マッド・トルネコ   作:トラネコ

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16.かつての仲間たち2

 勇者たちが急いで村に戻ってみると、魔物の残党が暴れまわっているところだった。

 元々は、村から洞窟に住むモンスターを退治して欲しい、と依頼されたのが始まりだった。勇者は村長と退治できた時の報酬を決めると、いつものレギュラーメンバーで洞窟内のボスを可哀そうなくらいにタコ殴りにしたのだが、死の間際、その大して強くもなかったボスが言うには、すでにこうなることを見越して村に別のモンスター軍団を向かわせたというのだ。

 すぐさま、リレミト・ルーラで村に戻ったのだが、普段から魔物の恐怖を味わっている村人たちは、戦うことも忘れて逃げ惑っている。さほどの軍勢でもないのに、すでにあちこちから火の手が上がり始めていた。

 「メンド臭いな。マーニャ、イオナズンで一気に蹴散らしてくれ」

 「オイオイ、どこの国に顧客に向かってイオナズンぶっぱなすアホがいるんだよ」

 馬車から出てきたトルネコを見て、勇者の表情が明らかに不快感を示すものに変化した。アホと言われたことより、嫌いな者に正論を諭されるのが嫌なのだ。

 「しかたないだろ。早く倒さないと、モンスターのせいでその顧客が消えちまうかもしれないからな」

 「ここはトルネコの言うとおりにしといた方が無難だと思うわ。下手に村人を傷つけたら、報酬が貰えなくなるかもしれない。それなら、メンド臭くても助けて恩を売っといた方が印象もいいわね」

 ミネアが横から勇者に耳打ちする。

 「しゃあねえな。おい、いくぞ、アリーナ」

 「よかった~、ちょうど戦い足りなかったとこなんだよね。さあ、皆ボクについて来て!今からこの村を救うのだ!」

 最後のセリフも言い終わらないうちに、猛スピードで駈け出して、触れたモンスターをどんどん肉塊に変えていった。

 「さて……年寄りはヒャダインで消化活動でもしてようかのう」

 「俺は負傷者の治療をします」とクリフト。

 引き算の結果、残った戦士と商人は燃え盛る村の鑑賞をしながら、馬車で留守番をすることになった。

 

 「ありがとうございます。これは僅かばかりのお礼ですが、旅の途中で役立てていただければ幸いです」

 中央の広場に、勇者の姿を見に来た村人たちが集まっていた。村はミディアムレアといった状態で、半分程の家が焼けていた。もし、勇者が来るのがもう少し遅れたなら、全焼していたところだろう。

 「村長さん」

 渡された袋の中身を確かめながら、勇者が言う。

 「これじゃ全然少ないじゃん。約束と違うしさぁ」

 「申し訳ありません。本当は約束通り支払いたかったのですが……何分、先程の攻撃で穀物庫が焼かれてしまいまして……本来ならば行商人に穀物を売って、その代金で支払うつもりだったのです。今、村からあるだけのゴールドを集めました。この村ではこれが限界です。残りは後で必ず払いますから……」

 「そうか、分かった。これ返すよ」

 「しかし、タダというわけには……」

 「いや、いいよ。それより焼けた村を復興させるのに使った方がいいぜ。これから寒くなるしな」

 「我々の心配をしてくださるのですか? それなら大丈夫ですよ。皆で助け合って何とかします。それよりも、今は一刻も早くデスピサロを倒して欲しい。そのためにも、ゴールドは多い方がいい。少なくとも、妨げになることはないはずです」

 「いや、目の前の人間を見捨てることはできない。ゴールドのことなら心配しなくていい。すでに十分持っている。それより、デスピサロの戦いの前にあなた達のことが気になると、戦いに集中できなくなる。だから、これは返す。気持ちだけ受け取っておくよ」

 「しかし……」

 「遠慮しなくていい。困っているときは『皆で助け合う』んだろ? さぁ、受け取ってくれ、村長さん。これはあなたが村人のために、責任を持って使うべきだ」

 「かたじけない……復興した暁には必ずお礼を」

 そう言って勇者が返却したゴールド袋を受け取った瞬間、村長の手は袋を掴んだまま、地面へと落下していった。

 

 勇者が村長の手を高速の居合で切り落としたのを見て、トルネコはまたもや激しい嫌悪感に襲われていた。今までの会話は全部茶番だ。

 勇者と比べれば、偽善者ですら聖人君主に見えるし、詐欺師でも宣教師か牧師に思える程可愛らしい。(まぁ、詐欺師も宣教師もそれ程の違いはないがね)

 「とか言うと思ったのか? おかしいだろ、常識で考えて。こっちはこれだけの人数であんだけのモンスターと戦ったんだぜ? あんたら、もっと人数いるんだから、せめて帰ってくるまでは何とかしろよな」

 広場の敷石の溝にそって、村長の血がドクドクと流れてゆく。血河は落ちたゴールド袋に到達すると、そこで大きな湖をつくった。集まった村人たちは、どうすることもできずに、黙って右手をおさえている村長を眺めているしかなかった。

 「しかし……本当にこれ以上はもうないんじゃ……信じてくれ!」

 「信じるも何も、これじゃこっちは赤字だよ? この気分を抑えるためには、村をメッチャクチャにしてやらんと気が済まんね」

 「頼む……後で必ず払う……約束する……」

 「必ずか?」

 「必ず……」

 「いいか、よく聞けよ」

 もうお前の口からは何も聞きたくないと、トルネコだけでなくその場の全員が思った。

 「まず、命を賭けた戦いの報酬がガキの小遣い程度ということ。そしてもう一つが――ここが大事なところなんだが」

 村長の息が上がり、顔が青白くなってきた。痛みと、あの世への旅立ちを必死に耐えているところなのだろう。

 「穀物庫は大切なはずだ。それは分かっている。ならどうして命がけで守らない? さんざん他人に頼って、後でとばっちりを喰らうのは全部俺だ。聞いてるのか?」

 村長は僅かばかり首を縦に振ったが、それも限界といった様子だった。

 「頼む、後で必ず払う……」

 「お前、それしか言えないのかよ。っま、どっちにしても、現時点で払えないような奴を信用する訳にはいかねぇよな」

 「この村の者に死ねというのか……」

 「俺も魔物じゃない。君たちに選択肢くらい与えてあげよう。村長のお孫さん、けっこうキレイだよね?」

 「ぐっ……」

 村長の青白い顔がますます青白くなってゆく。

 「本当に……本当に払いますから……それだけは……」

 「もうそのころにはデスピサロも倒しちゃってるだろうし、いちいち取りに行くのメンド臭いだろ。だから、君たちにその選択肢はない」

 「………」

 息も荒くなってきた。出血がひどい。

 「よぉく、考えて。気は長い方じゃないけど、どうやらあんたが生きてる間くらいは待てそうだな。そうだ、お茶でも飲みながら考えるかい?」

 すでに炎は完全に消えていたが、今度は沈みかけた夕日が村の家を猟奇的に赤く染めている。周囲の森はきり絵のようにその風景を切り取っており、白い月がのどかにそれを鑑賞していた。

 村長はしばらく全く身動きしなかったが、やがて喰いしばった歯を緩めると言った。

 「分かった……今夜私の屋敷に案内する……」

 「それが正しい選択だと思うよ。村を救った大英断だね」

 そのまま村長の前に歩み寄ると、そばに落ちていた右手を拾い上げた。

 「おい、クリフト。ご老人をいたわって差し上げろ」

 一瞬、嫌な顔をしたが、(もちろん、勇者に悟られぬようにだ。しかし、トルネコだけはそれを見逃さなかった)クリフトはすぐに勇者から右手を受け取ると、すぐにベホマで元通りに治療した。

 「おいおい、そんな辛気臭い顔すんなよ。せっかく村が救われたんだから、今夜はパーッといこうぜ、パーッと!」

 

 

 ………

 ここはどこだ?

 さっきまでどこにいたかも定かでなかった意識だったが、それがたった今、自分の肉体に戻ってきたようなのだ。最初に気づいたのは、全身を焦がしながらそれでいてツララのように刺す、あの痛みが消えていることだった。

 自分はあのとき、忌々しいスライムの挑発に乗り、そこでバーサーカーの奇襲を受けたのだった。それから、ライアンのとっさの機転で助かったと思ったのだが――確かあれは転び石――だったと思う。それにつまずいて地雷原に突入、大型地雷と誘爆した弾薬・燃料をまともに喰らってしまい……

 そこから先は記憶が無い。あれで死んだと思ったが、そのことを今考えているから死んではいないのだろう。

――なんだ? さっきから声が聞こえる……何か……ポポロが随分と騒いでいるようだが……聞き間違いだろうか……? それにしても目の前が暗い……とにかく体を動かし……何だ? 何かに締め付けられているようだ……なら力づくでブチ破るまでだ。

 力づくで!

 

 

 再びイスを振り回すポポロの目の前に、包帯の切れ端が舞った。一同がトルネコの方へ視線を移すと、ちぎれ飛んだ包帯が空中で立体道路のように交錯し――その中央には全快したトルネコの姿が鎮座していた。

 

 

 「だから言ったじゃないですかぁ~」

 クリフトは皆の眼がトルネコに釘付けになっている中、頭のコブを押さえながら立ち上がった。

 「だから、一度目のベホマで自分の傷を治して、二度目でオッサンの怪我を治したんだって」

 「父さん!」

 ポポロがステテコパンツ一丁の(残りの服は全て焼けてしまった)トルネコと熱い抱擁を交わし、久々の親子の再会を喜び合った。それまで、例え同じ屋根の下であっても互いに顔を合わせることすらなくなっていたからだ。

 

 

 結局、呼んだにも関わらず、その日一日、ネネは仕事という、自身にとってはもっともな、他人にとっては不可解な理由で、姿を見せることはなかった。

 一応の診察も終え、トルネコが完治したことを確認すると、医者はそそくさと屋敷を後にした。もうすでに医者の出る幕は終了したし、何より狂った神官の無用のトラブルにこれ以上巻き込まれるのはもう、うんざりだったからだ。

 もちろん、それはポポロやライアンにとっても同じなのだが。

 「あっそうだ。忘れてたよ、ヒヒヒ……」

 久しぶりに絆を取り戻した親子と、それを見守るライアンに歩み寄ると、充血した眼に不気味な光を宿しながら口を開いた。

 「治療費、10万ゴールドになりまーす❤」

 「おい」ライアンが光る眼を見つめ返す。

 「あ、分割は10回までとなっておりますので――でも出来れば即金一括で払って欲しいな、ヒャハ」

 「後で必ず払うと、連れてくる時に言ったはずだ。どうしてそんなに急かす?」

 「え……だって、すぐ欲しいんだもん……」

 ライアンの全く動揺のない平板な声に怒りを読み取ったのか、急にクリフトの口調が変わった。

 「とにかく、今はもう少しトルネコ殿と話すこともある。支払はそれが終わってからだ。いいな? それまでおとなしく待ってくれ。何、それ程時間はかけん」

 妙に優しいのが逆に恐ろしい。この態度から察するに怒りの導火線は残り僅かしかないようだ。だが、クリフトの自制心も僅かしか残っていなかった。

 「え……だって、すぐくれるって言ったじゃん! 俺には今すぐ欲しいからここに来たんだよ!」

 「お前はライアンの言ってることがわからんのか? 犬でも『待て』くらいはできるぞ?」

 それまで親子の感動の再会をぶち壊しにしないように、沈黙を守り続けていたブライだったが、もうこれ以上放っておくわけにはいかない。付け加えて、クリフトの保護者としての責任も感じていた。

 「ライアンがここまで頼んでいると言うのに、お前はそのわずかな時間すらも『待てぬ』というつもりか? もとはと言えばお前のオフザケのせいせいで時間を食ったんじゃろ。なんなら、今からわしが『クリフトのマニアックしりとり』の相手をしてやってもいいが?」

 「だって……だって……」

 「『だって』じゃない。早く外に出るんじゃ! もうお前の役割は終わったんじゃからな。金は明日にでもワシが受け取っといてやる」

 そう言いながら、ブライはクリフトの神官服の袖をつかんで引っ張っていこうとした。

「う、う、うるさい! 僕は急いでるんだ!早く行かなきゃ……向こうの売人には『今日の夕方までに払う』て伝えてあるんだ……」

 「たわけ!この――

ここでトルネコが止めなければ、ブライは神官長とは思えぬ程口汚くクリフトを罵っただろう。そして、彼が振るう杖によってクリフトの頭に本日13個目のコブが作られていただろう。

 「オイオイ、そこら辺にしてやりなって。年寄りがそんなに怒っちゃ健康にも悪い。10万ゴールド? いいよ、すぐに払ってやるぜ。なぁに、命の代償に比べちゃ、安い、安い」

 「え、本当にすぐにくれるの?」

 クリフトの真赤に充血した眼にまたもやさっきの光が灯った。不浄な光、人間の精神が異臭をたてて腐り始めたときに漏れだしそうな光だ……

 「あぁ、今すぐだ」

 「やったお~! ひゃっほーい!」

「ただし条件がある」

 この場にいる者全員が自らの耳を疑った。クリフト自身ですら何を言われたか判別しかねたくらいだ。条件? 条件だと? 狂犬相手に芸を仕込むようなものではないのか?

そんなことを知ってか知らずか、トルネコは天気の話でもするかのように話を続けた。

「なぁに、簡単なことだ。アンタに一緒に不思議のダンジョンに潜って欲しい」

 

 

 この提案に一同は驚いた。当のクリフトも驚いた。

「ダンジョンにはどれくらい?」

 餌をぶら下げられ、狂犬はチワワのような口調になった。

「長くても一週間くらい――もっと短いかもしれねぇ」

「だめだよ……僕は……ダンジョンに長い間いられないんだ……」

「どうしてなんだよ?」

 もう、黙っていてもしょうがない。ライアンはブライに了承を得ると、クリフトが重度の麻薬常習者であることを説明した。そして今、クリフトが麻薬の売人をエンドールに待たせているところを、有りもしない金を餌に連れて来たことも話した。

「なるほどね。それで支払を先に延ばしたがってたワケか」

 やっとはっきりと分かった。今までも半ばそうだと思ってはいたが、とにかく、これで数分のうちにクリフトの口調が変化したことにも納得がいった。中毒症状が出始めてきたのだ。その影響で、徐々に理性を失い始め、幼児退行しているのだ。

「そうだ。何せ緊急事態だったからな。とにかく、時間を稼いで金を工面する必要があったのだ。病み上がりで悪いとは思うが……」

「心配するな。金ならアテはあるから、今すぐ払える」

 話を終えると、今度はクリフトの方へ向き直った。

「分かった。ダンジョンに潜っている間、十分な麻薬を用意しといてやる。会計上の特別勤務手当、てやつだな。どうだ、悪い条件じゃねぇだろ?」

「おじさん……」

 今までにないほど親しみを込めてそう言うと、クリフトはベッドの前でがっくりと膝を折り、トルネコの肉厚の手を取って敬遠な爬虫類のごとく頭を垂れた。

 「あなたは神? いや、神だ……神しかありえない……」

 クリフトにとって、この家は瞬時に天国と地上の狭間にある大聖堂と化した。トルネコはさしずめ洗礼を施す病床の救世主と言ったところか。麻薬の神を称える万神殿。しかし……しかしそれでも、眼に宿る不浄な光だけは消し去り難い……

「おお、神よ、至福の神よ……私はあなたを讃えます……」

「お祈りの最中にすまねえが、一つ聞きたいことがあるんだけどよ」

「おお、私には神の声が聞こえる……何でしょうか?」

「ツトム君は結局、何をしてたんだ?」

 




まともな登場人物がいない(笑)
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