Hallo wee(ke)n(d)   作:トマトしるこ

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Hallo wee(ke)n(d)

「トリックオアトリート!」

 

グリフィンS09地区担当指揮官の司令部、今日は、というよりもイベントがあればかこつけて騒ぐのが、ここのやり方だ。

 

だ、だよ。最初はらしいって自分でも思ってたというのに、今では私達まで染まってしまった。どれもこれも、指揮官が悪いのだ。まったく困った人間である。

 

余所とは全く違った雰囲気のここは、とても居心地がいい。任務で遠く離れた場所にいても、弾薬も心もとなくて、絶望的な状況でも……だからこそ、指揮官との温かな思い出が奮い立たせてくれるのだ。この人の為なら、気の進まない任務でも前向きになれるし、やり甲斐もあるというもの。

 

何と言っても――

 

「G11が、やる気に、なってる?」

「へへ……ちゃんと盛り上げたら指揮官がその分だけお休みくれるもんね…」

 

――寝る為に盛り上げ役を買って出るG11と、自主的に活動するG11を見ては青ざめるHK416のやり取りは、見ていて飽きない。

 

包帯でぐるぐる巻きにされた挙句、棺桶を背負ってお菓子を強請るキラキラした表情のG11は笑えるし、後ずさるHK416の表情がガラスの仮面みたいでこれまた笑える。更に面白いのが、回数を重ねるたびにふざけ具合が増していくのが、もう、ね? 察して? 指揮官の出身国ではメジャーなオハナミの時は傑作だった。

 

おなかを抱えて笑いたい衝動をぐっとこらえて、ポケットに忍ばせておいたカメラを構えてシャッターを切る。パシャリと音が出るが、ファインダーに収めていた二人は気づいた様子が無い。おっかなびっくりといった様子のHK416を普段の仕返しとばかりに弄り倒すG11、積極性に磨きがかかって更に精神を削られとうとう心配し始めるHK416をどう我慢しろというのか。

 

「あははははは!!」

「45! 笑ってる場合じゃないわよ! 非常事態よ! ひ、じょ、う、じ、た、い!」

「ええ、そう?」

 

作戦中に負けず劣らずの剣幕に、私も少し後ずさる。私が知らないだけで実はいつもと違うのかも…。話くらいは聞かないとね、小隊長だし。

 

「G11が…かれこれ15分も寝たいと口にしてないの……ああ、ごめんなさい。いつも私が無理矢理起こしては引きずり回してるから、とうとう可笑しくなっちゃったのね…」

「ぶはっ!」

 

はい、無理ー。あわあわとする口に手を添えて落ち着かないHK416は、普段の彼女を知ってるからこそ面白い。

 

「ねーねー。個室のクローゼットに隠してる飴ちょうだいー。上から三段目の左端にある飴ちょうだいー。下着でこっそり隠してる飴ちょうだいー」

「ひいいぃぃ! へそくりの場所まで知ってるなんて…! 帰ってきて! いつもの貴女はどこに行ったの!?」

 

G11はああ見えても鋭い。当然、わざとHK416を困らせている。困っている側は至って真面目。

 

みんなに楽しんでもらいたい、普段真面目に働いて支えてくれている子も今日ぐらいは肩の力を抜いてほしい、というのが指揮官の趣旨で、ああやって盛り上げてくれた子には配給のお菓子や嗜好品を融通してくれるのだ。欲しいものがある人形は真面目にやんちゃするわけで、そういう人形は大抵盛り上げるのが上手なので、遠巻きに見るだけの人形も巻き込まれて結果毎度成功に終わる。

 

さらに、頑張った中から指揮官が良いと思った人形はプラスアルファが貰える事になっているのだ。判断基準とどうやって全員の仮装諸々を見ているのかは教えてもらえないけど、ぐうの音も出ない程正確に評価してるので文句も沸かないという徹底ぶり。以前さぼったG11が権利を主張すると、翌日から一週間ほど馬車馬の様に働かされて以来、イベントでは心を入れ替えたように打ち込んでいる。

 

評価の有力説としては、大人しい系、クール系、恥ずかしがりを如何に引きずり込めたか説。M4A1とか、AR-15とか、WA2000とか、ウェルロッドMkⅡとか。G11にとってHK416は格好のポイントゲッターでしかない。小隊の仲間をどんな目で見ているのか気にならないことも無いが、面白いので良し。

 

要するにG11は寝たいが為に、ああやって頑張っているわけである。

 

「というか、なんでそんなこと知ってるのかしら!?」

「HK416の事なら、何でも」

「G11…」

「―――ッ!!」

 

きり、と効果音が付きそうなキメ顔でなぜかきゅんときたHK416は頬を染めている。こっちは呼吸すら苦しいんだけど…。

 

立ってることも出来なくなって壁に身体を預けながらへたり込んだ、私の視界に見慣れた栗色が移る。右目に縦の傷が入った人形は、私の顔を見て満面の笑みで親指を立てて見せた。

 

―9! よくやったわ!

 

―でしょ! もっと褒めてもいいよ45姉!

 

でも、同僚の部屋に忍び込んでクローゼットの下着を漁るのは、お姉ちゃん感心しないなぁ…。

 

しかし、これで終わる妹でもないのは私がよく知っている。こんなものは序の口でしかないのだろう。9、恐ろしい子!

 

「お、やってんなぁ」

「あ、指揮官」

 

引き攣るおなかを何とか沈めて声がした方を見ると、指揮官がしゃがんで私を見ていた。東洋系の指揮官はいつも二ホンのヨーカイ仮装をチョイスしていたけど、今年は珍しくフランケンシュタインらしい。デカい螺子がてっぺんから生えている。

 

「それ、頭の横じゃないっけ」

「仮装だからな、面白けりゃいいのさ」

 

楽しむこと、幸せであることを大事にする指揮官。形式よりも中身を重んじる彼らしい姿だった。ついついにへらと笑ってしまう。

 

「45は…吸血鬼か」

「そうだよー。9とお揃い」

「がお、可愛い?」

「可愛いぞー。でも吸血鬼ってがおーって言うかな」

「面白ければいいんでしょ?」

「違いない」

 

いつの間にか隣に来ていた9と揃ってゴツゴツとした手が髪を乱す。男性らしさを感じる反面、手荒な感じは全くなくて、とても幸せな気分になれるのだ。私も妹もこの時間が大好き。

 

もっと触れてほしい、何ならずっとくっついていたい。だから私も頑張るわけで。

 

「しきかーん、トリックオアトリート」

「む、お前ら二人の悪戯は俺のメンタルをごっそり削っていくからな。ここはお菓子で我慢してくれや」

「むー、指揮官から見た私達はどうなってるの」

「……意図的に台所を荒らすかまってちゃん? わざとドッグフードを床に散らして尻尾振って待機してるイメージ」

「いやぁ、それほどでも!」

「9、褒められてないよ」

 

今のは“尻尾振ってる”だけに反応したんだろうなぁ。しかし、悲しいかな。今の私達はどう見てもそんな風にしか見えない自覚がある。二人して指揮官が秘蔵していたクッキーをつまみ食いしたり、ヘリアントスから譲ってもらったウィスキーを空けたり。かまってちゃんという表現は適格だ。

 

割と真剣な表情でポケットやベルトのポーチを漁る指揮官。その様子が落ち着いたものから次第に慌てたものに変わっていって、しまいにはさっきのHK416の様に青ざめていく。

 

サーっという音が聞こえそうな顔でこう言った。

 

「すまん、無い。配り切っちまった」

 

きっと今私達に尻尾が在ったらピタリと止まって、へにゃっと地面に垂れていただろう。

 

それぐらい凹んだ。指揮官がどこからか調達してきたお菓子は配給品と違って美味しい。ハロウィーンに限らず、イベントにちなんだお菓子を作っては振舞ってくれるので、人形の間でひそかな楽しみの一つであったりする。時には取り合いになり、武器を握った人形までいるとかいないとか。

 

兎も角、指揮官の目に見えて凹んでしまった。

 

「ぅ、うぅ…」

「な、泣くなよ9! ちょーっと待ってたら部屋から持ってきてやるから!」

「だって、指揮官のお菓子おいしくて好きだし、楽しみにしてたから……ぐすん」

「そんなぁ……指揮官のことずっと待ってたのに…」

「45まで…。わ、悪かったって……ちょっと待ってろ、直ぐに持ってくるからさ、な?」

 

べそかいて俯く9と私、慌ててフォローする指揮官。揃って床を見る妹の口がにやりと三日月に歪んだのを見て察した、やはり姉妹、考えることは一緒か

 

お菓子は強請ればあとでくれるのだ。というか用意し過ぎる癖があるので、少しばかり余るという方が正しいか。今貰えないのは残念だが、我慢すれば食べられないものではない。それよりも、降って湧いたこの状況を有効活用しなければ。これは敵司令部を攻め落とす千載一遇の好機。

 

「トリックだね、9」

「うん、トリックだよね、45姉」

「え、あ、おおお!」

 

にいぃ、とつけた牙を見せつけるように微笑んで指揮官にしがみつく。人形と比較しても遜色ない身体能力を持つ指揮官も、今は流石に避けられなかったようだ。もちろん、私としても成功してもらわなきゃ困る。

 

しゃがみ込んでいた指揮官を私は右腕を、9は左腕を両腕で抱きしめるようにして押し倒す。ここぞとばかりに人形の力を発揮して、両足も使って、何があっても離さない姿勢で見上げる。

 

慌てた指揮官は左右の私達を交互に見ては言葉にならないうめきをあげている。

 

「しきかーん、お菓子、無いんだよね?」

「な、無い…」

「トリックオアトリートだから……お菓子がないなら、悪戯だよね?」

「へ、部屋にはある!」

「手元に無いなら同じでしょ? でも、ホントに持ってないのかなー?」

「お、おい…」

 

締める腕の力はそのままに、右手を自由にしてベルトのポーチをまさぐる。手の感覚からして……ペン、手帳、ジッポライター、タバコが二つ、口直しのガム、くらいかな。ポーチには確かに入って無さそうだ。

 

ポーチには。

 

「9、そっちのポケット探ってみて。あと、シャツも」

「オッケー!」

 

9は左腕で、私は右腕でシャツをまさぐっていく。ポケットのある胸あたりを、指を立てて撫でるように、手のひらを押し付けて硬さを味わうように。今の状況を意識し始めた指揮官は顔がどんどん真っ赤に染まっていって、慌てぶりが増していくのが実に可愛い。この、普段の凛々しさとのギャップがいい。

 

「45姉、そっちはどう?」

「こっちは、無いかも」

「ほおほほほら、だから言ったろ無いって。だから離れようか、うん」

「うーーん。でも、ズボンに隠したりとか、してないよね?」

 

さらに踏み込もうとする9に内心びっくりする。アイコンタクト開始。

 

―え、いっちゃう? そこいっちゃうの?

 

―いやー攻め時かなーって。一〇〇式が居ない今がチャンスだよ

 

―それは…言えてるかも。うん。

 

指揮官と一番付き合いの長い副官が珍しく傍をはなれているのだ。これを活かさないわけにはいかない。千載どころじゃない、万載だよこれは。

 

心臓のオプションパーツが緊張状態を汲み取ってその鼓動を早める。どうか指揮官にはバレませんように、ていうか指揮官も凄い速さで脈打ってるね、これなら大丈夫。安心してこの手を胸からポケットに忍び込ませて――

 

「だああぁ! 止めんかい! 降参降参! 悪戯でいいから一旦離れて――!」

「え、いいの悪戯で?」

「どうする45姉? 処す? 処す?」

「ああ言えばこう言う姉妹だなおい! 誰だよ育てたのは! 俺だよチクショウ!」

 

やけっぱちになった指揮官を再度ぐっと両腕で固定する。ここまですれば人外の指揮官と言えども一人では抜け出せまい。肩に添える手に力を込めて、少しばかり手前にずらして首筋の肌を晒す。両側から同じように肌面積を広げられたことで、鎖骨が丸見えだ。

 

舌なめずりをして、ゆっくりと口を開く。

 

「416ー!! G11ー!! 助けてー!」

「「………」」

「目をそらすなゴラァ!!」

 

途中から意識の外に置いていた二人に助けを求めるも、どうやら無視されたようだ。それもその筈、二人が私達を止めるわけがない。というよりむしろ混ざりたいとすら思っているんじゃなかろうか。流石にここは譲るつもりはないけど。

 

見捨てられたと察した指揮官が現実に戻ってきて私と9を見る。獲物はもう目と鼻の先だ、今更足掻こうがもう遅い。大人しく食べられちゃうといい。

 

口から漏れた吐息が産毛を撫で、仮装で付けた牙が首筋にぷつりと突き立てられる。顎の力をちょっと強くしてやれば……。

 

「ぐぇ」

「うぎゅ」

 

というすんでのところで止められてしまった。誰だ、私の服の裾を掴むのは。この火照った身体をどうしてくれる。

 

「お二人とも、何をしてるんですか?」

「は、はろー、一〇〇式」

「こんにちはUMP45、UMP9」

「ここ今年は白いワフクを着てるんだね! そそ、それも二ホンのヨーカイ?」

「雪女ですよ」

「そ、そーなんだ! に、似合ってるね! 髪も今日だけ染めたんだ!」

「ありがとうございます。で、何をしてるんですか?」

 

一瞬で冷えましたどうもありがとうございます。雪…スノーか、それらしくきっちりかっちり冷えましたとも。

 

普段とは装いが違うけど、間違いなく、一〇〇式だった。鬼の副官。司令官配下の最強角。私と9がそうであるように、指揮官と一〇〇式はつうつうの仲だ。悔しいが認めざるを得ない。

 

にっこりと笑っているが、笑ってない。目が。副音声は「何してやがんだテメェラ」だろう。決してこんな汚い言葉遣いをする人形ではない、決して。でも勢いと怒りだけはこれぐらいの感情が渦巻いている。筈。

 

「あ、あはは…」

「えへへ、へへ…」

 

笑って誤魔化しは、難しそうだ。

 

「416! G11!」

「「………」」

「目をそらすなー!」

「あ、手伝ってもらっていいですか? 指揮官にがっしりしがみついてるみたいで……」

「「はい」」

「う、うらぎりものぉーー!」

 

まさか手のひらを返されるとは思っていなかった。最後の抵抗とばかりに指揮官に泣き落としを仕掛けるも、照れた様子の指揮官は目を逸らすばかりで取り合ってはくれず、ならばとHK416を見てもハイライトを失った様子で黙々と私を引き剥がそうとするだけ。

 

辺り一帯には、一〇〇式に引きずられるUMP姉妹の怨嗟の声が響いたのであった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に笑い出したと思った、とうとう気でも触れたのかしら」

「まさか、ハロウィーンを思い出してただけよ」

「物好きだねぇ、こんな時にさ」

「45姉的には、こんな時だからこそ、かなぁ」

 

404小隊は何時になく窮地に立たされていた。ここまで追い込まれるのも久しぶりかもしれない。

 

G11が目を光らせる麓で、9とHK416の応急処置に身体を預ける。確かにこんな状況でえへへと笑えばそう思われても栓のない事か。

 

ハロウィーンは、イベントは楽しい。重ねるたびに思い出が溢れて、諦めないだけの動機をくれる。どれだけボロボロになっても、絶対に生きて帰ってやるって気になれる。そうしたら、また指揮官に会えるのだから。負傷すれば、その時だけは確実に私だけを見て想ってくれるのだから、そう悪いものでもないのだし。

 

右腕全損と左脚外骨格破損。仲間を庇った名誉の負傷だ、こうしなければ今頃は一人減っていただろう、後悔は無い。が、生存率はかなり悪い。

 

それでもまだ諦めたくないのは、往生際が悪いのか、それとも……

 

「来たよ」

「さ、どうするのかしら、小隊長殿」

「はいはい、休ませてくれないんでしょ」

 

ぐっと力を込めて立ち上がる。外骨格無しでもある程度は戦える。上半身のバランスは……まぁどうとでもするしかない。

 

「余裕よ」

 

大丈夫、余裕よ。余裕なんだから。

 




毎週末、こうも幸せだったらいいのにね、って思います。
そんなタイトル。

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