アラバスタ王国に到着してから数か月が経過した。
その間にフランキーがようやくアイスバーグさん達に電伝虫で連絡し、
『ンマー、このバカンキー! どんだけ待たせるつもりだ! いくらなんでも半年はねェだろ!』
「う、うるせェ! こっちも色々と忙しかったんだよ、バカバーグ!」
無事口喧嘩。実際フランキーは頑張ってくれた。
ココロさんによると前からこうだったらしいので、放っておけばいいだろう。
他にあったことといえば、
「ハンコックに勝った? マジで?」
『大マジよ。ヒナ勝利』
まあわざわざ自慢してきたのだからそうなんだろう。任務の合間に戦っていたと聞いていたが初勝利。
ハンコックが勝っていた間はあいつが教えてきていたが、最近は話題に触れないし拗ねていた。怪しんでいたところだ。
「よく勝てたな。同性の方がまだマシだろうが、あいつの場合は誤差レベルなんだが」
あいつの美貌は老若男女を問わず通用する。電伝虫にも効くぐらいだ。
この世どころか歴史上で最もメロメロの実を使いこなせる人間の1人だろう。
『ふふっ、あなたの姉は常に前進するのよ。それに……ハンコックは思ったより
「待とうか。一体何の勝負をしたんだ?」
お姉さま的なそういうアレなことで競ったのかと錯乱したが、ある写真を囮に使い、【
なんとしょうもない……だが勝ちは勝ち。戦闘中は油断大敵。その一瞬が命取り。
そしてちょっと2人の絡みが見たかった。いつの間にか名前呼びになっているし。
勝つのはまだ無理だと思っていたがやるな。
アインとビンズのタッグをよく相手にしていたからわかるが、相手を拘束するタイプと組んだアインは、卑怯汚いは負け犬の遠吠えだと思っているオレでも相手が可哀想になる。
訓練で組手相手がいなくなったレベル。アイン達にハメ殺しにされた被害者多数。
もう一回姉さんが
ハンコックから再戦を申し込まれているが、このまま勝ち逃げする気らしい。やられたら一番悔しいやつだ。
『これで負かされるたびに、あのちょっと面白いポーズでドヤ顔される日々は終わりよ。ヒナ満足』
見下し過ぎて見上げているポーズか。
それが嫌で飛ぶようになるのは予想外だ。
『これで心残りもなくなったので、今度会った時にお話があります』
「今ではなく?」
『ええ。直接会わないと上手いこと躱されてしまうもの』
不穏。
心当たりが多くてどれのことだかさっぱりわからん。
さて、アラバスタ滞在中のオレ達がやったことは、まずは予定通り海水のろ過装置を造って配る。
その間、何度か海賊船がこの国に来たが、とても都合の良いことにオレの船を襲ってくる。町に被害が出ない上、クンフージュゴン達の評判を上げる要因になってくれたので、カモ以外の何物でもなかった。
海岸沿いのエルマルとナノハナでの用は終わったので、まずはサンドラ河沿いに砂漠を進み、他の町へと向かう。
カエルのヨコヅナの砂漠越えは流石にしんどいだろうから、ジュゴン達やオレの機械と修行しながら船番することになった。
「ん~! か、甘露……♡」
途中で見つけた砂漠のイチゴをレイジュが気に入っていた。
「それぇ……猛毒ですよぉ……? ああ、冷たい♡ もっとぉ~」
トリスタンが頬ずりしてきた。
暑さで元気がないので、オレが体を冷やして抱えて歩いている。
「まあ、レイジュは私のおかしもポイズントッピングで注文するし? 毒への味覚が特殊なんじゃなイカ?」
メイプルやウィリーは河を泳いでいる。
砂漠のイチゴ――アラバスタの砂漠に生息する、イチゴに似ているが猛毒を持つクモ。
誤って食べれば中毒死し、食べた者の死体に触れても毒が伝染する――はずで、本来なら食べ物ではないのだが、そこは普段から体内に毒を取り込んでいるポイズンピンク。
致命的な毒はむしろレイジュの好物。死体に残り周りに感染するほどの持続性だからか、長く楽しめる味らしい。イチゴでないのを残念がっていた。
「わ、私もちょっとだけ……」
「レベッカ、絶対に食べちゃいけませんよ? あの子は特別です」
「これは流石にオレも同感。確かに見た目は美味しそうだが、やめておけ」
レイジュがあまりにも美味しそうにしているので、食べたがっているレベッカに釘を刺す。
「本当に美味しいのに……誰か私に共感してくれる人はいないのかしら?」
チラッチラとオレを見ながら言ってくるレイジュ。
……そういうことね。
トリスタンを一端下ろす。
「レベッカ――絶対に真似するなよォッ!」
真っ赤なイチゴみたいなクモの死体を1つを掴む。
「あ~っ、お兄様ずるい!」
「ちょっ!? あなたはアホの子ですか!?」
「父さんも母さんもアホではない!」
「あなたはアホです!」
断言された。
砂漠のイチゴを口に入れる――あっ、本当に甘い。
「アウ、体張ってんなァ!」
「お、男だっぺ!」
「いやぁ、流石にこれはバカじゃないかな?」
「そこまでせんでも……」
フランキーとリリーは好意的だが、スカーレットとガルドアにウィリー、オレもアホでバカだと思う。そう思いながらもやるあたりが余計に救いようがない。
「もう、だから好き! いただきます♡」
ちゅうーっ!
この毒に即効性はなく、食べた数日後突然死亡する。
なのですぐ死ぬことはないが、レイジュに口から吸い出される。
レベッカとキャロルの目をそれぞれスカーレットとダディが閉ざす。
「……きゅぽ♡ はあ……ごち♡」
口内で絡ませていた舌を引っ込め、自分の唇をペロリと舐めながら満足げなレイジュ。
要するにこれがやりたかったようだ。医療行為だから人前でもセーフ。
――オレ、いつか戦闘と関係ないところで死にそうだな。
「つーん」
オレだけ抜け駆けする形で食べたことで、妹様が膨れてそっぽを向き、ご機嫌斜めになってしまわれた。お許し下さい。
スカーレットから毒とわかっているものを食べるなと、その通り過ぎるお小言をレイジュと一緒にもらった後、ユバ等のオアシスに出来た町に訪れ、過去視の見聞色も使って水源を捜索。
ドリルで掘り当てたのを偶然を装って町の人に教えたりしていると、アラバスタ国王軍が接触してきた。エルマルとナノハナのことで王宮に招きたいと。
もう少し国を回っていたかったが、思っていたより伝わるのが早かったな。
町の人達に聞いていたところでは、黒髪のおかっぱ頭の方がイヌイヌの実モデル“ジャッカル”、アイメイクを施している方がトリトリの実モデル“
護衛隊副官〝ジャッカルのチャカ〟と〝ハヤブサのペル〟――アラバスタ最強の戦士やアラバスタの守護神と謳われる、国王軍の2枚看板。
「突然物々しい人数で訪れて済まない。国王様より客人として招くよう命じられている故、本来であればここまでの大所帯でお迎えに上がることではないのだが……」
確かに、何故1万人近くも来ているのだろうとは思っていた。
聖獣として崇められている海ネコには手を出していないはずだが、何かこの国の法でも破ってしまったのかと。物凄く警戒されている。
「情報を集め確認すると、港に現れた海賊を圧倒するクンフージュゴンの群れを従えたり、サンドラ大トカゲを一睨みで気絶させたりしている方がいると伺いましたので、その……もしものことを考えますと……」
サンドラ大トカゲ――その名の通り砂漠に生息する巨大なトカゲ。
砂漠を移動中2匹が行商人を追いかけていたので、覇王色で眠ってもらった。
「構わない。こちらこそお騒がせしてしまい申し訳ない」
「「(ああ……彼がそうなのか……)」」
軽く頭を下げる。
「意図してねェところで注目を集める奴だな(小細工する必要なかったんじゃ……?)」
「これで本人は目立つ気がないのだから、いっそ滑稽だわ」
「本気で逃げ隠れすれば、それはそれで右に出る者がいないのササ」
聞こえているぞマスターソン親子。
「さて、サンドラ河を越えて遥々アルバーナよりお疲れだろう。せっかくなので空路にて送っていこう」
言いながら【ライズ・ファルコン】を砂から生み出していく。
そして国王軍がざわつく中、全員分を用意完了した。
「おいペル。もし敵対した場合、
「チャカ、無茶を言わないで下さい。文字通り一騎当千の
「ああ。死んでも止めるぞ」
不穏なことを言っている2人。
どうやら威嚇になってしまったようだ。
「むぅ……お兄様は何もしてないのに……」
不満そうなレベッカの頭を撫でる。
「なあ師匠。これ、逆効果じゃねェか?」
「物量はわかりやすく脅威だからね」
「解せん……かわいいのに」
「そこかよ!」
オレの【ライズ・ファルコン】達が心の中で泣いている……かもしれない。
「アニキの【
「グラント――お前はいい子だなァ!」
わかっているじゃないか!
この機械兵器でありながら、ハヤブサをモチーフにした生命エネルギーを感じさせる生物的なフォルムが――
「人のことをちょろいって言いますけど、ロゼも大概ちょろいですね」
「いやァ、実際こいつらよく出来てるぜ?」
フランキーが良いこと言った。
「「「ふーん」」」
だが女性陣は興味なさ気……悲しいなぁ。
空を飛行し河を越え、アラバスタ王国の首都アルバーナのある東へ向かう。
大きな円状の高い台地の上に建設された都市で、町に入るための門が西・西南・南・東南・東の5つあり、着陸し西門から入る。
中央を通って左に曲がり、北ブロックの奥の周りを見渡せる位置に城壁に囲まれた宮殿が見えてきた。
4000年の歴史を持つ宮殿などの説明をされながら、王族や国王軍の関係者が住むアルバーナ宮殿に入り、王の間へと案内されると――
「兵1万を向かわせたァ!? アホかッ! 戦争でもするわけではあるまいし、何故そんな大事になる!」
「しかしですねェ! 政府にも問い合わせ調べてみれば、1人で
何やら揉めていた。
ジェルマを壊滅――まあ、ワンマン経営の国王を無力化して、一瞬とはいえ無政府状態にしたようなものだから、あながち間違ってもいないか?
それに加えて、なんかサカズキさんに一目置かれているのが過激派、みたいな認識になっているな。実際相手によってはその通りだ。
すぐに接触してきたと思ったが、そこまで調べていたか。
「実際に会ってもいない内から判断する奴があるか! 私は客として招くと言ったはずだ!」
「ですが戦争屋がわずかな時間でゲーム屋に早変わりですよ!? 絶対おかしいでしょう! なんか企んでますって!」
否定出来ん。そう言われるとすごく怪しい。
実際に悪巧みはしているし、オレもなんでジェルマがゲーム屋になったかわからん。
「あの……国王様、イガラムさん。お客人をお連れしました」
ペルさんが2人に近付き声をかける。
黒髪の長髪で長い顎髭が特徴的な人物がこの国の国王ネフェルタリ・コブラ。
ちくわのような長い巻き髪が特徴的な人物が護衛隊長のイガラム。
「なんと、もうか!? ――いくらなんでも早過ぎないか?」
「ほらァッ! もうおかしい! まだ片道分くらいの時間しか経ってませんよ!? 私の目の黒い内は――」
その後もイガラムさんの進言は続く。
うーむ……自分の信用のなさをナメていたな。前科者である自覚が足りなかった。
加盟国に歯向かったのは事実なので、他の加盟国関係者からの印象も悪くなるのは自然な流れ。
「なんかゴメンな、ウィリー? 最初なのに、オレの存在が相当お荷物になっている」
魚人島の地上移住関連の話は、ウィリーからすることになっている。
人間から話すのと魚人族が直接話すのでは印象が違う。オレがするのはその協力。
「気にすんなや団長。誰がなんて言おうが、お前がしてくれたことは変わらんわ」
「もう! なんでお兄様が謝るの!? 何もしてないのに! この国の人達あんなに喜んでたのに! 勝手に色々言われるのが当然みたいな顔して! シャボンディでも魚人島でも皆に慕われて本当にすごいんだよ!」
何もしてないってことはない。オレのこれまでの人生は血塗れだ。
だがレベッカはその慕われる前を知らないからなぁ。
「ありがとう。でもこの警戒は皆が国王を、この国を大事に思っている証拠だ。良い国じゃないか。オレはお前達が慕ってくれるなら、それが何よりうれしいよ」
「……だっこ!」
「はいはい、お嬢様」
オレを喜ばせるため甘えてくるレベッカを抱きかかえる。
「今日は一緒に寝たい。ごはんも作って」
「ブラコンだと思われるぞ?」
「いいもーん」
オレの料理なんて大して美味しくないだろうに。
「(あっ、マズイ。これ違った)」
「(先程まで怒っていた幼子が、もうこちらを意にも介さず――これは彼への信頼の現れ)……済ま」
「数々の非礼、申し訳ありませんでしたァーッ!」
ズザーッ!
何か言いかけたコブラ王を遮り、イガラムさんのスライディング土下座が滑ってきた。
汗がダラダラと流れ床に落ちている。
土下座――遥か古来、空白の100年以前より継承されてきた礼式で、今では最上限の謝罪の形として使用され、大抵のことは土下座をすれば許される。
しかもスライディング――芸術点が高い。
他にもジャンピング土下座などがあり、オプションで靴舐めが付くこともある。
「いえ、頭を上げて下さい。自分は住所不定無職の道楽者故、あれで普通でしょう」
「さず、ゴホッ! マ~マ~マ~♪ ……流石に卑下し過ぎではないかね?」
主君が頭を下げようとする気配を察知し、自分から先に動いたのか。それとも――
「ロゼが気にしなくてもこっちは不愉快。ロゼだって私達が罵倒されれば怒るんだから、逆なら私達が怒ってもいいじゃなイカ」
「私達にとっては暗い夜を照らすお月様。ロゼは自分がいなくても大丈夫なように導く節がありますが、もうなくてはならない存在です」
「手段がどうあれ、誰が何を言おうと、ロゼ自身が何を言おうと、私を閉じ込めていたカゴを壊してくれたのは紛れもない事実よ」
「欠陥も問題もある子ですが、それでも私達が笑っているのは、ロゼの気配りのおかげなんですよ……」
オレの後ろで殺気立っている人達に気圧されたのか。
「うおァあァああァァッ……!」
グラントが震えながら左腕を抑えている。ウチの味方まで怖がらせるのはやめてやれ。
「決めたわ。今年の
「え?」
ドキッ! 王族だらけの
顔合わせとしては都合が良いだろうが、あの場所でオレの話は流石に無理。性急に事を進めても、オレが捕まるだけ。
「自分でなんとかするぞ?」
「これって半分くらい私が原因じゃない。私がなんとかしたいの」
「そうか……それは仕方ないな」
後にした方がゆっくり出来るかな?
「ふふっ、こうしていると私達夫婦と子供みたい」
「親子じゃないもん、兄妹だもん。それにお母様がいい」
「来ましたよ!」
なんともうれしそうにスカーレットが腕の中のレベッカを撫でている。
「……いいなぁ」
それを見て羨ましがるレイジュ。
お前は母親をなくしているからな……。
「ねえ、子供を産むのは早い方がいいと思わない?」
「危ないから旅の目的を終えてからな。それに子育てが始まると2人の時間が減るぞ」
「うふふっ、たくさん欲しいなぁ……国が作れるくらい。が、頑張ろ♡」
緩い表情で頬を突きながら言ってくる。
そっちかい。そして多過ぎ。
「
「挨拶が遅れました。初めまして、ネフェルタリ・コブラ様。ジェルマ王国国王、ヴィンスモーク・ジャッジが長女、ヴィンスモーク・レイジュと申します。以後お見知りおきを」
洗練された動作で挨拶をする第一王女。
こういうのを見ると、生まれながらのお姫様だなと思う。
そしてアラバスタの面々は口をパクパクとして顔面蒼白である。
わかりやすく言うと、『やっべェ、やっちまった……』という顔だ。
素直に会いに来た方が良かったか? だが権力や武力をチラつかせて話を進めたところで何の意味もない。それでは今の世界政府の在り方と変わらない。難しいな。
「1人だけずるいです!」
「お姫様だからって」
「ふふっ、その分面倒事も多いし色んな国から恨みも買っているから、このくらいの役得がないと。お父様なんて常に仮面を被っているし」
よし、こっちの険悪な雰囲気が流れた。
このまま有耶無耶にしてしまえ。
無事ことなきを得た後、レベッカと同じくらいの年頃で、水色の髪をポニーテールにしている王女――ネフェルタリ・ビビを紹介された。
「……ところでそちらの修道女の方、どこかで見かけたことが……?」
「お、おほほっ! わたくしめはこの国に来たのは初めての、ただのしがないマザーでございますのことよ!?」
ウソ下手ァッ!
テンパり過ぎ。
「うーん……まあ、マザー・レティは美人ですからね。王妃様を亡くされ数年、寂しい心中はお察し致しますが、幼いベッキーの母、自分にとっても母のような人ですので……」
タチの悪いナンパから庇うように、スカーレットの肩に手を置き屈ませ、前に立ち顔を隠す。
「「「(演技が迫真で手馴れ過ぎて引く……)」」」
「はっ! そ、その……お気持ちはうれしいのですが、私にはこの子達がいますので……」
恥らって見えるように俯きながら乗ってきた。
落ち着けば大丈夫なんだな。
「……お父様?」
「いやいやいや!? 違うぞビビちゃん! 私はティティ一筋だ!」
娘の疑惑の目がコブラ王を襲う。
ブンブン手を振り慌てて否定している。効果は抜群だ。
「国王様ァーッ! 私が言うのもなんですが、これ以上争いの種を撒かないで下さい! それも亡き王妃様絡みで!」
「違うと言っておろうが! キングチョーップ!」
ズビシッ!
国王と護衛隊長が取っ組み合いを始めた。
「いつもこんな感じで?」
「いや、たまにだ」
周りをイエスマンで囲む権力者の多い中、ただの仕事上の機械的な主従関係を越えた信頼を築いている証だろう。結構フランクな王様だな。
これでこちらから明かさぬ限り、ツッコまれることはあるまい。スマンな。
落ち着いた後、娘に他の島のことを教えて欲しいと言われたのだが、
「どんな島に住んでいたんですか?」
そう聞かれた。
どんな島――?
毎日聞こえてくる悲しみ、苦しみ、痛みの悲鳴。
愛するものを横暴な権力者に奪われ、海賊の理不尽な暴力に死に、人としての尊厳を失くし、殴られ切られ撃たれ乱暴され――ダレカタスケテ。
無力な過去の自分を振り返るな。何も変わらん。
体を作り変え感覚を一時強制シャットダウン。フラッシュバックを強引に断ち切る。
本当に便利だこの能力。
「――たくさんのシャボン玉が舞って、遊園地があるところだ」
あんな現実は子供に見せたくない。
他の島を知れば知るほど、あの島がおかしかったということがわかる。
「私の体より大きなシャボン玉がいっぱいでね――」
レベッカが、心の底から楽しそうに話す。
この子は優しい子、そしてウソが下手。
だからこれは本心からの言葉。
「ロゼ殿、いかがされました?」
「ど、どうしたの、お兄様? どこか痛いの?」
護衛のペルさんとレベッカに尋ねられる。
「いや、うれしかっただけだ」
良かった……レベッカにとって、あの場所での生活が楽しいもので。オレの生まれた時より、少しでもマシになっていて。
「なあシュライヤ、なんでアニキ泣いてんだ?」
「おれが知るか。お前と少ししか師匠と一緒にいた時間は違わねェよ」
「まあでも、悲しそうではないだよ」
「こういう時ァ、見なかったことにするモンだ」
「彼はそういうの気にしないよ?」
「あの人、シャボンディは両親や私達との思い出の場所ではあっても、誇りになんて思ってませんから。私を故郷に帰した方が幸せと思ってましたし」
「あいつは今出来ることは片っ端からやる。オトヒメ様が言う一部の人間の所業、それを見たくもないから率先して関わってきた」
「やりたいようにやって自分の中で完結してるから、知らない人間からの名声も悪名も、メリットデメリットが絡まないとどうでもよくなってるでゲソ」
「でも誰にも認められなくていいなんて、そんなの寂しいわ。だから私は褒めてあげたいんですけど、それも嫌がるんですよね……」
「海軍に入り浸っていたのは、罰されたい気持ちがあったからなのか……?」
「いや絶対楽しんでたわよパパ。よく笑ってるじゃない。ロゼは自分がリラックスする術をよく知っていて、かなりタフよ? 毎日夢で精神を掌握している私が保証するわ」
「ええ……たまにすごく激しいもの♡」
「すーぐピンクになるササ」
――だが所詮、オレがやったことは対処療法に過ぎん。
根本から変えなければ、安心して魚人島の皆を地上に案内出来ん。
「ど、どうしたの、カルー? 突然走り出したと思ったら、そんなに震えて……まさか首を絞められ――」
人を乗せられる大きさの、超カルガモのカルーが、オレを見ると一目散に逃げ出したので捕まえた。
鋭い生き物はオレを本能的に恐れるものがたまにいる。
「ふははっ、そうかそうか。ここが弱いのか」
「
だから触れ合いでコミュニケーションを取った。
喉を撫でている。
「喜んでるだけかいっ!」
この子はツッコミ気質だな。コブラ王もそっち寄り――血筋か。
ここは王宮内の庭。
王女とレベッカ達との話の流れで、少し稽古をつけることに。
ユバでの話を聞かれ、ビビの昔の砂砂団との話になり何故かこうなった。アクティブだな。
意外なのは許可が下りたこと。おそらくオレの戦力偵察。
怪我させない程度に軽くでいいか。
「ふむ、糸の先に刃物を付けた暗器か。それならパーティーなんかにも楽に持ち込める。考えたな」
「ビビちゃんすごい!」
「えっ……そ、それほどでも?」
「(ビビ様……)」
「(絶対そこまで考えてませんでしたね)」
どうやらオレの深読みだったようだが、自分に合った武器を見つけられるなら偶然でも何でもいい。
「こうやって指にリングを付けて回転させ」
ギュルルと音を立てながら小指で回す。
「遠心力を利用し斬撃を飛ばす」
ズバン!
その辺にあった岩を両断した。
使い慣れていない分、鞭より威力がイマイチ。
「なっ? 簡単だろう?」
「無理です!」
ブンブン首を振っている。カルーまで。
「常識とツッコミは部屋に置いてこようか。出来ると思えばカルガモも空を飛ぶ。オレは飛ぶし」
「ええッ!?」
最初からこれをやれと言っているわけではなく、こういうことも出来るということを知ってもらいたかったのだ。
「(まともかと思いきや、無茶苦茶でもあるな……)」
「ところでコブラ王、何故隠れておられる? 見学なら立つか座ってご自由に」
穴が空いた逆さの段ボール箱を持ち上げると――
「ギクギクゥッ!?」
「ぎっくり腰ですか?」
そこには頭に風呂敷を被って地に伏せている、プロトタイプのコソ泥みたいなネフェルタリ家第12代国王様の姿があった。
「国王様!?」
「我々が見ていると……というかなんて恰好を……」
「だ、だって~、ビビちゃんが心配じゃないか~ン」
両手の人差し指をツンツン合わせながら言う。
「怪我させたら自分が切腹しますから」
「そこまでせんでよいわッ!? 怪我くらいで命を散らすな!」
「死ぬ気はありませんよ。鍛えています。プロですから」
「切腹のか!?」
この人よくツッコむなぁ……ニョン婆みたい。
とりあえず
ちょうどいい。
「バカな! そんなことが出来るはずがない!」
「やはり政府に連絡した方が」
コブラ王とイガラム護衛隊長に話し終えた。
この反応は予想の範囲内。
「連絡? 何をですか? オレはまだ何もしていません。今は。そして終わってしまえばオレを捕らえる意味もない。通報するなら露見してから元凶として突き出せばいいのでは?」
「しかしCP-0にでも嗅ぎ付けられればこの国は」
「あら……呼ばれたかしら?」
そう言って窓から入って窓枠に腰掛けたステューシー。
面識はあるようで、彼らの空気が凍る。
「ふーん……このくらい、まだ私が何か行動を起こす程ではない――ただ彼を捕縛すれば終わるはずなのだけど、随分動揺しているのですね? この国には何か政府への隠し事があったりします? 彼の提案に乗ることで、それが露見することをこそ恐れているのでは? 800年前にマリージョア移住を拒んだ、ネフェルタリ家の国王様?」
ステューシーは微笑を浮かべているが、あれは逃げ道を塞いで獲物をじわじわと追い詰めるハンターの目。
いきなり王宮内に侵入者が入ってくれば動揺くらいして当然だろうが、カマをかけているな。
コブラ王の反応を見る限り、あながち的外れでもなさそうだが。さらっと重要なことを言われた気がする。
「あまり標的以外を脅すなよ」
「ごめんなさいね? つい癖で(あなたにも内緒にしていたんだけど、まったく驚かないのね。反応見たかったのに……残念)」
言いながらこちらに歩いて来て――流れる動作でオレの膝に横向きに座った。
「はい標的捕捉」
「久しぶり。元気? 来ていたんだな」
「今元気になったわ。アラバスタ王国で動いていると聞いて、息抜きに飛んできました」
首の後ろに手を回されながら、会話をする。
「「……は?」」
パニックになる余裕すらなく、完全にフリーズする2人。
理解の及ばない光景を目にしたらしい。
意図したことではないが、オレにとってステューシーが来たのはプラス。可哀想になってきた。
「あら? どうかなさいました?」
「いや、お知り合いなのですか? ――まさか親子」
「あァン?」
綺麗な顔に青筋が立つ。
「何でもありません! すんませんッしたァ!」
勢いよく頭を下げる。
今のはイガラムさんが悪い。
まあオレも相手が敵なら、言われたくないことをあえて指摘して心を抉るくらいするが。
「こんないい女を捕まえてそれはないだろう。姉弟ならともかく」
「本当、失礼しちゃうわ」
「(いや、その女はウン十年前からマリージョアで見かけていたんだが……)」
ステューシーが不満そうに頬を膨らませながら寄り掛かってきて、オレの顔に当たる。
「私は在野の個人として規格外の戦力とコネクションを保有するこの男の監視の任を担っています。色狂いの若造を誑かすくらい朝飯前、会えば猿のように腰を振ってくる……という設定で上に報告していますが、実際はこの方の部下です」
「元々海軍でもオレの手の早さは話題に上がっている。疑う者はいないだろうよ」
何より、ハニートラップを仕掛けているだけと言ってしまえば、それを否定する手段は――なくもないが、こいつ相手には難しい。
「その男の目的を知りながら協力していると? CP-0が?」
「ええ。これは裏切りでしょうが、私は現在の情勢で今まで通りの世界政府であり続けても、全員纏めて緩やかに衰退するだけと判断しました。改革が必要です」
「現在話題に上がり始めている革命軍。彼らが動いているのも理由がある。政府が変わらない限り、革命軍がなくなったとしてもまた反政府組織は現れ、同じことの繰り返しでしょう。そして、1人で世界を変えるなど不可能」
「……それで、お前に一体何のメリットがある?」
やはりそこが気になるのか。
見聞色の話もしておいた方が理解されやすいだろうが――この点魚人島はオトヒメ様がいたので話が早かった。
まあネプチューン様は賛成でも、オトヒメ様はまず対話を試みてからというスタンスだが。オレは不可能だと思うが、あの人はそれでいい。
「オレの旅の目的は話しましたね?」
「作物の収集か。それが何の関係がある?」
「ただ集めるだけではなく、当然食べるのが目的。食事を楽しむには、気がかりや不安がないのが好ましい――要するに、今の世界では心の底から美味い飯を味わえず、目障りだから変えたいんだ」
どんな美味い料理を食べても、今この瞬間餓死している人間がいる、虐げられる人がいる――そういうことがふとした瞬間頭をよぎると飯が不味くなる。
いやウチの人間が作ってくれる料理やおかしは非常に美味しいが。問題はオレの主観の方にあるだけで。
「そ、それだけなのか?」
「あなたなら理解してくれると思ったが……『国とは人』――あなたの思想だと聞いた。では国が集まった世界政府は? 人ではないのか?」
「何故今日会ったばかりでこの話を持ちかけた。まずは私を知ってからの方が」
「あなたは良い人だから」
段々とこちらの話に耳を傾け始めている。
だと思った。出来るはずがないと言っていたが、可能性を否定しただけで、改革自体を否定しなかった。
天上金が原因で飢餓により滅んだ国の例もある。
この人が今の世界政府の在り方になんら疑問を持っていないとは思えない。
「……何?」
「あなたのことは会う前から国民達から聞いていた。そして実際に会ってみてその通りだと判断した」
最初からこれが目的だったので、準備自体はしてきている。
例えばユバで聞いた。
枯れた村の住人を一時ここアルバーナで受け入れていたらしい。自分達の生活費を削って。
そこまでする王族はそういないはずだ。そんな国ばかりなら革命軍は出来ていない。
「時間は有限、オレは自分が生きている間に世界を変えるつもりだ。さっき話したことは一番まともな方法だが準備には時間がかかる。あなたの賛同が得られないなら、他の人間にも受け入れられないだろう。だったら時間の無駄だ。別の、少し強硬な方法に変更する」
「――すぐに決められることではない」
ここまで来ればオチたも同然。
提案に乗る方に傾いている。
「別に今すぐ実行して欲しいわけじゃない。こちらの準備が終われば乗ってくれるならそれでいい。4年後かもしれないし、8年後かもしれん。実行前に発覚すれば迷わずオレを突き出して欲しい。こっちでなんとかするから」
まるで譲歩しているようだが、言葉通り最初からこれが目的。
というか今すぐなんて不可能だ。
「ああそうだ。港町でのこと――あれはこの話をあなたとするための行動なので、気にする必要なし。もう目的は達成した」
言葉にウソはないが、我ながら胡散臭い。
オレが向こうの立場なら、それだけのはずがないと間違いなく疑う。どんな裏があるのか考える。相手によっては読心の見聞色も使う。
「いや、そういうわけには」
……やっぱ良い人だな。
「気が済まないなら他の奴に何か聞いて下さい――ところでどうしたんだ?」
オレの話が纏まり、ウィリーの話が通りやすくなるようお膳立ても済ませ、視線を下げる。
ステューシーが途中から喋らず、オレの体に耳を当てて目を閉じていた。
なのでオレの緊張をほぐすため、ずっと抱きしめていた。抱き枕状態。
「(今気付いたがすごいイチャついてる……)」
「いえ、正直あなたを損得丼勘定の値引き交渉ド下手人間と
「オレの中では損得の釣り合いは取れている」
値引き交渉は……する必要を感じない。
「そのようね。途中から2人とも私なんて眼中になかったわよ? 最初はあれほど警戒していたのに。やることないからずっとあなたの心音を聞いてたわ。ふふっ、本当に年上に甘えられるのが好きね(心音はウソをつかない。ナメてたわね。この人は普段やらないだけで交渉出来るわ)」
なるほど。オレをアメ役に、自分はムチ役をやって、要求を通しやすくしようとしていたわけだ。
「お前が来てくれたことは無意味ではないだろう。少なくともオレは、おかげでリラックス出来た」
「……私は最初、あなたを自分好みに育てて囲うつもりだったのだけど」
「「!?」」
「ああ、知ってる」
「「!?!?」」
見聞色で知った時は普通にドン引きだった。
「部下になった後も主導権は握るつもりだったのに、問題ばかり引き寄せるあなたに振り回されるのも、それはそれで快感になってしまったじゃない。どうしてくれるの?」
「オレは別に困らない」
「私が情報を止めないと、あなたは今頃政府の抹殺対象よ?」
「自分の命を懸けていない奴に、他人の命を預かる資格はない。もっともオレはしぶといので、簡単に死ぬ気はないが」
「「へ、変態だァーッ!?」」
主従揃ってステューシーを指差して絶叫した。
「いや違うのよ? この人が私の想像を超えてくるのが悪いのよ。5年前につまみ食いした時は予想だにしなかったわ」
「変態の上塗り! ショタコンではないか!」
「何が違うのかまったくわからない! 5年前って完全に犯罪!」
「いやほら私CP-0だし。それに彼は非加盟国民だから、NOT犯罪。YES合法ショタ」
「なおタチ悪いわ! どちらか言うと脱法ショタだわ!」
オレが法スレスレの行動してるみたいだな。
もうショタではないし、証拠がないだけでアウトなことはしているが。元違法ショタ。
「ステューシーは擬態出来る変態だから問題ない。やる時はやるし、周りには無害。オレは受け入れているし、男女が揃うと誰だって変態になるさ」
「人類総変態理論!?」
この国はツッコミ過多だな。
うーん……これが原因でこの国出禁になったりしないよな?
アラバスタ護衛隊
イガラム(新世界編50歳)を隊長に、チャカ(新世界編41歳)とペル(新世界編35歳)が副官。
ペルが実は生きてたことで有名だけど、イガラムもビビの女装で爆死したかと思いきや生きてたし、チャカもクロコダイルにトドメ刺されたようなシーンがあったし、全員実は生きてた系キャラ。ツメゲリ部隊は犠牲になった。