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――ダーマ職安にて――
一人のピンク色した鎧をつけた元兵士が、この神殿を訪れていた。
「何か……いい募集はないものなのか?」
「う~ん……難しいですねぇ~、やはり年齢でほとんど引っかかってしまうんで……」
ダーマの担当神官も困り果てるのも無理はなかった。数年前、勇者がデスピサロを倒して世界は平和になった。だが、そのとき真っ先にリストラされたのは軍隊だった。魔物に破壊された町や村を復興させるにも莫大な費用がかかる。しかもライアンは40代後半の中間管理職。真っ先にクビになった……何の躊躇もなく。クビにされて真っ先に思い出したのは数年前にイムルの村の子供たちを助け出し、国王から報酬を受け、国中から期待されながら送りだされたあの時だった。あの時助けてくれたのはホイミンだけだった。他の臆病者は自分たちのことなのに、ライアンに全てを任せて、こうして用が無くなれば真っ先にお払い箱行きだ。
一体、自分は何をしてきたんだろう?
最近はいつもそう思う。勇者一行の中でも肉弾戦ではアリーナに劣ることもあってか、ほとんど馬車の中でトルネコやブライと将棋をしながらベンチを温める日々が続いた。だから、今の平和が自分のおかげだとか言うつもりはさらさら無い。しかし、それでも死の危険を冒して戦ったことは事実であり、その報酬が今の現状では
「どっかで戦争でもやってやるか」
そう思うようになるのも無理は無かった。
そこまで考えていたところで、担当神官の求人票をめくる手が止まった。
「これなら一応は大丈夫ですね」
神官はそれをライアンの前に差し出すと、
「一応は」
と念を押すように言った。
見る前から大体予想はついていたが、見てからは目潰し草でも飲んでおけば良かったと思った。
『不思議のダンジョンに潜る冒険者募集中』
こんなダンジョンに潜る冒険者は、はっきり言って職業ではない。
こんなのは潜りたいヤツが勝手に潜っていればいいだけの話だ。何の保険も残業代も出ない上に実入りも少ない。
もっとマジメに探せよ、クソ神官が。誰のおかげでそこにいられると思ってんだ……だがここで暴れても仕方がない。目の前のとぼけた小動物みたいな顔をした老人の首をへし折ってやりたい衝動に耐えながら、
「他には何か募集はないのか?」
と必死に平静を装った。
「いいえ、今のところ、ライアンさんと条件が合うところはこれだけですね」
何が条件だ。それは誰でもなれるんだよ! 生きてさえいればな!
「では、また今度気が向いたときに来る」
そう言って立ち上がろうとしたときだった。
「いえ、ちょっと待ってください」
早くも今日はどんな酒を飲もうか考えていた時、急に神官に呼び止められた。
「なんだ?」
「いえ、この事業主のところに『トルネコ商会』て書いてあるじゃないですか。詳しいことは書いてませんが、ここなら大企業ですから、少しはいい条件がつくかも知れないですよ」
「じゃあお前が行けよ」
と言いたいのを抑えながら黙って求人票を受け取ると、ライアンはそのままダーマ職安を後にした。今日のところは家に帰って酒だ。トルネコのところへはまた明日あらためていく事にしよう。
昼近くに目覚めたライアンは、少し頭が痛むのを我慢しながら『空飛ぶ靴』でバトランドからレイクバナへと飛び立った。
現地へついて驚いたのが村長の屋敷より何よりも大きなトルネコ商会本店の姿だった。住民を威圧する城のような外観でそびえ立っている。
だが待ち合わせ場所はトルネコ一家が前から住んでいた場所であり、以前と同じ、普通の2階建て一軒屋である。
扉を2度ノックして出てきた旧友の姿に2人とも驚きと歓喜の声を上げ、久々の再開を喜んだのだ。
「それにしても、随分と大きな店を持つようになったではないか」
ただ単に大きいだけではない。自らの名前を冠した店が、今や至るところに支店を持ち世界経済を支えているのだ。ちょっと前まで自分の店も持てなかった一商人がここまで下克上を果たしただけでも歴史に名を残すに値するだろう。
だが、店の規模に反して、今ライアンの目の前にいるのは以前魔王と戦ったときと比べて何か覇気の抜けた感じがした。ずんぐりむっくりな体型も、昔は愛嬌や貫禄を感じさせたが今では何か病的なモノを想像させる。
「あれだけ大きいなら家ももっと大きくしたらどうだ?」
だがライアンはそう言った瞬間、ここは住居としては使われてなくて、どこかにもっと大きな屋敷か別荘でもあるのだろうという考えが浮かんだ。そしてこの男の命令でダンジョンに潜っていくのだろう、と。だがトルネコが言ったことはライアンの予想とは違った。
「勘違いするな。あれは俺の店じゃねぇ」
俺の店じゃない? じゃあ誰の店だ? 今はもう誰かに店を譲ったか売ったかしたのか? それならトルネコの今のくたびれた様子も納得できるが。
トルネコはゆっくりと体の奥から搾り出すように言った。
「“あれ”はネネの店だ」
「確かに、ネネ殿の商才はズバ抜けていたからな。そういっても、経営と全く無関係ということではないだろう?」
「そうだ」
「え?」
「全く関係ない」
「まことか?」
「ああ、本当だ。経営陣だったのは本当に最初の方だけだった。といってもガキの使いみたいなモンだったがな。それでも一応は経営陣だった。たとえネネのお情けだったとしてもだ。でもまあ、その後いろいろあってな……で、結局は俺が追い出されたという訳さ」
話し終えると、トルネコは空を見上げた。そこに昔の輝かしかった自分たちが映っているかのような目で。
「とにかく、積もる話は中に入ってからにしようや。今日はそれとは別の話もあるしな」
そういうとトルネコは自室へとライアンを案内した。
トルネコの部屋に案内されて思ったことは、世界一の商人の家とは思えない程、予想以上に何の特徴もない普通の部屋だということだった。本棚には商売、ダンジョン関係の本が並べられている他は、部屋の中にほとんどモノがなく、整理されているというよりは使われていない部屋という感じがした。
「何か飲むか?」
「いいや、のどは渇いておらん。それより先の話の続きを聞きたい」
トルネコは話した。平和になった後、不思議のダンジョンに潜り、幸せの箱を入手、ネネの助けもあって、店を大きくすることに成功した。そこで終わっていれば、ただの成功した仲睦まじい夫婦として語られるだけだっただろう。
だが、ネネはこれで満足しなかった。
手始めに、レイクバナ周辺各地に支店を広げた。それが一通り終わると、今度は世界各地に進出し始めた。トルネコはいくら店が大きくなり支店も幾つか持っているからといって、それだけの資金力はどう考えてもないと考えていたが、ネネの巧みな商才はこのときも惜しみなく発揮され、フランチャイズという新しい方式を考案、各地に店舗を広げていった。
この頃から、トルネコは何かと『時代遅れ』呼ばわりされるようになり、店の実権はネネのものになっていった。それでも、トルネコにも一応、商人としての自負がある。無計画な出店の危険性を懸命に訴えてきた。特に、トルネコたちが経営している店は地元の冒険者たちからの買取が主な商品の供給源となっている。そのため、各地で品揃えにも差が出るため、そのままでは、それ程大きな利益を上げられるとは考えにくかった。さらに、平和になって復興してきたとは言え、まだまだ各地の道路整備は完全には進んでおらず、馬車で運ぶには時間とコストが大きくかかる。
だが、ネネはすでに手を打ってあった。
勇者の他にも世界各地を旅し、魔物たちと戦っていた冒険者は少なからず存在した。そういった者たち(多くはライアンと同じく戦後は厄介払いされていた)を雇い入れて『ルーラ運輸』という子会社を設立したのだ。そのことによって、今までに無いような品揃えを全店でできるようになり、予約や目的地までの荷物運送など、他社には無い独自のサービスをも提供できるようになったのだ。
こうした冒険者たちは、世界中を旅していたこともあって、大抵の地域はカバーできたが、どうしてもできないところはLTA気球航空と提携することで補った。
つまり、店は『ハード』でそれを子会社という『ソフト』を使うことで相乗効果を挙げようとしたのだ。これは今までと比べると画期的なことだった。このことによって、今まで『商売の神』とよばれたヒルタン(ホテルを経営する大富豪)と並んで『商売の女神』とまで呼ばれるようになった。
しかしネネが儲けるほどにトルネコ一家は幸福から遠いところへ流されていった。普通、商売で成功すればちょっとは贅沢をしたり洒落た別荘なんかを建てたりするものだが、ネネはそういったものに全く興味がなかった。(もちろん、俺に会社の金なんか使わせなかったね)ネネは儲ければ儲けるほど、さらに大きな利潤を追求するようになり、やがて家庭をかえりみることもほとんどなくなっていった。ポポロはもちろん、トルネコにすら理解不可能なくらい金への執着を深めていったのだ。そして今や、ネネはほとんど家に帰ってこない。ポポロの教育もどうでもいいという感じで投げ出してしまった。
名前をトルネコ商会にしたのも、夫への感謝の気持ちからではなく、純粋にイメージによるものだった。あの勇者の7人の仲間の内の一人であり、もともとの知名度と、最も庶民的な風貌、性格からそう名づけたに過ぎない。その後も徹底したイメージ戦略が続けられ、トルネコの人格はどんどんと『欠点もあるがそれ以上の魅力を兼ね備えた憎めない商人』という方向で書き換えられていく。だがそれとは正反対に実際のトルネコはだんだんとそのような性格からは離れていった。
そしてイメージ戦略も終わると、最初に話したように、小遣い程度の給料を貰うだけの何の実権もない役職(と言えるのならね)へと落とされ、商人としての人生に引導を渡されたのだった。
「どうだ? なかなか面白かっただろ?」
ヤケと自嘲気味に言い放つトルネコ。
「ハハハ…… しかしトルネコ殿、こちらもなかなか『面白い』ことになっておるのでな…… 正直いって、あまり笑えんな」
「ひょっとしてこれか?」
といってクビを切る(と言っても、太りすぎでトルネコにはほとんど首なんて無かったのだが)ジェスチャーをする。
「さすが、洞察力は衰えておらぬようだな」
「嫌でもわかる。なんたって、ルーラ運輸のメンバーを集めたのは俺だからな。あの時は他の冒険者と多少は面識があるっていうんで人集めの役目を引き受けたんだが、正直言ってそれ程苦労しなかった。だいたい、アンタみたいに、平和になって厄介払いされていたからな」
「狡兎狩られて走狗煮らるか……互いに随分と『煮られた』ようだな」
「あぁ。んで、結局はまた狩りにでる、いや、出ざるを得ないと言うわけさ」
そこまで言うとトルネコは少し座っている姿勢を変えた。また体重が増えたようだ。ライアンは少し前まで兵士を務めていたこともあり、それ程余計な肉はついていなかったが、このまま酒に溺れる日々が続けば早々にトルネコの二の舞を踏むことになるだろう。
「ところで、これから冒険に出る前に、まず準備を整えよう」
「ほう。では先の話に出てきたあの店に行くのだな?」
「そうだ。敵情視察というやつだぜ、軍団長さん」
レイクバナは特にこれといった産業がある訳ではなかった。ただ、このあたりは魔物が住むダンジョンが多く、少し北に行けば世界有数の大都市エンドールもあるため、冒険者達がもたらした品物による交易で賑わっていた。
ライアンとトルネコは、そういった商店が立ち並ぶ広場を抜けてトルネコ商会本店へと向かっていった。
「おい」
トルネコが後ろから呼んでいるようだ。
「ん?どうしたのだ?」
「もう少しゆっくり歩いてくれないか。アンタ歩くの、速すぎるんでな」
確かに、家から少し歩いただけだというのに、トルネコの周りの空気だけ温暖化したかのように、全身から汗が噴出している。
「すまなかった。それ程速く歩いたつもりではないのだが」
「やっぱり軍人と商人じゃ、人種が違うもんだな」
いや、そういう訳でないとライアンは思ったが、とりあえず頷いておいた。
「それより一つ聞きたいのだが、トルネコ殿。今日は平日の昼間だというのにどうして広場にこんなに人がおるのだ?」
「あぁ、今日は祝日なんだよ。だから、町のやつらがみんな集まって祭りの準備をしているのさ」
「今日は某がクビになった日だ」
(今日はやけに湿っぽいな……)
「その日……国王に呼び出されてな……今日と同じ、雲ひとつ無い快晴だ……退職金はいくら欲しいか尋ねられた」
「まぁ、そう落ち込むなよ。いつものあんたは無口でもそんな湿気てなかったはずだ。俺なんて退職金もへったくれもねぇ。しかも医者には糖尿病と診断されて好きなものも食えやしねぇ。あんたはまだまだ健康そうだし家族に心悩まされることもねぇだろ?」
「しかしいなければいないで、寂しいものだ。特にこのような光景を見た時には特にな……」
(……せっかく話を逸らしたのに、そっちに持っていくなよ……)
だが、別にライアンもトルネコが思っている程、嘆き悲しんでいる訳ではない。長年の不遇な経験から、このように他人の幸福を不幸の淵から眺める仕打ちには慣れきっている。幸せなど所詮、マッチ売り損ねた少女が見ている一瞬の幻影で、明日にはこいつらこそ(無邪気にはしゃぎ回る子供もそれを見守る老人も)が地獄に叩き落される運命にある、と自動的に考えるようになっていた。だから他人の幸せなんてもう怖くなかった。解雇されてからずっと付きまとっていた恐怖は、もうとうに克服している。
「あぁ、ここだ。ハハハ、トルネコ軍団のご到着だぜ」
店は、遠くから見たときから大きいとは思ったが、近くで見るとさらに大きく感じられた。
店内に入ってみると、その広大さに驚いた。商品棚が地平線の彼方まで続いており、ありとあらゆる商品が取り揃えてある。ライアンはトルネコと一緒にフロア中を見て回った。在り得ないほどの品揃えだ。普通の店では絶対に売ってない『世界樹の葉』がエルフの里直送で販売されている。しかも無農薬だ。だが、二人ともそれ程予算に余裕はないから、とりあえず食料品や他の薬草類を中心にカゴの中へ放り込んでいった。
だがその食料品を見てライアンは呆れてしまった。ほとんど菓子パンばかりだ。これでは糖尿病になるのも頷ける。本人は「ダンジョンに行くときだけの贅沢だ」と言っているが、普段から食べているのだろう。今のネネが家族のために料理を作っているはずが無いだろうし、それならなお更、栄養も偏るだろう。
「それで、体の方は大丈夫なのか?ダンジョン内で倒れられたらかなわんからな」
「今は何とか発作を抑えて入院だけは避けてるって感じだな」
「ならば、ますますそのようなものを摂る訳にはいかんだろう」
「俺にとって砂糖は麻薬みたいなモンだ。甘いモンを摂らんことにはどうも調子が出ない。なぁに、心配しなくても発作なんて滅多に出るもんじゃないし、発作を抑える薬ももらってある」
「だが、ダンジョンでは予測不可能なことが発生する。万が一というのもあるかもしれん」
「まぁ、別にその万が一で困る人間なんていりゃしないよ。ネネにとって、俺は完全に利用価値の無くなった人間だから、どこで野垂れ死のうが構やしねぇ。息子のポポロは完全に愛想をつかしてそっぽを向いている。最近は学校をサボって何かしているようだが、その『万が一』がおこれば邪魔者もいなくなるって訳さ。それに借金だって流石に天国までは負ってこないだろ」
そんな何気ない会話をしている内に、あらかた必要なものは揃ったと思われた頃、トルネコはおもむろに酒類コーナーに足を運んだ。
「ダンジョン内で飲むのか?」
「いいや、違う。まぁ、使うこともあるが、ダンジョン内で飲むのはオートマ銃でロシアンルーレットをするようなモンだ。今買うのは、帰ってきてから飲むためだ」
そういうと、トルネコは棚からワインを取り出した。製造年はちょうど勇者が魔王を倒した年……
「無事に成功して帰ってきたらこいつで一杯やろうや。アンタもかなり好きなんだろ? 来たときから随分、酒臭かったからな」
こうして準備は整ったものの、トルネコは何の武器も揃えていないのが、ライアンにとって心配だった(自分には愛用の破邪の剣がある)。だが、トルネコはすでに武器を用意していたようで、昔、取引先との接待で使った愛用のゴルフクラブ+99(2番アイアン、錆び防止付)を持って行くことになった。
こうして遂に二人の冒険は幕を開けることとなる――