マッド・トルネコ   作:トラネコ

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過去編になります。舞台はダンジョンというより、もはや魔界ですけど……
人間界と魔界があって、その中間地点が不思議のダンジョン、という脳内設定になっております。ご了承くださいませ……



28.グレイト・ヴィレッジ1

 昔々、魔界のあるところにモンスターハウスがありました。モンスターたちが集まって生活している場所です。生活といっても、寝床のようなものでした。眠っているときは危険です。いつ襲われるかわかりません。だから、みんなで集まって眠れば、誰か悪い奴が侵入してきてもすぐ気づくことができる、そう考えてモンスターが集まったのがモンスターハウスです。

 しかし、そのうち寝ている間だけでなく、起きている間もみんなと協力して生活していけば、みんなが安全で豊かな生活を送れるようになるのではないか、と考えるようになりました。

 そうやってできたのがモンスター・ヴィレッジです。やがてヴィレッジはタウンへと大きくなり、やがていくつものタウンが連合してモンスター・カントリーが出来上がりました。カントリーはさらに発展していって、モンスター・キングダムになりました。

 そしてモンスターはみんな仲良く暮らしていければ良かったのですが、そうもいきませんでした。

 悲しいことに、モンスター・キングダム同士で争うようになったのです。さらに同じキングダムの中でもひどい差別やイジメが起きました。弱いモンスターは、強いモンスターに支配され、酷使されたのです。命を奪われるようなことはありませんでしたが、命と同じくらい大切な尊厳を奪われました。

 しかし強いモンスターの中にも、そんな現状を見かねた者がいました。

 グレイトドラゴンです。

 彼は若い頃、理想に燃えてあるモンスターの王国を変えようと思いました。自分の力で差別やイジメをなくそう、せめて少なくしようと思って、いっぱい勉強し、体も鍛えました。

 結果、彼は誰もが認める偉大なドラゴンになりました。その噂が広まり、王族ではないのにキングダムの要職につくこともできました。彼は地方の行政長官となり、ある地方を治めるよう、派遣されました。彼はそこで今まで思い描いてきた理想を実現するため、全力を尽くしました。

 まず、新しい法律を作りました。地方議会からは反対がありましたが、強権を発動して無理矢理法案を通したのです。本当はこんな強引なことをしたくなかったのですが、国を良くするために必ず必要だったと思ったので仕方なかったのです。それに奴隷制度は非人道的です。元々の性質として自由を好む魔物を、無理矢理仕事に縛り付けるのはよくないことです。そんな制度は廃止すべきです。彼の友人だったドラゴスライムは、奴隷の強制労働に耐え切れず死んでしまいました。死体はゴミ捨て場に無造作に捨てられ、雨晒しになっていました。それを見たグレイトドラゴンは雨の中、墓を掘ってそっと埋葬してあげました。そして誓ったのです、他の死んだ奴隷は埋葬できなかったが、必ず彼らのために奴隷制度をなくしてやろうと。それこそが彼らに対する最大の鎮魂だと。

 そうやって反対は大きかったものの、理想への第一歩を踏み出したグレイトドラゴンですが、そんな彼にさっそく試練が立ちふさがりました。

 中央から派遣されてきた監督官、ゴールデンゴーレムです。こいつはとっても嫌な奴で、強さと権力を傘に威張り散らすだけが能の一番嫌いなタイプのモンスターでした。それでも魔王の使者である以上、丁重にもてなさなければなりません。

 とりあえず、使者に椅子を勧め、召使に命じて紅茶を出しました。かつては奴隷を使っていましたが、もう解放されたので新たな召使を雇ったのです。

「遠いところからご苦労さまです。まずはご一服を」

 使者はギロリとグレイトドラゴンを睨みました。体は鉱物でできているはずなのに、その目だけは生物のような感じがして気味が悪かったのですが、そんなことはおくびにも表情にださず、愛想笑いでお返ししました。

「ああ、ホンマおおきにやで、グレちゃん」

 言葉とは裏腹に、声は必要以上にドスが聞いていました。それにグレちゃんとは一体なんでしょう。友達でもないのに、大人としての礼儀も欠けているな、とグレちゃんは思いました。それに喋り方も気に入りませんでした。

「でもな、ワイはこんななりやから」

 と、ゴールデンゴーレムは自慢の四本足を見せながら言いました。

「椅子はいらんのや」

 代わりにこいつが魔王の椅子にでもなればいいのに、とグレちゃんは思ってしまいましたが、ひょっとしたら本当にそうなっているのかもしれません。だとしたら、この使者にもキッチリと道理を話せば自分の考えが通じるはずだ――そう思って気力を奮い立たせました。

「砂糖はいくつにいたしましょう?」

 召使のドラキーが遠慮がちに訪ねました。

「そうやな。わしゃ甘党やから、3つ入れてくれや。あとレモンもたっぷりと頼むで」

 召使は言われた通りにしました。チャポン、チャポン……と砂糖が赤茶色の渦の中へ飲み込まれてゆきます。召使が砂糖を入れ終わって、立ち去ろうとしたときです。

「ごめんやけど、やっぱりもう一個入れてくれへんか? なんせワシ、甘党やからな」

 召使は言われた通りにしました。

「最後にレモンももうちょっと入れてくれへんか? ストップ、て言ったら止めてや」

 一体、こいつは何をしたいのだろう? よほど紅茶にこだわりがあるのだろうか……グレちゃんにはその意図がわかりませんでした。

「ストップや!」

 ちょっと大きな声だったので召使のドラキーはビクッとなってレモンを絞る手を止めました。

「おお、ちょうどいい、ちょうどいい。いや、悪いな、わがまま言うてもうて。ホンマにありがとうな」

 召使のドラキーは空中で深々とお辞儀をすると、気を利かせてそのまま黙って立ち去りました。

 ドアがゆっくりと閉じてしばらくしてから、グレちゃんは軽く咳払いしながら話を切り出しました。

「それで、どういったご用件ですか?」

「ま、そやな。お互い隠し事せんと、単刀直入にいこうや、な? それがええやろ」

「ええ、そうですね。もちろん、私も正直になんでもお話しますよ」

 突然、パリンッ、という音が執務室に響き渡りました。あまりに突然のことだったので、それはゴールデンゴーレムが紅茶の入ったティーカップを、一口も飲まずにグレちゃんに投げつけたからだと知るまでに数秒かかりました。

「アツアツの紅茶の味はどうや?」

 ゴールデンゴーレムは今日初めて見せた表面上は満面の笑みで、表面上は優しくそう言いました。

 グレちゃんの皮膚は灼熱の炎も通さないので、紅茶ぐらいの熱さではなんともありません。砂糖でネバネバになった紅茶のせいで皮膚のウロコにシミができたのも、少しイラッとしましたがそれほど気になりはしませんでした。

 ただ、グレちゃんはこの行為によって自分の肉体ではなく、自分の精神そのものが冒涜されたように感じました。あの若い頃から持ち続けてきた理想を、自分を偉大たらしめているものを。それはとても嫌な感覚でした。体の奥から湧いてくるドロドロした熱い物体が、グレちゃん自身の皮膚を突き破りそうで、自分でも少し怖くなりました。

「なんや、さっきアンタ言うたよな。なんでも隠し事せんと正直に話すって。正直に言うてみいや、え?」

 グレちゃんは困り果ててしまいました。正直に感想を言えば、必ず争いになってしまいます。と言って、何か適当に言い繕うアイデアも思い浮かびません。

 気まずい沈黙が流れている間に、ノックとドアの開く音がしました。入ってきたのは、さっき紅茶をついだ召使のドラキーです。

「失礼します、いま何か大きな音がしたもので、様子を伺いに……あっ……!」

 召使いはグレちゃんの体に紅茶がへばりついているのを見て絶句しました。

「ひどい……一体何があったんですか! 大丈夫ですか?」

「ああ、私は平気だよ」

「すぐに掃除しますから、動かないで待っていてくださ――

 ボカッ! ドラキーは最後まで言う前に、気絶して床に伸びてしまいました。そう、ゴールデンゴーレムが長斧の柄を目にも止まらぬ速さで振って、ドラキーを叩き落としてしまったのです。

「ヘヘッ、見てみいや。こいつちょっと小突いただけで泡食って転がっとんで」

 そう言いながら痙攣して床に寝転がるドラキーの脇腹を、さらに柄で軽くつつきました。

「いい加減にしろ!」

 そう叫ぶと、グレちゃんは思わず長斧の柄を掴んで止めました。

「なんや、王の使者やぞ? 逆らうっちゅうんか?」

「こんなことが許されるわけがない!」

「はっ、何いうとんのや。許されへんっちゅうのは、お前のやった奴隷の解放のことやで!」

「なら私に直接言えばいい! 王の使者なら勝手に暴力をふるっていいのか?」

「ヘヘッ」

 ゴールデンゴーレムはいやらしい笑みを浮かべると、そっと長斧を下げました。

「やっと腹割って話す気になったようなや」

 ゴールデンゴーレムに、もはや攻撃する気はないようです。

「ああ、もう大丈夫だよ」

 グレちゃんはさっきまで長斧を掴んでいた手で、やさしくドラキーを包み込みました。意識はありませんでしたが、心臓の鼓動が厚い鱗からでも感じられ、グレちゃんはちょっとだけ安心しました。

「アンタは大甘や。甘党のワシからみても大甘なんやで」

「お前のようなケダモノが何を言うか! 今すぐここを立ち去れ! これ以上何かしでかすなら――

「じゃあ何するっちゅうんじゃい!!」

 ゴールデンゴーレムはグレちゃんの言葉を斧で切るみたいに断ち切りました。

「いいか、よく聞け。魔界はな、いま何人もの魔王が互いにしのぎを削っとるんや。それはそれは激しいドンパチがそこかしこで起こっとる。弱い者は生けていかれへん、厳しい世の中なんや。強いもんかてな、厳しい戦いに勝ち抜いて生きる権利を得とんねん。ホンマ言うたらこんな雑魚モンスターに生きる権利はあらへん。それでもうちの魔王様の温情で奴隷としてなら生かしてもらえるんや。

 それをなんや! お前のやったことは魔王様の温情にも唾を吐きかけとる。強いもんと弱いもんを平等に扱うやと? それやったら、今まで厳しい戦いをくぐり抜けてきた強いもんは、いったい何のために戦ってきたんや! お前こそ、その頭の中のしょうもない屁理屈を押し付けんな、ドアホが! お前の言っとることなんか、砂糖入れすぎた紅茶ほどの価値もないんやで!」

「そっちの言っていることこそ、強者のための方便ではないか! このまま弱者を虐げていても、結局は同じことの繰り返しだ! 強い者もいつ追い抜かれるか、そんなことに怯えながら生きていくのが、そんなにいいことなのか? そんな移ろいゆく一部の強者のための体制が、長続きすると本気で思っているのか?」

「もうええわ。だいたいワシは魔王の使者であって、お前さんと政治談義するために来たわけちゃうねん。さっさと要件だけ伝えておくから、いい加減目覚ましたほうがいいで」

ゴールデンゴーレムは、机の上にバサっと便箋を投げました。

「魔王からの召喚命令や。お前さんがなんでこの地に派遣されたか知っとるか?」

 もちろんグレちゃんは知っていました。グレちゃんの任地は前線から離れた後背地で、主に武器、食料といった兵站を担っていました。しかし最近になっていろんな物品の生産が落ちてきていたのです。

「それをお前にどないかせえっちゅう話やったんやけど、お前のせいでそれもガタガタや。奴隷を解放してもうたせいでな」

「確かに、急に奴隷を解放すれば生産は落ちるだろう。だがこれ以上奴隷に強制労働させたところで、生産の回復などできるわけがない。長期的な視点で見れば、奴隷制度をなくした方が生産は伸びる。未来に希望があれば、みんなもっとやる気をだして働いてくれるのだ」

 ドシンッ! 大きな音が、執務室の中で反響しました。ゴールデンゴーレムが自慢の長斧でテーブルを両断してしまったからです。

「お前の経営哲学はもうええっちゅうとんねん。長期的とか言うけどな、物資が必要なのは今、この瞬間なんや!」

「現場を見てもらえば私の言ったことが分かってもらえるはずだ」

「お前こそ戦場の現場を見てみい! なんべんでも言うたるわ、武器や食料が欲しいのは今、この瞬間なんや! お前のいう長期的視点に立ったら全員討ち死にじゃ、クソボケッ!」

 ゴールデンゴーレムは便箋を指しながら、さらに言いました。

「まあ、とにかく、魔王から召喚命令が来とる。もうお前はこの瞬間から地方長官の任を解かれることになるっちゅうわけやな。お勤めご苦労さんやで」

 もちろん、その言葉に労わりの気持ちなど微塵もありませんでした。

「せいぜい魔王様の目の前でも今と同じことが言えるように、よう練習しとけや。あと一応言っとこか。ワイも鬼やない。包んでくれたらちょっとは手加減して報告したるけど、どうや?」

 言わずもがなでしょう。ただでさえ賄賂などという汚らしい行為が大ッ嫌いなのに、こんなチンピラみたいな奴に渡すわけがありません。

「ふん、交渉決裂みたいやな」

 ゴールデンゴーレムはそう言ってから床に刺さったままの長斧を引っこ抜くと、四本足を器用に動かして走り去ってゆきました。

 ようやく一難立ち去ったことを認識すると、グレちゃんは手の中のドラキーに目を落としました。

「う……うぅん……」

「大丈夫かい?」

 そっと優しく声をかけます。よかった、無事なようでした。怪我ならホイミスライムを呼べばすぐに治してくれるでしょう。

「うぅ……ん……あぁ、シーザーさん……ぼく、また役にたてなかったみたいですね……」

「いいや、お前は本当によくやったよ。私が自慢に思うくらいにね」

「いいんです、もう……」

「なんのことだい?」

「もういいんです……結局、ぼくたちは平等じゃないんです……」

 シーザーは、一瞬言葉に詰まりました。

 そんなことはない!

 シーザーは心の中で叫びましたが、それはどうしても口に出てきませんでした。

「みんな同じ形をしている人間ですら平等じゃないんです。違う姿かたちをしたモンスターなんて、絶対平等じゃなかったんだ……」

「本当の価値は、姿かたちの中にあるわけじゃない」

「ええ、そうですね……でも、もう諦めさせてください。ぼくたちは、シーザーさんみたいに強くない……それに……」

 シーザーは、ただ黙って次の言葉を待ちました。

「シーザーさんが傷ついていくのをもう見たくない……シーザーさんの中にある本当の価値や、希望や、理想とかが……汚されてゆくのを……本当に偉大なものが堕ちていくのを……」

「本当の価値のために傷つくなら、私は本望だ。そんなことを気に病む必要なんてないよ。さ、もうお休み。今日はちょっといろんなことが起こったから。傷を治してゆっくり休むんだ」

「ぼくも、解放してもらった奴隷も、みんな忘れません……シーザーさんが戦ってくれたことを。たとえ一瞬でも自由になれたんだ……もうそれだけで、十分です……」

「もう休むんだ。今日のことはまた後で考えよう……」

 シーザーはホイミスライムを呼んで治療してもらうと、ドラキーを医務室のベッドに運び込みました。

 ドラキーは安らかな顔で眠っています。

 自分にこの先、彼らを守ってゆくことができるのだろうか?

 帰り道、シーザーは自問自答しました。しかし、答えは見つかりませんでした。いえ、正確にいうと、答えはもう出ていました。ただ認めたくない一心で今まで考えてこなかっ ただけで、本当はもう分かっていました。

 結局、自分の考えていたことはただの夢に過ぎないことだと……

 

 

 その夜、シーザーは今までにないくらい泣きました。静寂の中、ただただ涙だけが流れ続けました。

 

 

 結局、シーザーは地方長官を解職されました。一応、魔王の前でも必死に持論を述べましたが、それが魔王やその側近の心を打つことはありませんでした。

 魔王はかつて心優しい魔族で人間とも交流していたと聞いていたので期待したのですが、それも無駄でした。

 魔王から厄介払いされたシーザーは、どうしようかと迷いました。このまま自分の理想を捨て去って、夢を夢として諦めてしまうのか。

 諦めるのは辛いことですが、そこさえ乗り越えれば後は楽でしょう。シーザーの力と知恵なら、他にいくらでも生きてゆく術はあります。戦場で戦果を求めるのもいいでしょう。魔王にも今度は兵士になってみることを勧められました。

 しかし、それで自分は満足するのだろうか。強さだけを求めて自分を駆り立てて、ひたすら殺戮するマシーンに徹する……そんな状態こそ、死んでいるのと何ら変わりないのではないか? 

 シーザーはそう思いました。では、だから何かアテがあるかというと、それもありません。

 シーザーは困り果てました。

 シーザーはしばらくどうしていいか呆然としていましたが、理想や夢のカケラが彼を自然と突き動かしました。いま自分に出来ることはなんなのか? なるべく理想に適って、それでいて今すぐ始められることは一体なんなのか。

 そうしている内にも、元の任官地では奴隷制が復活していました。シーザーはさらに焦りました。とにかく図書館へ行っていっぱい本を読んで勉強し直しました。さらにいろんなモンスターにもいい知恵がないか聞いて回りました。

 そうした結果、シーザーはこの魔物社会がどうやって出来上がったのか知りました。

 そうだ、だったら最初から自分の理想とする社会を作ってしまえばいい。

 シーザーはそう結論を出しました。無論、長い時間がかかるでしょうが、幸いにも魔物の寿命は無限に近いのでいつかは夢の叶う日を迎えられるかもしれません。それにこれなら今すぐ奴隷をちょっとずつでも助けることができます。一気に全部の奴隷を救うことはできませんが、それなら徐々に救うモンスターの数を増やしていけばいい。そのうち自分の作ったグレイト・リパブリック(とシーザーは呼ぶことにしました。本当はヴィレッジほどの規模もなかったのですが、どうせなら名前だけでも景気よくいきたいと思ったのです)が認められれば、他のキングダムもその制度を真似するかもしれません。もっと発展して本当にリパブリックになるかもしれませんが、そこまでは今のところは考えないようにしました。とにかく、まずはなるべく多くの奴隷を救い出して生活していけるようにするのが先決です。

 そう決めると、シーザーはすぐに行動に移しました。

 まず、村を建設するのに必要な資金を集めることから始めました。戦闘には参加したくなかったのですが、やはり実入りがいいのも戦闘関連です。とはいえ、直接参加することは嫌だったので、得意の飛行能力を生かして輸送部隊で働くことにしました。シーザーの輸送能力ならたくさんのゴールドを稼ぐことができました。さらにこの輸送部隊は戦闘とは直接関係ないので、弱いモンスターが奴隷として使われていました。また、怪我などの後遺症で戦闘に参加できなくなったモンスターもいて、シーザーに色々考えさせるきっかけになりました。いろんな土地を移動するので、その土地々々で様々なモンスターとも会うこともできました。

 シーザーは出会った奴隷のモンスターに自分の理想を語り、この新しい集落に参加しないか、と呼びかけていきました。

 むろん、まだ形にもなってないものなので、大半は胡散臭く思って信じてくれませんでした。しかし、中にはシーザーの語る理想に惹かれて参加したいと答えてくれるモンスターも、まだまだ少数ですが確実に増えていきました。

そうやって資金やモンスターを集めながら、村を経営するノウハウなども着実に学んでいきました。

 そして、ついにそれを実行に移す時がやってきたのです。

 

 

 そこは辺鄙な土地でした。かつては大規模な農園が経営されていたのですが、土地のことを考えない無理矢理な増産によって、今は荒地と化していました。

 まずはここを農地として再生し、生活の糧を得られるようにすることが先決です。

 最初は数匹のモンスターと一緒に、シーザーは頑張って働きました。自分も奴隷と、いや、元奴隷と全く同じ仕事をして、みんなでこの村のために頑張りました。

 結果、最初の収穫でとりあえず最初にやってきた十数匹のモンスターが食っていける分は確保できました。あとはこれをどんどん広げていけばいいのです。

 収穫物のうち、食べる分は蓄え、来年に種として蒔く分は残しました。残りは売ってゴールドに替えました。ゴールドはわずかですが、それを全員で平等に分けました。

「もらってもいいんですか?」

 いたずらモグラがそうたずねました。

「いいに決まってるじゃないか。君たちは文句も言わずによく働いてくれたんだ。これくらいの報酬は当然だよ。それに、君の土を掘り返す技術は、荒地を耕すときに大いに役に立った。これからも頑張ればもっと増えるぞ」

「やったぁ!」

 みんな大喜びです。シーザーも笑顔でそれを眺めていました。本当に見たかった光景が、ここにはありました。

 しかし、シーザーの心の中には不安がありました。最初にある程度の成果が出たのは喜ばしいのですが、来年に天候不順などに見舞われればすぐに村は潰れてしまうことでしょう。本当はゴールドも分け与えずに村の貯蓄として貯めておきたかったのですが、どうしても理想の方が優先されてしまったのです。それに全部村のものとして貯めてしまえば、 結局やっていることはキングダムと同じになってしまいます。

 最初は理想を曲げてでも村を軌道に乗せるべきかと悩んでいましたが、みんなの笑顔を見るとこれはこれで良かったのだ、と思うことにしました。少なくとも、自分の理想は正しかったことは証明されたのですから。

 ところが、翌年にさっそく心配したことが現実になりました。

 天候不順で雨が全く降らないのです。困り果てましたが、そこは輸送隊時代に知り合った井戸魔人やあめふらしを呼び、また前年の報酬でやる気を出したモンスターの努力のかいもあって、見事に前年以上の収穫を上げることができました。また、農地を少しですがさらに広げることができたのも大きいことでした。

 このときの決議によって、収穫物の一部をいざというときのために蓄えておくことも決められました。決議は全員の平等な投票によって決められました。

 モンスターたちはみんな喜びました。

 それを見た井戸魔人やあめふらしも、本当は報酬だけもらって帰るつもりだったのですが、村に残ることにしました。

 こうして村のだいたいの形が出来上がり、やがてシーザーの偉大さと、それを盛り上げるモンスターたちの噂が、さらにモンスターを呼んで村は大きく発展していったのです。

(『グレイト・ヴィレッジの歴史』より)

 

 

 ポポロはそこまで読むと、紅茶を持ってきたドラキーに視線を向けました。

「ひょっとしてここにでてくるドラキーって君のことなの?」

 ドラキーは少し照れくさそうにしつつも、

「まあね」

 と笑いながら答えました。

「やっぱりバレちゃったか」

「当たり前じゃないか。僕がこの村に初めて来たとき、君が言った『姿かたちに本当の価値はない』ていう台詞は、ここからきていたんだね」

「うん、そうなんだ」

「すごいや。人間でも中々そう言う人はいないよ」

 ポポロの感心極まりない視線を身に受け、ドラキーはますます恥ずかしくなりました。しかし、それは全然不愉快ではありませんでした。ちょっとくすぐられるような感じに似ています。

「いや、僕だって最初は半信半疑だったんだ。だけど、シーザーさんが本気でこの村づくりにとりかかってから、僕たちもだんだんそれを信じるようになっていったのさ」

「人間にもシーザーさんみたいな人がいればなぁ……」

 ポポロは遠くを眺めるような目つきでしみじみとそう言いました。並ぶ本棚の向こう側に、憧れそのものがあるかのように。

「君がそうなればいいんだよ」

 低い、威厳のある、それでいて限りない優しさがこもった声がそう語りかけました。

「あ、シーザーさん! おかえりなさい。今日の買い出しはどうでした?」

 ドラキーはシーザーのところへ喜んで飛び寄りました。ポポロも微笑ましい表情でこの光景を眺めています。

「最近は物価が上がって大変だよ。そんなことより、ポポロ君。君はまだ若い。これから努力すればもっと偉くなれるさ。もちろん、私なんかよりね」

「僕には多分無理ですよ。シーザーさんみたいに強くないから」

 ポポロはため息混じりにそう言いながら、パタリと本を閉じました。そこには諦めがありました。シーザーにはよくわかります。自分が何の価値もなくなったような、そんな喪失感を。

「私のどこが強いというのかね?」

「灼熱や吹雪を吹いたり、空を飛んだり、力や身の守りのステータスも高いし、それに頭もいいじゃないですか」

「そんなことは全部表面的な強さに過ぎないんだよ。“本当の強さ”はまた別なのだ」

「それでも表面的に強いだけだとしても“弱い”よりかマシでしょう?」

「いいや、そんなことはない。私は見てきたんだ。“本当の強さ”を失ったものが、やがて修羅と成り果てて朽ちてゆくのを……昔から、嫌というほどね。“本当の強さ”に裏付けされない表面的な強さなど、むしろ害悪でしかないんだ」

「じゃあ、その本当の強さってなんですか?」

 ポポロがシーザーの目を見つめながらそう問い返しました。その瞳の中に宿る切実な思いを見ると、シーザーは昔の自分を思い出しました。あの、挫折した昔の自分を。

「それは言葉にするのは難しい。ただ、一つだけヒントを言えるのなら、それは“受け入れること”だと思っている」

「受け入れる?」

「そうだよ。みんな違っている、その違いを受け入れるんだ。これが簡単なようですごく難しい。みんな姿かたちで判断してしまうんだ」

 ポポロはそれを聞くと、何か深く考えるようにして目線を本の表紙に落としました。

「まあ、ポポロ君にはまだ分からないだろう。今はわからなくても仕方ない。これから学んでいけばいいのさ」

「でも、僕には受け入れられない人がいます。あの人だけは何があっても絶対……」

 沈痛な空気が辺りを支配しました。

「実をいうと、私にもそういう者がいるんだよ。だから、私もまだ完全に強くはない。いや、もしかしたらそんな“完全な強さ”を持ったものなどいないのかもしれない。でも、そこになるべく近づけるように努力していくことが大事なんだよ」

 シーザーはいまだにあのゴールデンゴーレムの話を夢に見るときがあります。彼は今頃どうしているのだろう? やっぱりあのままなのだろうか。それとも彼はもう、強さを求めることに挫折したのだろうか。

「この本、ちょっと借りてもいいですか? シーザーさんの言っていること、正直って僕にはまだよく分かりません。でも、この本を読んでシーザーさんがやってきたことを知れば、何かわかってくるかもしれない、て思うんです」

 ポポロはまたシーザーのほうに視線をあげてそう言いました。その目には相変わらず切実な表情がありましたが、ちょっとだけ希望もありました。この希望に応えられるだろうか。それだけが不安でした。自分のやってきたことで、はたしてこの子を救えるのだろうか。でも、今更心配ばかりしても仕方ありません。最後はこの子自身の足で歩んでいくしかないのですから。その時にどんな結論を出したとしても、自分は受け入れてやろう。シーザーはそう思いました。

「ああ、もちろんいいとも。君は勉強熱心ないい子だね」

「どうしてこんないい子が虐待なんか……」

 ドラキーは思わず口にしてしまいました。

「あ……ごめん、思い出させるようなこと言っちゃって……」

 急にポポロの目が曇り、それからすぐに視線を落として、まるで本に語りかけるようにしてポポロは言いました。

「いいんだ。僕は悪い子だから……」

 それっきり、アストロンで固まったように動きません。シーザーは本当に思い出してしまったのかもしれない、と心配になりました。

「こら、そんな自分を責めるようなことを言ってはいけないよ。君が悪い子なんて大嘘さ」

「だっていつもそう言われてたから……」

「とにかく、ここではもうそんなことは忘れるんだ、いいね。悪い子なんて、何の意味もないただの言葉に過ぎない」

「ええ……そうですね。それじゃあ、ちょっと小屋に戻ってじっくり読んでもいいですか?」

「ああ、今日はもう仕事もないし、そうしなさい」

 グレイトドラゴンは微笑を浮かべてポポロを送り出しました。途中、ポポロがこちらを振り返って微笑を返しました。それを見て、何が何でもあの子を守ってやろう、とシーザーは決心しました。

 

 

 そうしてポポロはモンスターたちから与えられた小屋に入り、後ろ手にしてドアを閉めて鍵をかけた。借りてきた本を乱雑に机の上に放り投げると、ランプに火を灯した。

 椅子を引いて腰をかけ、足を机の上に置いて組んだ。

 しばらく顔を手で覆いながら、震えていたが、それは今までのつらい経験を思い出したからではなく、さっきのやり取りを思い出して笑っていたからだった。

「あはははは!」

 思わず声が漏れてしまった。今の自分の演技が思った以上に完璧だったことに深い満足感も覚えた。

 それにしても、ここのモンスターどもはバカばっかりだ。

『姿かたちに本当の価値はない』

 思い出して口元が歪んだ。まあ、これが「見た目で判断するな」という意味ならこの言葉は非常に学ぶべきものになるだろう。それはおいおいここのモンスターが高い授業料を払って学んでいくことになる予定だが――学んだところでそれを生かすことはきっとできないだろうなあ、とポポロは考え、そこまで考えるとまたしても笑いが止まらなくなった。

 それにしてもあのドラキー、まるで巨大なウンコにたかるハエみたいだったな。

 あれはいらないモンスターだ。ただし、ポポロは今までどんなモンスターも受け入れてきた“強さ”を持っているので、用済みになるまでは受け入れてやろうと考えていた。

 そう、今までモンスター使いとしての素質を生かして様々なモンスターを使役してきたが、そのどれもが戦力というには決め手を欠いていた。冒険者駆け出しのポポロはまだダンジョンの低い階層しか探索できず、それゆえ弱いモンスターしか仲間にできないから当然といえば当然なのだが、ポポロは焦っていた。

 じっくり時間をかけてダンジョンを攻略していければ、それにこしたことはない。だが、ポポロにはその時間が惜しかった。そんなチンタラしていては、ネネ――あのクソババア――が全ての商店街の店を駆逐してしまうだろう。そうなったら自分の負けだ。

 負けないためには、何が何でもダンジョン深くまで潜れるようにならなくてはならない。しかも、それは前提条件であり、そこからさらにレアアイテムを集めなければならない。

 が、何にせよまずはダンジョンの奥に潜れなければ話にならない。ポポロ自身の戦闘能力はそれほど高くないのは、自覚していた。だから仲間モンスターの出番なのだが、それが弱いモンスターしかいないのだ。弱いモンスターでも、将来レベルを上げれば強くなるモンスターもいる。スライムナイトはその代表例だろう。ポポロも何匹か仲間にしているが、強くなるまでには膨大な経験値が必要だ。それに装備させる武器や防具も。それらを全て揃えている暇が惜しい。どこかに強いモンスターが転がっていないか――そう躍起になって調べてたどり着いたのがこの村だった。すでにモンスター使いの間では噂にはなっていたのだが、なにせグレイトドラゴンが守護神のように守っているせいで、普通のモンスター使いには近づくこともできない。

 だが、ポポロはここで自分が子供であることを感謝した。か弱い子供を演じれば、もしかしたら入れてくれるかもしれない――読みは的中した。噂から、すでにこの村が弱者保護のための村だと分かっていたからだ。懸念といえば“人間”を受け入れてくれるかどうかだけだったが、それもあのアホドラキーが「姿かたちに本当の価値はない」という、自分から言いだせば胡散臭くて信用されなかったことをわざわざ言ってくれたおかげですんなり村に迎え入れられることができた。さらに作り話で両親から虐待を受けて家出してきた、という設定にした。実際は暴力的な虐待などは受けたことなどないのだが、冒険者は生傷がたえないため、冒険でついたあざなんかを見せてやれば一発で信じた。

 まあ、とにかく、村への潜入は見事成功したし、信用も早期に得ることができた。

 第一歩としては上出来だろう。

 あとはどうやって目当てのモンスターを仲間にするか――それが最大の課題だ。

 通常、モンスターを仲間にするには一旦倒さなければならない。そうやって強さを認めさせ、弱ったところにつけこんで洗脳する。これが一番確実な常套手段なのだが――あのグレイトドラゴンには、それは通用しそうになかった。あいつを倒せるモンスターを、ポポロは持っていなかった。

 本丸の守備が硬いなら、外堀から埋めていく――この作戦でいこう。細部はまだ詰め切ってないが、だいたいの計画はできていた。あとはこの村に他に使えそうなモンスターがいないか調べておくことだろう。ターゲットをあぶり出し、絞り込む。そしてさらに計画の細部を詰めるために、この村の歴史にも目を通しておかねばならない。

 このくだらない、説教臭い本にまた目を通すのははっきり言ってかなり骨の折れる作業だった。学校の教科書でももう少しマシな書き方をしているものだが、まあこれも仕方ない。さっきも思わず眠気に負けそうになって気分転換に周囲を見たらドラキーが紅茶を持ってきたから、さらに信用を得て親密になるために話しかけた。そこにタイミングよくシーザーまでやってきたのはますます都合がよかった。一気に目標のモンスターとの親密度を上げることに成功した。

 だが、反省点もある。最後に振り返ったとき、あまりにそれまでの演技がうまくいったので微笑むつもりが思わずほくそ笑んでいたことだ。距離が遠かったから気づかれなかったものの、あのような致命的ミスをやつらの目の前で犯したなら、これはもうかなりヤバイことになりそうだ。いくら信用を得たといっても、まだまだ日は浅い。今一度、気を引き締めて慎重にことを進めなければならないだろう。

 よしっと。

 ポポロはそこまで考えると、机の上で組んでいた足を下ろして、本の表紙を開いた。

この本には、まだまだ学ぶべき情報がある。それだけは確かなのだから。

だから、しばらくは眠気を抑えて我慢しなきゃね。

 さっき読んだところまでページを繰ると、ポポロの目線はまたしても文字列を追いかけ始めた。

 

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