Survivor from NeighborHood   作:くそもやし

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猟犬、学校に行く。

 

 

 

 

 

 

 要が玉狛第一としてA級に昇格して数日。

 

 玉狛支部のリビングのソファで雷神丸をつつきながら要はふと思った。

 

 暇だな、と。

 

 支部に所属する隊員が本部へ出向するのは特別な事情により呼び出された時かランク戦くらいであり、本部でのチームランク戦に参加出来ない玉狛第一は、基本的に本部へ出向くことがあまりない。

 

 入隊後2時間で玉狛第一のA級になった要はもう本部の景色を忘れかけているし、本部は本部で「なんかヤバい新人が来たらしい」という都市伝説じみたウワサが広まっている。

 

 仕方が無いので三門市を一周走ってこようかと考えていた要に、コーヒーを啜りながら林藤が話しかけた。

 

「そういや要、学校行ってみるか?」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「はい、こちらが今日からこのクラスの一員になる須賀くんです」

「須賀要だ」

 

 担任の初老の男性の言葉に、ザワ、と教室の空気に漣が広がった。

 編入生というかなりのレアイベントなのだから無理もない。

 突然朝の教室に現れた見知らぬ顔の同級生に、生徒達はさっそく口々にあれやこれやと囁き始める。

 

「へー、けっこうイケメンじゃん」

「でもちょっと怖くない?」

「なんで中でマフラーしてんの?」

「寒がりなんじゃね」

 

 ひそひそと始まり、やがてざわざわと膨らんだそれは、担任の言葉に遮られた。

 

「はいはい、静かに。須賀くんに自己紹介してもらうからね」

 

 それきり教室のざわめきはいったん静まって、全員分、80近い目がいっせいに要を捉える。

 

「じゃあ須賀くん、自己紹介お願いね」

「年齢16。体長1.73、重量72」

「……んん?」

 

 生徒が自分の身体情報を「体長」だの「重量」だの言い出した事に怪訝な声を上げる担任。

 実に真っ当な反応だった。

 

 しかし残念、手遅れだ。

 

「所属は木崎隊、ポジションは攻撃手(アタッカー)。特技は斥候、陽動、遊撃、強襲、狙撃。作戦に於いて歩兵に要求されうる戦術的行動は全て修得している。問題はない」

 

 大有りだった。

 

 爆弾発言を気にすることなく──そもそも爆弾発言と自覚していない──続ける要。

 

「マフラーはリンドウに貰った」

 

 ちなみにではあるが、林藤やミカエル、ゆり等玉狛の面々も、要に()()()の常識を教えていない訳では無い。

 むしろ要に関する事柄で最も力を入れている要素だろう。

 

 とりわけ彼らが口を揃えて言うのは「(最悪記憶封印処理する羽目になるから)向こうの事を話すな」。

 まさにこの場面がその言葉に真っ向から殴り掛かるが如くな状況に見えるが、しかし要にとってはそうではなかった。

 

 自分に興味のない要が「特技」と称する戦闘行為はもはやそれそのものが要の人格形成、存在意義、価値観といったパーソナリティに根ざす()()()()()であり、つまりそれは彼にとって一分の疑いもなく()()()()だった。

 

「セッコー?」

「狙撃って、えぇ……」

「ミリオタ?」

「リンドウって誰」

「さあ……」

「不思議くんかな?」

 

 てんやわんやである。

「ボーダーに所属している」という一言さえあれば詳しくとはいかずとも、なんとなく「ボーダーでの事を言っているんだろうな」というニュアンスは伝わりそうなものだが、そんな予想の斜め上をぶっちぎって遥か彼方の高校デビューをキメた要は見事天然不思議君としての立ち位置を確立する事になったのだった。

 

「ええと、須賀くんは長いこと外国にいたそうなので、皆さん彼が分からないことがあったら教えてあげてくださいね」

「指摘を無駄にする事のないよう最善を尽くすつもりだ」

「記者会見みたいな事言うね君」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 朝のホームルームが終わって小休憩時間。

 当然というか、物珍しそうにわらわらとクラスメイト達が集まってくる。

 

「須賀ー、部活とか入る? 好きなスポーツは?」

 

 部活。

 昨日まで玉狛支部にて行われていた『勉強はともかく最低限高校での日常生活が送れるようになろう勉強会』のたった一人の生徒として出席していた要は勿論この単語も抑えている。

 

「近接かく……ボクシングが得意だ」

 

 危ない。

 ゆりによる物騒な言葉を言い換える訓練がなければ致命傷だったかもしれない。

 要は少し安堵した。

 そんな要の前で、質問してきた男子生徒が目を輝かせた。

 

「すげ。代表とか目指してんの?」

「代表……? ああ、俺達は国の代表として戦っていた」

「ええ!? マジ!? どこの国!?」

「知らない」

「なんで?????」

 

 要の返答に男子生徒は肩を落としてしまった。

 仕方がない、本当に知らないのだから。

 

「なんか得意なスタイルとかあるの? 技とか」

 

 今度は男子生徒の横の活発そうな女子生徒が口を開いた。

 

 要は少し考えた。

 どんな形で敵を殺したのが多かっただろうか……。

 

「スタイル、という程のものでもないと思うが」

「うんうん」

「まず相手の癖をよく見る」

「ふむふむ」

「癖を見切ったら、フェイントを混ぜつつ距離を詰める」

「ほうほう」

「相手が俺の攻撃を意識してガードし始めたところで」

「おお!」

「近くの味方が殺す」

「殺す!? 味方!?」

 

 ──いや、待て。

 自分のトリガーを使って木っ端微塵にした方が多いかもしれない。

 要が先の言葉を訂正しようか迷っていると、女子生徒は顔を青くして話題を変えてしまった。

 

「えっと……勉強は得意?」

「ああ、先日ひらがなを修得した」

「えっ」

「……じゃあ嫌いな科目は?」

「カタカナはまだ途中だ」

「えぇ……」

「いやいや、そこは海外生活長いんだししょーがねーべ」

 

 途中まで一緒に顔を青くしていた男子生徒が口を挟む。

 どうやらなかなかに都合のいい解釈をしてくれているようだ。

 

 その時、教室の喧騒を破るようにして、ガラガラと音を立てて教室のドアが開いた。

 荒々しい足取りで近づいてきた人物が、要の前に来て口を開いた。

 

「あ? 誰だテメェ」

「あっ、影浦君……」

 

 女子生徒が焦ったようにその人物の名前を呼ぶ。

 影浦と呼ばれたその男は猛獣のように鋭い視線で要を射抜く。

 

「今日転入してきた須賀君。海外から来たんだって」

「……そうかよ」

 

 彼はぶっきらぼうにそう言うと、どっかと自分の席に腰を下ろし、それきり俯いて居眠りを初めてしまった。

 

「影浦な、むっちゃ恐いけど案外悪い奴じゃないんだぜ。この前教科書忘れたら見せてくれたし」

「そうか」

 

 そっけない影浦を見て、先ほどの男子生徒が小声で話しかけてくる。

 要の返答に彼はもう一度影浦を見て、

 

「……多分」

 

 自信なさげに呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 最近、ボーダーで突拍子もない噂が広まっている。

 直近の入隊式で入隊した新入りについての噂らしいのだが、曰く『殺し方がボーダー1エグい』だの『殺意が見える』だの『入隊当日にそいつと模擬戦した同期がトラウマになってその日に辞めた』だの、あまりの言われようだ。

 挙句の果てには『玉狛の小南から3本取った』とか『入隊して1時間でA級に昇格した』といったものまである。

 

 最後の二つについては直ぐに嘘だと分かるようなモノがよく広まるものだと影浦は思った。

 

 ただまあ、噂とは得てしてそういうものだ。

 なにせボーダー内の事情に極端に疎い影浦の耳にすら入ってくる程なのだから。

 他の隊員間でどれだけ話題になっているのかは何をか言わんやである。

 

 変な奴といえば、と影浦は最近高校に転入してきた男を思い出した。

 

 入学早々、色々な意味で生徒たちの注目を集めるそいつは、今も影浦の視界の中で間の抜けたやり取りを交わしている。

 

「ハイ須賀、これ」

「……この鈍器は?」

「いや鈍器じゃないからね」

「そうなのか」

 

 ちなみに今は体育の時間である。

 手渡された野球のバット。

 それをしげしげと見つめながら大真面目にアホみたいな事を言い出す転入生に、転入してすぐに話しかけてしまったが故になし崩し的に介護係的なポジションになってしまった男子生徒は菩薩のような顔で突っ込んだ。

 

「で、誰を殴打すればいい?」

「いやだから鈍器じゃないからね」

 

 珍しく(自分でもそう思う)出席した影浦は、学校指定のジャージを着て尚肌寒い冬の木枯らしに顔を顰めつつ、転入生の繰り広げるコントを眺めて、思わず呆れる。

 

「あそこに立ってるアイツ、分かるか?」

「ああ」

「アイツがボールを投げてくるから、それをこれで打ち返すの」

「成程、理解した」

「よっしゃ、じゃあやんべ」

「で、誰を狙えばいい?」

「だから武器じゃねえって言ってんだろ!!!!!!!!」

 

 もうアイツぶん殴ってもいいんじゃないだろうか。

 影浦はぼんやりとそんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 影浦雅人はあまり人の名前を覚えない。

 それは本人の性格もあるのだが、大部分は生まれ持った体質のせいだ。

『感情受信体質』のサイドエフェクトを持つ影浦は、他人が自分に向ける感情が解る。

 これがどれだけ心身に大きな傷を与えるか、それはこのサイドエフェクトを持つ本人にしかわかるまい。

 

 そうして、「心の痛み」に長くさらされてしまった影浦は、人とあまり関わらなくなった。いや、()()()()()()()()()

 

 ただ、そんな影浦にとっても、学校であれだけ目立てば少しは印象にも残る。

 

(確か、須賀だったか)

 

 世間知らずどころではないクラスメイトの事を思い出しながら、ボーダーの仮想戦闘ブースへ続く通路をだらだらと歩く。

 

(まあ、どうでもいいか)

 

 自分には関係ない事だ。

 クラスメイト以上の関係になることはあるまい。

 

 

 そんなことを考えながらブースの広場に出ると、そこは妙なざわめきに包まれていた。

 

「ねえ、あれやばくなかった?」

「なんで見ないで狙撃避けられるんだよアイツ……」

 

 小声で囁きあうC級隊員たち。

 その視線の先にはブースから退室してきた数人の男女の姿がある。

 

「ぶええ、私寿命10年縮みましたよお……!」

「手も足も出なかったね……」

「あんたちょっと容赦とか手加減とか無いわけ?」

「戦闘において手加減をする理由が理解できない」

「そうだけどこれ一応トレーニングだから!」

 

 3人の少女の隣で首を傾げる1人の男。

 そいつを見て、影浦は思わず口が開いていた。

 

「須賀、お前ボーダー入ってたのか」

「かげうら、だったか」

 

 感情を感じさせない表情で須賀がこちらを見る。

 

「友達?」

「三門市立第一高等学校一年B組の隣の席だ」

「あんた学校行ってたんだ」

「須賀さんやっぱり年上だったんですね!」

「敬語にした方がいいかしら」

 

 女3人寄ればなんとやらと言うが、正に字のごとく、といった光景だろう。

 きゃいきゃいと騒ぎ始めた3人の女子を見て、影浦は少し辟易とした。

 ……ただ、自他共に目つきが悪いと認めている影浦を見て、少しもチクチクとした感情を向けてこないのは意外だった。

 

「席を外した方がいいでしょうか? ……ええと、影浦先輩」

「いや、それにゃ及ばねえよ。邪魔したな」

「あら、そうですか……」

 

 淡い髪色のたおやかな雰囲気を漂わせる女子の提案を、ひらひらと手を振って断り、その場を離れる。

 クラスメイトが同僚だった。

 これはそれだけの話だ。

 

「私達はこれから食堂で休憩するけど、要く……先輩はどうします?」

「敬語はいやだ。好きに呼んでほしい。俺はまだ少しここで訓練する」

「ふふ、ありがとう。じゃあまた後でね」

 

 ブースに入る直前、そんな会話が聞こえた。クソが。

 

「ったくよー、海外から越してきて早々女侍らせやがって……」

 

 そんなことをぼりぼりと頭を掻きつつ呟き、ブースに入る。

 人を判断する時に『顔』という項目をほとんど考慮しない影浦だが、それはそれで女の子に囲まれている男を見ると、なんというか、「ケッ」と吐き捨てたい気持ちになる。

 そういうお年頃なのだから仕方ない。

 

 適当に自分と同じくらいのポイントの使い手を相手に選び、対戦申し込みを行う。

 相手のトリガーはレイガスト。

 あまり対戦経験のないトリガーだ。

 そのまま相手の了承まで少し待つ。

 

「お、来たか」

 

 視界が光に包まれる。

 転送が始まる合図だ。

 

 ──丁度いい機会だ、ぶっ潰してやる。

 

 

 

「…………あ?」

「……ん、さっきぶりだな。よろしく頼む」

 

 

 

 目の前には、件の女連れ野郎がいた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 それは、衝撃を通り過ぎて、もはや戦慄だった。

 

 ────何だ、コイツ

 

 空気を引き裂かんばかりに鋭利な軌道で振るわれる二振りのスコーピオン。

 ボーダー最軽量を誇るその薄刃は、影浦本人の気性も相まって、いっそ悪魔的な荒々しさで対象に襲い掛かる。

 

「……」

 

 その、全てを。

 眉ひとつ僅かにも動かさず、まるで埃を払うように捌いていく目の前の男は一体何者なのか。

 

 目まぐるしく閃くトリオンの刃の輝きとは裏腹に、落とし穴にでも嵌ったかの様に膠着する戦況。

 火花散る剣戟の奥に、暗く冷たく、獲物を見据える蛇の様に、こちらの隙をじっとりと探る男の眼光に気づいたとき、影浦は死神に背筋を擽られたかのような恐怖を覚えた。

 

 こいつは防戦一方だ。

 事実『攻撃の感情』が刺さってこない。

 このまま押し切れば殺せるはずだ。

 だというのに、影浦の脳裏には正体不明の焦燥ばかりが募っていく。

 

「く、そッッ」

 

 じわじわと足元から蛇の尾に絡め取られているような気持ち悪さを振り払う様に、左の剣でレイガストを受け止めつつ、右足をダンと強く踏み込んだ。

 瞬間、右手から消えたスコーピオンが右足から地面を通り、要の喉元を狙って飛び出す。

 

 もぐら爪(モールクロー)

 

 しかし地中からの奇襲を、要は半歩身体をずらすだけで完全に躱す。

 それを見届ける事なく、体内で枝分かれさせたスコーピオンを腹、両膝、両肘から一斉に放出。

 要は流れる様な動きで、トリオン体ならではの膂力で以て後方へ跳躍。伸縮する刃の範囲外へ脱出する。

 

 それを見て、影浦は勝利を確信した。

 

「──くたばれッッ!!」

 

 変型させていたスコーピオンを元の二振りの短剣の形へ戻し、()()

 一つになった巨大な刃を、ムチの様にしならせて振るう。

 

 影浦が最近編み出したスコーピオンを二つ繋げて使う荒技だ。

 

 その一連の動作は、粗を残しながらも俊敏かつ迅速に行われた。

 そこいらのB級隊員なら、いや、もしかするとA級隊員ですら何が起きたか理解すら出来ないまま首を飛ばされるだろう一閃。

 それを空中にいる相手に放ったのだ。対処できる筈がない。

 

 ──その、影浦渾身の一撃を

 

「ん……」

 

 ボッッ!! と空気を震わせる爆発音とともにレイガストからトリオンの爆風が放出、要の体が180度回転する。

 上下が逆さになった状態で、レイガストのブレードを伸長、地面に突き刺し逆立ち。

 そのまま棒高跳びの要領でジャンプ。

 

「な────」

 

 トリオンの光芒を引いて奔る刃は、要の頭髪を数本掠めて空を切った。

 

 曲芸じみた動きでスコーピオンを回避した要が着地。

 ゆっくりとこちらを振り返る。

 

「……ッッ」

 

 影浦には、それが死刑宣告に見えたとか。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 後日、教室にて。

 

「オイ、須賀ァ」

「ん、影浦か」

「今日も付き合え」

「了解」

 

 いつの間にか仲良くなっている二人の姿が目撃され、クラスメイトはコミュ障二人をにこやかに見守った。

 

 

 

 




???「コッペパンを要求する!!!!!!!!!!」(クソデカ発砲音)

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