マッド・トルネコ   作:トラネコ

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29.グレイト・ヴィレッジ2

 そうして村はどんどん発展していきました。農地も広がり、単位面積あたりの収穫量も大幅に増えました。しかし、一つだけ問題点がありました。モンスターが増えてくるに連れて、生活必需品を買い集める必要が出てきたのですが、これを農作物の収入だけで補うのはかなり無理がある、ということです。たとえば農業で使う鋤や鍬を作ってくれる鍛冶屋のような人がいれば、助かるのに……そう思っていたところ、ひとりのギガンテスがやってきました。ギガンテスは魔物の中でもトップクラスの屈強さをほこる種族です。まだ魔界は乱世だったので、ギガンテスみたいな戦闘種族がやってくるとは誰も思っていませんでした。最初はこの村を襲いに来たのかと思って、シーザー以外のモンスターは家の中に引っ込んでしまったくらいです。

 ところが、シーザーがよくよく話を聞いてみると、このギガンテスはかわいそうな境遇だったことがわかりました。

 ギガンテスのギーガは、最初はみんなが思っていたような凶暴な兵士でした。魔界の魔王同士の戦いに明け暮れ、どれだけたくさんのモンスターを殺して戦果をあげるかが生きる目的でした。それがある日、崩れ去ってしまったのです。

 ギーガは、ある砦の守備を任されていました。しかし、その任務自体が仕掛けられたワナだったのです。敵軍の前線に近いところで、僅かな守備兵しか与えられませんでした。それでも、命令なので断ることはできません。

 案の定、敵の大軍が砦に攻めてきました。ギーガは友人と一緒によく奮戦しましたが、多勢に無勢。さらにマヌーサなどの魔法のせいで思うように攻撃することすらできなくなりました。それでもさすがに腕に覚えのある兵士なのでしばらくは敵軍を食い止めてはいましたが、やがて奮戦虚しく負けてしまいました。その際に大切な友人を失いました。敗戦の責任は問われなかったものの、戦闘中の怪我でしばらく戦えないようになってしまいました。そんなギーガを、仲間のモンスターは慰めるどころか逆にライバルを追い落とすチャンスと思っていたのです。陰湿なイジメが始まりました。役立たずは飯を食うなと言われ、兵糧すらもらえなかったときもありました。

 そしてこの砦守備作戦そのものが、ギーガの功績を妬んだ上司が仕組んだものであることを知りました。他のモンスターも薄々感づいていましたが、落ち目のギーガを助けるよりも上司のほうへゴマをすったほうがいいに決まっています。

 ギーガはそんな様子を見て、自分はこんなくだらないことのために戦っていたのかと痛感したのです。そしてこんなくだらないことはもうやめにしよう。それより何か死んだ友人に喜んでもらえるようなことをしようと心に決めました。

 ギーガは昔からの夢だった鍛冶屋になろうと思い立ちました。元々力はあるのでそういった仕事は得意ですし、いつか伝説の武器を作れるような、伝説の鍛冶屋になるのが夢だったのです。時代の要請で兵士になりましたが、それに愛想が尽きた今なら鍛冶屋も悪くないでしょう。

 ただ、鍛冶屋といっても戦争の道具として使われる鍛冶屋なら嫌でした。くだらない戦争のために武器を作るなら、やっていることは何ら変わりありません。何かもっと夢を実現するにふさわしい場所はないか、魔界を放浪しながら探しました。

 そうしているうちに、ギーガはグレイト・ヴィレッジの噂を耳にしたのです。ここなら何か期待できそうだ、とギーガは思いました。少なくとも戦争に駆り出される、利用されることはないのだけは確かです。

 最初は半信半疑で訪れたのですが、シーザーと話し合ううちにこここそ、自分の残りの魔生を捧げるにふさわしい場所だと感じました。

 しかし、それでも最初は不満がありました。それというのも、ときどき村を大きくするために農業に駆り出されることがあるからです。好きに鍛冶に打ち込みたかったギーガにとって農業はさして興味のないことでした。

 元々寡黙であまり表情を表にださないタイプだったのですが、そんなギーガがムスっとしながら作業していると、他のモンスターは怯えてしまいます。

 しかし、農作業用の農耕具などを作ってもらったおかげで作物の出来は上出来でした。

今年の豊作はギーガの活躍があってこそだったので、みんな収穫物を惜しみなく分け与えました。また、子供たちが花壇で作った花などもプレゼントしました。そうしていくうちにだんだんとギーガも村人と打ち明けていくようになりました。

 そうやって、ギーガは初めて気づきました。自分の心がそれまでどれだけ荒んでいたのか。そういう生きていて当然味わえる喜びというものを、戦闘に明け暮れていたギーガは初めて知ったのです――(『グレイト・ヴィレッジの歴史』より)

 

 

 それから先も夜がふけるまで眠気に耐えながら本を読んでいたが、使えそうなモンスターは村長のグレイトドラゴンとギガンテスくらいだった。もう少しくらいいてくれても良かったのだが、まずは二匹で十分だろう。他はこの二匹を仲間に引き込むための撒き餌と割り切って行動すべきだ。

 さて、まずはその撒き餌を手懐けるところからはじめるとするか……

 ポポロは保存の壺を取り出して、中を覗いた。

 あるある。新鮮な霜降り肉がわんさか。味付けにはちょっとした麻薬を使ってある。これはマタタビのようなもので、人間には効果がないが、モンスターには効果抜群、というスグレモノだった。

 この麻薬漬け霜降り肉、高かったなぁ。ぼったくり価格だよ。でもまあ、いっか。父さんも言ってたしね。「先行投資でケチる奴はいい収穫祭を迎えられない」って。

そしてこれと同じ保存の壺はまだ6つある。それを見て、ポポロは盛大な収穫祭になりそうだと期待に胸をふくらませた。

 

 

「おはようございます」

 ポポロは、爽やかな朝の陽光を受けて黄金色に輝くシーザーに元気よく挨拶しました。

「やあ、おはよう、ポポロ君。借りた本は読んだのかい?」

「ええ、もう全部読んだので、返しに来ました」

「全部? えらく早く読み終えたんだね」

 シーザーはちょっと驚きました。

「ええ、全部読みました。特にギガンテスさんの項目は、かなり印象的でした。元兵士の心の再生が語られていて、本当の強さがなんなのか、なんとなくですけどわかったような気がします」

「ああ、それはよかったよ。ただし、それはあくまで本を読んで得た知識に過ぎない。本当に理解できるかどうかは、ポポロ君のこれからの行動しだいなんだ」

「ええ、それはもちろんですね。僕も、読んだだけで全部分かったわけでもないですし」

 きっとこの子ならなんとか立ち直っていけるのではないか、とシーザーはちょっと明るい気持ちになりました。それは爽やかな朝日の影響もあったのかもしれませんが、ここまで聡明な子供はシーザーも見たことがありませんでした。

「本、返しときますね」

「ああ、それは私が返しておこう。それより、ギーガ本人に会いたくないかい?」

「え……うーん……」

「おや、どうしたんだい?」

「いえ、なんていうか、ギーガさん、けっこう気難しい人なんじゃ……初対面だし、新入りの僕にちゃんと会ってくれるかなって……」

 やはり虐待の経験からでしょうか。シーザーはそう考えると少し悲しくなりました。子供が無条件で一番信頼している親が、その子供を裏切るなんて――とても信じられません。それが子供を人間不信にさせる――少なくとも、ポポロの場合はその一歩手前まできていたのかもしれません。そう考えると、なんて酷いことだと思わずにはいられませんでした。そして、自分や村が立ち直るために少しでも手助けができれば、とも。

「なあに、そんな心配は無用だ。確かに、少し気難しいところはあるが、それ以上に優しい人だ。そんな心配は全くの杞憂だよ」

「ならぜひ会ってみたいです」

「ああ、早速会いに行くといい。ポポロ君はまだ来たばかりだし、村のこともよく分からないだろうから、まずはこの村がどういう村なのかを知ってほしい。仕事はそのあとゆっくり覚えていけばいい。とはいえ、ひとりで行くのも確かに気が引けるだろうから誰か案内役を付けるとしようか」

 シーザーはそばにいたドラキーに命じてネックを呼びに行かせました。

「やあ、おはよう、シーザーさん。今日は朝から魔法の稽古をつけてくれるのかい?」

 出てきたのはライオネックでした。人間年齢で換算するとポポロよりいくつか年上という程度でしょうか。まだ完全に大人にはなっていませんが、すでに堂々とした体格をしています。

「お前は本当に戦うことばかりだな。もう少しポポロ君を見習ったらどうだ? あの本もポポロ君は昨日借りて今日には読み終えて返してきた」

「ええ、あんな面白くもない本を一日で読んじまうなんて頭がどうかしてるぜ!」

「こら、目の前にいる作者にも読者にも失礼ではないか!」

 シーザーがちょっとだけ怒りました。まあ、案外本気で怒っていたのかもしれませんが。

「それよりネック、君に頼みたいことがあるのだよ。最近村に入ってきたポポロ君の案内をしてくれないか?」

「なあんだ、そんなことですか」

 ネックはつかつかとポポロの目の前に歩み寄ると、たくましい手を前に差し出しました。

「俺はネック。あんたの案内役を務めさせてもらうことになった。よろしくな。わからないことがあったらなんでもきいてくれてかまわないぜ」

 しかし、ポポロは呆然とネックを眺めるだけです。その様子はどうしていいか分からない、というよりも本当に心ここにあらず、といった感じでした。

「あ、ごめん。まさか本物のライオネックをこんな間近で見られるなんて、ちょっとビックリしちゃって」

 そういうとポポロはネックの差し出した手をガッチリつかみ返しました。

「村の歴史を書いたあの本にも君のことは載ってなかったから」

「ああ、まだ俺の輝かしい歴史が刻まれてないっていうのかよ」

 シーザーはため息をつきました。

「お前は本当に性懲りもないやつだな。自信家ぶるのは、せめて私より強くなってからにした方がいいぞ。それにお前はこの村に来て3年も経ってないじゃないか。まだ歴史にするには早すぎるだろう」

「ああ、シーザーさん、すげえいい人だけどちょっと頭が硬すぎんぜ。あの本、俺のことを書いてもっと面白くしたほうがいいと思うんだよ。だいたい、デスピサロによる魔界統一までしか記録してないっていうのもおかしいし。それ以降の魔界も色々あったし、村人も色々入ってきたんだからさ、もっと書く事あるじゃんかよぉ」

「うぅむ……まあ、お前のことを書いたところで面白くならんとは思うが……魔族は寿命が永遠に近いし、私も忙しくて書く暇がないからな。ついつい執筆が後回しになってしまう」

「まあ、仕方ねえか。いざとなったら俺が自伝を出版するまでだ」

「なら今から勉強を教えようか? お前の文章では自伝を書くどころか自己紹介も怪しいところだ」

「いやー、それは遠慮しまーす! それより、ポポロの案内があるんだろ? さっさと出かけようぜ」

「おっと、お前と話をしているとついつい長話になってしまう。そうだな、早くいっておいで」

「とりあえず、最初はどこに案内すればいいんだ?」

「ギーガさんのところへ、お願いします」

 ポポロが遠慮がちに言いました。

「ああ、あのオヤジのところか。アイツも相当ヤバイやつだよなぁ。まあ、俺には及ばねえけどよ」

「ネックさんはそんなにヤバイんですか?」

 ポポロはとても関心があるようでした。

「ああ。俺は将来、魔勇者になってこの世の魔王を全部倒してやるんだ。だから、将来の魔界の貴公子と仲良くなるなら今がチャンスだぜ。なった後じゃあ、もう取り巻きがうるさくて到底仲良しにはなれないだろうからな」

「え、でも魔王はもう死んじゃったんじゃ……デスピサロも、その後に生命の秘法で魔王になったエビルプリーストも……」

「まあ、人間じゃそこまでしか知らないよな。実は、その後魔王の執事であるヘルバトラーたちが魔界を勝手に分断して戦争を始めやがったんだ。しかも勝手に魔王を名乗ってる。俺から言わせてもらうと、所詮執事は執事だから魔王として力不足で――

「こら、ネック! 朝早くに君を呼んだのはポポロに演説を聴かせるためじゃないんだぞ。口ばかり動かしてないで、早く案内してあげなさい」

「あー、そうでした。すぐに案内します! まあ、ポポロ、続きは道中でゆっくり聞かせてやるよ」

「うん!」

 ポポロの顔にも屈託のない笑顔が戻ったみたいで、そこだけシーザーはホッとしました。

 二人は並んでギーガの家へ歩いて行きました。その後ろ姿がだんだんと遠ざかって小さくなってゆきます。

 その光景を眺めていくうちに、シーザーの不安も少しずつですが小さくなっていきました。

 ネックは若者にありがちなうぬぼれ屋ですが、それ以上に明るく魅力的なので、本当ならこんなに心配する必要はないのです。しかしシーザーとドラキーだけは知っていました。

 ネックがヘルバトラー同士の戦争に巻き込まれた戦災孤児だということを。

 両親を殺されて、命からがら逃げ出してきたのを偶然に救出したのでした。

 最初は塞ぎ込んでいましたが、若者特有の回復の速さで、すぐに元気になった……ように見えました。確かに性格は明るく人あたりもいいのですが、シーザーにはそれが傷口を隠すために無理に元気に振舞っているように見えて仕方がありません。

 実際にネックは魔法や武術に尋常ではない興味を示しています。本人は村の防衛のためと言っていますが、本当の目的はシーザーにはよくわかりました。

 復讐……

 永遠の生をもつ魔族が復讐にとりつかれれば、現し世を彷徨う永遠の幽鬼となるだろう……魔族に古くから伝わる格言です。思い出して、これほど格言というものに現実感を覚えたのはシーザーが生きてきて初めてのことでした。

 ネックの復讐の念はシーザーにもよくわかりました。だからもし復讐に生きることを決めたとしても、止めるつもりはありません。

 ただ、なぜかネックがバカなことをしでかさないか、それだけが心配で、小さくなった不安はまた大きくなって、その重さでシーザーの胸を締め付けたのです。

 ネックが強くなったとき、果たしてネックに“本当の強さ”が備わっているでしょうか? それができなかったら、他ならぬ自分も後悔することになるでしょう。

 そう、永遠に……

 

 

 カン! カン! カン!

 小屋の中からリズミカルな音が響いてきます。鉄と鉄がぶつかり合う音です。激しさの中に繊細さもあり、聞いただけで職人の技を感じさせました。

 カン! カン! カン!

 ネックが扉を開けて小屋に入って行きます。

「よう、オッサン!」

 小屋の天井に届きそうな場所にあった頭が、ゆっくりとこちらに振り向きました。

「なんだ、ネックか。全くお前は、挨拶もちゃんとできないのか?」

「まあ、そんな固いこというなって」

「何を言うか。いつも言っているだろ。武は礼に始まり礼に終わる、と。もう武術を教えてやらんぞ」

「今日は武術を習いに来たんじゃないんだ。新入りのポポロを案内してやってるんだよ。オッサンの素晴らしい仕事を見学にきたってわけさ」

「ふん、まあいいだろう」

 一つしかない目が、ポポロのほうをギョロリと睨みました。

「気が済むまで見ていくがいい」

 そう言うと、また金床に振り返ってカナヅチを振るいました。

 カン! カン! カン!

 ネックは肩をすくめて両手を広げました。

「ま、あんなこと言ってるけど、そこまで愛想悪いオッサンじゃないから、大丈夫さ」

 ポポロもネックも、しばらくは一緒になって鍛冶場を眺めていました。カナヅチが振り下ろされるたびに、赤い火花が飛び散ります。それは破壊的であると同時に、創造的でした。無機的であると同時に、生命的でした。

 それは何も語っていませんでしたが、同時に今までのギーガの魔生を雄弁に語っていました。一撃一撃に、生きていく悲しみと辛さ、苦痛、悔恨、憤怒、絶望……そしてそれに負けない歓喜、希望も。

 いつもはあんなにお喋りなネックも、この時ばかりは見入っていて、ついつい喋るのを忘れてしまいました。ギーガの無言の演説に聞き入っていたのです。

 ギーガが真っ赤に燃えたぎる金属を、水の中に突っ込みます。

 ジュウッ!

「これは井戸魔人が掘ってくれた最良の井戸から汲んできた水だ。山頂から流れてくる雪解け水が、地面を伝って濾過されて生まれ変わったのがこの水だ。遠いところから旅をして、いろんな経験を経てようやくここにたどり着いた」

 まるで自分のことを話しているかのように、ギーガは淡々と言いました。

 やがてもうもうと立ち上がる水蒸気が収まりました。

「さて、今回の出来はどうかな?」

 取り出してみると、そこには見事な脈を打つ剣がありました。一つ一つの紋様が、剣の角度を変えるたびに様々な煌きを放ちます。それは浜辺に打ち寄せながら太陽の光を乱反射するさざ波を思い起こさせました。そう、永遠に打ち寄せ続けるさざ波、引くことのないさざ波。一歩も引かない、強い意志が感じられました。

「すげえ……」

 ようやく、ネックが口を開きました。

「まあまあだな。今回はもうちょっといいところまでいくと思ったんだがな」

「いやいや、それすげえよ。まるで生きているみたいだ、その剣」

「前よりはマシな出来だが、まだまだ伝説の武器には程遠い」

「いつか、俺の剣も作ってくれよ」

 いつもは軽い口調のネックですが、このときの言葉には切実な思いがありありと感じられました。

「ふん、誰がお前のくだらない戦いのために剣など作るか」

「え~、オッサンのケチ野郎。将来の魔界の貴公子だぜ?」

「それはありがたい。俺も執事にくらいしてもらいたいものだな」

「執事どころか公爵にしてやるよ。そんで専用の助手もいっぱいつけて――いくらでも伝説の武器作りをしてもいいんだぜ?」

「お前は昔の俺にそっくりだな」

「え、どこが?」

「まあ、そのうち分かるさ。嫌でもな」

 ギーガの口調には有無を言わさないものがあり、ネックも反論しようとしましたが、すぐに諦めました。

「それよりさ、出来た剣、ちょっと触らせてくれよ。せっかく今日は客人もいるんだし」

「そうだな。ほら」

 そう言うと、ギーガはポポロの近くの金床の上に、剣をそっと置きました。

「いくらでも眺めていいぞ。触ってもいいが、怪我をしないようにだけ注意しろ。後で俺がシーザーに文句を言われるからな」

「おう、分かってるって。ほら、見てみな、ポポロ。すごい剣だと思わないか?」

「うん……僕は武器に関してシロウトだけど、これほど見事な剣は見たことがないよ」

 ポポロはまじまじと剣の描く紋様に見入っていました。

 とそのときです。急にネックがポポロの手を取ったかと思うと、さっきまで真っ赤に燃えていた剣に押し付けたのです。

「ほら、熱――い!」

「ぎゃっ!」

 そんな叫びにもならない叫びを上げながら、ポポロは慌てて手を引っ込めました。

「あはははは!」

 ネックは大爆笑です。

「もう……! ビックリしちゃったじゃないか! ネックのせいだぞ!」

 しかしポポロの手はどうともありません。すでに剣は雪解け井戸水によって十分冷えていたからです。そもそもそんな火傷するような熱い剣を、ギーガが渡すわけがありません。

「お前、面白いよ! 今までで一番面白かったぜ!」

「全く、くだらんことをする奴だ。これだからお前に剣を作りたくないというのもよく分かるだろう?」

「はい、もう二度としませ~ん。でも、今のは俺の自伝にぜひ書いておきたいな。マジにこの剣もろとも“傑作”だったぜ! あははは!」

「もう! いい加減にしてよ!」

 ポポロはプリプリ怒りながら言いました。

「あ、ごめんごめん」

 いつもどおりの軽い口調でしたが、それでも少しだけ申し訳なさそうでした。

 気を取り直して、ポポロが剣に指を近づけます。ネックもその様子を、今度は何もせず黙って見守っていました。

 ポポロの指が、剣のお腹をそっと撫でます。それは剣に込められた傷ついた精神そのものを癒そうとしているかのようにネックには見えました。いえ、剣そのものが傷ついた精神なのです。そして、その剣が前作よりだんだんと美しくなっていく様子は、ギーガの精神の再生をあらわしているかのようでした。

 ポポロの指が、さざなみの間を踊るようにすり抜けていきます。

「すごい……」

 ネックも同じようにして剣に触れました。紋様の波打つ様子は、剣が自力で鼓動しているように感じられました。この剣を作ったものの精神が、よく伝わってきます。

「武器じゃねえ、芸術作品だよ、これは」

 ネックは思わずそうもらしました。

「ああ、そうさ。戦いのためではない。友に捧げるための、不完全すぎる芸術作品だ」

 もういいだろ、というようにギーガは剣を掴みあげると、そのまま戸口のほうへ移動していきました。

「お前たちも来たければ来るがいい。ただし邪魔だけは絶対するなよ」

 ひとつしかない目玉が、本気でそう言っていました。それから、すぐに戸口を開けるとギーガは小屋の外に出て行きました。

「ついていこう」

「でも邪魔するなって……」

「黙って見ていればいいだけさ。それほど難しくない。少なくともあんな面白くもない本を一日で読破するよりもね」

 そこまで言われては、ポポロも断れません。ネックは音がしないようにゆっくりと戸口を押し開け、ポポロの手を引いて一緒に外に出ました。

 そこではギーガがひざまづいていました。剣の前で。

「これは友人の墓だ。俺のたったひとりの、本当に友と呼べる友人のな」

 ギーガは誰に語りかけるともなく、そう言いました。

「もちろん、遺体はない。ただ、あいつの遺品が遺体がわりに眠っている。俺はこの墓に剣を捧げる。あいつが、最期に一番欲しがっていたであろう剣をな」

 剣は朝日を受けてキラキラと輝いています。随分長いあいだ野ざらしにされていたのに、それは全く錆びてはいませんでした。

「今日はもっといい剣ができたから、交換しにきたぞ」

 ギーガは剣に、いえ、剣に宿る友人に向かって言いました。

「最後の剣がナマクラだったから、地獄の鎧の盾に叩きつけたときに折れてしまった。さぞ無念だったろう。これならきっと折れることはない」

 ギーガは立ち上がって地面に刺さっていた古い剣を引っこ抜くと、さっき新しくできたばかりの剣を地面に突き刺しました。

 それからまた剣の前でひざまづくと、長いあいだ両手を組んで無言の祈りを捧げました。新しい剣は、さらに朝日を反射して燦然と輝いていました。

 ポポロもネックも、二人とも黙ってそれを眺めていました。そうやってできた静寂のキャンパスに、小鳥のさえずる声と、風の揺らめき、森のざわめきが、荒ぶる魂を鎮めるためのレクイエムそっと描きました。

 やがて長かった祈りも終わりました。

「ギーガさん……」

「どうした、ネック。いつになくあらたまって」

「これ、村のみんなから、どうしても受け取って欲しいって」

 ネックは小さな袋をギーガに手渡しました。

「おお、これは……花の種か」

「そうです。ギーガさんの友人が、とても大好きだったと聞いていたので」

「ああ、そうだったよ。あいつはギガンテス一族には珍しく、花が好きだった。本当は花の味が好きだったんだがな」

「味?」

「そうだ。あいつは随分変わったやつで、花を食うんだ。最初は食いものとして好きだったんだが、やがて見る方にとって変わっていった。でも、そんなあいつが戦闘では誰も手をつけられないようなつわものになるんだ。敵も味方も、誰も触れられない……まさしく戦場に咲く花だったよ。まあ、その割にはちょっと臭かったけどな」

「ギーガさんより強かったんですか?」

「強かった。俺はいつかアイツに追いつこうと思っていた。今じゃもう、どうやったって追いつけないが。ありがとう。村のみんなに感謝していたと伝えてくれ。俺も、アイツも」

「ええ、伝えておきます」

「では、さっそく土に埋めておくとするか。そうだ、いい機会だからお前たちにやってもらいたい。俺はどうもこういうことは苦手でな」

 最初はポポロも新入りの自分がこんな大事なことをしていいのか、戸惑っている様子でしたが、ネックはかまわず種を植えさせました。そしてネックも、一緒に種を植えました。

 植えたあと、もう一度三人で祈りを捧げました。

「ちゃんと咲いてくれるかな?」

 お祈りが終わったあと、ネックがそうつぶやきました。

「ああ。きっと咲くだろう。なんせアイツが守ってくれているんだからな」

 ギーガは今まで一番満足そうな表情でそう頷きました。

「食ってしまわないかな?」

「ありえるかもな」

 ギーガが安らかな微笑みを浮かべました。

「そのときは感想をきいといてやるよ」

 

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