捻くれた少年と海色に輝く少女達 Guilty Kiss編 作:ローリング・ビートル
「ああ~!!何だかドツボにはまってる気がする~!!」
御手洗いにて、私は一人頭を抱えていた。
あの場面を乗りきる為についた嘘が、まさかこんなことに……しかも、比企谷さんに思いきり迷惑かけちゃってるし。
私は、さっきまで比企谷さんの手を握りしめていた右手を見つめた。
……うーん、まさかこういう形で男子と手を繋ぐことになるとは……手、意外と大きかったな。
いやいや!!!私ったら何浸ってるのかしら?はやくこの件は何とかしないと……曲も作らないといけないし……まだ書ける気がしないけど。
「梨子ちゃん?」
「ひゃわっ!」
いきなり名前を呼ばれ、飛び上がってしまう。
振り向くとそこには何ともいえない表情をした高海さんがいた。
「ど、どうしたの、高海さん?」
「あはは……梨子ちゃんが一人で悩んでたみたいだから」
「え?ちなみにいつからいたの?」
「えーと、右手をじーっと見てたあたり、かな?」
「そ、そう……なの」
よかった~、てっきりばれたのかと思ったわ。
いや、待って。そもそもこれ、本当の事言っちゃったほうがいいんじゃないかしら?
そうよねっ!今この場でドッキリでした~!って言えば、問題解決するわよね!
だって比企谷さんにあまり迷惑かけられないし、クラスメイトに嘘をつくのは心苦しいし、何よりもう例の本の事は忘れてるだろうし!
「あの、高海さん、私ね?本当は……」
「もしかして、桜内さん……比企谷さんとケンカしちゃったとか!?」
「え……?」
「いや、今朝二人を見たら、なんかこう……ぎこちないというか……あっ、私そういう経験ないから、よくわかんないんだけど!でも、相談くらいならのるよ!」
「…………」
わぁ……高海さん、良い人だな~。良い人すぎて、本当の事言いそびれちゃったけれど……。
とにかく、今本当の事を言うのは、すっごく気まずいわ……。
「あはは、ケンカとかじゃないの。ほら、何ていうか……まだ距離をはかりかねてるというか……はい」
とりあえず「はい」とか締めちゃってる自分が恥ずかしい。てかやばいわ……このままじゃどんどんドツボに……もうはまってる気がするけど。
「そっかぁ、じゃあ困った事があったら言ってね!あとスクールアイドルの事も考えてくれたら嬉しいなっ、それじゃ!」
「あっ、高海さん……」
*******
「……ていう感じです」
「…………」
ていう感じです、じゃねえよ。え、何?この子、アホの子なの?由比ヶ浜よりアホの子してる奴は中々見かけねえぞ。
放課後、桜内から待ち伏せされた俺は、そのまま並んで歩いていた。やわらかな風に優しく揺れる草木が羨ましく思えるくらい慌ただしい……。
*******
「くしゅっ!」
「由比ヶ浜さん、どうかしたの?」
「あははは、何だろ?誰か噂してるのかなぁ?」
「……比企谷君じゃないかしら。きっとあなたの良い所を誰かに話してるのよ」
「え、ええ?もう、しょうがないなぁ、ヒッキーは……」
*******
「…………」
「どうしたんですか?いきなり黙って……」
今、アホな子がアホな事考えてる気配がしたんだが……気のせいだろうが。まあいいか。
「……何でもない。それより、今日はどうするんだ?帰るか?」
「自然に逃げようとしないでください。その……今日はとりあえず私の家に来てください」
「はっ?」
この子いきなり何言ってんの?き、聞き間違い……じゃないですよね?
あまりの衝撃に、ついつい疑問を口にしてしまった。
「……お前、もしかして俺の事好きになっちゃったの?」
「はぁっ!?な、な、何考えてるんですか!べ、別にあなたの事なんか好きでもなんでもないんですからね!」
「お、おう……」
どうしてテンプレツンデレな台詞なのかはともかく、桜内のやたら真っ赤な顔を見ながら、何とか気持ちを落ち着けた。
「ていうか、さすがに家に行く必要はないんじゃないか?そもそも家の中だったら誰も見てないから意味なくないか」
「だ、誰もいないって……な、何考えてるんですか!いやらしい!」
「…………」
いやらしいのはその思考回路じゃないですかね?まあ、口には出さないけど。
すると、彼女は急に顔を伏せ、ほんの少しだけ切なそうな表情を見せた。その表情のコントラストに何ともいえない気分になっていると、彼女はポツリと口を開いた。
「……お願いが、あるんです」
「…………」
年頃の(一応)美人が、お願いだから今から家に来てとか……。
「な、何顔赤くしてるんですか」
「いや、俺は悪くない。お前が悪い。いいからさっさと要件を言え。思春期男子の想像力なめんな」
「あ、はい、ごめんなさい。実は……聴いて欲しいものがあるんです」
「……わかった」
そういやこいつ、作曲をしてるんだった。
別に断ってもよかったのだが、彼女の澄んだ瞳を見ていたら、自然と首を縦に振っていた。
すると、彼女は胸元を隠し、警戒するような目を向けてきた。
「あの……いくら恋人役をお願いしてるからって、変な事しないでくださいね」
「…………」
やっぱり帰ろうかな。無理か。
かぶりを振った俺は桜内家までの道を、とぼとぼ辿りながら、これから聴かされる曲に対する想像を膨らませた。
しかし、どれだけ頭の中で鍵盤を叩いても、なんのメロディーも出てこなかった。