捻くれた少年と海色に輝く少女達 Guilty Kiss編   作:ローリング・ビートル

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プロローグ

「ヒッキー。元気でね…………」

「ああ…………」

 千葉駅には、俺の家族と由比ヶ浜、一色、戸塚、材木座、川崎、平塚先生等の、関わる機会の多かった人間や、意外にも、葉山グループのメンバーまで来ていた。

「せんぱ~い…………」

「だから泣くなっての」

「だって~…………」

 こんな時まであざとい奴かと思ったが、割と涙の量が多いので、慌ててしまう。

 困っていると、戸塚が近寄ってきて、手を握ってくる。

「八幡、向こうに行っても連絡してね。僕からもするから」

「もちろんだ。毎晩してやる」

 何ならモーニングコールも追加してやる。

「は、八幡よ。何なら我も…………」

「ああ、それつまんね」

 こいつも相変わらずである。泣くなよ。絶対だぞ。

「そういや…………」

 一応を周囲を確認する。

「あ、ゆきのんは…………」

「そっか…………」

 雪ノ下も家の事でトラブルを抱えている。それが何なのかまではよくわからずじまいだった。そして、それが気がかりだった。

「ヒッキー、心配しないで!」

 由比ヶ浜は拳をぐっと握り、胸の高さまで上げる。

「ゆきのんの事はあたしが何とかする!だからヒッキーは自分の家族の事だけ考えてればいいんだよ!」

「悪い…………」

 由比ヶ浜の強さに甘える形になったのを申し訳なく思いながら、既に電車に乗り込んだ家族の事を思う。

『すまん』

 家族に申し訳なさそうに謝る父の姿。別に俺達に謝る必要などないのに。

 ざっくり説明するなら、親父は左遷された。

 上司の大きなミスの責任を押しつけられる形での左遷。

 あんだけ社畜として頑張っていたのにこの仕打ち。やっぱり仕事なんてするもんじゃねーな。

 そんな事を考えている内に、何かしてやれないか、とか柄にも無いことを考えてしまった。

 結果が、親父の単身赴任ではなく、家族総出の引っ越しだ。俺が何か言い出す前に、母ちゃんと小町も同じ事を考えていた。意外な所で家族とは似るものである。悪くない。

「まあ、色々あるだろうが、新天地でも頑張りたまえ」

 平塚先生が頭をポンポンと叩いてくる。

「いや、何もないでしょう。3年だから受験勉強やるだけですよ」

「しかし、君だからなぁ」

 嫌な信頼である。

「君の事だから、また転校先でも誰かを変えていくのかもな」

「買い被りすぎだっての。じゃ、時間だしそろそろ行くわ」

「じゃあね、ヒッキー」

「八幡、夏休みにでも遊びに行くから」

「ぐす…………はち…………まん…………」

「先輩、富士山登りに行くついでに見に行ってあげますから」

「…………ありがとな」

 その場にいた全員に、しっかりと頭を下げた。

 そして、振り返る事はしなかった。

 

「お兄ちゃん、海綺麗だよ!」

「ま、千葉にも負けてないんじゃないか」

 MAXコーヒーを飲みながら、窓の外に目を向ける。

 さっきからずっと海は見えていたが、静岡県内にはいってから見ると、どこか違った輝きを放っているように見える。

「泳ぎ行こーよ」

「いや、死ぬから。死んじゃうから」

「ダイビングショップもあるみたいだよ」

「聞いてねぇ…………」

 しかし本当に緑も多く、気持ち良さそうだ。

 降りたら真っ先に深呼吸をしよう。

 

「千歌ちゃん。どうしたの?」

「あの人達、引っ越してきたのかな?」

「う~ん…………そうみたいだね!」

「この街のいい所…………いっぱい見つけて欲しいなぁ」

 

 *******

 

「ふう…………」

 一軒家に、荷物を詰め込み、あらかた片づけてしまう。一家総出の頑張りで掃除もあっという間に終わった。あとは蕎麦でも食うだけか。

 ふと気づく。そういや、駅で色々あって本を買い忘れていた。少し疲れはあるが、まだ日も沈んでいないし、本屋の場所を確かめておくのもいいかもしれん。

 それと、自販機にMAXコーヒーがあるかを確かめておかないとね!

 Amazonさんで注文はできるが、自販機でいつでも買える安心感というのは、やっぱりありがたいもんな。

「あれ?お兄ちゃん出かけるの?」

「ああ」

「じゃあ、小町も行こーっと♪」

「車に気をつけるんだよ-!」

 母ちゃんの言葉を背に受け、小町と二人乗りで出発した。

 

「へー、さっきはあまり見れなかったけど、駅の周辺は割と都会なんだねー」

「ま、家の周りはあれだからな」

 新居の周りは、2、3軒家があるだけて、あとは結構な自然に囲まれている。

 ここに来る途中、最初は車もほとんど通らなかった。

 改めて引っ越したんだなぁ、としみじみ思う。

「そういや、お前、総武…………」

「お兄ちゃん」

 強めのトーンに発言を遮られる。

「私さ、雪乃さんも結衣さんも好きだよ。でもね…………」

 小町が手を握ってくる。

「家族が世界でいっちばん大事」

「…………俺もだよ」

 寂しさはある。多分数日、数カ月と時間が経つと共に、千葉との違いを見つけ、そして適応していくんだろう。

 けれど、家族の為なら何て事はない。

 

「いらっしゃいませー」

 本屋の中に入ると、人の数はまばらで、J-POPだけが騒がしく響いていた。

 とりあえず、一般小説のコーナーへ行く。

「ここを曲がって…………」

 案内図に従い、突き当たりを右へ曲がると、何かを踏んだ。

「って!?」

 踏んだものにローラーが付いていたのか、ずるっと滑り、尻餅をつく。

「ずらっ!?」

 女の子の声が聞こえた。…………今なんて言ったんだ?

「ご、ごめんなさいずら!オ、オラ…………」

「いや、大丈夫だ」

 少し尻が痛いだけで、特にケガはしていない。それよりさっきから気になる事が…………。

「ほ、本当に大丈夫ずらか?」

「…………ずら?」

「ずらっ!」

 その少し長めの茶色い髪が特徴の、小柄な女の子は口元を押さえ、自分の言葉を飲み込もうとしていた。

「ち、違っ、オ、オラ…………」

 この辺りはこういう方言なのだろうか。まあ、いい。

 少し離れた所へ転がっていった台車を彼女の前へと移動させる。

「あ、ありがとうず…………ございます」

 方言を隠しながらのお礼を言われる。多分、年齢は小町くらいか。

「あ、ああ…………そっちはケガはないか?」

 まあ、俺が一人で転んだだけだが。

「あ、はい大丈夫…………です」

「お兄ちゃーん!」

 小町から呼ばれたので、俺は軽く会釈をして、その場を去った。

 

 *******

 

「あと3日か…………」

 あと3日で新天地での学校生活が始まる。おかしいな。3ヶ月足りない気が…………。ちなみに親父達は既に新しい社畜生活に突入している。ったく、あと3日間ぐらいゆっくり休めっての。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 小町が隣りに座ってくる。…………うわ、何か頼み事をしてくる時の態度だ。

 俺は沼津の共学校に、小町は浦の星女学院に編入が決まっている。小町の方はかなりぎりぎりまで悩んだらしいが、高校は千葉の時と違い、俺とは別の高校を選んだ。今回の事で、何か思うところがあったのだろうか。べ、別に寂しいわけじゃないんだからね!

「学校への道を確認しとかないと」

「そうか。いってらっしゃい」

「お兄ちゃんも行かなければいけないのです」

「まあ、まだ慣れていないしな」

 可愛い妹がまだ慣れない土地で迷子になるのも、かわいそうだ。仕方なく、外出の準備をする。

「つーか、お前の行くとこ女子校だろ?俺が行っちゃ、まずいんじゃねーの?」

「大丈夫だって!…………多分」

「おい、そこは絶対って言ってくれよ…………」

 

 バスに乗って、窓の外に目を向けると、青く澄み渡る空と、静かにたゆたう海が流れていく。その二つが水平線を溶かして合わさってしまいそうに調和しているのを見つめていると、あっという間に目的地に到着した。

「バス停からそんなに遠くはないな。これなら、大丈夫だろ」

「そだね♪じゃ、校舎探検しよ!」

「いや、しねーから」

 引っ越して1週間も経たない内にそんなドキがムネムネするようなスリルは味わいたくない。

「じゃあ、せめて校門まで!」

「へいへい」

 

「ふ~ん、結構グラウンド大きいね」

「ああ」

 返事をしながらも、視線は海へ向けている。だって陸上部とかが割と露出度高めでアレなんだもん。

「ちょっと飲み物買ってくるわ」

 

 曲がり角の辺りにある自販機前で財布を出していると、何かぶつかってきた。

「うおっ」

「ぴぎぃっ」

 やけに甲高い声で、その小動物じみた女子は呻く。

「だ、大丈夫か?」

 鼻を押さえている少女に声をかける。

「あ、はい…………こちらこそ、ごめんなさ…………」

 少女は俺を見て固まる。まるで時が止まったようだ。

 赤みがかったツインテールも、子犬のような庇護欲をそそられる瞳も、ほんのりと桃色の唇も全て停止していた。しかし、よく見たら額の辺りが青ざめているような気がする。

「お、おい、どうした?」

 片手で軽く肩をゆすった。

 しかし、それがスイッチとなったのか、少女の顔がどんどん赤くなる。そして、限界に達した瞬間…………

「ぴぎゃああああ!!!!」

 その小さな体からは想像もつかないくらいの大音量をぶっ放してきた。思わず耳を押さえてしまう。

 …………てゆーかこれ、ピンチではないでしょうか。

 あたふたしていると、背後から、凛とした声が聞こえる。

「あなた…………わたくしの妹に何をしてますの?」

 この時、確かに思った。

 悪い予感ほどよく当たる。

 

 *******

 

「え、いや、その…………」

 上手い言い訳を考えながら振り向くと、思わず息を飲んだ。

 まず印象的だったのは、その長い黒髪。腰まで届く長さのそれは、純和風の淑やかな色気があり、ある人物を連想させる。次に目に入った真っ白な肌は、季節はずれの雪のように儚げな美しさを放ち、俺を睨みつける勝ち気な瞳は、揺らぐ事なく俺を捉えていた。

「もう一度聞きますわよ、そこの貴方。私の妹に何をしているのかしら?」

「…………」

 こちらに距離を詰めてくるその凛とした姿に、危うく目を奪われかけるが、我に返り反論する。

「いや、何もしてないじょ…………」

 こんな時に噛むんじゃねえよ、俺。

 案の定、顔を顰められる。

「やっぱり怪しいわね」

 黒髪の美人は俺のパーソナルスペースに入るか入らないかの距離まで接近していた。妹と同系統ながらも、少し甘さ控え目な香りが漂ってくる。ピンチなはずなのにいらん思考が脳内を飛び交っていた。

「その腐った目…………どう考えても怪しいですわ!」

 こちらが対応できていないせいか、少しずつ黒髪がヒートアップしてきている。

 しかし、初対面の人間に腐った目と言われる筋合いはない。そういう人間に対して言う事は決まっている。

「…………この清楚系ビッチめ」

「なっ…………!」

 俺の言葉に反応して、黒髪は顔を真っ赤にした。

「だ、だ、誰がビッチですってーーーー!!!」

 ビッチという言葉が辺りにこだまする。しかし黒髪はそんな事はお構いなしで俺に詰め寄ってきた。

「その腐りきった目には、わたくしがちゃんと見えていないようですわね!」

「初対面の相手の目を腐ってるなんて言う奴にはビッチで十分だろ」

「何ですって~~~!」

 お互いにまた言い合おうとすると、二つの小さな影が乱入した。

「お、お姉ちゃん、違うの!この人は」

「お兄ちゃん、何やってんの?」

「…………」

「…………」

 そう。二人の妹が間に入る事で、その場は収まった。

 何の気なしに空を見上げると、この馬鹿騒ぎを眺めるように鳥が旋回しながら青空を漂っていた。

 

「「ごめんなさい…………」」

 とりあえず入った喫茶店にて、二人して頭をテーブルに付きそうなくらい下げる。店内にかかっているジャズがやけに物哀しく聞こえてくる。

 裁判長である小町に、ひとまずYOU達両方謝っちゃいなよ!との判決が下された。

「お兄ちゃん。女の子にビッチなんて言っちゃダメじゃん。しかもこんな綺麗な人に…………」

「いえ、そんな、わたくしなど…………」

 小町の言葉に黒髪は頬を染めながら俯く。

 …………しかし、どこかあざとい。一瞬ニヤッとしましたよね?

「あの…………」

「ん?」

「ぴぎぃっ!」

 声のした方を振り向くと、さっきまでいたはずのツインテールがいない。

「こらルビィ。そんなところに隠れてないで、あなたも謝りなさい」

「うぅ…………」

 ひょっこりとテーブルの下からツインテールが顔を出し、こちらを潤んだ目で窺ってくる。な、何だ…………この可愛い生き物は…………。

 しかし警戒されているのか、目を合わせようともしない。

「ごめんなさい。この子ったら、お父様以外の殿方と話した事がないもので…………」

「ああ、なるほどね…………」

 話した事がない理由などはともかく、男に慣れていない状態で、目つきの悪い男に話しかけられたら、そりゃあ怖がるだろう。俺も苦手なタイプの人間ならいる。リア充とかリア充とかリア充とか。

「まあ、その、やっぱり俺も悪かった…………」

「何がですの?」

 黒髪はキョトンとした顔になる。

「さっきの…………」

「ああ、もう気にしてませんわ。そもそも私が言いがかりをつけたのですし。それに、さっきお互いに謝ったじゃありませんか」

 口元に優雅な微笑みを浮かべる。感情的になりやすいかもしれないが、決して引きずるタイプではないらしい。

「そういえばさっきルビィって言ってましたけど、名前なんですか?」

 小町が興味津々な様子で黒髪に聞く。

「あ、自己紹介がまだでしたわね。私は黒澤ダイヤ。こちらが妹のルビィですわ」

「ル、ルビィです…………」

「私は比企谷小町です!これが兄の…………」

「比企谷八幡だ」

「小町さんと八幡さんね」

 自然な流れでファーストネームを呼ばれた事に動揺しかけるが、何とか持ちこたえる。戸塚戸塚戸塚戸塚戸塚…………。

「小町さんが浦の星に入学、ということはルビィと同じクラスですわね」

「え!?クラスまでわかるんですか?」

 驚いた小町に、黒澤姉は少し物憂げに目を伏せながら言った。

「浦の星は年々入学者が減って、今年の1年生はクラスが一つしかありません」

 

 *******

 

「そっかぁ~。入学者そんなに少ないんだ~」

 黒澤姉妹と別れた帰り道、隣りをとぼとぼ歩く小町がぼそっと呟く。

「俺なら喜んでるな」

「はいはい。ゴミぃちゃんゴミぃちゃん」

 人が少ない方が、その分トラブルも少ないと思うの。To LOVEるは一男子としては大歓迎だが。

「まあ、東京の学校でも廃校になる事があるんだ。人の少ない地域ならなおさらだろ」

「そりゃそうなんだけど、やっぱり寂しいよね」

「そういうもんか」

「そういうもんなの!さ、商店街でお買い物して帰ろっか」

 

 学生は春休みだが世間は平日。そんなわけで商店街の人通りは寂しいものがある。そう思いながらも決して嫌いではないのだが。人ごみ嫌いだし。

 そして、こんな場所に来ると何となく本屋を探してしまう自分がいる。お、さっそく発見。

「お兄ちゃん、スーパーはあっちだよ」

「ああ、少しだけ」

「もう、しょうがないなぁ。十分だけだかんね!」

「へいへい」

 小町のお許しをいただき、本屋の前まで行くと、俺に反応するより先に開いた自動ドアから、何かがそこそこの勢いで飛び出してきた。

「うおっ!」

 その小さな何かは、どすっと腹の辺りに突っ込んでくる。

「きゃっ!」

 突然の衝撃に耐えられず、背中から転んでしまう。咄嗟にその何かを庇うような形になった。

「つつ…………」

「うぅ…………」

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

 小町が駆け寄ってくる。

「ああ、何とか」

 頭は打っていないようだ。むしろ腹の方が痛い。

「ご、ごめんなさい」

 謝る声が聞こえてくる。

 その声でようやく、ぶつかってきたのが女だと理解した。そして、その響きは幼い。

 上半身だけよろよろと起こし、確認しようと顔を声の方へ向けると、驚きで変な声が出そうになった。

「…………」

 その少女(?)はマスクとサングラスで顔を完全武装していた。はっきり言って間近で見ると怖い…………。

 とりあえず人目気になるので、そろそろどいていただきたいところだ。

「あの…………」

「…………」

 声をかけても少女の方はピクリともせず、そのままの姿勢を保っている。サングラスの下の目がこちらに向けられているように思えるのは、気のせいではないだろう。

「……………………い」

「?」

 何か言ったようだが、マスクに閉じこめられた声はこちらまで届かない。

 ひとまず様子を窺っていると、サングラスがストンとずれて、ぱっちりとしたきれいな眼が露わになる。サングラスとマスクに気を取られ、気づかずにいたのだが、長い黒髪も先程の黒澤姉に引けをとらないくらい綺麗だし、お団子の部分もなんか懐かしい。お団子で由比ヶ浜を思い出してしまうからか。まだ引っ越して間もないけど。

 その二つの瞳は俺と目を合わせたまま固まっている。

 やがて俺の方が堪えきれずに目を逸らすと、少女が持っていたらしい紙袋から、ハードカバーの本が飛び出している。

「…………黒魔術?」

「え?あっ!」

 俺の上からどいた少女は慌てて本を拾い上げ、その場から逃げるように走り去っていった。

「「…………」」

 俺と小町はその背中を唖然として見送る事しかできなかった。

 

「ハァ……ハァ……」

 あの眼…………。

「ハァ……ハァ……」

 …………滅茶苦茶カッコイイ!!

「我が主…………いえ、あの人どこの学校なのかしら?」

 いや、それよりも先に自分の堕天使を捨てるのが先だ。こんな自分では絶対に引かれてしまう。一刻も早く変わらねば…………そして…………

「リア充に…………私はなる!」

 そう。浦の星女学院で私は生まれ変わる!

「…………この本、どうしよう」

 ま、まあ、持っててもいいわよね!

 

 *******

 

「お兄ちゃん、早く早く~!」

 小町に手を引かれながら、今日も晴天の下をたったかたったか小走りで目的地まで急ぐ。

「な、なあ、小町ちゃん。何も開店と同時に行かなくても…………」

「何いってんの!やっぱり一番乗りでやりたいじゃん!並ぶ必要もないし」

「…………」

 正直その心配はないと思う。

 そこまでの人通りはない。

 まあ、これはこれで落ち着くんだけど。ついでにリア充もいないと助かる。

「いらっしゃいませ-!」

 考えている内に目的地に到着していたようだ。元気のいい女性店員の声が響く。

 その声の方に目を向けると、ポニーテールの女性が奥から出てきた。年は割と近そうだ。ポニーテールなんて川何とかさん以来!さすがにパンツからの登場はしないけど!

「あの…………どうかしました?」

 怪訝そうな目を向けられる。いかん。こっちが変なインパクトを与えてしまうところだった。

「ごめんなさ~い。お兄ちゃんったら、すぐ美人に見とれちゃうから」

 小町がフォローにならないフォローをしてくる。

「ふふっ。ありがとうございます!」

「あ、実はダイビング初めてなんですけど」

「じゃあ、こちらへどうぞ」

 

 受け付けやら準備やら、小町の代わりにしっかり話を聞き、ようやく潜る事になる。

 海中は自分が思ったよりずっと透き通っていた。

 水面という確かな境界線があり、その下ではまったく別の世界の営みがあった。

 その世界の広がりに心を奪われてしまった。

 

「どうでした?」

「ああ、楽しかったです…………」

「すごかったです!こう、ばぁ~っと青くて!」

 小町のアホっぽい感想に頭を抱えていると、隣ではそれ以上に悩ましい光景が広がっていた。

「ふう…………」

 ポニーテールさんはウエットスーツのジッパーを下ろし、上半身は水着だけになる。豊満な胸の谷間も、くっきりとしたくびれも、青空と海に映えていた。

 また見過ぎないように顔を逸らす。

「お二人は旅行で来られたんですか?」

「いえいえ、小町達は最近引っ越してきたんですよ!」

「へえ、どちらから?」

「「千葉」」

「もう、ここには慣れました?」

「ぼちぼちですね」

 千葉愛が深いもので。

「学校はこの辺り?」

「私は浦の星女学院の1年生になります」

「そっか。じゃあ私の後輩だね」

「え、てことは…………」

「今年度から浦の星女学院3年になります松浦果南です。よろしくね比企谷さん」

「あ、はい!改めまして比企谷小町です!こちらは兄の…………」

「比企谷八幡だ」

「お兄さんの学年は?」

「兄は果南さんと同じですよ~」

「そっか。よろしくね」

「あ、ああ…………」

「先日生徒会長とも偶然出逢ったんですよ♪」

「生徒会長…………ダイヤ?」

「はい!お知り合いなんですか?」

「小っちゃい頃からの親友だよ」

 一瞬表情が翳った気がするのは何故だろうか。

「お二人に学校で会えるの楽しみだなぁ~」

「あ、実は今休学中なんだ」

「え?どうしてですか?」

「おい、小町」

「あ、お父さんがケガしてるだけだよ。それでお店手伝ってるの」

 さすがに踏み込みすぎかと思い、小町を制するが、松浦はあっさり答える。

「そうか」

「あ、何ならうちの兄を使ってくれていいですよ!どーせヒマだし」

 確かに本当の事なんだけどね。いや、いいんだけどさ。

「え?わ、悪いよ。大した給料出せないし」

「いえいえ、果南さんみたいな美人と働けるならお兄ちゃんも気にしないと思います」

「おいおい」

 小町に抗議しようとすると、突然の大音量に遮られた。

「果南ちゃ~ん!」

 声のする方を見てみると、ボートから女子が二人手をぶんぶん振っていた。

 

 *******

 

「やっほ~!果南ちゃん!」

「ヨーソロー!」

 松浦の知り合いと思われる二人がボートを降り、こちらへ駆け寄ってくる。蜜柑色がかった短めの髪の少女は手をぶんぶん振り、薄目の茶色が印象的なショートボブの少女は敬礼しながら、という賑やかな挨拶スタイルだ。

「今日も二人して元気だね」

「もっちろん!新学期始まったらやりたい事始めるからね!景気づけに潜りに来たよ!」

「そちらの二人は、お客さん?」

 ヨーソロー(仮)の視線がこちらに向く。

「うん。この前引っ越してきたんだって。こっちの子は千歌達の後輩になるよ」

「え、そうなの!?」

「初めまして比企谷小町です!こっちが兄の…………」

「比企谷八幡だ」

「私は高海千歌です!浦の星女学院の2年生!」

 元気いいなー。でも少し声のボリュームを落としていただけると助かります。

「ヨーソロー!初めまして。渡辺曜です!」

 つられて敬礼をしそうになった。軽く手を上げて応え、それをごまかす。片や小町はビシッと敬礼を返している。適応力高すぎである。

「ヨーソロー!私の事は小町って呼んでください、先輩♪」

「よろしくね、小町ちゃん!お兄さんも!」

「お、おう…………」

 唐突な距離の詰め方に一歩引いてしまう。こちらが男だという事はあまり意識していないようだ。男の勘違い製造機である。

「お兄さんはどこの高校に通うんですか?」

 渡辺が隣にすとんと腰かけてくる。こちらは普通の距離感で助かる。

「沼津の共学だ」

「へえ、結構大きな高校ですよね。あ、二人はどちらから引っ越してきたんですか?」

「「千葉!」」

「「…………」」

 あ、やべ。千葉愛が爆発してドン引きさせてしまった。高海と渡辺は顔を見合わせている。

「千葉って…………どこだっけ?」

「東京の下だよ、千歌ちゃん」

「くっ。これが千葉のイメージなのか…………!」

「お兄ちゃん、ファイトだよ!お兄ちゃんが千葉の良さを広めていけばいいんだよ!」

「ああ、そうだな…………」

「よ、曜ちゃん。私、何かいけない事言っちゃったかな?」

「多分…………」

「あはは…………」

 意外と東京の下という表現も傷つくのだがあえて口には出すまい。さて、MAXコーヒーはどこかな?そこの自販機には…………ない。

「ねえ、皆で一緒に潜らない!?」

「お近づきの印にって事で!」

「いいね、やろう!」

「ほら、お兄ちゃん!」

「あ、ああ…………」

 幾つもの歯車がギシギシと音を立て、静かに回り出す。どの歯車がどの歯車と噛み合うのか、それは誰にもわからない。

 

「ここで…………海の音が聞けるのかな?」

 

「フフッ、ようやく戻って来れたワ。待っててね果南、ダイヤ!」

 

 こうして物語の続きが紡がれていく。

 

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