捻くれた少年と海色に輝く少女達 Guilty Kiss編   作:ローリング・ビートル

9 / 25
Your song #8

 桜内の家は旅館の隣にあった。至って普通の一軒家で、ウチと大して変わりないのに、妙な親近感を覚えた。

 

「どうかしたんですか?」

「……いや、別に」

「そうですか。じゃあ行きますよ」

 

 桜内に向かって首肯すると、彼女は「大丈夫、ありのままを言えばいいだけ」とボソボソ呟きながら、玄関の扉に手をかけた。

 さっそくトラブルの予感が……

 

「ただいま」

「あら、おかえり……そちらの男の子は?」

「あっ、その……「ただの彼氏よ、彼氏!」……」

 

 えー……何で自分から外堀埋めに行ってんの?いや、外堀は既に埋められたから、家康ばりに内堀まで埋めに行ってるようなもんだ。とりあえずバカだろ、お前。

 

「か、彼氏……?」

 

 案の定、桜内の母親はポカーンとした瞳で自分の娘を見つめていた。ほら、やっぱり変な空気に…

 

「そう……えーと、あなた、お名前は?」

「……ひ、比企谷八幡です」

 

 ここで誤魔化したところで、余計混乱を招くだけなので、とりあえず自己紹介だけしておく。

 

「……比企谷、八幡君ね。ふふっ……じゃあ、娘をよろしくお願いします」

「は、はあ?」

 

 よろしくお願いされちゃったんだけど……どうなってんだ、桜内家……てか、気まずさやら何やらで顔見れねえ……。

 そこで、ようやく桜内が話を打ち切るように、足を動かした。

 

「じゃ、じゃあ……私達、部屋に行くから……」

「ええ。すぐに飲み物持っていくわね。比企谷君もごゆっくり」

「は、はい……」

 

 これでいいのだろうかという漠然とした疑問を浮かべながら、俺は桜内の背中を追った。

 二階への階段を昇る途中、背中に生温かい視線を感じたのは、気のせいだと思いたかった。

 

「……ど、どうぞ」

「……お邪魔します」

 

 彼女の部屋の中は、特に変わった物はなく、いかにも女子高生という感じの部屋だ。いや、そんなに入った経験ないけど。

 それと……なんか甘い香りがする。

 すると、気恥ずかしさからか、桜内は少し顔を赤くしていた。

 

「あ、あまりキョロキョロしないでください!なんか恥ずかしいじゃないですか……」

「安心しろ。この前の事故以上の事はそうそう起こらねえよ。てか、案外普通の部屋でよかった」

「どういう意味ですか!」

 

 むしろ何故その心配をしないと思ったのか……。

 ぶっちゃけ、あちこちにポスターとか貼ってたら、回れ右していたところだ。

 

「それよか、聴かせたい曲とかいうのがあるんじゃないのか?」

「あっ、そうでしたね。じゃあ、すぐに準備しますので、適当にその辺の本棚の本読んでていいすよ」

「……えぇ?」

「いやっ、そういう本ばかりじゃありませんからね!?」

「そ、そうか……」

 

 あー、びっくりした。危うく「この変態!通報しますよ!」とか言いそうになったわー。

 

 *******

 

「じゃあ……弾きますね」

「……ああ」

 

 こちらにぺこりと一礼してから、桜内は鍵盤に指を這わせた。

 すると、穏やかなメロディーが室内を満たし始めた。

 まるで海の中にいるような、不思議な感覚に、心が安らぐのを感じながら、俺は彼女の旋律に身を委ねていた。

 どこか懐かしい気分がして、その感覚は心をくすぐり、いつまでも聴いていたい気分になった。

 しかし、その優しい時間は、やがて終わりを迎えた。

 その余韻を残しながらも、彼女は顔を上げ、こちらを見た。

 

「ど、どうですか?」

「……ああ、お前、本当にピアノ弾けたんだな」

「ありがとうございます!……って、そこですか!一体私を何だと思ってるんですか!?」

「……隠れオタク兼トラブルメーカー」

「ぐっ、否定できない……ていうか、それはもういいので、曲の評価をお願いします」

「あー……まあ、その、聴いてて落ち着くような感じだが……」

「なるほど……あの……どんな風景が思い浮かびました?」

「…………海、だな」

「海、ですか」

 

 桜内は口元に手を当て、ふむふむと考え込んでいる。

 

「よし……じゃあ、ある程度イメージ通りにはできてるみたいね。あとは……」

 

 桜内は、そのまま独りでぶつぶつ呟いてから、またピアノに向かい、演奏を始めた。今度は誰かに聴かせるというより、自分自身に語りかけているような響きに思えた。

 そして、その横顔は……あまり認めたくはないが、否定しようのないくらい……綺麗だった。

 

 *******

 

 彼女がまたピアノを弾き終えると、それを待っていたかのようにドアが開いた。

 

「お待たせー」

「あ、お母さん、ありがとう」

「……どうも」

「どういたしまして。比企谷君、甘いものでよかった?」

「あ、はい。だ、大丈夫です……」

「そう……ならよかったわ」

 

 桜内母は、テーブルにお盆を置き、部屋から出ていくかと思えば、そのまま俺の隣に腰を下ろした。

 そして、何故か彼女はこちらをじぃ~っと見つめてきた。

 ……ぶっちゃけ気まずいんですが……てか桜内母、さっきはあまり見れなかったが、よく見たら、めちゃくちゃ若っ。ガハママに匹敵する若さである。あと香水の香りが、控えめだけど、確かな大人の色香を伝えてくる。

 緊張を悟られぬよう、そのまま視線を交錯させていると、桜内がジト目でこちらを見ていた。

 

「……あのー、さっきから何を見つめあってるんですか?」

「ふふっ、ごめんね?梨子の人生初の恋人だから、つい気になっちゃって」

「…………」

 

 その気になるとはどういう意味なのか?私、気になります!てか、オラすげードキドキすっぞ……。

 すると、桜内母は何か思いついたように、ぽんと手を打った。

 

「そういえば、あなた達恋人同士なのよね?」

「……う、うん。そうよ。付き合いたてのとびっきりフレッシュな仲よ」

「………」

 

 とりあえず頷くだけにしておく。これ以上ドツボにはまってたまるか。

 そんな俺を見て、やわらかい笑みを見せた桜内母は、楽しそうに話を続けた。

 

「恋人同士なら、「あ~ん」って、ケーキ食べさせたりとかは余裕よね?」

「えっ……?」

「…………」

 

 ……この人は何を考えているのでしょうか?

 カマをかけているのか、それとも全て察したうえでからかっているのか……。

 どちらにせよ、俺も桜内もそんな手に乗るほどバカじゃない。そんな事やるわけ……  

 

「も、もちろんじゃない!は、はい、あ~ん♪」

「…………」

 

 前言撤回。やっちゃうんだよなぁ、こいつは。

 

「あ~ん!」

「…………」

 

 いや、やるわけ……

 

「あ~ん!?」

 

 それもう脅してるじゃねえか。

 結局観念して開いた口に、ケーキを乱暴に突っ込まれる。

 初めて女の子から「あ~ん」で食べさせてもらったケーキは、そのシチュエーションのせいか、あまり甘くなかった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。