捻くれた少年と海色に輝く少女達 Guilty Kiss編 作:ローリング・ビートル
とある日の放課後……。
可愛らしい家具やぬいぐるみを控えめに置いていて、ほんのり甘い香りが漂う清潔感のある部屋は、ピアノの音で満たされていた。
それは春の日差しのような心地よいメロディー。
歌詞があるわけでもないのに、そこには前向きなメッセージが込められているのが、何となくわかった。
やがて曲が終わり、じっくり余韻に浸ろうと考えたところで、ピアノから離れた桜内は、俺の正面に座った。せめてテーブルを挟んで欲しいんだが……。
彼女は距離感とかそんなのはお構い無しに、どこか自信なさげな瞳を向けてきた。
「あの……どうですか?」
「……あー、まあ、いい感じだと思う」
俺の感想を聞いてから、彼女はうんうん頷き、また距離を詰めてきた。ふわりと上品な香りが漂うのが、今の気分とアンバランスで、何とも言えない……。
「ちなみに、どういう風にいい感じでした?」
「いや、なんつーか、今の季節に合ってるとは、思う……」
「なるほど……じゃあ、気になる部分とかありました?」
桜内はさらに距離を詰め……てか、近すぎるんだが……今、鼻に少し息かかったぞ……。
「…………」
「どうして黙って……あ」
桜内もようやく気づいたのか、ピタリと固まる。
「…………」
「…………」
すぐに動くかと思った彼女は、何故かこちらを見つめたままで、見つめ合う態勢になった。
白く透き通るような頬は、ほんのりと紅く染まり、瞳は微かに揺れていた。
窓の外から聞こえてくる子供のはしゃぐ声が、やけに大きく聞こえる。
そんな中、先に口を開いたのは桜内だった。
「あ、あの……何か言ってくださいよ」
「……いや、つーか、まあ、その……」
お前がこの状況を作ったんだろうが、というツッコミはさておき、そんな事言われても、そんなすぐ出てくるはずもなく、ただ時間だけが、じわりと進んでいく。
そこで、いきなりドアが開いた。
「お待たせ~。……あらあら、ごめんね?」
カップやケーキの載ったお盆を持った桜内の母親は、「おほほほ」と無駄に上品ぶった笑みを残し、ドアを閉めた。
「ちょっ、お母さん!?そ、そういうのじゃないからね!?あとドアはノックして!」
「…………」
とりあえず、何か言ったら墓穴を掘りそうなので、黙っておこう。
扉が閉まる直前の桜内母のウインクが何を意味しているのかはわからなかった。
*******
桜内母からの差し入れを受け取り、ひと息ついていると、先程の出来事を思い出したのか、桜内はぷんすか怒りながら口を開いた。
「まったくもう……お母さんはたまに常識がないんだから」
「…………」
「何ですか、その『お前はいつも常識ないけどな』みたいな目は」
「お前、読心術使えるのか。すげえな」
「失礼ですね!」
「まあ、あれだ……ライブ、そろそろだっけ?晴れるといいな」
「露骨に話題を変えましたね。まあ、たしかに晴れて欲しいですけど」
天気予報だと今のところ曇りだが、まあ当日には運良く……なんてこともあるかもしれない。窓の外に目を向けると……てか、飲みかけのペットボトルが何本か置いてあるじゃねえか。部屋は綺麗にしてあるのに。
まあ、今はほっとこう。本人の飲むペースもあるだろうし。
「そういや今さらだが、お前、ダンスもできたのか」
「いえ、初心者ですけど、まあまあリズム感には自信があるので」
「そっか」
「何なら少し振り付けを見せてあげましょうか?」
「……別にいい」
「一回しかやらないから、見ててくださいね」
「…………」
なんだ、この一方通行のコミュニケーション。俺の言葉反射させてんのかよ。
そんな傍若無人ランキング第一位の桜内は、すっと立ち上がり、軽やかなステップを踏んだ。
思ったより軽快な足運びについ目を奪われていると、桜内はドヤ顔でこちらを見た。
「ふふん、どうですか?私をピアノだけが取り柄の運動音痴な美少女だと思ってたから、ギャップにやられたんじゃないですか?」
「……アホな事言ってると転ぶぞ」
「まさか、そんな……あっ!」
言わんこっちゃない。
つるりと足を滑らせた桜内は、そのままこちらに倒れ込んできた。
いくら予想していたとはいえ、いきなりすぎて碌に受け止める態勢もとれないでいると、そのまま彼女の体がぶつかってきた。
膝を床にぶつけたのだろうか、ガンッと大きめの音が響く。
「あたたた……ご、ごめんなさいっ!大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……むしろ、そっち平気か?」
「はい、少し膝を打っただけなので……あはは、調子に乗りすぎちゃいましたね」
「…………」
急にしゅんとした笑顔を向けられても困るし、それに一刻もはやくこの態勢を何とかして欲しい。無駄に美人なんだよ、こいつ……。
いや、本当にはやく動かないと、この後の展開なんて誰でも予測でき…
「大丈夫?すごい音したけど……あら……ええと……ごめんね?」
「「…………」」
ほら、こうなる。知ってた。てか、この距離感、本当にやばいから!色々と!
この後、桜内母の誤解を必死に解こうとする桜内を見ながら、脳内に焼き付いた彼女の笑顔やら感触やらを反芻した。
*******
しばらくして比企谷さんが帰ると、私はベッドに寝転がった。
はあ……まったく、散々な目に合ったわ。まあ、私が全面的に悪いんだけど。
「……あの人、意外と大きな体してた……いやいや、何を考えてるのよ、私は!」