を右手で打ち消し、アニェーゼに杖を振らせまいと走ろうとして―――正面から衝撃を受けた。

 

「ゴッ!?何でだ、攻撃は打ち消した筈……!!」

 

 痛みに悶える上条の様子を見ながらアニェーゼが愉快気な顔で笑う。

 

「分からないんですか?私が貴方の行動を先読みしてそこに攻撃を設置したんですよ。要するに二段構えってことです。貴方がどんな行動を取るのか分かっちまえば、こういうことも出来るってもんです」

 

 言いながらアニェーゼがナイフで杖の側面を切り、次いで杖を柱へ叩きつける。

 その動作によって風の刃が上条に襲い掛かり、上条がその刃を右手で無効化する―――が、次いで襲ってきた反対側からの衝撃に思わず上条が体勢を崩す。そうして前へ進めない状況で上条が考える。

 

(だんだん分かって来たぞ。アニェーゼの攻撃は杖にダメージを与えなければいけない関係で攻撃自体の場所の特定は簡単だ。けど、その攻撃を二重三重に重ねちまっているから対処が難しいんだ。それに俺がどんな風に攻撃を回避するのかをアニェーゼは見ているから、向こうは俺の行動を先読みしてそこに攻撃を仕掛けることも出来る。つまりこの戦いは、相手の思考の裏をとった方の勝ちってことか)

 

 敵の突破口が見えたことでニヤリと笑みを浮かべる上条。

 

「ようやく分かったぞ、アニェーゼ。お前の突破方法が」

「そうですか。その意気込みは結構ですが……」

 

 

 

「申し訳ありませんけど、もう終わっちまったみたいですよ」

 

 

 

 アニェーゼのその言葉に、遅れて上条も気付く。

 ()()()()()()()

 戦闘は上条とアニェーゼの二人だけが行っている訳では無い。この聖堂の外では上条の仲間達と二〇〇を超えるローマ正教のシスターとの激突が行われている筈なのだ。だというのに戦闘の音がまったく聞こえてこない。それの意味する所は一つ。

 

「終わっちまったな」

 

 ポツリと上条が言葉を漏らす。その言葉を聞いたアニェーゼが上機嫌に話す。

 

「えぇ。思いの他アッサリ終わっちゃったみたいですね。流石に数の差は大きいってことなんでしょう」

「そうだな」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 上条のその言葉に、アニェーゼが疑問の声を漏らしたところで、バン!!という音と共に入口の扉が勢いよく開かれた。そうして聖堂の中に入って来たのは数多くのローマ正教のシスター―――()()()()

 それはイギリス清教の神父であり、天草式十字凄教の教皇代理であり、一〇万三〇〇〇冊の魔導書図書館であり、そして見るからに巨大な紅蓮の巨人であった。

 

「使用枚数は六二〇〇枚」

 

 赤い髪の神父が歌う様に言う。

 

「天草式を参考に、この教会全体を利用した大規模魔法陣を築かせて貰ったよ。彼らにもカードの配置を手伝って貰ってね」

 

 その巨人の名を『魔女狩りの王(イノケンティウス)』と言う。魔女としてオルソラを処刑しようとしていたローマ正教のシスター達に対してこのカードを当てるのは彼なりの皮肉だろうか。見れば目に見える範囲で意識を保っているシスターは一人も居ない。

 

(全滅…!?)

 

 馬鹿な、とアニェーゼは思う。数の上では圧倒的にこちらが多かった筈である。序盤に数十人単位で気絶させられたとしても、それでもまだ数の利はこちらにあった筈なのである。それがこうもアッサリと逆転させられている。

 ギリ、と思わずを歯を噛み締める。そして目の前の少年に目を向ける。

 

「終わりだ、アニェーゼ」

 

 その少年は迷いの無い目で自分を見つめていた。

 

「テメエももう分かってんだろ。テメエの幻想は、とっくの昔に殺されてんだよ」

 

 ダン!!という音と共に少年が駆け出す。自分との残り僅かの距離を埋めるように。

 

「ッ」

 

 その少年の行動を先読みし、杖を振るう。先ずは床への叩きつけ、次いで柱への叩きつけ、そして側面をナイフで刻み、もう一度床へ叩きつける。

 対する少年はその右手を上に構え、上部からの衝撃を打ち消し、次いでその右腕を真横に振るうことで真横からの衝撃を回避、その勢いのままグルリと一回転することによって風の刃と上部からの衝撃を打ち消し、勢いそのままにその右腕を振り抜いた。

 

 

 

 そして、聖堂に鈍い音が鳴り響いた。

 

 

 

   19

 

 後日病室で目を覚ました上条は偶然その場に居合わせた神裂からその後について聞かせて貰った。

 まず、『法の書』の解読法について。オルソラ=アクィナスの発見した解読法だが、これはダミーの解読法だったらしい。『法の書』には実に一〇〇通り以上の解読法があるにも関わらず、その全ての解読法がダミーとなっているのだとか。上条はその説明で少し『法の書』が空恐ろしくなった。

 次にオルソラ=アクィナスについて。結局の所彼女はイギリス清教に入ることになったらしい。彼女の導き出したダミーの解読法もイギリス清教が発表したので、これで当分彼女が狙われることは無いそうだ。この知らせには上条も安心した。

 そして天草式十字凄教について。今回の一件で天草式は正式にイギリス清教の下に入るようになったようだ。この話をする時の神裂の表情がやけに嬉しそうだったのは心の中に留めておく。

 ローマ正教に関してはアニェーゼ達のその後の動向については分からないが、上層部は今回の件について武装派閥の独断行動として片づけたらしい。個人的にはアニェーゼ達の事も少し心配ではある。

 後なんか土御門が騎士団の連中を煽りまくって一触即発だとか聞いた様な気がする。……アイツは一体何をやってるんだ。

 ともあれ一先ず今回の件に関しては一件落着……

 

   20

 

「とはいかんようだな」

 

 どことも知れぬ場所で、西崎が一人呟いた。

 

「さて、手筈通りアニェーゼ=サンクティス達の救済の機会を設けるとしよう」

 

 言葉の後で、何処かに連絡を取る西崎。

 

「ビアージオ=ブゾーニ、私だ。今回の件で少し面白い人材を見つけてね。もし何かあったら使ってみる気は無いかね?」

 

 闇は静かに胎動していた。




魔術サイドを書こうと思うと魔術について調べるので筆が遅くなる。
科学サイドを書こうと思うと暗部について調べるので筆が遅くなる。

……あれ?


【挿絵表示】

↑西崎隆二のイメージ


【挿絵表示】

↑始まりの”西崎隆二”

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