捻くれた少年と海色に輝く少女達 Guilty Kiss編 作:ローリング・ビートル
桜内の家は旅館の隣にあった。至って普通の一軒家で、ウチと大して変わりないのに、妙な親近感を覚えた。
「どうかしたんですか?」
「……いや、別に」
「そうですか。じゃあ行きますよ」
桜内に向かって首肯すると、彼女は「大丈夫、ありのままを言えばいいだけ」とボソボソ呟きながら、玄関の扉に手をかけた。
さっそくトラブルの予感が……
「ただいま」
「あら、おかえり……そちらの男の子は?」
「あっ、その……「ただの彼氏よ、彼氏!」……」
えー……何で自分から外堀埋めに行ってんの?いや、外堀は既に埋められたから、家康ばりに内堀まで埋めに行ってるようなもんだ。とりあえずバカだろ、お前。
「か、彼氏……?」
案の定、桜内の母親はポカーンとした瞳で自分の娘を見つめていた。ほら、やっぱり変な空気に…
「そう……えーと、あなた、お名前は?」
「……ひ、比企谷八幡です」
ここで誤魔化したところで、余計混乱を招くだけなので、とりあえず自己紹介だけしておく。
「……比企谷、八幡君ね。ふふっ……じゃあ、娘をよろしくお願いします」
「は、はあ?」
よろしくお願いされちゃったんだけど……どうなってんだ、桜内家……てか、気まずさやら何やらで顔見れねえ……。
そこで、ようやく桜内が話を打ち切るように、足を動かした。
「じゃ、じゃあ……私達、部屋に行くから……」
「ええ。すぐに飲み物持っていくわね。比企谷君もごゆっくり」
「は、はい……」
これでいいのだろうかという漠然とした疑問を浮かべながら、俺は桜内の背中を追った。
二階への階段を昇る途中、背中に生温かい視線を感じたのは、気のせいだと思いたかった。
「……ど、どうぞ」
「……お邪魔します」
彼女の部屋の中は、特に変わった物はなく、いかにも女子高生という感じの部屋だ。いや、そんなに入った経験ないけど。
それと……なんか甘い香りがする。
すると、気恥ずかしさからか、桜内は少し顔を赤くしていた。
「あ、あまりキョロキョロしないでください!なんか恥ずかしいじゃないですか……」
「安心しろ。この前の事故以上の事はそうそう起こらねえよ。てか、案外普通の部屋でよかった」
「どういう意味ですか!」
むしろ何故その心配をしないと思ったのか……。
ぶっちゃけ、あちこちにポスターとか貼ってたら、回れ右していたところだ。
「それよか、聴かせたい曲とかいうのがあるんじゃないのか?」
「あっ、そうでしたね。じゃあ、すぐに準備しますので、適当にその辺の本棚の本読んでていいすよ」
「……えぇ?」
「いやっ、そういう本ばかりじゃありませんからね!?」
「そ、そうか……」
あー、びっくりした。危うく「この変態!通報しますよ!」とか言いそうになったわー。
*******
「じゃあ……弾きますね」
「……ああ」
こちらにぺこりと一礼してから、桜内は鍵盤に指を這わせた。
すると、穏やかなメロディーが室内を満たし始めた。
まるで海の中にいるような、不思議な感覚に、心が安らぐのを感じながら、俺は彼女の旋律に身を委ねていた。
どこか懐かしい気分がして、その感覚は心をくすぐり、いつまでも聴いていたい気分になった。
しかし、その優しい時間は、やがて終わりを迎えた。
その余韻を残しながらも、彼女は顔を上げ、こちらを見た。
「ど、どうですか?」
「……ああ、お前、本当にピアノ弾けたんだな」
「ありがとうございます!……って、そこですか!一体私を何だと思ってるんですか!?」
「……隠れオタク兼トラブルメーカー」
「ぐっ、否定できない……ていうか、それはもういいので、曲の評価をお願いします」
「あー……まあ、その、聴いてて落ち着くような感じだが……」
「なるほど……あの……どんな風景が思い浮かびました?」
「…………海、だな」
「海、ですか」
桜内は口元に手を当て、ふむふむと考え込んでいる。
「よし……じゃあ、ある程度イメージ通りにはできてるみたいね。あとは……」
桜内は、そのまま独りでぶつぶつ呟いてから、またピアノに向かい、演奏を始めた。今度は誰かに聴かせるというより、自分自身に語りかけているような響きに思えた。
そして、その横顔は……あまり認めたくはないが、否定しようのないくらい……綺麗だった。
*******
彼女がまたピアノを弾き終えると、それを待っていたかのようにドアが開いた。
「お待たせー」
「あ、お母さん、ありがとう」
「……どうも」
「どういたしまして。比企谷君、甘いものでよかった?」
「あ、はい。だ、大丈夫です……」
「そう……ならよかったわ」
桜内母は、テーブルにお盆を置き、部屋から出ていくかと思えば、そのまま俺の隣に腰を下ろした。
そして、何故か彼女はこちらをじぃ~っと見つめてきた。
……ぶっちゃけ気まずいんですが……てか桜内母、さっきはあまり見れなかったが、よく見たら、めちゃくちゃ若っ。ガハママに匹敵する若さである。あと香水の香りが、控えめだけど、確かな大人の色香を伝えてくる。
緊張を悟られぬよう、そのまま視線を交錯させていると、桜内がジト目でこちらを見ていた。
「……あのー、さっきから何を見つめあってるんですか?」
「ふふっ、ごめんね?梨子の人生初の恋人だから、つい気になっちゃって」
「…………」
その気になるとはどういう意味なのか?私、気になります!てか、オラすげードキドキすっぞ……。
すると、桜内母は何か思いついたように、ぽんと手を打った。
「そういえば、あなた達恋人同士なのよね?」
「……う、うん。そうよ。付き合いたてのとびっきりフレッシュな仲よ」
「………」
とりあえず頷くだけにしておく。これ以上ドツボにはまってたまるか。
そんな俺を見て、やわらかい笑みを見せた桜内母は、楽しそうに話を続けた。
「恋人同士なら、「あ~ん」って、ケーキ食べさせたりとかは余裕よね?」
「えっ……?」
「…………」
……この人は何を考えているのでしょうか?
カマをかけているのか、それとも全て察したうえでからかっているのか……。
どちらにせよ、俺も桜内もそんな手に乗るほどバカじゃない。そんな事やるわけ……
「も、もちろんじゃない!は、はい、あ~ん♪」
「…………」
前言撤回。やっちゃうんだよなぁ、こいつは。
「あ~ん!」
「…………」
いや、やるわけ……
「あ~ん!?」
それもう脅してるじゃねえか。
結局観念して開いた口に、ケーキを乱暴に突っ込まれる。
初めて女の子から「あ~ん」で食べさせてもらったケーキは、そのシチュエーションのせいか、あまり甘くなかった。