マッド・トルネコ   作:トラネコ

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21.ダンジョン50階層にて2

「白馬のぉ、王子様ぁ、なんて、し~んじてる、わーけじゃないぃぃぃい……」

 そんな歌を口ずさみながら、クリフトは地面に散らばった世界で限定100体しか存在しないスク水メイドマリア様の破片を集めていた。相変わらず麻薬で充血した目を真っ赤に腫らしながら探した努力が、神に認められたのだろうか、腕の部分は何とか見つかった。だが、フィギュアの命とも言える肝心の顔は、いくら探してもどこにもなかった。クリフトは、このときだけブライと一緒だったら良かったのに、と思った。ブライなら、レミーラが使える。そうすれば、こうやってヒカリゴケのわずかな光に頼ることもなかっただろうに。

「そっとこぼれてくるー涙、の~意味さえわぁからない~い~い~……」

 本当に、涙がこぼれそうだった。一番のお気に入りだったのに、いとも簡単に闇の彼方へ吹っ飛んでいった。それにしてもあの餓鬼、ひどいことしやがる。何の予告もなく他人のモノに向かって銃を撃つなんて、どんな教育受けてるんだ。今度あったらびしっと言ってやらないとな……これもきっとゆとり教育のせいだ……

 そんなことを考えつつ、クリフトは岩のでこぼこの隙間など、自らが考えられる場所を丹念に何度も探した。

 発砲した場面も何度も思い返し、吹き飛んで行った方向らしき場所もすでに探してあった。それでも、見つからない時は見つからないものだ。

物事が心理的死角に入り込んでしまったからなのか、それとも最初からそこに目当てのなどないのか。結局、マリア様の頭は銃撃で粉々に砕けたのかもしれない。だが、銃弾の焼け跡から判断するに、ポポロが撃ったのは首の真下辺りの鎖骨付近、それゆえ必ずどこかにあるはずだ。必ずある。自分にそう言い聞かせた。見つけてどうするつもりなのか、それは本人にとってもよく分かってなかったが、とにかく見つけなければならないという気持ちだけはどうしようもなく湧いてくる。

「あなた~つーかまえたら決して、逃~がさないよぉうにして~え~え~……」

 歌が終わった。歌が闇の彼方へ消え去っていた後に残ったのは完全な静寂だけ。だが、それは今のクリフトにとっては、どんな騒音よりもうるさく感じた。

「クソ、なんで見つかんねーんだよ!」

 思わず壁を蹴りつける。蹴った瞬間、ダンジョン全体が少しだけ揺れたような感じがしたが、多分脳内に残った麻薬の成分が見せた幻覚だろう。冷静に考えてそんなことあるわけない。

 足を止めてあたりに注意を払ってみるが、相変わらず忌々しい静けさしかそこには感じられなかった。

「クソッ、クソッ」

 そう言いながらまたもや通路の壁を蹴りつける。そうすればこのクソいまいましい静寂から逃れられるとでもいうように。

「クソッ、クソッ! いい加減にしろよ、このゴミ虫――

 言い終わる瞬間、クリフトの最後に残っていた自制心の残滓が、高く振り上げて今にも壁に叩きつけようとする右腕の動きを止めた。手には大事なマリア様が握られたままになっているのだから。

「クソッ!」

 その代わりに、クリフトはもう一回壁を蹴りつけた。そうでもしないと気分が――いまこそ一発ヤクを決めるか酒を浴びるように飲めればいいのに、という欲求がこみ上げてくる――おさまらない。蹴った衝撃で、へばりついていたヒカリゴケの一部が剥がれ落ちた。

 どうして周りには俺の足を引っ張るような人間しかいやがらねえんだ。

 地面に落ちて光を失いつつあるコケの破片を眺めながら、クリフトは唐突にそう思った。

 アリーナもブライも国王も、俺に重荷を押し付けることばかり。やつらが俺の足を引っ張らなければ、今頃はもっとまともな神官として着実にキャリアを積んでいったことだろう。もしそれが退屈でつまらない平凡な生活だったとしても、こんなクソ虫の巣の中で立ち往生しているより余程マシだ。

 「クソ……」

 思わずクリフトの口から、最近では神とその他大勢の人々を罵倒するときに用いていた言葉が漏れだした。これは、クリフト自身ですら意識してなかったことだった。

 こういうときにヤクさえあれば――またしても思わずマリア様を握っている右手に力が入ってしまうところだったが、なんとか抑えた。

 それにしても、あのクソガキ、俺に向かってなんて言いやがった?

 たしかキチガイ神官とかなんとか言ってたな。ついでにクソ神官とかヤク漬けでアルコール漬けの社会のゴミクズとか言ってたような気もする。

 まあ、具体的にあのガキが何を言っていたかはひとまず置いておこう。

 だいたい何を言おうが、あのポポロとかいうクソガキはこの世の厳しさを何も知らないではないか。たまにはダンジョンに潜り込んでモンスターのクソ集めみたいなことをしているらしいが、そんなのは命懸けで魔王と戦ったことに比べれば砂場のお遊戯に等しい。

 しばらくの間、哀れにも頭と利き腕が吹き飛び、一部が銃撃で焦げてもはや用をなさなくなったボロ切れをまとっているマリア様の姿を眺めながらそんなことを考えていた。それからすぐにクリフトは泣きたくなってきた。この絶望的な状況に――ひとつは『クソ虫の巣』に閉じこめられていること、もうひとつはマリア様の失った破片はもう見つからないのではないか、ということに対して。

 あのマリア様は、ポポロにとってはくだらないお人形でも、クリフトにとっては人形以上、もはや恋人かあるいは自分の家族に匹敵するくらいの存在だった。

確かに、もともとは数あるコレクションのひとつにすぎなかった。だが、ある日いつものようにヤクをキめてクリフトの救世主である“本当の”神のいる世界に飛んでいったとき、確かにそのフィギュアが喋ったのだ。

他のフィギュアは喋らなかったのに、マリア様だけが、確かに、喋った。口元をはっきりと動かしながら。クリフトが今までにどれだけ頑張っても、ついぞ誰にも言われることのなかった励ましや慰めや、勇気が出るような、そんな言葉を。

そんな聖母さまが今ではこのザマだ。あのクソガキのせいで。

トルネコの子供じゃなけりゃあ、ザキを連発していたかもしれない。

「あれ、クリフトじゃない?」

 マーニャの声。泣きそうになるのをなんとかこらえながら、クリフトは声のする方へ振り向いた。

「マーニャ……ミネアも一緒なのか」

 平静を装ったつもりだったが、情けない声にしかならなかった。

「そうね。アンタはひとりなの?」マーニャが言った。

「いいや。さっきまでポポロと一緒にいたんだ」

 姉妹は一瞬目線を交わし、マーニャが“ダンジョンの中でわざわざ仲間とはぐれるなんて、ひょっとしてコイツはキチガイなの?”という無言のメッセージを目で送ると、ミネアは“本当にキチガイなの。だから姉さんは余計なことは言わずに、ここはわたしに任せて”と同じく目で返答した。

 ミネアが一歩クリフトに歩み寄って、口を開いた。

「で、そのポポロ君とはどうやってはぐれちゃったわけ?」

「全部アイツのせいなんだ」

 言いながら、クリフトはいとしのマリア様の残骸を姉妹に見せた。

 突然差し出されたフィギュアの残骸を見て、さすがのミネアも一瞬わけがわからなくなったが、すぐにだいたいのことを悟った。最初はクリフトとポポロの二人一緒に飛ばされてきたが、クリフトの奇怪な言動に嫌気がさして、ひとりで他の仲間を求めにいったのだろう。まともな仲間を。そのときに何か騒動があって、クリフトの手に残ったのが、今、目の前にある何かよくわからない残骸というわけだ。

「これが、全部ポポロ君のせいだっていうの?」

「そうなんだ。あいつ、俺が必死に励まそうとしたのに……何を思ったのか急に拳銃をとりだして――この大事なマリア様に向かって撃ちやがったんだよぉぉぉ! 俺の大事なマリア様にぃぃぃぃ! あぁ……なんてかわいそうなんだよぉぉぉぉ……」

 かわいそうっていうのはアンタのようなことをいうのよ、とミネアは心の中で思ったが、もちろんそれは口には出さないでおいた。狂人に道理を説いてもはじまらない。道理が通じないから狂人なのだし。

 多分、ここで起こったことの原因は99・9%クリフトのせいだろう。だが、今はそんなことを詮索している場合ではないし、一刻も早く先へ進みたい。

「分かったわ。あとでポポロ君に、わたしからきつく言っとくから」

「ああ、本当に、頼むよ……あいつ、子供だから、なんていうかその……分かってないんだ。当然、守るべきルールっていうか……ほら、そういうの、なんていうんだっけ?」

「物の道理?」

「そう! その“物の道理”てやつがポポロには全く分かってない。だから、俺たちがこの冒険の中で少しずつ教えてやらなきゃあ、ならない」

 それを小学校から学び直さなきゃならないのは、ヤクボケ神官のあなたのほうでしょ。

ミネアは神官や神父というのがずっと好きになれないでいた。どんな人間でも、神に仕えているというだけで、胡散臭い、鼻持ちならない偽善者にしか見えなかった。

 だいたい、あの寄付という制度が気に食わない。まるで死んだ人間にたかるハゲワシそのもの。だいたい、あれだけ祈って魔王を倒す時に“神の御加護”なんてあった? いいや、そんなもの全然なかったじゃない。そんなありがたいものがあるのなら、姉さんがカジノでとっくに一発当ててるわ。極めつけは最近教会が大々的に売り始めた免罪符。なんなの? あのバカらしい代物は? 『レアカード入り!』とか宣伝しているビックリマンチョコ並の子供騙し。それでも神の権威がつけばスライムでもメタルキングに華麗に変身、買う人がいるんだから本当に救われない。もちろん、買う人も悪いんだけど――そこでミネアはあらためてクリフトの顔を見た。ヒカリゴケのかすかな光に照らされて、眼だけがらんらんとあやしい光を放っている――やっぱり売ってる方が一番悪いわね。こいつら、死んだら真っ先に地獄行きだわ。結局神とか正義とかいうのは、こいつら聖職者の自分の都合に金メッキをほどこしたようなシロモノだったわけね。

 だが、今はそういう“物の道理”を説いている暇はない。

「とにかく、先にここから出ましょう」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、ここで探さなくちゃならないものがあるんだ」

 それが100万ゴールド入った袋なら自分も喜んで参加しただろうが、あいにくそれがないから自分たちはこの惨めで、暗い、薄気味悪い場所にいるのだ。

ねえ、こいつほっといてさっさと先に行こうよ――マーニャの目がそう語っていた。

大丈夫、ほっといても死なないって。下へ行けばトルネコのおっさんがまたなんとかしてくれるでしょ。

 それは分かっていたが、できるなら問題はここで解決しておきたかった。いくら雑魚ばかりのダンジョンとはいえ、どんな強敵が潜んでいるか分からない。もしものときに備えて回復役を用意しておくのは、今までの戦いの経験から導き出される当然の戦略ともいえた。

「その探し物、て一体何なの?」

 後ろでマーニャのめんどくさそうなため息の音がした。

「このマリア様の吹っ飛んだ頭と腕のことさ。絶対このどこかに落ちているはずなんだ」

 ミネアは、この瞬間決心した。どこまで伝わるか分からないが、クリフトにひとつだけ“物の道理”というやつを教えてやるわ、と。

「そうだ、確かマーニャは炎系の魔法が仕えたんだよな? だったらここら辺を照らしてみてくれよ。絶対、ここら辺に破片が飛んでいったはずなんだ」

 よかった。これで手間が省けた。もし向こうが言わなければ、ミネアの方から提案するつもりだった。

「分かったわ。マーニャ、ちょっと手伝ってやって」

 思いっきりキツイやつでね。ついでに目線でマーニャに伝えた。

 マーニャもはじめの一瞬だけ戸惑ったような顔をしていたが、すぐにミネアの意思を読み取った――ミネアもなかなかやるじゃない。

「それじゃあ、いくわよ。準備はいい?」

「ああ、準備万た――

「ベギラゴン」

 のたうち回る紅蓮の炎が照らしだのは、驚きと狂気が宿るクリフトの顔だけではなかった。クリフトは確かに見た。幻覚でなく、現実を。暗い壁の隅に転がっているマリア様の頭が、今にも真っ赤な炎に飲み込まれそうな光景を――痛いよぉ、助けて、クリフトおおお――クリフトは言葉にならない絶叫を上げて炎の中に飛び込んでいったが、すぐに炎はマリア様の顔を真っ赤に染めて、その無尽蔵な胃袋の中へと飲み込み、消え去っていった。

「なんてことしやがるんだ! このクソ売女!」

 他のどの言葉でもいい。アホとかバカとか、カスでもクズでも、マーニャは無視しただろう。だが売女だけは無視できなかった。さらにクリフトが罵倒語を並べ立てる前に、素早くクリフトの右手――そこにはマリア様の残骸も握られている――を掴んだ。

「あら、いまなんて仰ったのかしら? このお上品なレディに対して」

「お前のアソコはザーメンまみれのクサマンだ、て言ったんだよ、クソ売女!!」

「アタシがちょっと本気をだせば、アンタの右手もろとも、その薄汚いダッチワイフの残骸は灰になるわ」

「やってみろよ。やれるもんならな。その前にザキで即死させてやる」

「どっちにしても、このままアンタの右手を消しさる時間くらいはある。本当にいいの? そうなったら毎晩のおたのしみは左手でやらなきゃいけなくなるけど」

一瞬、クリフトはマーニャが何のことを言っているのか分からないといった表情だったが、すぐにピンときたようだった。

 それを見て、マーニャの顔に会心の笑みがじわりと広がった。

やれやれだわ。

 ミネアは二人のそばに歩み寄ると、フィギュアの残骸の上に手を置いた。

「二人とも、そこまで」

「ミネア、ちょっと――

(キチガイの言うことを真に受けたらだめじゃない、姉さん)

 ミネアはマーニャの耳元で、クリフトには聞こえないよう慎重に、そう囁いた。

「姉さん、さあ、手を離して」

 マーニャにはついカッと熱くなる癖があった。それは大抵の場合、カジノで負けが込んだときや、ごく稀に勝っているときにも発動して、有り金を全部なくすまで続く。

でも姉さん、ここのカジノは万が一にも負けられないのよ。だからわたしの言うとおりにして。

 ミネアの必死の訴えが通じたのか、マーニャはゆっくりと掴んだ手を離した。

「ふたりで俺をハメやがったな」

「聞いて、クリフト」ミネアが子供にさとすように言った。

「言い訳なんてどうでもいいんだ! 俺のマリア様を返せ!」

「それならすぐに返ってくるわ」

「そういうことを言えばとりあえず俺が納得するとでも思っているのか? どうやって一度消滅したものがかえってくるんだよ」

「地上に出た時、また買えばいいのよ」

「はあ? あれはな、この世に100体限定の貴重品なんだよ……いまじゃプレミアがついて何十万ゴールドって値段になってるだろうよ」

 本来、こういう人間に憐れみは高級すぎるのだが、今回ばかりはミネアも憐れみを禁じえなかった。自分がなぜここにいるのか、それすら分かってない。

「クリフト、このダンジョンの地下に何があるか分かってるの? 油田よ。それもトルネコの言うとおりなら、とてつもない大きさの。一人頭の分け前は少なく見積もっても数百億、数千億ゴールドは堅いでしょうね。もしかしたら兆の大台も突破するかもしれない。

分かった? わたしたちが今何を目指してこんなところにいるのかを。それだけの金があれば、残りのマリア様99体全部買い占めるなんて、薬草買い占めるのと同じなのよ」

 ミネアの“物の道理”を聞いて、今度はクリフトの顔にじわりと笑みが広がっていった。狂気とあらゆる俗な欲望をはらんだ薄汚い笑み。

 次から聖職者やめて“汚”職者にでもなれば?

 ミネアがそう考えているとも知らないで、クリフトは99体のマリア様に囲まれながらヤクをキめている様子を想像していた。

 

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