捻くれた少年と海色に輝く少女達 Guilty Kiss編 作:ローリング・ビートル
学校へと向かう車の中。
ようやく馴染んできた2年ぶりの内浦の海をぼんやり眺めていると、専属メイドのアイリが話しかけてきた。
「あの、鞠莉お嬢様」
「なぁに、アイリ?」
「お嬢様は、やけにあの目つきの悪い少年を気に入っておられるようですが……」
「目つきの悪い少年……ああ、ハチマンの事?フフッ、なんか面白そうだけど、どうかした?」
「いえ、なんだか彼の事を妙に気にかけてらっしゃるので……」
「アイリ……人生とは一期一会なのデース!!だから出会いは大事にしなくちゃ♪」
「は、はあ……」
こてりと首を傾げる可愛らしいメイドに笑いかけながら、私は彼の顔を思い出した。
ていうか目つき悪いって、アイリったら、そんなはっきり言わなくても……まあ、目つきが悪いのは本当デスネ。あれはあれでチャーミングなんだけどね。
彼の目を思い出しながら、もう一度海に目をやると、見覚えのある船がゆっくりと何処かへ向かっていた。
*******
休日の朝、俺は砂浜に腰を下ろし、携帯を耳に押し当て、癒しを直に耳に入れていた。
「それで、そっちの方はどうなの、八幡?」
「あー……まあ、あれだ。特に変わったところはない。いい場所だけどな」
「あははっ、なんか八幡らしいね。その言い方」
「そうか?」
「うんっ。僕も部活が終わったら、そっちに行ってみたいなあ」
「そりゃあ、いつでもウェルカムだ。なんなら今日でもいいぞ」
「さすがに今日は無理だけどね、あはは。じゃあまたね、八幡」
「……ああ、それじゃ」
守りたい、この笑顔。
いきなり電話してきた戸塚は、総武高校の連中について教えてくれた。何なら特に知る必要のない葉山や材木座の話までしてくれた。
……とはいえ、誰かが気にかけてくれるというのは、むず痒いが決して悪いものではない。
「……夏休みに一回くらい千葉行っとくか」
「へえ、千葉好きなの?」
「ちょっと前まで住んでたんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「……っ!びっくりしたぁ……」
「あははっ、シャイニー♪」
こいつ、いつの間に隣にいたんだよ。あんま高性能なステルス機能搭載されてると、ステルスヒッキーが霞むだろうが。
「てか何か用か?今忙しいんだが…」
「そうかしら。とても暇そうデスネ~」
まあ言い訳のしようもない。実際戸塚との電話を終えた喪失感でぼーっとしていたところだからな。
「そういうそっちも暇そうだな」
「シャイニー♪」
今誤魔化したよな……何その便利なフレーズ。今度俺も使おうかな。
ふわりと通り過ぎる風が彼女の鮮やかな金髪を揺らし、甘い香りを届けてきた。
「…………」
「フフッ、私の顔に何かついてる?」
「い、いや、別に……」
いかん、つい視線が吸い寄せられていた。いや、吸い寄せられたということは、これは俺が悪いんじゃない。小原が悪い。
とりあえず誤魔化そうと、思いつくままに口を開いた。
「それよか……そっちは何でこんなとこ歩いてたんだ?」
一応尋ねると、小原は勿体ぶるように笑い始めた。
「フッフッフッ……今日は、高校の方に用事があるのデース!何故かって?来週から理事長に就任するからデース!」
「あ、ああ……そうか……え……は?」
一人で賑やかな奴だとやや引き気味に見ていただが、最後のほうを聞き流すことが出来なかった。今、なんかすごい事言わなかったか、こいつ?
すると、小原がしてやったりと言わんばかりの子供じみた笑顔を見せた。
「……あー、その……一応聞いておくが、冗談だよな?」
「嘘じゃありません。私のホームの小原家の寄付金は相当な額なの」
「…………」
おいおいマジかよ。
さすがに、そこまでする奴が……いや、先日言ってたっけな。それにしてもやりすぎな気もするが。
「……それが、これからやる事に関係してるのか」
「まあ、そんなところデスネ。そういえば、ハチマンは前の学校で何か部活やってたの?」
「……あー、奉仕部だ」
「奉仕部?どんな事やるの?」
小原はこてりと首を傾げていた。まあ、そういうリアクションになるよなと頷きながら、いつか彼女から聞かされた言葉をなぞった。
「……飢えた人間に魚を与えるんじゃなくて、魚の取り方を教えてる」
「なるほど……」
えっ?今の説明だけでわかったの!?と彼女の方を向くと、彼女は目を優しく細めていた。
そして、その瞳は真っ直ぐにこちらを向いていた。
「アナタがその場所をとても大事に思っているのがわかるわ。そこにいた人達の事が好きだったことも」
「…………」
俺は肯定も否定もせずに、そのまま視線を海に固定させた。
心の中を見透かされたような気がしたが、不思議と嫌な気分ではなかった
「私も……同じだから」
ぽつりと呟かれた言葉に顔を上げると、小原も同じように海を見つめていた。憂いを帯びた表情はこれまで見たことのないもので、その金色の瞳が見つめているのは、水平線よりもさらに向こうにある見えない何かだ。
つい見とれていると、彼女は軽やかに身を翻し、柔らかい笑みを見せた。
「じゃあ、そろそろ行くね。チャオ♪」
そして彼女は背を向け、颯爽と去っていく。
俺はその背中を、誰かに重ねるでもなく、黙って見送った。
彼女の靴が砂を噛む音が、微かに響くのを聞きながら。