「お待たせしました」
小柄なダイバーが小走りで近づいてくる。
「いや、俺たちも今ログインしたばかりだから」
駆け寄ってきたミナにタクミは待ち合わせの常套句を口にする。
「なら、よかったです」
彼を見上げるミナの顔に笑みが映る。
腰までかかるくらいの黒髪のストレート、幼さの残る凛とした表情でキクヅキと同じくらいの身長から見上げられると、タクミは妹が増えた様に感じていた。
「そう言えば、キクヅキさんは?」
「ああ、キクヅキならミッション見てくるってさ」
ログインしたキクヅキはその足でミッションカウンターへとおもむき、今日プレイするミッションを物色していた。
「あの……、タクさんは今日もザクなんですか?」
「まぁな、新しいガンプラも作ってないし、今の機体の改良案も良いのを思い付かないからな」
「わ、私は好きですよ……タクさんのザク」
ミナは照れたように俯いて言う。
「そうか、ありがと」
自分のガンプラを好きだと言われてタクミも悪い気はしなかった。
「タク殿ーッ!」
タクミが声に振り返るとキクヅキがブンブンと手を振りながら駆け寄ってきていた。
「ミナ殿もお待たせしました。良さそうなミッション見つけてきたであります」
『50VS50バトル』読んで字のごとく、五十機のガンプラを一組にまとめ、総勢百機の大規模なバトルを行う。
参加登録したダイバーはランダムにマッチングされるが、あらかじめチームを組んでおけば同じチームになることも出来る。
タクミ、キクヅキ、ミナはチームを組んだ状態でバトルに参加申請をした。
マッチング完了は予想より速く、三人は出撃待機エリアへと転送される。
「このバトルは全滅するか拠点の耐久力が無くなったチームの負けだ」
「なるほどであります!」
「攻めと守りの戦力の配分が重要って事ですね」
タクミの説明にキクヅキとミナが頷く。
待機エリアには他の参加者も続々と集まっていく。
「開始まですぐだが、大まかに作戦を決めたい」
集まったダイバーの中の誰かが提案する。
「フィールドは宇宙か」
「あそこはデブリが多いがマップ中央は障害物が少ない……」
「攻めるなから中央か」
あらかじめのチームでの参加者も多く、三機程度の小隊がいくらかで全体が構成される格好になっている。
「ウチはザク三機、全て汎用機だ」
いかにもジオン軍人といった格好の男が言う。
「俺達はスナイパーがいる。敵のトーチカの破壊は任せてくれ」
こちらはグレーの連邦制服の男。
「ジンクス、アタシは敵に突っ込めれば何でもいいよ」
身長一メートルほどだろうか、二足歩行する犬のようなダイバーが言う。
「オレ達はドムタイプ三機だ! ジェットストリームアタックをかけるゾ!」
それぞれ小隊長が自らのチームの動きを説明する。
「血気盛んな者が多い様だ、私達は拠点の防御をするとしよう」
豪奢な制服に仮面をつけた男性が言った。彼の後ろには同じく仮面をつけたダイバー達が控えている。これでだいたいの動きは決まった。
「なら総指揮は頼む」
「任された、作戦は四、四、二で戦力を割り振り鶴翼の陣を形成、敵を迎え撃つ!」
仮面のダイバーはジオン・ズム・ダイキンよろしく両手を掲げる。
「かくよくの陣? であります?」
「横に長い陣形を組んで攻めてきた敵を包み込んで倒そうという陣形です」
頭に疑問符を浮かべるキクヅキにミナが解説する。
「それで、タクさん。私たちの配置は」
「俺達は左翼の端を担う」
タクミが手元に表示したマップには、Vの字になった陣形の端に丸がついていた。
「それは、難しいのでありますか?」
キクヅキが不安げな表情を浮かべる。
「やることはいつもと変わらないさ」
「見敵必殺でありますな!」
『チーム各員奮戦を期待する』
指揮をとる仮面ダイバーからの通信が各機にとぶ。タクミ達はブースターに灯をともし宇宙空間を加速する。
鶴の両翼が陣形を保ったままにじりより相手チームにプレッシャーをかける。
翼の端、先陣を切る部隊は機動力よりも防御力を重視した配置となっていた。ガードカスタムと大型シールドを装備したタクミ達のチームがその配置なのもその為だ。
「タクミ殿、今何かチカッと光った様な……」
「光……? 敵機!」
微かだが、敵のブースターのモノと思われる光がモニターに点滅する。
「こちらLチーム、敵機発見。総数不明!」
『こちら拠点、了解した』
タクミの報告に短い通信が返ってくる。
「速い。あれは、ジェスタ?」
ミナがモニターに映る敵のシルエットを見て言う。
「装備が違う。速度も予想以上に速い、多分シェザール隊仕様のA班装備だ」
大型ブースターが光の尾をひき、敵機体が加速する。
「厄介だな……」
タクミが呟く。
機動力でA班装備に追い付ける機体は今のタクミ達の中には存在しない。
「キクヅキがダブルオーなら……。いや、トランザムだとしても」
「タクさん、どうします?」
「機動力が自慢なら、使えなくしてやればいい。後退してデブリ地帯で迎え撃つ」
「そうですね、開けた場所ではこちらが不利ですね」
ミナはマップを確認しながら言う。
マップ上、現在タクミ達のいる地点の後方にはデブリの密集した場所が存在している。
待ち伏せや罠を張るには好都合。そうでなくとも、直線的な加速に優れた大型ブースターの強みを多少削ぐことが可能になる。
「キクヅキ! 俺と敵を警戒しつつ、ミナを守りながら後退するぞ」
「はい! 了解であります!」
ガードカスタムとハードガードを前方にギラ・ドーガを庇うV字のフォーメーションを組む。
「敵は後退する模様、デブリ地帯に潜り込まれたら面倒だ。どうするリーダー?」
「目が良いのが居るな……。やらせておけ、あそこにはスナイパーを配置してある。差し支えない」
モニターに表示されたマップを確認しながらリーダーと呼ばれたダイバーは息をついた。
デブリ地帯には彼らの仲間、同じくシェザール隊仕様、その
「じゃあ俺達はさしずめ、スナイパーが手負いにした獲物を見つけてトドメをさす猟犬ってこったな」
「そうだ、猟犬らしく任務に忠実に行こう」
「タクミ殿ッ!」
キクヅキが叫ぶ。
刹那、タクミの眼前で宙を舞うガーディアンシールドが先行を受け止め弾かれる。
「スナイパーッ!? 待ち伏せか!」
タクミとミナが直ぐ様散開する。
「大丈夫でありますかッ?」
「あぁ、ありがとう。助かった」
「いえいえ、そんなぁー」
天性の勘とでも言うべきか、キクヅキの戦闘センスにはタクミも驚かされていた。ガンプラバトル以外の分野での経験が活きる場合もある。彼女の場合もそうなのかもしれない。
「脚を止めるな、狙い撃ちされる」
「ハイであります!」
デブリ地帯は死角が多い。スナイパーが一機とは限らない以上、なるべく一ヶ所にとどまらない方が無難だ。
「タクさん、どうしましょう……?」
「ハードガードのシールドなら一発は耐えられる。その間にスナイパーを見つけだせるか?」
「了解しました。やってみます……いえ、やります」
ミナにはそう言ったが、それが容易い事ではないとタクミは感じていた。
デブリに紛れるスナイパーを瞬時に見つけるのは難しい。
「キクヅキ、ミナ、頼む」
タクミのザクがデブリの薄い場所に躍り出る。
(さぁ、どこから来る……)
前面には大型シールド、背にはデブリを配置し構えるタクミ。
挑発に近い行動に敵ダイバーが乗ってくるのか。タクミの思慮を掻き消すかのようにデブリの合間を閃光が縫う。
「やはり、一発が限界か」
表面の溶解したシールドにタクミが呟く。
今の一射である程度の場所は掴めたはずだ、敵機が完全にデブリに身を隠す前にその尻尾をとらえなければならない。
「ビームの入斜角、デブリの配置を考慮すれば相手の動きはッ!」
ミナのギラ・ドーガがデブリをすり抜け、予測地点に迫る。
「ここです!」
それぞれが必殺の威力を持った砲身を束ねた、まさに破壊装置といった巨大なガトリング砲が暴力の雨を吐き出す。
デブリすら削りきろうかというその掃射にさらされ、機影が現れる。
ジェスタシェザール隊仕様B装備。長大なビームランチャーを携えた敵機はその銃口をギラ・ドーガに向ける。
しかし、光が放たれるより早く、強襲するジムガードカスタムがその銃身を蹴りあげた。光の軸は何もない空間を貫く。そしてほぼ同時にギラドーガのビームアックスがジェスタのコックピットを切り裂いた。
「スナイパーが殺られた」
仲間の反応がロストした事をジェスタ部隊のリーダーが僚機に告げる。
「クソッ! どうします隊長? スナイパーとやりあったんだ、無傷ではないはず」
「いや、作戦時間だ。深追いはいい」
リーダーはモニターの数字に目をやる。
「しかし」
A装備のダイバーは食い下がるもリーダーの考えは変わらない。
「為すべき事を為す。ブースターを一本貸せ、本隊に合流する」
「……了解」