なぜこんなダンジョンの深いところにスライムがいるのか分からない。とにかく、そのスライムを追った先には、自分の父親とライアンが重傷を負って倒れていた。
「父さん……」
パチパチと火が燃えている中、ポポロはトルネコの側へと駆け寄った。脈や呼吸はまだあったが、もはやかろうじて生きている、焦げたチャーシュー寸前の状態だ。ライアンも意識を失い重傷を負っていたものの、トルネコと比べればまだマシといえた。すぐに地上へ戻って手当すれば大丈夫だろう。だが、トルネコの方は……
迷っている時間はポポロにはない。これ以上スライムを探すことはあきらめ、リレミトの巻物を取り出すと、二人を連れて地上へと帰還した。
このとき、ポポロは二人に応急手当をすることに頭がいっぱいで、部屋の中に合成の壺が落ちていることに気づく訳がなかった。ましてや、その壺が内部からの力で振動していることになど。
――トルネコ宅にて――
トルネコは地上での医師の治療によって、薬草エキス漬け包帯で全身をグルグル巻きにされた状態で、寝かされていた。
ライアンの方はポポロの最初の応急処置のおかげもあって、すでに意識も回復し、かろうじてだが自力で歩ける程度まで回復していた。それでも、重傷には違いないし、今までの戦闘で体力も相当磨り減っている。
「やれるだけのことはやりましたが、何せ全身に重度の火傷を負っているので……明日まで持つかどうか……」
医者の絶望的な診断を聞いたライアンは、疲労で硬直した筋肉に鞭打つと、ポポロの横までフラフラと移動した。
ポポロはジッと、わずかな空気を求めて必死に上下するトルネコの腹を眺めている。
「最近の父さんは少し変だったけど、昔は一緒に遊んでくれたこともあったんだ。こんな大きな魚を釣ったこともあるんだよ」
ここで初めて、ポポロは隣に立つライアンを見上げた。
美しい瞳だ――ライアンは純粋にそう思った。
まだ世間の泥土にまみれていない、美しき存在。
これこそ、まさに勇者と共に命がけで守ってきたものだし、これからも守るべきものだ。
「そういえば、ネネ殿はどうした?」
「あぁ、母さんのことだね」
伏目がちに目線をそらしながら言った。
「一応、店の人に連絡したんだけど、仕事で今は移民の町にいるらしいんだ。いつ、こっちに帰ってくるかは分からないって……」
一体、ネネは何を考えているのだろう。いくら仲が悪いとはいえ、長年連れ添った夫婦ではないか。もしかしたら最期かもしれない時に、どれ程大事な仕事か知らないが、悲しんでいる息子を放っておいてそっちを優先するとは……
その憤りがライアンに新たな考えと行動力を与えることになる。
とにかく、ここで死なせる訳にはいかない。ポポロのためにも、トルネコ夫婦にとっても。どれだけ仲が悪くても、決着はきちんとつけるべきだ。
昔、ともに戦ったアイツならこのトルネコの傷をどうにかできるかもしれない。
ほとんど当てのない話だが、このまま黙って眺めているよりマシだ。
すぐに空飛ぶ靴を履いて飛び立とうとしたが、足に力が入らず大きくよろめいた。
「大丈夫? 僕も一緒に行くよ。こんなところにいても何にもできないし。ライアンさんも支えが必要でしょ?」
「いいや」
ライアンは支えてくれたポポロの肩を掴むと言った。
「そばに居てやってくれ。それが君にできる最大のことだ。私なら何とか一人で行ける。心配しなくてもいい。なに、少し知り合いのところまで飛んでいくだけだ。すぐに戻ってくる」
「分かったよ。でもなるべく早く戻ってきて。ライアンさんも重傷なんだから」
黙って頷くと、そのまま窓からサントハイムへと飛び立った。
城の人間に道をきき、ライアンはサントハイムの城下町を、クリフトの住む家に向かって走って行った。城下の人々が所々に包帯を巻いた、今しがた戦場から戻って来たと言わんばかりのライアンの姿に好奇の目を注いでいたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。一刻も早くクリフトの元へ行かなければ――このままではダンジョンに何があったのかさえ、永遠に闇の中だ。
走っている最中、ライアンはさきほどポポロが自分を支えてくれたことを思い出していた。あれは危なかった。あのまま一緒に連れて行ったら、自分の理性が壊れるか鼻からの大量出血で間違いなく大惨事を引き起こしていただろう。あんなに小さかったポポロが、ああも美しい少年に成長していたとは。
自分のこの忌まわしい性癖さえなければ、もっと素直に喜べただろうが……
ライアンは無事にクリフトを連れて戻ってきた。クリフトのベホマなら一瞬でトルネコの傷も治るだろう。
「あ、それじゃ、おじゃましまーす☆」
一同が驚きに硬直し、狂気じみた声の主を振り返った。
「こらっ、お前は喋るなと何べん言や分かるんじゃ、このプリン脳みそ神官が! 黙ってさっさと用事だけ片付けんかい!」
ブライが杖で小突きながら、とにかくこの緑色の狂人をトルネコのベッドにまで案内した。
「あ、ちょ、痛、やめてください! マジで暴力反対!」
「ならとっととやることをやらんかい」
「あのー、すいません……」
硬直している者たちを代表してポポロがおずおずと切り出した。
「今ちょっと大変なことになっているので、用事とかそれどころじゃないんですが……」
「案ずるな、彼が父さんの傷を治してくれる」
無意味にポポロの肩に手を置いてそう言ったが、どうやらポポロの前では少し口調まで変わってしまうようだ。
「でも、その……言いにくいですけど、治療が必要なのは、この人の方なんじゃ……それも頭の中の」
やはりポポロは間違いなくトルネコの子供だ。この緊急事態での発言にライアンはそう実感した。
「それじゃあいきますよ、これが全MPをかけた会心の回復魔法ですよ。よぉく見といてくださいよ」
「しょーもない能書きを垂れとらんで、さっさとベホマと言わんか! ことが緊急事態だと」
ブライが杖でクリフトを殴る。犬でも調教するように。
「その空っぽの脳みそに!」
異様に痙攣しながらうずくまるクリフトにさらに杖を振り下ろす。
「何べん言やわかるんじゃ!」
だが、3度目で杖の動きは止まった。
ブライが振り向くとそこには杖を掴むライアンの姿があった。ライアンは杖をそのままゆっくりと下ろさせると、諭すように言った。
「ブライ殿、お気持ちはよく分かるが、クリフトもあのような状態なら、いくら殴っても同じことではないか。それに、老人が杖を振り回している姿は……目に入れるに余りある」
もうブライがクリフトを殴る気が無くなったのを確認すると、ライアンは杖から手を放し、今度はクリフトに向かって言った。
「クリフト、見れば分かる通り、トルネコ殿は瀕死の重傷で、今は一刻を争う状況なのだ。約束の金は必ず渡す。だから、今すぐにトルネコ殿を治療してやってはくれぬか。もうこれ以上……友人が苦しむ姿を見たくないのだ」
「おっさん……」
ライアンの静かな訴えが伝わったのか、狂った神官は急にしおらしくなった。
「俺……今まで……その、すごく堕落していたんです……なんていうか、楽な方へどんどん流されていって……でも何もしなくて……」
「もういい、全て過ぎたことだ。人の真価は『今何をするか』にある。今までのことを悔やみすぎるな」
「そう言ってもらえただけで、すごく気分が楽になりました。俺、もう逃げません。やれることをやってみます。それで皆が元通り受け入れてくれるか、分らないけど」
「大丈夫だ、落ち着け。前にできたことだ。今できない訳がない。それに、皆が見守ってくれている」
もう二人に言うことはない。互いにうなずきを交わすと、クリフトは例の焦げた豚ミイラの前に歩み寄り、手をかざした。全員の期待に満ちた沈黙の中――
「ベホマンマミーア!!」(地中海の陽気な漁師風)
とにかく、僕は念のために持ってきた薬草を使って、すぐに応急手当をした。途中、おじさんが何度も「そんな奴を助けたって何の意味もない、起きたら真っ先に殺されるぞ」と言っていたけど、そんなことに構っている場合じゃないと思った。何といっても、命がかかっている。しかも、このバーサーカーが惨めな目に遭ったのは、半分は僕のせいなのだから。
でも、結局はおじさんも手伝ってくれた。おじさんが言うには、僕の手当は見ていられないそうだ。こんな手当を自分もされたと思うと鳥肌がたつ、しっかりと手本を見せてやるからよく覚えておけ、だってさ。
そうやって銃弾の痕を治療し終えた時――急にバーサーカーが上半身を起こした。びっくりしたよ。急に投石機見たいに上半身が跳ね上がったんだから。
バーサーカーは起き上がるとしばらくの間、黙って僕を見つめていた。そして、手をゆっくりと動かし、額当ての宝石を取り外し、僕の目の前に置いた。
その時にはすでに僕とバーサーカーは心が通じ合っていたから全く怖くはなかった――ということもなかった。起き上った瞬間は恐怖で硬直して動けなかったし、額の宝石を外すときもビームか何か出るんじゃないかと思っていた。
しかし予想に反して、バーサーカーはそのまま宝石を置くと立ち上がり、ダンジョンの奥へと去って行った。
「お前、それをもらったのか?」
急に出てきたので少々驚いた。今までどこかに隠れていたのだろう。恐らく、あの硬直していたときに、素早く隠れたのだ。
僕は落ち着きを取り戻すと黙ってうなずいた。
「バーサーカーは自らが認めた相手には、その証として額の宝石を渡すのだという。お前も、とうとういっぱしの戦士だな。リリパもちゃんと見習うのだぞ」
もう、途中からおじさんの言葉は耳に入ってなかった。僕はずっとバーサーカーの去っていった方向を眺めているだけ。
――その内、すぐにおじさんは立ち去った。何でも帰って勝利の祝宴の準備をするらしい。
やがて、リリパの少し悲しげな歌が聞こえてきた。
「ぎゃははははは!!ひぃひぃ……フフっ」
「何がそんなにおかしいんだよ!」
陽気なイタリア人風に笑い転げるクリフトを見て、ポポロも怒りを隠せないでいた。
「ちょwwここ、笑うとこですよwww」
ライアンは今度こそは暴力に訴えてでもクリフトにベホマを唱えさせようとしたが、その前にポポロのベスヴィオ火山が噴火した。
「何が笑うとこだって!? 他人の不幸がそんなにうれしいなら、そこら辺の寂れた商店街でも行ってくればいいじゃないか!!」
「かんべんしてくれよ、もう~最近の若者はすぐに切れるからねぇ。小さい時はあんなにかわいかったのに随分変わっちゃったなぁ、あ。あのときはお父さん、元気『でした』よねぇ?」
一瞬、クリフトの皮肉を理解するのに時間がかかったようだ。
「そのことを言うんじゃない」
声のトーンが急に変わったような気がした。今まではただ単純に怒っている感じだったが、このときはマグマがグツグツと煮えたぎっているような感じになったのだ。
「もういっぺん、ふざけたことを言ってみろ。殺してやる」
今の状況なら、本当に殺しかねない。もっとも、その時はベホマで即、自分を回復するのだろうが。しょうがない、もしブライが説得して駄目なら、もう腕ずくでやらせるしかないのかもしれない。
「それじゃあ、ここでクリフトのマニアック~イズ!!」
早速ふざけ出した。もはや訳が分からない。クイズに正解すれば景品でもくれるのだろうか。
ただ、当の出題者は、異様に血走った眼で、ここにはない異空間を眺めていることから明らかに狂気に汚染されている。
一同はクイズより、その狂気の理由が訊きたかった。だが、逆にクイズを投げかけられたことにより、何となく先にクイズに答えなければならないと思わされていた。何より、相手は狂人のくせにトルネコの命を握っているのだ。祈りなど絶対に通用しない相手が。
「あるところに、まじめな中学生、ツトム君がいましたぁ(ポポロ君と同じくらいかな?)ツトム君は昨日、バトミントン部から帰ったあと、家でなぁにをしていたでしょ~か? 大事な大事な、ビッグバン・アタック・チャ~ンス!!」
狂人という者に勇気などない。あるのは欲望とそれを発散させようとする意思だけだ。
「うん、答えてやるよ。答えればいいんだろ」
ポポロがクリフトの前をツカツカと横切る。
「そうで~す。正解したらトルネコの傷を治しま~す、でも不正解の場合は……ごめんなさい、昇天アボーンですぅ」
「何か、ヒントはないのかな」
ポポロがイスの背もたれを撫でながら静かに尋ねた。
「人生にヒントはない! 自力で考えなさい!」
「全然分かんないから、少しだけ教えてくれないかな」
「じゃあ、特別にヒントを差し上げましょう!! ヒントは『昨日』何をしていたか、てとこ! さぁ、答えてもらいましょうか、時間が迫って来ているぞぉ~ポポロ君……チッチッチッチッチッチ……」
「うん、それじゃあ言うよ。答えは……」
「答えは?」
「これだ!」
バキョッという音がポポロが叩きつけた椅子からもクリフトの頬からも響き渡った。
「もう本当に殺してやるからな、クソ神官!!」
「放せ、放せったら!殺さなきゃ、こいつはここで殺さなきゃ」
イスだった物を振り回すポポロの両腕を、ライアンは後ろから羽交い締めにして止めた。
「放せったら……うぅ……なんでこんなことばかり……」
ポポロの両目からはドクドクとマグマのごとき温度を持つ液体が流れ出た。
「ぐぅ……うう……」
ライアンは両腕を放した。ポポロに、もはや攻撃の意思は無い。
その場の気まずい沈黙に包まれ、ブライが仕方なくライアンを連れて帰ろうとしたときだった。クリフトが血とアザだらけの顔面を上げて立ち上がった。
「あーあ、仕方ないなぁ。この後はクリフトのマニアックしりとりもあったのに、台無しじゃん……ったく、空気読めよ。今回だけだからな」
一同が棘のある沈黙でクリフトを凝視している。
「分かってるって!!」
そう言って、トルネコへ向かって手を掲げた。
「はいはい、ベホマ、ベホマ」
――クリフトのHPが全快した!!
今読み返すと、すげえ唐突なギャグ回になってるなって……