マッド・トルネコ   作:トラネコ

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11.最後に立っていた者

「ギガデイン」

 勇者の放った刃雷に、襲いかかったモンスターが瞬時に焼肉と化した。

 今、目の前では有り得ない光景が繰り広げられている。

 4人が、その何百倍もの数のモンスターを、包囲しているのだ。数から言えばおかしいが、今されていることはそういうことだった。

 後ろで爆音が轟く。おそらく、あの踊り子風の人間が放ったイオナズンだろう。上空から、バラバラになって粉塵と混ざりあった肉塊が降ってくる。

 それによって、ますます部隊は混乱し、指揮系統は分断、組織的抵抗さえできない有様。そもそも、指揮官がまだ生きているかどうかすら、この場の誰も、分からなくなっていた。

 爆炎から逃げようとして、反対方向に逃げようとしたものは、今度は小柄な青い帽子を被った少女に殴り殺されていった。小柄だと思って舐めてかかったのがいけなかった。その4匹のシルバーデビルの攻撃は軽くかわされ、あっと言う間に急所を突かれて絶命した。

 こっちも駄目だ。すでに包囲されている。

 族長に向ってそう叫んだ。もう、この場では逃げることを先に考えた方が良かった。いくら包囲されているとは言え、相手は4人しかいないのだから、必ず逃げ出す隙間はあるはずだ。

 そう考えているときに、頬に熱風を感じた。

 ベギラゴンだった。その炎で、仲間の大半が焼き払われた。

 何か考えてしたことではない。ほとんど条件反射で族長の元に駆け寄ると、まだ燃え盛る火を必死で消した。

「族長、大丈夫ですか。今、火を消しました」

「あぁ、何とかな……お前が早く消火してくれたおかげで」

 苦悶の表情を滲ませながらも、少しだけ笑う。

「歩くことぐらいは出来そうだ」

「早くここから撤退しましょう。ここはもうお終いです…肩を貸しますから、すぐに立ってください」

「負傷者は?」

「今は族長がここを逃げ切ることが先決です。残りは、自力で動けるものは自力でなんとか脱出してもらうしか……」

「そうか……」

 族長は、そこで大体の戦況を悟った。

 一応、逃げ切る算段は僅かだがあった。魔法攻撃は常にある一定のタイミングで行われている。さらに、あの少女はいくら強いとはいえ、通常の物理攻撃しかしていない。ならば当然、一番有効射程が狭い。

 そして、魔法では、勇者の使うギガデインの間隔がいちばん長い。他の二人は魔法使いだから、魔法攻撃しかできない。勇者は肉弾戦もできるから、MPを無駄に消耗することを避けているのだろう。

 逃げるなら、そこしかない。少女と勇者の間の空間、ギガデインの射程ギリギリのところ――ここを全力で逃げ切るしかない。イオナズン方面は、粉塵に紛れることもできるかもしれないが、逆に視界を遮られて退路を見誤る可能性があるし、射程も広い。それに族長の怪我の状況では、粉塵舞う熱風の最中を走り抜けるのは無理だ。

ベギラゴン方面は、死体があちこちで炎上し、退路が無い。

 思考している内に、ギガデインが放たれた。もうさほど多くないモンスター達が地面に倒れるのを確認すると、族長を支えながら全力で走り出した。とにかく、次の雷撃が来ないことを祈るしかない。

 格闘少女がこちらに気づいた。

 体全体を向けて、止めを刺しに行こうとした――とほぼ同時に、少女の背後の炎が動いた。

 ベギラゴンで焼かれた仲間が、最後の力を振り絞って少女に襲いかかったのだ。

奇襲は完全に成功したかに見えたが、少女はその燃える腕を掴むと、綺麗な一本背負いを決め――そして、その燃え盛る仲間はこっちに向かって猛スピードで飛んで来た。

 族長を支えながら、避け切れる訳もない。

 ビリヤードのように、燃える肉塊が当たった衝撃で吹き飛ばされ、地面を転がった。顔を上げてみれば、族長は燃え盛る肉塊の下敷きになっていた。

「逃げろ」

 火が、下の族長にも燃え移ってゆく。

「逃げて、このことを伝えろ」

 見殺しにはできない。生き残って、臆病ものの汚名を着たくはない。それに、まだ間に合うかもしれない。族長の元に駆け寄ろうとしたその時――雷撃が襲いかかった。

 射程ギリギリだったので死は免れたが、もはや歩くだけで精一杯の状態だった。若干朦朧とする意識の中で、格闘少女がすでにかなり近づいていることが辛うじて認識できた。

 相当のスピードだ。そして、その進路を遮るようなモンスターはもはや残ってはいない。

 それでも、諦めるのはまだ早いように思えた。

「いいな、必ず伝えるのだ。お前一人なら今からでも逃げ切れる」

 そう言うと、族長は最後の力を振り絞りピオリムの杖を振り下ろした。

 そして、2度と動くことはなくなった。

 

 

 目を開けると、そこは青かった。しばらくして雲が目に入った時に、ようやく空を眺めていることに気付いた。それにしても、嫌な夢を見たものだ……何年も前に、前の族長と一緒に魔王軍に参加、勇者と闘った時の光景だった。あの後、自分は結局逃げた。仇を取ろうなどとは全く考えなかった。ピオリムの杖の効果が切れてからも、心臓が破裂しそうになるまで走った。情けないだけだったのに、その後、勇者と闘った者で唯一の生存者ということで、族長になってしまった……

――そうだ。他の仲間は、リリパットの里はどうなった? ――

 気になって、とにかく視線を空から動かそうと首を動かすと、視界に例のスライム――スラ吉がこちらをジッと見つめていた。

「よかった。意識が戻ったんだね」 

 その一言で、ようやくここが現実だと知ることができた。そうだ、こいつなら里がどうなったか知っているだろう。早く訊かなくては……急いで喋ろうとするも、口が動くだけで全く声が出ない。

 「まだ喋らないで。体力の消耗が激しいから」

 そんなことに構っていられない。里がどうなったのか知りたい……帰りを待つ子供たちがいる。

 「里は゛……リ゛リ゛パ゛ット゛の゛里は゛ど゛う゛な゛った゛……?」

 自分で聞いていても酷い声だと思った。そう言えば、死んだ部下にヴァルハラで会ったとしたらどんな声になっているのだろう。考えると、今はなき左手がうずいた。

 「今……燃えているよ」

 予想は出来ていた。里が無事なら、こんなところで寝転がってはいない。どこか家の中に運び込まれているはずだ。

 「な゛ぜ゛……助け゛た゛……」

 「もう、誰にも死んで欲しくなかったんだ」

 「ふ゛……死ん゛だ゛方が゛マ゛シ゛だ……こ゛の゛体では゛も゛う゛復讐も゛で゛き゛ま゛い゛」

 「僕は、里の方を見てくる。まだ生きている人がいるかもしれないから」

 きっと、調べても無駄だと思う。だが、もしかしたら、どこかに隠れた子供が生き残っているかもしれない……可能性は限りなく0に近いが。

 「まだ眠っていて。傷は薬草と弟切草で防いだけど、まだ体力が回復してないから」

 そういえば、さっきから随分と眠たい。視線をまた空に戻すと、そのまま魂を持って行かれそうだ。除除にまぶたが下がっていく。

 「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったね」

 もはや、その声すら蜃気楼より遠い。

 「パ゛ト゛リ゛ック゛……私の゛名は゛パ゛ト゛リ゛ック゛……」

 

 

 パトリックがまたしても深い眠りに就いたのを見てから、僕は未だ空を赤く染めている里の方へ向った。

 頭の中で例のしわがれた声が何度も反響する――死ん゛だ゛方が゛マ゛シ゛だ――

生きてさえいればいいことがあるなんて全く思わない。それでも、もう目の前で誰も死んで欲しくなんかなかった。

――あの事件が、頭から離れない。

家々が燃える炎は、離れていても熱かった。

「おーい、誰かいませんか……」

 聞こえるのは、パチパチと炎が里を飲み込み、灰へと消化していく音だけだった。死体の焼けた臭いで、空気まで腐ったようだ。

 それでも、一人だけ生存者はいた。

 「お姉ちゃん……起きてよ、お姉ちゃん……」

 矢が何本も刺さった死体に、少年はずっとそう繰り返していた。

 だけど僕がそれ以上に驚いたのは――リリパットの少年の閉じられた目は両断され、大量の血が大河のように頬を染めていたことだった。

 きっと、『やつら』の仕業だろう……

 「うぅっ……」

 いつの間にか、僕も嗚咽をもらして泣いていた。

 

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