戸山香澄になっちゃった!?   作:カルチホ

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ついこの間(2019/1/8)に章分けをしましたが、今回は1章の最終話となります。


9話:独りじゃない

 

 

(どこだ…どこに…)

 

 

俺はひたすらに雨の中を走っていた。傘を差してはいるが、走っているせいか雨は傘の内側へと入り込む。おかげで貸してもらった服が結局それなりに濡れてしまっている。水溜りがある際に気が付かずに思いっきり踏む為、跳ねた水も掛かって履いているタイツも少し不快感がする程度には濡れていた。だが、今はそんな事を気にしている場合では無い。

 

 

「あの!」

 

「はい?」

 

「人を探してるんです!私と同い年の金髪ツインテールの女の子!」

 

 

見掛けた女性にそう尋ねてみるも、反応は芳しくない。

 

 

「うーん…ごめんなさい。見てないわね。」

 

「分かりました!ありがとうございます!」

 

 

手早くお礼だけ述べ、俺は再び走り出した。結局、場所の心当たりが全然無いので道行く人に聞くぐらいしか方法が無い。別れたところの周辺を中心にして捜してはいるが、今のところ数人に聞いて有用な情報は手に入っていなかった。

 

 

(花音さん…大丈夫かな…)

 

 

一緒に探すと言ってくれた花音とは別行動を取っている。見つけたら連絡してくれるようだが、今のところ連絡は無い。もう恐らく20分程は探しているような気がする。

 

 

「あの!」

 

 

もうこれで何人目だったか、会社からの帰宅途中とかだろうか。スーツを着た男性に声を掛ける。

 

 

「人を探してるんです!金髪のツインテールの女の子!」

 

「ん〜…見掛けてないなぁ…」

 

「分かりました!ありがとうございます!」

 

 

聞けども聞けども有咲の事を見た人はいない。思ったより遠くまで行ってしまったのだろうか?そもそも、彼女の精神状態は大丈夫なのか?恐らく大丈夫では無いのだろう。問題無いのなら家に帰っているだろうし、帰らないにしても家に連絡を入れるなどするはずだ。

 

 

「くそ…早く見つけないといけないのに…」

 

 

警察などを頼るか?とも思ったのだが、事情を説明する手間や、実際に捜索に動くまでの時間などを考えるとこの状況ではあまり得策とも思えなかった。何より、今有咲は性格的に、自分自身を責めている可能性もある。そんな状況で警察まで動かしてしまったと知ったらと思うと、頼る事は出来なかった。

 

 

「有咲…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁ…………はぁ…………」

 

 

時間はさらに経っていくが、有咲は見つからない。有咲を見掛けた人間すら見つからない。有咲がどこにいるにしろ、どうしてここまで誰も見てないんだ?そんな疑問が思い浮かぶ。金髪ツインテールの少女なんてそうはいないはずだし、こんな時に言うのもなんだが有咲はかなりの美少女である。見掛ければ少なくとも数時間か一日程度は記憶に残りそうなものなのだが…

 

 

「うわっ!」

 

 

疲れのせいか足があまり上がってなかったせいで、道路のちょっとした起伏に足を引っ掛けて転んでしまう。手が咄嗟に前に出たおかげで顔面からは行かなかったが、丁度その起伏のせいで出来ていた水溜りに飛び込む形になってしまった。

 

 

「うぐっ…いった……」

 

 

右足の膝を地面に擦ってしまったようだ。タイツも膝の部分が少し破れ、血が出てしまっている。

 

 

「…くっそ……」

 

 

踏んだり蹴ったり過ぎて流石に泣きたくなったが、なんとか堪えて再び立ち上がる。

 

 

「あーあ…折角貸してくれたのに…」

 

 

気付けばもう全身びしょ濡れになっていた。傘は最早意味を成さないので一旦閉じる。捨てればと思うかもしれないが、ビニール傘とはいえ借り物だという事と、有咲を入れてあげる為という事もある。傘はなんとか持っておきたい。

 

 

「あの…」

 

「え?」

 

 

声を掛けられた事に気付き振り返ると、同年代ぐらいの少女が心配そうな顔をして立っていた。見た事は無いのでバンドリのキャラでは無さそうだ。

 

 

「だ、大丈夫ですか…?」

 

「あ…」

 

 

どうやらこの少女は俺の様子を見て心配して声を掛けてくれたようだ。確かに赤の他人でも心配になるような見てくれになっているかもしれない。

 

 

「あはは…大丈夫大丈夫。それより、金髪のツインテールの女の子!見なかった?」

 

「え…?」

 

 

実際は擦りむいた膝は結構痛いし、咄嗟に出た手も血が出る程では無いにしろ、道路のコンクリートに思いっきりついてしまったのでなかなか痛かったのだが、俺は取りあえず痩せ我慢で大丈夫という事にし、この少女にも例の質問をしてみる。少女は少し考えた後こう答えた。

 

 

「えっと…ツインテールでは無かったんだけど…金髪の子なら見た…」

 

「それホント!?」

 

「あっ、あの、でもツインテールでは無かったよ…?」

 

 

自信無さげな少女。有咲はツインテールだったはずだがどういう事だろうか?まさか別人?金髪自体はこの世界では割と見たので有り得るかもしれない。

 

 

「でもなんていうか…ただならぬ雰囲気だったっていうか…私ちょっとその、トイレが危なくてスルーしちゃったんだけど…」

 

「ただならぬ雰囲気…?」

 

「元気があまりにも無かったというか…前見えてるのかなって感じで…」

 

「それって…!」

 

 

前言撤回。そんな状況にたまたま陥っている金髪の別人がそうそういるはずが無い。念の為確信をつける為に俺は一つ質問をする。

 

 

「服装!覚えてる!?」

 

「確か……ピンクのセーターに青いロングスカートだったかな?」

 

 

間違い無い、有咲だ。ツインテールじゃないのは分からないが、何らかの理由で髪が解けたのだろうか。もしかしたら今まで見掛けた人が全然いなかったのは、俺がツインテールという情報を言っているのに対して実際はツインテールじゃ無かったからか?それにしたってツインテールでは無かったけどこんな子を見掛けたとか言ってくれてもいいと思うのだが…今となってはどうでもいい。

 

 

「どこ!どこにいたの!?」

 

「私が見掛けたのは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はっ……はっ……」

 

 

走る。教えてもらった場所へとひたすらに走る。先程の少女が言うには、有咲らしき少女はここからそれなりに離れた公園近く、今いる場所から見て今日行ったショッピングモールの逆方向側にいたらしい。おそらく別れた際、そのまま結構な距離を走っていったのだろう。それに相当に時間も経っていた。これだけ離れた距離にいてもおかしくはない。

 

 

(膝が痛い…体も冷たい…)

 

 

雨こそ小雨になってきたが、散々今まで降られていたので体はすっかり冷え、先程擦りむいた膝も痛いとはっきり思う程度には痛みがあった。

 

 

(もう走るのやめちゃおうかな…?)

 

 

なんて思いつつも、足は止まらなかった。どうにも自分が思っている以上に、有咲に対しての気持ちが強くなっていたようだ。元々俺は、こんなに頑張れるような人間では無いつもりだった。困ってる人がいても、見知らぬ他人だったら見て見ぬフリもよくやってきた。友達や家族とかだったとしても、自分がそこまで苦労しない程度に程々に助けない事もない程度だ。そして自分には基本的に甘い。だから、少し傷付く事があれば普段甘やかされている自分の心は簡単に折れてしまう。そんな俺がどうしてこんなに頑張っているのか。思えば、切っ掛けは有咲だったのだ。突然戸山香澄になってしまった日の夜に、掛かってきた有咲からの電話。普通だったら有り得ないような未知の現象に参ってしまっていた俺は、その時救われたのだ。別に有咲は"俺"を救おうとした訳では無い。俺が勝手に救われただけだ。俺は………

 

 

 

 

 

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「有咲っ!!!」

 

 

 

 

 

 

やっと、見つけた。雨が降っているにも関わらず、彼女は小さな公園内のブランコに座っていた。確かに先程の少女が言っていたように、ツインテールは解けたのか解いたのか分からないが、髪は下ろしてあった。

 

 

「え……香澄……?」

 

 

彼女は俺を見て、驚いたような表情をした。その視線は頭に向いているように見える。もしかして、この髪型にびっくりしているのだろうか?

 

 

「…なに、してるの…こんな所で…」

 

「……」

 

 

答えない。有咲は一度は上げた顔をまた俯かせた。俺は、ブランコの空いている方の鎖に傘を引っ掛け、そのまま椅子に腰を掛ける。雨で濡れていたが、自分自身が既にすっかりびしょ濡れだったので、今更気にはならなかった。

 

 

「……有咲…いや、市ヶ谷さん…」

 

「……なんだよ……なんで、その髪型なんだ…」

 

「…まあ、色々あってね…」

 

「なんなんだよ…香澄じゃないんじゃ、無かったのかよ…それなのに…髪型戻して…香澄が……香澄が、戻ってきたんじゃないかって、思っちゃったじゃないかよ…!」

 

 

意図した訳では無かったが、このタイミングで髪型が戻ったのはあまり良くなかったかもしれない。結局また有咲を悲しませてしまっている。

 

 

「…ごめん…」

 

「…なんで…なんであんな酷い事言ったのに…来たんだよ…」

 

「…市ヶ谷さんに、まだ伝えられてない事があるから。」

 

 

そう言って俺はブランコから立ち上がり、有咲の前に立つ。

 

 

「…もういいよ…あんな話されたって…私は…私は…どうしたらいいか分かんねーよ…」

 

「違う、さっきは起こった事の事実を伝えたけど…今聞いてほしいのは、俺の気持ちだ…」

 

 

言い終わり、有咲を真っ直ぐと見据える。暫く俯いたままだったが、話し始めない俺を不思議に思ったのか、顔を見上げて目を合わせてくれた。

 

 

「…俺さ…怖かったんだよ…いきなり自分じゃない人間になってて…夢なんじゃないかって何度も思った…でも、ここにいる人達は皆ちゃんと生きていて、皆が皆それぞれ意思を持っている。それが分かって、なおさら怖くなった。これは夢なんかじゃ無い。どうしようもなく現実なんだって…」

 

「……」

 

「でも、市ヶ谷さん…君が俺を、後押ししてくれた。」

 

「え…」

 

 

きょとんとする有咲。それもそうだろう。彼女には俺を後押しした覚えなど無いのだから。だが、俺は後押しされたのだ。勝手に頑張る理由を貰ったのだ。

 

 

「…俺が香澄になってから、市ヶ谷さんの香澄への想いを何度も見た。その事で、自分が壊れそうになるくらい考え込む姿も見た。そんな風に友達の事を必死に考える事が出来る市ヶ谷さんを見て、きっと俺は…頑張ろうと思えたんだ。」

 

「な…!」

 

「正直、凄い落ち込んでたんだ。香澄になってしまった最初の日…これからどうなるんだろうって。でも、市ヶ谷さん、君から来た電話を聞いて、君がどれだけ友達の事を想ってるか聞いて…俺は…戸山香澄を絶対に取り戻さなきゃって思った。」

 

「取り…戻す…?」

 

「ああ…俺が今やらなきゃいけない事…それは、戸山香澄を取り戻す事だ。そして、香澄に香澄として当たり前に生きてもらいたい。それはきっと、俺なんか…他の誰かが奪ってしまっていいものではないから。」

 

 

この世界に来てしまった日の夜、有咲との電話をした時から、ずっと目標として掲げてきたもの。元々の世界で、推しキャラとしていた香澄の為に俺は頑張っていたと思っていた。勿論それもそうなのだろうが、きっとなにより、ツンデレで素直じゃ無いけど、でも心から香澄の事を友達として想っている心優しい少女、有咲の為だったのかもしれない。俺はいつの間にか、バンドリの一キャラクターの有咲ではなく、この世界に生きる一人の少女、市ヶ谷有咲に勝手に惚れ込んでいたのかもしれない。

 

 

「…私は、別にアンタを励ますためにやった訳じゃない…」

 

「…そうだろうな。ただ、実際俺は市ヶ谷さんにとって大事な人への強い想いを聞いて、俺がその大事な人の事を奪う訳にはいかないと思った。」

 

「だ、大事な人って訳じゃ…」

 

「違うのか?」

 

「……………それは置いといて、そんな事で恩を感じるのは違うだろ…だって私は…ただ…」

 

 

ただ…その先に続く言葉は恥ずかしいのか言ってくれなかったが、凡そ想像は付く。彼女は彼女なりに考えて香澄の為に言っただけ。だがそれは、簡単なようで難しい事だ。それに、別に俺は恩を感じている訳では無い。

 

 

「それは違う。俺はただ、凄いと思ったんだ。もし俺の…そうだな、友達がいて、そいつがおかしな状態になったとしても、市ヶ谷さん程その人の為に悩んだり、怒ったり、出来る気がしない。」

 

 

きっと、俺の性格なら面倒になって関係も自然消滅なりしてしまうと思った。先程も言ったが、俺はそんなに頑張れるような人間では無い。今俺が頑張っているのは、有咲の影響なのだと思う。

 

 

「っ…私は!!私は…結局何も出来ちゃいないだろ…!悩んだって何も良い方法も出なくて!!怒ったのもどうしようもなくなって香澄に!…アンタに八つ当たりしたようなもんだ…!挙げ句の果てにバカみたいに泣いて…こんなとこまで逃げて…また迷惑掛けて……私なんか…私なんか…」

 

 

声を荒らげて泣きじゃくる有咲。その自分自身を責める姿はとても悲痛で、俺は黙って見ていられなかった。

 

 

「私なんか!!ずっと引き篭もってれば良かったのに!!!」

 

「…本気でそう思うのか?」

 

「……」

 

「なあ有咲、俺はそうは思わない。有咲は香澄と…いや、最初の切っ掛けこそ香澄だったかもしれないが、それがあって色んな人と出会えた。ポピパは勿論、他にも友達と言える存在が出来たんじゃないか?仲良くなった先輩もいるだろう。それを全部、無かった事にするのは勿体無くないか?」

 

 

有咲は元々優しい子なのだろうが、それを表に出す機会が無かった。高校に入って、香澄に引っ張り出されるまで彼女は元来の人見知りの性格もあり、まともな友達などいなかった。1人でいる事は悪い事じゃ無い。だが、1人じゃなくなった今、その状況を彼女は悪くないと、心地良いと思っているはずなのだ。

 

 

「…アンタに…何が分かるの…」

 

「分かる、分かるよ…ごめん、今は詳しくは説明してる暇は無いけど…とにかく分かるんだ。」

 

「………ははっ……なにそれ……」

 

 

有咲は乾いた笑いを漏らす。雨に濡れた前髪に隠れた表情は、ここからは伺い知れない。

 

 

「説教臭い感じでごめん。でも、そう思ったんだ。今の市ヶ谷有咲を否定するのは、今まで市ヶ谷さんに関わってきた人たちを否定するようなものなんじゃないかな…」

 

「…それは……」

 

「俺みたいな他人が言ってもあまり響かないかもしれないけど、少なくとも俺は今の有咲って人はとても素敵な人だと思ってる。」

 

「なっ……!?」

 

 

カアァっと赤面する有咲。我ながらかなりクサイ台詞だとは思ったのだが、状況や、実際そう思っている事実などが後押しし、この時はすんなり言う事が出来た。後で恥ずか死ぬのはまた別の話だ。

 

 

「…よくもそんな台詞、恥ずかし気も無く言えるな…」

 

 

赤面しつつ恨めしそうな目をしてそう言う有咲。だが、さっきまでの陰鬱な雰囲気は無くなった気がする。

 

 

「俺はさ、あんまり誰かの為にとか、他人の為に頑張れないんだ。すぐ面倒くさがって、見て見ぬフリをして…そんな俺が頑張っているのは、きっと市ヶ谷さんに影響を受けたからだ。色んな人から影響を受けた市ヶ谷さんに俺は影響されたんだと思う。だから…そんな市ヶ谷さん自身を、否定しないで欲しい…」

 

「………なんだよ…もう………色々、めんどくせーな……」

 

 

そう言って、有咲は空を見上げた。前髪が捌けた事により見えた表情は、悲しみとも怒りとも取れない、敢えて言うならば諦めのように見えた。

 

 

「……本当は、分かってたんだ…香澄が…いや、アンタが本当の事を教えてくれた時、どうするのが良かったのか…」

 

「え…」

 

「アンタが香澄じゃない誰かなのか、なんらかの要因で香澄じゃない誰かと思い込んでしまっている香澄なのかとか…そんな事はどうでも良かったんだよな…」

 

 

こちらの目を見据え、有咲はこう言った。

 

 

「何にしたって、今香澄がまずい事になってるのは変わらないんだ…だったら、友達、なら…困ってたら、助けるよな…」

 

 

有咲は友達想いだ、と思うのはこれで何回目だろうか。友達想いと一言で言えば簡単だが、こんな状況でも助けるという答えが出てくる人はそうはいないのではないだろうか。少なくとも、俺には自信が無い。

 

 

「それなのに、私アンタに酷い事言っちゃってさ……逃げ出して……バカ、だよな……ホント、バカなんだ……いつもそうだよ…自分の事ですぐ手一杯になって…怒ったり…飛び出したり…なんなんだろうな…?」

 

 

少し、泣いているように見えた。雨に濡れているからか涙の雫は見えなかったが、目が少し赤くなっている気がした。

 

 

「本当にバカだ…一番つらいのは…アンタだったはずなのに…」

 

「え…」

 

 

予想外の言葉に思わず面食らってしまった。香澄の体を奪ってしまった事を責められこそすれど、こう切り替えされるとは思っていなかった。

 

 

「いきなり他の人の体に入れられて…その人として生きていくのを強いられて…皆にバレないように気を使って…手掛かりも無いような状態で、元に戻る方法を探して…ずっと、そうしてきたんだろ…?たった、一人で…」

 

「…っ」

 

 

よく、「同情なんていらない」というような言葉がフィクションの作品の中などにあるが、あれは強いから言える言葉だ。俺は弱い。有咲の俺に対しての同情が、心の底まで染みた。当然だが、今までは皆香澄に対してしか喋っていなかったのだ。今の有咲は、"俺"に対して喋ってくれていた。だから、こんなにも嬉しい気持ちになってしまったのは、きっと間違っては無いだろう。

 

 

「さっきは、ごめんなさい……それで、ずっと香澄の事を取り戻そうとしてくれて……………私の事、そんなになってまで探してくれて…………………ありがとう……」

 

 

ブランコから立ち上がり、有咲は頭を下げてくれた。そしてとても恥ずかしそうに、照れくさそうに、でも、確かな笑顔で、そう言ってくれた。その瞬間、俺は全てが救われたような気がした。心が一気に晴れたような気がした。たった一言、「ありがとう」と。それは確かに、"俺"という一人の人間に向かって言われた言葉だった。そう自覚した時、俺の目からは雨とは違う雫が溢れていた。

 

 

「有…咲……」

 

「もう…何泣いてるんだよ…こっちが恥ずかしくなるだろ…?さっきまで散々あんなくっさい台詞言っちゃってさ…?」

 

 

そう言いながら、ポケットから取り出したハンカチで涙を拭いてくれる有咲。元々濡れていたのでそこまで意味は無いのだが、その行為自体にまた嬉しさが溢れてしまう。

 

 

「…ありがとう…」

 

「いや、だからありがとうは私だって…ああもう…しょうがないなぁ…」

 

 

すぅっと息を整える有咲。何かを言うのだろうか?

 

 

「…こんな形になっちゃったけど……でももう、一人で戦わなくていいから…」

 

「え…」

 

「その…私も、協力する。香澄を取り戻すってやつ…だから…もう、独りじゃない、から…」

 

 

言いながらもじもじとする有咲はとても可愛らしかった。なんて思う余裕も無く、その言葉は香澄になってから独りだった俺を、確かに開放してくれたのだった。

 

 

「と、とにかく!これからもよろしくって事!」

 

 

そう言いこちらへ右手を差し出す有咲。俺は少し迷った。

 

 

「…いいのか?」

 

「ああもう!男ならうだうだするな!…男だよな?勝手に思ってたけど。」

 

「男だよ……今は女だけどな。」

 

「それは体だけだろ。」

 

「そこが一番大事だと思うんですが…」

 

 

変に気の抜けた会話をしてしまい、思わず目を見合わせてプッと笑う。気付けば、雨は止んでいた。

 

 

「フフッ…なんだこれ…」

 

「なんだろうな…ククッ…」

 

 

もう一度、有咲の顔を見据える。

 

 

「…よろしく、市ヶ谷さん。」

 

「有咲でいいよ。さっきからちょこちょこそっちで呼んでたし、その方が呼びやすいんだろ?えっと…」

 

 

そうか、そう言えば結局まだ教えて無かったのか。

 

 

「…蒼。"蒼川 蒼"だ。」

 

「ん。よろしくな、蒼。」

 

「よろしく、有咲…!」

 

 

握った手をお互いにキュッと結ぶ。俺を救ってくれたこの小さな手の為にも改めて誓おう。必ず、戸山香澄を取り戻すと…きっと大丈夫。何故なら、俺はもう独りではないのだから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1st chapter fin.

 

Continued to the 2nd chapter…

 

 

 




色々解決してない事もありますが、取りあえず一章完!です。ここまでお読みいただきありがとうございました。

二章以降も(できれば)変わらぬペースで投稿する予定ですのでよろしくお願いします。
また、最近活動報告なるものを知った(今更)ので、今後投稿時はそれを使ってお知らせします。投稿の正確な時間が知りたい方はそちらをご参照下さい。

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