タイトルは敢えて今までの定石的なのをちょっと崩してます。
年内では最後の投稿となります。それではどうぞ。
「………………え?」
長い、長い間を空けて、有咲は口を開いた。「何を言っているんだ?」という感情が彼女の表情からひしひしと感じ取れる。
「……今……今、なんて…?」
意味が不明過ぎたのか、はっきりと聞こえたはずの言葉を再度促す有咲。ここで何か誤魔化せば、もしかしたら先程の言葉は無かった事に出来るのかもしれない。ある意味有咲が与えてくれた後戻りのチャンスであったが、俺はそのチャンスは使わなかった。
「俺は、戸山香澄じゃない。そう言ったんだ。」
香澄の体で、香澄の声で、香澄の目で有咲を見据えながら、俺の言葉を伝える。
「……」
有咲は何も言わずにいた。いや、何も言えずにというのが正しいか。今まで彼女は、香澄がまるで別の人になってしまったような感覚でいたはずだ。そしてそう思いつつ、そんな事は有り得ないとも思っていた。だから、そんな疑いをしてしまっている自分がたまらなく嫌になっていたはずだ。ならば、その有り得ないと思っていた事が現実に起きていたという事実を突き付けられた時、どうするのだろうか?
「…何、言ってんだよ…香澄…お前…」
「香澄じゃない。いや…この体は確かに戸山香澄の物だと思うが…でも、俺は香澄では無いんだ。」
「は…?は…?」
俺の言葉に有咲はただひたすらに困惑する。その困惑の中に見えた感情は、理解できない事への拒絶。
「っ…有咲…いや、市ヶ谷さんは、違和感がずっとあったんじゃないか?」
見えてしまった拒絶の感情に、動揺しそうになったがなんとか抑えつけ、あえて香澄じゃない事を実感させる為に名前呼びから苗字呼びに変える。そもそも、俺と有咲はある意味今初めて会ったとも言える。名前呼びする方がおかしいだろう。
「市ヶ谷さんだけじゃない。ポピパの皆もずっと違和感があったんだと思う。」
「………」
有咲は黙って俺の話を聞く。理解が出きなさすぎて、一旦話を聞く事に徹するようにしたのだろうか。
「10月5日、何があったか覚えてるか?」
「…そんな前の事、日付だけ言われても分かんねーよ…」
それもそうか。あれからもう一ヶ月経ってるのだ。日付だけ言って分からないのも無理はない。だが、何があった日か言えば彼女はその日の事をきっとよく覚えているだろう。
「香澄が学校に遅刻した日だ。弁当も忘れたりしたな。」
「…その日なら覚えてる。」
「…あの日の朝、俺は戸山香澄になっていた。」
「……」
有咲に驚いた様子は無かった。話の流れからしてある程度予想していたのだろうか。
「朝起きたら違う人の体になってました、ってやつだ。フィクションじゃよくある事だけどな。」
「…信じろってか?」
「信じるか信じないかは市ヶ谷さんに任せる。けれど、俺は今俺が分かる事実を話してるつもりだ。」
そう。正直言って信じてもらう為の材料は無い。例えばゲームなどで見た有咲しか知らないような事を話したとしても、香澄が別の人に変わってる証拠にはならない。香澄しか知らない事を言っても香澄だからという話で終わる。有咲が俺、蒼川蒼という人間の事を元から知っていればまだ何か言い様があったのかもしれないが、完全な初対面である。知った仲だったならお互いが知っていて香澄が知らない事を言えば証拠としては強いだろう。まあそのケースだとしても、極論絶対の証拠にはならないのだが。
「…なんなんだよ…訳分かんねーよ…」
「…混乱するのは分かる…でも、本当の話なんだ。俺は10月5日から…もう一ヶ月半ぐらいか…戸山香澄として生きている。市ヶ谷さんが接していたのは、戸山香澄の見た目をした別の人間だ…」
「おかしいだろ…違う人の体になってたとか…別の人間とか……意味分かんねえっ!」
「有咲!?」
有咲はそう吐き捨てると、逃げるように俺とは反対方向へ走り出した。突然の事に苗字呼びにしてたのをつい名前で呼んでしまう。
「来んな!!!」
「っ!」
追い掛けようと走り出そうとした俺に有咲が掛けたのは、明確な拒絶の言葉。強い口調に思わず足が止まってしまう。いや、ある意味この世界で初めて“俺”がハッキリと拒絶された瞬間だった。それで足を止めてしまったのかもしれない。
「……っ…!」
俺が足を止めたのを見て、有咲は再び走り出した。そんな有咲を俺は、ただ見ている事しか出来ずにいた。
「……ははっ…」
こうなる事を予測していなかった自分に思わず乾いた笑い声が出る。当然と言えば当然だったのだ。こんな話、まず受け入れてもらえるなんて思えない。有咲にこの話はあまりにも酷すぎた。何が自己嫌悪の渦から救うだ。結局は意味の分からない話を有咲に押し付けて、嫌な思いをさせただけだ。俺が何を言おうと、俺はどう見ても戸山香澄にしか見えないのだ。例え違和感を覚えても、その中に何か別の存在を感じても、現実的にそれは有り得ない。彼女を余計に混乱させただけだったのだ。
「……?」
頭に何か落ちてきた感覚がし、空を見上げる。気付けばそこには曇天が広がっており、ポツポツと雨が振り始めていた。
「…こんな時に雨とか…演出バッチリだな……」
アニメや漫画でよく見るような、重いシーンで雨が降ってくる演出を思い出す。まさにこの状況にピッタリだななんて馬鹿な事を思いつつ、雨を理由にそのまま帰る気分にもなれなかった。
「…有咲…市ヶ谷さんは帰ったんだろうか…」
もう有咲が聞いている訳でも無いのに、彼女の事を俺が名前で呼ぶのはなんとなく申し訳なくなり、苗字で言い直す。有咲を救うだなんて言って、本当は俺は誰か話せる相手が欲しかっただけなのかもしれない。もしも有咲が俺と戸山香澄の状況の事を納得してくれれば、そして協力してくれれば…そんな考えが心のどこかであったのかもしれない。
「俺は…いつまでこんな事やってればいいんだろう…」
空を見上げつつ、そう独り言ちる。顔に雨が当たるが、なんだか今は冷たくて気持ちいい気がする。雨もそれなりの量で、髪や服もかなり濡れてきたが全然気にならなかった。
「なぁ…香澄…」
香澄の体で、香澄の名前を呼ぶ。一体今彼女はどこで何をしているのだろうか?もし俺の体に入ってしまったのだとしたら、上手くやれてるのだろうか?俺は全然上手くやれていないが…。このままでは、もし香澄がこの体に戻ってこれても人間関係滅茶苦茶だ。だが、それは俺が悪いのか?俺はきっと頑張っている。下手をしたら元の世界にいる頃よりも、頑張っているだろう。戸山香澄の演技をし続け、自分の存在を隠し続け、元に戻るための情報を探し…だが、間違えてしまった。一度間違えてしまっただけで、有咲を余計に傷付けて、そして自分も傷付けた。だが、間違えない人間などいない。きっと、誰も悪くない。いつの間にか戸山香澄になっていて、元に戻るために頑張っていた俺も、親友の事を一心に思っていた有咲も…だったら、誰も悪くないのなら、何を変えればいいのだろうか?そんな事を考えるのも、もう疲れてしまった。このまま香澄ではない香澄として生きていこうか。香澄ではない俺ではきっと上手くいかないが、どうにもならないのならしょうがない。もう戻れないのなら…しょうがない。
「香澄ちゃん…?」
後方から、今や自分の名前のようになってしまった名を呼ぶ声がした。条件反射のように、しかしゆっくりと振り返る。
「…あ…」
そこには、こちらを不安そうな表情で見つめる水色の髪の女の子。バンドリのキャラクターの一人であり、『ハロー、ハッピーワールド!』のドラム担当、松原花音が立っていた。
「…っ!香澄ちゃん!」
目が合った瞬間驚いたような表情から一転、慌てた様子でこちらへ走ってくる花音。まずいところを見られたのかもしれないが、もう取り繕う気力は無かった。
「香澄ちゃん!どうしたの!?」
持っていたクラゲのような模様が入っている折りたたみ傘に、一緒に入れてくれる花音。折りたたみ傘は小さくて二人はちゃんとは入らないのだが、花音は香澄、俺が全身傘に入るように位置を調節してくれている。
「…花音先輩…そんなに慌ててどうしたんですか?」
我ながら白々しいとは後で思ったが、そんな事を気にしてる余裕などありはしなかった。
「どうしたって…!だって…香澄ちゃん…目…」
目?目がどうしたのだろう。
「えっと…えっと…とにかく一緒に来て!」
花音は俺の手を掴むと、そのまま引っ張るようにして走り出す。対して俺はされるがままだった。
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「ここは…」
着いたのは、至って普通な二階建ての一軒家。表札には『松原』と書いてある。察するに花音の家なのだろう。と、ふと水溜りを見た時に自分の顔が映る。
「え…」
そこに見えたのは、目からすっかり輝きを失っている戸山香澄の姿だった。なるほど、これを見れば花音があそこまで慌てた理由が分かる。それと共に、自分がどれだけダメージを負っていたかも理解した。
「香澄ちゃん、ごめんね…急いで走らせちゃって…」
息を整えつつ、申し訳無さそうに花音はそう言う。雨の中人を一人引っ張って走るという行為はそれなりに体力を使うはずだが、バンドのドラム担当をしているだけあって案外体力があるのか、少し息を整えるだけでなんとかなるのは流石だ。
「さ、入って。」
花音に促されるまま俺は松原宅へと足を踏み入れた。
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「シャワー、ありがとうございました。」
リビングの台所で何やら飲み物を入れている花音に向かってそう言う。取りあえずシャワーを浴びてとの事だったので、言われた通りにしてきた。雨で体が冷えていたので、温かいシャワーは正直かなり心地良かった。が、心地良いのは体だけで、陰った心はどうも晴れない。
「ううん、大丈夫だよ。服のサイズとか大丈夫かな?」
「あ、大丈夫です。」
服は今現在、花音から貸してもらったものを着ている。ピンクのセーターのような物に、大人しめの花柄スカートだろうか。普段香澄が着そうなものでは無いが、結構似合っている、なんて思えるような心境でも無かった。そこまで体格や身長などが違わないからか、すんなり着る事は出来た。実は下着まで貸してくれている。どういう下着かは言わないでおくが、いくら女子同士とは言え下着まで貸すものなのだろうかとは思った。
「良かったらそこ座って?」
「…はい。」
ダイニングテーブルの椅子への着席を促され、素直にそれに従う。
「はい、紅茶入れてみたんだ。」
そう言い花音は俺の前に紅茶を置く。湯気が立っており美味しそう、に見える。まあ見ただけで味は分からないのだが。
「どうぞ?」
俺の向かい側に座りながらそう促す花音。取りあえず頂くことにする。
「…頂きます。」
ゆっくりと紅茶をすする。
「……美味しい……」
ぼそりとそう呟いた。この手の物は詳しくないのだが、取りあえず美味しい事は分かった。
「良かったぁ。おかわりもあるからね?」
「あはは、ありがとうございます。」
とても嬉しそうにする花音に、思わずつられて笑みがこぼれる。元の世界でゲームなどで(というかほぼゲームでだが)、花音のとても柔らかい笑顔を見て癒されたものだが、今の状態の俺には余計に効く。ゲームでの時と違って、直接俺に向けられてるものだからというのもあるのだろう。まあ、もっと厳密に言ってしまえば俺にではなく香澄になのだが…
「…ね、香澄ちゃん…香澄ちゃんにはやっぱり笑顔が一番似合うよ。笑った顔、とっても素敵だな。」
「え…」
これはあれだろうか、落ち込んでる人物にわざと戯けて見せて、少しでも笑ったら「やっと笑った」とか言うやつだろうか。よくあるが割と嫌いではない…なんて思っていたが、まさか自分がやられる日が来るとは。と言っても花音からはそんな打算的なものは見受けられない。純粋に香澄を心配して、純粋に香澄の笑みを喜んだのだろう。そもそもキャラとして知ってるので、そういった事を打算的にやる人でも無い事は知っている。
「…どうして、こんなに良くしてくれるんですか?」
なんて聞いたが、本当は分かっている。彼女はどこまでも優しいのだろう。それは松原花音というキャラを知っていれば分かるし、先程の俺の状態を見れば、見て見ぬふりなど出来ない人だという事も分かっている。だが、気になったのだ。俺の記憶の限り、香澄と花音はそこまで関わりが強いキャラでは無かったと思う。別に仲が悪いなんて事は一切無いのだが、単純に関わる機会が少ない。同じバンドでも無ければ同じ学年でも無く、個人的な付き合いが元々あったという事も無い。そんな香澄にこう聞かれたら、花音はどう答えるのだろうか?
「どうしてって…」
暫く考えるような動きをとった後、言葉を紡ぐ。
「…私ね、香澄ちゃんの事、凄いなって思ってるんだ。」
「え…?」
「…私と香澄ちゃんは学年も違うし、そんなに関わる事が多い訳じゃないけど、それでもガールズバンドパーティの時とか、それ以外でも香澄ちゃんを見かける度に、香澄ちゃんは色んな人と一緒にいるの。それで、いつも皆の中心にいて…皆にとっても愛されてて…それって、誰にでも出来ることじゃない。」
花音は香澄のことをそう思っていたのか…。ゲームなどで花音の香澄に対しての認識はここまで細かくは聞けなかった。
「だからね…そんな香澄ちゃんが、どうしちゃったんだろうって、私…」
「そう…ですか…」
普段の凄いと思っている姿から掛け離れた姿になっていたから、あんなに慌てていたのだろう。香澄も別に落ち込まない訳では無いが、花音は香澄のそういった面を見た事が無いのだろう。まあ、こう説明はしてくれたが、花音は誰があの状況になってても助けようとした気はするが。少なくとも顔を知ってる人物ならまず助ける為に動こうとする人物だと思う。この話は、俺からの問いに花音なりにしっかりと考えて答えてくれたものなのだろう。
「……少し、お話聞いてもらってもいいですか?」
「…!うん…」
詳しい事は話せないが、俺は花音に自分の気持ちを少し話す事にした。特に話した場合の損得などを考えた訳ではない。ただ、話して少しでも自分が楽になりたかったのかもしれない。
「…どうしようもない事が、起きたんです。」
「…どうしようもない事?」
「…10月くらいからです。私は、そのどうしようもない事をどうにかする為に、色々とやってきました。」
戸山香澄になってしまった事。そして、なんの脈絡も無く突然起こったこの現象に、何か理由があるはずだと原因を探ろうとした事。探りつつも、自分をひた隠しにして戸山香澄を演じ続けた事。と、言える訳では無いが、抽象的にそれを花音へと話した。相談する身でありながら話す気があるのかという内容だが、この人なら聞いてくれるのではないかと思ったのかもしれない。実際、花音はこの掴みどころの無い話を真剣に聞いてくれているように見える。
「…でも、難しいですね…成す事やる事上手くいってる気がしません…」
相違点なんてあるのかどうか分からない物を調べ、結局それらしき物は見つからず、戸山香澄も完璧には演じきれず、近しい人達に強い違和感を抱かせてしまっている。そして、有咲の為だと思って言った言葉は有咲を傷付け、自分自身も疲弊していくばかりだ。
「もう、いいのかなって…私が頑張ったところで何も変わらないのかなって…」
口調こそかろうじて女性的なものをなんとか保っていたが、言葉は俺の本心だった。今思えば、こんな超常現象を一個人の手でどうにかする方が無理な話だったのではないか?朝起きたら体が別の人間と入れ替わっていたなんて話、どうすればいいと言うのだろう?吹っ切れて可愛い子になった事を堪能でもすれば良かったのか?そう出来たら気が楽そうだななんて思いつつも、性格上それは無理そうだ。
「…香澄ちゃん。」
「…?」
「香澄ちゃんが今何を抱えてるのか、何と戦ってきたのか…私には想像もつかないし、きっと言いたくないんだよね?」
そう花音は優しい口調で切り出す。
「でも、一個だけ分かる事があるよ。」
そう言って花音は席から立ち上がり、俺の隣の席へと移動する。
「……"あなた"は、頑張った…!」
「…」
花音は、俺の手を優しく両手で掴み、こちらを見据える。偶然なのだろうが、香澄という名前を使わなかったせいか、その言葉は俺自身に対して言ってるように聞こえた。
「あんなに…あんなにボロボロになるまで頑張ったんだよ…結果が伴わなくたって、それでも頑張ったの…私、そうやって頑張れる人、とっても凄いと思うな…」
「結果が伴わなくちゃ…意味無いじゃないですか…」
「意味が無いなんて事、きっと無いよ。頑張った人が意味が無いなんて、私は嫌だよ。」
ひどく理想論だ。頑張ったからと言って誰も彼もが報われる訳では無い。無いが…松原花音のそのどこまでいっても優しい想いには、心が動くところがあった。
「また頑張ろう、なんて言う気は無いよ。きっと香澄ちゃんが抱えたものに私が首を突っ込むのはいい事じゃないから…でも、疲れちゃったなら一緒に休憩してあげる事は出来ると思うんだ。頑張った人には休息が必要だもん…」
そう言って花音はまた立ち上がり、後ろから俺の頭を包み込むようにして撫でた。くすぐったいような、心地良いような感覚が走る。
「香澄ちゃん…お疲れ様…今は…ゆっくりしてね…」
「……」
子供の頃、親に頭を撫でてもらった感覚を思い出す。
(ああ…だめだな…疲れてる時にこれは…)
そのまま俺は、ゆっくりと眠りについたのだった…
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「んん……ん?」
目を覚ますと、そこには水色の髪の女の子、というか花音の顔がすぐそこにあった。枕が凄く柔らかいがなんだろうか、という白々しいのは置いといて、どう考えても膝枕をされているようだった。
「おはよう、香澄ちゃん。よく眠れた?」
「……っ!」
ほんわかした優しい笑顔と膝枕されている事を自覚した気恥ずかしさから、飛び跳ねるように起き上がる。
「か、花音さん…」
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ?」
慌てすぎてうっかり花音先輩ではなく花音さんと呼んでしまったが、特に気にはしてないようだ。というか中身男なので、女の子の膝枕で慌てるなというのが無理な事である。
「…花音先輩…私、どのくらい…?」
「あはは、一時間くらい、かな?」
「そんなに…」
人の膝枕で寝過ぎである。時計を見ると、時刻は19時を過ぎていた。花音は足が痺れたりしなかったのだろうか?というか、ダイニングテーブルの椅子に座って寝ていたと思うのだが、いつの間にかソファにいる辺り、運ばれたのだろうか。実は結構力持ち?
「…あー…花音先輩、なんだかお恥ずかしいところをお見せしました…」
照れ臭そうに、というか普通に素で恥ずかしいので自然とそうなるのだが、頬を掻くような仕草をとる。
「ううん、恥ずかしいなんて事無いよ。香澄ちゃん、もう大丈夫そうだね?」
「…はは…そうかも…ですね…」
悩みが無くなった訳でも問題が解決した訳でもないのたが、なんとなく気は楽になったかもしれない。結局人とは単純なのかもしれない。それとも花音の癒やし効果が凄すぎるのだろうか。
「花音先輩、休ませてくれて、ありがとうございます。私、もう少し頑張ってみます。」
「うんっ。でも、無理はしないでね?また疲れちゃったら誰かを頼ってね?私でもいいし、もっと頼りたい人がいるならその人でもいいから。ね?」
「…はい。」
素直にありがたかった。疲れたらこんなご褒美があるなら、疲れるのも悪くない。なんて冗談が浮かぶぐらいには回復したようだ。
「もうこんな時間だし、良かったら泊まっていく?明日はまだ学校もお休みだし…」
「いや、そのお話はありがたいですが、今日は大丈夫です。花音先輩のおかげでとっても元気出たんで!」
花音が迷惑と思うかどうかは置いといて、あまりこれ以上迷惑は掛けたくない。19時ぐらいならとても遅いと言う程でも無いし大丈夫だろう。
「そっか…あ、そうだ、香澄ちゃん。ちょっとそこ座ってて?」
「…?」
そう言ってどこか、方向的には洗面所の方に向かって行く花音。疑問を抱きつつしばらく言われた通りに座っていると、クシやらなんやらの恐らく髪のセット用具のようなもの一式を持って花音がやってくる。
「ほら、髪のセット崩れちゃったから…良かったら私にやらせてくれないかな?」
「髪のセット…?」
「いつもの髪型、雨で崩れちゃったでしょう?」
ああ、香澄の星型…というかほぼ猫耳ヘアーの事を言っていたのか。元々セットしていた訳では無いが、花音は最近香澄が下ろしているという事を知らないのだろう。雨で崩れたものだと思っているようだ。
「いや、別に大丈夫ですよ、このままで。」
「ふふ、遠慮しないで?私こういうの得意だし、好きだから。」
そう言って微笑む花音。もう完全にやる体制に入ってますね、これ…。というか花音ってこんなに押し強かったっけ…。と少し思ったが、ゲームのストーリーなどで年下に対して結構お姉さんしてたりするところもあるし、実は世話焼きな面があるのかもしれない。
「♪〜」
鼻歌を歌いながらテキパキと髪をセットしていく花音。髪を弄られてる時のワシャワシャされてる感じ、結構嫌いじゃないかもしれない…なんて思考をうっかりしていたが、あっという間に作業は完了した。
「出来ました〜♪」
「おお…」
テーブルに置いてあった鏡を見ると、そこにはよく見慣れた姿の戸山香澄がいた。見事な猫耳ヘアーである。というかこれってなんも知らんけど結構難しいのでは?意外と簡単なの?それとも花音が凄いの?
「これで、いつもの香澄ちゃんだね。」
「…はい。」
"いつもの"では無いのだが、そこはぐっと堪えて笑みを作りつつ返事をした。ここまでしてくれた彼女にこれ以上心配を掛ける訳にはいかない。
「…髪のセット、ありがとうございます。私、そろそろ家に帰りますね?」
「うん。良かったら途中まで送ろっか?」
「あはは…そこまでは流石に…」
と、そこまで言いかけた時に、ポケットから電子音が鳴る。
(…電話?)
自身のポケットからスマホを取り出すと、「有咲のおばあちゃん」と表示されていた。
「……」
このタイミングでこの人物から。そもそも登録してたんだという疑問は置いておいて、嫌な予感が頭を過ぎる。
「…もしもし?」
意を決して通話を開始する。
『もしもし!香澄ちゃんかい!?』
「は、はい。」
『香澄ちゃん、うちの有咲を知らないかい?まだ帰ってこなくて…』
「え…?」
有咲がまだ帰っていない。時刻はもう19時半程だ。てっきり家に帰っているものだと思っていたが、こんなに慌てているという事は連絡も何も来ていないのだろう。
『有咲にも電話をしたんだけど繋がらなくてねぇ…』
「…」
思わず黙ってしまった。きっと有咲が帰っていないのは今回の話で受けた傷が、衝撃が大きかったからではないか。窓から外を見る。大降りという訳では無いが、小雨でも無い雨がまだ降っているようだ。
「…おばあちゃん、もしかしたら、私のせいかもしれません…」
『え…?』
「…私、有咲を探してきます!」
『香澄ちゃん…!?』
それだけ言って通話を切る。後から考えるとちゃんと説明すれば良かったと思うのだが、自分のせいかもしれないという事が焦りを生んだ。自分で探すなど、心当たりも無いのに言ってしまうのが焦っている証拠だ。
「花音先輩!ありがとうございました!」
「待って!…有咲ちゃんだよね?私も探すよ!」
「…!…お願いします!」
電話を聞いて話をなんとなく察したらしい花音の申し出。一瞬迷ったが、今回は頼る事にした。少しでも早く有咲を見付けたかった。
「傘とレインコートどっちがいい?」
「傘で!」
レインコートの方が動きやすそうではあったが、有咲が傘を持っていない可能性を考えて傘にした。
「行こう!」
「はい!」
そうして二人家を飛び出した。どこか建物の中で雨宿りしているとかならいいのだが、今の有咲の心情的に外にいる可能性もありそうだ。どの道、帰れなくなっている有咲に俺は言わなきゃいけない事がある。このままで終わらせる訳にはいかない。だから少しでも早く見つける為に走った。ただ、ひたすらにーーーーーーー
To Be Continued…
という訳でかのちゃん先輩登場会でした。この題材で二次創作作っときながら、実は推しは香澄ではなく花音と薫さんだったりします。香澄は準推しだったり。
花音ちゃんが全然ふえぇしませんでしたが、ふえぇしない先輩モード花音ちゃんがとても好きなので許してください!もちろんふえぇ花音ちゃんも好きです。
「推しだからって出番贔屓してね?」と思ったそこの貴方、なんも言い返せません。
それではまた次回。皆様よいお年を。